「それじゃあね、クリス! また明日!」
「……お兄ちゃんも、また明日です」
魔法学校前の駅でシャーリーとミントと別れる。シャーリーは別の駅、ミントは魔法学校がある町に家があるから、改札口前で全員別れる事になっている。
「あぁ、また明日」
「また明日」
シャーリーとミントと別れたハクトとクリスは、リラの町行きの魔導列車に乗る。時間はまだ正午を指していて、朝とは違って乗っている人も少ない。
「どうでした? 王都の魔法学校は?」
座席に座っているクリスがハクトに訊いてきた。隣に座るのは何だか恥ずかしく、自分は立っておこうと思ったのだが、クリスに一緒に座りませんかと言われて断りきれずに座っているので、クリスの顔はハクトの肩辺りにあるので、上目遣いで話しかけてくるクリスに少しドキドキしているハクト。
「あ、あぁ……まぁ、色々退屈にはならないかもしれないな」
シャーリーやミントと言うクリスの友達や、まさか王都に来ていた長谷部虎之助、生徒会長のライム・ラズベリーに妹のライチなど、様々な生徒がいる魔法学校。ハクトの平穏な日常は消えたかも知れないけど、それより楽しくなるのは間違いないだろうと思っている。実際ハクトも、この学校を選んで良かったのかも知れないと今更だけど、黒狐に感謝している。まぁ、口には出さないだろう。
「そう言えば、カリムさんが言っていた入学祝って何だろうな?」
「さあ? 一体なんでしょうね?」
ハクトとクリスが早く帰ろうとしたのは、カリムのメールで早めに帰ってきてねと来たからだ。もう少しシャーリーやミントと話をしたかったクリスだが、入学祝と言う事で何かあるのかもしれない。それに祭好きの黒狐がいるから、きっとパーティーか何かをするつもりかも知れない。
「それでしたら、シャーリー達も呼んだ方が良かったのかも知れないですね」
「あっちも家で入学祝してもらっているんじゃないか?」
「そうですね」
そうして色々と話をしているうちに、リラの町の駅に着いた。
「お母さん、ただいま」
クリスの家に着いて、玄関のドアを開ける。鍵は掛かっていなかったので、すでにカリムや黒狐は帰ってきているはずである。
「おかえりなさい、クリス」
玄関でカリムが迎えてくれた。内心、ハクトはホッとした。昨日みたいにまた何かやらかすんじゃないだろうなと思っていたが、どうやら何も無かったみたいだ。
「ハクト君もお帰りなさい」
「えっ、あぁ、はい。ただいま……」
ハクトはこれまで送り迎えの挨拶をした事が無かったから、つい緊張してしまう。
「ところで、うちの母はどうしている? 姿が見えませんけど」
姿を見せない黒狐にハクトは訊いた。
「黒狐なら、台所で料理をやっているわよ」
「なん……だと……?」
ハクトは驚き、通信端末を取り出して119に連絡しようとする。
「こら、そこ! 何、119に連絡しようとしているのよ!?」
すると、キッチンがある部屋から黒狐が顔を出した。どうやら、ハクトの驚く声が聞こえたのだろう。
「黙れ、この台所放火常習犯! もしくは台所で化学実験をしているマッドサイエンティストが! 人の家で爆弾作りをしているんじゃない!」
「失礼ね! そんな事するわけ無いでしょう!」
帰ってくるなり言い合いを始めてしまうハクトと黒狐。お二人もここが人の家だと解っているのでしょうか?
