夏休みに入って数日が経った。ハクトは自分の部屋で目を覚ます。紫子から夏休みの間はクリスとの朝錬は休む様にと言われていたので、ハクトは補習の時間までゆっくりと休む事が出来るのだ。
しかし、目を覚ました瞬間、ハクトはベッドの中に何かいる事に気付いた。もしかしてまたレナがベッドの中に潜り込んで来たのかなと思って布団を捲るとそこには意外な人物が横になっていた。
「く〜……ふにゃ〜……」
「せ、先生……?」
そこに寝ているのは桜崎紫子であった。いつもの着物を着た状態でぐっすりと眠っている。
「な、何で先生がここで寝ているのですか?」
ハクトは頭の上に『?』が出ている。しかもこれはかなり危険な状況でもある。
「う〜ん……」
紫子が手を伸ばしてハクトの腕を掴んだ。やばいと思ったが遅かった。紫子はそのまま関節技を喰らわせた。
「があぁぁぁ〜〜! 痛い痛い痛い!」
紫子は寝惚けて関節技を決めることが多い。だからハクトは紫子が眠っている間は絶対に関節技を決められない様に警戒していたが、まさか自分の部屋に入ってきて潜り込んで来るなんて思わなかったので反応が遅れてしまって関節技を決められてしまった。
「せ、せせせ、先生!? 起きてください! 決まってます!」
ハクトはベッドでタップして何とか紫子に起きてもらうように叫ぶ。
「うう? ハクト?」
紫子が漸く目を覚ました。
「お、おはようございます、先生……」
「……うむ、おはようじゃな」
紫子は関節技を止めて離してあげたが、今度はハクトの顔を自分の胸に当てるように抱き締めて横になった。
「ちょっ!? 先生!?」
「にゅふふ……よしよし…可愛ええの、ハクトは……」
笑顔でハクトの頭を撫でてあげる紫子。
「せ、先生!? 俺は子供じゃないですよ!」
「何を言っておるのじゃ。お前はわしの子供の子供、孫なのじゃかな。少しはわしに甘えても良いのじゃぞ」
「し、しかし……」
「今日のわしは上機嫌じゃ。こうして孫と一緒に寝られたからの。じゃから、今日の補習は休むが良いぞ。少しは身体と魔力をちゃんと回復するようにな」
紫子からいきなりそんな事を言われて、ハクトは驚いた。
「ど、どうしたのですか、急にそんな事を仰るなんて」
「言ったじゃろう。今日は上機嫌だって。黒狐とカリムも協会の仕事で朝から出て行っておるし、今日はレナの相手をしようと思っておる。じゃからハクトよ。今日はクリスと二人きりにさせてやる」
「……はい?」
今聞き逃してはいけないフレーズが出て来た様な気がする。
「先生、今何と言ったのですか?」
「クリスと二人きりと言っておるだろう。それとお前にミッションを与える。クリスと進展する事じゃ。決して泣かしたりしない事じゃ。もしも泣かしたら、超中学級のおしおきを用意してやるからの」
「何ですか、そのワクワクのドキドキなおしおきは!?」
「くっくっくっ……楽しみのしておく事じゃな」
紫子はそう言ってハクトの抱擁を解放して部屋から出て行った。ハクトは呆然と部屋の扉を見つめ続けるだけだった。
私服に着替えたハクトはリビングにやってくる。
「お、おはようございます!」
リビングには私服姿のクリスがいた。ハクトは今日の紫子の言葉を思い出して、少し顔が赤くなりそうになった。
「お、おはよう……先生達はもう行ったのか?」
「はい。お母さん達も協会の仕事で、紫子さんとレナさんは学校に行きました。ですから、家には私とハクトさんだけです」
「そうか……」
やはり二人きりになっているとハクトもクリスに意識してしまっている。
「えっと、ハクトさん。とりあえず朝ごはんにしませんか?」
「そうだな。朝ごはんは作ってあるの?」
「いいえ、一緒に朝ごはんを作って食べてくださいとお母さんに言われましたので」
やはりかとハクトは思った。紫子が今回ハクトとクリスとの仲をさらに良くする為に二人きりにしたので、多分そう言う事だと思ったのだ。
「分かった、一緒に作るか?」
「はい」
ハクトとクリスは朝ごはんを一緒に作る事になった。ハムエッグとサラダとトーストを作って、二人で一緒に食べる事になった。
「あのハクトさん、少しお願いしたい事があるのですけど……」
「どうしたの?」
「夏休みの宿題で少し分からない所があるのですけど、教えてもらえないでしょうか?」
