とある世界。青空と白い雲、そして見渡す限りの草原が広がり、そこに一つの石碑が立っていた。石碑には『この地にて人々の幸福を祈り、そして私の跡を継ぎし者に祝福を与えよ』と書かれている。
その石碑の前で、黒の長髪と瞳をして、左右の髪には赤いリボンを付けている黒い着物を着ている少女――桜崎紫子は石碑を見ながら酒を飲んでいるのだ。
「こうして、ここに来るのは何年ぶりになるのかの。前に来たのは二人の孫が生まれた時以来かの」
紫子はお猪口に酒を淹れていき、それをぐいっと一気に飲み干す。
「ぷは〜! まあ、何じゃろうな。わしなりに決めた結果じゃが、やはりハクトの方に最後までやらせようと思っておる。あっちはあっちで教え甲斐があるのじゃが、何せ臆病な所があるからの。戦うのとかちょっと嫌がっておるし、あの魔法陣を背中に刻ませるのは……ちょっとな。ぴーぴー泣きそうな感じがするのじゃ」
紫子はその子の事を思い浮かべると、納得した様に首を縦に振る。
「じゃから、ハクトの方にわしらの全てを教えようと思っておる。魔法陣は刻ませたし、あの魔法もきっと使いこなせると思っておる。一度は失敗したみたいじゃが、もうあいつは恐れなんてないはずじゃ。守るべき者を見つけておるし、何よりわしの孫じゃからの。あの魔法の真の意味を知れば、裏秘伝を使ってくる者にもきっと勝てるし、この先の強敵にも勝てる」
紫子は酒を飲み干すと、お猪口を石碑の傍に置いて酒を注ぐ。
「貴方が好きだった酒だと聞いて飲んでおる。わしにはちと苦いが中々の味じゃった。さてと、わしはそろそろ戻るとするかの」
紫子は立ち上がって傍にあった旅行鞄を持って、石碑から立ち去ろうとするがしばらくして立ち止まった。
「なあ、わしはもう長く生き過ぎた。手に入れる物は全て手に入れた。あとはゆっくりと余生を満喫しようと思っておる。じゃから、貴方に頼みたいのじゃ。わしはもう何も要らぬから、わしの娘や孫達を守ってほしい。それがわしの願いじゃ……のう、初代よ」
そう言って紫子はゆっくりとその場を立ち去った。残った石碑の最後にはこう書かれている。
『魔戒神生流初代継承者 星川なのは』
ドクン、ドクン……
(身体が熱い……一体、何が起きているんだ……)
ハクトは意識を取り戻すと身体が熱く感じている。
(何だろう……この感じ……身体が軽くなってくる……)
ハクトの背中に刻まれている魔法陣から、ハクトの精神に何かが流れ込んでくる。
『ハクト! ハクト!』
(レイ……これは一体?)
ハクトの頭の中にレイの声が響いてくる。
『ハクトの魔力が……どんどん回復していっているの。しかも今日使った魔力が一気に回復しているの』
(な、何?)
ハクトはゆっくりと身体の中にある自分の魔力を確認すると、魔力切れによる高熱やだるさが一気になくなっている。
(本当だ……どうしてだ?)
ハクトはサイガとの戦いで魔力を切れてしまって、サイガの攻撃で大ダメージを受けて倒れていたはずなのに、今は体力も魔力も完全回復している。
『……魔戒神生流を受け継ぎし者よ。漸くここまで辿り着けましたね』
するとレイとは何か別の声で聞こえてきた。
(誰?)
『紫子から頼まれました魔戒神生流初代継承者星川なのはで〜す☆』
急に明るい声がハクトの頭に響いてきた。
(初代って……まさか先生が言っていた初代魔戒神生流使いですか?)
『は〜い、その通りですよ。背中の魔法陣が発動したから、私の声が聞く事が出来る様になるのですよ』
(この背中の魔法陣はそう言う能力があるのですか?)
