玉座の間に突如現れた破滅の前兆、希望と絶望を齎し、三界にその名を知らない者はいない、魔王も裸足で逃げてしまい、通った道は焼け野原と化し、ある国ではその者の入国をさせないぐらい恐れられ、ある悪の組織は夢に魘される毎日を送り、彼女と出会ってしまったら神を呪えと言われている伝説の大魔女。
「さあ、ゼーガ。スクラップの時間だぜぇぇぇ〜〜!」
その名も嵐山黒狐。かつて人々は彼女の事をこう言っていた。『光と闇を司る混沌の黒き魔法少女』と。
「クリス!」
「お、お母さん!?」
クリスは扉(黒狐が壊してもう原型がないけど)の方を見ると、白銀の鎧に青いロングスカートを穿いたカリム・ラズベリーを見つけた。カリムはクリスの姿を見つけるとクリスのもとに駆けつけた。
「クリス、良かった。無事だったのね。もう大丈夫」
「お母さん……ぐべっ!?」
クリスはカリムに強く抱き締められるが、鎧に顔をぶつけてしまい、クルクルと目を回した。
「きゃあ、クリス!? どうしたの、そのケガは!? あいつにやられたの!?」
「いやいや、カリムさんの所為ですよ……」
とりあえずハクトが突っ込んでおいた。
「それはそうとカリムさん。母さんは一体どうしてここに? 確かあいつの魔法で氷漬けにされたのでは?」
ハクトの記憶が確かなら、黒狐はゼーガの罠に掛かってしまい、デュアルドラグロード魔法学校跡地にてエターナルダークネスフローズンで氷漬けにされていたはずだった。
「確か黒狐はあいつの罠に掛かってしまって氷漬けにされたけど、詰めが甘かったのよ。あれは内側の魔法は掻き消せても外からの魔法では簡単に消せるのよ」
「それはありえん! 私のエターナルダークネスフローズンは完璧だ。貴様の魔法でどうにか出来る物ではない!」
ゼーガがカリムに指差してそう叫ぶけど、カリムはただ首を振って息を吐いた。
「残念だけど、私の聖剣には鞘があってね。それはどんな強力な呪いも完全に治す事が出来るこの『アヴァロン』の力で黒狐の氷を溶かしたのよ」
カリムは聖剣を持っている手とは逆の手に白銀の鞘を取り出す。アヴァロンと呼ばれる聖剣の鞘は全ての呪いを解く事が出来る効果がある。
「そう言うわけよ、ゼーガ。あんたの暗黒魔法もカリムの聖剣の前では何の意味もないのよ。そして私も同じ魔法を二度も喰らわないわよ」
黒狐がビシッとゼーガに指を指す。
「ハクト、みんなを連れてここから離れなさい。あいつは私がぶっ飛ばすから」
「母さん……そのセリフは死亡フラグになってしまうよ」
「大丈夫よ。死亡フラグも立ち過ぎると生存フラグになるからね!」
「「ならない、ならない……」」
黒狐以外が手を横に振って突っ込む。
「でも母さん。あいつはかなり卑怯な奴だよ。俺も一緒に」
「ダメよ。子供同士の喧嘩が終わって、次は親同士の喧嘩になるから、下がってくれないかな。貴方達を巻き込みたくないのよ」
黒狐が真剣な表情でハクトを見る。普段ふざける事がある黒狐が真剣になると言うのは本気になると言う事になったからだ。
「分かった。クリス、みんな、脱出しよう」
ハクトはクリス達に脱出する様に言った。シャーリー達もここは黒狐に任せる事に賛成して立ち上がった。カリムは抱き締めていたクリスを離す。
「クリス、貴女も行きなさい」
「お母さん?」
「私はここに残らないといけないの。黒狐を止められるのは私だけだから」
「……うん、分かった。ありがとう、お母さん」
クリスはハクト達と一緒に玉座の間を離れた。残ったのは黒狐、カリム、ゼーガの三人だけになった。
「親同士の喧嘩だと? 本気で言っているのか?」
「ええ、本気よ。あんたは少々やり過ぎたからね。ここらで少しお灸をすえてあげないとね」
黒狐は箒をクルクルと回す。
「ふん、三流魔導師の分際で天狗になりやがって……格の違いと言うのを教えてあげないといけないわね」
クルクルと回していた箒を止めて、天に向かって投げつけた。箒は途中で何かにぶつかった様に止まるとそこから巨大な魔法陣が出現する。
