「さて、お主ら……準備は出来ておるかの」
学校のグラウンドに集合させられたハクト、クリス、シャーリー、ミント、ライチ、レナの六人。そして六人の前に立っている紫子と元気がまったくない黒狐の二人がいる。夏休みの早朝と言う事で、まだ誰もいないが見送りとして、校長のジョージ・マーカスとクリスの母親カリム・ラズベリーに担任のジン・ローンウルフの三人がいる。
「あの、紫子さん。まだ訊いていないのですけど、私達はどこに行く事になっているのですか?」
クリスがおずおずと手を上げて、紫子に訊いた。紫子が用意したイベントの件は、当日である今日まで何も聞かされていないから、何をさせられるのか分からないのだ。
「言ったはずじゃよ。お主達をさらに強くさせる為のイベントじゃ。それと出発する前にハクト以外のマジカル・ドライブをそこのジンに渡しておけ」
クリス達は少し驚いてどうしたら良いか分からなかったが、仕方なくマジカル・ドライブをジンに渡していった。レナは持っていないし、ハクトは渡さなくても良いと言われているので、クリス、シャーリー、ミント、ライチの四人と言う事になる。
「わしらが戻ってくる頃には、そいつらの事は任せるからの」
「ああ、出来る限りの事はしておきます」
「うむ、では行くとするかの」
「あのさ、先生。みんなの為にせめて行き先だけでも教えてあげてくれませんか?」
「分かったよ。場所はわしらハクトの故郷である東の国じゃ」
「東の国って、ひょっとして……」
「そうじゃ。では行くぞ」
行き先は分かったけど、クリスはまだ理解出来なかった。ここからどうやって東の国に行く事が出来るのか。
「ほいっと!」
紫子がぽんと手を叩いた瞬間、一気に景色が変わった。そこは先程まで学校のグラウンドだったはずなのに、青い海と白い砂浜がある場所に変ったのだ。
「…………えっ?」
ハクトと紫子に黒狐以外の女子五人が目が点になっている。
クリスはまだ頭が回っていなかった。どうしてここに? どうやってここに? そもそも紫子は何をしたの?
「おい、おい、クリス!? しっかりしろって!」
誰かに肩を揺すられて、漸く意識を取り戻したクリス。目の前にハクトが心配そうな表情でクリスを見ている。しかし、クリスはハクトが目の前にいると分かった瞬間、顔を真っ赤にして、一瞬でシャーリーやミントの後ろに隠れた。やはりなとハクトは思った。先日の水着の件でハクトとクリスの距離が少し微妙な感じになっているのだ。ハクトがクリスに声を掛けようとするが、クリスがこの様に逃げてしまうのだ。
「さて、お主達。夏と言ったら海じゃ。だからまずはこの海で満喫するが良いぞ」
「先生、良いのですか?」
「午前中だけじゃ。午後からは五人には超特訓をさせるから、今の内に楽しむ事じゃの」
「一体何をさせるつもりなのですか、紫子さん!?」
「それは現地に着いたら説明する。ただそこに行く為の船が用意しておらんから、それまで遊んでも良いと言う事じゃ」
つまり紫子が用意したイベントもとい超特訓の為の場所に行く為には船で行かないといけないが、その船がまだ来ていないので、それまでの間遊ぶ事になったのだ。
「と言う訳で、お主ら、水着に着替えて遊んでくるが良い!」
紫子がそう言った瞬間、みんな喜んだ。
そして、先に着替えを終わらしたハクトがパラソルやシートを準備している。
「ハクト!」
最初にやってきたのは、シャーリーだった。いつものポニーテールに赤いビキニでやってきた。頬を少し赤くしてハクトを睨む様な目付きをしている。
「へぇ〜、結構似合っているじゃないか、シャーリー」
「なっ!? そ、そうかな?」
シャーリーはハクトの答えに驚いて、恥ずかしくなったのか顔を横に向いてハクトを見ないようにする。
「……お兄ちゃん、お待たせなのです」
次にやってきたのはミントである。黒のフリルが付いたワンピ水着で、ツインテールをしている髪留めが猫耳をしている。
「……どうなのですか? ミントの水着、可愛いですか?」
「ああ、すごく可愛いよ」
「……えへへ、ありがとうなのです、お兄ちゃん」
ミントはハクトに褒めてもらって、凄く喜んでいる。
「ハクト様、お待たせいたしましたわ」
