一学期終業式の前日。嵐山ハクト、クリス・ラズベリー、シャーリー・キャラメル、ミント・J・ウィリアム、ライチ・シュナイザーの五人は校長室に呼び出されていた。呼び出したのは校長であるジョージ・マーカスではなく学年主任である。
「貴方達を呼んだのは他でもありまセン。この間の実技試験とその後の事で貴方達に言わなければない事があるのデス」
学年主任がこれでもないぐらい嬉しそうな表情をしている。ハクト達はただ黙って聞いているだけである。余計な所で突っ込んだら何言われるか分からないからだ。
「まずは嵐山ハクト。貴様は実技試験で合格点の150点を越える事が出来なかったデスね。それについて何か反論はありマスか?」
「いいえ、特にありませんですが……」
ハクトは反論する気は無かった。
「では、分かっていマスね。貴方は今学期で退学と言う事になりマス。これは決定となったのデス」
学年主任が嬉しそうにそう言った。
「それから…貴女達もデス。貴女達も先生達の言う事を聞かずに勝手に行動していましたカラね。貴女達にも罰を与えないと他の生徒達の為になりまセン」
「ちょっと待ってください。どうして私達まで……っ!?」
シャーリーが文句を言おうとした時、ハクトに制された。
「シャーリー、学年主任の言う事に文句を言うな」
「でもハクト!? あんたはそんな事で良いの!?」
「……学校が決めた事に、文句は言えないさ」
ハクトは冷静にそう言った。シャーリーは拳を握り締める。
「随分と諦めが早いのデスね。反論もしないとは正直驚きまシタ。貴方の事ですから、何か企んでいると思っていまシタよ」
「別にそんな物なんてありませんよ。決められた事に従うだけですよ。ただし、一つだけ条件があります」
「条件デスと?」
「俺はともかく、他のみんなの処分は免除してもらえますか。その条件を飲んでくれるのでしたら、俺は潔くこの学校を出て行きますよ」
「ハクトさん!?」「ハクト!?」「……お兄ちゃん!?」「ハクト様!?」
ハクトの言葉にクリス達は驚いた。
「ほ〜…そんな最下級魔導師達を免除するだけでいなくなってくれるのデスか」
「彼女達には魔導師としての才能があります。それを潰すのは学校側にとって大きな損をするだけですが。それにEクラスのみんなもまだまだ伸ばせる力があります」
ハクトは真剣な表情で学年主任を見る。その表情に少しビビる学年主任。
「それと、これは学校内での噂なのですけど、デュアルドラグロードとの戦いの時、学校にいた生徒達を地下シェルターに避難させていました時、Eクラスの生徒達だけは入れてもらえなかったと言う噂が学校内で流れているのですけど、それについて説明してもらえますか?」
「っ!?」
学年主任の表情が変わった。その表情にハクトはうっすらと笑う。やはりそうだったみたいだなとハクトは考える。
「さ、さあ……それはデマデスね。Eクラスの連中は勝手にシェルターを出て行って、勝手に外に出て行ったのデス。我々教師達が行っていけないと言ったのデスが、彼らは言う事を聞かなかったのデス」
「そうですか……でも変ですね。俺が聞いた話では、学年主任を先頭に教師連中がEクラスの生徒をシェルターの中に入れてあげず、外に放り出したと聞いていますが。これを保護者達が知ったら、学年主任さん、責任は取ってくれるのですか?」
「なななっ!?」
学年主任の顔から大量の汗が流れている。何故こいつがそんな事を知っている。Eクラスの生徒達には記憶改善魔法で全員の記憶を変えてあるので問題はないはずだと考えている。
しかし、ハクトはその事を知ったのは、ほんの些細な事である。ある日、Eクラスの生徒が一人に魔導殺しNO01の右手で触れた時、その生徒は記憶改善魔法を掛けられていた事に気付いて、他の生徒達も教師達に知られない様にこっそりと治してあげて事情を聞いたのだ。
「校長先生、その事についてはあとで職員会議の議題として話し合ってください。さて、この件が保護者達に知られては貴方の責任になりますね」
「あ、貴方は一体に何を考えているのデスか。私を脅すつもりなのデスか!?」
「別に脅すとかそんな事は考えていません。ただ、教師が生徒を見捨てた事については、はっきりと答えてもらいますよ」
ハクトはその事については、たとえ学年主任であっても決して許せられない事である。
「くっ……き、貴様の様な東の国の田舎魔導師如きに、この私が……」
「別に俺がどこの国の魔導師であっても、Eクラスのみんなの為にあんたのやった事だけは許さない。そうでしょう、母さん」
ハクトがそう言った時、校長室に誰かが入ってきた。
「どうも! 偶然学校に用事がありまして、偶然この廊下を歩いていまして、偶然校長室の前を通りまして、偶然校長室に入ってきました、通りすがりの保護者さんです!」
営業スマイル100%の笑顔の嵐山黒狐がやってきた。偶然が多過ぎるだろうとハクトは心の中で突っ込んだ。
