魔法学校の正門では戦い続けているライム・シュナイザーが地面に刺さっている魔法剣を引き抜く。一人で戦い続けて数十分経っているが、彼女は誰一人正門を通らせなかった。
「さて、次は誰だ。この門を潜る勇気のある者はいないか!?」
最早デュアルドラグロードの生徒達にライムに敵う者はいなかった。しかし、ある一人の魔導師が魔法陣を足元に出すと、身体がどんどん大きくなっていった。
巨人化魔法を使った魔導師は大きな剣を使って、ライムに向かって思い切り振り下ろした。激しい音と共に大地が少しだけ揺れた。
「やったか?」
巨人化魔法を使った魔導師がそう確信するが、下で何かとぶつかり合っている感触がした。
「良い太刀筋だ。しかし、まだまだ甘い」
ライムは自分の身体よりも三倍ぐらいある大きな剣を持って、巨大化魔法を使った魔導師の攻撃を防いでいた。ライムが出した剣は巨人の剣と呼ばれる剣である。
「もう少し腕を上げるが良い。その時になったらまた相手になってやる」
そう言って、ライムは巨人の剣を振り上げて巨人化魔法を使った魔導師を倒した。
「さて、次だ。お前達の魔導師としての誇りと言うのを見せてみろ!」
ライムの気迫に最早自棄を起こす感じでデュアルドラグロードの生徒達は突進していった。
玉座の間がゼーガの固有結界によって戦乱後の荒野に変わってしまった。ゼーガの周りには死人の兵達が次々と地面から出てくる。
そして黒狐の方もドーラもとい神聖樹『ユグドラシル』の真名を解放すると、杖の魔力が急激に上がった。いや、今まで封印されていた魔力が解放されたみたいだ。
「暗黒魔法の固有結界……どこでそんなのを見つけたの。まさか、魔導書があるの?」
黒狐はゼーガに訊く。
「貴様が知る必要はないよ。今ここで死ぬのだからな」
「答えなさい! それは危険な物なのよ! 本当に取り返しのつかない事になるのよ! どこにあるのよ、暗黒魔法の魔導書は!?」
黒狐が珍しく怒鳴っている。カリムもここまで黒狐が怒っているのなんて見た事がなかった。その所為か、黒狐の周りの魔力は暴発しかけている。
「く、黒狐!? ちょっと暴発してる!? これって超やばいオチが待っているんじゃないの!?」
「大丈夫よ、カリム。今回は私も本気だから。爆発オチなんて事にはならないから」
「そ、そう……」
カリムの心配はないみたいだ。
「まあ良いわ、ゼーガ。訊かない事にするわ。でもね、本当に後悔するわよ。暗黒魔法を使いすぎてしまうと、どうなるのか知っているの?」
「そんなの知った事か。私は優秀な大魔導師だぞ。貴様とはレベルが違うのですよ」
「そう、もう良いわ。あんたに引導渡してやるよ!」
黒狐は息を吐き、ユグドラシルを強く握り締める。
「それはこちらのセリフですよ。この暗黒結界魔法『デス・エンド』でな! 行くが良い、死者の軍勢よ。奴の魂を冥府に落とすが良い!」
ゼーガの言葉に死者の兵隊は叫びながら黒狐に向かって走り出した。
「数が多すぎる! エクスカリバー!」
カリムが聖剣を構えて光を集める。
「手を出さなくて良いよ、カリム。私とユグドラシルの前であの程度の軍勢、一発でぶっ飛ばすから」
黒狐の言葉にカリムは集めて光を止めた。
「……分かったわよ、黒狐。好きにしなさい」
「……サンキュー、相棒。さあ、行くわよ、ユグドラシル! お前の全力、見せてやりなさい!」
『承知した!』
ユグドラシルが叫ぶと、さらに魔力が上がっていく。杖の先端から大きな魔法陣が出現する。魔法陣から物凄い魔力が出ている事にカリムは気付いた。
「これが、神の魔法……」
「覚悟しなさい、ゼーガ! ゴッド・パワーフォース・キャノン!」
黒狐がそう叫ぶと、魔法陣から巨大な魔力光線を放った。ハクトやクリスの様な砲撃魔法や集束系魔法よりももっと大きな光線を放った。最早避ける様な場所なんてどこにもないぐらいの大きさである。使者の軍勢は次々と光に包まれて消滅していった。
「ぐ、ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
ゼーガはシールド魔法を展開出来ず、直撃を喰らった。黒狐の魔法はそのまま空間の壁を壊して外まで出て行った。壁が破壊された事で固有結界にひびが入り、世界が崩壊していく。
カリムは衝撃で吹き飛ばされないように踏ん張る。
「……黒狐」
固有結界が完全に消滅して先程までの崩れている玉座の間に戻った。魔法を放った黒狐は一息吐いてから、構えを解いた。
「まあ、こんな物かな……」
『うむ、ご苦労であった。では、わしはこれで失礼する』