次にやってきたのはライチである。白の少し布地が少ない紐ビキニでやってくる。出ている所は出て、引っ込んでいる所は引っ込んでいるスタイルである。
「ちょ、ちょっとあんたね!? ギリギリじゃない!?」
「あら、別に構いませんわよ。どうですか、ハクト様?」
「ま、まあ、ライチらしい水着だよな。でも気を付けろよ。紐って取れやすいからな」
「ハクト様にでしたら、見られても構いませんですわ」
「やめんかい!」
ライチの破廉恥言葉に突っ込むシャーリー。
次にやってきたのはレナであるが、彼女の水着にハクトは驚いた。
「れ、レナ? それは誰のチョイスだ?」
「えっ、黒狐さんから貰ったのですけど」
「おい、母さん!? こっち来い!」
ハクトは黒狐を呼びつける。
「ハクト〜〜! 待った〜〜?」
ハクトに呼び出されてやってくる黒狐。こっちは何故か白い髪に狐耳と尻尾を出してちっちゃくなった状態の黒狐が、ピンクのワンピ水着に白のパーカーを着ている。
「何ちっちゃくなって、この場から逃げようとしているんだ。それよりもレナのあれは何だ!? どうしてスクール水着を着せるんだ!?」
ハクトがレナの水着を指す。ハクトの言うとおり、レナが着ている水着は紺色のスクール水着である。
「何だかうちの国が変に思われるだろう。それには賛成だけど!」
「そこ賛成するの!? 否定しなさいよ!」
シャーリーがハクトにツッコミを入れる。
「……えっと、クリスは?」
「……着替えてはいるけど、お兄ちゃんには見せられないみたいで、少し一人になりたいみたいなのです」
「いや、悪いけど、しばらくそっとしておいてほしいんだ」
ハクトはとりあえずクリスの事はしばらくそっとしておく事にしている。ちゃんと話し合える時がいつかあると考えているからだ。
「さてと、母様は船の手配をしているから、それまで遊びましょうか。私も今の内に遊んでおかないと、もう二度とこんな事が出来なくなるかも知れないからね」
「そんな事言ったらダメだよ、母さん。俺やみんなもそうなるかも知れないからな」
ハクトと黒狐がはぁ〜と溜め息を吐く。
「と言う訳で……遊ぶぞ!」
すぐに立ち直った黒狐はパーカーを脱いで、海へと向かって走っていった。
「まったく母さんは……まあ、みんなも行こうか」
ハクトはそう言って、シャーリー達と一緒に海へと向かった。
しばらくしてハクトは一人となって、この後どうしようか考える。
「ハクト〜〜!」
ハクトの後ろからシャーリーの声が聞こえて、ハクトは後ろに振り向くと、目の前にビーチボールが飛んできて、ハクトの顔面に当たった。
「ちょっと、大丈夫?」
「……ああ、何とかな」
ハクトは鼻を押さえて答える。
「と言うより、シャーリー。一人でビーチボールで遊んでいたのか?」
「べ、別に良いでしょう! 一人でだって出来るんだから」
シャーリーはふんと鼻を鳴らして横を向く。流石に一人はきついのではないかとハクトは思った。
「仕方ないな。俺が相手になってあげるよ」
「そ、そう? まあ、あんたも暇そうだし、相手になってもらおうかしら」
シャーリーは少し嬉しそうに答える。素直じゃないなとハクトは少し笑った。ハクトとシャーリーは少し離れる。
「それじゃあ、行くわよ! そ〜れ!」
シャーリーがビーチボールをオーバーサーブで飛ばしてきた。
「ちょっと待て!? お前、いきなり本気で打ってくるなよ!」
ハクトは飛んできたビーチボールを打ち返す。だが、シャーリーの本気で打ってきたビーチボールに、手がビリビリと痺れてくる。
「喰らいなさい! エクスプロードアタック!」
シャーリーが高く跳んでアタックする。ビーチボールが火の玉になってハクトに返ってくる。ハクトがビーチボールに触れた瞬間、ビーチボールが大爆発した。
「お、お前な! ビーチボールを爆発させる奴があるか!」
「あははは……ごめん、ごめん! ちょっと本気でやっちゃった」
シャーリーは手を合わせて謝る。
「それで、どうするんだ? ビーチボールが粉々になっているぞ」
「大丈夫。こんな事もあろうかと、たくさん用意してきたから」
