王都シャインヴェルガのとある町にて事件が起きていた。
「「あ、兄貴……」」
二人の男子が前で戦っている少年に不安がってお互い抱き合っている。
「はぁ…はぁ…はぁ……くそ! 何なんだ、こいつは!?」
皆さんは覚えているだろうか? かつてクリスをいじめていて、ハクトにあっさり負けて逃げていった三人組の男子達を……
その兄貴と呼ばれた男子は、もう一度炎の魔法を放った。しかし、相手は何かで縦に一閃して炎の魔法を斬ったのだ。
「に、逃げましょうぜ、兄貴! こいつ、化け物だ!」
「そうですよ! ここはいつもの様に逃げるべきです!」
二人の男子は逃げる事を提案する。兄貴もそうするべきだと、逃げ出す準備をするが……
「逃がしません」
相手は黒いフードを被った少女である。顔は隠れていて見えないけど、幼い静かな少女の声がしている。ただ、少女の右手は黒い刃となっている。さっき兄貴の魔法を斬ったのはそれである。その少女はまるで瞬間移動をしたかの様に、三人組が逃げ出そうとする方向の前に現れた。
道のど真ん中、それも車道でこの二人は戦っているが、誰もその事に気が付いていない。
「さぁ、狩りの時間です。貴方の魔法を殺します」
少女は死刑宣告をしてゆっくりと三人組に近付いていく。
「な、何者なんだ、お、お前は!?」
三人組の兄貴が身体を震え上がりながら少女に訊いた。少女は黒い刃を振り上げる。月が真っ二つになった感じに見えてしまい、少女は小さく答えた。
そう言って、少女は黒い刃を振り下ろした。
魔法学校では昨晩起こった事件の事でみんなが騒ぎ出していた。魔法学校の生徒三人が魔導師襲撃事件の犯人に襲われて意識不明の重体となって病院に運ばれたそうだ。
魔法学校の生徒が襲われたのは初めてであるが、王都に住んでいる魔導師が何人かその襲撃犯に襲われていて、既に十人(今回のを合わせて)もやられているのだ。
Eクラスの教室で新聞を読んでいたハクトは何か難しそうな顔をしている。
「ハクトさん、どうしたのですか? そんなに難しそうな顔をして」
横でクリスがハクトに訊いてきた。
「いや、襲撃された場所なんだけど、こんなに目立つ所で襲われているのに、目撃者が一人もいないなんておかしいなと思ってな……」
新聞ではスコーピオンの町にて襲撃されたと書かれているが、新聞に載っている写真を見る限りでは、横断歩道のど真ん中で倒れているのを発見されている。こんな目立つ場所で倒れているのなら襲撃した犯人を見ている人がいるはずなのに、誰もいないと書かれているのだ。
「確かに変ですよね。襲われた人も助けてを呼んでいたはずなのに、それも聞いていなかったみたいってテレビでやっていましたし」
クリスも朝のニュースで、そんな事を話していたのを聞いていた。襲われた人だって誰かに助けてと叫んでいたはずなのに、誰もその事に気付いていなかった。
「でもさ……せめて学校を休みにしてくれたら良いのに」
シャーリーが溜め息を吐きながら言った。
「それは確かにここの生徒が襲われてしまったから、保護者から学校を休学しろと言うのはあるかも知れないけど……」
「……もうすぐ連休がありますから、今学校をお休みにするわけにはいかないのではないでしょうか」
「そうだよね。連休が終わりましたら試験もありますから、休みは出来ないですよね」
シャーリーの提案には三人ともちょっと良いとは言えない表情をしている。それはそうである。五月の上旬には三連休があって、そのすぐに中間試験が待っているのだ。だから、今ここで学校を休みにされても試験が苦しくなるかも知れないからだ。
「ハクトは別に学校があろうがなかろうが、いつも寝てるでしょう。そんなので中間試験は大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。赤点さえ取らなければ問題ないだろう」
