キムチ禁止ウィーク
 
  
 あぁ、もうダメだ……今日まで耐えてきたけど、もはや我慢の限界だ。殺して、いっそ一思いに殺して……
「り、梨花ちゃん! ストップ、ストップ! 喉を掻き毟っているぞ」
「りり、梨花ちゃん! しっかりして!」
「はっ!」
 圭一とレナの言葉に何とか意識を取り戻した。良かった……このまま死ぬなんてゴメンだわ。やっと運命の壁を乗り越えた世界なんだ。
「梨花ちゃん、大丈夫かな、かな?」
 圭一とレナが心配そうな顔で私を見る。
「み、み〜。大丈夫なのですよ。にぱ〜」
 いつもの愛くるしい古手梨花を演じる私。すると、急に私の体は宙に浮いた。
「は、はぅ〜! 梨花ちゃん、おっ持ち帰り〜!」
 当然のごとく、レナにお持ち帰りをされていた。でも、レナ。お願いだから、そんなに力を入れて抱き締めないで……少し、苦しいのだ
けど……がくっ。
「待て、レナ! 梨花ちゃんが泡を吹いて気絶しかけているぞ!」
「はぅ? わぁ、梨花ちゃん! 大丈夫!?」
 だ、大丈夫なわけないでしょう……一瞬、こことは違う雛見沢の世界に行きかけたじゃないか。
「相当きてるね。あれは……」
「まだ三日しか経っていませんのに。家でもフラフラ状態でしたし」
 少し離れた所で魅音と沙都子が何かを話している。
「あぅあぅあぅ〜♪ 梨花、もうギブアップですか? まだまだなのですよ」
 そして部活メンバーの中で一番機嫌の良い奴がこっちに来る。ニコニコと幸せそうな顔をしやがって……その顔面に黄金の右ストレート
をぶちかましたい。
「あと四日だけなのですから、頑張ってなのですよ」
 おのれ〜羽入〜……覚えておけよ。この恨み、四日後に必ず晴らしてやる……
 