「黒狐、火を止めなさい。本当に119呼んじゃうわよ」
「はっ! そうだった!」
カリムに言われて黒狐は急いでキッチンに戻っていった。
「大丈夫ですよ、ハクト君。黒狐の料理ベタは学生時代から知っているし、私だって家を爆発されたくありませんから」
「やはりそうでしたか……あの人が出来るのは、精々レンジでチンする物や、お湯を入れて3分経つ物だけですから」
「それは料理に当てはまるのでしょうか?」
クリスの質問にハクトとカリムは「ないない」と同時に否定する。
「さて、そろそろ戻らないと、黒狐の創作料理になってしまうから、部屋で待っていてくれるかしら? 入学祝をするから少し時間掛かってしまうかも知れないけど」
入学祝と言う事でカリムはお昼からご馳走を作ろうと張り切っている。黒狐には手伝う程度の事をさせている。本気で一品料理をさせるわけにはいかないからだ。
カリムがキッチンに行ってしまった為、玄関にはハクトとクリスが残った。
「それじゃあ、俺は部屋の片付けでもするか」
まだハクトの部屋はちゃんと整理されていない為、お昼が出来る前に出来るだけ片付けておこうと思った。
「あの、よろしければ手伝いましょうか?」
「えっ、良いのか? 入学式とかで疲れていると思うから、休んでいても良いんだぜ」
「大丈夫です! お手伝いさせて下さい!」
クリスがこんな真剣になるなんてハクトは思わなかった。ここまで言われているのにわざわざ断る事なんて出来ないし、その理由もない。
「分かった。それじゃあ着替えたら部屋に来てくれ」
「はい!」
クリスは二階に上がって自分の部屋に入る。
「俺も着替えないとな……」
ハクトも自分の部屋に入って制服から私服に着替える。上は白と黒のストライプのカッターシャツに赤い長袖の上着を着て、下は藍色のジーンズを穿く。
少ししてから、ハクトの部屋にコンコンとクリスがノックする。制服からいつもの私服に着替えてやってきた。
「入ってきて良いぞ」
部屋にいたハクトから了承を得て、クリスはハクトの部屋に入る。
「ありがとうな。今、部屋のイメージを考えている所だ」
「私は何を手伝えば良いですか?」
「家具とか重い物は俺が運ぶから、クリスはダンボールを開けて中身を出してくれてくれるか。多分、女の子が困る物は入っていないから」
「はい。手袋とカッターは持ってきましたから」
ダンボールを開けるのにカッターナイフは必要だし、手を切らない様に手袋も用意してくれていた。どちらも恐らく必要だと思って、カリムから借りてきたのだ。
ハクトはタンスや本棚等を置いていき、クリスはダンボールを開けて中身を取り出していく。
「これが東の国の本ですか?」
クリスは本が詰まったダンボールを開けて中身を見る。どれも王都では見ない物ばかりであるから、興味でほんの中身も見てしまう。部屋の片付けなどでよく起こるお約束である。だが、ハクトはそんな事で怒る事は無い。別にやましい物は入っていないはずだから。
「魔導書もこんなにあるんですか?」
「殆ど父さんから貰った本ばかりだけどね。必要最低限はこれで何とか出来るだろうと言って渡してくれたから」
「私のお父さんも、よくそこでしか手に入らない本とか送って来てくれるのですよ。今度見せてあげますね」
「あぁ、ちょっと興味があるな。さて、家具はこれでよしっと……」
ハクトは家具を置き終わる。クリスは本棚に本を入れていく。ハクトは雑巾を使って家具を拭いていく。そして、ダンボールを畳んで完成した。学習用とパソコンが置いてある机に回転椅子、テレビデッキに液晶テレビが置かれて、本棚と洋服を仕舞っているタンスに、ベッドの傍に丸型のテーブルを置いてある。
「ふ〜、何とか片付いたか……本当にありがとうな、クリス」
「いいえ、どう致しまして。とても綺麗ですよ」
丁度その時、一階から黒狐が出来たよと言う声が聞こえた。ハクトとクリスは部屋を出て一階に下りていく。