「今回は待ったなしよ。私の全力であんたを潰してあげるから」
「黒狐、まさかあれを目覚めさせるの!?」
カリムは黒狐が何をしようとしたのか理解して驚いた。魔法陣から光が一直線に黒狐の前に降りてきて、そこから一本の木で出来た杖が現れた。黒狐は杖を掴む。
「それじゃあ行くわよ、ドーラ! マジカルチェンジ!」
黒狐がそう叫ぶと、杖が光り輝いた。着ていた魔導服が消えると、黒狐の身体が小さくなっていき、10歳ぐらいの身体になる。黒髪から白髪に変わり狐の耳が生えて、黒い瞳も蒼い瞳に変わり、紺色の着物を着てお尻に白い狐の尻尾が生える。
「魔法少女クロコちゃん登場! 今日も元気に世界の平和の為に頑張ります☆」
キラーンとポーズを取って参上する黒狐。
「って、何でそんなちっこい身体になっているのよ!?」
「あ、そうか。この格好はカリムにも見せた事なかったんだよね。そう、これが私の真の姿なんだよ。ちなみ、あと七段階変身出来ます」
「どこのボスなのよ! それにそんな姿になっているなら、魔力も下がって……ない? むしろ上がっている?」
カリムは黒狐の魔力ゲージを確認すると、普段より上がっている。
「言ったでしょう。真の姿になっているって」
「貴様……本気でそんな姿で私と戦うつもりなのか」
ゼーガが黒狐に向かって魔法弾を放った。爆発する中、黒狐にはまったくダメージを受けていなかった。
「なっ!?」
「残念だけど、この魔導服は特別製でね。あらゆる魔法を無力化してしまうのよ。だから、私に魔法は効かないのさ」
黒狐の着ている着物には特別な布で作られているので、魔法を無力化する事が出来るのだ。
「もはやチートと言うレベルを超えているわね」
「いやぁ〜、それほどでも〜」
「褒めてないわよ……」
カリムは溜め息交じりで突っ込んだ。
「そんじゃあ、そろそろこっちもやろうじゃないか。行くわよ、ドーラ」
黒狐がドーラに向かって言うと、ドーラと呼ばれる木の杖はへにょりと曲がった。
『はぁ……面倒くさい……』
野太い老人の声がドーラから聞こえた。
「なっ!? 相変わらずだね、じじいは! 久々に目覚めさせてあげたのに、その態度は何だ!?」
黒狐はドーラに向かって叫ぶ。
『やかましいわ、小娘が! わしだってもう歳なんじゃ。そろそろ隠居してよいじゃろうが』
「何が隠居だ、何が!? 前に呼んだ時、若いピチピチギャルの店に行っていたくせに!」
『良いじゃろうが! 老後の楽しみなんじゃから!』
がみがみと口喧嘩をする黒狐とドーラ。それにはカリムやゼーガも呆れて言葉も出なかった。
「ちょっと黒狐……今の状況解っているの?」
いつまでも口喧嘩している黒狐とドーラにカリムは溜め息交じりに訊いた。
「『もちろん解っているよ(ぜ)!』」
黒狐とドーラが同時に言った。息ピッタリである。
「まったく貴方の所為よ、クソジジイ」
『クソジジイだと!? クソにジジイを付けやがって!』
「逆よ! ジジイにクソを付けているのよ! 新喜劇みたいなボケをするな!」
「もう良いよ! 話が進まないわよ!」
カリムがついに突っ込んだ。
『や〜い、や〜い。怒られてやんよ』
杖のドーラが黒狐に先端で頭を叩く。黒狐は少しだけ笑うとドーラに向かって優しい顔となった。
「……ドーラ。ちらっ」
黒狐が裾を上げて下着をドーラに見せた。カリムは顔を真っ赤にして、ドーラはぶぶっと何かを噴き出した。
「な、何やっているのよ、黒狐!?」
「ドーラはこうでもしないとやる気出さないからね。大丈夫、ちゃんと下着は穿いているからさ。もっとも、着物に下着はご法度なんだけどね」
「そう言う問題じゃないでしょう……」
『ふっ、中々良い物を見させてもらったぞ、小娘よ。あとでその下着、貰ってよいか?』
「良いわよ。ちゃんと仕事してくれたらね」
黒狐がドーラを掴むとクルクルと回して構える。
「さあ、待たせたわね、ゼーガ。こっちは準備オッケーよ!」
「いつまでも待たせやがって……貴様、遊んでいるのか?」
