魔法学校より北西に大きなドームがある。丁度野球の試合が出来るのではないかと言うぐらい広々としたドーム『ヴェルガドーム』である。そして、今日は一際観客席が賑わっている。その殆どが魔法学校の生徒や応援に来た保護者などである。そう、今日は魔法学校の魔導大会の日であるからだ。
そこの屋根に位置する実況席にて、魔法学校の制服を着た一組の男女がマイクテストをしている。
『あ〜、あ〜……ただいまマイクのテスト中、マイクのテスト中……』
男の方は何と長谷部虎之助である。ヘッドホンを付けてマイクに向かってテストしている。どう言う経緯になったのかは知らないけど、彼は放送部に入って、今回の実況者となったのだ。
『本日は晴天なり、本日は晴天なり……部長、そっちはどうですか? オーヴァー』
『大丈夫だ、問題ないぞ、タイガー君。オーヴァー』
隣には茶色のロングストレートに黒斑の眼鏡を掛けている女子生徒が虎之助と同じヘッドホンを付けている。リボンの色はライトグリーンのリボンを付けている所から、彼女が中等部三年生である事が分かった。
虎之助はマイクの電源を切って、ヘッドホンを肩に乗せて一息吐く。
「しかし、部長。いきなり俺っちにこんな事をさせて、本当に良かったのですか? 引き受けたからには頑張らせてもらいますけど」
「気にするな、タイガー君。放送部はこう言う時こそ活躍の場が無いのでな。君の様な場を盛り上げようとする部員がいなくて困っていた所だ。正直言って、君が来なかったらどうしようかと思っていた所さ」
放送部部長スフレ・ブロードはキランと眼鏡を光らせた。
「ちょ、ちょっと!? 大丈夫なの、クリス!?」
応援に来たシャーリーとミントが励まそうとするが、クリスの耳には聞こえていないみたいだ。かなり緊張しているみたいで、目から涙が出そうになっている。
「……クリスの周りだけ、アースクウェイクが起きているのです。震度5強なのです」
「いや、それは流石に揺れ過ぎだろう……」
ミントの頭に手を置くハクトはどうしたものかと考える。クリスにとってはこれが初めての公式試合みたいなものであるから、緊張するなと言う方が無理な話である。しかし、このまま試合に出させては、間違いなく負けてしまう。
「……クリス」
するとミントが放魔で手の平に猫のぬいぐるみを創りだして、きゅっ、きゅっ、きゅっ、にゃ〜と踊りだした。
しかし、踊っている最中に、急に身体が膨らんでいって破裂してしまった。
「……ふにゃ〜」
ミントは自分の失敗に泣きそうになる。
「……ぷっ、くすくすくす……」
すると、クリスが少しだけ笑った。
「……あははははは、ありがとうね、ミント」
漸く緊張が解けたクリスはミントの頭を撫でる。
「よくやった、ミント」
ハクトもミントの頑張りを褒めてあげる。ミントはにゃ〜と笑った。
「ごめんなさいね。初めての試合ですから、やっぱり緊張してしまって……」
「頑張ってね、クリス。私達、応援しているからね」
「……ファイト、お〜です」
「うん、ありがとう、シャーリー、ミント」
クリスは心の底から笑う。どうやら、もう大丈夫そうだなとハクトは安心した。
「あの、他の試合はどうなっているのですか? 私の試合はまだ後なんですよね」
今日の魔導大会は中等部だけで、一年ごとに二試合ずつあり、AクラスとEクラスの試合はメインイベントとされている為、午後の最初の試合となっている。
ハクトは控え室にあるテレビを点ける。
『決まりましたぁ〜! 二年Aクラス代表ライム・シュナイザー会長、Bクラス代表の魔導師をノックアウト!』
虎之助の実況が響く。リングの上では、ライム・シュナイザーが剣を持って立っていて、Bクラスの魔導師が倒れている。
ライムは倒れている魔導師に手を差し延べる。
「良い勝負だった。もう少し頑張るが良い」
「はい! 会長、ありがとうございました!」
魔導師は立ち上がるとライムに頭を下げてお礼を言った。ライムは何も言わずにリングを立ち去った。
試合を見ていたハクト達は、ライムの姿に見とれている。
「さ、流石シュナイザー会長! カッコいい!」
シャーリーは子供の様に跳ねながら喜ぶ。ライムの凛々しい姿は、男子生徒だけでなく女子生徒にも人気はあるから、誰もが憧れてしまう。
