「あ、ハクト、お疲れ!」
ハクト達が戻ってきたのを確認した黒狐は、もうお昼を食べていた。地面にレジャーシートを広げて、中央にはカリムが作ったお弁当が並べてある。
「シャーリーちゃん、お腹すいているでしょう。一杯作ったから食べてね」
「はい、ありがとうございます」
「ミント、食べて少ししたら次は君の番だからね」
「……はい。よろしくお願いします」
ハクト達もシートに座ってお昼ご飯を食べている。その間、ハクトが張った結界も消している。そのままだとハクトの魔力が削られていくからだ。
「ハクト、ちゃんと教えてあげてるの? シャーリーちゃん、どうだった?」
「まあ、色々と教えてくれました。私でも分からなかった事を真剣に教えてくれましたし、素直に礼を言うわ。ありがとう」
「別に良いって。シャーリーは物覚えが早いから、色々と教え甲斐があるよ」
「そうか……ハクトの毒牙にかかった女の子が、また一人増えたと言う訳か……」
「おい! どう言う意味だ、それ!?」
黒狐がハンカチを目に当てて嘘泣きをして、ハクトは黒狐に突っかかる。
賑やかな昼食タイムが終了して、10分過ぎてから、ハクトはミントの相手をする。クリスとシャーリーは黒狐とカリムから基礎トレーニングをしてもらう事になっている。
「身体の方は大丈夫なのか?」
「……問題ないですよ」
「そうか。確かミントはあれだったよね。他の二人とは違って、魔法少女とは少し違うんだよね」
「……はい。ミントは錬金術師ですよ」
錬金術は、石を金に変えたり人工生命体を作ったりする魔導師を錬金術師と呼ばれている。しかし、近年錬金術師は魔導師より少なくなってきている。
「錬金術は俺も学んだ事があるけど、結構難しいんだよね」
「……お兄ちゃん、ミントには教えてくれないの?」
ウルウルと目を潤ませながら、ハクトに迫る。ハクトはミントを泣かせてしまった事にかなり心にダメージを受けてしまう。
「いやいや! あのね、俺は錬金術の才能はなかっただけだ。一応知識として頭に入れてあるから、まずはミントの錬金術がどんなものなのか見せてもらえないか?」
「……うん! 行くよ、パラケルスス」
『Ja』
ミントはマジカル・ドライブ『パラケルスス』を起動させる。ジャージが消えて、ピンクのドライブコアが付いた白のグローブに、紺色のシャツに白のブレザーにピンクのリボンを付けて、黒のロングスカートを穿いて、黒のマントを羽織り、茶色のブーツを履く。
「……どう、お兄ちゃん?」
「へぇ、凄く可愛いな」
ハクトは素直に褒める。ミントは少しだけ頬を染めて喜ぶ。
「……よし、パラケルスス。行くよ」
『Ja』
ミントはパラケルススに呼びかけると、円形の魔法陣を足元に張る。しかし、これは魔法陣とは少し違う模様をしている。錬金術師が使う練成陣と言うものである。そして、地面に手を着けると、練成陣が発動して地面の土が見る見ると土で出来た猫の象が完成する。
錬金術はまず頭の中で自分が描いた物を構築してから練成陣に手を触れると、そこが分解されて構築したものを再構築として成立する魔法である。ミントは地面の土を分解してそこから土で出来た猫の象を作ったのである。
「……これが普通の錬金術です」
「あぁ、これは俺も知っている。理解、分解、再構築と言う錬金術の基本だよね。俺もそこは理解しているのだけど、実際に上手く出来ないんだよな」
ハクトは小学生の頃に読んでいた錬金術の本や魔法を教えてくれた父親や師匠からも錬金術を教わっていたが、才能がないと言われて断念したのだ。
「それに、東の国では錬金術の事は煉丹術と言われていて、医療方面によく使われていると聞いている」
「……うん、東の国では煉丹術が主で、ミント達の様な錬金術はあまり広まっていないのは知っているのです。でも、お兄ちゃんならゴーレム製法やホムンクルスなどは聞いた事があるはずなのです」
「あぁ、それなら俺も聞いた事がある。そう言う基本知識は知っているからね。でも、ミントの錬金術には他にも出来るんじゃないのか? 例えば、無から有を創り出す放出系魔導錬金術、通称『放魔』とか」
「……どうして知っているのですか?」
ミントは少しだけ驚いた。ハクトの様な東の国出身の魔導師が、放魔の存在を知っているなど想定外の事である。放魔は王都シャインヴェルガでも知っている人が少ないぐらいのレアスキル魔法である。
「知っているだけでやり方は分からないさ。本などで多少は頭に入れているだけだからね。『出来なくても知識として頭に入れておけばいつか役に立つから、読んだ本の内容や身に付けた事は絶対に忘れるな』と言うのが、俺の父さんや師匠に教えてもらったんだ」
「……お兄ちゃんって、やっぱり凄い」
「そんなに凄くないって……とりあえず、ミントの放魔がどんなものなのか、見せてもらえないか?」
