王都シャインヴェルガは十二星座の名前が町の名前となっている。リラの町はとても静寂で綺麗な町並みである。治安も良くて、ハクトも歩いていただけでも、とても体が気持ち良くなってきた。
「ハクトさん、もうすぐしましたら、私のお気に入りの公園が見えてきますよ」
クリスが指した所は、少し大きめの公園であった。遊具やベンチに自動販売機など、とても綺麗で子供達もブランコや砂場で遊んだりしている。
「ここって、魔法とか使っても大丈夫なのか?」
「はい。ほら、子供達もやっていますよ」
公園に何人かの子供達が、人に向けて放ったりせずに、まるで花火やシャボン玉の様に飛ばしあったりして、魔法を使って遊んでいる。ハクトも、自分のいた所でも公園で魔法を使って遊んでいる子供達を見た事がある。
「なるほど。あれなら安心だな」
「私も友達と一緒にここで練習をしているのですよ。全然上手くなれないのですけど……」
クリスは少しだけ落ち込んでしまう。
「……どんな魔法が使えるのか、少し見せてくれないか?」
「えっ?」
「少しだけで良いから」
「えぇと……わ、分かりました。それじゃあ、私がいつも練習している場所でやりましょう」
「あぁ、お願いするね」
ハクトはクリスの魔法が知りたい事もあるけど、さっきの男子三人組が言っていた様にクリスは魔導師として本当に弱いのか、それも知るためでもある。
クリスに案内された場所は、木に囲まれた小さな広場である。人の出入などは無く、草もかなり生えていてあまり清掃されていない場所である。穴場と言えば、そうなるだろうし、魔法の練習するにあたっては、これ程良い場所は無いだろう。
「結構いい場所だな」
「そう思いますか? ここなら一杯魔法が使えますから」
自分が気に入った場所が良いと言われて、嬉しそうになるクリス。
「では、やってみます」
クリスは意識を集中して、魔法を唱える。自分の中にある魔力の源、エーテルに力を蓄えると、クリスの足元から円形の桃色の魔法陣が現れる。魔導師には皆、魔力の源であるエーテルが存在し、そこから魔法のイメージを作り上げると魔法陣が出現する。ハクトがさっきやったシールドも、彼のエーテルによってイメージを作って出現したのだ。
そしてクリスは右手の人差し指を前に突き出す様にすると、そこから白い球が現れて大きくなっていく。
「んっ? これって……」
ハクトはクリスの魔法を見て、真剣な表情で観察する。クリスの魔法はさらに大きくなると周りにキラキラと何か球が輝き出している。クリスはそれを上空に向けて放とうとした。放たれた白い球はまるで流れ星が逆に流れていく様に消えていった。
集中を終えて、一息吐くクリス。ハクトは今の魔法を観察して、はっきりと解った。
「あ、あの……どうでしたでしょうか?」
クリスはハクトの様子を見ると、かなりの真剣な表情をして考えているから何か言われると思って、少しだけ怯えている。
「やっぱり、ダメですよね……私」
「何言っているんだよ。お前、凄いじゃないか」
「……えっ? 本当でしょうか……」
凄いと言われて、クリスは少し驚いた。今まで、そんな事を言われた事が無かったから、何だか照れてしまう。
「だって、そうだろう。今のは天空魔法だろう」
「天空魔法?」
解っていないみたいに首を傾げるクリス。
「自分の魔法属性を知らないのか? 魔法測定の時に診断書に書かれなかったのか?」
「はい。私の魔法はただの無属性魔法であるとしか……違うのですか」
魔法測定とは一般的に体力測定みたいなものと同じで、その人の体力、脚力などを測定する他に魔法の測定などもしてくれる。それによって、魔導師のレベルと属性を診断してくれるのだ。
