デュアルドラグロードとの戦争が終わったが、浮遊城が王都に向かって落ちていこうとしている。
「さあ、ハクト! 例の魔法、やるわよ!」
「……本当にやるの?」
ハクトは溜め息交じりで言った。
「当たり前でしょう! でないと、浮遊城で魔法学校が木っ端微塵だよ」
「木っ端!?」
確かにその通りである。このままだと浮遊城は魔法学校の上に落ちて木っ端微塵になる。それだけではない。魔法学校にはまだ生徒がたくさん残っているので巻き込まれてしまう。
「ああ、解ったよ! やれば良いのでしょう!」
ハクトはもう自棄になった。
「それでこそ私の息子だね。それじゃあ、やりますか」
「はいはい……」
ハクトと黒狐は両手を挙げて呪文を唱える。
「「紅の瞳を持ちし王の魂よ。黄昏に寄り添い、日と月が重なり合う時、我はここに汝と誓う。我らの前に立ちはだかりし全ての愚者に、滅びの詩を唱え、全てを滅びへと与えよ!」」
ハクトと黒狐の呪文にクリスとカリムはビックリする。
「ちょっ!? 黒狐!? あんた何をやっているよ!?」
「は、ハクトさん!? それは危険ですよ!」
「クリス、今すぐにシールド魔法を使って下のみんなを守るわよ!」
「は、はい!」
クリスとカリムは魔法学校の上に向かって、全魔力を使ってハクトと黒狐の魔法を止めようとする。その間にハクトと黒狐の真上に真紅と黒の炎の玉が出来上がった。
ハクトと黒狐が浮遊城に向かって真紅邪王炎滅波を放った。二人によって威力が倍増して浮遊城で大爆発する。爆発が魔法学校にまで向かっていたが、クリスとカリムがシールド魔法で魔法学校を守る。爆発の中で『によわ〜』と何かの叫び声が聞こえた。
大爆発が収まると浮遊城は完全に消えていた。
「ふっ……決まったわ」
黒狐が大仕事をやり遂げたみたいな感じで汗を拭う。
「……母さん。やったぜと言った感じで笑顔になっているのは良いけど」
ハクトは頭を押さえながら、下のグラウンドの方を見ると、クリスとカリムが目を回して気を失っている。それだけではない。正門前にいたライチやデュアルドラグロードの生徒達、グラウンドにいたジン先生やEクラスの生徒達、そして蒼氷竜に乗っていたシャーリー、ミント、ライチ、ミルフィーユ皇女に蒼氷竜とレナもグラウンドに落ちていて気絶している。
「やり過ぎだぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
「てへぺろっ☆ ごめんね」
黒狐が舌を出して謝る。ハクトは溜め息を吐いてから、パチンと指を鳴らすと黒狐の両腕を手錠をかける様に拘束系魔法で縛った。
「あれ? ハクトさん、何でお母さんに手錠をかけたのかな?」
「今からお城に行って、牢屋にぶち込んでやる。母さんは1回そこに入れておかないと反省しないからな」
「い、嫌だぁぁぁぁ〜〜! これは私の所為じゃない! これはみんな、水星人に金星人、火星人に木星人、土星人達が一斉にやったんだぁぁぁぁ〜〜!」
「またスケールのでかい言い訳をしない! とにかくちゃんと反省しろ!」
ハクトは黒狐を連れて城の方へ連れて行った。
デュアルドラグロードとの戦争が終わって二日が経った。今では王都シャインヴェルガと帝都デュアルドラグロードは王族達の会議によって、終戦となってデュアルドラグロードの復興にシャインヴェルガも協力してくれている。
そしてシャインヴェルガの魔法病院で入院(強制的)させられていたジンの所に、一人の来客者がやって来た。
「よっ、ジン。元気しているか?」
ジンの病室にやってきたのは、親友のカルバドス・シトラスであった。
「あら、先生」
