「はあぁぁぁ〜〜!」
ハクトは右手の魔導殺しNO01で仮面の魔導師に向かって斬りつける。
「…………斬れ」
仮面の魔導師は手に持っている魔導殺しNO20でぶつかり合う。
「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ……」
ハクトは息を吐いて距離を置いた。相手の力が大体分かってきて出方を伺う。仮面の魔導師もまたハクトの動きを伺いだしている。
「お前は一体何者なんだ? どうしてあんなひどい事が出来るんだ?」
ハクトは下に倒れている魔導師達を指した。既に息を引き取っていて死亡している。ハクトは死体を見るのは初めてではない。三年前の大事故で多くの人が死んだ事を目の当たりしているので、もう慣れてしまっている。
ハクトの質問に黙秘している仮面の魔導師は魔導殺しNO20を構える。
「……あくまでも黙るか。だったら、その仮面を剥ぎ取ってやるよ」
ハクトも魔導殺しNO01を構えて左手を前に突き出して魔法陣を出して、風属性の魔法弾を放ってから突進する。
仮面の魔導師は魔導殺しNO20で魔法弾を切ると、その後ろからやってきたハクトに向かって突いてくる。ハクトの額に剣先が触れようとした瞬間、ハクトの姿が消えた。
「っ!?」
仮面の魔導師は慌てて周りを確認するが、ハクトは上空から左の拳に力を籠めている。
「魔戒神生流『炎魔の剛拳』!」
ハクトは左手に炎を纏って拳をぶつける。仮面の魔導師はシールド魔法を張ってハクトの攻撃を防ごうとするが、力の差で吹き飛ばされてしまい地面に叩き付けられた。
「よし、どうやら今のは堪えたみたいだな」
ハクトは手ごたえがあったと思い、落ちた場所を確認する。だが、そこには誰もいなかった。
「レイ、敵はどこに行った!?」
『分からない。手ごたえはあったはずだし、もしかしたら落ちた時に何処かに逃げてしまったのかも』
確かにその可能性はあるとハクトは考える。一応周りの魔力を検索するが、先程の魔導師の魔力は感じなくなった。どうやらレイの言う通り逃げてしまったのかも知れない。
すると周りを覆っていた結界も解けてしまい、一般人がぞろぞろと町を歩いている姿が確認された。ハクトは町の人に見つからない様に、手ごろなビルの屋上に降りて、魔導服と魔導殺しNO01を解除した。
「ふ〜、それにしても奴は一体何者だったのだろう?」
『分からない。ただ、魔導殺しを使っていたとなると、やっぱりプロジェクトSに関わっているのかな』
「それとあいつはこう言っていたな。『ブラックカード』って……どこかでその名前を聞いた事があるような気がするのだけど」
実はハクトは敵が『ブラックカード』と言う言葉を出した時、どこかで聞いた事があると必死で考えていた。しかし、なかなか思い出せずにいる。
「まあ、今日はもう遅くなった。さっさと帰らないと母さんや先生に何言われるか」
ハクトは空を飛んで桜崎家に戻った。
魔法少女の正しい学び方
第八十六話 上城藍栖
翌日、ハクトは朝早くに目を覚ました。昨夜現れた仮面の魔導師の事であまり眠る事が出来なかった。
「……まだ五時だと」
本来なら六時ぐらいに目を覚ますはずなのに端末で時間を確認するとまだ五時であった。
「まあ、起きてしまったものはしょうがない」
ハクトは身体を起こして私服に着替える。たとえ睡眠時間が少なくても一度目を覚ますと二度寝なんてできないから布団の中にいても仕方ないので起きる事にしたのだ。
離れから出て本宅に行くとお手伝いさんに挨拶をする。
「母さんや先生はまだ寝ていますか?」
「はい。昨夜はかなり遅くまで飲んでいましたので、おそらくまだ眠っていると思います。ハクト様、朝食はどうされますか?」
「いただきます」
ハクトはお手伝いさんが用意してくれた朝食を一人で食べる事にした。あのバカ騒ぎ宴会をした後では、黒狐も紫子、それに他の姉妹も多分起きていないだろうと思い、ハクトは先に朝食をいただいた。
朝食を食べ終わったハクトはとりあえず外に出る事にした。クリス達が戻ってくるのは四日後であるので、それまではハクトは特にする事がないのだ。紫子に稽古してもらうが、今も眠っている相手を無理矢理起こしたらどうなるか知っている。だからそれまでは休暇と思って身体を休ませるのだ。
と言っても、ハクトは自ら魔力で身体を重くして鍛えているけど……
「さてと、どうしようか……そうだ、あそこに行ってみようか」
ハクトはある場所に向かって歩いて行った。