「き、貴様は!?」
「お久し振りですね。私が学生時代の時は教師Aであったあんたが、今ではすっかり学年主任ですか」
黒狐がニヤニヤと笑う度に、学年主任はびくびくと怯えている。彼も黒狐の怖さをどれだけ知っているのか理解している。
「い、いいい、一体何の御用なのデスか。一般人が学校内に入るのは禁止デス!」
「一般人だなんて酷いな。これでもここの卒業生ですよ。それに用事で来たって言ったじゃないですか」
てへっ☆と舌を出す黒狐。
「それよりも、さっきの話が本当だとしたら、きっと大変な事が起きるね。PTAやマスコミに教えてあげたらどうなるのかな?」
黒狐は手をわきわきと動かして口が三日月の様に笑っている。しかも手には通信端末を持っている。いつでも電話する気である。
「べ、別に貴方達の条件を呑むとしましても、嵐山ハクトの退学は覆せないのデス。これは教師一同賛同しているのデスから」
学年主任は負けじとハクトの退学処分は教師一同が賛同している事を言った。
「これがどう言う事か、解りマスね。我々魔法学校では、君の様な魔導師はいらないと言う事なのデス。今までは多めに見ていましたが、今回は成果を出さなかったのデスから、諦めてもらいマスよ」
学年主任はドヤ顔で言った。クリス達はハクトを見続ける。ハクトは難しそうな表情をしている。
「そうやって弱い者いじめするのが、そんなに楽しいの? 相変わらずなんだね、ここって……」
「嵐山黒狐、君が何と言おうとこれは決定事項なのデス。校長も了承してくれましたので、これ以上貴女に文句は言えないはずデス」
「……なるほどね。それはつまりこの学校を滅ぼしても良いと言う事なんですね」
黒狐がキュピーンと目を光らせると、破壊魔法を発動させようとしていた。
「待て待て、母さん!? 落ち着いて!」
「黒狐さん!? 待って下さい! それはちょっとやり過ぎてしまいます!」
ハクトとクリスが黒狐を止めようとする。その瞬間……
「何じゃ、騒々しいの」
「「「っ!?」」」
ハクト、クリス、黒狐が凍りついた様に止まった。先に説明しておきますが校長室には二つの扉がある。一つは先程黒狐が入ってきたドア。そしてもう一つは魔法学校内で噂している開かずの扉と呼ばれている扉である。そしてその開かずの扉が今開かれた。
「久し振りにこっちに帰ってきたが、元気そうじゃな」
「は、母様!?」
「先生!?」
開かずの扉から出てきたのは、桜模様の黒い着物を着た桜崎紫子である。その姿を見て驚いたのはハクトや黒狐だけでなかった。
「……これはこれはお久し振りです。ゆーちゃん」
今まで黙っていたマーカス校長が立ち上がった。
「ああ、良いぞ、マー坊。今はお主の方が偉いのじゃからの」
「いえいえ、貴女様あっての私なのだから……お座りになって下さい。今、お茶もご用意致します」
「そうか、悪いの。では失礼するぞ」
マーカス校長に勧められて、紫子は椅子に座って煙管に火を点けて一服する。そしてマーカス校長が出したお茶を一口飲む。
「な、何デスか、貴女は!?」
「バカモノ!」
学年主任が紫子を指差して言った瞬間、マーカス校長が怒鳴った。こんな怒りのマーカス校長なんて始めてみたとハクトや黒狐は思った。
「この方をどなたと心得る。この方こそ、この魔法学校の創立者にして初代校長である桜崎紫子先生でありますぞ!」
「「「え、えぇぇぇぇぇ〜〜〜!?」」」
その言葉に誰もが驚いた。ハクト達だけでなく、黒狐や学年主任も知らなかったのだ。
「まあまあ、マー坊よ。そんなに怒る事はないぞ。もう何年も前の話じゃから、誰も覚えておらんって」
「ゆーちゃんは寛大ですね。他の五大魔導師の皆さんにはお会いに」
「いや〜、会ったのは新緑のアリスだけじゃったよ。業炎のジョージと違って、他の連中は居所が分からぬからの。なっはっはっはっ!」
「して、ゆーちゃん。今日はどの様なご用件で?」
「おお、そうじゃったの。話は全部聞かせてもらったぞ。ハクト、正座」
「はい!」
言う前にハクトは正座している。
「お主が今回の実技試験で合格点を超えなかった事実がある以上、退学処分を受けても仕方ないと言う事じゃな。じゃが、今回の期末試験の総合成績を見ると、Eクラスがダントツでトップを取っておるそうじゃな」
紫子が魔法陣を出してクラスの成績を確認する。そこにはEクラスが他のクラスの成績をはるかに超えているのだ。
「さらに実技試験は今まで講師が試験官となって、試験を受ける事になっておるのに、今回はクラス対抗としてEクラスはAクラスとやっておるそうじゃな。実力の差で相手を蹴落とそうとしたんじゃが、結果は全員Eクラスに敗北。逆に恥をかいただけではないのか」
実技試験では学年主任がAクラスの力でEクラスを潰そうとしていたが、逆に返り討ちにされてしまったのだ。それは当然である。
「ハクト、お主の仕業じゃろう。何をしたんじゃ?」
