王都シャインヴェルガ東にあるジェミニの町。古き文化が残っている町で魔法とは少し離れた町である。
そこに一軒の道場があり、『キャラメル流道場』と書かれている。魔法拳法の道場ではないが、一般の格闘技を習いたいと言う人はたくさんいるみたいで、中には男女共に賑わっている。
その一角に天井に吊り下げている黒いサンドバックを前に構えているシャーリーがいた。白い道着を着て、黒いグローブを両腕に付けている。
「はぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
気合を入れた右ストレートをサンドバックにぶつける。強く揺れるサンドバックに何度も何度も拳をぶつけていく。そして最後には魔力を使って足元に三角型の魔法陣を出して、右腕に力を溜める。
「てりゃぁぁぁぁ〜〜!」
渾身の一撃を放つと、サンドバックは天井に当たるぐらい大きく飛んだ。
「ふ〜……よしっ!」
今のは中々良かったと思っているシャーリーの目の前に、サンドバックが襲い掛かってきた。当然である、天井に吊るされていたサンドバックは振り子の様にしてそのままの力で戻ってきたのだ。気付くのが遅かったシャーリーは、サンドバックにぶつけられて吹っ飛んだ。
床が東の国から取り入れた畳という物を敷いていた為、倒れてもそんなに大きな怪我にならなくて済んだ。
「いったぁ〜……」
腰を打ったみたいにそこを擦るシャーリー。
「大丈夫、シャーリー?」
シャーリーの後ろに、30代ぐらいの女性が立っていた。シャーリーと同じ金髪にウェーブを掛けている。
「ママ……ありがとう」
シャーリーは母親からタオルを受け取る。
彼女の名前はマリー・キャラメル。シャーリーの母親でこの道場では師範代もやっている。子供達に格闘技を教えてあげている。
「もうすぐ終わりだから、先に着替えてきなさい」
「はい」
道場の奥にある更衣室に入ると、シャーリーの通信端末が光っている。どうやら、メールを受信しているみたいだ。シャーリーはメールを開くと、クリスからのメールだった。しかも、受信元はシャーリーとミントに同時に送っているみたいである。
『シャーリー、ミント、こんにちは。実は今日お母さんからマジカル・ドライブを貰ったの。この子、名前はブレイブスター。やっと私もドライブを持つ事が出来る様になってすごく嬉しいです。明日ちゃんと紹介するね。それでは、これで失礼します』
クリスのメールはこれで終わっている。
「そうか。クリス、やっとドライブを持つ事が出来たんだ。んっ?」
すると、シャーリーの通信端末が震えた。この震え方は着信で相手はミントである。通話ボタンを押すと、画面にミントの姿が映る。
「もしもし、ミント?」
『……もしもし、ミントです。クリスのメールは見ましたか?』
どうやら、ミントもさっきクリスのメールを読んだみたいで、シャーリーにも連絡しようと思って電話してきたみたいだ。
「うん、さっき見たよ。クリス嬉しそうだったね」
『……それで、連絡を入れようとしているのですけど、受信してくれないのです。何か知っていますか?』
「えっ? 連絡が取れないの?」
シャーリーとミントは知らないだろうが、クリスは今、ハクトの張った結界魔法の中にいる為、外からの連絡は遮断されているのだ。
「今日やった練習のお浚いを兼ねて、俺と模擬戦だ」
「え、えぇぇぇぇぇぇ〜!?」
クリスは驚いた。
「ど、どうしてですか!? ハクトさん、強いですから、勝てませんよ」
「勝ち負けの問題じゃないさ。今日やった事の復習をするのさ。もっとも毎日はしないよ。週に一回だけだから」
「そうなのですか?」
「それに実戦で応用力もつけられるかも知れないからね。と言う訳で、エル。システムコード、オン」
黒のブレザーに白いコートを羽織って、黒のズボンを穿き、両腕にエルのコアが付いた白いガントレット、足には銀のグリーヴを履いている。
「ほ、本気でやるのですか?」
「多少は手を抜いてあげるよ。魔力ゲージを50パーセントまで下げて、射撃系の魔法しか使わないようにするから」
ハクトは自分の魔力に制限を与えて両腕を動かす。多少身体が重くなって動かしにくくなった。
