桜崎本家の広間には紫子を奥の座布団に座り左側から朱音、青乃、黒狐、ハクトが座り、右側に緑鳥、桃菓と座っている。
「さて、我が娘達と孫達よ。本日はよく集ってくれた。わしは嬉しいぞ」
紫子はニヤニヤと笑っているけど、他のみんなは誰も笑っていない。
「では少し皆に話しておきたい事があるが、すまぬがハクトよ。お前さんは席を外して良いぞ」
紫子の言葉にハクトは驚いた。
「あ、あの!? 良いのですか、この場から離れても!?」
「わしが許可をする。離れの部屋で休むも良し、外に出て街に行くも良しじゃ。わしの気が変わらぬ内にさっさと出て行くがよい」
「分かりました。ありがとうございます!」
ハクトは内心本当に喜んでいる。何しろこの面子での話し合いには絶対に参加したくなかったからだ。ハクトはそそくさと広間から出て行こうとする。
「よし、ではハクトの事が心配になるから、私も席を外させてもらおうかにゃわっ!?」
「お主はここにおれ。ハクトよ。念の為に言っておくが、わしらの話を盗み聞きするでないぞ」
「はい。それでは失礼します」
ハクトは広間の襖を閉じて、軽くガッツポーズをした後、廊下を歩いていく。襖の向こうでハクトが去っていくのを身体が動けない黒狐は涙を流しながら手を伸ばす。
「ああ……私の…私の自由が……」
「バカな事をしていないでちゃんと座れ、黒狐。お母様の前だぞ」
朱音に言われて黒狐は渋々身体を起こして座った。
「時に桃菓。貴女の娘達はどうしたの?」
緑鳥は隣に座っている桃菓に訊いた。
「ああ、あの子達なら神社にいると思うよ。それでママ、ひょっとして今日私達を集めたのって、例の件の事かな?」
桃菓は何か知っているみたいな事を紫子に訊いた。他の姉妹も紫子の方を見ると、紫子は首を縦に振った。
「その通りじゃ。わしもそろそろだと思っておったし、黒狐はもう気付いていたのだろう」
「あはは……はい、私も恩師から教えてもらいました。奴らが動き出したと」
「お母さん、その事は御四十七家の方々には?」
「わしを誰だと思っておる。今の頭首達にはちゃんと話をしておる。ただ聞いておらんのは八家だけだ。連絡が通じないのと、頭の固い連中だけだ」
それを聞いた黒狐は大笑いする。
「それってやっぱり紀籐家も入っているのでしょう。あそこは母様と対等に渡り合える家だからね」
「黒狐、その火種を作ったのは貴女と貴女の夫でしょう。おかげで私達とお母さんに迷惑が掛かっているって分かっているの?」
青乃が眼鏡を掛けなおす仕草をして黒狐を睨みつける。
「仕方ないでしょう。カイト君と紀籐家の現頭首であり世界政府天魔十二将の称号を持つあの男とは永遠のライバルみたいな感じだったからね」
「だからと言って、三年前の大事故の後、紀籐家の本家を襲撃して頭首の首を取ろうとしたでしょう。大問題になる所だったのよ。もっとも襲撃に失敗した上に返り討ちにあって、ボロボロになって桃菓の神社で倒れたと聞いたわよ」
朱音がそう言うと、黒狐は嫌な表情をする。
黒狐は三年前の大事故で夫と息子を失った怒りで我を失い、繋がりのある紀籐家を襲撃して頭首の首を取ろうとしたけど、逆に返り討ちにあって撤退して、ボロボロの状態で桃菓の神社で倒れたのだ。幸い、桃菓に助けてもらって一命を取り留めたのだ。
「あの時は驚いたよ。黒姉がまさか負けるなんて思わなかったもん」
「……黒狐。その件についてはわしもまだ聞いておらぬ。あの時はわしも少し旅をしておったが、ここで全て話してもらうぞ。そこでお主は知ったのじゃろう。奴らの事を」
「そうですね。紀籐家との決着を着ける為に母様や姉妹達にも話した方が良いかもね」
いつもの顔から真面目な表情をする黒狐。一度姿勢を正しくして正座をする。
「あの時私が見た事を……そして奴ら『ブラックカード』の事を……」
そして黒狐が語り出した話は、姉妹達を驚かす話であった。
そんな話をされている間、ハクトは桜崎家の家を出て行き、街までやってきた。
ハクトが時環市に引っ越す前に過ごしていた所で、海と山に囲まれた場所である。山を越えた北の方には霊盟町と呼ばれる所がある。