「えっと……試験前日にAクラスの生徒30人のデータを全員に教えてあげたのです……相手の魔法、属性、魔力数値、癖や行動パターンなど、あらゆるデータをみんなに教えて誰が相手でも全力で潰せと言ったのです」
「あれって、よく調べましたよねって思いました。一体どうやってやったのですか?」
クリスがハクトに訊く。当初はハクトのデータにかなり驚いて試験当日は本当に相手のデータが全部当たっていたのだ。
「あれは……Aクラスの実技の授業を初日からずっと見ていたから、そこから全員のだいたいの能力が分かったから、それをデータにしてみんなに教えたんだ」
ハクトの答えに誰もが驚いた。まさか4月の時からずっとAクラスの生徒全員の魔法を見ていたなんて思わなかったからだ。
「相手の魔法を一部始終覚えておく事が武器になると、わしが教えた事をやっておったのか。流石じゃの」
「はい…もっとも会長のデータもあったのですけど、あの人はデータ以上の力を持っていたと言いますか、そもそも会長の本気を見た事がなかったから。実際に戦ってみないと分かりませんでした。それで今回は負けてしまいました」
「……ハクト。わしの前であれほど敗北は許さんと言ったはずじゃろう……じゃが、お主のおかげで魔法学校が変わってきた事についても事実じゃ。よって、お主の退学処分はわしの権限で免除してやる」
「母様!?」「紫子さん!?」
「先生……ありがとうございます」
ハクトは心から感謝する。
「……その代わり、お主には夏休みの間、わしの個人補習をずっと受けてもらうぞ。お主に夏休みは無しじゃ」
その言葉に誰もが紫子を恐れた。
「……せ、先生? それは一体……?」
「朝から晩まで、わしがみっちり授業をしてやると言っておるのだ。喜ぶが良い」
喜べませんとハクトは心の中で突っ込んだ。言ったら最後、重力魔法で地下深くまで重くさせられる違いないからだ。
「返事はどうした?」
「喜んで補習を受けさせていただきます!」
土下座する勢いでハクトは頭を下げた。
「ああ、それと……Eクラスの連中についてだが、お主らにも補習を受けてもらう事にしたから」
「え、えぇぇぇぇ〜〜!?」
紫子の笑顔で言った言葉に、クリス、シャーリー、ミント、ライチは驚いた。
「安心しろ、お主らには終業式に補習のスケジュール表を配る。週三日の午前中だけじゃから問題ない。もちろん保護者の方々には了承してもらっておる」
「ゆ、紫子さん、いつの間にそんな事をなさったのですか?」
「ここに来る前じゃ。全員の家に訪問して、保護者と三者面談してスケジュールを組んだのじゃ、もちろんお主ら4人もちゃんと組んでおるから安心するが良い」
な、なんて人なんですかとクリスは思った。Eクラス30人の家を訪問して補習を受けさせる事を了承させるなんて、普通の人間ならそんな事不可能のはずなのに……
「何、簡単な事じゃ。お主らを強くさせてやるのじゃ。このわし自らの。どうじゃ、クリス。わしがお主をもっと強くさせてやるぞ」
紫子はクリスの目を見て笑った。クリスも紫子に教えてもらう事で、もっと強くなれると考える。あのハクトさんの先生である。それに自分はミルフィーユ皇女を守ることが出来ずに捕まってしまった事を後悔していた。もっと強くなりたいとずっと考えていた。
「分かりました。私は紫子さんの授業を受けます!」
クリスは強く返事をする。迷いも恐れもないその言葉を。
「うむっ、良い返事じゃ! わしはそう言う子が大好きじゃぞ。それと、お主らとレナを入れた6人には、もっと面白いイベントを用意しておる。楽しみにしたおくが良いぞ」
紫子が無邪気に笑いながら面白いイベントと言った時、ハクトの顔が青ざめて、身体が震えているのが分かる。
(ちょっとハクト!? 一体どんなイベントなのよ!?)
(知らない方が良いかも知れないぞ……知ったが最後、後悔してしまうからな)
ハクトは念話でみんなに伝える。一体どんな地獄が待っているのですかとみんな思った。
「そうじゃ、黒狐。その日はお主も来い。みんなお前に会いたがっておるぞ」
「嘘だ!? あいつらが私に会いたいなんて砂粒一つ思ってないですよ! 一人は除いて!」
黒狐はぶんぶんと首を横に振りながら叫ぶ。
「……母の言う事が聞けぬと言うのか……」
「喜んで行かせていただきます!」
「よろしいぞ、それでこそわしの娘だ。なっはっはっはっ!」
黒狐も土下座する勢いで頭を下げた。一瞬だが、紫子がヤンデレ風な表情をした時、誰もが恐怖に身体が震えた。
「うむっ、では今日はこれぐらいにしておこうかの。ハクト達よ。教室に戻ってよいぞ」
「は、はい……失礼しました」
こうしてハクトは退学処分を免除されたが、夏休みと言う長期休暇を失った。そしてハクト達六人だけの紫子企画の面白いイベントに参加させられてしまった。
こうして長かった一学期が終わり、夏休みが訪れた。
(続く)