あははと笑うハクト。本当に大丈夫なのかと三人は心配になってくる。
「俺の心配より、自分の心配をしたらどうだ? この前の小テスト、あまり良くなかったのだろう、ミント以外」
「「はぅ!」」
クリスとシャーリーは痛い所を突かれた。二人は前に行われた小テストであまり良い点数を取っていない。ハクトは論外。唯一なのはミントである。錬金術を学ぶ時に色々勉強していたから、一応上位に入っているから問題はないみたいだ。
「……大丈夫だよ、クリス、シャーリー。ちゃんと教えてあげるのです」
「うん、ありがとう……ミント」
「いつもいつもすまないね……」
クリスとシャーリーは苦笑いしながらお礼を言う。
「そんな事があるから、やっぱり休みはないと思うよ。諦めろ、シャーリー」
「う〜……でもさ、休みになってくれれば、ハクトに練習付き合ってくれるのに」
「そうですわよね。わたくしもお休みなっていただければ、ハクト様と魔法の練習をしたかったのですけど」
「まぁ、学生である以上、勉強も大事なんだから、そこはちゃんとしないと」
「お前が言うな!」
シャーリーがハクトの頭を叩く。いつも寝ている奴にそこは言われたくはないだろう。
「あのな……こっちはみんなの練習メニューを作る為に、色々考えさせられているのだから、授業中ぐらい寝かせてくれても良いだろう」
「ハクト様、いくらハクト様と言っても、このクラスの希望でもあるのですから、皆様の為にもしっかりなさって下さい」
「そう言われても…………あれ?」
ハクトは何かおかしい状況になっている事に漸く気付いた。誰か一人この会話に加わっている人物がいる。虎之助がこんなお嬢様風の口調で来るとは思えない。ハクトはその声がした方を見る。
「おはようございますわ、ハクト様」
そこにはライチ・シュナイザーがいた。
「なっ、ら、ライチ!?」
「あんた、どこから来たのよ!?」
シャーリーも漸く気付いたのか、咄嗟に拳を構える。
「どこからと仰りましても、ちゃんと教室のドアから入ってきましたけど」
ライチは首を傾げて何か問題でもと言う顔をしている。
「何しに来たのよ!? また私達をバカにしに来たの!? 許せないからね!」
「嫌ですわ、シャーリーさん。わたくしはもうその様な事をなさりませんわ。クリスさんとちゃんとお約束しましたから」
「私と約束?」
「この前の試合でわたくしはクリスさんに負けましたので、もう二度とEクラスをバカにする様な事をしませんわ。これからもですわ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「……髪、切ったのですか?」
ミントがライチの髪を見ている。いつもはポニーテールにしていた髪がバッサリと切られて、ショートヘアーになっている。
「お姉様に切ってもらったのですわ。お姉様は何でも出来ますので」
「じゃあ、何しに来たのよ? さっさと自分のクラスに帰れば」
シャーリーはまだライチを睨んでいる。ライチ自身から前の嫌気が全く無くなっているけど、こいつは危険だとシャーリーの本能がそう伝わってくる。
「あら、帰れと言われましても、わたくし、今日からこのクラスの生徒になりましたので」
「「はぁ!?」」
ハクトとシャーリーが大声を出して驚いた。
「そうなんですか!? これからはクラスメートと言う事なんですか!?」
クリスが嬉しそうにライチの手を取った。
「はい、一般的に言えば転校になるのでしょうか。AクラスからEクラスに移動させてもらったのですわ」
「ちょ、ちょっと待てよ、ライチ!? どうしてそんな事を!?」
上のクラスにいた魔導師が自ら下のクラスに降りる事などあまりない話であるから、ハクトも少し動揺している。
「わたくしはAクラスの皆様に大きなご迷惑を掛けてしまいました。今更、あそこに戻った所で、わたくしの居場所はもう無いかも知れません」
