「俺っちと、決闘だぜぇぇ〜〜!」
三年前、東の国のある小学校でハクトは校門前に立っていた、ある少年と遭遇する。黒髪のツンツンとした頭に黒い瞳、右頬には絆創膏が付いていて、白いTシャツにボロボロの黒い半袖の上着を着て、青い短パンを穿いた少年である。
「えぇと……誰だっけ?」
ハクトは首を傾げて相手に訊いてみる。どこかで会った事があったのかも知れないが、ハクトはまったく覚えていない。
「今から倒れる者に名前を名乗るほどの者ではない」
「そう……そうだね。今から俺がフルボッコしてやる相手の名前なんて、一々覚えないからね」
ハクトはニヤリと笑って、指を鳴らして構える。この頃のハクトは、こう言う展開になると、つい勝負してしまうやんちゃな少年である。今まで何人もの魔法少年達と喧嘩してきたのか。
「へへへ……俺っちも燃えてきたぜ。いざ、尋常に……へぶしっ!」
相手が構えた瞬間、ハクトはとびひざげりをかましていた。ハクトにとって、拳を構えた瞬間がスタートの合図だと思っているから、一々相手の口上なんて聞く必要はないのだ。卑怯ではない。
とびひざげりを喰らった少年はそのまま大の字になって倒れていった。
「俺を倒したな……あとで、後悔するからな……覚えてろぉ〜! ガクリ……」
そう言って、倒れた少年にハクトは全く気にせずに校門を潜っていった。
そして、三年後。
「嵐山ハクト〜! 俺と決闘しろぉぉ〜〜!」
王都の魔法学校の校門にて、ハクトに向かって決闘を申し込む少年がいた。ハクトと同じ制服を着て、頭はツンツンの黒髪、右頬に絆創膏が貼られている。
「は、ハクトさん……あの人は」
「あぁ、さっき話した奴だよ……何でここにいるんだ」
ハクトは大きく溜め息を吐きながら頭を押さえる。漸くこんなバカなイベントが終わったかに見えたのに、こうして奴が目の前に立っている。
「あんたの知り合いって、こんなのばかりなの?」
シャーリーは呆れた感じでハクトに訊くが、ハクトは首を横にゆっくり振って断じて違うと答えたかった。
「どうしたぁ〜!? 俺っちに恐れをなしたかぁ〜!? にゃぁははははぁ〜!」
相手はハクトの様子に気付かず高笑い(なのか?)をする。そして、漸くハクトは目の前の現実に目を向ける。
「おい! 何でここにいるんだよ!? 長谷部虎之助!?」
長谷部虎之助。前回の話通り、三年前からハクトに勝負を挑んでいる少年である。何故ハクトに勝負を挑んでいるのかは、ハクト自身にも身に覚えがない。いつの間にか勝負を挑まれて、前述通りあっさり勝ってしまってから、こうしていつも勝負をしてくるのだ。
「ふっ、違うな……俺っちの事は、タイガーと呼べぇ〜!」
虎之助はハクトを指して叫んだ。背景にはデフォルトの虎が『がお〜』と叫んでいる様に見えるぐらい。だから、関わりたくないのだとハクトは目を逸らす。だが、あいつがあそこにいる以上、無視して学校に入る事は出来ない。だから相手をしなければならない。そして、ハクトが一番気になっている事を訊いてみる事にした。
「虎……いや、タイガー。何でお前がここにいるんだ。東の国にいるんじゃなかったのか」
「愚問だな。俺っちは今日から、ここの生徒になったのさ」
「……はぁ!?」
何故にそんなバカな事をしたんだ、こいつはとハクトは目を疑う。学力的に考えて、こいつが王都の魔法学校に入る事は出来ないはずだ。バカだからだ。
「東の国で御四十七家の長谷部家であるこの俺っちの名を使えば、簡単だぜ」
「裏口入学かよ!?」