「ふ〜……暑い……」
海沿いの歩道を歩いているハクトは、パタパタと手で仰ぐがまったく効果がない。とりあえずハクトは近くの公園にある自動販売機を見つけて、飲み物を買う事にした。
「……あれ? これだけ」
財布の中を確かめると時鷺国で使える通貨は千円札だけである。仕方なくハクトは千円札を入れてボタンを押すが、反応がなかった。
「……おい、まさか?」
ハクトは他のボタンを押したり返却レバーを押すが反応がまったくない。
「おいおい、ひょっとして飲み込まれたのか……うわ、最悪だ……と言うよりも、ちょっと頭に来たんですけど」
この暑さの中、飲み物を買わせてくれない所かお金を飲み込んだ自動販売機に対してハクトは怒りを覚えた。そして左の拳を握り締めながら引いて構える。
ハクトは引いていた拳を前に突き出して自動販売機にぶつける。そこから一気に雷撃を放つ事で自動販売機を無理矢理起動させたのだ。そして自動販売機から飲み物がいくつか飛び出す様に出てきて、ハクトはキャッチする。
「まったく……俺を怒らせるからだ」
ハクトは出てきた飲み物の内一本を開けて飲む。漸く水分補給する事が出来たので、さっきの怒りもだいぶ冷えてきた。
するとハクトの後ろから声を掛けられた。ハクトは後ろを振り返ると、黒髪のショートヘアーで左右に赤いリボンで小さく結っていて、薄桃色のワンピースに桃色のフリル付き半袖の上着を着ていて、白の靴下に茶色の革靴を履いている少女がいました。
(あれ? この子、どこかで見た事がある様な気がするのだけど……)
ハクトは少女の顔をじっと見つめる。少女は未だにハクトを睨みつける。
「ちょっと、聞いているの?」
「ハクト兄さんの事を言っているの」
少女はハクトに向かって言った。その言葉にハクトは漸く気が付いた。
ハクトより一つ年下の小学六年生の少女である。
「まったく、久し振りに帰ってきたと思ったら、こんな所で自動販売機泥棒をしているなんてね」
「そんな事してねえよ。こいつから正当な売買をしたって」
ハクトは自動販売機をコンコンと叩きながらジュースを飲む。
「お金はちゃんと入れたのに、こいつが飲み物を出さないからな。ほら、斜め四十五度の角度からチョップするのと同じだよ」
「同じじゃないでしょう。明らかに正拳突きをしていたじゃない」
「細けえ事は気にするな。ほらよ」
ハクトは桜花に向かってジュースを一本投げた。桜花は慌ててジュースを取った。
「い、いきなりジュースを投げないでよ! ビックリするじゃない!」
「五本出てきたから、一本あげようと思って投げたんだけど」
「と言うより、これ受け取ってしまったら注意する側から共犯者にクラスチェンジされるじゃない」
桜花は貰ったジュースを受け取ったけど飲む事はなかった。とりあえず二人はベンチに座る事にした。
「それよりもハクト兄さん。今どこに通っているの?」
「桃菓さんから聞いてないのか。王都シャインヴェルガの魔法学校に行ってるんだよ」
「はあ!? 何であんたがそんな所にいるのよ?」
「母さんに嵌められたんだよ。入学手続きをさせられて急に行けと言われたんだよ」
ハクトは頭を押さえて溜め息を吐く。春の出来事の事を思い出したのだ。
「ああ、相変わらず叔母さんに振り回されていると言う事ね」
「そう言う桜花は今どこに通っているんだよ?」
「……おい。そこって魔法学校じゃないだろう……」
「別に良いでしょう。私はお父さんの血の方が多く流れているから、魔法は使えないの」
「何言っているんだよ。お前の中に魔力はちゃんとあるじゃないか」
ハクトが桜花の胸をじっと見つめて魔力を確認する。
「ちょっ!? どこ見てるのよ!? どうせ私の胸はぺったんこですよ!」
「いやいや、お前まだ小学生なんだから貧乳が普通だろう」
「貧乳言うな!」
桜花は持っていたジュースをハクトに向けて投げた。ハクトは驚くがちゃんとジュースをキャッチする。
「まったく、昔はお兄さんにずっと付いてきていた従妹が、こんなにツンデレキャラになるなんてな」
「誰がツンデレよ!」
桜花は立ち上がってポケットから扇子を出すと横に振ると魔法陣が出て来て突風が巻き起こった。