「そんな事ないですよ。あれはクインビ先生の所為で……」
テキーラ・クインビが自らの野望の為にライチを利用して、Aクラスを自分の物にしようとしていた。その時、Aクラスの生徒を傷付けてしまった事にライチは今後悔している。
「たとえ、クインビ先生の所為でありましても、やったのはわたくしですから……」
「それは会長も知っているのか?」
「はい。わたくしから話をしたのですわ」
王都の魔法病院。魔導師や魔法による怪我や病気などに罹ってしまった人が訪れる場所。その一室にライチはしばらく入院していた。
「えっ? Eクラスに入りたい」
お見舞いに来たライムが、ライチからそう言う話を聞かされた。リンゴの皮を丁寧に剥きながら、ライチの話を聞いていたのだ。
「はい、お姉様。今のわたくしではAクラスに戻る事は出来ませんの。罪を償う為には、一番下まで落ちなければなりませんの」
入院していた時、一人でそれを考えていたライチ。魅惑魔法に掛かっていたAクラスの生徒は元に戻っているが、それでもライチが人を傷付けてしまった事に変わりはない。
「出来ないでしょうか、お姉様?」
「まぁ、上に上げてくれと言うのはよくあるけど、下に下りると言うのはあまりないからな。一応、校長には話をしてみるよ」
「感謝いたしますわ、お姉様」
ライムはリンゴの皮を剥き終わり、何等分に切ってからライチの口にリンゴを入れてあげる。ライチは最初の方は恥ずかしがっていたけど、後になってきて自分から口を開けて食べさせてくれるのを待っている。
「Eクラスには嵐山やラズベリーがいるからな。精々彼らにはこれまでの事をちゃんと謝っておくのだぞ」
「はい、分かっていますわ。クリスさんやあの方には、ちゃんとお詫びと感謝をしないといけませんわ」
ライチはハクトの事を思い浮かべると、少しだけ頬を赤く染める。
「あの方が仰っていた通り、わたくしは生きて罪を償わなくてはいけませんの。ですから、もう一度一から学び直しまして、シュナイザー家やお姉様に恥を掻かせない様な立派な魔法少女になってみせますわ」
「そうか……お前がそこまで考えているのなら、私は止めはしない。だが、解っていると思うがAクラスからEクラスに落ちると言う事は世間的に言えば、おちこぼれのレッテルを貼られる事になる。その覚悟はあるのだな?」
「理解しておりますし、覚悟も出来ておりますわ、お姉様。ですが、クリスさんやハクト様はきっとわたくしの事をそんな風には言わないと思っていますわ。だって、わたくしの友達ですもの」
ニッコリと笑うライチにライムは、心配は無用だったみたいだなと一息吐く。
「あと、お姉様。髪も切ってもらえませんでしょうか? かなり短くお願いしたいのです」
「短く? そんなに短くしても良いのか?」
今は髪留めを解いているから、ライムと同じぐらいの髪をしているが、ライチはそれよりももっと短くしてほしいと頼んでいる。
「はい、もう暗黒に囚われていたわたくしはいなくなりましたので、これから新しいわたくしになる為に、バッサリと切ってほしいですの」
「解った。任せておけ」
ライムは医者に頼んで、ライチの髪を切っていった。
「そして、こんなにバッサリと切ったと言うわけか」
ライチの話を聞いていたハクト達。クリスは少しだけ涙を流している。
「そうですわ。ですので、この教室がわたくしの帰る場所ですわよ、シャーリーさん」
「ぐっ……まぁ、良いよ。あんたは結構辛い事があったからね。もうあれこれ言うつもりはないよ。これからはよろしくね」
「えぇ、よろしくですわ」
シャーリーとライチはお互い手を出して握手をする。何だか、良い友情の瞬間が見る事が出来たかも知れない。
「た・だ・し……」
シャーリーが握手した手を強く握り締めてきた。
「あんたとはいずれ勝負してもらうからね。その時は覚悟しなさい」
「お〜っほっほっほっ!