「……うん、分かった。良いかな、パラケルスス」
ミントはグローブに付いているパラケルススのコアに呼びかけると、了解の合図を出す。ミントは一度深呼吸をして、右手を前に出して広げると頭の中で創造する。そして右手から一本の短剣が現れた。刃渡りの長さが50cmの白い短剣を出したのだ。
ハクトはミントの放魔に感心する。こんなにも上手く放魔を使う魔導師もとい錬金術師がいるなんて驚くよりもむしろ嬉しく思う。何故かそんな気分なってしまうハクト。
「ミント、やるじゃないか。殆ど本物の短剣を出しているじゃないか」
「……本当? ミント、上手く出来ているの?」
自分ではそんなに上手く出来ていないと思っているミントだが、ハクトとエルはしっかりと解っているみたいだ。
「あぁ、放魔って、贋作を創ってしまう事が多いらしいけど、ミントのは殆ど本物に近いと思うぞ。なぁ、エル?」
『はい。ミント様の短剣には純度も素材も全て本物に近い物が含まれています。見間違えてもおかしくないぐらいの物です。パラケルススが上手くミント様の放魔をサポートしてくれているみたいです。良いコンビだと思います』
エルもここまで相手を褒める事など無かった。エルはシャーリーとストライク・バスターや、クリスとブレイブスターのコンビも良いと思っていたが、このミントとパラケルススのコンビも良いと思ってくれている。
「……ありがとう。良かったね、パラケルスス」
『Danke』
パラケルススはそれだけ言ってくれた。
「それにしても、その短剣はアゾット剣だよね」
柄の部分に『Azot』と書かれているその短剣は、大昔、偉大なる大魔導師が持っていた短剣で、それを一振りするだけで病や怪我を治したと言われている。
「……アゾット剣は、ミントが初めて創った物なの。だから、よく使っている」
「他にはどんな物を創れるの?」
「……色々創れる。だけど、ミントには扱い難い物ばかりなの。剣術は少し齧った程度の事しか出来ない。ミントはいつも後ろにいるだけだから」
「そうだな……ミントは前衛じゃなくて、みんなのサポートをするフルバックタイプだからね。後方支援をするの仕事だから……となると、補助系と治癒系の魔法を主にして、一応一対一の時に備えて、斬撃系の魔法を多少覚えさせた方が良いかも知れないな」
「……ミント、剣術を学ぶの?」
「そう言う事になるね。放魔は最大の武器だから、それを上手く使いこなさないといけないからね。剣術を学ばせて斬撃系の魔法を覚えていこう。あとは基礎トレーニングを中心に体力を作っていく。そうすれば、ミントはきっと良い錬金術師になれるよ」
「……本当に? ミントは強くなれるの? クリスやシャーリーの足を引っ張らないの?」
「ミント? どう言う事だ?」
「……ミントはいつもトロいとか、何を考えているのか解らないとかよく言われている。ミントはただの足手まといだってみんなから言われている。クリスとシャーリーはそんな事はないと言ってくれるけど、ミントは才能が無いって自覚している」
「才能が無いって!? 誰がそんな事を言ったんだ!? ミントには放魔が使えるし、錬金術は上手く出来ているんだぞ。どうして、それが認められないんだ!?」
ハクトはどうしてか怒りを覚える。クリスやシャーリー、そしてミントの三人にはそれぞれちゃんとした才能をしっかりと持っている。それらを上手く教えてあげればきっと良い魔導師にだってなれるし、E級のおちこぼれ魔導師とも言われなくて済んだはずである。しかし、どうしてかこの三人を評価せずにおちこぼれというレッテルを張らせている事にハクトは怒っている。
「……お兄ちゃん、少し怖い顔をしている」
「えっ? あぁ、ごめん……怖がらせてしまって」
「……ううん、お兄ちゃんがミント達の為に怒ってくれているから、少しだけ嬉しいよ」
「ミント……強くなろうな、そして今度こそみんなから認めてもらおう。ミントだけじゃない。クリスもシャーリーも一緒に」
「……うん。ミント、お兄ちゃんの為にも強くなりたい。だから、教えて、お兄ちゃん」
ミントは拳を強く握り締めて、強くなりたいと言う意思をハクトに伝える。そして、ハクトもまた改めて三人の為にも色々と頑張っていかなくてはならないと思った。
「ミント、まずは剣術に慣れる事から始めようか。放魔で自分が一番扱いやすい武器を創ってみて」
「……うん、分かった」
ミントは意識を集中して放魔を発動する。両手から刃渡り50cmの双剣を創りだした。それぞれ柄の色が赤と青に分かれている。
「……ミントは双剣を使うのが得意だよ。会長ほどではないけど」
「いや、最初から全力でやらないさ。まずは剣術を慣らさないといけないからな」