「……お久し振りです」
ジンの病室には、リンゴの皮を剥いていたカリムとそのリンゴを食べていた黒狐がいた。
「カリム、久し振りだな。それに……」
カルバドスは黒狐の頭を撫でる。
「久し振りだな、クロクロ。元気だったか?」
「クロクロ言うな! 撫でるな! ふか〜!」
黒狐は狐耳を出して威嚇する。そんな事をお構いなしにカルバドスは黒狐の頭を撫で続ける。
「で、見舞いに来ただけなのか?」
ジンが息を吐く。
「お、そうだった。見舞いに持ってきたぜ」
キランと目を輝かせるカルバドスがポケットから一枚の写真を取り出した。その行動に三人はまさかと思った。
「見ろ! このシェリーちゃんの水着姿を! これですぐに元気になるはずだ!」
カルバドスの孫娘であるシェリーの水着姿の写真を見せるカルバドス。ジンとカリムは最早呆れた表情をするしかなかった。しかし、黒狐は写真を見ても呆れず、ふっと少しだけ笑った。
「甘いですね、先生。見よ、私のお宝アルバムを!」
黒狐はどこから出したのか、アルバムを取り出して中身を開いた。そこには小さい頃のハクトの色々な写真が出てきた。ちなみにこの世界のアルバムは本の様にではなく、立体映像として映し出されてしまうのだ。だから、ハクトのあらゆる写真が立体で映し出されてしまう。
「黒狐、それハクト君は知っているの?」
「知っていたら焼却されているから知らないわ」
黒狐は清々しく答えた。やっぱりとカリムは溜め息を吐いた。
「やるじゃないか、クロクロ。だが、俺も負けられないぜ。見よ!」
カルバドスが自分のアルバムを出して開くと、そこには娘のイブキ・アプリコットと孫娘の写真が出てきた。
「お前ら、人の病室で何やっているんだよ……」
ジンは頭を押さえる。
「カルバドス先生、それで他に何か用があってこちらに来られたのではないのですか? 例えば、デュアルドラグロードの事とか?」
カリムがこれ以上おかしな方向へ向かわない様にカルバドスに話をする。すると、今まで親バカ振りを出していたカルバドスがきりっと表情を変えてアルバムを仕舞った。もちろん黒狐もいつまでも出しておくわけには行かないので、アルバムを仕舞った。
「ああ、そうだった。デュアルドラグロードの魔法学校の生徒達の処遇が決まったみたいだ」
戦争を起こして、魔法学校も崩壊したデュアルドラグロードの魔法学校の生徒達は全員行き場を失っていた。
「それで、彼らはどうなったの?」
「生徒達は皆他の国の魔法学校に転校する事が決まったらしい。ジェノアヴィレッツ王国やリヴァイバル帝国にある魔法学校にそれぞれ行く事になったみたいだ」
デュアルドラグロードの魔法学校の生徒は、今回の戦争に深い反省をして、他の国で一からやり直す事で罪を償う事になるみたいだ。
「そうですか。それは良かったです。ゼーガに利用されていたからと言っても、生徒達が魔法を学べなくなるのは少し悲しいですからね」
「まあ、デュアルドラグロードもそれで良かったのかも知れないね。何だかんだ言ってもやっぱり辞めさせられるのは一番嫌だからね。それでシャインヴェルガには誰が来るの?」
「残念だけど、誰もシャインヴェルガには来ないと思うぞ。彼らはシャインヴェルガの魔法学校には行きたくないみたいだからな」
カルバドスがそう答えると、やっぱりと黒狐とカリムは思った。
「まあ、デュアルドラグロードの復興の手伝いはこっちでも何とかやっていくみたいだ。これでデュアルドラグロードとの関係を少しでも築けるかも知れない」
「そうなれば良いけど、それは皇帝陛下の仕事だろう」
「それはそうと、ミルフィーユ皇女がライブするんだって」