すると、ライチも笑いながら強く握り締めてくる。
「貴女如きにわたくしが負けるとは思いませんですけど、いつでも相手になってあげますわ」
「クリスに負けた奴が何を言うのよ。私だってハクトに色々と教わったんだから、昔の私とは大違いなのよ。だから絶対に負けないからね」
「それは楽しみですわね。わたくしもリハビリを兼ねて、お姉様に鍛え直してもらいましたので、あの時のわたくしとは全然違いますので」
「うふふふふ……」
「お〜っほっほっほっ!」
シャーリーとライチは笑い合いながら握手した手を強く握り締めている。お互い痛いはずなのにまったくそれを見せる事無く意地の張り合いをしている。
「あ、あわわわわ……は、ハクトさん、止めなくて良いのですか?」
この状況に慌てているクリス。
「まぁ、あの二人だって、今ここでバトルをするわけではないから、別に良いじゃないか。シャーリーもライチも時と場合をちゃんと考えて……」
「……お兄ちゃん、二人ともドライブを起動させているのですよ」
「何ぃぃぃぃ〜!?」
「私とストライク・バスターの力で、あんたをぶっ飛ばしてあげるんだから!」
「うふふ……わたくしとスカーレットローズの前に酔いなさい」
戦闘準備完了。いつでもバトルが開始されてもおかしくない状況である。
「さぁ、ここで面白いカードが揃ったぞ! キャラメル道場の魔法少女でありますシャーリー・キャラメル選手VSシュナイザー家の魔法少女でありますライチ・シュナイザー選手! さぁ、勝つの一体どっちなのかぁぁぁ!? まもなく、試合のゴングが鳴り響こうとしています!」
「だぁぁぁ〜! お前まで出てきたら収拾がつかないだろう! お前達もいい加減にしないと、許さないぞ!」
机の蹴って、ハクトは立ち上がった。色々とヤバい状況になっているかも知れない……
「おおっと! ここでニューチャレンジャーの登場だぜぇ! Eクラスのスーパースター、嵐山ハクト選手がついに登場だ! みんな、応援してやあべっしゃぁ〜〜!」
ハクトはまず最初に一番うるさい奴を黙らせた。
「おい、虎之助……何二人の喧嘩を煽っているンだよ。ああン!?」
倒れている虎之助の頭を足でグリグリと踏みつけるハクト。
「ご、ごめんなさい……もうしませんから許して下さい……あと、お前、文字が変になっているぞ……」
虎之助はグリグリされながらも謝罪する。
「二人もそれ以上やると言うのなら、全力で止めさせてもらうからな」 グシャッ! にょわぁぁ〜!
今、何か変な音が聞こえた様な気がする。
「わ、分かった……止めます」
「わ、わたくしも、ハクト様の言う事に従いますわ」
「まったく……教室であまり暴れるんじゃないよ」
「まったくだよ、嵐山……教室を殺人現場にするんじゃねえよ」
すると、ハクトの背後にジン先生が立っていた。だが、明らかに怒っている。ハクトの足元には虎之助の死体が転がっている。
「あ、ええと……」
ハクトは冷や汗を流しながら、ゆっくりとジン先生の方に振り返る。
「……放課後、俺の研究所に来い」
「……はい」
いくらハクトでも、ジン先生には敵わなかった。
そして、放課後。ハクトはジン先生の研究所の手伝いをさせられた。クリスには先に帰ってもらって、自主練習をする様にと連絡しておいた。
「や、やっと……オワタ……」
「おぉ、お疲れ……」
ジン先生はタバコを吸いながら、カタカタとキーボードを叩いている。生徒のデータを作っているみたいである。ハクトは椅子に座って一休みする。書類整理や研究所の掃除など、色々やらされていて、流石のハクトも疲れが出ている。
「少しは掃除をして下さいよ。ここ、教授の部屋みたいな所ですよね」
「そんなものやるぐらいなら、こうしてタバコを吸っている方がまだマシだ」
「早死にしますよ……あと、換気」
ハクトは窓を開けたり換気扇を回したりしてタバコの煙を外に出そうとする。
「早死にか……親子揃って同じ事を言いやがって」
「母さんも言っていたの?」
「あいつが学生の時に言いやがったんだ。そしたら、いきなり水魔法を使って消火しようとしたんだった……あの時の事を思い出すとむかむかする」
「母さんだからね」
あの人ならやりかねないとハクトは思った。
「それはそうと、嵐山。お前、右手を見せろ」
「良いですよ。一々検査する必要はないですよ」
「お前、今王都で起こっている事件の事は知っているだろう?」
ジン先生は吸っていたタバコを灰皿に入れた。ハクトは渋々右手を前に出すと、ジン先生は右手の甲に付いている黒いコアに触れて検査する為の魔法陣を張った。