ハクトの様に外部入学する人は、必ず入学試験などをして、正規の入学手続きをしなければならなかったが、虎之助はそれらを一切せずに、家の権力を使って裏から手を回して入学してきたのだ。
だが、虎之助の言ったとおり、彼の家は東の国では47の旧家が揃って作られた御四十七家の一つで、これらが東の国を動かしているのだ。言うのなら、彼はお殿様みたいな奴だと思ってくれればいい。
「あいつ、バカじゃないの?」
「シャーリー、それはハクトさんも分かっていると思いますよ」
「……お兄ちゃん、かわいそう」
話にあまり付いてきていないクリス達だが、彼がどんな奴なのか理解は出来た。
「だいたい、そこまでして何でここに来た。こんな遠い所まで来て何が目的だ」
ハクトの様に入学手続きのミス(黒狐の策略だとハクトは思っている)でもなければ、こんな東の国から遠い王都の魔法学校に来るはずがない。
「それこそ愚問だぜ。それは……」
「それは……?」
「お前に会う為に決まっているだろう〜〜!」
虎之助がそう言った瞬間、時が止まった様にみんな動かなくなった。ハクト達の出来事を見ていた生徒達も、それを無視して学校に入っていく生徒や保護者まで、そしてハクトやクリス、シャーリーにミントまで時間が止まっている。
そして、最初に動いたのはハクトであった。ハクトは身震いして、後退りしてしまう。
「お、おおお……お前はアホかぁぁぁぁ〜〜! 絶対誤解されてしまうだろう! そのセリフは異性の子に言いやがれ! 同性に言ったら確実にソッチ系だと思われてしまうぞ! だいたい、俺までソッチ側だと思われてしまうじゃないか!? 違う! 俺は断じて違うから、そこは絶対誤解しない様にして下さい!」
ハクトは爆発して大声で怒鳴りつける。しかし、野次馬の連中はひそひそと小声で言い合っている。
「クリス……こいつとは関わり合わない方が良いかも知れないよ」
「それは出来ないよ。魔法を教えてもらっているのだから」
シャーリーは白い目でハクトを見るが、クリスはハクトの事を何とか信じようとしている。ミントはニコニコと笑っているだけである。
「と言うわけで、俺と決闘だぜぇ!」
「何がどう言うわけなんだよ!? 馬鹿馬鹿しい。もう付き合ってられねぇぜ」
ハクトは今後こいつとは二度と口を交わさない事を決めて、校門に向かおうと思った。それに、ここで奴の言うとおりに勝負をしてしまったら、それこそ大問題になってしまい、他の連中から変な目で見られ続けながら学校生活を送る事になってしまう。それだけは何としても防がないといけないとハクトは思って、あらゆる災害を起こそうとしているあいつとは、もう関わらない事にした。小学校時代はかなりやんちゃな事をしたハクトだが、中学生になって大人になったのだから、平穏な学校生活を目指したいと決めていたハクトである。
「クリス、シャーリー、ミント。さっさと行くぞ」
「えっ? 良いのですか、ハクトさん?」
「良いよ、もう……あいつとは、もう二度と関わらない事にしたから」
「そこは同感。あんな変な奴とは関わらない方が一番だよ」
「……早くしないと、入学式に間に合わない」
ミントの言葉にハクトも時間が気になり通信端末を見ると、8時30分になりかけている。入学式は9時からだから、クラス表を見てその教室に行かないといけないから、急がなければならない時間である。
「むむっ、逃げるつもりか!? 俺っちと戦え!」
「はいはい……勝手に一人で遊んでおけ!」
ハクトは虎之助を通ろうとする。
「待ちやがれ! このシロウ……」
ドカーーーーン!