石段を上っていき鳥居を潜ると、そこには木造の社が建っている。
「ここに来るのも本当に久しぶりだな」
ハクトはここ『上城神社』に来たのは五年前になる。
「誰もいないのかな」
ハクトは境内を見渡すが無人である。桃菓は恐らく桜崎の家にいるだろうけど、神主の上城透明や娘の桜花ならいると思っていた。
「まあ、こんな朝っぱらから参拝する人なんていないからな。誰も迎えなんてこないか」
ハクトは薄々分かっていた事に少し笑みを浮かべてしまう。
「あれ? シロお兄ちゃん?」
「っ!?」
ハクトは驚き振り返るとそこには白い髪に紅白の巫女服の少女が箒を持ってやってきた。ハクトの頭の中ではありえないとずっと出ているが、目の前にいるのは間違いなく彼女である。
「藍栖……」
「はい、昨日はごめんなさい。藍栖はもっとシロお兄ちゃんとお話したかったのですけど」
言葉を聞いても、ハクトはまったく聞き取れない状態である。
(いかん、いかん、今はちゃんと藍栖の話を聞いてあげないと)
ハクトは首を横に振って頭の中を真っ白にする。
「どうしたの、シロお兄ちゃん」
「いや、何でもない。それよりも藍栖に訊きたい事があるんだ」
「……それって藍栖の事を訊きたい事かな?」
「……ああ、そうだ。俺の記憶が間違っていなければ、藍栖、君は……」
ハクトの言葉の途中で藍栖の足元から魔法陣が現れて周り全てが凍り付いた。
「なっ!? これって!?」
「ごめんね、お兄ちゃん。でもこうでもしないとお姉ちゃんが来るかも知れないから、少し閉じ込めさせてもらったの」
魔法を使った藍栖はまったく詫びた様子がなくハクトに近付いてくる。
「藍栖、まさかと思うけど……人間じゃないんだな。上城家は自ら魔法を使う事が出来ないはずだ。桃菓さんも桜花も道具を使わない限り魔法は使えない。だけど、お前は確かに自ら魔法を発動させた。それが出来るとしたら、そして君はもう死んでいる事が本当だとしたら……」
「流石だね、シロお兄ちゃん。そう、藍栖はね、魔族として転生してここにいるの。ただ藍栖がいる事を知っているのはお姉ちゃんだけで、お父さんとお母さんは知らないみたいなの」
「桜花だけだと?」
「お姉ちゃんだけは知ったみたいなの。藍栖がこうして魔族として生きている事にね。そして私がどんな事をしている事もね」
藍栖の笑顔がまさに悪魔の笑みである。
「……そうか。だったら俺は嬉しいぜ」
ハクトはほっと息を吐いた。ハクトの態度に藍栖は目を見開いて驚いた。
「どうして嬉しいの? 魔族なんだよ?」
「だって、こうして藍栖とまた話が出来るからな。死んだらもう話も出来なくなってしまうから、少し寂しいから」
ハクトには三年前の大事故で父親と大切な人を失ってしまった時、かなり落ち込んでいた事があった。だけど久しぶりに出会って話が出来た時は本当に嬉しかった。それは今もそうである。五年前に亡くなった従妹とこうして話が出来て嬉しいのだ。
「変わったね、シロお兄ちゃん。昔のお兄ちゃんだったら藍栖の事を否定していたのに。お姉ちゃんみたいに」
「桜花はお前の事を否定しているのか?」
確かに昨日桜花は藍栖と会ってから、急に態度を変えてハクトの前から去っていった。きっとハクトには聞かれたくない事を言っていたのかもしれない。
「お姉ちゃんは否定はしていないけど認めてもいないんだよね。藍栖が魔族だとかこうして藍栖が生きている事もね」
「んっ? だったらどうしてここにいるんだ?」
「お姉ちゃんやお父さんには内緒だよ」
藍栖が笑顔でウインクする。だから魔法でこの辺りに人が来ない様に氷漬けにしたのだ。
「お姉ちゃんがここに来たら適当にごまかしてくれるかな。藍栖がここに来ているなんて言ったら、お姉ちゃんはきっと怒ると思うから。あとお姉ちゃんに藍栖の事を訊くのもダメ。きっと何も答えてくれないから。藍栖の事を訊きたいのなら、直接訊いてね」
「ああ、そうするよ。でもそんな事情なら先に藍栖に会えて良かったよ。会わずして桜花に訊いていたら、多分混乱していたかも知れないからさ」
「だろうね。お姉ちゃんに訊いていたら『妹ならとっくに死んでいるでしょう』とか言って誤魔化すと思うよ。でもシロお兄ちゃんとこうして会えるなんて嬉しいな。それに……」
藍栖はハクトに抱き付いてきた。
「こうしてシロお兄ちゃんに触れられる。それだけで藍栖、すごく嬉しいの」
「ああ、俺も可愛い妹にまた会う事が出来て、ここに帰ってきて良かったと思うよ。しばらくはここにいるけど、たまに会いに来ても良いよな」