「魔導師襲撃事件で襲われた魔導師は、全員魔力を奪われているみたいだ。中には魔力のコアまで奪われた者もいる」
「みたいですね……新聞でもそんな事が書かれていましたから」
新聞の中身には魔導師の魔力が失われているなど、様々な事が書かれていた。さらにコアまでなくなっている事から、もう魔導師ではなくなってしまった者もいる。
「……お前じゃないだろうな?」
真剣な表情でジン先生はハクトに訊いた。
「俺がやったと本気で思っているのですか? 先生もちょっと酷いですね」
「言ったみただけだ。俺はお前がやったとは思っていないさ。だが、他の教師連中はお前がやっているのではないかと話していたぞ」
職員会議で魔導師襲撃事件の事が話され、こんな事をするのはこの学校にいる嵐山ハクトではないかと話していたのだ。
「まぁ、当然ですよね。大会であんな力を見せてしまったのですから」
だから、この事件はもしかしたらハクトがやっているのではないかと疑っている教師もいる。魔法学校でのハクトの問題児扱いは相変わらずである。唯一ハクトを信じているのは、校長のジョージ・マーカス、担任のジン・ローンウルフ教授、実技担当のベルモット・ホークアイ教官の三人だけである。
「俺は自分を信じてくれている先生だけは信じていますので」
「実際、俺とホークアイ教官の授業しか起きていないからな、お前は……」
ジン先生の魔法論の授業とベルモット教官の実技の授業しかハクトは全く受けていない。他は全て机に突っ伏して寝ている。
「……仕方ないじゃないですか。自分の魔力が喰われているのですから、その苦しみを寝ているフリをしてみんなに心配をかけたくないのですから」
「寝ているフリか……実際寝ているのではないのか」
「違いますよ。確かに寝不足で寝ている時もあるかも知れませんけど。殆ど机に突っ伏しているだけですよ。それに授業内容はエルに頼んでいるから大丈夫だ」
何もハクトは授業が嫌いなわけではない。東の国での学校ではちゃんと授業は受けていたし成績も上位にいるぐらいだ。
しかし、01がハクトの魔力を喰らう様になってからは、その苦しみがいつ起こるか分からないから、机に突っ伏して寝ている様にしているのだ。
「こいつがあのプロジェクトによって生み出された物とは聞いていたけど、魔力を喰らうなんて事があるとは……正直言って冗談ではないかと思っているよ」
「それが普通ですよ。こいつは魔力を喰らわないと暴走してしまう。だから、人の魔力を喰っていくしかないのですから。でないと、自分が喰われてしまうのだから」
相手の魔法や魔力を喰らう事で、一時的にその苦しみを抑える事が出来るけど、その為に人を傷付ける事を躊躇っているハクトは、自らの魔力を餌にし続けるしかないのだ。
「それがプロジェクトですから……もっとも、俺はこれをくれた人のおかげで、こうして生きている様なものですからね」
ハクトは3年前の大事故で右腕を失っている。しかし、目が覚めると右腕が付いていたのだ。しかし、肩から手先まではハクトの肌と少し違って、女性の腕でもある。さらに手の甲には黒いドライブコアが付いていたのだ。
「嵐山、お前まさかラズベリー達に魔法を学ばせているのは……」
「それは違いますよ。クリス達は俺の様に道を間違えて欲しくないから、ああやって教えてあげているんです。決して自分の跡をとかそんな理由でやるわけないじゃないですか。俺はちゃんと真っ当に生きて、ちょっと早く死ぬだけですから」
「……魔法病院のドクターから聞いているけど、お前は高等部に上がる前に魔力が完全消滅してしまう。つまりお前の魔導師としての命はあと3年と言う事になるんだぞ」
魔法病院でハクトは検査されてしまい、そのドクターからそう言われたのだ。そのドクターはかなり腕が立ち、数々の難病と戦ってきた医者である。ハクトの苦しみを和らげる薬を用意してくれるぐらいである。それをハクトは一日三回飲んで苦しみを和らげているのだ。
「別に死ぬわけではありませんから、問題ないですよ。普通の高校に入って、普通に過ごす事が出来るのですから」
「まったく、お前は自分の事をそんな風に軽く見過ぎだ。もう少し自分を大事にしろ。でないと、あいつらが悲しむぞ」
「ですから先生も俺の事は絶対クリス達に教えないで下さいね。あの三人は本当に心配になって迷ってしまうかも知れないのですからね」
「分かっている」