それは一瞬の事だった。虎之助が何か言おうとした時、彼の後ろで爆発が起きた。いや、違う。一瞬だったから分からなかったが、ハクトは左手を前に突き出している状態で止まっている。そう、ハクトが魔法弾を放って、虎之助の横に通り過ぎて爆発したのだ。
ハクトの目は本気になっている。今のはワザと外したのだ。彼の背中から殺意の黒いオーラが出ていて、暗黒面の騎士の様にコーハーと息をしている。
ハクトの脳内ネットワークで、あの言葉を知っている該当者の検索結果は一人見つかった。いや、今ではクリスやカリムも知っているから三人に訂正された。そして、一番喋りそうな人、つまり我が母親黒狐だと断定するが、家の中ならともかく外に洩らす様な事をしたら、親子の縁をバッサリと切り、今後一切口を利かないと契約(脅迫とも呼ぶ)を交わしているから、黒狐ではない。あの人はかなりの親バカであるから、息子にそんな事されてしまったら、死ぬしかないと言って首を吊るだろう。そして、クリスやカリムも決してそんな事をしないとハクトは解っている。
「貴様……どこでそれを知った?」
「俺っちを誰だと思っている。とある情報屋から聞いたからな。それにしても、お前にそんな秘密があったとは……」
虎之助が言った瞬間、またしてもハクトは魔法弾を放って黙らせた。今度は左右に二発。当てるつもりで撃った訳ではない。これは警告と言っているのだ。
「長谷部……いや、長谷部家……御四十七家だからって、ちょっと調子に乗りすぎたみたいだな。覚悟は出来ているんだろうな」
ハクトは突き出した左腕を戻して、指を鳴らす。
「良いだろう……その決闘、受けてたってやろうじゃねぇかぁぁ!」
最後の方で叫ぶと、ハクトの体から魔力が吹き出した。クリス達や周りの生徒達はその突風に吹き飛ばされない様に体を支える。
「こ、これがハクトさんの魔力ですか!?」
「な、何なのよ、あいつは!? これが私達と同じ中学生の魔力なの!?」
「……と〜ば〜さ〜れ〜る〜」
周りが騒いでいる中、ハクトは左腕に付けているエルに呼びかける。
「エル。システムコード、オン。ただし、魔導服はなし。ガントレットだけだ。右腕はマジックグローブのみで頼む」
そう言うと、エルは光り出して、左腕に白いガントレットが装着され、手の甲にエルのコアが付いている。右腕も魔法で作られた指貫のグローブが装着される。
『エーテル・マテリアライズ。システム、オールグリーン。それからマスターの制服に防護魔法を、靴には身体強化魔法を掛けておきます』
エルは万が一に備えて、制服に魔法軽傷用の防護魔法を掛けて、靴には脚力を上げる身体強化魔法を掛けてから、ハクトに念話で報告してくれた。エルはハクトに勝利を与える為にあらゆるサポートをしてくれる為、ハクトとエルの信頼関係はかなり高い。
「よし、問題なしだ。さぁ、長谷部。こっちは準備出来たぞ。そっちもさっさとマジカル・ドライブを起動させろよ」
「そうこなくっちゃなぁ」
虎之助はポケットから、黄色のカードを取り出す。
「行くぜぇ、ガオウ。システムコード、オン!」
虎之助は自分のマジカル・ドライブ『ガオウ』を起動させる。虎之助の制服が漫画に出てくる番長みたいな裾がボロボロの学ランになり、頭に白の鉢巻が巻かれて、両腕には黄色と黒の縞々のガントレットが装着され、右腕の方には牙に似た爪が出ている。これが虎之助の魔導師スタイルである。
「どうだ、カッコ良いだろう!? さらにグレートアップさせてもらったのさ」
どこかの変身ヒーローみたいね構える虎之助。魔導服をちゃっかり装備している。
『マスター、こちらも装着しましょうか?』