「そうなの? それなら朝ごはんを食べ終わったら部屋に行くけど、良いかな?」
「はい、お願いします!」
クリスは喜んでくれている。朝ごはんを食べ終わって、ハクトが洗い物をして、クリスが洗濯物を干してから、ハクトとクリスはクリスの部屋で夏休みの宿題をやる事になった。
「えっと、ここなのですけど……」
クリスが数学の課題をハクトに見せる。ハクトはそれを見て、すぐにペンを執った。
「ここは、この方式に当てはめるんだ。そしたらどうなるか分かるよね」
「う〜ん……あ、そうか、分かりました!」
ハクトはクリスに色々と教えてあげてからクリスに解かしてあげる。ハクトが全て答えを出してしまっては意味がないから、少しだけ教えてあげるのがハクトである。
「ところで、ハクトさんは宿題はどうなのですか?」
「え? 俺は夏休みに入って三日で終わらせたけど」
「ええっ!?」
クリスは驚くが、ハクトは首を傾げるだけである。実際その通りである。ハクトは夏休みに入ってすぐに宿題を終わらしていき、三日にして全ての課題を終わらせたのだ。
「い、いつの間に終わらせたのですか?」
「補習の間にちゃちゃっとやっただけだよ。後からやってもしょうがないからな……って、どうしたの、クリス。何だか落ち込んでいるみたいだけど」
しょぼ〜んとクリスは落ち込んでいる。
「ハクトさんはやはり凄いですね……私なんて最後の日までに終わらせれば良いと思っていたのですけど……」
「いやいや、俺の場合はさっさと終わらせないと先生にぶちのめされるから、すぐに終わらせないといけなかったんだ。クリスはクリスなりのペースでやって良いから。それで分からない所があったら、俺が教えてあげるから」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「それじゃあ、続きをやっていくか」
「はい!」
すっかり元気になったクリスはその後課題を終わらせていった。
「ふ〜……今日はここまでにします」
「今日のノルマは達成したのか?」
「はい。ハクトさんのおかげで順調に進められました。本当にありがとうございます」
「いやいや、ほとんどクリスが頑張っていたじゃないか。とりあえずお疲れ様」
ハクトはクリスの頭を撫でてあげると、クリスは頬を少し赤くして喜んでいる。
「さてと、これからどうしようか?」
「あのハクトさん、少し買い物に付き合ってほしいのですけど」
「買い物? 何を買いに行くんだ?」
「えっと、今度紫子さんのイベントの時に水着を用意する様にと言われていましたので、その、新しい水着を買いに行こうかなと思ったのですけど、ダメですか?」
クリスは少し困った表情でハクトに訊いてくる。ハクトはまさかと思った。紫子がクリス達をイベントに参加させると言う事で水着を用意したのは恐らくあれであろうと思った。
「ハクトさん? どうしたのですか? 難しい顔をして」
「え? いや、何でもないよ。うん、俺でよかったら付き合ってあげるよ」
「本当ですか!? ありがとうございます! では、早速行きましょう!」
クリスは喜んで支度をして、ハクトと一緒に家を出る。そんなに喜ぶ事なのかなと思いながらクリスと付き合うハクト。
そして近くにあるデパートにやってきた二人は水着コーナーへやってきた。夏休みと言う事でかなり客がいるみたいだ。
「うわあ、いっぱいいますね」
「そうだな……」
ハクトはまあこうだろうと思った。客数は多い。しかし、そのほとんどが女子であった。やはり夏休みになると海やプールに行く為に新しい水着を買おうとする女子が多いみたいだ。
「えっと、ハクトさん。見に行きたいのですけど……」
「ああ、とりあえず俺は売り場の外で待っているよ」
流石に一緒に中に入る勇気がないハクトは逃げようと離れようとする。しかし、クリスがハクトの手を掴んだ。
「クリス?」
「あ、あの、その……い、一緒に来てもらえませんか?」
絞り出すような声でハクトにお願いするクリス。
「で、でも俺が行った所で」
「見てもらいのです。は、初めてをハクトさんに……は、はうっ!?」
何だかとんでもない事を言ったクリスは頬が真っ赤になっていく。
「わ、分かったよ! 一緒に行ってあげるから」
「は、ははは、はい……」
