ハクトを追いかけて森の奥に向かっていたクリスは、一本の木に手を置いて身体を休める。

「はぁ…はぁ…はぁ……」

 かなり走った為、息がもう保たなくなってしまった。少し身体を休む必要があるが、ハクトが危ないかも知れないと思うと、また走り出した。

「ハクトさん……無事でいて下さい。スター、魔導服(マジックコート)を」

『了解です、マスター』

 ハクトの無事を祈りながら、クリスは魔導服(マジックコート)に着替えて奥へと進んだ。

 

 魔法少女の正しい学び方
第十話 セブンスターレイ

 

 ブラックウルフは辺りを見渡し、ハクトの匂いを追っている。普通のブラックウルフはあまり人を襲う事は無い温和な性格であるが、警察犬として調教されているブラックウルフは一度敵だと認識した者には容赦なく襲いかかってくるのだ。だから、このブラックウルフは誰かが飼っているペットなのかも知れないのだ。

 ブラックウルフはハクトの匂いを嗅ぎとり、そこに向かうとハクトが立っていた。うーと唸りながらゆっくりと近付いていく。

 ハクトは当然ながら相手がこっちに来ている事など分かっているはずだが、魔法弾を出さずに右腕を背中に隠して立っているだけである。

 そして、ブラックウルフが物凄いスピードでハクトに襲いかかろうとしてきた。

 が、ハクトとブラックウルフがぶつかろうとした時、ハクトは右腕を横に一閃すると、ブラックウルフの右の前足が斬られて倒れてしまう。切断はされていないが動かす事が出来ず、ブラックウルフは立ち上がるのに苦労している。

 一方、ハクトはどこにも怪我をしていないが、彼の右手はまるで剣の刃の様な形をしている。両刃で黒く、刃渡り50cmぐらいの剣で、手の甲の部分には黒い水晶が付いている。

