鬼ヶ島から離れていくハクト達を乗せたクルーザー。
「あの子達なら、大丈夫だよ、ハクト」
黒狐がハクトの肩に手を置いて安心させる。
「ああ、俺もみんなを信じて待っているよ。あいつらなら強くなって帰ってくるさ」
ハクトはクリス達の事を信じる。
「さて、わしらも帰るぞ。さっさと家に帰らないとな」
紫子がそう言うと、黒狐とハクトはびくっと身体を震わせた。
「なあ、母さん。俺も一緒に行って良いかな?」
「奇遇だね。私も今から海へダイブしようと思っていたの」
「よし、行くか」
ハクトと黒狐は海へ飛び込もうとした時、急に身体が重くなって動けなくなった。
「勝手に行こうとするな。ここはもう魔力無効化領域から抜け出しているからの」
「せ、先生……」
「母様……後生です……帰りたくないので、どこかのホテルに泊めさせて下さい……」
「ダメじゃ。久し振りに姉妹全員揃うのだから、さっさと行くわよ」
「「い、嫌だぁぁぁぁぁぁ〜〜!」」
ハクトと黒狐の叫び声が海の上で響いている。
ハクト達は普通の服に着替えてから、紫子と黒狐と一緒に森の中を歩いている。だが、その足取りは重く、溜め息を吐きながら歩いている。
「……帰りたい」
「……それは私も一緒だよ、ハクト。私も帰りたい」
黒狐もハクトと同じ溜め息を吐きながら歩いている。
「何をしておるのだ。さっさと来るが良い」
先に歩いている紫子が睨む様にハクトと黒狐を見ている。
そして、森を抜けた場所に塀で囲まれた大きな家が建っていた。
「ついに来てしまったか。桜崎家の実家に」
ハクトは二度と戻りたくなかった場所に来てしまった。そう、ここは桜崎紫子の実家である。御四十七家の一家ではないにしろ、紫子の名は国中で噂されている。そして、その実家も隠れ家の様に森の中に存在しているのだ。さらに、家を囲っている森の中には結界術式が組まれていて、空からは見えない様にしてあるのだ。
「うむ、久し振りに帰ってきたの、そう思わないか、黒狐よ」
「は、はい、そうですね……」
黒狐はもうどうでもいいやと諦めている。
「では、中に入るぞ」
紫子が扉を開けると、大きな庭が現れて、少し進んだ所に家が建っている。平安時代の貴族が住んでいる家の様にかなり大きく、使用人の何人かが紫子達に気付くと『お帰りなさいなせ』と挨拶をする。
「さて、わしは少し部屋でやる事があるから、お主達は先に大広間に言っておけ。恐らく皆そこで待っておるはずじゃ」
ハクトと黒狐にそう言って、紫子は廊下の別れ道で別れる。ハクトと黒狐はとりあえず言われたとおりに大広間のある所まで向かっていった。
「相変わらずでかい家だよな。何年ぶりに来たんだっけ?」
「え〜と、多分五年ぐらいかな。私自身ここに来たくなかったから正月とかも帰ってないからね」
「五年か……俺がまだ小学校の低学年ぐらいになるんだよね」
ハクトがまだ小学二年生ぐらいに来て以来、一度も帰っていないのだ。流石のハクトもそれだけ来ていないと忘れてしまっている事が多いかもしれない。
そして大広間の部屋に辿り着くと、中から誰かが襖を開けて出て来る所だった。
「げっ……」
その人物を見た瞬間、黒狐は嫌そうな顔をする。
「あら、黒狐。帰ってきたのね。珍しいわね」
物静かな言葉で黒狐を見る黒の軍服を着ている女性。黒のショートへアーと瞳を持ち、黒狐よりかなり背が高く、腰には拳銃が付いている。
「ふっ、そちらこそ珍しいんじゃないですか。お仕事、大丈夫なのですか? 朱姉さん」
黒狐が嫌味たっぷりに言った。
「相変わらず口の悪い妹ね。お母様も何故黒狐に甘いんだか」
「朱音姉様、黒狐が帰って来たのですか」
大広間から別の女性がやってきた。黒のスーツ姿で眼鏡を掛けている黒髪を後ろに結っている。
「青姉さんまでいたか……ちっ」
黒狐が本当に嫌そうな顔をして舌打ちする。
「黒狐、貴女向こうではかなり暴れている様だな。こちらとしてはかなり迷惑なのですけど」
「うっさい! そんなの私を勝手でしょう!」
ふんと黒狐は横を向いた。ハクトはもう溜め息を吐くしかなかった。
「おや、ハクト。お前がここに来るとは珍しいな」
朱音がハクトに気付いた。
「はい、お久し振りです。朱音さん、青乃さん」