「いや、全然違うよ。確かに見た目的には普通の魔法弾だったかも知れないけど、キラキラと星が輝いていた様に見えたじゃないか。それは天空魔法の一種なんだ。十二属性の中ではかなり珍しい属性魔法なんだよ」
「そ、そうだったのですか? 全然知りませんでした」
自分の魔法がそんなに凄い属性だったなんて考えた事が無かった。
「ちなみに教えておいてあげるよ。十二属性はまず四元素の炎、水、風、地属性に雷、闇、光、無の四属性があり、さらに剣、竜、音、そして天空の四属性があるのさ」
「そうなのですか。私、その辺りはよく分からなかったので……」
クリスは少し目が点となって頭に『?』が浮かび上がっている。ハクトも流石に冷静になり、自分が何をしていたのかを思い出して顔が真っ赤になっていく。
「コホン……まぁ、そんな訳でクリスは決してダメではないさ。もっと自信を持って良いんだ」
「だけど……どんなに凄い魔法属性があっても、所詮、私はE級魔法少女です」
「E級魔法少女? それって魔導師の能力クラスの事か」
魔導師のランクは五段階、A、B、C、D、Eと分けられていて、A級が優秀な魔導師として認められ、E級は最下の魔導師として評価されてしまう。
「だから、私なんて……」
「簡単に諦めるな。君にはちゃんと才能があるんだ。ただ、それをちゃんと学んでいないだけなんだ」
ハクトはクリスの肩を掴む。
「ハクトさん……」
「あっ、ごめん……」
ついに掴んでしまった肩を離すハクト。何故だか知らないけど、クリスの事を見過ごす事が出来ない。
「その……よかったらで良いのだけど、俺が少しだけ教えてあげるけど……」
「えっ? 良いのですか?」
「まぁ、何だろう。その、クリスさえ良ければだけど……」
「……はい。私に魔法を教えてください」
嬉しそうに答えるクリスの目から涙が零れる。
公園を出て、少し歩いた所に一軒家が建っている。そこがクリスの家である。二階建ての城をベースに作られていて、コンクリートの塀に囲まれて、中庭には花壇や洗濯物を干す物干し台などが置いてある。
「それにしても、急に家に来ても良かったのかな。ちゃんと連絡とかしておいた方が良いだろうか?」
「う〜ん……お母さんなら大丈夫だと思うけど。きっと分かってもらえますから」
クリスが玄関の鍵を開けて中に入る。ハクトはその後に入る。中はフローリングで二階に上がる階段や一階の部屋がいくつか見える。下駄箱は木製で靴もいくつか入っていて、玄関マットにスリッパまで用意してある。
「ただいま、お母さん」
「は〜い。お帰りなさ〜い」
一階の手前の部屋から女性の声が聞こえる。しかし、一向に姿を見せようとはしない。クリスは少しおかしいと思った。クリスの母親は例え夕飯の支度をしていたとしても、クリスが帰ってくると出迎えてくれるはずなのに、今日は何故か出迎えてくれなかった。
「あの、お母さん。今お客さんを連れてきているのですけど」
「うん、良いよ。一緒に来てくれるかな」
相変わらず姿を見せようとしないクリスの母親。クリスは仕方なく靴を脱いで自分のスリッパを履いた。
「ハクトさん。すみませんけど、一緒に来ていただけますか?」
「あぁ、そうだな。ここで待っていても仕方ないからな」
「あ、こちらのスリッパを使って下さい」
クリスは下駄箱から来客用のスリッパを出してあげた。ハクトも一応人の家であるから、スリッパも履かずに上がるなんて無礼な事はしないと思って、クリスが用意してくれたスリッパを履いた。
ハクトとクリスは、クリスの母親がいるであろうリビングに向かう。部屋の中は明かりが点いていて、誰かがいる事は間違いないみたいだ。クリスはリビングのドアを開けた。
開けた瞬間、クラッカーの音が部屋中に鳴り響いた。その音にクリスとハクトは目を閉じる。クラッカーの音が消えて目を開けると、そこには異様な光景があった。部屋自体はそんなに変わっていないが、そこにいた人物が異様であった。