「ちっ、一発で仕留められなかったか……」

 ハクトはさっきの攻撃で倒そうとしたけど、ブラックウルフは危険を察知して少しだけ横に跳んで回避した為、仕損じた。

「こいつは……結構、辛いんだぞ……自我を保つのも…最近…出来る様になったのだから……」

 辛そうな息を吐きながら、ハクトはブラックウルフと対峙する。顔からはかなり汗が出ていて、立つのもやっとの状態に見える。

「何とか、次で倒さないと……」

 ハクトもいつ自我を失ってしまうかもしれないと思い、次の攻撃に備えて構える。ブラックウルフもハクトの攻撃を警戒しているみたいで襲い掛かろうとしなくなった。

 二人の膠着が続く中、遠くから誰かの気配を感じた。

「ハクトさ〜ん!」

 それはクリスの声だった。それに気付いたハクトは驚く。この状態を誰かに見られてしまってはいけない。

「クリス……ヤバい…」

 ハクトの右腕が疼きだした。

「ハクトさん!?」

 クリスがハクトを見つける。ブラックウルフもそこにいて、ハクトの様子もおかしい状態になっている。

「ハクトさん? どうしたのですか、その腕は?」

 ハクトの右腕が黒い剣になっている事にクリスは不思議に思った。

『マスター。あれはドライブが起動しているのです。しかもあれは腕と一体化しているみたいです』

 すると、ブレイブスターがハクトの右腕をすぐに分析してクリスに教えた。

「に、逃げろ……」

 すると、ハクトの右腕がクリスに向けようとする。何とかハクトの魔力で抑えているが、それがいつまで保つか分からない。それにブラックウルフが襲ってくるかも知れない。

「ですが……」

「俺はもう……傷付けたくないんだ……誰も……っ!」

 ハクトの右腕がまっすぐクリスに向かっていく。

「止まれ! 01(ゼロワン)!」

 ハクトの叫びに右腕がクリスの目の前で止まった。そして、ハクトが叫んだドライブはそのまま静かに剣を消していき、元の右腕に戻った。ハクトはその場で膝を折った。

 そのチャンスをブラックウルフは逃さなかった。無防備のハクトの背中から襲い掛かろうとする。

「スター!」

 クリスはブレイブスターに呼びかけて、ハクトの前に立つ。そして、シールド魔法でブラックウルフの攻撃を防いだ。

「す、すまない、クリス……」

 ハクトも自分が助けられた事に感謝する。

「良いのです。ハクトさんは休んでいて下さい。ここは、私が引き受けます」

 クリスはブレイブスターを構えて、足元に魔法陣を張ると魔法弾を数十個作り出す。今、自分のやるべき事はブラックウルフが狙っているハクトを守る事である。

「ハクトさんが教えてくれた事を思い出すのよ……」

 クリスはこれまでハクトから教わった事を思い出す。

 

 それは入学式の日が終わって少し後になる。

 いつもの様に公園でハクトから射撃魔法の練習をしていた時である。クリスは自分の魔法弾をハクトに向けて放つと、タオルで目を隠していたハクトは簡単に避けていく。

「す、凄いです……どうして避ける事が出来るのですか?」

 目が見えていない状態で魔法弾を避ける事が出来る事に驚くクリスに、ハクトはタオルを外しながら言った。

「別に見えなくても、相手の魔力を感じれば良いんだ。そうだな、魔力の気みたいなものかな。それを感じれば、その塊である魔法弾を避ける事は簡単なんだ」

「魔力の気ですか?」

 あまり聞かない言葉にクリスは首を傾げる。

「気と言うのは、言葉では説明するには難しいのだけど」

 ハクトは手に顎を乗せて考える。ハクトもこれを教えてくれた人から聞いてもあまり理解出来なかった。言葉で説明するよりも実際に感じれば良いと言われたからだ。

「そうだな。まずは目を閉じてみて……」

「はい」

 クリスは目を閉じる。真っ暗で何も見えない。こんな状態でハクトは魔法弾を避けたのだとクリスは感心する。

「それじゃあ、ゆっくり身体の力を抜いて、自然と一体になる様に感じるんだ」

「自然と一体になる様に……」

 クリスは身体の全ての力を抜いて自然と一体になる様なイメージをする。すると、風の音や森の声が強く聞こえてくる。まるで自分が自然になった様に。

「その状態で俺の魔力を探ってみろ。今から俺も移動するから、俺の魔力の気を感じるイメージを作ってみて」

 ハクトは魔力を強く放出してゆっくりと歩く。それ行動に目を閉じていたクリスはピクッと動いた。

(どうだ。俺がどっちに移動しているか、分かるか?)

 ハクトが念話(テレパシー)でクリスに話しかけてきた。普通に声をかけては意味が無いからだ。

「はい。ハクトさんが私の左にゆっくりと歩いているのが分かります」

 正解である。ハクトは右に移動しているから、クリスから見れば左に移動しているのだ。

「それじゃあ、今から魔法弾を一発撃つから、その気を探って避けてみろ」

 ハクトは指先に小さい魔法弾を作りクリスに向かって放った。クリスはその気を探って、後ろに下がって魔法弾を避けた。

「よし、よくやった」

「凄いです。こんな事が出来るなんて」

 クリスは目を開けて自分が出来た事に驚いた。

「今のは軽く撃ったけど、本番ではもっと速いからな。それをしっかり探れば、敵の位置や魔力を持った動物の気配も探る事が出来る。目に囚われずに相手の気を探る事もまた基礎だからね」

 

 クリスはハクトに教わった相手の気を探る。ブラックウルフの動きは速くて目で捉える事は出来ないけど、木を探って相手の動きを感じる。

 そのおかげで、さっきからブラックウルフの攻撃を避ける事が出来ている。体当たりや爪で引っかこうとすると、動物はそこに魔力を強く使ってくる。それ探ってクリスは避けたりシールドで防いでいる。