シャーリーの足元には大量のビーチボールが置いてある。いつの間に用意をしていたんだと、ハクトは心の中で突っ込んだ。
「と言う訳で、第二戦目、行くわよ!」
シャーリーが一個のビーチボールを持って、高く上に投げると、シャーリーも高く跳んだ。
「イ・ナ・ズ・マ・サーブ!」
「何かどこかで聞いた事があるサーブを打ってくるな!」
それからも、シャーリーと本気のビーチボールバトルをする事になった。
シャーリーと別れたハクトは、また一人となってどうしようかと考える。
砂浜を適当に歩いていると、ミントが一人で砂で遊んでいるのが見えた。
「ミント、何をしているんだ?」
「……あ、お兄ちゃん。ミントは、砂の王国を作っているのです」
ミントの周りには砂で作った建物がずらりと並んでいる。塀なども作ってあり、大きな城まで作っている。
「まさか、これ全部一人で作ったのか?」
「……なのですよ」
ミントがニッコリと笑って肯定する。この短い時間の中でこれだけ作れるなんて、果たして出来るのだろうか。
「もしかして難しい所は錬金術でやっているのか?」
「……それじゃあ、面白くないのです。あっちにある砂の像は錬金術で作ったのですよ」
「……あれね」
ハクトはあえて無視をし続けていたが、やはり気になって見てしまう。ミントが作っている砂の王国から少し離れた所に巨大な砂の像が立っていた。左手を腰に当てて、右手の人差し指を天に向けて指して、ニヤリと笑って歯を輝かせている様な出している中年の男の像が立っている。
「これって、もしかして……」
「……神様の像なのです」
やっぱりなとハクトは溜め息を吐きながら思った。この像は神界王の像で、神を崇めている教会などには必ずこの像が立ってあるのだ。
ちなみ、この砂の像は錬金術で作ってあるので、像の周りはクレーターの様に大きい穴が出来ていて、その中心に立っているのだ。
「ミントって、神を崇めるタイプなのか?」
「……ミントはある意味教会に属しているのです。師匠の家が教会なので、ミントは毎日お祈りとかもしているのですよ」
「そう言えば、ミントの家には行った事がないな。今度遊びに行っても良いかな?」
「……本当なのですか? ミントの家に来てくれるのですか?」
「ああ、錬金術の工房もどうなのか、ちょっと見てみたいからさ。ひょっとして、来たらダメか?」
「……ううん、ミントは全然オッケーなのですよ。いつでも来て良いのですよ。約束なのですよ」
ミントが小指を出してきたので、ハクトも小指を出して結んで指切りをする。
「よし、俺も手伝うよ、ミント」
「……ありがとうなのです、お兄ちゃん」
こうしてミントと一緒に砂遊びをしていく。最後には本当に王国が完成させたのだ。
ミントと別れたハクトは、また一人になってどうしようか考える。
「ハクト様、ちょうど良かったですわ」
ビーチパラソルの所まで戻ってきたハクトに、同じくビーチパラソルの下で横になっているライチが声を掛けてきた。
「どうしたんだ、ライチ?」
「ハクト様にお願いがあるのですけど、よろしいでしょうか?」
そう言って、ライチはうつ伏せになって、横にサンオイルを置いた。
「背中にこれを塗ってほしいのですわ」
「なっ!?」
お約束みたいな展開になったとハクトは思った。
「そ、そう言うのって、シャーリーやミントに頼んだらどうなんだ?」
「わたくしはハクト様に塗ってほしいのですわ。男ならこういうシチュエーションになりましたら、喜んでやってくれるのではないのですか?」
「虎之助とかだったら、ダイブして塗り捲っているだろうけど、俺はそんな事はしないって」
「つれないですわね。先日はわたくしにあんなに愛してくれましたのに」
ライチがニヤニヤと笑いながら先日の魔力供給の件を持ち出してきて、ハクトは頬を赤く染める。
「その件の事をシャーリーさんやミントさんにお話してもよろしいのですのよ」
「……分かったよ。やれば良いのだろう!」
ハクトは自棄になりそうな感じでライチの隣に座り込む。
「ではお願い致しますわ」
ライチは上の水着の紐を外す。ハクトはサンオイルを自分の手に付けてから、ライチの背中に触る。
「ひゃっ!? ハクト様、くすぐったいですわ」
「我慢しろって……」