「試合のVTRを見る限り、ライム会長は相手の魔法をしっかり見ながらカウンターで決めているみたいだな」
試合の映像を見ると、ライムは相手の魔法を剣で斬っていき、相手に接近すると相手は自分の周りに魔法を放とうとすると、ライムは難なく躱して相手を剣でダメージを与えて倒した。
「一寸の隙も無く相手を倒している。流石と言うしかないね」
ハクトはライムの戦いを見て、笑みを浮かべる。ライムは今まで見てきた魔導師の中で最強と言えるのも納得出来るし、ハクトもあんな人と戦ってみたいと心から思っている。
『シュナイザー会長の試合が終わっても、まだ止まないこの歓声の声。どうでしょうか、部長は?』
『そうだね。ライムちゃんは中等部の中では最強の魔法少女だ。彼女を倒せる魔導師はあまりいないだろうな。三年でも勝てるかどうか……』
『ありがとうございます。さて、興奮冷め切れない状態でありますが、午前の部はこれにて終了。お昼の時間が過ぎれば、午後の部、そして本日のメインイベント、中等部一年のAクラスVSEクラスの試合をお届けいたします!』
虎之助の実況が終わると、テレビはCMになった。
「……タイガーの実況は面白そうなのです」
「あいつがいつの間にか放送部に入っていたのは驚きだよ」
先日、学校の教室で校内放送が流れた時があった。
『え〜……本日より放送部に入部いたしました。新入部員の長谷部虎之助と申します。気楽に俺っちの事はタイガーと呼んでくれ! にゃ〜はっはっはっはっは〜』
その放送を聞いていたハクトは教室で椅子からひっくり返ったのだ。
「何だか、凄く活き活きしていますよね、虎之助さん」
「熱血実況者になりそうだね。まぁ、あいつもあいつで認めてもらっているみたいだから文句は言わないけどね」
魔法学校でハクトと虎之助の扱いはかなりの雑なものではある。Eクラスの生徒はそんな事は無いけど、やはり他のクラスからは邪魔者扱いや田舎魔導師だと言われているが、二人ともあまり気にせずに何かされたら逆に返り討ちにしているぐらいだから問題ない。
「クリス、カリムさんからお弁当を貰ってきているけど、食べられるか?」
ハクトは会場に行く前にカリムからクリスの弁当を貰ってきている。お昼の後に試合があるからあまり食べさせない方が良いかも知れないけど、お腹が空いている状態でも良くないから、クリスに決めさせるしかなかった。
「そうですね。ちゃんと食べておきませんといけないと思いますから、頂きます」
クリスはハクトから弁当を貰って中身を開けると、中にはおにぎりが入っていた。どうやら、カリムも分かっていたみたいである。
「……ミント達のお昼はどうするのですか?」
「私達は会場の所のお店で買ってこよう。ハクト、先に席に行っているから後から来なさい」
ミントとシャーリーは先に控え室を出ようとする。
「待てって、俺も一緒に……」
ハクトがシャーリー達の後を追うとすると、シャーリーがハクトのネクタイを掴んで引っ張る。
「あんたは最後までクリスと一緒にいなさい。でないと、クリスがまた緊張しちゃうでしょう。あんたと一緒ならクリスも安心出来るのよ。悔しいけど、あんたじゃなきゃダメなんだからね」
「な、何で俺が?」
「分かってないの? まぁ、良いけどね」
シャーリーは呆れて溜め息を吐くと ハクトを強く押した。少しよろけるハクトは緩んだネクタイを締め直した。
「じゃあ、頼んだからね」
「……お先に失礼するのです」
シャーリーとミントがドアを閉めると、控え室にはハクトとクリスだけになった。
「あいつら、一体何を考えているんだ?」
ハクトは頭を掻きながら、一息吐く。クリスは少しだけ頬を赤くしながらおにぎりをもぐもぐと小さく食べている。
「あ、あの、ハクトさん……」
「何だ?」
おにぎりを食べ終わったクリスがハクトに声を掛ける。
「私……大丈夫なのでしょうか? こんな自分じゃあ、とてもライチさんに勝てるのかどうか……」
不安と緊張がクリスを弱気にしてしまっている。無理も無い話だ。クリスはこれまでに魔法試合で一度も勝った事が無く、自信が全くつかない状態である。そして、今回負ければ取り返しのつかない事になってしまう。クリスはAクラスに行かされ、ライチの奴隷となってしまうのだから、もし負けてしまったらと考えてしまう。