 事の起こりは三日前の放課後。いつもの様に部活をしていた私は、この後地獄が待っているとは思わなかった。そう、あの大貧民の最後
で私が羽入に負けなければ……
「ま、負けた…ば、馬鹿な……」
 私は体の力が抜けて、その場で膝を折る。
「あの羽入に負けなしだった梨花ちゃんが負けるなんて」
「羽入もだいぶ成長してきたね」
「はぅ〜、へにょる梨花ちゃんもかぁいいよ〜」
「羽入さんがまさかあそこで革命返しをするなんて、なかなかのトラップですわ」
 今回の一位の圭一、二位の魅音、三位のレナ、四位の沙都子がこの大勝負の感想を言い合っている。私が革命をして勝負あったと思った
ら、羽入が革命返しをしてきたのだ。
「な、何とか勝ったのです……ちょっと神通力を使わなかったらどうなっていたか……」
 おい、ちょっと待て……完全にイカサマじゃない。でも、普通ではありえないイカサマでは言った所で無理か……
「あぅあぅ〜。魅音、ボクに罰ゲームを引かせてほしいのです」
「んっ? そうね。私が引くより良いか」
 魅音は罰ゲームの紙がある箱を羽入に引かせる。あぁ、神様、オヤシロ様。どうか私に不幸な罰ゲームを与えないで下さい。(神様は羽
入だろうと言うツッコミは無しで)
「あぅあぅ、これなのです!」
 羽入が一枚の紙を引いた。それを私に渡す。私が見ろと言うのか。
「覚悟するのですよ。ボクの復讐の念を込めた罰ゲームなのですよ」
「……うっ、あんたね…後で覚えてなさいよ」
 部活が終わって家に戻ったら、キムチの刑にしてやるからな。
 私は羽入から渡された罰ゲームの紙を開いて見る。そこには………っ!?
『一位の人と×××する』
「……ふん!」
 ビリッと私は罰ゲームの紙を破いた。そして、何が書いてあったのかを見られない様にビリビリと破く。
「あぁぁぁぁ! 梨花、酷いのですよ!」
 やかましい! あんな罰ゲームを受けるぐらいなら、ネコ耳、ネコ尻尾、鈴付きの首輪を着けて、レナにお持ち帰りされた方がマシよ。
あと、ここは健全サイトだからね。
 呆然とするみんな。私はすかさず目薬をさして、一言言った。
「み〜、ごめんなさいなのです。破っちゃいました」
 甘える声を出してみんなをドキッとさせる。そして、やはりと言うか、一番に手を出してきたのはレナであった。
「はぅ〜! りりりりり、梨花ちゃん、かぁいいよ〜! お、おもっ、おもっ、おっ持ち帰り〜!」
 鼻血を出しながら私をお持ち帰りをしようとするレナ。しかし、そこは圭一と魅音がレナを押える。
「あぅあぅ〜」
 羽入はあぅあぅ言いながらこちらを睨んでくるが、全然怖くないわね。しかし、急に羽入がニヤリと笑った。
「なんてね! 実はさっきのはボクが前もって用意していた紙だったのです。本物の罰ゲームの紙はここにあるのですよ!」
 パンパカパーンと言う効果音が出ている様に羽入は、もう一枚紙を出してきた。あ、あんたねぇ〜!
「では、発表するのです。梨花の罰ゲームは……『一週間、キムチとブドウジュースを禁ずる』なのです!」
「な、何ぃぃぃぃぃ!?」
 こ、こいつ……明らかに私限定の罰ゲームじゃないの!?
「はぅ? 梨花ちゃん、どうしてそんなに驚くのかな、かな?」
 レナが動揺している私を見て訊いてくる。当然ね、普通ならあまりにもパンチ力の無い罰ゲームだが、私にとっては、かなり威力のある
罰ゲームだ。何故なら、羽入にお仕置が出来ないからだ。
「み、み〜。好きな食べ物が食べられないと聞いて、残念なのです」
「あははは。確かに好きな物を我慢するのは辛いものだよね、だよね」
「そうだな。俺も流石に一週間は応えるぜ」
「知恵先生でしたら、半日も保ちませんわね」
「違いねぇ」
 あははははとおーほほほほと笑う圭一と沙都子。確かに、知恵にカレー一週間禁止にしたら、雛見沢症候群になりそうね。
「あぅあぅ〜、梨花は三日も保たないのですよ」
 羽入の言葉にカチンときた。今ならまだ許容範囲よね。このキムチバスターで、あんたの口から火を吹かせてあげるわ。
 私がそれを食べようとすると誰かにキムチバスターを取り上げられた。
「ダメだよ、梨花ちゃん。罰ゲームはもう始まっているのだから、キムチは禁止だよ」
 魅音! 少しは空気を読みなさいよね。この怒りをどこにぶつければいいのよ!
 
 そして、今に至る。あぁ、思い出しただけで、喉を掻き毟りたくなってくる。こうガリガリ、ガリガリっと………
「り、梨花!? ストップ、ストップですわ!」
「はっ!」
 沙都子に止められて、また意識を取り戻した。あ、危ない、危ない。危うく、時報と言われてしまう所だったわ。
 マズい……このままじゃ、あと四日なんて無理よ。その前に、雛見沢症候群の末期症状になって、喉を掻き毟って死ぬかもしれない。そ
うなったら、雛見沢が死の村になってしまう。
「あぅあぅ〜! 勝利した時のシュークリームは格別に美味しいのです」
 うぷっ、あの?神が……この三日間、私に対しての報復なのか、一日に何個かシュークリームを食べているのだ。もちろん、感覚リンク
している私にもその味覚を感じてしまうからキツいのだ。一日に一個ぐらいなら、なんとかなる………しかし、羽入は今日一日だけですで
に十個目を食べるとなると、胸焼けが起きてしまう。
「梨花、ボクの苦しみが分かったのですか? 梨花はいつもボクにこんな苦しみを与えていたのですよ」
 ぐっ……それは否定出来ないわね。私も調子に乗って、どれだけ辛い物を食べてきたか。
「そ、そうね……今ならあんたの気持ちが痛い程解るわ………」
「あぅあぅ〜、分かってくれましたですか、梨花!」
 羽入が私に抱きついてくる。しかし、私は羽入を腕を掴んで、その勢いで背負い投げをする。
 バターンと良い音が鳴って、羽入は気絶した。ふ〜、ちょっとスッキリしたわ。
「さ、沙都子……梨花ちゃんって、柔道とか得意なのか?」
「あんなのは、まだまだ軽い方ですわ。家だと、プロレス技をかけていますから……コブラツイストやバックドロップなど……」
 沙都子の言うとおり、あまりにもムカついている時に羽入があぅあぅ言うから、技をかけているのだ。ストレス解消のためなのよ。
 しかし、このままだと寝ている間に喉を掻き毟って死んでいたなんて事になってしまう。何か、何かないかしら………
 