『う〜ん、それだけではないですよ。これはおまけ特典で本来の力はもう発動しているのですよ』
なのはは困った様な声を出す。声だけであるので、表情が窺う事が出来ないハクトだが、ハクトもまだ倒れているのでそれが出来ない。
『まあ、とにかくだ。早く目を覚まして泣いている女の子を慰めてあげなさい。男ならいつまでも泣かせてるんじゃないぞ。それとこれの本当の名前は……』
なのはから教えられた魔法の名前を聞くハクト。
「はあっ!」
「おっと」
「違う。私はもう魔導師の魔力を奪わない。これからは姉さんに一緒にこの力でみんなを助ける」
02は刃を思い切り振り下ろす。サイガの身体を使っている以上、パワーは02の方が上であるので、レナは魔導殺しNO07で受け止めても衝撃で吹き飛ばされる。
「間違えるなよ、07。俺達は誰にも好かれねえ寄生虫みたいな存在なんだよ」
その声に誰もが驚く。レナと02の後ろにハクトがやってきたからだ。
「嵐山ハクト!? 何故立っているんだ!?」
02はハクトの魔力が切れている事を知っているし、サイガの魔戒神生流裏秘伝を喰らって完全に倒れていたはずなのに、何故立っているのか理解出来なかった。
「レナ、行くぞ」
ハクトはレナに手を伸ばす。レナは喜んで手を掴んだ。
ハクトはそう叫ぶと、魔導服は白のコートから黒に変化して、ハクトの右眼だけが青に変色、頬に赤い線が浮き出し、右手は手首から先まで黒い大剣となった。
「ああ、ありがとうな、レナ。それにクリスも。お前のおかげで傷も何とかなったから」
「い、いえ……私は…ハクトさんが無事で良かったです」
「下がっていて。こいつらとは俺達で決着を着ける」
ハクトは02、そしてその身体であるサイガを睨み付ける。
「……サイガがお前に何か言っているから代わるぜ……嵐山ハクト!? 何故貴様が立っているんだよ!?」
「よお、サイガ。地獄から帰ってきてやったぜ。それと、もうお前には負けないよ」
「俺が聞いているのは、俺の渾身の一撃で倒れていたお前が何故立っているのかと聞いているんだよ!?」
あれだけ余裕があったサイガは苛立ちながらハクトに向かって叫ぶ。
「それは俺とお前との決定的な違いなんだよ。魔戒神生流の正統な継承者か否かと言う違いがな。俺には先生から貰った魔法陣があるんだよ。それのおかげで俺はこうして立ち上がれたんだよ」
「何だよ、その魔法陣と言うのは」
「黄泉比良坂?」
「この魔法陣が刻まれている魔導師は魔力切れを起こしてしまうと、一時間に一回魔力を完全に回復してくれるのさ。魔戒神生流は威力はかなりあるけど、その分魔力をかなり消費してしまうからな。その為に用意されたのが、この魔法陣らしい。自然回復だとかなり時間が掛かるからな。だから魔戒神生流を継ぐ者には、この魔法陣を決して消えない様に背中に刻まれると言う事になるのさ」
ハクトはなのはから聞いた事をサイガに説明した。魔戒神生流や魔導殺しを持っているハクトは、魔力を消費しやすい。そして魔力を切れてしまったら、魔戒神生流も魔導殺しも使えなくなってしまう。だが、黄泉比良坂によって魔力を完全に回復する事が出来るのだ。
「そ、そんなの知らないぞ。俺が親父から教わったのには」
「ああ、そうだな。裏秘伝しか知らないお前にはこの黄泉比良坂の力には驚くだろうな。これは裏秘伝を使う奴の為に初代が残した継承者の証なんだ。だから、お前が知らなくて当然なんだよ。これでまた形勢逆転したぜ。今のお前に魔導殺しNO107とはレベルが違うぜ」
「……そう言う事だ。そいつの力、見せてもらうぜ」
02は先程よりもやる気がなくなっている。02はハクトの魔導殺しNO107の力を見ただけで自分とはレベルが違うぐらい理解している。
「きひひ……行くぜ!」
02が突っ込んでハクトに攻撃する。しかし、ハクトは魔導殺しNO107を一振りしてぶつかり合っただけで、02は少し後ろに吹き飛ばされる。