『その調子です、マスター』

「スターのおかげでもあるよ」

 クリスが捕捉出来なかった時は、ブレイブスターが察知してクリスに教えてくれている。

「だけど、やはり攻撃は全然当たらない」

 さっきからクリスの攻撃はブラックウルフに全く当たっていない。魔法弾を方向転換させて撃っても、危険を察知したブラックウルフは瞬時にそこから回避する。

「もっと広範囲に攻撃すれば当たるかも知れないのに……スター、一か八かあれをやってみよう」

『……ハクト様に怒られますよ』

「多分……でも、私とスターで作った初めての魔法。試してみたいの」

『分かりました。それがマスターの願いならば、叶えてあげるのが私の役目です』

 クリスとブレイブスターの意見が一致して、クリスはブレイブスターを前に突き出して足元に魔法陣を張る。

 ブラックウルフはそれが危険だと察知して、呪文を唱える前に仕留めようとクリスに襲い掛かる。しかし、その攻撃をハクトのシールド魔法で防がれてしまう。

「クリス、何をするつもりだ?」

 クリスのやろうとしている事にハクトは疑問に思った。今。クリスがやろうとしている事は教えていないからだ。

「大丈夫です。何とかしてみせます」

 クリスは呪文を唱えながらハクトに笑顔を向ける。

呪文詠唱(スペルチャージ)完了しました』

「うん、それでは行きます!」

 クリスが魔法を発動しようとすると、ブラックウルフの上空に大きな魔法陣が出現する。

「七星光波! セブンスターレイ!」

 クリスは杖を上に上げて振り下ろすと上空の魔法陣から七つのレーザーがブラックウルフに向かって落ちていく。ブラックウルフは避けようとするが、広範囲に放たれている上に落ちてくるスピードが速いから避けきれず、次々とダメージを受けていき、七つのレーザーが全て落ち終わると上空の魔法陣は消えて、ブラックウルフはバタリと倒れた。

 ハクトはクリスの魔法に驚いて呆然とする。

『どうやら成功のようです』

「うん、何とかなったね……」

 魔法を放ったクリスはブレイブスターのコアに向かって笑う。初めて自分で作った魔法が成功した事が嬉しいみたいだ。

「く、クリス……どこでそんな魔法を覚えた」

「あ、えぇと……」

 ハクトの言葉にクリスは慌てる。やはり怒っていると思っているからだ。

「あんな広域型の魔法なんて教えていないはずだぞ。どこで学んだ?」

「その……自分の部屋でスターと一緒にどんな天空魔法が出来るのかを考えていたら、その……セブンスターレイと言う魔法をスターから教えてもらったのです」

 ブレイブスターは、元々天空魔法を使うクリスの為に、カリムやジンから大昔に使われていた天空魔法をインプットされている。だから、その中にある魔法をクリスに教えてあげたのだ。

「そう言うのはまず俺かカリムさんに言え。危険の魔法だったらどうするつもりなんだ?」

「だ、大丈夫ですよ。スターだって危険は無いと言っていましたから」

「そう言う事じゃない。あんな魔法を使ってクリスにもしもの事があったらどうするんだと心配しているんだよ。まだ魔力もそんなに高くないのに、あんなの使ったらすぐに魔力切れしてしまうかも知れないんだぞ」