 それからさらに、三日が過ぎた。そして、今の私は最早ミイラ状態である。
「り、梨花ちゃん……ものすごくやつれているけど、大丈夫かな、かな?」
「今の梨花は、どんな食べ物もキムチに見えているのですわ」
「重傷だな、これは……このままじゃ、末期症状が起きるんじゃないか」
 圭一達が何か言っているけど、殆ど動けない私にはどうする事も出来ない。
 お昼になっても、私は弁当を食べるだけの力が残っていない。みんなも私の事を気を使って、ろくに箸が進んでいない。
「あれ? どうしたの、みんな。食べないの?」
「あぅあぅ。レナの玉子焼きがとても美味しいのですよ」
 若干二名は除く。もうちょっと気を使いなさいよね、そこの空気読めない組が……
「ほ、ほら、梨花ちゃん。俺の弁当にあるコロッケ、食べなよ。何か食べないと体に悪いよ」
 圭一が自分の弁当にあるコロッケを私の皿に乗せてくれる。そうね、何か食べとかないといけないわね。私は圭一から貰ったコロッケを
食べる。その時だった。
「っ! あぅあぅあぅ〜!」
 イスから転げ落ちて、ドタバタと暴れる羽入。騒がしいわね。少しは静かにご飯を食べられないのかしら……
「は、羽入ちゃん!? どうしたの!?」
 レナが慌てて羽入の暴走を止める。
「か、かかかか、辛いのです! 辛いのですよ!」
 羽入は口を押えながら、何か我慢している。それにしても、圭一から貰ったコロッケ、ピリッと辛さを感じたわね。
「圭一。このコロッケには何が入っているのですか?」
「んっ? あぁ、確か唐辛子が入っていたな。ピリッとした辛さがすごく美味いだろう」
「……そうか」
 キラーンと目を光らせる。そうよ……何故、今まで気が付かなかったのだろう。あの罰ゲームは辛い物と書いていなかったから、キムチ
以外の辛い物を食べれば良かったのよ。となると、ここはさらに畳み込んであげるか。
 私は魅音の弁当にあるエビチリを食べる。くっ、これは結構来るわね……
「あぅあぅあぅ〜!」
 当然、感覚リンクしている羽入には、大ダメージを与える事が出来る。ふっ、ざまあみなさい。
「り、梨花! 酷いのです!罰ゲームを放棄したのです!」
「あら、私は圭一達の弁当を食べているのよ。それにキムチは食べていないから、私は罰ゲームをまだ受けているわよ」
「り、梨花の鬼なのです! 悪魔なのです! 魔女なのです!」
「うるさい……」
 私はもう一度圭一と魅音の弁当から、唐辛子コロッケとエビチリを食べる。あぁ、この辛さ……堪らないわ……
「あ、あぅあぅ〜……」
 羽入はピクピクと痙攣している。レナと沙都子が羽入に声を掛けているけど、返事がない、ただの屍の様に答える事が出来ない。
 こうして、私は罰ゲーム最後の一日を超える事が出来た。
 
