「てりゃぁぁぁ〜〜!」
シャーリーが思い切り右のストレートをぶつける。
「くっ!」
受け役をしたハクトは少し後ろに下がった。シールド魔法に身体強化もしているのに、受けた腕がビリビリと痺れている。
「な、なるほどな。パワーが凄いのは認めるぜ……」
「ふん、どうだ!」
「だが、パワーにばっかり力を使い過ぎて、ちゃんとした魔法拳が出ていないぞ」
「何っ!? そうなの!?」
シャーリーは自分のやり方だと、ちゃんとした魔法拳を出せていないと言われて驚いた。自分ではそれなりにちゃんと出していると思っているはずなのに。
「良いか、シャーリー。こうやって腕に魔力を籠めるんだ」
ハクトが左手に魔力を籠める。左手が白く光りだしている。
「この状態を維持したまま、ターゲットに狙いをつける」
ハクトの目の前にフワフワ浮いている風船が現れる。これは先程ハクトが作り出した風船である。ハクトはそれらの動くをしっかりと見る。
「そしてこうやって打ち出す!」
力を解放したハクトは左腕を前に突き出すと、風船を次々が破壊されていく。
「この様に。魔力のコントロールを上手く扱えばこんな事だって出来るのだ」
「なるほど……」
「シャーリーは力任せに拳をぶつけているだけだから、まずは魔力を籠める所から始めよう。基礎があまり出来ていないみたいだから」
「よし! それでどうやって魔力を籠めれば良いの?」
まずはそこから始めないといけないのかとハクトは溜め息を吐くしかなかった。
本日は日曜日。魔法学校も今日はお休みと言う事で、朝からハクトはクリスと一緒に練習をする事になっていたのだが……
「やっほ〜! クリス、ハクト!」
「……おはようございます、クリス、お兄ちゃん」
いつもの公園の入り口で待っているハクトとクリスの前に、シャーリーとミントがやってきた。二人とも出かける時の私服で、シャーリーは赤のTシャツに白の帽子付きのベストに紺のジーパンを穿いていて、ミントは上の長袖の服も下のスカートも黒で統一されていて、さらに黒いマントを羽織っている。
「ハクトさん、ごめんなさいね。シャーリー達まで教えてあげる事になってしまって」
「いや、別に構わないけどね。お前は大丈夫なのか? 大会まであと一週間しかないのだぞ」
先日、ライチ・シュナイザーからクラス対抗の魔導大会でEクラス代表としてクリスはライチと勝負する事になっている。負けてしまったら、ライチの奴隷としてAクラス行きになってしまい、クリスにとって負けられない試合となっている為、ハクトも全力でサポートする事にしている。
「私はいつでもハクトさんと練習する事が出来ますけど、シャーリーやミントはこう言う休みの日だけしか出来ないから、今日はシャーリーとミントに付き合ってあげて下さい。その間私はハクトさんとエルが作ってくれた練習メニューをしておきますので」
「そうか……分かった」
クリスがそう決めた以上、ハクトは何も言う事は無かった。だが、念の為と言う事で、通信端末を取り出して、黒狐とカリムに連絡しておく。
「それじゃあ、二人とも。ジャージはちゃんと持ってきたか?」
「はい。ちゃんと持ってきてるよ」
シャーリーとミントはそれぞれジャージなどが入っている鞄を持ってきている。そのまま私服でやるよりかはマシである。
「……お兄ちゃん、どこで着替えるの?」
「公園の中で俺が結界を作るから、そこで着替える為のロッカーを用意するから、そこで着替えてくれ」
そう言ってから、ハクトは公園に入って結界を作り出した。
そして、シャーリーとミント、そしてクリスの三人は最初に基礎トレーニングをしてから、ハクトはシャーリーに魔法拳法を教えている最中である。
「魔力の籠め方はこうやるんだ。自分の中にある魔力を腕に溜める様にイメージを作るんだ」
ハクトが左手に魔力を籠めていく。
「えっと……こう?」
シャーリーは右手に魔力を溜めようとする。しかし、ハクトの様にちゃんとした魔力ではなくて、どことなくふにゃふにゃと安定していない感じである。
「もう少し意識を集中してみて、ゆっくりで良いから」
「う、うん……」
シューリーは意識を集中して魔力を籠めていく。すると、不安定だった魔力が徐々に形になってきた。
「よし、そのまま維持しながら、こいつに向かってぶつけてみろ」
ハクトはシャーリーの目の前にターゲットの風船を出す。シャーリーは魔力を籠めながら構えて、勢いよく拳をぶつけた。風船に当たった瞬間、物凄い音がして破裂した。さっきのハクトに当てた攻撃とは桁が違い過ぎるぐらいの攻撃である。