「う……ごめんなさい」

「まぁ、そのおかげで助かったけど。今度からはそう言う事はちゃんと俺かカリムさんに言う事。いいな?」

「はい。分かりました」

 クリスは反省する。自分の事を心配してくれるハクトを困らせない様にする為に。

「あ、クリス!」

 遠くからシャーリーが走ってきた。その後ろには虎之助、ミント、ベルモット教官もやってきた。さっきのクリスの魔法で二人がそこにいる事を確認してやってきたのだ。

「二人とも、無事か?」

「はい。ご心配をお掛けしましてすみませんでした」

「ごめんなさい。勝手な事をしてしまいまして」

 ハクトとクリスはベルモット教官に頭を下げて謝る。自分達は勝手な事をしてみんなに心配をかけてしまった事を反省する。

「無事で何よりです。ですが、君達にはあとで反省文を書いてもらいますよ。今日中にですよ」

「「はい。すみませんでした!」」

 ハクトとクリスはビクッと身体を震わせて返事をする。笑顔のベルモット教官であるが、裏モードの様な怖さを感じてしまったからだ。

「……これ、お兄ちゃんとクリスが倒したのですか?」

 ミントは倒れているブラックウルフを見ている。まだ息をしているから、死んではいないみたいだ。

「あぁ、殆どクリスが倒したのだけどね」

「じゃあ、あの空に浮かんでいた魔法陣はクリスが作ったの!? 凄いじゃない!」

 あんな魔法陣を作る事に驚き、クリスに抱きついたシャーリー。

「そ、そんな事無いよ。みんなのおかげだよ」

「そうだな。みんながあいつにダメージを与えてくれていたから、何とか倒す事が出来たよ」

 全快の状態だったら、セブンスターレイでも倒す事は出来なかったかも知れなかったが、シャーリーやミントに虎之助がブラックウルフにダメージを与えていたから倒す事が出来たとハクトは思って感謝する。

「それで教官。ここからは出る事は出来るのですか?」

「あぁ、ロックされていた結界も、もうじき消えるだろう。君達も早く戻ってクラスのみんなを安心してあげて下さい。あ、ちょっと待って下さい」

 ベルモット教官は懐から通信端末を取り出して電話に出る。しばらく何か話し合って、了解と言って電話を切った。

「授業は終了して職員室に来る様にと言われたよ。君達も教室に戻って良いよと校長が仰っていましたから、残念だけど、今日はこれで終わりです」

「そうですか。すみません、自分達の所為で」

「いや、君達の所為じゃないよ。シミュレーションにロックをした上にブラックウルフを召喚する様な事が起きたのですから。不運だと思っているさ。それに君達が無事で本当に良かったと思っている。もしもの事があったら、私は自分の頭に銃を撃って自害するつもりでしたから」

「いやいや、教官!? そんな事しないで下さい!」

「俺っち達もそれを止めるのに必死だったぜ。教官、俺っち達に撃ってくれと言ってきたのだから」

「……タイガーは銃を取って撃とうとしていたよ」

「おい……」

 ハクトは虎之助を睨む。いくら冗談でもやって良い事と悪い事があるだろうと詰め寄る。

「シャーリーに何度もボコられたよ」

 だから虎之助の顔に痣がたくさんあったのかとハクトは納得した。そしてナイスだとシャーリーにグッドサインをする。

「とにかく、君達は早く教室に戻りなさい。私は職員室に向かいますので」

 そう言ってベルモット教官は校舎へ向かっていった。シミュレーションの結界も消えて、辺りは普通のグラウンドに戻った。

(あの、ハクトさん。腕はもう大丈夫なのですか?)
 シャーリー達に聞こえない様に、クリスはハクトに念話(テレパシー)で話しかけてきた。

(あぁ、あれはもう大丈夫だ。悪いな、怖い思いをさせてしまって)

(いいえ、良いのですけど。あれは一体何か教えてもらえませんか?)

(……すまない。あれについては教えるわけにはいかないんだ。正直言って、これの事はよく分からないんだ)

(それは一体どう言う事なのですか?)

(いつの間にか……三年前の大事故の時から、このドライブが腕に付いていたんだ。それだけなんだ)

(そうですか……分かりました。そう言う事でしたら、もう何も聞きません。きっと、ハクトさんが辛いのかも知れませんから)

(あぁ、本当にごめん。いつか話せる時が来たら、話すから)

(はい。それまで待っていますね)

 そう言って、念話(テレパシー)を切る。ただ、クリスはあの時ハクトが言っていた事を思い出して考える。

『誰も傷付けたくないんだ……もう……』

 ハクトはきっと、あの力で誰かを傷付けてしまったのだとクリスは思った。それはきっとハクトさんにとって大事な人なのかも知れない。

 