キッチンと食卓があるリビングに入ると、お昼にしては少し豪華過ぎるのではないかと言うぐらいの料理が置かれていた。最早パーティーと言って良いだろう。
「こ、こんなに作ったのですか、お母さん?」
「ちょっと張り切っちゃって……」
張り切りすぎだろうとハクトもクリスも思った。まぁ、祝ってくれるから強く言わないけど……
「そう言えば、カリムさん。入学祝って、これの事ですか?」
「ハクト君の祝いは、これかしらね。クリスはあとでプレゼントを渡すからね」
「プレゼントですか? 一体何をですか?」
「ふっふっふっ……それはお楽しみだよ。さぁ、それじゃあお二人とも座って座って」
黒狐に言われて、ハクトとクリスは自分の席に座る。そして四人が座っていただきますをしてお昼ご飯を食べる。カリムの料理は中々美味しく、ハクトやクリスも食べていく。
「結局、母さん達は学校に何をしに来たんだ? 入学式にも出席していなかったよな。まさか、本当に教師連中をからかいに行ったんじゃないだろうな」
ご飯を食べている途中で、入学式にも顔を出さなかった二人に訊いてみるハクト。
「失礼ね。ちょっと学生時代に、職員室に設置していたトラップがまだ残っているかなと思って、思い切りドアを開けて『ヤッホー! あの落書きまだ残っていますか!?』と言ったぐらいだよ」
「それ、完全にからかっていますよね。カリムさんも何故止めないのですか?」
「だって、黒狐だから……」
カリムは例の物を貰ってクリスの入学式に行きたかったが、黒狐は職員室がある方に向かっていき、ガラリとドアを開けて職員室にいた教師達にさっきの言葉を言ったのだ。黒狐やカリムを知っている教師達は『うわっ、来たよ』と嫌な顔をするが、やはり懐かしく話をしていた。
「それで、黒狐さんの落書きって、まだ残っていたのですか?」
「それがビックリ! まだ残っていたのよ。『桜崎黒狐参上! 夜露死苦!』と天井に書いていたのを残しておいてくれていたのよ。いや、嬉しかったわ」
「残しておくなよ、教師連中……」
ハクトはまだ入学式しか出ていないけど、もう職員室には行かない方が良いかも知れないと思った。
「ハクト君も気を付けてね。中等部の校舎には多分残っていると思うから。黒狐、至る所に落書きしているから」
「まさに隠れミ●○●の様に、隠れて書いているからね。今度探してみたら。結構あるからさ」
「な、なんていう人だ……息子として恥ずかしいぞ」
「シャーリーに言ったら、きっと探すと思うよ」
そんなこんなでお昼ご飯は楽しく喋りながら食べていきます。
「ご馳走様でした」
食事を終えて、一杯のお茶を飲む。
「さて、カリム。そろそろお待ちかねのやつを用意しましょうか」
「えぇ、そうね」
黒狐とカリムはニヤッと笑い合う。また何か企んでいるなとハクトは思った。
「クリス、中等部入学おめでとう。貴女もやっとここまで来て辛い事もあったかも知れないけど、実はついに完成したのよ」
「えっ? 完成って、何をですか?」
首を傾げて疑問に思うクリス。すると、どこからか黒狐がクラッカーを鳴らした。
「おめでとう、クリスちゃん。ついに貴女専用のマジカル・ドライブが完成したのです!」
パチパチと拍手する黒狐とカリム。状況が飲み込めていないのはクリスにハクトである。そして、漸く状況を理解して二人とも驚いた。
「わ、私のドライブですか!? 本当、お母さん!?」
「えぇ、本当よ。知り合いのドライブエンジニアさんに頼んでいたのよ」
カリムはキッチンの奥に隠していた手の平ぐらいの白い箱を持ってくる。
「さぁ、クリス。開けてみて」
「は、はい……」
クリスはドキドキと緊張しながら箱を開けてみる。箱の中には球体の透明な結晶を中心に桃色の透明な結晶が星型に作られている。そして首から掛けられる様に紐が付いている。
「おぉ、綺麗なアクセサリーじゃないか」
クリスの後ろで覗いていたハクトも絶賛してくれている。
「装飾は黒狐がしてくれたのよ」