ハクトはクリスの頭を撫でてあげる。
「クリス、お前はEクラスの為に怒って、あいつの勝負に挑んだ。それは良い事なのかもしれないよ。誰かの為に戦う事は、誰かを守りたいと思うから戦う事が出来る。それは自分の為とは少し違うのかも知れないけど、その思いを決して忘れなければ、きっと何とかなるさ」
「誰かの為に……守る為に戦う」
「そうだ。決して諦めず、自分の魔法を信じろ。魔法少女とドライブが一つになった時、大きな力となるんだ」
「私とブレイブスターが一つになった時……」
クリスは手に持っているブレイブスターを見る。クリスのマジカル・ドライブであるブレイブスターと一つになった時、何が起こるのかはハクトにも分からないけど、自分とエルにもそんな時が起きた事があった。
「俺はお前が勝つって信じている。シャーリーやミント、Eクラスのみんなもクリスを応援しているはずだ。だから、自分の力を全て出し切ってみせろ。俺から言えるのはそれだけだ」
「……はい。ハクトさんに教えてくれた全てを出し切ってみせます」
クリスの顔がさっきまでとは違って力が出ている。
するとピンポンパンポンと放送を伝える音が流れた。
『ただいまより、魔導大会中等部午後の部を行います。第一試合一年Aクラスのライチ・シュナイザーさん、一年Eクラスのクリス・ラズベリーさんは、試合会場前に来て下さい』
放送が流れ終わると、クリスは立ち上がった。
「では、ハクトさん。行ってきます!」
「あぁ、行ってらっしゃい!」
クリスとハクトは控え室を出て、それぞれの場所、ハクトは応援席に、クリスは試合会場に向かっていった。
『さぁ、お昼の時間が過ぎて、いよいよ午後の部の始まりです。実況は俺っち、タイガー事長谷部虎之助でお送りいたします。さらに、午後からは中等部生徒会長のライム・シュナイザーさんに来ていただきました』
虎之助の実況によりライムはマイクの前に座る。
『こんにちは、皆さん。生徒会長のライム・シュナイザーです』
ライムの挨拶により会場内は賑わいだした。
『シュナイザー会長、午後の部はよろしくお願いします』
『こちらこそ、よろしく。君とは初日に剣を交えた時以来だな』
『にゃ、にゃははははは……』
虎之助はあの時の事を思い出し、冷や汗をかいている。あまり思い出したくない過去であるからな、入学式のあれは……
『さて、午後の部の、最初の試合は一年生の試合ですが、会長の妹さんが試合に出ると聞いてどう思われましたか?』
『そうね。正直言ってあまり感心しない理由で出ているみたいだけど、我が妹もやる時はやる奴だ。それに対してEクラスのラズベリーはどう戦うのかが楽しみだ』
クリスとライチが戦う事になったきっかけを知っているライムはこの日を楽しみにしていた。果たして、どんな展開が訪れるのか、その為に一番見えやすい実況席に座る事が出来たのだから。
『さぁ、まもなく午後の部、第一試合が始まろうとしています。選手入場です!』
虎之助の放送が流れてすぐにドームの東西のゲートから煙が上がった。それに伴い、会場は喝采する。東からはクリスが、西からはライチが出てきて、中央のリングに向かっている。
「クリス〜〜! 頑張れ〜〜!」
東側の席にはEクラスの生徒が応援している。その中でもシャーリーはかなり大きな声を出している。
「すまない。遅くなった」
そこにハクトがやってきた。
「……お兄ちゃん、クリスはどうだった?」
ミントが心配そうに訊ねると、ハクトはグッドサインを出す。
「もう大丈夫だ。あいつはしっかりとやってくれるはずだ」
ハクトの期待通り、リングに向かっているクリスの表情には不安も緊張も出ていない。真っ直ぐ前を向いて歩いている。
「そう言えば、ジン先生。ブレイブスターの調整はどうでしたか?」
ハクトは近くで座っている担任のジン先生に訊いてみた。午前中にブレイブスターの調整をしてもらえる様に頼んでいたのだ。
「問題ない。ちゃんと調整はすませている」
ジン先生も自分が作ったドライブである以上、今まで以上に調整をしてくれている。