 午前中の授業が終わり、お昼休みの時間となった。お昼ご飯はそれぞれ弁当を持ってきて教室や中庭などで食べるか、大きな食堂で食べるかとなっている。

 ハクト達は、それぞれ弁当を持ってきている人は、クリスとシャーリーだけで、ハクトとミントは用意していないから、食堂で4人一緒に食べている。虎之助は他の知り合いと一緒に食べている。

「それじゃあ、何か買ってくるから、席は頼んだよ」

 食堂の出入り口でハクトとミントは食券を買いに行かないといけないので、席は弁当を持ってきている二人に任せるしかないのだ。

「ああ、ハクト。私とクリスの飲み物もお願いね。私はオレンジね」

 そして、弁当を持ってきていても、飲み物までは用意していないから、注文しに行く人に持ってきてもらうのは普通である。こういう場合は必ずハクトに頼んでくる。ハクトも嫌とは言わないから、とりあえず了解しておく。

「分かったよ。クリスは?」

「私はストロベリーミルクをお願いします」

「オッケー、それじゃあ、行こうか、ミント」

「……はい」

 ハクトとミントは食券を買いに行き、クリスとシャーリーは4人で食べられる席を確保しに行った。

 食券を買う券売機には他の生徒が並んでいる。ハクトとミントはその列に並ぶが、かなり混雑している。流石に初等部、中等部、高等部の生徒がいるから、かなりの多さになっている。

「ミント、大丈夫か?」

「……だ、大丈夫です」

 混雑している中に身体の小さいミントはかなり辛いはずである。前に一度はぐれてしまった事があって、ミントは後ろの方で座り込んでいた事があった。しかも、初等部の時は食券を買えなくて、クリスやシャーリーの弁当を分けてもらっていた事があった。

「ほら、ミント」

 ハクトはミントの手を握ってあげる。

「こうすれば、またはぐれなくてすむだろう。しっかり掴んでおくんだぞ」

「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」

 ミントは嬉しそうに返事をする。

「……お兄ちゃんの手、暖かい」

「そうか? 普通だと思うよ。クリスやシャーリーと変わらないと思うけど」

「……ううん。何か懐かしい感じがしたの」

「懐かしい? ミントには兄弟とかいたの?」

「……いないけど。きっとお父さんと同じかも」

 ミントは、顔は笑っているけど、たまにその笑顔が悲しい時がある。

「ごめん。嫌な事を思い出させて」

「……嫌じゃないよ。今はお兄ちゃんが、こうして掴んでくれているのが嬉しいの」

「そうか。俺も兄弟はいないけど、ミントみたいな妹が居たらいいなと思うな」

「……ミントもお兄ちゃんが、本当のお兄ちゃんだったら良いなと思っているよ」

「う〜ん、うちの母にそんな事を言ったら、即養子縁組の話を持ち込んでくるかも知れないと思うな」

 ハクトの頭の中で、黒狐が『良いわよ! 私も娘が欲しかったから、早速養子にしてあげるよ。今日から私の事はママと呼んで良いからね』と嬉々として養子にする気満々だろうと思った。

 そして券売機の前に来て、ハクトは日替わりサンドセット、ミントはフルーツセット(それは昼ご飯ではないと思うが)を買って、厨房でそれぞれセットを取っていった。あと、クリスとシャーリーの飲み物も買ってきて、クリスやシャーリーがいる席に向かって食堂を歩く。

「クリスとシャーリーはどこだろうな……」

「……シャーリーはよく日の当たる所の席を確保すると思うから、そこを調べた方が良いと思うよ」

 そう言えば、前も日の当たる壁際の席を確保していたなとハクトは思い出す。もしかした、またその辺りにいるかも知れないと思って、壁際を調べていく。

「んっ? 何だ、あれは?」

 すると、壁際の一角で何か人だかりが出来ている。その顔ぶれはAクラスの生徒である。嫌な奴らと出くわしてしまったと思い、踵を返そうとすると。

「良いですよ! その勝負、受けてたちます!」

 その人だかりからクリスの叫び声が聞こえて、まさかとハクトは思った。

「急ごう、ミント!」

「……うん」

 ハクトとミントはその人だかりに入っていった。

 

