ヴェルガドーム、中央リングの横でハクトとテキーラは対峙している。
「私に手を出して本当に良いのかしら? 教師に暴行する生徒なんて即退学決定よ」
ぺろりと舌を出して笑うテキーラ。シャツのボタンを一つ外して、胸をチラチラと見せようとする。
「あのな……おばさんの胸なんて、気持ち悪いだけなんですけど……」
「お、おおお、おばさんですって!?」
ハクトが本当に気持ち悪そうに言うと、テキーラのかちんと頭にきて怒った。
「お姉様と呼びなさい!」
テキーラは前に跳んで一回転して右足のハイキックをすると、ハクトも同じハイキックでぶつける。
「おばさんをおばさんと言って何が悪い……生徒をいじめるような奴は先生でもないし、あんたの様な化粧を濃くして、香水なんか色々使いやがって……そんな人ほど、男が出来ないんだよ。まさか、その歳でまだ結婚とか出来てないとか」
テキーラはハクトの言葉に怒り、蹴りを連打する。ハクトも負けじと蹴りで対抗する。
「う、うるさい! 私はもっともっと良い男を捕まえる為にやっているのよ! あなたみたいなガキに何が解ると言うのよ!?」
「あんたの気持ちなんて、あまり分かりたくないけど。あんたがライチを傷付けている事に関しては、絶対に許せないんだよ。あいつは幼い頃に心に深い傷を持っているのに、あんたはそれを使って、あいつを苦しめた」
蹴り合いを止めて、間合いをとる二人。二人の戦いを見ている人なんていない。観客の皆さんはリングにある薔薇庭園に釘点けになっているからだ。
「ライチはクリスが何とかしてくれる。だから、それまでは邪魔はさせない。俺がお前をぶっ飛ばす」
「出来るのかしら? あなたはともかく、あのE級魔法少女に。天空魔法なんて珍しい魔法を持っているから、あの子に倒させて、私のクラスに入れてあげてたっぷりと私好みの人形にしてやろうと思ったのに」
「クリスをお前の所になんて行かせるかよ」
「なら教えてあげるわ。魔導師も魔法少女もみんな私の人形だって事をねぇ!」
すると、ハクトの後ろから何かが迫ってきたのを感じて、ハクトは後ろを振り返ると、ブラックウルフがハクトに噛み付こうとしたのだ。
「こいつは!? 何故ここに!」
「私のペットですから」
テキーラは微笑みながらブラックウルフの頭を撫でてあげる。
「なるほど……あの時もあんたの仕業だったのか」
ベルモット教官のシミュレーションの時、突然現れたブラックウルフ。王都に現れるなんてありえないと考えていたハクトは漸く真相に気付く。
「実技の授業は私も見させてもらっていましたから、あなたのクラスが私のクラスに勝とうとしていましたから、仕方なくこの子を送り込んであげたのですよ。何より、あなたは邪魔だからね。クラスからの信頼、指揮能力、戦闘能力、どれもあなたは持っていますから、邪魔者は排除しておく必要がありましたので」
「自分の無能さを人の所為にするな」
「黙りなさい! さぁ、私のペットちゃん、あの生意気なガキの喉元を噛み付きなさい!」
テキーラの命令されたブラックウルフは、一回吠えてからハクトに向かって襲い掛かってきた。だが、ハクトは慌てず相手の動きを見ている。ブラックウルフがハクトの喉元に喰らい付こうとした。
「同じ相手に俺が負けるかよ! エル!」
ハクトはエルを呼ぶと、ブラックウルフの身体に魔法陣が現れて、ブラックウルフは身動きが取らなくなった。そして、動けなくなったブラックウルフに、ハクトは魔力を籠めた左の拳でブラックウルフの顔面にぶつけた。ブラックウルフはテキーラの後ろまで吹っ飛んで気を失った。
「なっ!? 何ですって!?」
唖然とするテキーラ。身体が震えだして、ハクトに恐怖を覚える。
「次はお前にぶつけてやるよ」
ハクトはテキーラを睨みつけると、テキーラはくすくすと笑う。
「流石ね。やはあなたの相手はこいつらですね」
すると、人の気配を感じたハクトは周りを見ると、Aクラスの生徒達がぞくぞくとやってきた。
「こいつらは……」
Aクラスの生徒達はドライブを起動させて、ハクトに向ける。
「さぁ、Aクラスの生徒達。たっぷりと教えてあげなさい。実力の差と言うものを」
勝利を確信してくすくすと笑っているテキーラに、ハクトはニヤリと笑う。
「だったら、お前達に学んでもらおうか」
ハクトは左手を前に突き出す。
「魔法の本当の力という奴を!」
その中で、ライチは薔薇の棘を飛ばし、クリスは魔法弾で迎え撃っている。だが、周りで出ている紫の煙を吸わない様に注意もしている。
クリスは息を荒くしている。先程ライチに痛めつけられた時に魔力ゲージが一気に下がっている為、クリスの魔力も残り少なくなっている。だから、防御をするよりも回避を優先的に行っているが、体力が保つかどうかの問題が起こる。このままでは魔力ゲージが0になって負けてしまう。
一方のライチはまるで何事にも動じず、ただテキーラに言われるままクリスに攻撃をし続ける。
「ライチさん! 目を覚まして下さい!」