ハクトは黙々とライチの背中にサンオイルを塗っていく。出来るだけライチの見えそうで見えない胸を見ない様にしている。
「上手ですわよ、ハクト様。かなり手馴れていますわね」
「まあ、母さんによくやっているからな。こういうスキルは絶対に持っておけとか言われて……」
「あら、納得ですわね。黒狐さんもこういうのをハクト様にやらせそうな感じですからね」
「ほら、終わったぞ」
そうこうしている内に、ハクトはライチの背中に全て塗り終えていた。
「ありがとうございますわ。ではお次は前をお願いしようかしら」
「アホか!? 前を人にやらせるな!」
流石のハクトもそこまでやるつもりはなかったのだ。
ライチと別れたハクトは、また一人となってどうしようかと考える。
「んっ? あれは……」
ハクトが砂浜を歩いていると、レナが海の方を見ながら座っている。
「レナ、どうしたの?」
「えっ? そう言えば、レナは海は初めて見るのか?」
「はい。私はずっと研究所にいたりして、海と言うのは姉さんから話を聞いていただけでした」
「レイは海に行った事があるのか?」
『うん。私は海に行った事はあるよ。ヴァニラさんやチョコさんと一緒に連れて行ってもらったの』
レイが嬉しそうに答える。
「姉さんは色んな所に連れて行ってもらって、それを私に話してくれていた。そして約束してくれたの。いつか一緒に海に行こうねって」
レナは目を閉じて、その時の事を思い出す。研究所にずっといたレナにとって、姉のレイの話はとても新鮮でいつか一緒に研究所の外に出て海に行こうねとレイがレナに約束してくれた。しかし、3年前の大事故によってレイが死んだと聞かされていたレナは、二度と一緒に海に行く事がなかったと思っていた。
『そうだね。こんな形で約束を果たす事が出来て、私も嬉しいよ。ありがとう、ハクト』
「そうか。何だか俺も嬉しいよ。お前達の役に立つ事が出来て」
あの大事故の所為で、レイとレナは二度と会えないと思っていたけど、こうして一緒に話をする事が出来る様になり、ハクトも少し嬉しかった。
「ああ、他にもレナには見せたいものがあるからな」
ハクトはレナと約束する。レイが出来なかった事を自分がしてあげる事を。
レナと別れたハクトは、また一人になった。
「そう言えば、クリスはどこに行ったんだろう……」
水着に着替えてから、まだクリスと一度も会っていない。二人とも距離を置こうとしているが、やはりちゃんと話し合わないといけないと思ったハクトは、クリスを探す事にした。
「ハクト、何やってるの?」
すると、どこで買ってきたのか、イカ焼きと焼きそばを食べている黒狐がやってきた。
「母さん、そんなに食べて大丈夫なのか?」
「だって、今のうちにご飯を食べておかないと、向こうじゃあ食えないかも知れないんだからね。ハクトも今のうちに食べておきなさい」
「それはそうかも知れないけど、流石に食い過ぎだろう……ところで母さん、クリスがどこに行ったのか知っているか?」
「クリスちゃんなら、向こうの岩場に行ったのを見たよ。早く仲直りしなさいよね。まあ、お約束のお約束が起きた後だから、クリスちゃんがちょっと距離を置こうとするのは当然だよね」
「……ちょっと待て、母さん。どうして母さんがあの時の事を知っているんだ? 誰にも話していないはずでしたけど」
「っ!?」
しまったと黒狐が驚くが、ハクトがメラメラと怒りの炎が燃えているのが見えた。
「まさか……後をつけていたのか?」
「いやいや、そんな事をしてもハクトに気付かれると思ったからね。ちょっと隠しカメラを使って……はっ!?」
正直に答えてしまった黒狐。ハクトは拳を握り締めて、いざ殴る体勢に入ったが、途中で止めて無言でその場を去っていった。しゃがみこんでガードをしていた黒狐だったが、無言で去っていくハクトにどこか淋しい感情が出てきた。
「う、うえ〜〜ん! 激しいツッコミが来ると思ってガードをしていたのに、無言で去っていくなんて、凄く嫌な感じなんですけど! せめて、盛大をツッコミを入れてから去っていって!」
「やかましいわ、バカ母が!」