 ハクトとミントがお昼ご飯を買って行っている間、クリスとシャーリーは席を探していた。

「クリス、あそこの席四つ空いてるよ」

 シャーリーが日当たりの良い壁際にある4人が座れる席を見つけて、即確保した。あとはハクトとミントが来るのを待つだけである。

「それにしても、何でハクトは弁当を用意しないのかな? クリスと一緒に住んでいるのでしょう?」

「えぇ。私も勧めたのですけど、ハクトさんが『一々、俺の分まで作らなくても良いよ』と、うちのお母さんに話していたみたいなの。どうしてでしょうね」

 ハクトはクリスの家に住んでいる事は、すでにシャーリーとミントには話してある。母親同士があんなに仲が良いからそれなりに納得しているシャーリーである。それに朝と放課後に魔法を教わっている事も話してある。どうせ隠していてもバレるのだから、いっその事話しておこうとハクトが言ったのだ。

「でも、何だかクリスがどんどん私やミントより強くなっていくのは嬉しい事だけど、クリスばっかりズルいんだよね」

「何だったら、学校がお休みの時は一緒に練習しない? みんなでやったらきっと楽しいよ」

「本当!?」

「うん、ハクトさんには私から話しておくから」

「やった! 私も強くなれるんだね。今度は私がクリスを守ってあげるからね」

「うん。ありがとう、シャーリー」

 クリスとシャーリーは楽しそうに話していると、その横で誰かが止まった。止まったと言うより、クリスとシャーリーの話を聞いて止まったみたいだ。

「あ〜ら? 貴女達の様なおちこぼれの魔法少女が強くなんてなれませんわ」

 そこにいたのはライチだった。クリスは驚き、シャーリーは嫌な顔をする。ライチの後ろからAクラスの生徒がやってきて人だかりが出来てしまった。

「あのさ、何の用なのよ? あんたには関係ないでしょう」

「わたくしだって、貴女みたいなおちこぼれに用はありませんわ」

「何だってぇ〜!? もう一度言ってみなさいよ!」

「や、止めなって、シャーリー」

 食堂で大喧嘩にさせるわけにはいかないとクリスはシャーリーを止める。

「それに、シミュレーションでタイムが最下位であるEクラス風情が、最高タイムを取ったわたくしに意見でもあるのですよ?」

「はぁ!? バカ言わないでよ! あれはブラックウルフが出てきたから時間がかかっただけでしょう。本当なら私達の方が一番だったのよ」

 午前の授業でCクラスの実技授業も終わって、結果はEクラスが一番になるはずだったが、ブラックウルフの乱入してきた時にタイムも動いていたみたいである。そして結果は他のクラスよりかなり遅いタイムであった。本来ならトップだが、誰かが細工してタイムまで動かしたのだ。

「やれやれ、負け犬ほど遠吠えを吼えますわね。そもそもブラックウルフって何ですの? バウンティウルフを一匹取り逃して、それに戸惑っていたではありませんか。これだからおちこぼれ魔法少女は」

「うがぁぁぁ〜! もう我慢の限界よ! 放しなさい、クリス。一発殴らせろ!」

「だからダメだって言っているでしょう! あまりライチさんの挑発に乗っちゃダメだって、ハクトさんだって言っていたでしょう!」

 クリスは強く羽交い絞めをしてシャーリーを止める。

「ふっ、あの口だけの男に期待しているなんて、Eクラスはとことんマヌケなクラスですわね。あんな東の国から来た田舎魔導師を希望にしているなど、魔法少女失格じゃないですの?」