エルは相手が魔導服を装着した事で、こちらも装着するべきではないかと考える。いくら、エルがハクトの制服に魔法軽傷用の防護魔法をしていても、魔導服はそれをさらに超える頑丈な服で、魔導師の戦闘服みたいなものである。だからこそ、こちらも装備するべきだと考えた。
「いや、このままで良いよ、エル。気遣いありがとうね。要はあいつの攻撃が制服の貫かなければいいのだろう。任せろって」
ハクトはエルの力を信じているから、このままで行くつもりである。
「クリス。悪いけど、マントと鞄をしばらく持っていてくれないか」
「あっ、はい。良いですけど……」
クリスはハクトの所に向かい、ハクトからマントと鞄を預かる。
「あの……大丈夫なんですか? あの人は魔導服を着ていますし、危ないですよ」
「心配するなって……それと、この勝負をちゃんと見ておく様に。参考になると思うから」
「わ、分かりました。あの、頑張って下さい……」
「……あぁ、ありがとう」
クリスに離れる様に言ってから、ハクトは虎之助を見て、左腕を前に出して右足を下げて構える。虎之助もハクトと同じ様に構える。
「それじゃあ、始めようか」
「オッケー。行くぜぇぇぇ〜〜!」
先に動いたのは虎之助である。ハクトに向かって突進してくる。ハクトは足元に魔法陣を作り出すと、ハクトの周りに数発の魔法弾が現れる。朝の練習でクリスに見せたものである。
ハクトは引いていた右腕を正拳する様に前に突き出すと、魔法弾が全て放たれた。
「ふっ、甘いぜぇぇ〜!」
虎之助は魔法弾を躱していく。そして、ハクトの間合いに入り、右腕を思い切りぶつけようとする。しかし、ハクトは後ろに下がった。その距離があまりにも長く、虎之助の攻撃は空振りに終わった。ハクトの靴は脚力が上がっているため、一歩の距離がかなり長く取る事が出来る。だから、攻撃を受けるよりも避ける事を選んだ。
「シュート!」
後ろに下がった時に、魔法弾を一つ作ってあって、それを虎之助に狙いをつけて放った。しかし、虎之助は左手を前に出して、シールド魔法を展開させた。それにより、ハクトの魔法弾はシールドにぶつかって消滅した。
「危ない所だったぜ。だがな、俺っちだってパワーアップしているんだよ」
またしても、虎之助はハクトに向かっていく。ハクトは距離を取りながら魔法弾を放っていくが、虎之助に躱され続けていく。そして、ついにハクトと至近距離に入った虎之助は逃がさない様に拳をぶつけようとする。ハクトは右腕を前に出してシールドを張った。
「無駄だぜぇぇ〜! ガオウ! シールドブレイク、発動だぜ!」
虎之助がそう叫ぶとガオウは『了解』と言って、右腕のガントレットについている爪で攻撃した瞬間、ハクトの張ったシールドが、まるでガラスが割れる様な音をして破壊された。ハクトは虎之助の攻撃を両腕で防ぐが、後ろに吹き飛ばされる。何とか地面に倒れない様に踏ん張る事は出来たが、両腕がまるで痺れるような感じがして動かなくなった。
「くっ、シールドブレイクされたか……しばらく動かせないか」
シールド系の魔法が破壊されてしまうと、術者はしばらくの間、痺れる様な感覚が出てしまい、動かす事が出来なくなるのだ。虎之助が使ったシールドブレイクは発動すると、あらゆる防御系の魔法を破壊する事が出来るが、一度使うと術者は防御が取れなくなるので、タイミングを逃したり躱されたりするとカウンターを受けやすくなるのだ。
「どうやら、これで決められそうだぜ。漸くお前に勝つ事が出来るぜ、嵐山」
まだまだ余裕を見せる虎之助に対して、ハクトは少し苦しそうな表情をする。虎之助はハクトに負けた悔しさから長期休みになると山に篭って修行していた。もっと強くなる。あいつには負けられないぜと努力した結果である。なるほど、強くなってやがるとハクトは虎之助を過小評価していたのかもしれない。