「ええ、お久し振りですね、ハクト君。しかし、こんな真面目な男が黒狐の子供とは思えませんね。ひょっとしたら、黒狐の子供ではないのかも知れませんね」
「ふざけろ、青姉さん! ハクトは正真正銘私の子供だ! この独身共が!」
黒狐が爆弾発言を放った。朱音と青乃はまだ結婚をしていないのだ。だが、それを言われると……
「黒狐……一片死んでみるか?」
朱音が銃を取り出して黒狐に向かって放った。
「あぶなっ!? 死んだらどうするんだよ!?」
「お前は一度死んで、人生をやり直さないとその性格は直らないからな」
「その通りですね、朱音姉様。一度このバカな妹には閻魔大王に頼んで真人間に転生してもらった方が良いかも知れないな」
「いやいや、それは多分無理だと思いますよ、青乃さん。母さんなら閻魔大王をぶっ飛ばして、地獄を自分の楽園に変えるかも知れません」
「……確かにそうですね。ハクト君、なかなか言うではないか」
「ちょっとハクト!? 私はそんな事をしないって! 精々地獄をハバラみたいなオタク文化に侵略してみせる!」
「ダメじゃん……」
ハクトは頭を押さえて溜め息を吐く。と言うよりも侵略してどうするんだよとハクトは思った。
「あら、黒狐姉さんにハクト君。帰ってきていたのですか?」
廊下で黒狐に声を掛けてきた。黒髪を三つ編みにして、白のワイシャツに黒のベストに黒のネクタイに黒のズボンを着ている女性がいました。
「緑鳥さん。お久し振りです」
「また姉さん達の喧嘩ですか。帰ってくるなり、よく飽きませんね。まあ、私は姉さん達の様に子供ではありませんので」
「うわ、相変わらず嫌味な妹ちゃんだね、緑鳥は……」
「嫌味……私にとってそれはご褒美な言葉ですよ」
「きもっ!」
ニヤリと笑う緑鳥に、黒狐は身体を震わせる。
「おっ、そこにいるのはもしかして、もしかして!」
遠くから声がした時、ハクトはビクッと身体を震わせた。アニメ声みたいなその声にはハクトにとって嫌な思い出しかないからだ。そして次の瞬間……
「シ〜〜ロ〜〜く〜〜ん!」
その声は突然ハクトの正面に現れて抱きついてきた。ハクトよりも身長が低く、黒の短髪に黒の瞳、赤と白の巫女服を着ている女性が、子供の様に喜んでハクトに抱きついている。
「久し振りだね、シロ君。ああ、シロ君の匂い、シロ君のぬくもり……好きになっちゃいそう」
「もう、桃菓さんなんて他人行儀にならなくても良いのよ。未来の旦那様になるのだから、も・も・か・ちゃんって呼んでほしいな……きゃあ〜! 未来の旦那様だって! 桃菓、恥ずかしい!」
ダメだ……母さんと同じぐらい手強いとハクトは思った。この通り桃菓はハクトの事を未来の旦那様にする気でいるのだ。ちなみに桃菓の夫はちゃんと生きています。
「桃ちゃん、相変わらず私の息子にファーリングラブだね。お姉様、ちょっと泣けちゃうよ」
「嘘吐け! 母さん、面白がっているでしょう! 桃菓さんも離れて下さい!」
抱きついている桃菓を無理矢理剥がそうとするハクト。
「さて朱音姉様。これで姉妹全員揃いましたね」
青乃が朱音に話しかける。この五人が紫子の子供達である。長女の朱音、次女の青乃、三女の黒狐、四女の緑鳥、そして末女の桃菓。
「そうだな。黒狐、お母様も帰ってきているのでしょう。どこに行った?」
「部屋でやる事があるから先に大広間で待っていろだって。多分父様に報告でもしてるんじゃない。『うちの可愛い黒狐ちゃんと桃菓ちゃん以外、結婚していないの。さっさと見合いでもして、わしに孫をみせやがれ』とでも言ってるんじゃないのかしら」
黒狐がそう言った瞬間、朱音は拳銃を、青乃は指の間に投擲用ナイフを、緑鳥は魔法陣から槍を取り出して構えた。先程の続きであるが、黒狐と桃菓以外は結婚をしていないのだ。
「黒狐……貴様いい加減にしろ」
「桜崎の名を捨てて、恥を知りなさい」
「黒狐姉さん、運命の赤い糸って言葉、知っています?」
黒狐を囲むデッドトライアングル。しかし黒狐は驚く所か、にやりと笑っている。
「ふん、良いだろう。久し振りに黒狐ちゃん、本気になっちゃっても良いかな」
そう言って黒狐はユグドラシルを取り出して、銀髪に狐耳と尻尾を生やして身体が小さくなった。