「うん、ちょっと途中で暴発したな。シャーリーの最初の課題は魔力のコントロールから始めた方が良いかも知れないな」
「えぇ〜? もう少し良い練習とかないの? こう、育成ゲームみたいに、すぐにレベルが一気に上がる様な物凄い特訓とか」
「あのな……たとえ、そんなのがあったとしても、基礎をしっかりとしておかないと意味が無いのだぞ。シャーリーは魔力のコントロールさえ出来れば、それなりに良くなるのだから」
「本当!? 魔法少女としてレベルが上がるの!?」
今までこんな風に褒められた事がなかったシャーリーだったが、ハクトからそう言われて目をキラキラとさせている。
「あぁ、キャラメル流古武術がどんなものなのかはまだ解らないけど、そっちの方はちゃんとなっているし、それに魔力のコントロールさえ出来れば、自慢のパワーももっと上がると思うよ」
ハクトはそう教えていると、シャーリーは近くの木に拳をぶつけていた。大きな音と共に木には大きな穴が出来ている。
「なるほど……確かに凄いパワーだ」
「な、何っ!? もう身に付けたのか!?」
さっき教えたばかりの魔力のコントロールをシャーリーはもう覚えてしまった事にハクトは驚いている。本の少し教えてあげただけで覚えられるなんて、並大抵の魔法少女でも出来ない事である。
「シャーリー……お前、覚えるのが早いのなら、何でもっと早くに覚えなかったんだ?」
「だって、パパもママも魔導師じゃないから、その辺りは教えてくれなかったから
「えっ、そうだったの?」
てっきりシャーリーの親も魔導師だから、親から魔法を教わっているのかとハクトは思っていたけど、どうやら違うみたいだ。
「ごめん。何か悪い事を聞いてしまって……」
「気にしないでよ。それで、どう? 私、レベルアップした?」
「アップしたと言うよりも、スターと地点に立ったと言う所かな」
「な、何よ、それ!?」
シャーリーは怒りに任せてハクトに拳をぶつけようとするが、ハクトは軽く避けてから、軽くシャーリーの腕を掴んで、軽く投げ飛ばした。
「ほら、感情に任せてコントロールが疎かになったぞ。どんな時でも魔力を制御してからぶつけないと、こんな風に軽くやられてしまうぞ」
倒れているシャーリーに手を差し伸べるハクト。シャーリーは顔を逸らして自分で立ち上がった。
「でも、シャーリーはすぐに教えた事を身に付ける事が出来るから、基礎を固めて格闘術を磨いていけばよくなっていくよ。これはこっちも色々と考えさせてくれるな、エル」
ハクトはエルにシャーリーの練習メニューを再度作り直す様に指示をする。
「何か、楽しそうね?」
「まあね。教え甲斐があって俺も楽しんでいるからね」
ハクトは笑いながら言ってくるので、シャーリーは少し頬を赤く染める。
(そんな真っ直ぐに言わないでよね。何か少しだけカッコよく見えてしまったじゃない)
「どうした、シャーリー? 顔が赤いぞ」
「何でもないわよ! ほら、次は何を教えてくれるの!?」
顔を見られない様に腕を組んで背中を向ける。今、ハクトの目をちゃんと見る事が出来ないシャーリーはこうするしかなかった。
「そうだな。次は防御面を強化しておかないとな」
ハクトはシャーリーの行動に不審に思わずに次の練習課題を言う。
「何でそんな事をしないといけないのよ。私は前に出てバンバン敵を倒したのよ」
「だからこそ防御も必要なんだよ。個人戦ならともかくチーム戦になったら、シャーリーは前衛で後衛も守る盾にもならないといけないのだから」
ハクトは魔法陣を出すと、そこからマスが付いた正方形を出して、そこにシャーリーの駒を作る。その後ろにはクリスとミントの駒が置かれた。
「例えば、この様に三人チームだとすると、前衛はシャーリー、後衛にはクリスとミントが配置する。そうなった場合、お前は二人を敵の攻撃を与えない為にシールド魔法や身体強化で守らないといけないんだ。パワーとスピードが自慢でも、防御が疎かにしているとすぐにやられてしまう。そして、お前がやられてしまうと後の二人は追い詰められてしまう。この間の実技でお前とミントを組ませたのも、そこを知って欲しかったのだけど、一人で突っ走っていった事に関しては、ここではとやかく言うつもりは無いけどね」
最後の方、ハクトは笑顔であったけどこめかみに怒りマークが付いている。ギクリとシャーリーはあの時の事を思い出す。確かに自分一人突っ走ってミントを置いていってしまった事があった。
「前に出て敵をバンバン倒したいと言うお前の気持ちは分からなくもない。しかし、もしもあの時お前が一人で突っ走って、ミントが一人になった所に敵がミントを襲ったりしたらどうしていた?」