「……お兄ちゃん、笑っているよ」
ミントの言うとおり、状況は圧倒的にハクトが不利なはずなのに、ハクトの口は笑っている。
「ハクトさん、どうして……あっ」
クリスは今朝学校に向かう時にハクトが言っていた事を思い出す。
『休みの間に魔法の練習をして、自分はここまで頑張ったんだぞと相手を驚かせようとするのも友達じゃないかな』
「本当に強くなりやがって……正直驚いたぜ、長谷部、いやタイガーさん」
「にゃぁははは〜! 驚いたか!? だが、まだまだだぜ!」
虎之助はしばらく腕が使えないハクトに向かっていく。腕が使えない以上防御も出来ないと考えて攻撃しようとする。
「だが、格闘術が腕だけ思うなよ!」
虎之助の拳を、ハクトは足を使って防いだ。そして、軽くジャンプしてから回し蹴りをする。虎之助は何とか躱す事が出来たが、ハクトは最後にかかと落としを決める。だが、若干距離があった所為で、虎之助に当たる事がなく、地面に直撃する。ハクトがかかと落としした場所にひびが入った。校門前だから当然グラウンドではない。コンクリートの地面にひびが入るなんて、普通ではありえない。
「す、凄い……」
「あ、あそこからかかと落としなんて、普通出来ないぞ」
「……お兄ちゃん、カッコいい」
クリス達だけ驚いていない。見ていた生徒達は驚いてざわざわと騒ぎ出す。「あいつら東の奴らだろう」「あそこって、そんな魔法文化のない所じゃなかったのか」「すげぇぞ、あいつら」などなど囁き合っている。
「くそっ、ちょっと外したか」
「あ、危なかったぜ……脳天直撃する所だったぜ」
虎之助も今の攻撃が当たっていたら、無事ではすまなかった。それだけ、ハクトの攻撃が強かったのだ。
「よし、そろそろ腕も動かす事が出来る様になった」
シールドブレイクされていた両腕を握ったり開いたりして動かす。痺れが切れて、普通に動かせる様になったのだ。
「さて、それじゃあ、こっちからも攻撃させてもらうよ」
そういった瞬間、ハクトの姿が一瞬消えて、虎之助の正面に現れて拳をぶつけようとする。いきなり現れたハクトに驚きながら虎之助は腕でガードする。ハクトの攻撃を受けながらも、虎之助は隙あらばハクトに攻撃する。二人の攻撃は止まる事はなかった。連打連打と打ち続けるハクトと虎之助。
「おぉ、何だか凄い事になっているね」
すると、クリスの隣で聞き覚えのある声が聞こえた。そこには黒狐とカリムがいた。
「く、黒狐さん!? それにお母さんまで!? どうしてここに!?」
「どうしてと言われても、クリスやハクト君の入学式を見に来たのだよ」
「しかも、あれは長谷部家のタイガーちゃんじゃない。ハクトにとっては、いつもの事か」
うんうんと納得する黒狐。
「ねぇ、クリス。そっちの人は?」
黒狐と初対面であるシャーリーとミント。
「えっと、この人はハクトさんのお母さんです」
「さらに付け加えるのなら、この魔法学校のOBでもあります。嵐山黒狐と申します」
「どうも。シャーリーです」
「……ミントです。お兄ちゃんのお母さんなんですね?」
「お、おおおお、お兄ちゃん!? ハクトの奴、いつの間にこんな可愛い妹を作るとは…やるわね、シロウふぐっ!?」
黒狐がシロウサギと言おうとした瞬間、クリスが黒狐の口を塞いだ。
「だ、だだだ、ダメですよ、黒狐さん!? それを言ってはいけません。ハクトさん、凄く怒りますよ!」
そもそも、それが発端で始まった勝負である。そこをクリスが説明すると、黒狐も納得したみたいだ。
「なるほどね。確かにそれで怒るからね、あの子は」