「任せなさい。この結晶は決して壊れる事の無い最高級の結晶よ」
クリスは箱からそれを取り出した。光で結晶がキラキラと輝いている。
「これが……私のマジカル・ドライブ……」
初等部の頃、何故か自分のマジカル・ドライブが出来なく、それが原因で先日の三人組や今朝のライチみたいにいじめられたりしてカリムに怒った事もあったけど、カリムはちゃんと自分のドライブを用意してくれたのだ。それが嬉しくて涙が零れる。
「あ、ありがとう……お母さん……私……」
「今まで辛い思いをさせてごめんね。でも、貴女の魔法は私やお父さんとは違う資質を持ってしまったみたいで、それを作るのに苦労したの」
クリスの魔法が天空魔法である事を知っていたカリムは、エンジニアのジンに頼んで作ってもらったが、天空魔法自体中々上手くいかず、昔の資料や何やら色々実験していって、今年漸く完成したのだ。
「良かったな、クリス」
「はい……あとでシャーリーやミントに連絡しておかないと」
涙を拭うクリス。
「よし、それじゃあ早速マスターコードを登録してインストールしないとね」
マジカル・ドライブを始めて使用する時は、まずはマスターである魔導師にインストールと言った儀式をしないといけない。それをしなければドライブは動く事は出来ない。
「儀式は庭でやった方が良いね。あ、あとはビデオも撮らないと」
カリムはビデオカメラを取ってこようとする。しかし、クリスは恥ずかしいから止めてと言われる。
庭でクリスはドキドキしながら立っている。手にはドライブを持っている。
「ハクト、しっかり教えてあげるのよ」
黒狐とカリムはビデオカメラを持って撮影している。嫌だと言ったのに、こういう場面は二度と拝めないからと言って押し切られてしまった。よって、儀式のやり方はハクトが教えてあげる事にした。
「良いか、クリス。まずは自分の魔法をイメージして魔法陣を張って」
「はい!」
ハクトに言われて、クリスは自分の魔法をイメージしながら足元に魔法陣を張った。すると、マジカル・ドライブの中心にある結晶が光り出して、宙に浮いた。そして、クリスもまるで宙に浮いている様に身体が軽くなっていく。
『マジカル・ドライブ、インストール開始……マスターネームを入力して下さい』
マジカル・ドライブがそう言い出した。
「え、えぇと……マスターネーム、クリス・ラズベリーです」
「武器と魔導服……えぇと」
「目を閉じて、自分がこれだと思った物を頭でイメージして」
ハクトに言われてクリスは目を閉じる。武器や服と言ってもどんなものが良いのか悩み続ける。
(うん……やはり武器はこれで……魔導服は…可愛い衣装で……これで……)
クリスが頭の中でイメージした武器と魔導服がマジカル・ドライブに入力されていく。
『それでは、私の名前をお願いします』
「付けてあげて。そいつの名前を。自分とこれから一緒に頑張っていくパートナーだからさ」
「名前……そうだね」
クリスはマジカル・ドライブの名前をどうしようか考える。ハクトとエルの様に、これからずっと一緒に頑張るパートナーであるから、ちゃんとした名前を考えてあげないといけない。
「……うん、決めました」
悩みに悩んだ末、クリスはこの名前を付けてあげた。
『ブレイブスター……インストールコンプリート』
魔法陣が光りだして、クリスを包み込む。
「最後にシステムを起動させて。やり方は今朝俺と虎之助がやった事を思い出して、自分なりのやり方をしてみるんだ」
「分かりました。ブレイブスター、システムコード、エンゲージ!」
クリスがそう唱えると、ブレイブスターが起動した。クリスの服が消えて、魔導服に変わっていく。上は白をメインとした長袖のシャツにピンクのベストに赤いリボンを付けて、両手に紺色のグローブを身に付けて、下は白のロングスカートに左右の裾に赤と青のリボンを付けて、靴は白のブーツを履いている。手には長さ約1メートルぐらいの白とピンクの長杖で、先端には星型の結晶が付いている。