とりあえずこれ以上目立つ訳にはいかないハクトはクリスを連れて水着売り場に入っていった。しかしいざ中に入っていくと、女性用の水着売り場に男子が入ってくるのはかなり目立っている。
「失敗だった……ここが女性用の水着しか置いてなかった事に気付くべきだった……」
辺りを見渡す限り、女性用の水着しか置いていない事を考えると、どうやら男性用の水着売り場と女性用の水着売り場は少し離れた場所にあると考える。
クリスは真剣に水着選びをしている。一着を取っては色々と考えながら戻したり合わせたりしている。そんな様子を見ているハクトだが、話しかけられない状況な為、特にする事がないのだ。
「う〜ん、こんなにあるとちょっと悩みますね」
「だったら試着してみたらどうだ? 何着か着てから決めたらどうかな?」
「え、えっと、そうですね……でしたら、少し着替えてみます! は、ハクトさん、その……良ければどれが一番良いのか、み、見てもらえますか?」
必死にお願いするクリス。ああ、そうなるんだよなとハクトは少し頭を押さえてしまう。
「分かったよ。行こうか」
「は、はい」
ハクトはクリスと一緒に試着室へと向かった。
「えっと、それじゃあ、ちょっと着替えてきます」
「ああ、ゆっくりで良いからな。ちゃんと待っていてあげるから」
「はい……」
クリスは試着室のカーテンを閉める。しかし、そのカーテンは狙っていたのか、クリスの足だけが見えるぐらい短いカーテンだった。だから、ハクトは試着室を背にする。
『ハクト、ハクト!』
(何だ、レイ?)
『ここはやはりお約束のあれじゃないかしら』
(何を考えている)
『今こそお約束の時だよ! ここでクリスの生まれたままの姿を覗けるチャンスだよ!』
(アホか!? 泣かせたら先生から楽しいお仕置きが待ってるんだよ!)
今ここでクリスの着替えを覗いてしまったら、クリスを泣かせてしまい、紫子からスペシャルなお仕置きが待っているはずだ。だからここは断固として覗くわけにはいかないのだ。
『知ってる、ハクト? この右腕って私の身体の一部なんだよ』
すると急にレイが右腕の事について話してきた。ハクトの右腕は3年前の大事故によって無くなってしまい、レイが自分の命と引き換えにハクトの右腕になったのだ。
『本当はあまりこう言う事をすると、私もお腹が空いてしまってハクトの魔力を食べないといけないんだけど』
(何がしたいんだ?)
レイが何が言いたいのか解らなかったが、次の瞬間ではっきりと解った。
『あ〜と! 手が滑っちゃった!』
レイがそう言った瞬間、ハクトの意志とは関係なく右腕が動き出して、試着室のカーテンを掴んで引っ張ろうとしている。ハクトは最初は驚いたが、すぐにレイが何をしようとしているのかを理解して右腕に力を入れて止めようとする。
(お、お前……何考えているんだよ! こんな事したら殺されるんだぞ!)
『こんなお約束イベント、放っておけないんだもん!』
(だから止めろって言っているだろう! しかも何だか魔力がどんどん無くなってきている様な……って、お前、俺の魔力を喰っているのか!?)
『さっき言ったでしょう。これをするとお腹が空くって』
(レイ……いくら魔力全回復の魔法陣を身体に刻まれているとは言え、一気に魔力が無くなったら、俺だってただでは済まないんだぞ!)
『じゃあ、や〜めたっと!』
(っ!?)
レイが急に力を抜いてしまったので、残ったのは必死に抗っていたハクトの力だけになってしまったので、ハクトはバランスを崩してしまって、そのまま試着室へダイブする事になってしまった。
「えっ、は、ハクトさん!?」
試着室にいたクリスはハクトが入ってきた事に驚く。ハクトはクリスとぶつかりそうになったが、何とかバランスを取り戻して、手を回してクリスを抱き締める様にする。
「は、ハクトさん……あの、その……」
「えっと……何と言いますか、その……ちょっとしたアクシデントがありまして……ごめんなさい」
ハクトは素直に謝ってから、抱き締めていたクリスから離ようとすると、逆にクリスがハクトに抱き着いてきた。
「あ、あの……まだ着替えの途中ですので……その、見ないでいただけませんか……」
クリスの今の姿は下着だけになっているので、今離れてしまうと下着姿が見えてしまう。ハクトは状況を理解して目を閉じる。
そんな中、レイがニヤニヤと笑ってこう言った。
『ナイス、お約束!』
(やかましいわ!)
(続く)