クリスはライチに叫ぶ。ライチはその言葉を無視して攻撃する。
「こんな事をしたって、ライチさんは何も変わりません。また一人ぼっちになってしまいます。それでも良いのですか!?」
「……わたくしの居場所は、もうここしかありませんの……クインビ先生が教えてくれましたから。わたくしを理解してくれたのは先生だけですわ。お姉様でもない、ましてや貴女でもありませんの」
「確かに私はライチさんがそん悲しい過去を持っていたなんて知りませんでした。でも、今は違います。ライチさんの過去を知って、私は貴女と戦いたくなくなってきたのです。私達はこんな風に戦う必要はなかったのだと気付いたのです」
クリスは最初、Eクラスを見下すライチの事をそんなに好きにはなれなかった。そして試合が行われても、勝ちたいと言う気持ちで一杯だった。しかし、今はもうライチの悲しい姿に、クリスは戦いたくないと思った。ライチの気持ちを知ってしまった以上、この戦いに意味はなくなったのだ。ここでクリスが勝っても、結局結果は何も変わらない。
「私はライチさんの様に、力がある訳ではないけれど、こうして手を伸ばす事は出来ます」
クリスは左手を前に出しながら、ライチに近付いていく。ライチは薔薇の棘を飛ばすが、クリスに全く当たらない。躱しているわけではない。まるでライチがクリスに当てない様にワザと外している様に見える。
ライチはクリスの言葉に、どんどん自分のやってきた事が間違いであると思っているのだ。言葉で否定しようとも魔法は心で出来ているから、ライチの心に嘘は吐く事が出来ない。
「クリス・ラズベリー……くっ!」
ライチは頭を押さえる。クリスはそれでも、ゆっくりとライチに近付く。
(何故、貴女はそんな身体になっても、わたくしに真剣な目で手を差し伸べようとするのですか? わたくしは貴女やEクラスの生徒達を嫌っていましたのに……でも……もう、貴女とは……そうですわよね。わたくしはただ、貴女の様な魔法少女に嫉妬していただけですのよね)
ライチはもうクリスと戦う事は出来なかった。剣を下ろして、素直に降参しようとする。
『力が欲しくないのか?』
すると、ライチの頭にあの声が聞こえた。クリスには聞こえていないみたいで、全く気付かずに近付いている。
『何故躊躇う? お前は自分をこんな事にさせた者を許さないと言っていたではないか』
「そ、そうですけど……ですが、もうわたくしは……」
あの声に怯えているライチに、クリスはやっと気付いた。
「ライチさん? どうしたのですか?」
あの声が聞こえないクリスは、一体何に怯えているのか解らなかった。
『もはや、お主の意思など知らぬ。我があの娘を始末しよう……』
「ライチさん!?」
クリスは絡められているライチに手を指し伸ばす。ライチも無意識にクリスの手を取ろうとすると、薔薇の棘がクリスに襲い掛かってきた。クリスはそれを何とか躱すが、ライチは身動きが取れなくなってしまった。すると、ライチの後ろから大きな黒薔薇が姿を現した。
「これは一体……?」
『マスター、気を付けて下さい。あれから禍々しい魔力を感じます』
『あの憎き天空の魔法少女は、我が取り込ませてもらう』
「えっ!?」
黒薔薇はライチを操り、スカーレットローズを前に突き出すとに赤い魔法陣を展開させた。
「スター!」
『了解です、マスター』
クリスとブレイブスターは距離を取ってシールド魔法を発動させる。
ライチがそう言った瞬間、赤い魔法陣から黒薔薇のレーザーが発射された。それをシールドで防ぐクリスだが、ライチの言うとおり、シールドブレイクが発動されてしまい、クリスのシールドは破壊されてしまった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
クリスはライチの攻撃に直撃して吹き飛ばされた。そして、地面に転がりうつぶせになって倒れて、シールドブレイクの効果で身体が動けなくなった。
『さぁ、頂こうか……我が魔力の糧となれ』
黒薔薇は蔓を使ってクリスに迫ろうとしている。クリスは何とか起き上がろうとするが、まだ動けないみたいだ。
「……ごめんなさい……わたくしの所為ですわ……」
「そんな事…ありませんよ……」
クリスは必死に身体を起こそうとすると、ようやく立ち上がった。まだ身体が痺れて動けないが、何とか立つ事までは出来た。
「誰だって、自分の好きな場所が壊されてしまったら、悲しくなってしまって暗黒の力を手に入れたくなってしまう。私もね、昔は一人ぼっちで誰からも見向けもされなくて、居場所がなかったのです。でも、シャーリーやミントと友達になってからは、ここが自分の居場所だと気付く事が出来たのです。だから、一人ぼっちの女の子を、私は見捨てません」
「貴女も……そうだったのですか?」