ハクトは結界の魔法陣を操作すると、自分の所に一本の刀が現れた。もちろんこれはミントの放魔とは違って模造品としてプログラム化されている幻想物に過ぎない。ハクトはその刀を持つと一振りする。
「さて、ミント。今から剣術の授業を始めるぞ」
「……よろしくお願いします」
ミントは双剣を構える。二人は合図もなしに前に跳び、剣を交えた。
「うんうん……シロウサギもちゃんとミントちゃんの教え方を理解しているみたいね」
ハクト達とは別の所で二人の様子を魔法陣で見ている黒狐。我が子ながら、相手を見る目は父親並みであると黒狐は感心する。
「凄いよね、ハクト君は。三人の才能をすぐに見抜けるなんて、初等部の先生達とは大違いね」
「それは私の血が入っているし、何より相手を思いやる心を持っているカイトの血もあるのだから。ちょっと女の子に優し過ぎる所はあるみたいだけど」
嵐山カイトも黒狐やカリムの他にも色々な女の子から好意を受けていた。教え上手な上に優しい所があるから、少し人気があったのだ。まぁ、色々あって黒狐と結婚したみたいだ。
「シャーリーちゃんは一般道場の娘、ミントちゃんは両親を失って今は錬金術のお師匠さんと一緒に暮らしていて、クリスちゃんは天空魔法と言うレアスキル魔法を持っていたがそれに気付かなかった。全く、今の教師連中は本当にダメダメだね」
「でも、今年はきっと何とかしてくれるかも知れないわね。ハクト君もあんなに楽しそうな顔をしているのだから」
みんなの練習メニューや魔法を教えているハクトの姿は、まるで本物の教師の様に見える。
「ハクトも今はここに来て、すごく笑顔になったよ」
黒狐はハクトがあんなにも楽しそうな顔をしているのを見て、やはりこの王都に連れてきて良かったのかも知れないと思っている。
「それじゃあ、今日はここまでにしようか」
シャーリーとミントの練習を終わらせて結界を解除するハクト。
「ありがとうね、ハクト」
「……今日はとても嬉しかったよ、お兄ちゃん」
クールダウンを終わらせたシャーリーとミントは改めてお礼を言った。
「どういたしまして。二人の練習を見るのも楽しかったし」
「うん。シャーリーもミントも凄かったよ」
「えへへ…ありがとう」
クリスに褒められてシャーリーは照れながら笑う。ミントはいつものニコニコとした笑顔で喜んでいる。
黒狐とカリムは先に家に帰って、みんなに夕ご飯をご馳走するための準備をする為に家に戻っている。
「それじゃあ、クリスの家に行って夕飯を食べるか」
「お〜! あ、その前にパパとママに連絡っと……」
「……ミントもお師匠様に連絡しておかないと」
シャーリーとミントはそれぞれ自宅に連絡して、クリスの家で夕飯を食べる事を連絡する。
「あの、ハクトさん……」
「うん? どうしたんだ、クリス」
二人が連絡している間にクリスがハクトに声を掛けてきた。
「夕飯を食べ終わって、シャーリーやミントが帰った後で良いのですけど……その……」
クリスは少し頬を赤く染めて言葉を詰まらせる。だが、ハクトにはクリスが何を言いたいのか、すぐに分かった。
「あぁ、そうだな。ライチとの試合の為の特訓をしないといけないよな。もちろん、クリスの練習メニューはもう用意しているよ」
「本当ですか!?」
「あぁ、あいつに負けない様に練習させるが、身体を壊さずにする事、当日怪我をして試合に出られないと言う間抜けな事だけは絶対にさせないからね」
「はい、分かりました」
クリスは今日、ハクトと一緒に練習が出来なかった事に少し不安な気持ちになっていたけど、ハクトがちゃんとクリスの練習も考えてくれている事に喜ぶ。
「本当にありがとうございます。ハクトさんも二人の練習で疲れているのに」
「別に俺の身体は気にしなくて良いから。もともと体力には自身があるからな」
ハクトは右手を動かしながら言うが、その表情に一瞬だけ痛みを表した。クリスはそれに気付いていない。それを悟られない様に右手をポケットに入れて何食わぬ顔でクリスの方を向く。
「あまり夜遅くまで出来ないから、今日は射撃魔法の強化練習だけになるけど、良いかな?」
「えっ? あ、はい……」
ハクトの顔が少しだけ違うような気がしたクリスだが、それが何かよく分からなかったから、ハクトに何も言えなかった。
「シャーリー、ミント。連絡は終わったか?」
「……うん。お師匠様もゆっくりしてきて良いよって」
「パパもママも、今度ハクトに会わせてって言われたけど。何か今日の事を話していたら興味を持ったらしいの」
「それは……今度御呼ばれするか。出来れば、道場の中で練習させたいからね」
ハクトもシャーリーの道場がどう言うものなのか、少し興味があったから、呼ばれるような事があったら言ってみたいと思った。
クリスとライチの試合まで……あと一週間
(続く)