「「お帰りなさいませ! お嬢様、旦那様!」」
その言葉に、ハクトとクリスは目が点となっている。そう、何故か部屋には二人のメイド姿をした女性がいたからだ。黒と白のエプロンドレスに白のカチューシャを被り、白のストッキングを穿いている、黒い左右に結った髪に赤い瞳をした女性と桃色の短髪に緑の瞳をした女性である。
「ね、ねぇ? 見た? うちの子のあの呆然とした姿。やっぱり見ていて面白いでしょう」
「あらあら、うちの娘だって可愛いでしょう」
二人のメイドさんはハクトとクリスの姿に両手を繋いで喜んでいる。そして、ようやく我に返ってきたハクトは体を震わせて怒りのゲージがどんどん上がっていく。
「な、ななな、何をやっているんだぁぁぁ〜〜!」
ゲージがマックスとなり、ついにぶちキレてしまい、黒髪のメイドさんに詰め寄る。
「このバカ母! いつもいつもこんな下らない事しやがって! しかも人様にまでやらせやがって、一体何を考えているんだ! 今日と言う今日だけは絶対に許さないからな」
怒っているハクトに対して、黒髪のメイドさんは涼しい顔をして笑っているだけである。
「もう、そんな細かい事で怒っちゃダメだよ。ほら、ここ人様のお家なんだから」
「こんな事を考えたのはあんただろう、絶対」
「分かってるじゃない。流石、私の子」
親指を立ててグッドのポーズを取る。
「だから、そこで人様を巻き込むなと言っているんだよ! 大体、何故あんたがここにいるんだよ、バカ母」
「酷い! シロウサギの事を思って、ここまで来てあげたお母さんの愛をバカと言うなんて。あぁ、これが反抗期と言う奴なのね」
よよよと座り込み、しくしくとハンカチに目に当てて泣いているハクトの母親。だが、ハクトは騙されない。と言うより、こう言う事はいつもやっているから、心配する必要はないのだ。
「でも、お母さんは負けない! たとえシロウサギがボロボロの学ランを着て、髪をリーゼントにして、葉っぱを咥えながら町を歩く不良さんになっても、お母さんの愛できっと元の優しいシロウサギにして見せる」
「一体、どんな想像をしているんだよ。と言うより、そのシロウサギって言うな!」
「えぇ〜、良いじゃない。可愛いでしょう。白い髪に赤い瞳、少し淋しくなると死んでしまう辺りなんて」
「今すぐ髪染めてくるわ」
「ダメだよ! ダメダメダメぇぇ〜! お母さん、シロウサギを絶対不良になんてさせないから」
「あんたの脳内では、髪を染める=不良となるのかよ!?」
「だって、可愛くなくなるじゃない。シロウサギなんだから、やっぱり可愛くないと」
「基準、そこかぁ!? あと、シロウサギ言うなぁ!」
ハクトとハクトの母親の言い合いは、まだまだ続いている。それを見ていたクリスは、状況が分からないから、とりあえず自分の母親に訊いてみた。
「あの、お母さん。あちらの方は、ハクトさんのお母さんですか? いつ知り合ったのですか」
「そうだよ。嵐山黒狐と言ってね。遠方に私の学生時代からの友人がいるって前に言ったでしょう。彼女がそうなのよ」
「えっ? そうだったのですか!?」
クリスはまさか自分の母親の友人に、ハクトの母親がいたなんて知らなかった。遠方に友人がいるとは聞いた事があるけど。そして、自分はその子供であるハクトを連れてきた。これは偶然なのだろうかとクリスは今も母親と言い合いをしているハクトを見る。そして、今も疑問に思っている事があるからハクトと母親に訊いてみた。
「あの、さっきから気になっていましたけど、シロウサギとはどう言う事なのでしょうか?」