ライチがクリスと会ったのは初等部の時、Eクラスでシャーリーとミントと楽しそうに話していた所を見ていたのだ。その笑顔が許せなくて、三人の前に現れて色々言ってしまった。歯止めが利かなくなり、シャーリーとぶつかりあった。シュナイザーの家の名前を使っていたのは、自分の方が上だと見栄を張っていただけだ。だから、自分以外、一人ぼっちで居場所の無い存在なのだと思っていた。
『まだ立つか。ならば、これでトドメだ』
「スター……私、やっと分かったよ……今、私が本当に何がしたいのかを……」
「だから、お願い。力を貸して。私は……ライチさんを助けたい!」
黒薔薇のレーザーはクリスに向かっていき直撃する。ライチは目を瞑って、クリスが倒れる姿を見ないようにする。
その瞬間、黒薔薇のレーザーが当たった所から強い光が現れて、上空に向かっていき天井を突き破った。
「何だ!? あれは!?」
それはリング外でやっていたハクトやテキーラにも見えた。誰もがそれに見てしまう。そんな中でハクトの前に何かが落ちてきて、ハクトはそれを取ろうとした。
「これは……白い羽根?」
それはキラキラと輝く真っ白い羽根である。ハクトがそれを手にすると、シャボンの様に綺麗に消えていく。ハクトは上空にある光を見ると、そこから白く輝いている翼が左右に広がって、そこにクリスがいた。その姿はまるで天使の様な姿である。
ドーム内ではその光景に誰もが口を開けて驚いている。それは放送室にいる人たちもそうである。
「……はっ! 何をやっているのですか、タイガー!」
その中で最初に動いたのはスフレであった。彼女はどこから出したのかハリセンで虎之助の頭を叩いた。
「早く実況しなさい! この光景をみんなに聞かせてあげなさい!」
「い、イエッサー!」
虎之助はすぐにヘッドホンをつけてマイクの電源を点けた。
『これは素晴らしいです! エクセレント〜! クリス・ラズベリー選手、あの薔薇庭園を抜け出して、背中には美しく輝いている白い翼を広げて現れました! これはまさにまさにまさにまさに! 天使です! 天使は舞い降りましたぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!』
虎之助の実況で呆然としていた観客席が一気に沸きだした。
「すごい……クリスちゃん、天使になっちゃった。ちょっとサービスしすぎじゃないの、教授?」
観客席にいた黒狐はそばにいたジン先生に言った。黒狐とカリムはいつの間にかEクラスの生徒が集っている席にいたのだ。
「あれは元々、天空魔法の航空術として使われていた魔法だ。俺はそれをあのドライブに入れていた。だが、ラズベリーとブレイブスターのシンクロ率がフル状態にならなければ現れないはずだが……なるほど、いいデータが取れそうだ」
ジン先生はカチカチとパソコンのキーボートを叩いている。
そしてクリスがゆっくりと目を開ける。
「え、えぇ〜!? な、何ですか!? 一体何がどうなっているんですか、これは!? どうして私、空を飛んでいるのですか!?」
自分がどうして空にいるのか理解出来ずに慌てているクリス。
『マスター』
「えっ? スター?」
クリスは持っているブレイブスターを見て、漸く落ち着いた。
『エンジェルフェザー、コンプリート。システム、オールグリーン。この力で、マスターは空を飛ぶことが出来ます。背中の翼が何よりの証拠です』
ブレイブスターに言われて、クリスは背中に生えている翼を見る。キラキラと真っ白に輝く翼から魔力粒子と呼ばれる小さな粒子が出ている。
「エンジェルフェザー……まるで天使になったみたい」
子供の頃から憧れていた天使に自分がなっているなんて、少し嬉しくて笑みを浮かべた。
『己……やはり天の力を持つ魔法少女が現れたか……その力、今度こそ壊してやるぞ』
リングにいた黒薔薇から蔓が二本出てきて、上空にいるクリスに向かっていく。
「スター、どうしたら移動出来るの?」
『空を移動するイメージをしてくだされば、翼が動き出して移動する事が出来ます』
「イメージ……うん……」
クリスは向かってくる蔓を見て、それを避けようとイメージをすると、翼が動きだしてクリスは空を移動する。
「えっ!? ちょっと、速過ぎます!」
しかし、勢いが付き過ぎてドームの外にまで行こうとしている。
『おおっと、クリス選手。空を飛んで外に向かおうとしているのか? いくら空を飛べばリングの外に出ても10カウントを取られないと言いましても、ドームの外まで行っちゃダメですよ!』
虎之助の実況が響き、クリスは何とか止める事が出来た。
「はぁ…はぁ…はぁ……あ、危なかったです……」
『クリス!』
「ハクトさん、大丈夫ですか!? 私、空を飛ぶ事が出来たのですけど!」
『こら、クリス! スピードの出しすぎだ! 魔力を制御してスピードを抑えろ! すぐに魔力切れを起こしてしまうぞ!』
怒られた。
「す、すみません!」
『まぁ、良いだろう。航空術を使う時は、相手の動きをよく見て避ける事、シールド魔法は出来るだけしない事だ。すぐに切れてしまうから気を付ける事。いいな!?』