『さぁ、第一試合は一年生の戦いです。Aクラス代表は先程少しお話しました会長の妹さんでありますライチ・シュナイザーさんはAクラスでもずば抜けた能力を持っておられます。そして一方のEクラス代表のクリス・ラズベリーさんは、大会成績は特にありません。果たして今大会でその実力を見せる事が出来るのでしょうか?』
クリスとライチがリング中央に立って、相手を見ている。
「逃げずによくここまで来ましたわね。その勇気だけは褒めてあげますわ」
「ありがとうございます……」
「ですが、それはただの蛮勇に過ぎませんわ。結局貴女はわたくしに負けて、ここにいる皆さんの前で恥をかくだけですわ」
「私は負けません。貴女に勝って、私達の事を認めてもらいます」
クリスはブレイブスターを杖にしてバトンの様に振り回してから構える。
「わたくしは野に咲く花はいりませんの。もっとも美しい薔薇にしか興味はありませんので……さぁ、今日も美しく咲きなさい、スカーレットローズ」
ライチは右手の人差し指に付けている赤い薔薇の指輪に呼びかけると、指輪が長剣に変わった。刃渡りが1mの真っ赤な剣で柄の部分にコアが付いている。
『二人とも、どうやら戦う気満々みたいです。では、審判のベルモット・ホークアイ教官、お願いいたします』
リングに上がってきたベルモット教官がマイクを持つ。マイクの持っていない方の手には何故か銃を持っている。
「お前たち、話はシュナイザー会長から聞いたぞ。下らん事で始めやがって……」
まさかの暴君モードのベルモット教官に、クリスもライチもヤバいと思った。
「まぁ、良いだろう。てめえらの勝負、俺様が見届けてやるぜ。覚悟は出来ているんだろうな?」
「はい!」
「もちろんですわ」
「それじゃあ、始めようか。時間無制限の一本勝負。レディー……ゴー!」
銃を空に向けて、一発撃った。それが試合の合図となっている。
『さぁ、始まりました、午後の部、第一試合。ここでルールをお浚いしておきましょう。時間無制限の一本勝負、先に魔力ゲージが0になったり、ダウンまたはリングから出て10カウント取られたりしたら敗北と言う事になる。また上空に飛んでも問題なし。まぁ、航空術は二人とも使えないと言う記録がありますのでその辺りはスルーしておきましょう』
つまり、上空に飛べばリングから出てもカウントは取られないと言う事である。しかし、クリスもライチも航空術は持っていないから、あまり意味が無いと言う事になる。
リングでは少し距離を取ったクリスが構えている。ライチは片手で剣を持ったまま微動もしていない。
(焦らず、まずは相手がどの様な魔法を使ってくるのかを見る事が大事です)
クリスはライチの攻撃に防御姿勢している。ライチはそれを見て小さく笑う。
「あら、あんなに息巻いていたのに、いきなり防御体制ですの。わたくしの魔法がどんなものかを見るつもりかしら? だとしたら、もう終わりですわよ」
ライチは剣先を地面に突き刺すとそこから赤色の魔法陣が現れた。何か仕掛けてくると思ったクリスは防御の構えに入る。
ライチが張った魔法陣からは巨大な薔薇の蔓が何本も現れた。蔓には棘が生えていて、それは普通のとは何倍もの大きさとなっている。
「な、何よ、あれ!? あんな魔法見た事が無いわ!」
シャーリーがライチの魔法に驚いている。今まで、あんな魔法を使った事など無かったからだ。ライチはあの剣でシャーリーを倒しているのだから、それが彼女の魔法だと思っていたけど、どうやらシャーリーと戦った時は全然本気を出していなかったみたいだ。
「植物魔法。植物を操り、攻撃にも防御にも入る事が出来る地属性魔法だ。あのドライブには植物の成長速度を上げる事や意思を持たせて操る事が出来る様にしているみたいだな」
ハクトは冷静にライチの魔法を分析する。ハクトもまた、ライチが植物系の魔法を使ってくるなど考えていなかった。相手も自分の魔法を見せない様にしていたと言う訳かと考える。
「行きなさい、スカーレットローズ!」
剣先をクリスの方に向けると、薔薇の棘が数十本飛び出してクリスに襲い掛かってきた。避ける事が出来ず、全てクリスのいる所に当たった。
『おおっと!? ライチ・シュナイザー選手の攻撃がクリス・ラズベリー選手に襲い掛かった! これだけの攻撃を受けてしまっては、もう終わってしまうのか?』