「よく分かりませんけど、どうしてあいつは怒ったのかな?」
「……タイガーがお兄ちゃんに何か言おうとした時に、お兄ちゃんが怒ったんだよね。どうしてかな?」
シャーリーとミントは未だにハクトが怒っていた事に関して、よく分かっていないみたいだ。
「いやぁ、教えてあげたいのは山々なんですけど、言ったらハクトに親子の縁を切られてしまうのよ。ハクトったら、本気で役所まで行って縁を切ろうとしていたからね。だから、こればっかりは……クリスちゃんから教えてもらったら、きっとハクトも分かってくれるわ」
「あ、あの! ハクトさんが嫌がる事なんて、私は出来ません。それに、今でも聞いていると思いますから」
その通りである。ハクトは黒狐が来た事に気付いて、いつシロウサギと言うか聴く耳を立てている。戦いながら、そんな事までするなんて、ハクトにしか出来ない事である。
「ハクトさんは本当にあれは嫌がっている様に見えますので、やはり私の口からは言えません」
「優しい子だね、クリスちゃん。流石カリムの娘ね」
「うふふ、それ程でもないですよ。ほら、あちらも何か動きがありますよ」
カリムの言うとおり、今までの攻防戦を変えてきたのは虎之助の方だった。一旦距離を取ろうとして、後ろに下がって、右腕を引いた。先程の爪がキランと光った。狙いはハクトがシールドを張ろうとした瞬間である。そして、ハクトがシールドを張って防御する体勢に入った。
「今だぁ! シールドブレイク、発動だぜ!」
虎之助がガオウに発動させた。そして、ハクトのシールドを破壊しようと攻撃する。
しかし、ハクトはシールドを張らずに、虎之助が攻撃してくる右腕を、前に突き出していた右腕で捌いて攻撃を躱した。虎之助がシールドブレイクしてくる事を読んでいたハクトは、ワザとシールドを張るフリをして誘ったのだ。そして、シールドブレイクを発動してしまった虎之助はがら空きになってしまった。
そこをハクトは逃さなかった。虎之助の体に何発もパンチを決めていく。魔導服を装備しているから、ダメージはそんなに受けていないけど、流石に何度も喰らうと堪えてきている。
「にゃわぁぁ〜! ま、魔力ゲージが減っていく」
魔導師同士の勝負をする際、マジカル・ドライブから自分の魔力ゲージを脳内で知る事が出来る。それが無くなってしまうと魔導服が消えてしまって勝負に敗北する。
「ま、負ける訳にはいかないぜぇぇ〜!」
気合でハクトの攻撃から逃れる虎之助だが、動きが止まってしまった。何故なら、彼の周りにハクトの魔法弾で取り囲んでいるからだ。
「い、いつの間に……」
「射撃系の魔法弾はコントロールを上手くすれば、この様に操作して相手を取り囲んだりする事が出来るのさ。躱し続けるからだよ」
ハクトは最初の魔法弾から今まで、全ての魔法弾を操作して虎之助を取り囲んだのだ。
「やるねぇ。ハクトは元々射撃系の魔法は得意だから、コントロールとかはすぐに覚えちゃうのよ。それに、あれは基礎として身に付ける技だから、口で教えるよりも実際に見せてあげているんでしょうね」
「そう言う事ですか……」
クリスはハクトからこの勝負をしっかり見ておく様に言われていたが、この勝負は見るだけでも色々勉強する事が出来る。
「さぁ、どうする? お前、まだ何か奥の手を持っているだろう」
ハクトもこれで終わらせる事が出来ないと思っている。虎之助とガオウにはまだ何かあるに違いないと思い、油断は出来ない状態である。
「にゅふっふっふ〜……仕方ないぜ。とっておきを見せてやろうじゃねぇか!」
虎之助は両腕をクロスさせて魔力を上げていく。
「ガオウ、レオパルドモード、リリース!」