「でも、私の魔力ゲージはもう……あれ? 魔力ゲージが回復していますし、さっきより増えていますよ」
クリスは自分の魔力ゲージを見ると、さっきまで少なかったのが全回復していて、さらに前より少し増えている。
『ドライブとシンクロ率が100%になっていると、魔力ゲージは一気に回復するのです』
「そういえば、ハクトさんが言っていましたね」
選手控え室にて『魔導師とドライブが一つになった時、大きな力になる』とハクトが言っていた。きっと、シンクロ率が100%になると、こう言う事になるのだとクリスは思った。
『はい、マスター! バーストモード』
クリスはブレイブスターの先端を前に突き出して構える。狙いを黒薔薇の魔力コアを向けると、左右の上と下に小さな魔法陣が現れて、中心に大きな魔法陣が現れる。そこで魔力を溜めていくクリスに、黒薔薇は蔓で攻撃しようとするが、その前にチャージが完了した。
「星よ、我に力を与えよ! シューティングスターバースト!」
四つの魔法陣と大きな魔法陣からキラキラと真っ白に輝くレーザーを放った。それぞれ、真っ直ぐ飛んでいき、ライチには当たらず全て黒薔薇に当たったのだ。そして真ん中の大きなレーザーが黒薔薇のコアを狙った。
『な、何だとぉぉぉぉぉ〜〜!』
黒薔薇は苦しみだして、ライチを放して倒れていった。そして、黒い霧となって消滅していった。周りにあった薔薇庭園も完全に消滅した。
虎之助が興奮しながら実況すると、ライチの魔力ゲージが0になった。
『ライチ選手の魔力ゲージが0になりました。よって、この試合はEクラス代表のクリス・ラズベリー選手の勝利です!』
決着が付いた事に観客一同は歓声を上げる。クリスはリングに着地してライチを起こそうとする。ライチは目を瞑って気を失っている。
「ば、バカな……そんな、Aクラスの魔導師があんな最下級クラスの魔導師に負けるなんて……」
テキーラは呆然とするが、すぐにニヤリと笑う。
(やはり天空魔法は三大魔法の一つだわ。あれを私の物にすれば……)
すると、テキーラの周りに魔法剣が現れて、一歩でも動いたら斬ろうとしている。
「ひぃ!? だ、誰です!? こ、こんな事をするのは!?」
何とか首を後ろに回すと、そこにはライムが魔法剣を持って立っていた。
「クインビ先生……貴女には妹がお世話になりました。ですが、あの子の心を抉るつもりなら、シュナイザー家の魔法少女ライム・シュナイザーが相手をする」
ライムは剣を構える。すると、ライムの周りに魔法剣が現れて今にもテキーラに向かっていこうと剣先を突き出している。
「ま、待ちなさい! 私は教師よ! 生徒が教師に手を出したらどうなるのか知っているでしょう! 退学になりたくないのでしたら、今すぐ……」
「残念だけど、あんたはもう教師じゃないぜ」
すると、ライムの後ろからハクトがやってきた。身体にはそれなりにダメージを受けているみたいだけど五体満足である。
「そんな……お前はAクラスの魔導師達に……」
「さ、最大の欠点……?」
「あれは自分の魅力を上げて相手を虜にする。それは、相手の力を弱らせる弱体化魔法なんだ。だから、あれに掛けられているAクラスの生徒達は実力の半分も出せないまま戦わせられていたんだよ」
「そ、そんな……」
テキーラはその事に気付いていなかった。確かに自分の魅力を上げれば相手は翻弄されて力を出せなくなる。だから、あれは元々弱体化魔法として記録されているのだ。
「もう終わりだよ、テキーラ・クインビ。生徒の夢を壊そうとしたあんたにはお似合いの最後だな」
「まだよ…私はまだ終わらないわ! 私はね、こんな所で終わる魔女じゃないのよ! 最強の魔女になるのよ! そしてね、私の実力を認めなかったこのクソ魔法学校なんて滅ぼしてやるのよ!」
開き直ったかの様にテキーラは大笑いする。
「そうかい……だが、もう終わっているんだよ」
そう言うと、ハクトは左耳にマイク付きイヤホンとを付ける。
「タイガー、聞こえたか!? 今まで録音したそれをホークアイ教官かジン先生に提出しておけ!」
『心配ないぜ! 実はここに特別ゲストが来ているんだぜ! 実況を伝えるぜ!』
虎之助はマイクを付ける。実は、虎之助がいる放送室でハクトの服に付けていたマイクでテキーラの悪行を録音していたのだ。一筋縄ではいかないと思ったハクトが虎之助に相談して用意してもらったのだ。
『さぁ、ここで特別ゲストが来ているぞ! 魔法学校の校長先生ジョージ・マーカス先生です! さて、校長先生、先程聞かせておきました一年Aクラスのテキーラ・クインビ先生の非行をどう思われましたか?』
虎之助の横にはマーカス校長先生が座っていた。彼もまた事態が深刻となり、放送室にやってきていたのだ。
『クインビ君、私は残念に思ったよ。君が心を入れ替えて魔導の正しい道に進んでくれると思っていたのに……やはり君はまだ己の心に大きな闇を持っていたとは』