「そんな訳ないでしょう。あんたを粛清させる為には、本気の私と最凶の神具様でないといけないからね」
「ちょっと、凶と言う字を間違ってないかしら?」
「合ってるって、カリム。それじゃあ、行くわよ、ドーラ!」
『オッケー、任せるが良いぞ』
黒狐がゼーガに向かって突進する。
「野蛮な猿みたいに突っ込んできやがって、これでも喰らうが良い!」
ゼーガが上空に三重魔法陣を出すと、炎、地、雷属性の魔法を一つに集めて放った。黒狐はシールド魔法を展開せずに、そのままぶつかった。
「黒狐!?」
直撃を喰らった……はずだったが、ゼーガの三重魔法陣をドーラが受け止めていた。
『うむ、中々良い魔法だ。じゃが、ちょっと闇があるな。もったいない。欲望に負けず、魔導の道を踏み外さなければ良い魔導師になれたと言うのに……』
ゼーガの三重魔法をドーラが吸収していく。
「自分が優秀で周りが凡人だからだと思っている奴だからね。仕方ないけど、井の中の蛙なのよ、あいつは」
「ば、バカな!? 私の魔法を吸収しただと!?」
「ドーラは相手の魔法を吸収するのよ。ただ吸収するだけじゃないけどね」
黒狐はドーラを振り上げて、思い切り振り下ろした。
「喰らいなさい! エーテルゲイザー!」
ドーラを地面に叩きつけた瞬間、ゼーガの真下から魔力の衝撃波が噴き出して、ゼーガに大きなダメージを受けました。
「ぐわっ!? な、何だ、今のは……」
「あんたの魔力を吸収して私の魔力に変換して、倍にして返してあげたのさ。強力な魔法を使ってくれれば使うほど、私の魔法が強くなるのよ」
「もう完全に悪役の魔法ね」
「酷いな。正義の魔法と言ってほしいわ。光と闇を司る混沌なる魔法少女クロコちゃんなんだからね。闇から光へ、光から闇へと変えてしまうカオシックマジカルガールなのよ」
黒狐はドーラに魔力を籠めて空に向かって魔法弾を撃ち出すと、パーンと花火を上げた。
「調子に乗っているんじゃねえよ、貴様!」
ゼーガがさらに三重魔法陣に二重魔法陣を二つ作り出した。
「吸収するなら、吸収出来ないぐらいの魔法で潰してやるよ! くたばりやがれ!」
ゼーガが三重魔法と二重魔法を黒狐に向かって放った。もちろん黒狐はシールド魔法をまったくせず、ドーラを前に出して三重魔法と二重魔法を吸収していっている。
「あのね。ドーラの吸収力は無限なの。だから、いくらでも吸収が出来るのよ」
黒狐が言っている間、二重魔法を完全に吸収したドーラは、げぷっとげっぷをする。
『ああ、さっきよりかは美味かったが、まだまだじゃな』
「それじゃあ行くよ、ドーラ!」
吸収し終わった黒狐はドーラをクルクルと回してから、大きく振り上げてジャンプをする。
「喰らえ! エーテルゲイザー!」
黒狐が叫んでから、思い切り地面に叩きつけると、ゼーガの足元に再び魔力の衝撃波が噴き出してゼーガを吹き飛ばした。
「ぐっ! ぐおぉぉぉぉぉ〜〜!」
今度のエーテルゲイザーはさっきよりも威力があるので、ゼーガは壁まで激突するぐらい吹き飛ばされた。
「言ったでしょう、強力な魔法を使ってくれればくれるほど、返す時倍になるって。だから、さっきよりも強くなっているわよ。さあ、どんどん使ってきなさい。倍にして返してやるからね!」
黒狐は杖を持っていない手でさっさと来る様に挑発する。
「この……東の山猿がぁぁぁ!」
ゼーガは怒り狂った表情で魔法弾を連続で放ち続けていく。
そして現在城の脱出をする為に走っているハクト達は上からドンドンと大きな音がするのが聞こえていた。
「ハクトさん、黒狐さん大丈夫なのですか?」
クリスは戦っている黒狐が心配で天井を見続けている。
「母さんなら大丈夫だって。あの人の強さは俺が一番知っている。それに母さんの魔力はまったく減っていないから、遊んでいるのだろうな。とにかく俺達は一刻も早くここから脱出しないと……巻き添えを喰らうかも知れないから」
「ちょっと!? 巻き添えって何よ!?」
ハクトが不吉な事を呟いたのをシャーリーが聞いて驚いた。