「ちょっと母さん!? 朱音さんも青乃さんも緑鳥さんも! ここで喧嘩は止めて下さい!」
「これはひょっとすると見られるかもね。セカンドインパクトが」
この場に参加していない桃菓がハクトに抱きついたままそんな事を言った。それだけは本気で勘弁してほしいとハクトは心の中で絶叫する。もうあんな悲劇など見たくないからだ。だが、ハクトの力ではこの姉妹喧嘩を止める事が出来ない。
「覚悟しなさい、黒狐」
「一片死んで、人生やり直しなさい」
「貴様の死をもってな」
ゴゴゴと鳴り響く。最早誰にも止める事が出来ない。
そして四人が一斉に動いた瞬間……
「何をしておるのじゃ、お主ら」
「「「「」っ!?」」」
その声に全員が動きを止めた。声のする方に顔を向けると、そこには彼女達の母である紫子が立っていた。
「お母様!?」「お母さん!?」「母様!?」「母上!?」「ママ!?」
姉妹達が紫子がいた事に驚き、全員武器を納めた。最後に発した桃菓はハクトから紫子に向かって瞬間移動した様に移動して、紫子に抱きついた。
「ママ、お久し振りです!」
「うむ、久し振りじゃの、桃菓よ。相変わらず甘えん坊じゃな、お主は」
紫子は桃菓の頭を撫でてあげると、桃菓は嬉しそうな表情をする。そんな中でも、他の姉妹はこの後に起こる事で身体を震わせている。
「せ、先生……部屋での用事は済んだのですか?」
とりあえずハクトが紫子に訊いてみた。
「ああ、主人に報告して、その後にちょっと向こうの連中に連絡しておったのだ。ハクトよ、安心するが良い。クリス達は無事に島に到達したみたいじゃ」
「そうですか、良かった……」
ハクトは本当に安心した様にほっと息を吐いた。鬼ヶ島に行かせたクリス達の事がずっと気掛かりだったのだ。
「それとハクト。クリス達はちゃんと五日間過ごすと言っておったぞ」
「そ、そうですか……あいつら、本当に――過ごすのか……」
何だかハクトは納得出来ない様な表情をしている。実はハクトは知っていた。あの鬼ヶ島に恐ろしい秘密がある事を。紫子のニヤニヤした表情からして恐らくその事をクリス達には言っていないみたいだ。
「楽しみにしておけ。あいつらは本当に強くなって帰って来るはずじゃ、今から楽しみじゃ……さてと、朱音、青乃、黒狐、緑鳥よ。お主達は何をやっていたのか、説明してもらおうかの?」
紫子の矛先が黒狐達に向けられた瞬間、朱音、青乃、黒狐、緑鳥は肩を組んだ。
「違いますよ、お母様。私達、今日もこんなに仲の良い姉妹ですよ、ねえ黒狐」
「うい! その通りですよ、お姉様! 黒狐、お姉様大好きです! もちろん妹達も大好きだよ!」
片言の様に話す黒狐。青乃も緑鳥も首を縦に振って嬉しそう(?)な表情をしている。
「そうか、仲が良くて母は嬉しいぞ。姉妹と言っても、時には喧嘩をする時があるかも知れん。しかし、こうして姉妹が仲良くしておったら、母はそれだけで満足なのじゃ」
「もちろんですよ、お母さん。私達姉妹はいつだって仲良しですよ」
「はい。母上が心配する事ではありません」
「うん、わしも娘達の事は大好きじゃぞ」
にぱ〜と太陽の様な輝きみたいな笑顔を向けた。黒狐達は目に涙を零れてきた。
「母様……」
黒狐は自分が愚かだと思った。紫子がこんなにも優しい母だとは思わなかったからだ。それは朱音や青乃、緑鳥もそうであった。いつもなら喧嘩した瞬間、身体を重くさせられて五時間の正座をされて反省させられていた。
「じゃからな、お主ら……反省しろ」
そう言った瞬間、ドンドンドンドンと朱音、青乃、黒狐、緑鳥は廊下に顔をぶつけていった。急に身体が重くなったのだ。その原因はもちろん紫子の重力魔法の所為である。
「まったくお主達は。いつもいつも喧嘩して。少しは反省するが良い」
紫子はさっきまでの太陽の様な笑顔から、月の様な冷めた目をしている。この状況にハクトはただ苦笑いをするしかなかった。
「やっぱりママには逆らえないね。怖い、怖い……」
姉妹の中で一番紫子の重力魔法を喰らっていないのは桃菓である。桃菓はあまり姉妹喧嘩に参加しないけど、たとえ参加していても、一目散に逃げ出しているからだ。
この五人姉妹を止められるのは、やはり母である紫子だけである。
(続く)