マーカス校長の言葉に、テキーラは鼻で笑った。
「ふん! 笑わせないでくれる? 誰が好き好んで教師なんてやるものですか。私はもう一度あの時のように輝きたいのよ。誰からも尊敬され、私の魅力に惹かれて、そして女王の様に学校を支配するのよ。こことは違う魔法学校ではそれはそれは楽しませてもらいましたよ。えぇ、ここなんかよりもずっとね! そして教員免許を取ったからには、この王都の魔法学校で今度こそ夢を叶えてあげるのさ。いいえ、夢と言うよりも復讐かしらね。そうよ、復讐なのよ! 生徒なんて私の駒! 駒は大人しく主である私の命令に従っていれば良いのよ。それを何かしら、姉妹? 居場所がない? 笑い話以外の何だと言うのよ! お子ちゃまがこの最強の魔女になる私の踏み台になってくれるだけで充分なんですのよ」
「貴様! 妹の事をこれ以上侮辱するなら、私が許さないぞ!」
ライムが絡めていた魔法剣をテキーラに近づける。だが、テキーラは怯まずに笑いながら言った。
「あんた達の様なお子ちゃまは、おままごとでもしておけよな。ライチちゃんは使えないし、他のAクラスの魔導師も使えないし、お前達、これが最後の命令よ。自分の頭をぶち抜いて死になさい!」
テキーラの命令に誰もが驚いた。すると、操られているAクラスの生徒達が次々と立ち上がり、自ら命を落とそうとしている。
「よせ、お前達!」
ライムがみんなに止める様にする為に、テキーラを絡めていた魔法剣を解除して、生徒達を止めに入った。その隙にテキーラは逃げようとする。
「バカな子供達……ね〜〜!?」
すると、テキーラの前に巨大な衝撃波が現れて、テキーラを吹き飛ばした。立ち上がるとそこにはハクトが左手を前に出していた。
「お前の様な魔導師がいるから、何も変わらないんだ……お前の器など小さすぎて見えないぐらいだ。Aクラスの生徒達だって人々の力になる為に学んでいるんだ。それをお前の下らない妄想で命を落とす様な事など、絶対にさせるか!」
ハクトの怒りが爆発した。魔法を貶す様な奴は絶対に許せないのだ。
「ひぃ!」
ハクトの怒っている姿に、テキーラはまたしても恐怖を覚えた。自分でもどうしてこんなガキ相手に怖がっているのかが解らない。ただ、こいつからはもう逃げられないのは確かである。
すると、テキーラの身体を植物の蔓に巻きつけられた。
「な、何よ!? ライチちゃん!?」
いや、強制的に発動させられたのだ。ライチの中にある暗黒魔法は自我に目覚めてしまい、ライチの意思を無視して発動したのだ。ライチはまだ気を失っているが意識が無いままやっているのだ。
「……お主の様な邪な心を持った魔導師を喰らうのが、我にとって最高のご馳走だ」
「………えっ?」
テキーラはライチの声ではない別の声に驚いたのか、最高のご馳走でこれから喰われる事に驚いているのか解らなかった。ただ、呆然と蔓に持ち上げられて、黒い薔薇の中に飲み込まれようとしていた。
「頂くぞ、お前の魔力を!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ〜〜!」
「ダメです! スター!」
テキーラはそのまま黒い薔薇の中に飲み込まれようとした時、クリスの魔法弾で蔓を切り、エンジェルフェザーでテキーラを何とか捕まえて上昇する。クリスはさっきまでAクラスの自殺を上空から魔法弾を放って気を失わせていたのだ。
「ハクトさん、この人をお願いします!」
ハクトを見つけたクリスは抱えているテキーラを下ろしてあげた。ハクトは落ちてくるテキーラを魔法陣で何とかキャッチする事に成功した。
「嵐山、Aクラスの生徒は何とか自殺せずに済んだみたいだ」
ライムがAクラスの自殺を全て止める事が出来て、ハクトの所にやってきた。
「そいつはどうなっている?」
「完全に気を失っているよ。あれに喰われたのだと思っているのだろう。まぁ、その方が良いだろう……」
テキーラは目を開けたまま気を失っている。哀れな最後だなとハクトは首を横に振って、そのまま目を閉じさせてあげた。
「さて、残る問題はあれか……」
ハクトはテキーラをやってきた教師達に任せて、リングにいるライチを見る。クリスはまたしてもリングサイドに戻ってブレイブスターを構えている。
「ライチさん、もう終わりにしましょう。貴女をいじめる人はもういません!」
ライチの身体がさっきの黒い薔薇と一体化していった。黒薔薇はみるみる大きくなっていき、観客席にいる魔導師達を捕まえる為、蔓を使ったが、ドームのシールドに阻まれる。だが、それでもパニックは起こり、観客は次々とそこから逃げていった。実況している虎之助が落ち着いてくださいと呼びかけるが、一度パニックが起こるとみんな冷静になれずに逃げるしかなかった。
「どうしたら……どうしたら良いの?」