ハクトはソニックバーストを放って黒狐を吹き飛ばした。だが、やられた黒狐は『そう、こう言うツッコミが欲しかったの』と笑顔で吹き飛ばされていった。
「まったく……まさか部屋の中にも隠しカメラとか設置されていないだろうな。帰ったらちゃんとチェックしておかないと」
帰ってからの事を考えながら、ハクトはクリスがいると言う岩場に向かった。
人気の無い岩場にクリスは座り込んで溜め息を吐いていた。せっかくハクトと一緒に選んで買った水色と白の縞模様のビキニを着ているけど、やはり先日の件を気にしているのか、ハクトに会う事が出来なかった。
「私……ハクトさんに迷惑をかけてばかりです。嫌われてしまったでしょうか……」
クリスは泣きそうになって顔を隠す様に丸くする。
「クリス、ここにいたのか」
すると、ハクトの声が聞こえて顔を上げると、そこにはハクトが心配そうな表情でやって来ていた。
「っ!」
クリスは今の顔を見られたくないので、すぐに立ち上がって逃げる様に走っていった。
「ちょっ!? 待てって、クリス!」
「だ、ダメです! 今は来ないで下さい!」
逃げるクリスを追いかけるハクト。『あはは〜、捕まえて下さい!』『待てよ〜、お〜い!』と言う雰囲気ではなく、本気で逃げて追いかけているのだ。
「あっ!?」
しかし、足場が難しい岩場で逃げていたので、滑ってしまったクリスは海の方に身体が傾いて落ちていく。
「クリス!?」
ハクトは足に魔力を籠めて全力ダッシュで駆けていき、クリスを抱き締めながら海に落ちた。二人は漸く顔を上げて、乱れていた息を整える。
「だ、大丈夫か、クリス……」
「……はい。あ、ありがとうございます……でも、ごめんなさい。私の所為で……」
「大丈夫だって。お前が無事で本当に良かったよ」
ハクトは笑顔で答える。クリスは堪えていた涙を流してしまって泣き出した。ハクトはクリスの頭を撫でてあげる。
二人は近くの浜に上がっていき、ハクトは仰向けになって倒れる。
「いや〜……ちょっとスリルを味わったよ」
「……はい。あっ、ハクトさん。頬から血が出ています」
クリスの言うとおり、ハクトの右頬が岩で切ってしまって血が少し出ている。
「こんなの掠り傷だって」
「ありがとう、クリス」
「いいえ、元はと言えば私の所為でしたから。これぐらいはしてあげませんと……」
クリスは少しだけ微笑んだ。ハクトはやっと笑ってくれたと思ってホッとした。
「あのさ、クリス。この間の事だけどよ……その、悪かった」
「い、いいえ! あれはハクトさんの所為じゃないですよ! あ、あれは……本当にごめんなさい!」
クリスは頭を下げる。
「いや、あれは仕方ないさ。あんな事になったんだから、あれは当然の酬いだって思っているから」
搾り取るような言葉でクリスは言った。
そう、先日の水着売り場で試着室に入って、クリスの着替えを見てしまったハクトに、クリスは涙を流して悲鳴を上げた瞬間、シューティングスターバーストを放ってハクトを吹き飛ばしてしまった。しかも、ブレイブスターを使わない上に詠唱なしで撃ってきたので、ハクトはガードもシールドも出来ないまま吹き飛ばして目を回して気絶してしまったのだ。
「あれには正直驚いたよ。まさかブレイブスターを使わなかった上に無詠唱で撃ってきたから、反応が出来なかったからな」
「でも、ハクトさんに迷惑をかけてしまった……」
「いやいや、別に迷惑だなんて思ってないって。むしろあそこまで成長したんだなと、俺も嬉しいのだからな」
「本当ですか?」
「ああ、正直言って模擬戦も本気でやらないと、落とされるかも知れないからね。他のみんなもだいぶ力をつけてきたからね」
「そんなに私達、強くなっていっているのですか?」
「もちろんだ。これからは俺も本気でやるから、クリスも本気で俺に向かってこいよ」
「はい! 頑張ります!」
クリスは漸く自分らしさを取り戻してきた。
ハクトとクリスはみんながいる所に戻ってくる。
「クリス! ハクトと仲直りしたのね」
「うん、みんな心配かけてごめんね」
「問題ありませんわ、これで全員揃いましたわね」
シャーリー達も全員集まっていた。
「うむ、皆の者。集っておるみたいじゃな」
そこに紫子がやってきた。
「って、先生!? その水着は!?」