ライムはライチの性格を良く知っているから、いきなり大技を使ってくるなんて思わなかった。あれを喰らってしまってはクリスでもすぐに終わってしまう。ライムはクリスを大会に出させるのは少し早かったのかもしれないと後悔している。
「如何ですか? わたくしの実力を。Eクラスの魔法少女が楯突くからいけませんのよ。お〜ほっほっほっほっほっ!」
高笑いするライチはもう勝負が付いたと思っている。ベルモット教官も煙が晴れてクリスがどうなっているのかを見るまでは判定はしない。
すると、その瞬間煙の中から魔法弾が飛んできて、ライチの左を通り過ぎて、ライチが呼んだ薔薇の蔓に当たった。
「なっ!」
ライチはそんなバカなと思った。あれだけの攻撃を受けているはずなのに、攻撃出来るなんて思わなかったからだ。しかも、今の魔法弾はあまりにも速かった為、目で追う事が出来なかった。
やがて煙が晴れていくと、そこには無傷のクリスが杖の先をライチに向けて射撃魔法の構えを取っている。周りには二つのシールド魔法が展開されている。どうやら、それで防いだみたいだ。
『な、何と!? 無傷です! クリス選手、ライチ選手の攻撃に全くダメージを受けていない! そればかりか反撃の魔法弾を放ちました。惜しくもライチ選手に当たらず、薔薇の蔓に当たってしまいましたが、その薔薇も今は苦しんでいます。余程効いているのか、さっきまで暴れています!』
実況の声に会場は沸きだした。もう試合が終わってしまったのかと思われていたのに、クリスの反撃に興奮が冷めない状態となった。
「よ、良かった〜……」
シャーリーは腰が抜ける様に座り込んだ。
「……クリス、無事なのです」
「当然だ。あれで防げていなかった、説教していた所だ」
ハクトはライチの攻撃には多少驚いていたけど、あの程度の魔法をクリスが防ぐ事など簡単なはずである。何故なら、ライチ以上の攻撃をハクトが教えてあげていたからだ。
大会前の練習の日。ハクトとクリスはいつもの公園でシールド魔法の練習をしていた。
「良いか、クリス。シールド魔法は何も目の前に来る攻撃だけを防ぐものではない。相手の攻撃をしっかりと見て防ぐ。これが一番大事なんだ。例えば……」
ハクトは結界のプログラムを操作すると、ハクトの周りに数十個の魔法弾が現れて、ハクトの周りを動き回っている。
「こんな風に魔法弾で囲まれてしまった時や、複数の魔法弾が同時に飛んできた時、一個のシールドだけでは守りきれない。ならば、どうすれば良いと思う?」
「えっと、複数の攻撃が来るのでしたら、それと同じぐらいのシールドを作る……のでしょうか?」
クリスは少し不安な気持ちで答えると、ハクトは首を横に振る。
「確かにそうかも知れないけど、それだけのシールドを作るには、かなりの魔力を使ってしまう。クリスの魔力なら精々4、5回で魔力切れするな。他に何か思いつかないか?」
「う〜ん……あとはシールドを移動させるとか……」
「良い線いっているよ。なら、見せてあげるから、よく見ておいて」
ハクトは両手にシールド魔法を張ると、二つとも動かした。
「クリスの言ったシールドの移動は、魔法弾を操作する時と同じ様に意識を集中すれば何とか出来る。こんな風に」
ハクトは魔法弾を数発ハクトに向かわせた。すると、シールド魔法が前に来て防いでくれた。別の所から来た魔法弾もシールド魔法が移動して防いでいく。それを見ていたクリスは驚いた。向かってきた魔法弾は全て防ぎ終わるとハクトは一息吐く。
「ねっ、簡単だろう。最初は一つのシールド魔法を動かす所から始めようか。でも、まださっきの問題の答えではないけどね」
「えっ? 違うのですか?」
クリスは今のが正解かと思っていた。
「点数的は45点ぐらいかな、今のは数発程度防ぐ事が出来たけど、さらに多かったら追いつく事が出来ない。それにその中にシールドブレイクが混じっていたらどうなる?」
「あ……」
クリスはそこで気付いた。今のは普通の魔法弾だから防げていたけど、もしもシールドブレイクの魔法弾が混じっていたら、確実にダメージを受けていた。
「答えはこうするんだ」