「ちょっと待て!」
「あ、危なかった……それって桃菓さんが使っていた扇子じゃないか!?」
ハクトにはその扇子に見覚えがあった。かつて桃菓さんが使っていた風属性の魔法を発動する事が出来る魔法道具で、これは扇子自体に魔力があるので自分の魔力を使わなくて良いのだ。
「お母さんから貰ったのよ。桜花は自分で魔法が使えないからこれをあげると言われたのよ。余計なお世話だけどね」
「あの桃菓さんがね……親バカだな。うちの母さんも同じか」
「ふん、私は別に魔導師を目指していないのだから必要ないのだけどね」
「まあ、魔導師を目指す目指さないのは人それぞれだからね」
「ああ、そうだな。シャインヴェルガでも東の国は田舎だと言われているからな」
三年前の大事故によって時鷺国での魔導師の数がかなり減ってしまった。しかもその大事故の所為で有力な魔導師がいなくなってしまって、魔導師を教える者が少なくなってしまったのだ。それによって魔導師のレベルが一気に落ちてしまったのだ。ハクトの様な才能のある魔導師は今の時鷺国では10%ぐらいである。
「それにあの大事故の事で魔導師を嫌う者もいるのよ。だから今年の魔法学校の入学率は1%ぐらいと聞くし、魔法学校から普通の学校に転校する人もいるのよ」
「なるほどな。シャインヴェルガの魔法学校に行ったのは間違いじゃなかったかもな」
「だったらどうしてハクト兄さんがここにいるのよ」
「紫子先生や母さんと一緒に桜崎の本家に帰ってきたんだよ。まあ、あとは友達の特訓に付き合っている様なものだよ」
「友達? 兄さんの友達と言ったら、あの人ぐらいじゃないの?」
「あのな……虎之助の事を言っているのだったら……んっ?」
ハクトは空を見上げると、何かとんでもない物が飛んでいくのを見つけてしまった。シェ〜と言う昔のアニメのポーズを取りながら飛んでいっている虎之助を発見してしまったからだ。
(あいつは一体何をしているんだ? 修行だと言ってどこかへ放浪しているとは聞いていたけど……)
夏休みの間どこかへ旅に出ると言って姿を消した虎之助が何故空を飛んでいっているのか理解出来ないハクトである。まあ、誰も理解なんて出来ないと思うけど……
「どうしたのよ?」
「いや、何でもない……やっぱり少し疲れているのかな、幻覚が見えてしまった」
「それで今日はその友達はいないの?」
「今は鬼ヶ島で猛特訓中。まあ、五日後には帰って来るから、そして桜花にも紹介してあげるよ。あいつらのおかげで俺はやりたい事が出来たからな」
「えっ……そうなんだ……それが出来たら……」
桜花は少し哀しそうな表情をして小さく呟いた。
「んっ?」
ハクトはポケットの中に入れてあった通信端末を取り出して起動させると、メールが一通届いていた。メールを開くと、紫子から本家に戻って来いと言うメールだった。ハクトは『了解しました』と返信してから立ち上がった。
「さてと、俺は桜崎の本家に帰るけどお前も一緒に行くか。母さんも桜花が来たら喜ぶと思うよ」
ハクトは桜花に訊くけど、桜花は俯いたまま動こうとしなかった。ハクトは首を傾げて、桜花の目線に合わせる様に膝をついた。
「どうしたんだ、桜花?」
「えっ? ううん、何でもないよ……ごめん、私は本家に行けないの。やらないといけない用事があるから」
「用事? それって……」
ハクトが桜花に訊こうとした時、桜花はある声に目を見開いた。
「ああ、お姉ちゃん。こんな所にいたんだ」
ハクトの背後から少女の声が聞こえた。ハクトは後ろを振り返ると、そこには紅白の巫女服を着た9歳ぐらいの少女が走ってきた。
ハクトはまさかと思った。ハクトはこの少女の事は知っていた。
「あれ? そこにいるのって、もしかして……シロお兄ちゃん!? わあ、久し振りですね!」
その少女はハクトに気付くと大喜びをしてハクトに抱きついた。身体が小さいのでハクトのお腹辺りに頭が当たっている。しかし、ハクトは驚いた表情のまま少女に言った。
「うん、そうだよ!」
少女は顔を上げて嬉しそうに答えた。しかし、ハクトはそんな事はないと確信している。
(続く)