「母さん、手加減と言う言葉を知らないからな。多分最終的にはこの城をぶっ壊すかも知れないんだ。母さん、こういう魔王の城や悪の組織の根城みたいな所は絶対ぶっ壊すんだから」
「それは何とも頼もしいお母様ですわね」
「……時にお兄ちゃん。ちょっと気になる事があるのですけど」
「どうした、ミント?」
「……タイガーの姿が見えないのですけど、どこに行っているのですか?」
「…………あれ?」
ハクトは周りをよく見てみると、クリス、シャーリー、ミント、ライチ、レナ、そして自分を入れて六人しかいない。まだ虎之助の姿がないのだ。てっきり彼の事だからいつの間にかいるみたいな感じではなかったみたいだ。
「シャーリー、あいつは? お前達と一緒じゃなかったのか?」
「私もよく知らないのよ。四神獣の牙にバラバラにされて一対一の勝負をしていたから。全員倒して結界を解いても虎之助の姿はなかったのよ」
「そう言えば、あの部屋のどこかで大きな穴がありました。きっとあれに落ちてしまわれたのではないでしょうか」
「どうしてそう思えるんだ、ライチ」
「だって、あの穴を覗きましたら、下の床に虎之助さんのシルエットに見た穴が出来ていましたので」
「うわ〜、漫画の様な穴があったと言うわけか……」
とりあえず無事だと分かったハクトは、どうせどこかで寝ているか、ハクト達と同じ様に脱出しているのかもしれない。だから、これ以上虎之助の事は話さなくなった。
先頭を走っていたレナがハクトに報告した。この中で道順を知っているのはレナだけであったので、彼女の案内でここまで戻るが出来たのだ。
「よし、何事もなく脱出出来そうだ」
ハクトがそう言った瞬間、どこからかピンポンと言う音が出た。
「んっ? 今何か音がしませんでしたか?」
その音にクリスが反応する。もちろんこの音はここにいる全員に聞こえた。
「まさか今の音って、何かのフラグが立った音じゃないでしょうね。ハクトが何事もなく脱出出来るなんて言うから」
「そんなバカな事が……まさか転送機からいきなり敵さんがわんさか出てくるなんて事があるのか?」
ハクトがそんな心配をしていると、後ろからドドドドドと何か大きな音が聞こえてきた。
「ちょっと待って……まさか大きな岩が転がってくる展開じゃあないでしょうね」
「シャーリーさん、変な事を仰らないで下さい。もしそうなってしまいましたら、わたくし達おしまいですわよ。ここは一本道ですし、転送機の先は壁ですわよ」
ライチの言うとおり、転送機のある場所の先は壁だけで、横道に逸れる事も出来ないのだ。
「……ちょっと待って下さい。何か声が聞こえてきますよ」
クリスが耳を済ませて聞くと、確かに人の声が聞こえてくる。
「いや、でもこの声は……まさか……」
ハクトはこの声に聞き覚えがあった。いや、あまり聞きたくなかった声だった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ〜〜! タイガーダッシュ!」
ハクト達の背後から超スピードで走ってくるタイガーこと虎之助がやってきた。
「おお〜、速い速いです〜」
そして虎之助にお姫様抱っこされているミルフィーユ皇女が虎之助のダッシュに喜んでいる。
「み、ミルフィーさん!? な、何をやっているのですか!?」
クリスはミルフィーユ皇女を見て驚いた。
「あら、クリスさん」
「おお、ハクト! 待たせたな!」
「待ってねえよ……と言うか、さっさと止まれ! ぶつかるぞ!」
「おおっと、そうだったぜ! クリスちゃん、皇女を頼むぜ!」
そう言って虎之助は抱っこしていたミルフィーユ皇女をクリスに向けて投げた。クリスは慌てながらミルフィーユ皇女をキャッチする。そして虎之助はそのままハクト達を追い越していった。
「だから、止まれって言ってるだろう!」
「タイガーダッシュは障害物にぶつからないと止まれないのだ! にゃあはははは〜!」
「笑っている場合か!? 前には転送機があるんだぞ!?」
「にゃんだってぇぇぇ〜〜!?」