そう言うと、右腕にしか無かった爪が左腕にも現れて、爪が一つになっていき、ドリルの様に回り出した。
「ドリルは男のロマンだぜぇ〜!」
両腕のドリルは物凄く回転をし始めて、取り囲んでいたハクトの魔法弾を次々と消していった。
「どこがレオパルドなのか、よく分からないけど……隠し玉は持っていたわけか」
何かあるんじゃないかと考えていたハクトは、エルに指示をする。
「エル、ガントレットに攻撃強化を」
『イエス、マスター。パワーチャージ』
エルはガントレットに攻撃強化を施す。そして、ハクトは左腕を引いて構える。
「さてと、これで決着を付けようぜ、長谷部。ぶっ飛ばしてやるから、覚悟しておけよ」
「そっちこそ、このドリルで貫いてやるぜ」
両腕を引いて正面に構える虎之助。そして、お互い動いた。二人の攻撃がぶつかろうとした。
「そこまでよ!」
二人の間に巨大な剣が降ってきた。それによって、ハクトも虎之助も止まった。それだけではない。ハクトの周りにも剣が現れて動けなくしてしまった。
「これは、剣属性の魔法か……」
クリスの天空魔法と同じぐらい珍しい魔法で、魔法剣などを作りだし、剣を飛ばしたり武器として使用したりする魔法である。
「そこの新入生二人。これ以上学校の前で試合をするのであれば、私が相手になってやるぞ」
校門から誰かがやってきた。肩まである赤い髪に、髪と同じ赤い瞳をして、魔法学校の制服とマントを着ているが、リボンの色が青である。彼女の登場に野次馬の連中が驚いた。
「しゅ、シュナイザー会長だ!」
「中等部二年して、生徒会長をしているA級の天才魔法少女だ!」
男子連中はシュナイザーの登場にカメラを構えて撮影し始める。
「おいおいおいおい! どこのどいつだが知らねぇが、俺っちと嵐山との対決に水を差すんじゃねぇ!」
虎之助は勝負の邪魔をされた事に反感している。
「これは失礼した。私は魔法学校中等部二年Aクラスのライム・シュナイザーだ。今は生徒会長もしている。新入生、お前達は?」
「俺は嵐山ハクトだ。時に長谷部……お前、頭に剣が刺さっているぞ」
「ほへっ? にょわぁぁぁぁ〜! 本当だぁぁぁ〜!」
虎之助の頭に綺麗に剣が一本刺さっている。他の連中はその姿に多少驚いているが、ライムだけは全く気にしていない顔をしている。
「嵐山か。今の試合は中々良いものではあった。しかし、これ以上試合をしてしまっては入学式に間に合わなくなってしまうぞ」
確かにそうだ。時間を見ると、もうすぐ9時になる所である。
「この試合は、私に預からせてもらわないか。また日を改めて試合をさせてやる。それで文句は無いか?」
「……エル」
ハクトはエルにシステムを解除する様に言って、ガントレットやグローブが消えて元に戻った。
「分かりました。自分もこれ以上みんなの時間を取らせる訳にはいきませんので、会長さんにお任せします。ご迷惑をお掛けしまして、申し訳ありませんでした」
ハクトは頭を下げる。いくらシロウサギと言われそうになったとしても、多少暴れすぎてしまった。
「待て待て待てぇぇ〜! 俺っちは納得出来ないぞ! 良いぜ、相手になってもらおうじゃないか!」
だが、虎之助は納得出来ないみたいで、ライムに向かっていく。
「仕方ない奴だ……剣舞」
ライムがそう言った瞬間、空中に魔法剣が次々と現れて、舞う様に剣が飛んでいく。直線に飛んでくるものもあれば、変化して上からも下からも、右からも左かも向かってくる。
「にょっ、にょへ!? な、何だ、これは!?」
その動きは全く読む事が出来ず、虎之助は剣の餌食となった。
「ぎゃぁぁぁぁぁ〜〜!」
虎之助の悲鳴だけが木霊する。それを見たハクトは、彼女はかなり強いと判断した。