「おぉ、似合ってるわよ、クリスちゃん!」
「あぁ、娘が魔法少女として成長する記録はしっかりと撮らないと……」
黒狐やカリムは興奮状態となっている。黒狐は1秒に16連打並みの連写をしている。
『マスター。ブレイブスター、貴女の為に剣にもなり盾にもなります。今後ともよろしくお願いします』
スターが念話でクリスに話しかけてきた。先端の星型の結晶の中心にスターのコアがあり、それから光って会話をする。
「うん、スター。これから、私と一緒に頑張ろうね」
『はい、マスター』
クリスはスターに笑いかける。
「良いコンビになりそうだな、エル」
クリスとスターを見て、ハクトはそう思った。通信端末から『これからが楽しみです』とエルからメッセージが来た。
「よし、インストールも完了した事だし、システムに何か問題がないかチェックしないとね」
黒狐とカリムが、やっとこちらの世界に戻ってきたみたいだ。手の平に魔法陣を出して、クリスの身体をチェックしていく。
「うんうん……何とか完全に一致しているみたいね。ハクトはどう思う?」
「何も問題は無いと思うけど、クリス。少し魔法を使ってみて」
ハクトに言われて、クリスはスターを空に向けて構える。そして、天空魔法の魔法陣を張ると、スターから白いキラキラとした魔法弾が出てくる。
「行くよ、スター」
『了解!』
「シュート!」
クリスは射撃すると、魔法弾はかなり速く飛んでいった。昼間なのに、流れ星が逆に上がっていく様な感じである。
「こ、これは……かなりパワーとスピードが上がっているぞ」
一発だけですぐに分かった。使用した魔力や威力がスター無しの時とは少し違っている。
「それはそうでしょうね。スターはマジカル・ドライブの中で最新型のシステムを使っているみたいだから、きっとクリスちゃんの役に立つと思うよ」
「最新型のシステム? そんなの初めて聞くぞ」
エルのシステムもそれなりに新型を使っているみたいだけど、スターはさらにその上の最新型を使っているみたいである。
「天空魔法自体珍しいから、王都の最新型を使わないと出来そうにないとエンジニアも言っていたから。今はまだ基本フォームしか使わない様にブロックさせてもらっているけど、いつかそれもリリースしてあげるから」
「はい、分かりました」
クリスはスターにシステムを解除してもらうと、私服に戻った。
「気に入ってくれた?」
「はい! ありがとう、お母さん、黒狐さん。あと、これを作ってくれたドライブエンジニアさんにお礼を言いたいのですけど、どちらにいるのですか?」
クリスがそう言うと、黒狐とカリムは顔を見合わせてクスクスと笑う。まだ、この二入はそのエンジニアが実は担任である事に気付いていないみたいだ。
「ハクトさん、今から練習がしたいのですけど、良いでしょうか?」
「そうだな。今からならかなり練習が出来るだろうし、スターとも早く慣れていかないとな。よし、ジャージに着替えてから行こうか」
「はい!」
クリスは上機嫌で自分の部屋に戻っていく。
「ちょっと上機嫌過ぎると怪我するかも知れないから、その辺りはちゃんと言ってあげないとな」
ハクトがそう呟くと、通信端末から『今日の練習メニューは以下の様に組んでみました』と、エルから今日のこれからの練習メニューが書いてある。
「流石、エル。今、俺が考えていたメニューと殆ど同じだよ。そこからピックアップしていこうぜ。いきなり無茶な事をさせる訳にはいかないからな」
『了解です』
ハクトは一度身体を伸ばす。
「ハクト君、クリスとスターの事はよろしくね」
「自分のトレーニングも忘れないようにね」
黒狐とカリムは、クリスの事をハクトに任せてリビングに戻っていった。
「さてと、俺も着替えてくるか」
部屋に戻ってジャージに着替えると、準備を終えたクリスと一緒に練習場所に向かった。
公園に来て、早速準備体操から入って、軽くランニングから始める。
