入学式が終わって数日が経ちました。
それまでの間、新入生歓迎会や色々な催しがあったりして、先日から授業も開始されました。一つ授業に50分の時間、休憩時間が10分、お昼の時間のあと、午後の授業、そしてHRで一日は終了する。
そして本日のEクラスは午前中に魔法実技の授業が行われる。中等部になって始めての実技である。中等部専用のグラウンドに集合する事になっている。
「よ〜し、燃えてきたぜぇ!」
長谷部虎之助が背中から真っ赤な炎が出ている様な感じで燃えている。まだ春先で気温は寒いはずなのに、学校指定の青のジャージを着ずに白い体操服に青の短パンを穿いた状態でいる。
「お前、寒くないのか?」
ハクトでさえ、今日は寒くなると知っていたからジャージ姿でやってくる。
「俺っちはいつだって燃えているんだぜ」
「はいはい……お前の場合は萌えているの間違いじゃないのか?」
ハクトは軽く冗談を言ってあげて、周りを見る。すでに何人かの男子が集って、授業が始めるまで喋っているみたいだ。女子の姿は無く、恐らくまだ着替えているのかも知れない。
「そう言えば、実技の教師って今年変わったって聞いたけど、どんな教師が来ているんだ?」
「確か昨日、BクラスとDクラスが合同でやっていたぜ。あの疲れきった表情を見ると地獄だと思うぜ」
「あぁ、そう言えばあの表情はそう言えるのかも知れないな」
ハクトも昨日BとDクラスが実技の授業をやっていた事は知っていた。授業が終わって教室から戻っていくかられを見る事が出来たけど、殆ど魂が抜けている様な感じで、とぼとぼと教室に入っていく彼らを見てそんなにきつい教師なのかと思った。
「すみません、お待たせしました」
すると、クリス、シャーリー、ミントがやってきた。三人もハクトと同じジャージ姿だが、ミントだけ下は紺のブルマだけである。
「ミント、寒くないのか?」
「……大丈夫だよ。ミント、元気だから」
「いや、下のジャージも穿いてくれないか? どっかの誰かさんが変な目で見ているから」
その視線はハクトにも気付いていた。虎之助がミントのブルマ姿に感動の涙を流しているからだ。
「俺っちは今、猛烈に感動しているぜ!」
「止めろ、変態……殴られるか、蹴られるか、どっちが良いか?」
「何を仰っていますか、同士よ!? 男たる者はこれを感動と言わずに何だと言うのだ! 萌えの三大神器の一つにして、今では絶滅しかけていると言われている紺のブルマだぞ! それを装備するだけで萌え度が75%アップして、男達を魅力していく。しかも、ミントちゃんの様な可愛い子が穿いているなら尚更だ! ロリ、ブルマのアビリティが付きと来た。これだけでもう俺っちのライフは0になってしまうぜ!」
「だったら、今すぐ0にしてやるよ。シャーリー、蹴りは任せた」
「了解!」
「「せいやぁ〜!」」
ハクトは顔面にストレート、シャーリーは背中にタイキックを虎之助に喰らわせる。
「ひでばっ!」
前と後ろから攻撃されてしまった虎之助は、ハクトに胸倉を掴まれて、その場で倒れる事は出来なかった。
「ただでさえ、俺とお前はここでは珍しがられていると言うのに、あまり国のイメージをぶち壊す様な事をするな。俺まで同類だと思われてしまうだろう」
「そ、そんな事言っても……実際、お前だって、ミントちゃんのアレにドキッとしたはずだろうが……」
「っ……」
それを言われてしまうと否定は出来ないハクト。実際ミントのブルマ姿に多少戸惑っている。虎之助がオーバーに理性を失ってくれていたから、ハクトは理性を失わずに済んだ。それに、ハクトは直感でミントにその様な目で見てしまったら、クリスが悲しみ、シャーリーからは怒りの制裁を喰らわされるかも知れないと感じたからだ。
「ハクト……あんたもミントをそんな目で見ていたの?」
虎之助の言葉をハクトは即否定をしなかったので、シャーリーは拳を握る。
「多少はあったけど、虎之助ほどではない」
今更誤魔化す事は出来ないと考えたハクトは素直にそう言うしかなかった。
「ハクトさん、言ってくれましたら、私も……その……」