虎之助はそのまま転送機の所まで突っ込もうとしている。
「こうなったら……とおぉぉ!」
虎之助は高くジャンプしてクルクルと回転する。
「奥義タイガーキック!」
そう叫びながら右足を前に出して転送機にぶつける。転送機は壁を破壊してそのまま下に落ちていった。それを見たハクト達が口を大きく開けて唖然とする。
「ふっ、決まったぜ……最高に決まったぜ……」
キランと歯を光らせて着地する虎之助。
「き、き、貴様ぁぁぁぁ〜〜!? 何をするんだぁぁぁ〜〜!?」
プチンと切れたハクトの渾身のジャンプキックを虎之助の頭にぶつけて虎之助は壁に顔をめり込ませた。
「お前の所為で脱出するための転送機がなくなってしまったじゃないか!? 見ろ、下にまっ逆さまに落ちるあれを!?」
「ハクトさん、壁にめり込んでしまっているので見えないと思いますよ」
「クリス、そこは突っ込んだらダメよ」
シャーリーがクリスの肩に手を置いて首を横に振りながら言った。その間に虎之助はめり込んでいた顔を抜いた。
「ぷはっ! 心配するな、ハクトよ。俺っちの奥義タイガーキックでやられた物は爆発するという設定だから。王都には被害は出ないぜ」
「はっ?」
何を言っているのか解らなかったハクトだったが、下で大きな爆発が起きた。
「……凄いのです。本当に転送機が爆発したのです」
「どうだ。俺っちのタイガーキックの威力は。にゃあはははは〜!」
まったく反省の色を見せない虎之助にプチンと切れるハクトとシャーリーはお互い何の合図もなしに虎之助に向かって跳んで、マジカル・ドライブを起動させた。
ハクトとシャーリーの渾身の拳が虎之助の顔面と腹に決まった。そして虎之助は空けた穴の外まで飛んでいき、そのまま落ちていった。
「あのバカめ……」
「そのままくたばりなさい」
ハクトとシャーリーは構えを解いて、吐き捨てる様に言った。
「だ、大丈夫なのかな、虎之助さん……」
「まあ、大丈夫だと思いますよ。虎之助様はあの程度で死ぬ様な人ではないですから」
虎之助を心配するクリスにミルフィーユ皇女が答える。
「ミルフィーさん、あの、大丈夫ですか? 私、ミルフィーさんを助ける事が出来なくて……」
「いいえ、クリス。私の方こそ貴女に迷惑を掛けてしまったのですから。何とお詫びを申しあげたら良いのか」
「ふええっ!? い、良いですよ、そんなに畏まらないで下さい!」
頭を下げるミルフィーユ皇女に、クリスも慌てて頭を下げる。
「クリス、あんたいつから皇女様と知り合ったの?」
シャーリーがクリスとミルフィーユ皇女の仲が良い事に気付いてクリスに訊いた。
「えっと、今朝魔法学校に向かう途中で蒼氷竜に乗っていたミルフィーさんとぶつかって……」
「ええ、私も魔法学校へ脱走…もとい散歩に出ようと蒼氷竜で向かっていました所、クリスとぶつかりまして」
「それにしましても、クリスさんと皇女様って、そっくりですわね」
ライチがクリスとミルフィーユ皇女を見て思った事を言った。確かに髪や顔も殆ど一緒である。
「うふふ……そんなに似ていますか?」
「……はい。とても似ていて区別がつかないのです。服を入れ替えられてしまったら分からないかも知れないのです。お兄ちゃんもそう思いますか?」
「えっ? あ、ああ……確かに似ていて少し驚いているよ。テレビで見た時も驚いたけど、実際クリスとこんなに似ているなんて思わなかったよ」
「ありがとうございます。あ、それから皆さんにはちゃんとお礼をしないといけませんね。私を助ける為にここまで来ていただいて本当にありがとうございます」
ミルフィーユ皇女はハクト達に向かって頭を下げる。ハクト達は少し照れる。
「うおぉぉぉぉぉぉ〜〜!」
すると、穴の向こうから叫び声が聞こえた。ハクトはまさかと思い穴から外の様子を見ると、下から虎之助が上に上がってきた。
「なっ!? あいつ飛行能力が出来る様になったの……か?」
ハクトは虎之助をよく見えると、虎之助は手を羽ばたかせて飛んできたのだ。