「今日やった射撃、防御、回避をどう使うかを思い出して、どう言う時に使い、応用していくかが課題だ。ほら、クリスも着替えて」
「あ、はい! スター、システムコード、エンゲージ」
「一つ言っておくけど、勝ちたいと思わない事。クリスはまだまだ雛鳥みたいなものだから、そんな事を考えていると油断してやられてしまうから。自分の出来る範囲で自分の力を知る事。それがこの模擬戦の大事な事だから」
「はい。スター、頑張ろうね」
『はい、マスター』
「それじゃあ、制限時間は5分。魔力ゲージが0になったり、戦闘続行不可能になったら終了だ。カウントが0になったらスタートだ」
ハクトはお互いの間に魔法陣を出して、10カウントさせる。カウントは数字が減っていく。
『5…4…3…2…1…0!』
カウントが0になった瞬間、ハクトは足元に魔法陣を張って、魔法弾を数個作り出す。クリスもスターを構えて魔法陣を張って、魔法弾を作っていく。
「「シュート!」」
そして、同時に魔法弾を発射させる。数はハクトの方が多いが、スピードはクリスの方が速く、ハクトの前で次々と魔法弾同士がぶつかり合って爆発する。ハクトは爆発で起こった爆煙に視界が見えなくなってしまう。クリスは数で負けている為、残った魔法弾がクリスに襲い掛かる。
「焦らずに……撃ち落す」
クリスは数で負けている事を解っているから、必ず残った魔法弾が来ると思って狙いを魔法弾に向けて魔法弾を撃っていく。そしてクリスに当たる前に全弾撃ち落した。
「スター、ハクトさんの次の攻撃に備えて、防御陣を展開」
『了解です』
ハクトに教えてもらった防御陣を作る。シールド系の魔法を自分の前方に三つ設置する。
視界を遮られているハクトは、クリスの魔力を探知する。そして左腕に少し大きめの魔法弾を作り出す。
「クリスは今いる場所から動いていない。なら、行くぜ!」
構えていた左腕を前に突き出して魔法弾を発射させる。威力を上げた魔法弾で、今のクリスには撃ち落す事は出来ないはずだと思っているハクト。その魔法弾に煙が晴れていき視界が見える様になると、ハクトの魔法弾はクリスの張ったシールドで押さえられている。
「やるね……っ!」
ハクトは何かを感知してその場から後ろに飛ぶと、さっきまで立っていた所にクリスの魔法弾がやってきて、魔法弾同士ぶつかり合った。そのまま立っていたら直撃を喰らっていた。
「なるほどな。木に隠れていた伏兵と言う奴か」
クリスは防御陣を張った後、ハクトの裏を掻こうと周りの木の中に魔法弾を撃って隠していた。そして、ハクトが攻撃してくる時と同時に隠していた魔法弾をハクトの横を狙った。
「外した……やっぱりハクトさんとは正面から」
『狙い撃つ』
クリスは作った魔法弾を全弾発射させる。いつの間に作ったんだと驚くハクトは躱し続ける。
「あいつ、あんなに魔法弾を撃てる様になったのかよ。凄いな……」
感心しながらも躱していくハクト。弾幕のスキマを見つけて、魔法弾を放つとクリスが張ったシールドが魔法弾を押さえた。
『良い読みですね、クリス嬢は』
「あぁ、これはうかうかしていられないぜ。来るぞ、シールド展開」
ハクトはクリスが放った弾幕をシールドで全て防いだ。カウンターで射撃系の魔法弾を放つが、クリスも躱してから魔法弾を撃つ。クリスの魔法弾の方が、スピードが速くてハクトはギリギリで防御したりする。
「スター、このまま押し切るよ」
『はい、マスター』
クリスは数発の魔法弾をハクトに向けて放った。すると、ハクトのスピードが上がり魔法弾を次々と躱していく。そしてかなり距離を取ったハクトは左腕を頭の位置まで挙げて、右腕を真っ直ぐ前に突き出す。ハクトの前にかなり大きな魔法陣を張ると魔法弾を左腕の上に溜めていく。
『待って下さい、マスター! それは!?』
「ソニックバースト!」
エルが止めようとするが遅かった。ハクトは溜めた魔法弾を左腕と一緒に前に突き出すと、大きなレーザーを放った。
「えっ!? これって!」
『マスター! 避けて下さい!』
クリスとスターも危険だと感じて、急いで避ける。レーザーは結界にぶつかって消えるまで続いた。地面や障害物を全て薙ぎ払ったレーザーを撃ったハクト。
「……あっ、やべぇ〜」