ハクトは全ての魔法弾を向けさせると、シールド魔法と魔法弾を同時に出して前から来た攻撃を魔法弾で防いで後ろからの攻撃をシールドで防いだ。たまに逆にする時もあるけど、それでも全部撃ち落とした。
「射撃系の魔法少女は決して防御だけで何とかする必要はない。魔法弾を常に出しておいて、いざと言う時はそれで防ぐ。いつも射撃練習で魔法弾をぶつけていたのは何故?」
「精密なコントロールをつける為……それに魔法弾は魔力の消費は少ない……それを同時に出して撃ち落とせる攻撃は撃ち落として、防げる攻撃は防ぐ。相手の攻撃を目で見るのではなく魔力の流れをよく見る……」
大体のやり方が解ってきたクリス。つまり、魔法弾を上手く使ってシールド魔法を出来るだけ使わずに攻撃を防ぐ事。簡単そうに見えて、これは少し難しい事である。だが、出来ない訳ではない。
「そう言う事……それじゃあやってみるか」
「えっ、もうするのですか!?」
「当たり前だ。ほら、始めるぞ。最初は5発行くぞ。その中に一つだけシールドブレイクを入れるから、それを見極めて防いでみせろ」
「はい!」
それから、ハクトの魔法弾を次々と防ぐが、やはりシールドブレイクに惑わされて、ついシールド魔法で防いでしまってダメージを受けてしまう。それでも休ませる事無く、ハクトはどんどん魔法弾をぶつけてくる。
そんな練習のおかげで、クリスにはライチが放った薔薇の棘は見極めてシールド魔法と魔法弾で防いだのだ。そして相手が油断している間に魔法弾で攻撃したのだ。
「勝負は始まったばかりです。まだまだまだ行きますよ。スター」
『イエス、マスター』
クリスはブレイブスターを構えて魔法弾を数発放った。
「また!?」
ライチは薔薇の蔓で魔法弾を防ぐ。今のは回避出来ると思っていたけど、クリスの魔法弾は速過ぎるのだ。天空魔法の魔法弾はスピードが速いのは知っていたけど、目で追う事が出来ないぐらい速いとは思わなかった。
だが、それはハクトが教えてきたからだ。クリスのもっとも得意とする射撃を中心に教えてきたから、パワーもスピードも上がっているのだ。
『クリス選手の魔法弾がライチ選手を攻めていきます。最初はどうなるのかと思いましたけど、クリス選手もやりますね』
『そうね。本当に最初は少し後悔していたけど、ラズベリーがここまでやるとは思わなかったよ』
ライムはクリスの成長に喜んでいる。そしてライムはEクラスの応援席にいるハクトを見る。
(嵐山、お前が彼女を強くさせたみたいだな……やはり、只者ではないな)
そう思ったライムは少しだけ笑う。
一方のライチは状況を整理している。
(あんなE級魔法少女に押されているですって!? このわたくしが……ありえませんわ!)
このまま防御するわけにはいかないと思ったライチは蔓に乗って、大きく上に跳んだ。クリスは上空を見上げるとライチはクリスに向かって振り上げた剣を一閃する。クリスはブレイブスターで受け止めた。鍔迫り合いする二人だが、ここでは明らかにライチが押している。一度離れると、ライチは剣でクリスを攻撃する。クリスはブレイブスターで受け止め続ける。
『ライチ選手の剣にクリス選手は受け止め続ける。しかし、よく見て防御していますね。普通ならシールド魔法で防ぐ所ですが』
『シールド魔法は魔力を消費してしまし、あまりにもそれで防御するとシールドブレイクを発動されてしまっては対応出来ずにダメージを受けてしまう。だからラズベリーは剣の動きを見て杖で防御しているのだろう。現に杖を強化させているみたいだ』
ブレイブスターが受け止めているが、いずれヒビが入ってしまうかもしれないから、クリスはブレイブスターのフォームを強化して防御しているのだ。
「……お兄ちゃん、クリスは勝てるの?」
「今はまだ分からない……」
ミントの質問にハクトはちゃんとした答えは出せなかった。クリスは必死で相手の攻撃を受け止め続けているけど、それが何時まで保つか分からない。だが、クリスは何かを待っているのは確かである。クリスは受けている間でも魔法弾でライチを攻撃するが、それが一発も当たっていない。避けられているのではなく、まるでちゃんと狙っていない様に見える。
(よし、次で……)
クリスは魔法弾をライチに向けて放つが、やはり避けられてしまう。
