(一体なんだったのか? 俺の知っている上城藍栖はもう死んでいるはずだ……なのに俺の前に現れた)
ハクトは困惑していた。自分が知っていたはずのかつての従妹である上城藍栖が現れたのだ。しかし、彼女は五年前にもう死んでいるという事はハクトは知っている。
(まさか俺の勘違いなのか? いいや、そんな事はない!)
ハクトは首を横に振って考えを否定する。ハクトは覚えている。泣きじゃくる桜花の姿を、そして涙を零していた自分の事を……それ以来ハクトは桜花に会っていないのだ。
(とにかく、桜花に訊くよりもまずはあの人に訊いてみないと分からない。なのに……)
ハクトは考えながらもどんどんボルテージが上昇していた。そしてついに……
「何で宴会なんてやっているんだ、あんた達はぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!?」
ブチ切れました……
ハクトが桜崎の実家に帰ってきた時、自分の部屋に戻る前に紫子達のいる大広間に様子を見に行こうとしたのが間違いだったのだ。
「ほれほれ、飲むが良い! そして騒ぐが良いぞ! なっはっはっはっはぁ〜〜!」
紫子が酒を飲みながら娘達に言った。紫子の娘達五人はおお〜〜と叫んでどんどん酒を飲んでいく。
「何で宴会なんてやっているんだ、あんた達はぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!?」
ハクトは大広間の様子を見て呆然としてからついに切れた。
「まあそう怒るでないぞ、ハクト。ほれ、お前も飲むが良い!」
「先生! 俺は未成年です! 飲める訳ないですよ!」
「何じゃと!? わしの酒が飲めないと言うのか!?」
「中学生に酒を飲ませようとしないで下さいよ! それよりもどうして宴会なんてしているのですか!?」
「ハクトちゃ〜〜ん!」
するとハクトの背後から黒狐が思い切り抱き締めてきた。ハクトはまったく気付かなかったのでそのままうつ伏せになって倒れてしまった。
「ちょっと、母さん!? 急に抱きついてくるなよ!」
「ええ〜、良いじゃない〜。親子なんだから〜」
「……ちょっと待て。もしかして母さんもお酒を飲んでいるんじゃないだろうな」
ハクトは黒狐の顔を見ると顔が既に真っ赤になっているべろべろの状態であった。
「え〜? 別に良いじゃない〜、せっかくなんだから楽しまないと」
「何言っているんだ、母さん。忘れたのか!? 前に母さんがお酒飲んで家を半壊させた事あっただろう!」
今でも覚えている。ハクトが時環にいた頃、黒狐がお酒を飲んで酔っ払いながら破壊魔法を使って家を半壊させた事があったのだ。それ以来黒狐には一切お酒を飲ませないようにしておいたのだ。
「先生、母さんを気絶させてもよろしいでしょうか!? 家が崩壊してしまうかも知れませんよ!」
「大丈夫だって〜、さっきそこの壁を壊しちゃったけど、問題ないよね〜?」
「……ハクト、やっておしまい」
「了解です!」
ハクトは思い切り頭を殴って黒狐を気絶させた。そして家のお手伝いさんに黒狐を部屋まで運んでもらった。あと、黒狐が壊していた壁はハクトが直す事になった。
「先生、俺もう離れに行きますので」
「何じゃ、もうちょっとおるが良いぞ」
「いいえ、これ以上ここにいたら何されるか分かりませんから、もう横になりたいです」
ハクトは酒の臭いに少し頭が痛くなってきたのだ。
「そうか。まあ子供はさっさと寝ないといかんからの。良いだろう、ゆっくり身体を休めるが良い」
「はい、ではお休みなさい。皆さんもお先に失礼します」
ハクトは何故か涙を流しながらちびちびとお酒を飲んでいる朱音、壁の掛け軸に向かって説教している青乃、徳利をタワーにしている緑鳥、そして……