「クリス、ペース上げすぎだ。すぐにバテてしまうぞ」
やはり浮き足立っているみたいで、ペースがどうも乱しているクリス。ハクトはそこを叱ってあげるが、案の定最終的には体力切れを起こして倒れてしまった。
「す、すみません……」
お水をかなり飲んで身体を休める。
「漸くドライブを持つ事が出来て嬉しい気持ちは分からなくもないけど、それで練習を疎かにされてしまっては意味が無いだろう。クリスもそうだけどスターだってまだ初心者みたいなものだから、基礎をしっかり身に付けないといけないぞ」
「は……はい……」
体力がまだ戻らないクリス。変なペースで走ってしまったので、体力回復もかなり遅くなっている。
『申し訳ありません。私はこう言うのはまだ分かりませんので』
通信端末からスターのメッセージが出た。
「エル、スターにある程度の自主練習が出来るメニューを送ってあげて」
ハクトがエルにそう言ってクリスの首に付けているスターに近付くと、エルはスターにデータを転送している。こうする事で、ドライブ同士でデータや情報を転送する事が出来るのだ。
「ほら、クリス。いつまでも休憩しないの。次の練習に入るよ」
「は、はい!」
横になっていた身体を、いきなり立ち上がってしまったので、立ち眩みが来て前に倒れそうになる。
「危ない!」
ハクトは倒れそうになったクリスの抱き締める。
「だ、大丈夫か……?」
「え、えぇと……はい……」
二人とも、頬を赤く染めてしばらくその状態のまま動かない。やがて、状況に気付いたハクトから手を離してあげた。
「あぁ! えぇと……ごめん……その、何と言うか……」
「あ、あぅ〜……その……私こそ……ありがとうございます!」
ハクトとクリスは、まだ少しドキドキしてお互い目を合わせる事が出来なくなっている。
「ま、まだちょっと休憩していて良いぞ! 俺はちょっとやる事があるから!」
そう言って逃げる様に行ってしまうハクト。取り残されたクリスはさっきの事を思い出して、頬だけでなく顔まで真っ赤になってしまう。
『マスター。大丈夫ですか?』
すると、スターの言葉が頭の中から聞こえた。
「えっ? あれ? どうしてスターの声が?」
ドライブと会話する際は通信端末で会話するのが基本なのに、いきなり念話で話しかけられた事に驚いた。
『私は通信端末を使わず、念話で直接マスターと会話する様にプログラムされています。ですので、問題はありません』
「そ、そうなの? スターは本当に凄いんだね……私、ちょっと浮かれ過ぎて、ハクトさんに迷惑を掛けてしまった。でも、ハクトさんは優しくて、つい甘えてしまって。やっぱり私は……」
『マスターはここで諦めてしまうのですか。私の名を忘れてしまわれたのですか?』
「スター……」
『勇気ある星、ブレイブスター。私はマスターの勇気となり、力となります。それを忘れないで下さい』
クリスはスターに名前を付けようとした時、心からそう願った。自分の勇気と力をスターと一緒になって頑張ると決めた。
「うん、そうだったね。ありがとう、スター」
『どう致しまして、マスター』
クリスはスターに微笑むと、周りから魔力の流れを感じた。しかも、自分達がいる所を中心に半径約500メートルぐらいだと思われる。
『あの方が結界の魔法陣を張ったのだと思われます。私達の練習の為にです』
結界魔法は、その中にいる場所と外と遮断させて、中の行動を外に見えなくする。また結界内の空間を弄る事で、そこで壊れた物などを修復する事も出来る。
しばらくすると、ハクトが戻ってきた。
「さて、それじゃあ始めるとするか。まずはスターの武器だけを起動させて」
「はい。ブレイブスター、ロッドスタイル、システムコード、エンゲージ!」
クリスはスターを杖に起動させる。
「そして今朝と同じ、射撃練習から始めるよ」
ハクトの前に魔法陣が出てくると、パソコンのキーボードを叩く様にボタンを押していく。
「今朝みたいに空き缶を使うのではないのですか?」