クリスの大胆な発言に、その場に居る人は固まった。気付いていないクリスは頬を赤くして下のジャージを脱ごうともじもじしている。
「いやいやいやいや、クリス! 待てって! 別に脱ぐ必要はないから! それに今日は寒いから、そのままでいろ! 風邪でも引かれたら、それこそこっちが困るから!」
ハクトがクリスの両肩を掴んでクリスの暴走を止めようとする。このままさせてしまったら、何だか自分がそうしろと女の子に言った様に聞こえてしまうからだ。
「は、はい。分かりました……す、すみません、変な事を言ってしまいまして……」
クリスも自分が変な事をしていた事に漸く気が付いた。
「こっちも悪かった……虎之助、授業が終わったら覚悟しておけ」
「えぇ〜!? 俺っちの所為ですか!?」
「当たり前だろう! この阿呆が!」
ハクトは虎之助にヘッドロックをかける。虎之助の顔が赤から青に変貌するまで締める。
「あ〜ら、あなた達、こんな所に居ては邪魔ですわ」
すると、ハクトとシャーリーにとっては一番聞きたくない声が聞こえた。声がした方を見ると、そこにはAクラスの女王様、ライチ・シュナイザーが他の女子を引き連れてやってきた。彼女の登場に後ろからAクラスの男子達が列を作って、彼女の道を作ってあげる。
「我らがAクラスの女王、ライチ・シュナイザー様のお通りなり!」
男子全員がそう言って、拍手で迎えてあげる。それを心地良く道を通るライチ。後ろにいる女子達もライチに惚れている様に頬を赤く染めながらついてきている。
その光景に呆然としているハクト達Eクラス。完全にAクラスは彼女が支配しているみたいだ。
「そこの最下級クラス! 邪魔だ! ライチ様のお通りだぞ!」
Aクラスの男子達がグラウンドにいるEクラスのみんなをどかしていく。その迫力に彼らは道を譲るしかなかった。
「ま、まさか……今日はあんな馬鹿馬鹿しいクラスと合同でやると言うのか?」
最早ハクトはAクラスを馬鹿の集りだと認識してしまう。奴がここまでするとは思わなかった。
「嫌だよね、あんなのと一緒なんて……」
「あぁ、全くだ」
シャーリーの言葉にハクトも同意である。
AクラスとEクラスの合同実技の授業がまもなく始まろうとしている。しかし、AクラスはEクラスの生徒を見てニヤニヤと笑っている。Eクラスの生徒はただAクラスの生徒に目を合わせない様に、自信を失っている様な表情をしている。
そして、校舎から一人の男が現れた。黒のスーツに、黒髪に少し白髪が見える中年の男がやってくる。
「よし、整列しましたか。まずは自己紹介から始めましょう。私はベルモット・ホークアイ。シャインヴェルガ軍の魔導戦技教官をしている者です。中等部の実技を受け持つ事になりました。よろしくお願いしますね」
ニコッと微笑むベルモット教官に、ハクト達はイメージが違うと思った。もっと怖い人なのかと考えていたけどどうやら違うみたいだ。
「さて、今日はAクラスとEクラスの合同になりましたけど、私は区別するつもりはありません。軍隊でも魔導師のクラスなど関係ありません。皆がそれぞれのスキルを磨いていける様にしていきます。では、まずは準備体操をしてから、グラウンドを軽くランニングをしましょう」
ベルモット教官の指導でまずは準備体操して、そしてグラウンドを5周をゆっくりランニングする。
「いつもハクトさんがしてくれている練習ですね」
「そうだな。でも、あのホークアイ教官って噂とは全然違う人だな」
ハクトはベルモット・ホークアイの事を少し調べていた。それによると、シャインヴェルガ軍の教導隊で魔導戦技専門の魔導師で、かなりの鬼教官と聞いている。彼に指導された魔導隊は最初病院送りにされていたとかそんな噂が流れていた。でも、あのニコニコと笑っている教官を見て、別人の様に見えてしまう。
「まぁ、所詮は噂じゃない」
ハクトとクリスの前を走っていたシャーリーが横に並んだ。さっきまでハクトやクリスは一緒に並んで、前にシャーリー、後ろにミントが走っていたが、シャーリーがスピードを落としてハクト達と一緒のスピードにしている。虎之助は軽くと言っていたのに、全力で5周走り終わっている。