「シロちゃ〜ん……」
ハクトの足にしがみついてきた桃菓。
「あの桃菓さん。少し訊いても……って、どこ触っているのですか!?」
桃菓がハクトの男の部分に触ってきた。
「えへへ……シロちゃんのはどんな形に……」
「右斜め45度の角度でチョップ!」
ハクトはチョップして桃菓を気絶させた。そしてまたしてもお手伝いさんに頼んで桃菓を運んでもらった。
「ふ〜……それにしても、桃菓さんに例の事を訊けなかったじゃないか」
ハクトは桃菓の娘である桜花、そして藍栖の事を訊こうとしていたけど、お酒が入っていて気絶させてしまった以上訊く事が出来ない。ハクトは溜め息を吐いて離れの部屋に向かおうとした。
「でも、ちょっと身体を動かしていた方が良いかも知れないな。みんなも頑張っているかも知れないし、少し動かすか」
ハクトはそう呟いてから、靴を履いて空を飛んで外に出て行った。
最初にやってきた砂浜に降りてきたハクトは、拳を握り自主練習を始める。
『了解』
そして一時間ぐらい自主練習をしたハクトは魔導殺しNO01とエルを解除して一息吐いた。
「さてと、今日はここまでにしておこう」
身体を大きく伸ばして深呼吸をするハクト。
「最近は自主連なんてしなかったから、少し鈍っているのかな」
シャインヴェルガに来てからはクリス達の練習をずっと見てきたのであまり自主練習をする事がなかった。だから一人での自主練習で自分が少し鈍っている事にすぐに気付いた。
「まずいな……こんな調子だと五日後に帰って来るみんなとの模擬戦で、いきなり負けるなんて事になるかも知れないな。これはもうちょっと俺も頑張らないとな」
最後のストレッチをしながらハクトはそう考えた。
「……っ!?」
ハクトはストレッチをしていた時に何か大きな魔力を感じた。
「この魔力は何か変だぞ。今まで感じた事のない邪悪な魔力が町を覆っている」
ハクトは通信端末を取り出して黒狐や紫子に連絡しようとしたが……
「そう言えばまだ宴会中だったか……しかたない。少し調査してみるか」
ハクトは空を飛んで町の方へと向かっていった。
月之綺の町にやってきたハクトだが、町はまったくの無人でハクトは何だかおかしい感じがする。
「人払いの陣でも張っているのかも知れないけど、一体何の為に……」
一般人や他の魔導師にばれない為に用意されている人払いの陣と言う結界を張る事がある。しかし、この決壊は逆に一般人だけに張ってあって魔導師にはすぐに気付く様になっている。
「もしかして、これって罠なのか?」
魔導師の作る結界は相手を避けさせるだけでなく、特定の魔導師を誘い込む為に罠として使われる事もあるのだ。
「っ!? あれは!?」
ハクトは倒れている一人の男性を発見して駆け寄った。意識を失っていて脈と呼吸を確認すると問題はないけれど。
『ハクト、彼の魔力が殆ど残っていないよ』
「本当なのか、レイ?」
『うん、魔力ゲージがギリギリでこのまま放置していたら魔力がなくなってしまうかもしれない。それにこの辺りを魔力スキャンしたら殆ど残っていない人達が結構多いの』
ハクトも周りを確認すると倒れている魔導師を次々と見つける。
「やっぱり罠だったのか……急いで脱出しないと……っ!?」
ハクトは殺気を感じてシールド魔法を張って魔法攻撃を防御した。すぐに魔法が飛んできた方向を確認すると何人かの魔導師が立っているのが見えた。
「エーテルマテリアライズ!」
「お前達は何者だ! 何故ここにいる魔導師達を狙った!?」
ハクトが彼らに向かって叫ぶが、彼らは何も言わずに手を前に突き出して再び魔法を放とうとしている。
「遅い!」