黒狐が端末を操作していると、ミルフィーユ皇女のライブの情報が表示されていた。しかも、今夜やる事になって、チケットはすぐに完売になった。
「クリス達はミルフィーユ皇女に招待されているんだよね。今頃はライブ会場に向かっているでしょうね」
カリムの言葉に黒狐はくわっと目を光らせて振り向いた。
「何だと!? それは本当なのか!?」
「え、ええ……そう言えばあんたはさっきまでお城の牢屋にいたからね」
実は黒狐はハクトにお城に連れて行かれて、さっきまでお城の牢屋に入れられていたのだ。朝になって漸く釈放されて、そのまま病院にやってきたのだ。
「こうしちゃいられない! すぐにチケットを買いに……」
「残念だけどもう完売しているぜ」
「大丈夫よ。ネットオークションで大金を使ってでも手に入れてぶがわっ!?」
黒狐が端末からネットオークションにアクセスしようとした時、カリムが聖剣で黒狐の頭を殴った。
「犯罪行為は止めなさい……また牢屋に入りたいの」
「はい、すみませんでした……」
頭を擦って涙目になりながら黒狐は謝罪する。
「お前達の漫才も久し振りに見たよ。これでカイトがいればKBS団の完成だったのにな」
「KBS団か……懐かしいね。『黒狐ちゃんのビューティフルが世界を救う団』か……」
「違うでしょう。『黒狐の暴走を止めないと世界が終わる団』でしょう。あんたの暴走を私とカイト君が止めないと本当に世界が終わってしまうでしょう」
カリムが溜め息を吐く。学生時代は黒狐の暴走が日常になっていたので、それを止めなければ世界が終わってしまうのではないかと言われていた。そんな時、彼女を止める為に、カリム・ラズベリーと嵐山カイトによって結成されたのが『黒狐の暴走を止めないと世界が終わる団』通称『KBS団』が出来たのだ。
「ああ、よく覚えているよ。クロクロが何かと問題を起こす度に生徒指導室に連れてこられた、俺に説教されていたよな」
「最早生徒指導室が第二の部屋みたいな感じだったからね。お茶を飲みに行く為にちょっち問題を起こして連行される事が多かったね」
あははと笑っている黒狐だが、他の三人は溜め息を吐くしかなかった。本当に黒狐はいつまで経っても変わらないなとそう思ったからだ。
「さてと、見舞いも済んだ事だし、俺はこれで失礼するよ」
カルバドスは用を済ませたと言う事で病室から出る為にドアに向かった。ドアノブに手を伸ばそうとした時、何か思い出した様に手が止まった。
「そうだ。あと二つ言っておかないといけない事があった。最近王都で世界政府の連中がうろついているみたいだ。何しに来ているのかは不明だがな」
「……多分俺の様な異界者を見つけて裁判にでもかけるつもりなんだろう。あいつら、根っから魔界人や神界人などの異界者を嫌っているからな」
ジンはタバコを銜えて吸おうとするけど、カリムが銜えていたタバコを取り上げた。
「だが、異界者達も馬鹿ではない。世界政府がうろついていると言う情報を知っているなら、ちゃんと対策しているだろう。現にここで病室の中で休んでいる魔狼王様がいるのだからな」
「そうだな。のんびり病室で寛いでいる魔狼王様が言うんだ。他の連中も問題ないか」
カルバドスはドアを開けて、病室を出ようとする。
「ああ、それからもう一つ……ジンよ。いい加減……嫁さんを見つけろよ」
ぷっと笑ってカルバドスは病室のドアを閉めた。その態度にジンはぶちんと何かが切れた。
「やかましいわ〜〜!」
ぶちきれたジンは枕をドアに向けて投げ飛ばした。
「わわわ!? 教授、落ち着いてください!」
カリムが怒りのジンを宥める。その間、黒狐はそっと病室を後にしてカルバドスの後を追った。