「確かにそうなのかも知れないけど、何だろうな……」
ハクトはあのベルモット教官が本当の姿を隠している様に見えてしまう。でも、そんな事を一々訊く訳にはいかないと思っているから、とりあえずランニングを終わらせようとする。
そして全員がランニングを終えて、ベルモット教官に整列する様に言われて整列する。
「では、嵐山ハクト君、長谷部虎之助君、少し来てくれますか?」
いきなり呼び出しされて少し驚くハクトだが、とりあえず虎之助と一緒に前に出る。
「君達は入学式当日に校門前で試合をしていましたね。少し見させてもらいましたけど、中々素質がありますね。ですから、最初はまずお二人に私と試合をしてあげますよ」
いきなりの試合にクラス全体が驚いた。あのベルモット教官と試合が出来るなんてなど、Aクラスの生徒から色々言われる。
「ホークアイ先生、何故そんなEクラスの下級魔導師にと試合をするのですの? よろしければ、わたくしがお相手させて下さい」
ライチがハクト達に嫉妬して、前に出てベルモット教官に言う。
「申し訳ありませんが、私はこのクラスの日はまず彼らと試合をしたいと思っていましたので。東の国からわざわざ来ていただいた人達ですから」
あっさりと拒否されて、ライチはハクトを睨む。それはAクラスの生徒もそうである。
だが、ハクトは別の事を考えている。こいつらは運が良いと……
「よっしゃあ〜! ハクト、俺っち達の実力を見せてやろうじゃないか!?」
「あのな、冷静に考えてみろよ、お前は……」
いきなり教官と試合をすると言う事は、完全にフルボッコフラグであるとハクトは考えている。だが、断るという事ではない。ハクトもベルモット教官がどんな魔法を使うのか知らないから、それを見るのも悪くないなと思っている。
かくしてグラウンドの左右に分かれるハクトと虎之助、そしてベルモット教官。
「君達は専用ドライブを持って来ているね。では、システムを起動してくれるかな」
実技の授業では一応マジカル・ドライブは持参して来る様に言われていたので、ハクトも虎之助もちゃんと持ってきている。
「よし、行くぜ、ガオウ。システムコード、オン!」
「ほら、ハクト、お前も早くしろって」
「分かったよ。エル、システムコード、オン」
ハクトもエルを起動させる。だが、魔導服やガントレットは装備させていない。普通にジャージ姿にグローブだけにしている。まずは相手の出方を見る為に装着していない。
「では、こちらも行きますよ。ルージュ、アズール」
ベルモット教官は両方の中指に付けている赤と青の指輪にシステムを起動させた。そして、黒スーツから教導隊の軍服、黒と濃い緑が混じった服に変わり、指輪は赤と青の二丁のハンドガンに変わる。
「どうやら、射撃専門の魔導師か」
ハクトはベルモット教官のドライブを見て判断する。魔力を使って魔法弾を撃つタイプや、マガジンに魔力を籠めた銃弾を装填して撃つタイプなど、射撃系を得意とする。
「つまり、接近に弱いという事だぜ。楽勝だぜ」
虎之助の言うとおり、ガンタイプの射撃系魔導師は接近戦に弱い。防御面も弱く、一度接近されると危険であるから後方で長距離支援するのが多い。だが、ハクトは何か違う様な気がする。
そして、グラウンドの中心にカウントダウンが表示される。
「エル……一応相手のドライブをスキャンしてくれ。あいつの事だからしっかり見ておいてくれ」
『解りました、マスター』
ハクトとエルがそう言うと、カウントが0になった。
「先に行かせてもらうぜ!」
スタートと同時に虎之助は前に走り出した。やはりとハクトは思った。虎之助の事だから絶対ススタートと同時にベルモット教官に向かうだろうと考えていた。
ベルモット教官は虎之助に狙いをつけて二丁のハンドガンから魔法弾を撃ちだす。銃弾を入れていない所を見ると、魔力を使っての魔法弾である。虎之助は軽く躱していき、距離を縮めていく。
「もらったぜぇ〜〜!」
打撃を加えられる位の距離になり、虎之助は攻撃をしようと右腕を前に突き出す。