「えへへ…魔族に会いに来るなんて、シロお兄ちゃんたら本当に変わったね」
藍栖の笑顔にハクトも漸く心から笑う事が出来た。だが、その時……
「っ!? えっ!? んっ!?」
ハクトの頭に何か電流みたいなのが流れてハクトは周りを見渡す。
「どうしたの、シロお兄ちゃん?」
「な、何か今、呪詛か何かが飛んで来た様な気がするのだけど……(何か『お兄ちゃんの妹はミントだけなのです〜〜』みたいなのが飛んで来たけど……まさかね。鬼ヶ島とこっちではあれだしな)」
ハクトは今鬼ヶ島にいるクリス達の事を考えて考えを改める。あの鬼ヶ島は特別な力があるのはハクトも知っている。
「……あっ、いけない。お姉ちゃんがこっちに来るみたい」
藍栖は何かを感じて魔法を解くと、周りの氷がはじけ飛ぶ。
「ごめんね、シロお兄ちゃん。藍栖はちょっとお暇するからお姉ちゃんのフォローはお願いね」
「ああ、分かったよ。早く行かないと桜花に見つかるぞ」
「うん! じゃあね、シロお兄ちゃん……」
藍栖は石段を下りていった。それを見送っていたハクトは境内の横にある上城の家から紅白の巫女服を着た桜花が走ってくるのが見えた。
「よっ、桜花」
「よっ、じゃないでしょう!? ハクト兄さん、今誰かそこにいなかった!?」
「おお、流石巫女さん。霊感はあるみたいだな。その通りだよ。さっきまで幽霊さんがそこにいたみたいだが」
「誤魔化さないで! 何か隠しているでしょう」
「それはお互い様じゃないのか」
「っ!? そ、それは……」
詰め寄っていた桜花が目を逸らす。
「なあ桜花。一つ訊きたいのだけど、妹の藍栖は……」
「……妹は五年前に病気で亡くなったのを知っているでしょう」
桜花はやはり藍栖の事をハクトに教えないみたいだ。
「だけど昨日見たあの子は……」
「あれはハクト兄さんには関係ないことです。忘れてください」
「……そうか、分かったよ」
これ以上追及しても意味がないと思ったハクトはここで話を終わらせる。
「それで何しに来たのですか?」
「つれないな、桜花。お前の様子が気になって、ここまで来てあげたんだぜ」
「なっ!? 何バカな事を言っているのですか、ハクト兄さんは……」
桜花は少し顔を赤くして俯いた。
「それにしても、桜花の巫女服姿……グッジョブだぜ!」
キラーンと歯を輝かせて、笑顔で右の親指を立てる。
「まったく、ハクト兄さんは本当に冗談ばっかりなんですから」
「冗談なものか。妹、巫女さん、ツンデレと言う三つも属性があるのだから、そこはもっと活かしていかないと」
「何だか、物凄く褒められていないと思うのは私だけかな。あと、誰がツンデレよ!」
桜花をからかっていく内に、ハクトはさっきまでの藍栖の件を桜花から離す事が出来た。藍栖の話が本当なら桜花に藍栖の事を考えさせない方が良いとハクトは思った。
「そう言えば透明さんはどうしているの?」
「お父さんなら朝食の片付けをしているよ。お母さんはやっぱりそっちに?」
「ああ、うちの母さんや紫子さん、それに他の姉妹たちと一緒に宴会していたみたい。あれは昼まで起きないと思うな」
「まったくお母さんは……連絡ぐらいしてくれたら迎えに行っていたのに」
「いや、止めておいた方が良いぞ。あの宴会場に言ったら最後。絶対に後悔する様なことに巻き込まれてしまうから」
「……そうですね。今は黒狐さんもいるのですよね。私、あの人苦手なんですよ」
「気持ちは分からなくもないよ。俺だってたまに苦手な時があるのだから」
ハクトも桜花も黒狐には散々色々な事をされてきていた。
「まあ時期に桃菓さんも帰ってくると思うよ」
「そうだと良いのですけど、お母さんはハクト兄さんにぞっこんですから、ハクト兄さんが桜崎の家にいるとなるとお母さんもそこに居続けると思いますよ」
「……そうだよね。だったら連れて帰る為に一度家に来てくれ」
「うん、私もそうした方が良いかなと思った。分かったよ、先にお父さんに話をしてくる、ハクト兄さんはここで待っていてくれる?」
「ああ、そうだな。じゃあここで待っているな」
「すぐに戻りますね」
そう言って桜花は家に引き返していった。残されたハクトは空を見上げる。
「なあレイ……どうだった?」
『うん、間違いなかった。あの藍栖って子の魔力……』
「だと思ったよ。俺もそうじゃないかと思った」
認めたくないと言った表情をするハクト。
「これは先生や母さんと直接対決をしないとダメだな」
ハクトは右の拳を強く握りしめた。
(続く)