「先生、本当にそれだけなんですか? まだ何か私達に伝えておかないといけない事があったんじゃないの?」
黒狐がそう訊ねると、カルバドスは黒狐の方に振り向いて、黒狐の頭を撫でる。
「ああ、そうだったな。クロクロだけには教えておくよ。今回の件で例の連中にも動きがあったみたいだ」
カルバドスの言葉から例の連中と言う言葉を聞いた黒狐は、にやりと笑った。
「……そうか。やっぱり動き出したんだ。例の連中もやはり今回の件に関わっていたんだね。もしかして、ゼーガと組んでいたとか?」
「う〜ん、俺はお前らと違って解らないから、ゼーガと言う人物が今回の主犯と言われても、いまいち理解出来ないんだよな」
カルバドスは髪を掻き毟る。そう、ゼーガは暗黒魔法を使い過ぎたため消滅した。それは存在そのものも消えてしまう為、みんなの記憶からも消えてしまうのだ。あれから数日が経って覚えているのは黒狐とカリムだけとなっている。
「そうだったね。でも、ゼーガ一人であそこまで宣戦布告する事なんて出来ないはずだったから、まさかと思って先生に調べてもらっていたけど、当たりだったみたいね。本当にありがとうございます」
「クロクロの頼みだったし、俺も昔みたいにお前の力になれて良かったからな。だが、もしも連中が動き出すとしたら、やはり魔法学校にも」
「ええ。あの学年主任が内通者でしょうね。今の地位を守る為に私やハクト達を切り捨てたのでしょうね。そうじゃなかったら、Eクラスが前線に来る事なんてなかったんだから。先生は知ってる? Aクラスとかの生徒を地下シェルターに避難させたけど、Eクラスの生徒は入れなかったって」
「俺もそれは聞いたよ。学年主任の話ではEクラスの連中が勝手に外に出て行ったと言っていた。恐らくデュアルドラグロードの生徒とぶつけて始末させるつもりだったのだろうな」
「ちっ、あいつを問い詰めても証拠不十分で罰則されないみたいだし、ハクト達が勝手に浮遊城まで行っていたと言うのがあるから、ハクト達の責任と言われるのがオチだしね。まったく、ああいう教師連中がいる所為で魔法学校もダメダメになるんだから」
「それは今になって始まった事じゃないだろう。家柄やそう言うのでクラスが決定してしまっている以上、俺達が何を言っても無駄だ。クロクロもあまりジンを困らせるような事をするんじゃねえよ」
カルバドスは黒狐の頭を撫で続けている。
「あのさ……いい加減頭を撫でるのは止めてくれるかな。このままだと、撫でボッになりそうだけど」
黒狐の頭を撫で過ぎて摩擦でボッと火が出そうとなっている。
「お前の頭は撫で易いからな。ついつい撫でてしまうのだ」
「ええい! いつまで子ども扱いするのさ。私はもう大人なんだよ。エロゲーだって買える大人なんだよ!」
「俺にとっちゃあ、お前はいつまで経っても子供なんだよ」
黒狐は少しだけ頬を赤く染めて、諦めたみたいでそのまま撫でられる事になった。
「まあ、連中の事で何か分かったらお前に教えるから。あまり無茶をしてカリムやジンを困らせるんじゃないぞ」
「……そう言う先生こそ無理しないでね。もう歳なんだからそろそろ引退して、どこかで静かに暮らしたらどうなの? 何だったら時鷺国にでも娘さんやお孫さんと一緒に引っ越したらどうなの?」
「ああ、そうさせてもらうさ。全てに片を付けたらな」
そう言ってカルバドスは撫でていた手を離して去っていった。黒狐はそんなカルバドスの背中を見続ける。しかし……
「っ!?」
黒狐の左目が突然と何かの映像を見せた。その痛みで膝を着いて痛みに耐える黒狐
「何で……何でなのよ……」
黒狐が見た未来とは一体……
(続く)