だが、その瞬間、ベルモット教官がニヤリと笑った。
そう言った瞬間、二丁のハンドガンから一丁のマシンガンに変わった。
「ほへっ!?」
「何っ!?」
最初のたち位置から見ていたハクトやいざ攻撃をしようとした虎之助、そしてグラウンドの外で見ていた生徒達も驚いた。
「オラオラオラオラオラ〜〜! ひゃっはぁ〜!」
ベルモット教官は人が変わった様にマシンガンを撃ち続ける。魔力を使った魔法弾が全て虎之助に命中している。非殺傷能力を設定していなかったら、今頃蜂の巣にされていただろう。
しかし、それよりもマシンガンを撃つベルモット教官の表情が、さっきまでとは完全に別人になっている。まるで銃を乱射しているのが楽しんでいるみたいである。
「どうした、どうしたぁ〜! ちんたらしてるんじゃねぇぞ〜!」
ベルモット教官はさらに武器を換装させると、マシンガンからショットガンに変わった。スラッグ弾や炎弾など次々と虎之助に撃ち続ける。
「ま、まさかの二重人格設定とは……」
ここまで来るとハクトはベルモット教官が鬼教官と呼ばれていた理由が理解した。普段温厚な人が武器を持つと凶暴すると言う二重人格。それがベルモット・ホークアイ教官である。
「これで終わりじゃあ〜!」
ベルモット教官はついには自分よりも大きいバズーカ砲を取り出した。
「ファイアー!」
引き金を引くと、ロケットが飛び出して虎之助に当たり爆発した。それを呆然と見るハクト。
「いくら奴でも、死んだな……」
ハクトでも殺そうとしても死ななかった虎之助だ。あれだけやられて爆発までされたらもう死んでいるだろう。いや、死んでなかったら人間じゃない。
「良かった……私達選ばれなくて」
遠くで見ていたシャーリーが安堵の息を吐く。
「……成仏する様に祈りましょう」
「いやいや、死なせたらかわいそうですよ」
祈ろうとしていたミントを止めるクリス。
「時にライチさん。教官と試合をしたがっていましたけど」
ニヤニヤと先程ライチがベルモット教官と試合をしたがっていた事を笑っているシャーリー。
「あら? 何の事ですの? 貴女、夢でも見ていたのではないでしょうか?」
流石のライチもあれほどの実力を持っていたとは思えず虚勢を張る。やらなくて良かったと本気で思っている。
やがて、ハクトの前で焼け焦げた虎之助の焼死体が落ちてきた。
「お〜い、大丈夫か〜?」
ハクトはとりあえず虎之助が死んでいるのか確認する。
「いやぁ〜! 危なかったぜ!」
すると、むくっと黒焦げの死体が起き上がった。やっぱり生きていたかとハクトは舌打ちする。
「とりあえず、その黒くなっているのを何とかしろ。みんな怖がっているから……」
「おう、そうか。何にも見えないと思って、もう夜なのかと思ったぜ」
そんな事あるかとハクトは溜め息を吐きながら、黒焦げの虎之助が回復するのを見ている。
「よし、完全復活だぜ!」
黒く焦げている所を治した虎之助だが、身体中穴だらけになっている。
「身体!? その穴だらけの身体も元に戻せ!? どんな身体をしているんだよ、お前は!? B級ホラー映画並みのゾンビになっているぞ!」
「にゅわぁ〜〜!? 本当だぜ!? いや〜、どうも身体から風がスースー入ってくると思ったら、そうなっていたのか、納得納得」
「冷静に納得してないで、さっさと戻れって言っているだろう!」
「にょべれぇ〜!?」
宙に浮き、地面に仰向けに倒れて気絶する虎之助。魔力ゲージもさっきのハクトの攻撃で0になって戦闘不能になった。
『マスター、トドメをさしてどうするのですか?』
「あっ……」
怒りが静まって冷静になると、ハクトは漸く状況を見る。せっかくの盾代わりになる虎之助を戦闘不能にしてしまう。そして、いつの間にかベルモット教官はハクトにスナイパーライフルを向けて撃とうとしている。
「エル!」
『了解です』
「ショット!」
ベルモット教官が引き金を引き、ライフルの銃口から魔力を籠めた銃弾が飛んできた。どうやら、ハクトと虎之助が漫才をしている間に換装させて銃弾を装填したのだろう。魔法弾よりも威力がある魔銃弾がハクトに襲いかかろうとしている。すると、魔銃弾はハクトの前で止まった。