 お〜っほっほっほっほっほっとライチは高笑いする。その姿にシャーリーは本当に殴りたくなったが、いつの間にか身体が自由になっていた事に気付いた。

 そして、パチンとライチの頬が叩かれた。

「えっ? く、クリス?」

 叩いたのはクリスだった。その目は本気で怒っているみたいだ。周りの生徒もその音に視線を向ける。

「口だけの男……マヌケなクラス……挙句の果てには魔法少女失格だって……そんな事、二度と言わないで下さい!」

 ギロッとライチを睨むクリス。

「なっ、何ですの、貴女は!? わたくしの顔に傷を付けて、高くつきますわよ!」

「痛いですか!? ですが、その程度の事なんてすぐに治りますけどね。友達やクラスを傷付けられた方が、もっと痛いのですよ!」

 クリスは今にもライチに突っかかりそうな感じでライチを睨み続ける。

「クリス・ラズベリー。どうやら、わたくしを本気で怒らせたらどうなるのか、解っていないみたいですわね。後悔させてあげますわ」

「上等です。いつでも相手になってあげますよ!」

「ちょっとクリス!? あんたがあいつの挑発に乗ってどうするのよ!? あぁ、ハクト、ミント、早く来て……私じゃあ、今のクリスを止める事なんて出来ないよ……」

 立場がまたしても逆転した事に頭を押さえるシャーリー。

「言いましたわね。では、こうしません。二週間後に行われるクラス対抗の魔導大会がありますの。それに貴女、Eクラスの代表として出なさい。そしたら、Aクラス代表であるこのわたくしがお相手して差し上げますわ」

 魔導大会とは、それぞれ一人の魔導師がクラスの代表として参加する大会で、全クラスの生徒や教師が観客となり大盛り上がりとなっている。すでにエントリーは行われていて、Eクラスはまだ決まっていないみたいである。クラス全員がハクトの参加を期待しているみたいだが、ハクトは出るかどうか考えているみたいだ。

「それに参加して、私が勝ったら、もう二度とEクラスをバカにする様な事を言わないと誓ってくれますか?」

「よろしいですわ。ただし、わたくしが勝ちましたら、貴女をAクラスに入れてあげますわ」

 ライチが勝った時の報酬がクリスをAクラスに入れると言う事にみんな驚く。ただ一人、当人であるクリスは除いて……

「どう言う事ですか? 何が目的なんですか?」

「あら? 喜びそうな話ではありませんか? 念願のAクラスに行けるのよ」

「私もそこにいる皆さんの仲間になれと言う事ですか?」

 クリスはこの甘い話の裏が見えた。自分が負ければ、Aクラスの生徒の様にライチの言い成りになってしまうと言う事になると理解したみたいだ。

「そう言う事ですわ。わたくしの手となり足となるのですのよ。最高の栄誉ではありませんか?」

「栄誉ですか。ますます負ける訳にはいかなくなりましたよ。そんな事、私にとっては屈辱以外の何物にもなりませんから」

 はっきりと拒否をしたクリス。

「では、受けると言う事ですのね。この勝負を」

「良いですよ! その勝負、受けてあげます!」

 クリスが大きな声で叫んだ。

 

「と言う事があったの。ごめんね、ハクト……」

 ハクトとミントに事情を話したシャーリー。ハクトは今も睨み合っているクリスとライチを見る。なるほど、あいつらしいなとハクトは思った。

「覚悟しなさいね、クリス・ラズベリー。貴女を負かして奴隷になった時、たっぷりと可愛がってあげますわ」

「人形遊びなど、とっくに卒業しておきなさい。私は絶対に負けませんから!」

 バチバチと火花が散る光景。

「はい。そこまでにしなさい」

 すると、騒ぎを聞きつけた生徒会長のライムが生徒会の人と一緒にやってきた。

「お姉様!?」

「ライチ…悪いけど、あとで生徒会室に来なさい。たっぷりと説教してあげるから」

「嫌ですわ、お姉様。わたくしとあの魔法少女の勝負を取り止めになさるおつもりですの?」

「もちろんです。ラズベリーも相手が悪過ぎる。妹にも大会の参加を止めさせるから」

「すみません、会長さん。私も引く訳にはいかないのです。私の大切な友達やクラスを侮辱したその人を許せないのです。だから、はっきりと試合で解らせてあげたいのです。私達の強さを」