そう言ってユグドラシルは魔法陣を出して中に入っていった。黒狐の魔導服も元に戻り、いつもの黒髪と身長になった。黒狐は肩を回して、ゼーガの方を見る。非殺傷能力であっても、身体も服もボロボロの状態で経っていた。
「さてと、帰るか、カリム」
黒狐はいつもの笑顔でゼーガに背を向けてカリムと一緒に帰ろうとする。
「良いの、黒狐? あいつをあのままにして」
「良いの、良いの。もうあいつの魔力も無いのだし、私もすっきりしたからね。これ以上は無意味な戦いよ。それよりもまだ学校で戦っている生徒達に知らせてあげないとね。もう終わったんだと」
「……そうだね。クリス達も心配しているかも知れないからね」
カリムも戦いが終わったのだと考えて、魔導服とエクスカリバーを仕舞った。そして二人で玉座の間を出ようとする。
「ま…待て……勝負は…まだ…終わってないぞ……」
ボロボロのゼーガがゆっくりと黒狐達に向かってくる。黒狐とカリムは振り返る。
「もう充分よ。この勝負、あんたの負けよ」
「まだだ……まだ…終わっていない……嵐山黒狐……貴様の様な奴に……この優秀な大魔導師である…この私が…負けるはずがないんだ……さあ…まだまだ私は戦え……」
ゼーガが右手を前に突き出して魔法弾を放とうとした瞬間、ゼーガの右手がガラスが割れた様な音をして弾けた。
「う、うおぉぉぉぉぉ〜〜!? な、何だ、これはぁぁぁぁぁぁ〜〜!?」
ゼーガは何故こんな事が起きたのか解らず叫び続ける。
「黒狐、これって……」
「ええ、暗黒魔法は魔力ではなく生命力を使う禁忌の魔法。使いすぎると生命力を使いきってしまって消滅する。カリムも昔私と一緒に見たよね」
「……ああ、そうだったわね。ライチちゃんも本当に危ない所まで行っていたけど、ハクト君が止めなかったら、きっと消滅していたのかも知れなかったんだよね。あれ? そう言えば私、あの時の事を少し忘れかけていたわ」
「そうでしょうね。暗黒魔法で消滅する魔導師は因果ごと消されてしまうから、存在そのものが消えてしまう。昔の事だから私もついつい忘れてしまうんだよね」
暗黒魔法は暗黒魔導師にしか使えない禁忌の魔法であり、それは魔力ではなく命を削ってしまう魔法である。ゼーガはエターナルダークネスフローズンだけでなく、デス・エンドと言う固有結界まで使ってしまったから、生命力のほとんどを使ってしまったのだ。そしてゼーガの身体が足元から粉になってきた。
さらに暗黒魔法で消滅した者は存在そのものも消滅してしまう為、誰の記憶からも消えてしまうのだ。今回では直接関わっているハクト達や黒狐達はゼーガの事を覚えているけど、関わっていない者達の記憶からは完全に消えてしまうのだ。もちろん記録されている物も全て抹消され、たとえゼーガの事を思い出せてもそれは夢の様に消えてしまうのだ。
余談だが、かつて暗黒魔法に手を出していたライチもあの時の試合でほぼ生命力を失っていたので、ハクトが魔導殺しNO01を使って、ライチの身体から暗黒魔法を取り除いていなかったら、ライチもゼーガの様に身体が消えていて、存在も消えていた所であった。
「う、うおぉぉぉぉぉ〜〜! 何故だ……何故私が…消えなければならないんだ……嵐山黒狐! 貴様だけは許さん!」
下半身が消えてしまったゼーガは地面にうつぶせに倒れてしまい、顔を上げて黒狐に向けて叫び続ける。黒狐はただゼーガのを見下ろしている。
「これは当然の酬いなのかも知れないわね、ゼーガ。あんたは多くの人を傷付けすぎたのよ。だからこれは神様があんたに下した罰よ。しっかり受け止めなさい。もっともあんたが消えた瞬間、誰もがあんたの事を忘れてしまうけどね。多分今回の件はデュアルドラグロードが勝手にシャインヴェルガに向けて戦争を起こした。ただそれだけの事件になるかもね。あんたの事なんて一文字も出てこないかもしれないよ」
「ふざけるな……私は…大魔導師だぞ……私を認めてくれた者達が……」
「いないわ。あんたの事はもう忘れて酒でも飲んでいるでしょうね。あと、息子のサイガ君は多分、父は物心が付く前に亡くなったと記憶が改竄されるでしょうね。もうあんたを覚えている人は誰もいないわ」
「そんな……そんなバカな事が……」
ゼーガの目から涙が零れてきた。どこで自分は間違ってしまったのか、アイリッシュ家の誇りを捨てて、優秀である大魔導師となり、デュアルドラグロードと言う駒も手に入れ、念入りに入れた計画が、たった数人の魔導師によって破綻されて、そして自分を地獄に落とした仇敵である嵐山黒狐が目の前にいて、そして再び敗北した上に消えてしまう。一体どこで間違いを犯してしまったのかをゼーガは考える。しかし、ゼーガは笑った。間違った事など一つもないからだ。彼の人生で間違った事など何一つなかった。だから笑い続ける。