漸く自分がやらかした事に気が付いた。
ハクトが使った魔法は射撃魔法の一つで、大砲クラスの威力を持つ砲撃魔法『バースト』である。魔力もかなり使うが威力も高く、当たれば相手に相当なダメージを与える事が出来る。
「ごめん、ごめん……つい本気で撃ってしまった。もう使わないから」
「だから悪かったって……あの状況を打開するにはこれしかないと考えてしまって、無意識にやってしまったんだ。それに……今のでちょっと魔力使い過ぎてゲージがかなり減ったぜ」
ハクトは自分の魔力ゲージを見ると、今の攻撃で相当魔力を使ってしまった。中学生が砲撃魔法を使うと身体に負担が掛かるから、あまり使ってはいけない魔法である。
ハクトが疲れてきている事に、クリスも気付いている。だけど、クリスも射撃魔法をかなり使っていたから、こっちも魔力ゲージが大分無くなっている。
「魔力配分も今後の課題にしないと……」
『あと少ししか撃てません。ここからは慎重に防御に徹してカウンターを狙いましょう』
「そうだね……」
クリスは防御の構えをして、ハクトの攻撃に備える。ハクトの方は既に攻撃態勢に入っている。
「クリスの事だ。恐らくはここはあれで来ると読んでいる。だからこそ、使うぞ、エル」
『もちろんです。私はマスターを信じています』
ハクトとエルはクリスの行動を読んで魔力を溜める。
「行くぜ、エル! シールドブレイク、シュート!」
ハクトはエルの使えて、シールドブレイクを発動させて魔法弾を放った。クリスはしまったと気付いたが、シールド魔法を張って、防御体制に入ってしまった。結果、シールドブレイク状態のハクトの魔法弾は、クリスのシールドを破壊してクリスに直撃する。魔法弾に当たったクリスは吹き飛んで倒れる。倒れたクリスはシールドブレイクを喰らってしまった為、しばらく身体を動かす事が出来なくなってしまった。
『申し訳ありません、マスター。私のミスです』
「ううん……スターの所為じゃないよ……くっ、動けない……」
痛みは無いけど、身体が動かそうとすると重く感じて動かせない。
「残念だったな、クリス」
倒れているクリスの所にハクトがやってきた。
「時間ももうすぐ終わりだけど、クリスの戦闘不能と言う事で、模擬戦はここまでだ」
時間は4分15秒で止まっている。あと少しで終わる所だったみたいで、クリスは悔しかった。
「防御に徹するのは良いけど、相手がシールドブレイクを使ってくる可能性もあるから、そこは気を付ける事だな。エル、クリスの身体を回復させてあげて」
エルがそう言うと、倒れているクリスに白い魔法陣が現れて、クリスの身体が軽くなっていく。エルが使ったのは回復の魔法『リカバリー』と呼ぶ。魔導師の体力や傷を癒す事が出来る。
「これ……ミントと同じ治癒魔法ですね……とても温かいです」
「へぇ、ミントも使えるのか」
「はい。あ、もう大丈夫です」
ゆっくりと身体を起こして立ち上がるクリス。
「いいえ。実戦ではそんな事で文句は言えませんので。それに何と言いますか、ちょっと楽しかったですから。スターと一緒に頑張って、ハクトさんに教えてもらった事をしっかりと出来る様になりましたから」
こんなにも楽しく試合が出来て、クリスは嬉しく思った。
「ハクトさん、これからもよろしくお願いします」
「えっ? あ、あぁ……俺もそんなに教え上手じゃないけど……こちらこそよろしくな」
こんなにも感謝された事が無いハクトは、少し頬を赤くする。
「さて、今日の練習はここまでにするか。あとは筋肉痛をしない様に柔軟をしてあがるか」
「はい」
ハクトは結界魔法を解除すると、辺りは夕方から夜になる時間帯になっている。そして、クリスの通信端末からメールの受信音が鳴りだす。
「あ、そうか……結界の中にいたから、外からのメールが受信出来なかったんですよね」
結界の事を思い出したクリスは通信端末のメールボックスを見ると、ミントとシャーリーから何回かメールが着ていた。
「シャーリーとミント、怒っているかな?」
「まぁ、あとで電話してあげたら。事情を話してあげれば納得してくれると思うから」
「そうですね。あとで電話しておきます」
こうして、長かった入学式の日が終わっていく。
(続く)