 ライムはクリスの覚悟を理解して、ハクトを見る。

「嵐山、君はどうする?」

「俺は最初から止めるつもりは無いですよ。クリスが決めた以上、俺が反対する訳にはいかないからね。それに、俺はクリスを勝たせる為に、最大限の努力をするつもりですから」

 ハクトもまた自分のクラスや友達があそこまで言われて黙っているわけにはいかなかった。だから、本来なら自分が大会に出てライチを倒したかったのだが、クリスに先に取られてしまった。

「そうか……なら、私からは何も言わない。お互いが良い試合にしてくれる事を祈っておきます」

「すみませんね。生徒会の皆さんにご迷惑のお掛けしたみたいで」

「いや、むしろ謝るのはこちらだ。不出来な妹を持つと姉は心配になるのよ」

「……その割にはクリスに勝ってほしいと思っていませんか?」

「……流石だな、ウィリアム。全くその通りだ。少しばかりライチには一度どん底に叩き落さないといけないかも知れないからな」

 ライチのあの性格はライムにも原因があるのだ。ライムがシュナイザーの跡取りとなっている以上、妹のライチは自由にし過ぎてしまった。だからこそ、シュナイザーの名前を使ってやりたい放題してしまったのだ。

「では、二週間後。魔導大会で中等部一年AクラスとEクラスの試合をメインにする。二人とも、異存はないな」

「はい、ありません」

「ありませんわ、お姉様。勝つのはわたくしですから」

「それでは、二人には大会が始まるまで試合をする事を禁止にします。みんなもそれで良いね」

 聞いていた生徒達はざわつく。今年は何だか盛り上がるぞと色々言い合っている。

 

 クリスとライチの試合まで……あと二週間

  

(続く)

 
 

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ハクト「はじめまして。この度は『魔法少女の正しい学び方』を読んでいただき、誠にありがとうございます」
クリス「皆さんに喜んでいただけましたら幸いです」
シャーリー「お疲れ様ね」
ミント「……お疲れ様です」
ハクト「と言う訳で、シミュレーションも終わって、漸く話が進むわけですけど」
シャーリー「今回、クリスが大活躍だったね。ブラックウルフの時やライチの時も」
ミント「……クリスの魔法も出てきたね。カッコよかったよ」
クリス「あ、ありがとうございます。何だか自分の性格が急に変わってきた様な気がしました」
ハクト「だんだん俺の様な性格になってきたよな。他人が傷付けられると自分が前に出て怒る所なんて」
シャーリー「昔のクリスではそんな事は言わないよね」
ミント「……むしろシャーリーより問題を起こしそう」
クリス「ほぇっ!? 私、問題児ですか!?」
シャーリー「それよりも、クリスとライチが試合をする事になったけど、私はてっきりハクトがライチと試合をするのかと思った」
ハクト「いや、俺はあまり公式試合とかには参加しないと思うよ。出るのは君達だけだよ」
クリス「そうなのですか?」
ハクト「俺はどっちかと言うと、裏で何か起こった時に戦うようなものかな。例えば今回のブラックウルフ乱入事件とかは俺が戦ったりしていただろう。でも、大会とか普通の試合とかでは俺は戦わない事になっているんだ」
ミント「……タイガーやクリスとは試合をしていた様な気がするのですけど」
ハクト「あれは模擬戦だからね。ちゃんとした公式記録とかには載らないさ」
シャーリー「つまり、私達がメインの試合をしている間にハクトは裏で何かやろうとしている悪党と戦うという事なの? 影の主役って奴?」
ハクト「一応、俺は表でも主役だと思うけど……」
ミント「……お兄ちゃん。もう時間」
ハクト「そうだな。それじゃあ、今回はここまで」
クリス「はい。また次回お会いしましょう」
シャーリー「それじゃあ、みんな」
ミント「……バイバイ」
 
 
 
 
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