ハクトは真正面に跳んで彼らの前にやってきた。一人目の男の顔面にストレートをぶつけて吹っ飛ばして、二人目と三人目をソニックバスターで吹き飛ばす。
「こいつ!」
「この野郎!」
四人目と五人目の魔導師が魔法を放った。
ハクトは魔戒神生流で完全防御した。
「な、何だ、こいつは……って、何っ!?」
四人目の魔導師が驚いている間にハクトは拘束系魔法で縛った。
「さてと、あんたには訊きたい事があるから」
ハクトは五人目の魔導師に向かって手を前に突き出した。ちょっとでも不審な行動をすればすぐに魔法を放とうとしているのだ。
「お前達は一体何者だ? 正直に答えないとどうなるか分かっているだろうな」
「お、俺達は……がはっ!?」
魔導師が何か言おうとした時、背中に魔法剣が突き刺さって倒れた。
「これは……レイ!?」
ハクトの目が魔導殺しが使う魔力スキャンの目となって、倒れた魔導師の魔力を確認する。
「魔力が完全に無くなっている……と言う事は……」
『死んでいる。いえ、殺されたみたいね』
レイは静かに答えた。
「くっ……」
ハクトは倒れている魔導師の目を閉じてあげる。
「レイ、魔力スキャン!」
魔力スキャンの目を使って周辺を確認すると、上空に一人の魔導師が飛んでいた。白髪に狐のお面を被っていて、黒いローブを着ている背の小さな魔導師がいた。
「お前がやったのか、どうしてこんな事をしたんだ!?」
「……」
魔導師は何も答えずに右手を前に突き出して魔法陣を出すと、氷の槍を無数に飛ばしてきた。
「ぎゃあぁぁぁ〜〜!」
「うわぁぁぁぁ〜〜!」
氷の槍はハクトではなく、ハクトにやられた魔導師たちの身体に刺さった。血を噴き出して倒れていく魔導師達を見て、ハクトは怒りが爆発した。
「止めろぉぉぉぉぉ〜〜!」
足に魔力を籠めて敵に向かって一気に跳んでいき、拳をぶつけようとするが、魔導師はハクトの拳を躱して至近距離から氷の魔法を放った。
ハクトの拳に炎を纏って氷の魔法を防いだ。
魔導師は氷の魔法を放つが、ハクトは魔導殺しNO01で氷の魔法を斬って消滅させた。
「無駄だ。魔法は今の俺には通用しない」
「……」
魔導師は腰に付けていた剣を鞘から抜いた。
「……何の魔力も無いただの剣か」
ハクトの目はまだ魔力スキャンが出来ているので、相手の持っている剣が魔力を持っていないことが分かる。本来なら相手の魔力から誰なのか分かるはずなのに、今回の相手はまったく誰なのかハクトやレイも分からないのだ。
敵の魔導師は剣を構えてハクトに向かって斬りかかった。ハクトは左手でシールド魔法を張って防ごうとしたが、ブレイクされたみたいにシールド魔法が破壊された。
「なっ!?」
シールド魔法が壊された事に驚くハクトはギリギリで剣を躱した。
(どう言う事だ。どうしてシールド魔法が破壊されてしまったんだ。ブレイク判定はされていない。もしもブレイク判定されていたら、腕が痺れて動かせないはずだが、この様に動かす事が出来る)
ハクトは左手を動かす事が出来る事からシールドブレイクされたわけではない。そもそも魔力の無いただの剣にシールドを突破する事は出来ないはずである。
(それに何だろう。あの剣にはどこか似ている様な気がする……)
(やってみる価値はある!)
(やっぱりそうだったのか!)
「間違いない。レイ、あれは……」
『ハクト、間違いないよ。ぶつかってみて分かった』
ハクトもレイも、もしかしたらと思っていた事が当たっていたみたいだ。
本来魔導殺しは魔法の様な斬れない物を斬る道具であったので、何の魔力のない剣とぶつかる事はないはずである。だけど、さっき魔導殺しNO01は敵の剣とぶつかり合った。それでハクトとレイも確信したのだ。
ハクトとブラックカードと呼ばれる者との戦いは始まったばかりである。
(続く)