「いつまでそんな単純な攻撃をするのかしら? 魔力の無駄遣いと言うものではないのですか」
ライチは動きを止める。クリスは杖を構えたまま、一度大きく深呼吸する。
「無駄使いなんてしていません。これでやっと完成したのですから」
クリスは足元に魔法陣を張った。
「スター!」
クリスはスターを上に上げる。ハクトは上を見上げると、いつの間にか魔法陣が完成している。クリスの狙いはここだったのだ。
「魔法弾を使って、魔法陣を作っていたのか」
魔法弾をワザと外していたのは上空に魔法陣を作るのに気付かれない様にして、魔法弾で魔法陣を作っていたのだ。攻撃を受け止め続けていたのも、それだったのだ。
「行くよ。七星光波。セブンスターレイ!」
クリスがスターを振り下ろすと、上空の魔法陣から七つのレーザーがライチを狙って落ちてくる。それぞれのレーザーがライチにダメージを与えていく。七つ全て撃ち終わると上空の魔法陣は消えた。
『来ました! クリス選手の魔法が決まったぁぁぁ〜! これはライチ選手に予想もしないダメージを与えたに違いありません!』
実況の虎之助が熱く語る。会場も今の攻撃で決まったのかとざわざわしている。
「勝ったの? ねぇ、勝ったの?」
「……分からないけど、今の攻撃は効いているはずなのです」
シャーリーはミントの手を取り合って喜んでいる。ミントも少なからず笑顔でシャーリーと手を振っている。
しかし、ハクトは全く喜んでいる表情ではない。それは実況席にいるライム、審判のベルモット教官、そしてクリスも同じである。確かにセブンスターレイはライチを直撃してダメージを与えたはず。しかし、何かが変である。何と言えば良いのか、言葉にするのが難しい感じである。
(何でしょう? この嫌な予感……セブンスターレイはちゃんと決まったはずなのに……)
(この違和感は一体何なんだ? ライチの奴、まだ何か奥の手を残していると言うのか?)
クリスとハクトがそんな事考えていると、ライチはゆっくりと姿を現した。無傷で、しかも魔力ゲージも全く下がっていない状態で。
「馬鹿な!? 全くダメージを受けていないだと!? 魔力ゲージも下がっていないなんて!?」
「そんな!? 効いていない!? ちゃんと決まったはずなのに!」
二人は驚愕する。確かにセブンスターレイは決まったはずだ。間違いなくそれを受けて無事な訳が無い。しかし、ライチは全くと言ってダメージを受けていない。
「うふ…うふふふふふ……はははははははははははははははははは!」
ライチは剣を持っていない手で顔を隠して、低い声で笑い出した。
「効きました……今の魔法はかなり効きましたわ……わたくしの顔が、こんな風になるぐらいにね……」
ライチは顔を隠していた手をどかした。
「ひっ!?」
その顔を見たクリスは、ビックリして身体を震わした。ライチの顔、左目の辺りが無くなっているのだ。そして、その中から植物の根が出てきている。その姿にクリスは恐怖を感じている。
その光景は会場にも恐怖を与えている。あの人達は気を失い、吐気をする人達もいる。
「幻術? いや、そんな魔力を感じない……どうなっているんだ?」
ハクトはライチが幻術を使って、クリスに恐怖を与えているのではないかと考えているが、そんな魔力を感じないし、ライチの魔力は間違いなくそこにある。つまり、あれは本人である。
「この姿を曝してしまった以上、仕方ありませんわね……貴女を逃がさないわ……」
ライチはそう言った瞬間、リング全体に魔法陣が張られて、結界が作られた。黒い薔薇とその蔓がリングを包み込んで中を見せない様にしていく。
「マズい!」
ベルモット教官はこれ以上の試合は危険だと感じて試合を止めようとすると、薔薇の蔓が鞭の様にベルモット教官に襲い掛かり、リングの外に出されてしまった。
「しまった! クリス!」
ハクトも応援席からリングに向かおうとするが、何か見えない壁にぶつかった。試合の邪魔や乱入等を防ぐ為に張られた結界である。
ライチの結界の中に閉じ込められたクリスは外に出られずに戸惑っている。
ライチがゆっくりとクリスに近付いてくる。恐怖で身体が動けなくなっているクリス。果たして試合はどうなるのか?
(続く)