「ぐっ……きひひ……やはり俺のとはレベルが違いすぎるぜ。01と07の力を完全に使っているお前に勝てるとは思わないぜ」
「随分とあっさり認めるんだな」
「だがまあ、主のサイガを裏切るわけにはいかないからな。俺が倒れそうになるまでは付き合ってもらうぜ、嵐山ハクト」
「ああ、付き合ってやるよ」
「きひひ……ありがとうよ。それじゃあ行くぜ!」
02は再びハクトに向かって攻撃する。しかしハクトと02の戦いはもう決着が着いているみたいになっている。02がどんなに攻撃しても、ハクトの魔導殺しNO107とぶつかると衝撃で吹き飛ばされる。そんな事を何回もやり続けて、02は息を乱して片膝を着いた。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
「どうだ? 気が済んだか?」
「き、きひひ……ま、まだまだだ……これならどうだ! 魔戒神生流裏秘伝剣術『大和―狼牙―』!」
レイとレナが02の動きを予測して、魔導殺しNO107を動かして、02の神速の突きを受け止めた。受け止めた瞬間爆発するけど、魔導殺しNO107でハクトの所まで爆発が届かなかった。
ハクトは魔導殺しNO107に雷属性を纏わせて、振り下ろしてから上に振り上げる二段攻撃をする。斬られた02は雷の追加攻撃を受けてビリビリと痺れる。
「ぐ、ぐおぉぉぉぉぉ〜〜!」
ビリビリと痺れる02は、しばらく動けなくなって膝を着いた。ハクトは技を出しても息一つ乱さない。魔導殺しNO107を一振りする。
「さて、そろそろ魔力が切れる頃だろう。そろそろ出てきたらどうだ。サイガ。02との決着は着けた。次はお前との決着を着けようじゃないか」
ハクトは魔導殺しNO107を突き出してサイガを出そうとする。02の刃が消えて、ゆっくりと立ち上がった。
「貴様……そんなもので俺に倒せると思っているのか!? 何が魔導殺しだ! こっちには魔戒神生流裏秘伝があるんだ!」
サイガが最早やけくそみたいな感じでハクトに向かっていった。
サイガは黒い炎を右腕に纏わせて、ハクトに向けて拳をぶつける。しかし、サイガの拳はハクトの魔導殺しNO107で受け止められてしまう。
「なっ!?」
「ふざけるな! だったら、これならどうだ!?」
サイガは足元に巨大な魔法陣を出すと、大きな蛇が顔を出してきた。
「それは……」
「ふははははは! いくらそれが優れていても、俺のこの魔法は決して破れる事はない! これでお前を倒してやるよ! この魔戒神生流裏秘伝の奥義でな!」
サイガは大笑いしながら、八つ目の蛇が魔法陣から顔を出してきた。
「……そうか。だったら、こっちはそれに対抗する魔戒神生流でお前を倒してやるよ」
ハクトは左手を前に突き出して魔法陣を出した。
「バカな奴だ。魔戒神生流裏秘伝の奥義をどうにか出来る魔戒神生流なんてないんだよ!」
「あるんだよ。たった一つだけ。神を殺そうとするお前の魔戒神生流奥義のも超える魔戒神生流奥義があるんだよ」
ハクトには勝機がある様な感じである。
サイガがそう叫ぶと魔法陣から出てきた八岐大蛇がハクトに襲い掛かってくる。
「ハクトさん!?」
「大丈夫だよ、クリス。さあ、見せてやるよ。魔戒神生流の裏秘伝にあるもう一つの奥義を……我は魔を破滅し、神を生かし、天に登らせる一途の光となる。時空を超えて、ここに全ての終焉なる闇を光と化せ。魂の導きに従い、全ての物をここに喰らい尽くせ。我が前に現れし愚かな心を持つ物に、今ここで消え去る事を誓わせよ!」
ハクトが呪文を詠唱する。玉座の間が揺れていく。
『ハクト!? その魔法は!?』
(レイ、心配するな。もう俺は魔法を疑わない。それにあの人の言葉を信じる)
レイに心配するなと念話で話すハクト。
(続く)