「ふぅ〜……今日はここまでにしておいてやる」
何十本の魔法剣が虎之助に刺さっている。それでもまだ生きている辺り、しぶとい奴である。
すると、一本の魔法剣がハクトに向かって飛んできた。ハクトは咄嗟に周りにある一本の剣を右手で抜いて、飛んでくる剣を弾いた。
「ほぉ〜……お前、剣も扱えるのか。中々良い剣捌きだったぞ」
しまったとハクトは後悔する。ライムはワザとハクトの方に向けて剣を飛ばしたのだ。解っていたはずなのに避ければ良かったものの、つい条件反射で剣を使って弾いてしまった。
「ぐ、偶然ですよ。たまたま、剣があったから、つい……」
「隠さなくても良いぞ。偶然でも今のは剣を持つ者しか出来ぬ技であった。そもそも、剣属性の魔法剣は……」
ライムは突然語り始めてしまった。
「あ、あの! 会長さん。そろそろ時間ですけど……」
クリスがハクトの前に出て、ライムの話を中断させる。ライムも時間に気付いた。
「おぉ、そうだった。生徒会長である私が遅刻などしてはならないな。感謝するぞ、ラズベリー」
「い、いいえ……」
「では、私は先に失礼する。新入生諸君、また入学式で会おう」
そう言って、ライムはその場を立ち去った。漸く元に戻ったのだと解った生徒達は次々と校門を潜っていく。
「ハクトさん、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……大丈夫だよ、クリス」
「あっ、血が出てますよ」
ハクトの頬に微かだが切り傷が出来ていて、血が少し出ている。クリスはハンカチを取り出して、ハクトの血を拭いてあげる。
「ありがとう……」
「いいえ」
「……お兄ちゃんとクリス、恋人同士?」
ミントが首を傾げて二人に訊いてきたので、二人は顔を真っ赤にして驚いた。
「いやいや、違うから!」
「そうだよ。まだハクトさんとはそんな関係じゃないから!」
「まだって、いつかはそうなるのか?」
シャーリーから鋭い一発が来て、クリスの顔はさらに赤くなった。
「あ、あわわわわぁぁ〜! え、えぇと……」
「……クリス、顔真っ赤」
「あらあら……ハクト君も隅に置けないわね」
「あの、カリムさん。笑顔ですけど、怒っていませんか?」
ハクトにはカリムの笑顔の裏に黒い気を感じている。先程のハクトと同じ様に顔は笑っているが、心の中では怒りで暗黒面が出ている様な感じである。
「ふっ、流石我が息子ね。やるわね、シロウ……」
言ってしまいそうになって、口を塞ぐ黒狐ではあるが遅かった。
「どうされたのですか。黒狐さん?」
ハクトは笑顔で黒狐に言った。その言葉を聞いて、黒狐は大泣きする。
「いやぁぁぁ〜! お母さんって呼んでくれなきゃ、いやぁぁ〜!」
「大丈夫ですよ。学校が終わりましたら、市役所に行って、自分達の戸籍を変えさせてもらいますので、もう貴女と俺は赤の他人ですよ、黒狐さん」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……もう外では言いませんから、親子の縁を切らないで、ハクト……ハクトが息子じゃなくなってしまったら、生きていけないよ」
「今後一切言わないでくれるかな。ぶちキレるこっちの身にもなってみろ」
「は〜い、反省します」
本当に反省しているのかどうか不安だけど、とりあえずハクトは許してあげた。ハクトはクリスからマントと鞄を返してもらって、マントを羽織った。
「さてと、何だかいきなり大変な事になってしまったけど、行くとするか……」
この先の学校生活が不安になってくるハクトであったが、とりあえず、今は入学式に遅れない様にしなくてはならない。急いで、魔法学校の校門を潜った。