クリスはどうやってこの状況を何とかするかを考えている。しかし、これと言った妙案が思い浮かばない。それはライムも同じである。魔法剣を飛ばせばあれは倒せるのだろうが、魔力のコアはライチの身体にある為、そこに魔法剣を刺してしまえば、ライチは死んでしまう。姉が妹を殺す事なんて出来るわけが無い。
『……お姉様、クリス・ラズベリー』
「ライチ……」
『わたくしのお願いを聞いてくれますか?』
「ライチさん、一体何を?」
『わたくしを……殺して下さい』
その言葉に二人は耳を疑った。
「な、何を言っているんだ、ライチ!? 私に殺せと言うのか!? 妹を! 姉であるこの私に!?」
『お姉様。わたくしはシュナイザーの家では必要のない存在。だから、シュナイザーの名を穢したわたくしを罰する事が出来るのはお姉様だけなのですわ。それに知っていましたわ。わたくしはお姉様とは血は繋がっていない事に……』
「ライチ……くっ」
自分達が姉妹でない事を知っていた事に歯を噛み締めて後悔するライム。
『悲しまないでお姉様。所詮わたくしなんて存在してはいけないものだったのですわ。ここで消える事も運命であると決めていますから。だから、クリス・ラズベリー。貴女にもお願い致します』
「そんなの……そんなの出来ません! どうしてライチさんが死なないといけないのですか!? 私はそんなの嫌です!」
『お願いします。もうわたくしの意思ではこの子を止める事は出来ません。あとは暴走してわたくしは暗黒魔法の一部になってしまいます。それだけはなりたくありません。ですから、お姉様かクリスに頼んでいるのですわ。クリス、貴女や他の二人には色々言ってしまってごめんなさい。二人にもそう伝えておいてくれませんか?』
「それは私じゃなくて、ライチさんが言わないとダメです! でないと、シャーリーもミントも絶対に許さないと思います! 私もです!」
クリスは涙を流しながら叫ぶ。すると、ライチの目からも涙が流れている。
『ひょっとしたら、わたくしと貴女は……友達になれたのかもしれませんでしたね……』
「ライチさん……私はこれからはずっと友達です!」
クリスは必死に伝えてあげると、黒薔薇が怒っている様に暴れだした。
「まずは、お前から喰らってやる!」
「マズい! ラズベリー!」
ライムがクリスを助けに行こうとするが、薔薇の棘が飛んできてライムに襲い掛かってくる。ライムは魔法剣で落としていくが、先に進む事が出来ない。
「頂くぞ、貴様の魔力を!」
「させるかぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
すると、クリスを捕まえていた蔓をハクトが叩き潰した。クリスは自由になってエンジェルフェザーで空を飛んだ。ハクトも航空術を使って、クリスの前に立つ。
「大丈夫か、クリス?」
「私は大丈夫ですけど、ライチさんが……」
クリスはハクトの背中に隠れる。ハクトはさっき潰した蔓を見ると、みるみる再生していく。どうやら、エルで叩き潰してもすぐ再生するみたいだ。ハクトはクリスと一緒に一旦リングに着地する。
「まったく、ライチよ。運命だとか存在してはいけないなど、悲劇のヒロインみたいなセリフを言ってんじゃねえ! お前は生きて償わなければならないんだ! だから、勝手に死のうとするんじゃねえ!」
ハクトはライチを指して言った。ライチはこの魔法でたくさんの人を傷付けた。両親を、Aクラスの生徒やクリスを傷付けている。
「その償いをする為にも、お前は生きなくてはならないんだ。どうしてもと言うのなら、俺がその願いをかなえてやるよ」
『あ、嵐山…ハクト……』
「ハクトさん、何かあるんですか!? ライチさんを助ける方法を!?」
「……あぁ、ある。俺があいつを暗黒の世界から引き摺りだす!」
ハクトは右手の拳を握って断言する。
「お前……お前から先に喰ろうてやる!」
ハクトが右手の黒いドライブに呼びかけると、右手自体が黒い刃となった。そして、襲い掛かってきた蔓を切り刻んでいく。
「無駄だ……我は滅びぬ。我は何度でも蘇る……全てを喰らう為に蘇るのさ!」
そう言うと蔓を再生しようとするが、切られた蔓がそのまま消滅していった。
「バカな! 我の蔓が消えていくだと!?」
その間にも、ハクトはどんどん迫ってくる。今度は薔薇の棘を飛ばしてくるが、それらも全て弾き飛ばされていく。
「わ、解っているのか!? 刃を刺せば、この娘は死ぬぞ! それでも良いのか!?」
「うるせえよ。黙って殺される!」
ハクトは全く躊躇もせずに黒い刃を向ける。クリスとライムが止める様に叫ぶが、ハクトは聞こえないフリをする。
「そうだよな。この世界に人を不幸にさせてしまう魔法が存在すると言うのなら、この力で全てぶち殺してやるよ!」
ハクトはそのままライチの胸を黒い刃で貫いた。
『……ありがとう…ございますわ……』
貫かれた感触が解ったライチは、ハクトに感謝する。
『これでやっと……』
ライチはそのまま意識を失っていく。
「う、う〜ん……」
ライチがゆっくりと目を覚ますと、そこには白い天井が見えた。