クリスの質問にハクトは固まる。あまり訊かれたくない質問であるから、どう答えて良いのか考えるが、黒狐の方がニッコリ笑って答えた。
「それはですね。ハクトって名前が白い兎と漢字で書くと『白兎』って呼ぶから、シロウサギと呼ぶ事が出来るのですよ」
黒狐は近くにあったメモ紙に漢字で『白兎』と書いて、右側に『ハクト』、左側には『シロウサギ』と書いて説明をした。
「だぁぁぁ〜〜! このバカ母がぁぁ〜〜! 余計な事を言うなぁ〜〜!」
ハクトはそのメモ紙をひったくってクシャクシャと丸めた。
「ハクトさんの名前って……結構可愛いですね」
「か、可愛いって言わないでくれ……」
クリスにまで可愛いと言われてしまったハクトは、ガックリと膝が折れて手を床に着いた。
「まぁまぁ……立ち話もなんですから、そろそろお夕飯にしましょう」
「その前に、お母さん。服を着替えてきて下さい」
「あら、そうですね。流石に、この歳にもなって、この格好は恥ずかしいですね」
クリスの母親は今更ながら照れている。娘の前でメイドの姿をしているなんて恥ずかしいのだろう。とは言っても、本人は結構気に入っているみたいである。
「何を言っているのよ。その格好に着替え終わった時、『きゃあ〜! まだまだいけるみたいだね。これなら若い男をキャッチ&リリース出来るわ』て、言ってたじゃない」
「言ってませんよ! それは貴女が言ったでしょう。クリス、違うからね」
「お母さん……あぁ、でも、お父さんなら喜びそう」
クリスは現在単身赴任中で王都から離れている父親を思い浮かべて納得してしまう。クリスの母親は娘を何とか誤解を解こうとああだこうだと説明している。
「あのな……人様に家族問題を作る様な事はするなよ。ギクシャクしてしまったらどうするんだよ」
「問題ないわよ。あの子は何だかんだで家族仲は良いと聞いているから」
そんなものなのかとハクトは疑問に思う。
やがて何とか話が終わったらしく、クリスの母親はハクトと向き合った。
「えぇと、とりあえず自己紹介しておきますね。私はクリスの母親、カリム・ラズベリーと申します。黒狐とは学生時代からの友人で、ハクト君を下宿してあげる様にしたのは彼女からなのよ」
「あ、はい。どうもありがとうございます。嵐山ハクトです。今日からこちらにお世話になりますので、よろしくお願いします」
「そして、私はシロウサギもといハクトの母親をやっています嵐山黒狐と申します。息子共々よろしくお願いしますね、クリスちゃん」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします。クリス・ラズベリーと申します」
クリスがペコリト挨拶してから、ハクトは何か違和感を感じた。
「ちょっと待て……おい、母親よ。今息子共々って言ったよな。それはどう言う意味だ?」
「どう言う意味も何も、私もここに住むのだから、ちゃんと挨拶しておかないとね」
何か問題でもと言う風に首を傾げる黒狐。それにハクトとクリスは驚き、カリムは微笑んでいるだけである。恐らく黒狐がここに住む事を知っていたのだろう。
「ちゃんと荷物も用意しているし、部屋の片付けもさっき終わらせたばかりなのよ。あ、ハクトの部屋もちゃんと用意してくれているわよ。クリスちゃんの隣の部屋だから、あとでクリスちゃんに案内してもらいなさい」
「ちょっと待てぇぇ〜! あんたまでここに来てどうするんだよ!? 家はどうしたんだ!?」
「もう誰も住んでいないのだから、残していてもしょうがないでしょう。だから、売った!」
Vサインをして自信満々に答える黒狐に、ハクトは眩暈がしてきた。自分の母親がどんな性格をしているのかは充分に解っていたはずだが、ここまでやるとは思わなかった。
「今日はもう厄日だ……」
そう思ってしまうハクトであった。