「うっ……」
痛い所を突かれて、シャーリーは返す言葉も無かった。
「前衛は敵を倒す矛でもあり味方を守る盾でもある。だからシャーリーや俺の様な前衛組は後衛組の事も気にしながら前に出る為に、まずは防御系の魔法をしっかりと身に付けておかないといけない」
「うん、分かった。そうだよね、クリスやミントを守れるのは私なんだから」
シャーリーは拳を握り締めて心を引き締める。
「と言う事で、さっき俺がお前の攻撃を受け止めた様に、次はお前が俺の攻撃を受け止めろ」
ハクトは左腕を引いて構える。ハクトの足元に三角形の魔法陣を出して、左腕に強化魔法を付加させる。
「良いの? よ〜し、行くよ、ストライク・バスター、システムコードオン!」
シャーリーはストライク・バスターを出して起動させた。両腕に紺色のガントレットに手の甲にはストライクバーストのコアが付き、上は黒のアンダースーツに袖無しの白いコートを着て、下は白のスカートに黒のスパッツを穿き、黒のブーツを履いている。
「よし、準備完了。いつでも良いよ」
「そうか……だったら、ちゃんと構えとけ!」
すると、ハクトはいきなり拳をぶつけてきた。ちゃんと防御の構えをしていなかったシャーリーは見事に喰らって吹き飛んだ。
「いったぁぁ〜……いきなり殴る事はないでしょう!」
「いつでも良いよって言ってのはそっちだろう。ちゃんと構えていないから痛い目に遭うんだ」
正論である。
「お前のそのすぐ調子に乗る癖は少し治さないといけないな。ほら、シールド魔法で防御するんだぞ」
「分かった……ストライク」
『イエッサー』
シャーリーの前に三角形のシールドが張られる。
「それもさっきやった魔力のコントロール同様維持しておけよ。ちょっとでも緩めればぶっ飛ぶからな」
「えぇ、分かったわ。あとで倍にして返してやるんだから」
「それだけ言えるのなら、真面目に練習をする事だな!」
そう言って、ハクトは先程と同じ様に拳をぶつける。シールドで防御するシャーリーだが、少しずつ押されていき、最後は吹っ飛ばされてしまった。
「今、一瞬だけど緩めただろう。だから、そうなるんだよ」
「っ! もう一回! 今度はちゃんとやるから!」
立ち上がったシャーリーはもう一度シールド魔法を出す。
「その意気だ。頭の片隅にでも良いから覚えておけ。お前が倒れてしまったら、クリスやミントに迷惑がかかってしまう。だからここぞと言う時には絶対倒れないと心に思っておけ」
「はい!」
シャーリーは強く答える。
(絶対に強くなるんだ。パパやママに教えてもらったキャラメル流古武術で、クリスとミントを守ってみせる!)
シャーリーは心からそう思って、ハクトの攻撃を受け続ける。
「よし、シャーリー。お前の練習はここまでにしておこう」
ハクトは地面に仰向けで倒れているシャーリーに言ってあげる。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
「大丈夫か? 立てるか?」
「え、えぇ……何とか……」
身体を無理矢理起こして立ち上がろうとするシャーリー。
「お疲れ様、シャーリー。はい、これ」
すると、クリスが飲み物を渡す。
「ありがとう、クリス」
シャーリーは貰ってすぐに飲む。
「ハクトさんもお疲れ様」
「あぁ。そう言えば、ミントと母さんは?」
ハクトはシャーリーの練習相手をしている間、ミントにはクリスと一緒に黒狐とカリムに練習を見てもらう様にメールを送っておいた。
「まだ向こうで休憩していると思いますよ。ハクトさんの方も練習を終わらせていると思うから飲み物とか持って行ってあげなさいとお母さんに言われてきたのですけど」
「そうか。それじゃあ、お昼を食べて少ししたらミントの相手をする様に伝えておかないと」
「はい。ほらシャーリー、ハクトさんにお礼を言って」
「そうだったね。ありがとうございました」
「いや、どういたしまして。あとでシャーリー用の練習メニューを作ってストライクに送っておくから、それを個人練習の時の参考にしてくれ」
「分かったわ。ハクトのおかげで、何だか凄く強くなれた様な気がする」
シャーリーは道場で教えてもらっても、それは格闘技だけであって魔法までは教えてもらえなかったけど、こうしてハクトに教えてもらった事で少し強くなった様に感じている。ハクトもシャーリーの習得の速さにはそれなりに驚いているから、ちゃんと教えていけば早く強くなっていくだろうと思いながら、ミントや黒狐達が待っている場所に向かった。
(続く)