「ま、間に合ったか……」
ハクトは即座にシールド魔法を張って防御したのだ。だが、魔銃弾を受け止めるのにシールドは一回しか使えない。連続で使うとシールドブレイクされてしまう。それだけの威力があると言う事である。
「オラオラ、どうした嵐山!? そっちが来ないのなら、俺様から行くぜ!」
ベルモット教官の口調も完全に変わっている。ライフルからマシンガンに変えて乱射する。ハクトは脚力を上げて躱していく、魔銃弾を籠めているマシンガンである事を確認しているから、防御よりも回避するしかなかった。
「だが、このまま何もしない訳にはいかないな」
ハクトは高く跳び上がる。マシンガン相手に空中に飛んでしまっては狙い撃ちされてしまうと言うのに。
「もらったぜぇぇ〜〜!」
マシンガンを空中のハクトに狙いを付けて撃った。すると、ハクトの身体は空中で移動して弾幕を回避する。
「ほぉ……中学生の分際で航空術を身に付けていたとは、一体誰に教わったんだ」
航空術とは自分の魔力を使って、空中を自由に動き回る高等魔法で、これを使えるか使えないかで魔導師の力量が測られる事もある。魔導師部隊でも、航空部隊と陸上部隊に分けられているから、航空部隊の方がエリートとして見られている。
「なるほど……東の国にはたまにいるんだよな。君の様な優秀な魔導師は」
「自分は優秀ではありませんよ。現にここではEクラスにいるのですから」
「それは東の国と言うだけで、君が王都出身なら確実にAクラス行きだったのに、残念だよ」
ベルモット教官はマシンガンからロケットランチャーに換装させる。しかも、誘導弾のロケットである。
「行くぜぇ〜! ファイアー!」
ロケットランチャーを発射させて空中に浮いているハクトは避けていくが、誘導弾であるからついてくる。
「ハクトさん、大丈夫でしょうか?」
それを見ているクリスはドキドキしている。あんなのが当たってしまっては一溜まりも無いと見ていても解る。
「何時まで避けられるのかしら? すぐに落とされるに決まっていますわ」
ライチはハクトが落ちる姿を楽しみにしている様に言った。
「そんな事ありません! ハクトさんは簡単には落ちません!」
すると、クリスがライチに突っかかってきた。クリスの怒りの表情にライチは面食らっている。
「ハクトさんなら、きっと何とかしてみせます! 絶対に落ちたりなんてしません!」
「ちょっとクリス、落ち着いてよ」
シャーリーがクリスを押さえる。いつもだったらシャーリーがライチに突っかかってきて、クリスが止める役なのに、今回は逆転している。
そして空中でロケットを避け続けているハクトは、ベルモット教官の姿を見て一つの策を思いついた。
「漫画や映画の様に上手くいくかどうか分からないけど、やってみるか」
ハクトはベルモット教官の所に真っ直ぐ突っ込んでくる。それについてくるロケット。
「なるほど、俺様の所まで突っ込んできて、ギリギリで避けて俺様にぶつける気か。悪くない作戦だが、まだこっちには弾頭は残っているんだぜ!」
ベルモット教官はロケットランチャーに残していた一発分のロケットを発射させた。ハクトがいつか無防備の自分に突っ込んでくる事を予想していて残しておいたのだ。前と後ろから挟み撃ちされている状況だが、ハクトはそのまま突っ込んでいく。
「ここだ、エル!」
『了解です、マスター』
ハクトは前方からやってくるロケットを回転して避けた。そして後方のロケットとぶつかって爆発した。そして、ハクトはまだ残っている後方のロケットと対面する。
「相手がロケットなら、こっちは大砲だ」
左腕に魔法を溜めていき、ロケット全弾当てられる様に距離を取る。そして、ロケット全部を捉えた。
「行くぜ。ソニックバースト!」
ハクトは左腕を前に突き出して、巨大なレーザーが発射された。レーザーに巻き込まれたロケットは全部破壊されていった。
「ひゅ〜、やるぜ……っ!」