「ここは……?」
ここが死後の世界なのかと思ったライチに声が聞こえた。
「気が付いたのね、ライチ!?」
「……えっ? お、お姉様?」
隣を見ると、そこにはライムが安心した顔でライチを見ていた。ライチは不思議に思った。ひょっとしたら、これは夢なのではないかと思っている。
「わたくしは……死んだはずでは……?」
「大丈夫よ。医者の話だと、魔力が消えただけで特に後遺症は目立たないと言っていたから、しばらくすれば身体も動かせられるだろうと言っていた」
「そうではありませんわ……わたくしは、あの人に……」
確かに感触はあった。ハクトに自分の胸をあの黒い刃で貫かれた感触がまだ残っている。すると、ライムが何かを考えながら言った。
「消滅って……あっ」
そればかりか、術式も頭から消えていて思い出す事も出来なくなっている。まるで、最初からそんな魔法なんて存在していなかった様に……
「嵐山のあの力、一体何なのか興味が出てきた。今度あれと剣で交えたいものだ」
うんうんと首を縦に振ってそうしようかと考えるライム。ライチは身体を起こして、少し外のほうを見ると、そばに赤い薔薇の花が一本花瓶に刺さっていた。見間違いじゃない。これはライチが気に入っていたあの薔薇庭園の薔薇である。
「お姉様、これはどこで?」
「……ライチ、あの薔薇庭園はまだ残っておるのだ。屋敷の少し離れた隅に小さく残しておいたのだ」
「知りませんでしたわ。どうして教えてくれなかったのですの?」
「完成するまで黙っていたんだ。そして今日やっと完成して、最初に咲いていた薔薇をお前に見せてあげたかったんだ」
ライムも最初あった薔薇庭園が壊された事はショックだった。しかし、シュナイザーの跡を継ぐ者、涙は見せない様に振舞わなければならない。しかし、あれは残しておきたいと、屋敷の隅に新しく作っていたのだ。ライチを喜ばせる為に完成するまでずっと黙っていたのだ。
「本当にすまなかった。お前を苦しめ続けてしまって。だが、私はお前を絶対守ってみせる。たとえ血が繋がっていなくたって、私とお前は姉妹なのだから」
「……お、お姉様……お姉様ぁぁぁぁぁ〜〜!」
ライチはライムの胸に顔を埋めて、わんわん泣いた。今まで泣かなかった分の涙がたくさん出ている。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ライムは泣きそうになるが、何とか堪えてライチの頭を撫でてあげる。
「う〜ん……これは入ってはいけない雰囲気だな」
病室の外ではハクトとクリスが中を覗いていた。しかし、ライチの泣き声やライムがライチが優しく頭を撫でてあげている様子を見て、入ろうにも入れない状態になっている。
「これはまた日を改めてお見舞いに行った方が良いかも知れませんね」
「そうだな……今日は止めておくか」
ハクトとクリスはライチの病室から去っていった。
「それにしても、ハクトさんの右手は不思議ですね」
クリスはハクトの右腕を見てみる。手の甲に黒いドライブのコアが付いていて、まるで一体化している様に見える。
気を失っているライチを抱えてやってきたハクトは、ライチをそのまま病院に連れて行った。
「まぁ、そうだな。こいつは斬れない物を斬る力がある。つまり、魔法を斬る事が出来るってわけ、逆に斬れる物は斬れない事になっているんだ。魔導狩りとも言うのかな。ただ、こいつはちょっと厄介でね。制御が上手く出来ないんだよな。今回はたまたま上手くいったけど、次はそうならないかも知れないんだ」
「でもあの時はブラックウルフを斬ろうとしていましたよね。あの時はどうしてですか?」
ベルモット教官のシミュレーションの時、テキーラが呼び出したブラックウルフに、ハクトはあれを使っていた。そして、クリスに向かおうとしていたそれをハクトが何とか止める事が出来たのだ。
「あれは魔力に反応していたからだ。ブラックウルフにもクリスにも魔力があったから、魔力を斬ろうとしていたのだけだ。暴走してしまうのが欠点だけどね」
「悪い、クリス。こいつには感情と言うのが無いんだ。だから、話しかけても何も答えてくれないし、こいつから話す事も無いんだよ」
「そうですか。何だか淋しいですね……」
エルと同じで仲良くしていきたかったクリスだった為、少しガッカリする。
「そう言えば、クインビ先生の処分はどうなったのですか?」
「あぁ、テキーラは教員免許の剥奪、そして王都追放の処分が下されたらしいよ。二度と王都に来るなと。ただあれに喰われたショックで魔力のコアが壊れてしまって、二度と魔法が使えなくなってしまったらしい」
マーカス校長からハクトにテキーラの処分を話してくれた。テキーラは王国軍に逮捕され、そのまま自ら魔力のコアを破壊してしまい魔法が使えなくなってしまった。そして王都の外に追い出して門を閉めた。彼女はもう二度とこの王都にはやってこないだろうと、校長は悲しげに話してくれた。