紫子が着ている水着は白のスクール水着である。胸の部分には『ゆかりこ』とゼッケンを付けている。
「レナと被ったぞ! 母さん、やばいぞ!」
「何じゃと!? 黒狐!」
「ええ!? すみませんでした!」
黒狐が勢いよく土下座をする。
「まあ、良いじゃろう。とにかく船の手配が出来たからの。このまま行くぞ」
「あ、あの、紫子さん。水着のままで行くのですか?」
クリスの言うとおり、みんな水着のままであるので、このまま船に乗ると言う事は水着のままと言う事になる。
「別にどんな姿でも問題はないから、このまま行くぞ」
紫子はみんなを連れて行き、クルーザーに乗せていった。そしてクルーザーを動かして海の上を走っていく。
「凄い風が気持ち良いですね」
「本当、凄い風だね」
クリスとシャーリーが風に当たって気持ちよく感じている。
「うむ、良い事じゃぞ。今の内に笑っておく事じゃ。そのうち笑えなくなってくるからの」
「……一体どこに行くのですか?」
鬼ヶ島と言う言葉にクリス達は驚く。
「鬼ヶ島って、もしかして桃太郎に出てくるあの鬼ヶ島ですか?」
「それって、本物の鬼が出てくるのですか?」
鬼が出ると言う事で、みんな少し不安がっている。
「心配するな。鬼ヶ島と言っても本物の鬼が出てこないから。あそこは無人島だから何の問題もないから」
「本当ですか? それならどうしてそんな名前が付けられているのですか?」
「そろそろ分かるはずだ」
ハクトがそう言った時、鬼ヶ島が見えてきた。そして、次の瞬間、クリス、シャーリー、ミント、ライチ、レナは急に苦しくなって胸を抑えて膝を着いた。
「なっ、なに、これ……」
「……く、苦しいのです」
呼吸する事も難しいぐらい息が出来ない状態のみんなを見て、ハクトは歯軋りをする。
「先生! やはりここでの特訓は……」
「黙れ、ハクト。こやつ等を一段階強くさせるには、この島での生活が一番なのじゃ。安心しろ、今回はまだまだやらなきゃならん事があるから、五日間だけにしておる」
「い、五日間って、普通の魔導師でも一日でもきついのですよ!?」
「は、ハクトさん……これって、一体……」
「……この島特有の現象と言う奴だ。俺達魔導師は自然界にあるエーテルナノで魔力を回復する事は出来るけど、この島ではそれが一切ないのだ。つまり、ここでは魔法を使うどころか、魔力の回復すら出来ないんだ。今みんなが苦しいのは、魔力切れと同じ症状が出ているんだ」
「確かにこの感じは……」
「魔力切れを起こした時の高熱や身体のだるさと同じですわ……」
「ああ、実際俺や先生に母さんも、少しきつい状態だ」
ハクトはみんなほど苦しくないけど、やはりここに来てから少し身体がだるく感じている。
「さて、お主ら。先程も言ったが、あの島で五日間過ごしてもらう。魔法が使えない事と回復が出来ない事の他にもあそこには猛獣も棲んでおる。食料と寝床とかはお主ら五人で見つける事じゃ」
「さ、サバイバル生活をしろって事ですか……しかも五人と言う事は、ハクトは行かないと言う事ですか?」
「そうじゃ、何かとハクトは甘い所があるからの。一緒に行かせる訳にはいかないのじゃ。お主らもハクトを頼ってばかりでは、いつまで経っても成長はせぬぞ」
紫子の言葉にみんなは何かに気付いた。いつもハクトがみんなを助けてくれていた。しかし、その甘いが成長を止めていたのかも知れないのだ。
それに気付いたので、みんなはいつまでも膝を着くわけにはいかなかったので、必死で立ち上がった。
「良い目になったの。最低限の道具は用意しておる。それを持ってさっさと行くが良い」
紫子はクルーザーに置いてあるリュックを五つクリス達に渡した。
「さっさとって……まさか、ここからあの島まで泳いでいくのですか!?」
「それ以外何があると言うのじゃ! 良いから、さっさと行けぇぇぇぇ〜〜!」
紫子の怒号にクリス達は海に飛び込もうとする。
「みんな……気を付けろよ」
「大丈夫です、ハクトさん。必ず帰ってきますから」
クリスの言葉にシャーリー、ミント、ライチ、レナは頷いて、五人は一斉に海に飛び込んだ。
こうしてクリス達の過酷な超特訓が始まった。
(続く)