ゼーガはそう叫んで完全に消滅した。服も骨も残らす塵となって消えてしまった。ゼーガ・アイリッシュと言う大魔導師の最後は、ただ笑って消えたのだ。
黒狐は消えていったゼーガの所に膝を着いて、手を合わせて黙祷する。カリムも目を瞑り、黒狐と一緒に黙祷する。
その時城が大きく揺れ始めた。
「な、何っ!? これは!?」
「う〜ん、多分浮遊していた魔力が消えてしまって、この城多分落ちるんじゃないのかね」
「お、落ちる? この下に? そうなるとシャインヴェルガはどうなるの?」
「にゃはははは! 多分半壊かな?」
黒狐は笑いながら答えたが、カリムは大きく拳を振り下ろして黒狐の頭を殴った。
「アホかぁぁぁ〜〜!? 王都を半壊させてどうするのよ!? 本当に極刑になっても知らないからね!」
「う〜……大丈夫よ。私が何とかするから……とりあえず脱出しましょう……」
頭の上に星が回っている黒狐。
「そうね。早く脱出しましょう」
カリムは先に玉座の間を出て行く。黒狐は出ようとした時、立ち止まって振り返る。そこはもう誰もいないけど、黒狐は言った。
「ゼーガ。たとえこの世界の誰もがあんたの事を忘れていったとしても、私だけはあんたの事をずっと覚えておいてあげるわ」
そう言って黒狐は玉座の間を出て行った。
外にいるハクト達は黒狐とカリムが来るのを待っている。そんな時、デュアルドラグロードの浮遊城が少しずつ下に落ち始めている事に気付いた。
「城がどんどん下に落ちていっていないか、あれ!?」
「……見事に魔法学校に落ちているのです。このままだと魔法学校は潰れてしまうのです」
ミントの言うとおり、浮遊城は魔法学校の真上にあったので、このまま落ちてしまえば、魔法学校は完全に潰れてしまう。
「どどど、どうしましょう、ハクトさん!?」
「どうしましょうと言ったって……どうすれば良いんだよ!?」
ハクトもこの状況をどうやって対処すれば良いのか分からないままである。
「俺っちに任せろぉぉぉぉぉ〜〜!」
そう言って、うちわで飛んでいた虎之助が浮遊城の下に向かって飛んでいった。
「まさかあいつ、一人であれを止めるつもりなの!?」
「無茶ですわ! どれだけ大きいと思っているのですの!?」
シャーリーとライチが叫ぶ中、虎之助は一人で浮遊城の下に辿り着き力一杯押さえつける。
「うぉぉぉぉぉ〜〜タイガーファイトぉぉぉぉ〜〜、いっぱぁぁぁぁつ!」
どこかのCMの如く叫ぶ虎之助は浮遊城をしっかりと止めようとする。しかし……
「全然速度は変わってねえな……」
「先程までと、まったく変わりありません。やはり人間一人の力では、あの大きな浮遊城を止める事など出来ません」
レナが鋭い突っ込みを入れる。そうしている間も浮遊城はどんどん魔法学校に向かって落ちていく。
「ハクトぉぉぉ〜〜!」
すると箒に跨ってやってきた黒狐と、空を飛んでいるカリムがやってきた。
「母さん、カリムさん!?」
「ゼーガは倒したのですか!?」
「バッチリよ!」
黒狐がグッドサインを出す。
「それよりも浮遊城が落ちているんだけど、母さん何やったの!?」
「酷いわ、ハクト!? 浮遊城が落ちた原因が私だと思っているなんて、お母さん、ショックだわ! 一体何を根拠にそんな事を言うのよ、え〜ん!」
黒狐がハンカチを噛み締めて泣きマネをする。
「「日頃の行いの所為!」」
ハクトとカリムのダブル突っ込みに「ぐはっ!?」と口から血を吐く黒狐。
「……ふっ、見事なダブル突っ込み……息子だけでなく親友まで言われてしまうとは……」
「黒狐、落ち込むのは後にして。あの浮遊城をどうにかする策はあるんでしょう?」
脱出する時、私が何とかすると言っていた黒狐。
「そうね。あれをどうにかする方法をたった一つしかない。それは……ぶっ壊すしかない」
黒狐の拳を握り締めていった。
「黒狐らしい策だけど、あんな大きな浮遊城をどうやって壊すつもりなの? 並大抵の魔法じゃあ、壊せないわよ」
「ふふ〜ん、そんなの簡単よ。ねえ、ハクト?」
黒狐がハクトの方を向く。
「か、母さん……まさかと思うけど、あれで破壊するとか言うんじゃないでしょうね?」
「くっくっくっ……そのまさかよ! さあ、準備するわよ!」
キラキラと目を輝かせて張り切りだした黒狐。そんな姿を見て、ハクトは思った。
「母さんよ。あんたこそ正真正銘の魔王ですよ」
(続く)