ベルモット教官はその様子を見ていたが、すぐにその場から離れた。ロケットの破片が次々と落ちてきたからだ。それを利用したハクトはベルモット教官に左ストレートをぶつける。ベルモット教官は咄嗟にシールド魔法で防いだ。
「つくづく、やってくれるぜ、嵐山。お前の様な奴は教え甲斐があるぜ」
「それは光栄ですね。それで、教官はこの状況でどうやって逆転するつもりですか。換装の構図はもう把握させてもらいましたから」
「そうか、聞かせてもらおうか」
「教官はこの試合で銃器を一種類しか使っていませんでした。換装をうまく使えれば複数の武器を使えるはずなのに教官は二丁のハンドガンにマシンガン、バズーカにスナイパーライフル、そしてロケットランチャーも必ず一回は換装しています。つまり、教官の二つのドライブは一種類しか換装する事が出来ないと言う事です」
この試合をずっと観察していたハクトは、ベルモット教官の行動に不信感を抱いていた。虎之助の時にはハンドガンからマシンガンに、ショットガンまで一々換装していて、最後にはバズーカを使った。両手を使う銃器とは言え、別々の形式にすれば楽なのにそれをしなかった。ベルモット教官のドライブ、ルージュとアズールは銃タイプの武器になるが、二つで一つのセットになっている。だから別々にはなれなかったのだ。
「見事だぜ。良い観察力を持っている……しかし、テストなら45点だ」
「えっ?」
自分なりによく考えて答えたが、ベルモット教官から低い点数だと言われた。すると、シールドで防御している手とは逆の手には、リボルバー式の拳銃を持っている。ハクトは攻撃を中断して撃たれる前に距離を取った。その瞬間、ハクトは何かとてつもないプレッシャーを受けて身動きが取れなくなった。
「俺様が本気でやれば、この様な事が出来ると言う事だ」
ベルモット教官はハクトの周りにたくさんのマシンガンが現れて、ハクトを狙っている。一瞬でも動いたら蜂の巣にされてしまう。
「これが俺様の魔法、インフィニティ・アームズ。ルージュとアズールは確かに二つで一つの銃器しか使えないけど、数は制限されていない。そこを見誤ったな」
ハクトは一種類しか使えないと考えてしまい、数の事に気が付いていなかった。それに最初からハンドガンが二丁で出て来た時に気付くべきだったのだ。ハンドガンは片手で扱える銃で、二丁で持つ事が出来るから、ルージュとアズールがそれぞれその形状なのかと思っていたが、それはベルモット教官が二丁に増やしていたのだ。そこを見誤ってしまったハクトに、ベルモット教官は自らの十八番を出したのだ。
「……ま、参りました」
「うむ、良い判断だ。それは決して恥ずべき事ではないぞ」
「君は己の強さをしっかりと理解しているみたいです。素直に敗北を認める事は悪い事ではない。むしろ称賛に価する行為です。ただ、君が敗北をする時は、自分だけでなく君を信じている者達を失ってしまうかも知れません。現に、君の為に上級クラスに怒った生徒がいたみたいですから」
ベルモット教官は試合を見ていたEクラスとAクラスを見る。クリスとライチが対峙していた所をしっかりと見ていたのだ。
「試合観戦している間に喧嘩するなとは言いませんが、今の試合をしっかりと見ていてくれていますか、あとでレポートを提出してもらいますよ。Aクラスのライチ・シュナイザーさんと、Eクラスのクリス・ラズベリーさん」
「は、はい……すみませんでした」
クリスは頭を下げて謝る。しかし、ライチは全く謝ろうとしない。
「違いますのよ。あちらからわたくしに文句を言ってきたのです、ホークアイ先生。そんな軽い罰ではなく、もっと叱るべきではないでしょうか。ねぇ、皆様もそう思いますよね」
ライチが色っぽく言うと、Aクラスの生徒全員が『そうだ、そうだ!』『Eクラスの分際で生意気なのよ』と怒鳴り出した。その勢いにクリスは一歩下がる。
「ほら、わたくしのクラスもこの様に仰っています。ですから、ホークアイ先生、あのEクラスのドライブ無しの小娘に罰を与えて下さい」
またしてもライチが色っぽく言った。
「……そうですね」