「うおぉぉぉぉぉぉ〜〜! 人は空を飛ぶ事が出来る! つまり! I・CAN・FIYだZEEEEEEE〜〜!」
虎之助は手だけでなく足もバタバタとバタつかせて飛んでいる。その姿にミントは目をキラキラと輝かせた。
「……こ、これはまさに、水面に浮かぶ白鳥の如くなのです」
「いやいや、ミントさん。そんな格好良い物ではないでしょう……あいつのあれは優雅に見えないからね」
「……もしくは緑の恐竜さんの如くなのです」
「ヨッ●ーか!? あれは一定時間しか飛んでないから、すぐに落ちるでしょう!?」
ミントのボケにシャーリーが突っ込み続ける。
「うおぉぉぉ〜〜! 飛べないタイガーは、ただの野良猫だぜ!」
「意味わからねえよ! もうあいつは放っておいて、俺達の事を考えないと……転送機がない以上、どうやってこの浮遊城から脱出するか」
「そうですね。航空術を持っているのはハクトさんに私だけでしたっけ? レナちゃんは?」
「私は多少使える。それにここから落ちても、地面にぶつかる瞬間にエクスティンクションを使えば問題ありませんから」
「レナ、せめてちゃんとした降り方を考えろ。だが、他の人は空を飛ぶ事が出来ないんだよな」
シャーリー、ミント、ライチ、ミルフィーユ皇女の4人が飛べない事にどうやってここから脱出すれば良いのか考えるハクト。すると、外からある声が聞こえた。そして翼を羽ばたく音が近付いてきた。
「あれは……あいつか!?」
ハクトは外を見ると蒼氷竜がやってきたのだ。
「蒼氷竜!? 無事でしたのね!?」
ミルフィーユ皇女は蒼氷竜の無事な姿に喜ぶ。蒼氷竜もミルフィーユ皇女の姿を見て喜んでいる。
「ちょうど良かった。ドラゴンなら何人でも乗せられるはずだ。シャーリーや皇女様は蒼氷竜に乗って脱出。俺とクリスとレナは航空術で脱出だ」
「おぉ〜!」
シャーリー、ミント、ライチ、ミルフィーユ皇女は蒼氷竜に乗って脱出して、ハクト、クリス、レナは航空術で空を飛んで脱出する。
「うおぉぉぉぉぉぉ〜〜! 飛んでいくぜ! ペンギンの如く羽ばたくぜ!」
「それって、結局落ちるのと同じじゃないのか……」
「ほへっ? にょわぁぁぁぁ〜〜!」
虎之助はそのまま下に落ちていく。
「……タイガー、これを使うのです」
ミントが虎之助に向かって何かを放り投げた。虎之助はそれをキャッチする。
「こ、これは!? これなら飛べるぜ! うおぉぉぉぉぉ〜〜!」
虎之助はミントから貰った物を羽ばたかせると、空を飛ぶ事が出来た。しかし、それを見ているハクトは目を疑った。何故なら、虎之助が持っているのは……
「うちわって……そんなので飛べるのかよ!?」
「いや、ミントが出した物だから、多分それのおかげじゃないかな」
ミントの放魔で出したうちわであるなら、何か効果があるのかも知れない。
すると、城から大きな魔力の衝撃波が上がるのが見えた。あの魔力は黒狐であるとハクトも気付いている。
「母さん、マジになっているな、あれは……」
ハクトは浮遊城にいる黒狐の事を考えて、首を横に振りながら息を吐いた。せめてこの後、母親がお尋ね者にならない事を祈るしかなかった。
そして崩れた玉座の間では、大きな魔力の衝撃波が地面から噴出してゼーガを吹き飛ばされていく。黒狐はドーラを構えて余裕の表情をしている。
「黒狐、それ悪役のセリフよ」
カリムはやれやれと首を横に振る。
「ぐっ……このでたらめな魔法が……だが、だいぶ分かってきたぞ」
ゼーガは黒狐のエーテルゲイザーを喰らいながらも、その攻撃パターンを理解してきた。黒狐のエーテルゲイザーは相手の足元に確実に衝撃波を放っているのだ。つまり、黒狐がドーラを地面に叩きつける時に避ければ当たらないとゼーガは考えた。
「それじゃあ、行くわよ!」
黒狐がドーラを振り上げて、魔力を溜めていく。そして、思い切り振り下ろした。その瞬間、ゼーガは自分のいた場所から一気に後ろに下がった。
「これで当たらないぜ!」
「それがどうした。エーテルゲイザー三・連・発!」