「結界を張ったから、擬似的な物を構築してあげるんだ」
ボタンを押していくと、約5メートルぐらい先に缶が空中に現れた。
「結界魔法の事は知っていたか?」
「えぇと、結界を張った魔導師の思う様に構築する事が出来る魔法と聞いています。一種のシミュレーションみたいな物だと教えられました」
「そう、外と遮断して自分の世界を相手に引きずり込む事を目的に作られた魔法だけど、魔法練習をするには最適なトレーニングルームだと思ってくれれば良いから。そしてこれの欠点については?」
「外と遮断されていますので、連絡を取る事が出来ないと言う事ですよね」
クリスは通信端末を出すと、『圏外』と表示されている。つまり通信端末で連絡を取る事が出来なくなってしまうのが問題となっている。ただ、相手も結界内にいるのなら連絡は取れるが、ノイズが激しくて聞き取れない事が多い。
「その通り。そして今、俺は結界魔法で空き缶を擬似的に作っている。ただの空き缶じゃないよ」
ポチッとボタンを押すと、浮いている空き缶が動き出した。そしてハクトの周りをグルグルと回っている。ハクトは左手の人差し指を立てて魔法弾を作る。
「今朝は動かない空き缶だったが、今度は動いている物を正確に狙い撃つ」
ハクトは空き缶の動きをよく見て、ここだと思った瞬間魔法弾を放った。そして見事に命中した。空き缶は擬似的に作られている為、魔法弾に当たると消えてしまう。
「少し難しいけど、今朝の練習と虎之助との勝負を思い出して、やってみて」
ハクトはボタンを押すと、また空き缶が現れて、今度はクリスの周りを回り出した。クリスはスターをライフルで撃つ様に構える。
(朝の空き缶練習では、ちゃんと狙えば当たっていました。だから狙いさえしっかりしていれば当てる事が出来る。そして、ハクトさんと虎之助さんの勝負の時、ハクトさんは射撃系の魔法を使っていました。あれは私に動いている物を当てる方法を実践してくれていました)
ハクトが言っていた『この勝負をしっかり見ておく様に』と言う言葉を思い出す。あの勝負でハクトが言いたかった事はちゃんと理解しているクリス。
「スター、お願い」
『了解、マスター』
クリスの足元に魔法陣が張られ、スターの先端から魔法弾が作られる。そして、動いている空き缶を目で追って狙いをつける。
「……っ! シュート!」
クリスは狙い付けて魔法弾を放った。魔法弾は真っ直ぐ飛び、空き缶を貫いて爆発させた。
「やるね。ならば……」
ハクトはニヤッと笑うと、空き缶を5個作り出した。しかも、動きはさっきより速い。
「さて、連続で撃ち落してみろ」
「はい!」
クリスは今朝のミスを忘れない様に心をしっかりと保つ。動いている空き缶を正確に狙い付けて魔法弾を連射で撃ち続ける。すると、当たりそうになった空き缶が急に方向を変えて躱されてしまう。
(失敗……いいえ、ここは……)
一発外したからと言って、心を乱さない様にして次の魔法弾を使ってその空き缶を撃ち落した。そして5個の空き缶全てを撃ち落した。
「オッケー! やれば出来るじゃないか、クリス! スターも中々良かったよ」
「ありがとうございます!」
『サンキュー』
自分がここまで出来る様になった事に嬉しさを感じるクリス。
「さて、それじゃあ次のメニューと行くか」
「はい」
その後、ハクトはクリスに防御の仕方や回避方法など教えていく。途中休憩などを挟んで身体を休ませたりしている。
そしてもうすぐ夕方になる時間帯になった。
「さて、今日最後のメニューをやるぞ」
「最後ですか? 一体何をするのですか?」
最後のメニューを聞かされていないクリスだが、ハクトはニヤリと笑った。
「今日やった練習のお浚いを兼ねて、俺と模擬戦だ」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇ〜〜!?」
最後はハクトと勝負する事にクリスは驚いた。
(続く)