「魔法は時には人を傷付けてしまう。結局クインビ先生もその被害者だったのでしょうか?」
「あの人は魔導の道から外れてしまった哀れな魔女だよ。ふさわしい最後だったけど、やはりこう言うのは終わってしまっても空しいだけだ。だからこそ、魔法を正しく学ばせる必要があるんだよ。もう二度とあんな魔女を生まれさせない為にも」
ハクトの言葉にクリスは首を縦に振った。
「クリス!」
すると、前からシャーリーとミントがやってきた。
「シャーリー、ミント。Aクラスの人達はどうでしたか?」
「しばらくしたら目を覚ますって医者も言っていたし、これで解決だね」
「そうだね。大会は中止になっちゃったみたいだけど」
結局クリスとライチの試合で事件が起こってしまい、そのまま大会は中止になってしまった。
「まぁ、次の試合で頑張れば良いさ。それよりも、早速だけどエンジェルフェザーの練習をやるからな」
「今からですか!? もう私も体力と魔力が限界ですよ」
「まぁ、普通なら甘い事を言うなと言うけど、俺もちょっと疲れているから、今日の練習は無しにしてあげるよ」
「ありがとうございます!」
喜ぶクリスに、ハクトは溜め息を吐く。そんなに喜んでもらっても、こっちも困るんだけどと思っている。
「っ!」
すると、ハクトは右手をポケットに突っ込んで痛みを耐えている。
「やはり……あんな邪悪な魔法を喰ってしまうと、身体に負担が来るな……」
「ば、バカな!? 我の魔力が!? まさか、我が主と同じ魔法を!?」
「知らねえよ! こいつは俺にとって命の恩人からくれた物だ!」
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
正確には魔法そのものを喰ったのだ。だから、ハクトの魔力のコアには暗黒魔法の黒い魔力があり、ハクトはあの魔法を使う事が出来る様になったのだ。魔法を喰うと言う事は、その魔法を自分の物にする事が出来るとい言う事である。だが、元々暗黒の力に目覚めていないハクトにとっては、猛毒みたいな物でハクトの身体を蝕んでいるのだ。だから、ハクトはこの魔法に苦しんでしまう。それをクリス達に見られるわけにはいかないのだ。
「なぁ、お前の主はどんな思いで魔法を喰ってきたんだ」
「人を不幸にしてしまう魔法なんて、本当に存在してはいけないのかな。だったら、俺は本当にこの世界にいても良いのだろうか。三年前のあの事故で俺は死んでいるはずなのに……」
三年前の大雨が降っていたあの日。ハクトは死にかけていた。右腕を失い、命の灯火が消えようとしていた。そんな時、ハクトの目の前に銀色の髪をした少女が涙を流して笑っていた。
『大丈夫だよ。私が救ってあげるから。だから、私の分まで生きてね……ハクト』
少女はそう言って、魔法を使った。
「……レイ。俺はお前の分まで生きないといけないんだよな」
ハクトは前で話し合っているクリス達を見る。
「そして、あの小さな魔法少女達を導いてあげないといけないんだよな。それが俺にとっての、お前への罪滅ぼしになるのだろうか……」
ハクトがそんな風に何か考えながら自分達を見ている事に気付いたクリスはハクトに近付く。
「どうしたのですか、ハクトさん?」
「えっ? いや、何でもないよ」
「そうですか。それじゃあ、早く帰りましょう。お母さん達がご馳走作って待っているみたいですから」
先程クリスの通信端末からカリムのメールが来たのだ。勝利祝いと新しい魔法を祝う為に豪勢に作ったらしい。
「そうか。どうせ母さんがたくさん食いたいだけだろう」
「あはは……そうかも知れません」
「絶対、酒は用意しているはずだから、母さんに飲ませるなよ。あの人、酒癖が悪くて手が付けられなくなってしまうからな」
東の国にいた頃、黒狐が酒を飲んで帰ってきた時「一番、嵐山黒狐! 魔法をぶっ放しま〜す!」と言って、家を半壊させた事があった。
「それって私の家も危ないんじゃあ!?」
「あぁ、急いで帰るぞ!」
ハクト達は病院を出て、真っ直ぐクリスの家に帰っていった。家が崩壊する前に着く為に……
深夜の王都シャインヴェルガの、とある町の屋上。
そこに黒いフードを被った一人の少女が町の様子を見ている。
「……やっと見つけた」
少女は右手の拳を握る。その少女の手の甲にはハクトと同じ黒いドライブのコアが付いている。ハクトと違うのは左手の甲にも同じのが付いている。
「これより任務を開始します」
少女はそのまま飛び降りると、右手を黒い刃に変えて、町にいた魔導師の前に現れる。
「な、何だ、貴様は!?」
魔導師は驚くが、すぐに魔法弾を放った。少女は無言のまま黒い刃で魔法弾を斬った。斬ったのではない。その魔法を黒い刃が喰ったのだ。魔導師はそれに驚いて動けなくなった。
「さぁ、狩りの時間です。貴女の魔法を喰わせていただきます」
少女はそう言って魔導師の目の前まで跳んで黒い刃を振り下ろした。魔導師の悲鳴が町に響く。
これが次なる事件の幕開けとなった。
(続く)