ベルモット教官はそう言うとライチはニヤリと笑った。すると、ベルモット教官はルージュとアズールを起動させて、二丁のバズーカを構えた。
「へっ?」
自分の魅力を増幅させて相手を虜にさせてしまう幻覚魔法。厄介なのは術者が解かなければ解く事が出来ないと言う所である。だが、ベルモット教官はすぐに彼女がその魔法を使っていると理解していた為、効果を受けなかった。幻覚魔法で重要なのは、先にそれを理解する事である。理解していれば幻覚魔法にかかる事は無いが、掛かってからでは手遅れになってしまう。
「撃ち落せるものなら撃ち落してみせろ! 吹き飛べ! ファイアー!」
ベルモット教官はバズーカの引き金を引いて、ロケットを発射させる。
「クリス! スターを起動させろ!」
ハクトは危険だと思って、クリスに叫んだ。クリスはそれを理解して、首にかけているブレイブスターを取り出した。
「スター、システムコード、エンゲージ!」
クリスはブレイブスターを杖にして構える。
「行くよ、ブレイブスター!」
『了解です、マスター』
クリスは足元に魔法陣を出して、魔法弾を二発用意する。ロケットの数も二発、クリスも二発で撃ち落そうとしている。
「ハクトさんが教えてくれた練習を、今こそ……」
ハクトに魔法の練習をしてもらっていたクリスは、ここでその成果を見せる。狙いをしっかりと見て、魔力を籠めていく。
「シュート!」
クリスは二発の魔法弾を発射させた。ロケットよりもクリスの魔法弾の方が速い為に、クリスに近付く前に二発分、撃ち落した。ロケットは空中で爆発する。
「ふ〜……スター、他は?」
クリスは構えを解いて、一息吐いてから、スターに確認させる。
『いいえ、教官のロケットはあの二発しかありません。問題ありません』
「ありがとう、スター。あなたのおかげよ」
『どういたしまして。私はマスターのパートナーですから』
「クリス、凄いよ!」
すると、シャーリーがクリスに抱きついてきた。
「それがクリスのマジカル・ドライブか。カッコいい! しかも、射撃の腕も凄いじゃない」
「……一寸のズレも無かった。とても格好良かったですよ」
ミントがパチパチと拍手をすると、Eクラスのみんなも拍手をする。クリスは恥ずかしくて少し頬を赤くする。
「クリス、大丈夫か!?」
漸くハクトがクリスの所にやってきた。
「はい、私は大丈夫です。スターのおかげです。それに、ハクトさんのおかげでもあります。唐突な事でも、すぐに冷静な対処をする様にと教えてくれたおかげです」
ハクトから射撃魔法で大切な事を教えられてきたクリスだからこそ出来た事である。
「そうか。良かった……」
クリスがちゃんと教えてきた事を覚えてくれて、それを実践してくれた事にほっと安心するハクト。
「いや〜、天晴れですなぁ〜」
「虎之助、いつの間に復活したんだ……しかも、ちゃんと身体中に開いていた穴が完全に塞がっているし」
「ふっ、あんなの俺っちには3分で元に戻れるぜ」
カップラーメンかお前はとハクトは首を横に振りながら溜め息を吐く。
「すみませんでした、ラズベリーさん。ですが、これも彼女の為と言う事でしたので」
ベルモット教官がライチの罰にクリスまで巻き込んだ事を謝る。
「あ、いいえ、先生。私も試合中に喧嘩してしまいましたので、レポートは次までに提出しますので」
「偉いですね。シュナイザーさんも解りましたか? 次までにレポートを提出して下さいね」
「あっ、はははは、はい! わ、分かりましたわ!」
恐怖で身体を震わせながらライチは了解した。その無様な姿にシャーリーは笑いを堪えている。
「見た、ハクト。あいつのあの引きつった顔」
教師、もとい教導隊の魔導師にそれが効くなんてハクトは思っていない。そんな事が出来たら試験なんて楽勝だからだ。
「さて皆さん。長くお待たせしました。これから実技の授業を始めたいと思います」
ベルモット教官が集合させて、授業を始めようとする。まだ開始して10分しか経っていなかったみたいだ。
だが、ハクト達は知らない。これからが本当の地獄である事を……
(続く)