黒狐はドーラを地面に叩きつけた瞬間、地面から魔力の衝撃波が三回連続で放たれた。いきなりの攻撃だったので、ゼーガは一発目を避ける事が出来たけど、二発目と三発目は喰らってしまい吹き飛ばされる。
「超必殺技EXバージョンよ。一発だけだと思ったら大間違いよ。さあ、どうする。もう終わりにする?」
黒狐はドーラで肩を叩きながら、さっさとかかってきなさいと挑発する。
「……終わるのはお前だ」
ゼーガが何か呟いた瞬間、黒狐の足元に魔法陣が出現した。黒狐はこの魔法陣に見覚えがあった。
「エターナルダークネスフローズン……黒狐!?」
「ふはははははは! 無駄だ。もう奴は俺の魔法陣に掛かった。これでもう終わりですよ!」
ゼーガは勝利したと思っている。カリムはエクスカリバーを抜いて構える。
「……言い忘れていたけど。私ね、同じ魔法を二度喰らう事なんて一切ないのよ。だって、もうこの魔法陣の構築式は頭に入っているからね。だから、こんな風にされれば!」
黒狐はドーラを使ってエターナルダークネスフローズンの魔法陣にある魔法陣を加えた瞬間、エターナルダークネスフローズンの魔法陣が完全に崩壊した。
「な、何だと!? どう言う事だ!? エターナルダークネスフローズンの中では魔法は一切使えないはずでは!?」
「確かにそうよ。でもね、暗黒魔法と対になっている魔法を上書きすれば、簡単に壊せるのよ。ね、ドーラ?」
『ふむっ、我が神の力なら如何なる暗黒の魔法も打ち消す事が出来る』
「黒狐……いつの間に貴女、そんな魔法を……」
「う〜ん……カリムと別れた15年ぐらい前かしらね。さてと、どうするの、ゼーガ? 頼りのエターナルダークネスフローズンが使えなくなった以上、貴方にはもう切り札はないわよ」
「それはこちらのセリフですよ。エターナルダークネスフローズンが使えないからって、いい気になっているんじゃないぞ。それに、切り札と言うのは最後の最後に使うものなんですよ」
ゼーガは呪文を唱えると周りの風景が変わり始める。そこは戦乱の跡の様な荒野である。
「固有結界……しかもこの邪悪な気は……」
カリムが呟くとゼーガの背後から無数の死人たちが地面から出てきた。
「あんた。暗黒魔法をどれだけ使っているのよ。あまり使いすぎると取り返しのつかない事になるわよ」
今まで笑みを浮かべていた黒狐の顔が一気に怒りの表情に変わった。
「そうね。腐った人間ほど醜い者はないよ。自分が特別で周りが凡人だと思っているその見下し精神を、あの時ぶち壊しておけば、きっとこんな事にはならなかったのかも知れないわね。あ〜あ、私の所為だね、これは……あの時の一戦で貴方を間違った道から引き摺ってでも戻してあげなかった私の罪みたいね」
「黙れ! 貴様の様な田舎魔導師にやられた私の気持ちなど誰も知らないのさ。だが、今は違う。世界は私を認めた。そしてこれからもだ。私こそが世界最強の大魔導師にふさわしいのさ。その為の力も手に入れた。こいつらを使い、貴様や私を認めなかったシャインヴェルガを滅ぼしてやるのさ!」
ゼーガは大笑いするが、さっきまで怒っていた黒狐の表情は相手を哀れだと思っている顔になった。黒狐はここまで彼が堕ちてしまった事を後悔しているのだ。彼ほどの魔導師は黒狐も少しは認めようとしていたけど、もうダメである。暗黒魔法に手を染めて、ミルフィーユ皇女やクリス、そしてハクトに危害を加えたのだ。
「……良いよ。あの時の決着を着けてあげましょう。そして教えてあげるわ。私の全身全霊の本気と言う奴を!」
黒狐はドーラを構えて、足元に魔法陣を出した。
「行くよ、ドーラ。最早彼に救いはないわ。だから終わらせようと思う」
『良いだろう。わしもあの魔導師はもう救えないじゃろう。だからお前が終わらせろ』
「うん、ありがとう、ドーラ……真名解放! 全魔力解除! さあ、目覚めろ! 神聖樹『ユグドラシル』!」
黒狐がそう叫んだ瞬間、黒狐の周りが光り輝き、光の柱が立った。黒狐とゼーガとの決着がこの一撃で決まる。
(続く)