 そして翌日の部活。羽入の提案で大貧民をする事になり、一週間前と同じ状況になりだした。
「あぅあぅ〜、覚悟するのです。革命返しなのです」
 羽入が私の革命に革命返しをしてきた。ふっ、同じ手が何度も食らわないわよ。何のために私が手札を多めに持っているのかを……
「覚悟しなさい、羽入。もう一度革命よ」
 私はさらに四枚カードを切る。
「うわ、また革命かよ!? 梨花ちゃん、怖いな」
「これはもう羽入に勝ち目はないわね」
 魅音の言うとおり、その後は私の逆転勝ちで終わった。
「そ、そんな〜……神通力を使っても梨花に勝てなかったのです……」
 最初から神通力を使われていると解っていたら、色々と対策は出来るのよ。
「さぁ、覚悟は良いわね。貴女の罰ゲームはこれよ」
 私は罰ゲームの紙が入っている箱から一枚取り出す。そこには……
『一週間、辛い物を食べ続ける』
「っ!? あぅあぅあぅ〜! 誰ですか、こんな罰ゲームを書いた人は!?」
 そんなの私以外誰がいるのよ。
「り、梨花!? 確かここでの罰ゲームは、もう少し軽い罰だったはずなのです」
「……ナメるなよ、奇跡を」
 こういう時に奇跡の一つぐらい起こさないと………
「き、奇跡の使い方、間違っているのです! もうちょっと友好的に使ってほしいのです!」
「部活は非情なのですよ。にぱ〜」
 大体あんただって、神様の力を使っていたじゃないの……
「それじゃぁ、羽入。この日のために用意していた物があるのですよ」
 私はランドセルから巾着袋を取り出して、中身を出す。
「最初はこれから行くのですよ」
 それはキムチの瓶である。ラベルには『全力全壊 キムチブレイカー』と書いてある。
「は、はぅ〜。何か物凄く赤いキムチだね」
「キツ過ぎじゃねぇか、羽入には……辛いのは苦手だったはずだよな」
「羽入さん、貴女の事は決して忘れませんですわ」
「さ、沙都子!? ボクを殺さないでくださいなのです!」
 沙都子にも見放されるとは哀れね、羽入。
「こ、こうなったら……三十六計逃げるに如かずなのです!」
 羽入は神の力を使って、時間を止めようとしている。
「甘いわね。今この場は奇跡の魔女である私の領域よ」
 私はキムチブレイカーを少し食べる。
「くっ、これは本当に効くわね……」
 さすが破壊力のある辛さね。私もヒリヒリしてきた。
「あぅあぅあぅ〜!」
 しかし逃げようとしていた羽入は口を押えながらもがいている。
「羽入、罰ゲームはちゃんと受けなさい。レナ、沙都子、羽入を押えてなのです」
「ごめんね、羽入ちゃん」
「部活メンバーでしたら、覚悟を決めてくださいませ」
 レナと沙都子が羽入の腕を掴んで押える。
「何だか梨花ちゃん、すっかり元気になったな。昨日までのが嘘みたいに感じるぜ」
「羽入は天国から地獄に落ちたけどね」
「圭一と魅音も見てないで助けてなのです!」
「残念だけど、部活は非情なんだ」
「観念しなさいって」
 圭一も魅音も、まったく助ける気はないみたいね。
「さぁ、羽入……昨日までの恨み、晴らしてもらうわね」
 ゆっくりと羽入に近付き、キムチの瓶を開ける。キムチの匂いが教室に広がる。
「あ、あぅあぅあぅ〜………」
 羽入……少し、頭冷やそうか………
 
 この日、羽入の悲鳴が雛見沢村に響いた。
 そして、その次の日。羽入は学校を休んだ………
 
 
(了)
 
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羽入「あぅあぅあぅ……まだ口の中がヒリヒリするのです」
梨花「自業自得よ。私を嵌めた報いと思いなさい」
羽入「そんなことないのです!! こうなったら、シュークリームをお腹一杯になるまで食べ続けてやるのです!!」
梨花「あらそう……なら仕方ないわね。今度はリミッター解除版キムチバスターで悶え苦しませてあげるわよ」
羽入「あ、あぅあぅあぅ………」 
 
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