「魔導師銃撃事件の犯人、お前は心当たりないのか? 例えば、プロジェクトに関わっていた人とか」
「可能性は0ではありませんね……でも、心配ないと思いますよ」
ハクトは傍にあった新聞を読む。魔導師襲撃事件の事だけでなく、ある研究所からドライブが盗まれたりシャインヴェルガ城の王女様のライブについて書かれたり、色々と載っている。
その中でハクトが気になったのは、世界政府と契約されていた魔術協会が解散されてしまった事である。魔術協会は魔導師の仕事場で町にいくつかある。簡単に言えばギルドみたいな所である。依頼を受けてその仕事をして、仕事を完了したら依頼主から報酬を貰う。そんな感じである。だが、新聞には、その魔術協会のある魔導師が詐欺紛いのお仕事をして世界政府にバレてしまい解散命令を受けてしまったらしい。魔導師の名前はサギエル・ブラウシス。黒い髪に頭のてっぺんだけ禿げていて、鼻の下と顎にひげを生やしていて、神父の服を着たガリガリの男である。
「宗教的なやり方で詐欺を繰り返して、魔法を使って人を騙して続けてきた……この魔術協会の人たちもかわいそうに」
「世の中などそんな奴らばかりだからな。現にお前を襲撃犯で捕まえようとしている教師連中もいるのだから」
「母さんが聞いたら、世間が悪いのよとか言うだろう」
「違いない……はい、検査終了と」
ハクトの右手を検査していた魔法陣が消える。自由になった右手を握ったり開いたりする。
「今の所はまだ兆候が出てないみたいだな。ドクターに薬を渡す様に言われているから、ちゃんと言われたとおり飲んでおくのだぞ」
ジン先生は机の引き出しを開けて、薬が入った袋をハクトに渡した。
「すみません、先生……」
「気にするな。俺はお前の担任だ。それにお前の母親からも息子の事は頼むと言われている。あいつの息子なだけあって、問題ばかり起こしやがって」
「母さんの方がよほど問題児であると聞いていますけど……深夜に魔法学校に潜入して、全ての教室のドアに黒板消しを挟んでいったり、保健室に置いてある薬品のラベルを全部入れ替えたりしたと言うちょっとした武勇伝を聞かされましたよ」
「……やっぱりあれはあいつの仕業だったか」
ジン先生はあの時の事を思い出している。全ての教室のドアに黒板消しが挟まれていて、しかもチョークの粉がたっぷりと付いた物ばかりを挟んで、大惨事を起こしていた。さらに保健室の薬品棚のラベルが変わっていて、治療中怪我人が余計怪我をしたと言う事があった。当時も黒狐が犯人だと疑っていたが、証拠不十分だったから不問とされた。
「母さんに比べれば、息子の俺はまだまだですよ」
「あいつは次元の問題だ……責任を取らされる俺の身にもなってみろと伝えておけ」
実際黒狐の所為でクビになりかかった事があった。
「母さんの事だ。どうせいつもの世間が悪いのよと言うに違いないと思いますよ」
首を横に振りながら溜め息を吐くハクト。黒狐の性格なら絶対そう言うに違いないからだ。
「さて、それじゃあ自分は帰りますね。クリスの練習を見ていかないとな」
ハクトは立ち上がって身体を伸ばす。
「気を付けて帰れよ。お前が襲撃犯に負けるとは思わないけど、襲われない様にしろよ」
「はいはい、分かっていま……っ!?」
ハクトが研究所を出ようとした時、まるで心臓を鷲掴みされたかの様に左手で胸を掴んで苦しみだす。
「おい、嵐山!? 大丈夫か!?」
ジン先生もハクトの苦しんでいるのを見て、背中を擦ってあげる。まさか、問題ないと思っていたのにいきなり症状が出てしまうなんて思わなかったからだ。
「だ、大丈夫です……いつもの苦しみとはちょっと違いますから……」
ハクトは自分の右手が何かに反応して疼いているのに気付いた。
「そうか……生きていたのか……そうだとしたら、あまり納得が出来ないぜ……」
ハクトはゆっくりと研究所の外に出る。今にも雨が降り出しそうな天候になっている。ハクトは目を瞑って相手の魔力がどこにあるのか探り出す。
「……近い。ここからすぐか……それに結界魔法まで使っているのか」
「嵐山、行くのか……?」
「すみません、ジン先生。もし襲撃者なら俺が止めなくてはいけないのです。それに、何だか嫌な予感がしているのです」
ハクトは制服のポケットに入れていた通信端末を出して、ある番号に掛けるが、全く反応がしない。
「くっ……まさかあいつ、あそこにいるとかじゃないだろうな……」
ハクトは航空術を使って、空を飛ぼうとする。
「はい、解りました」
ハクトはジン先生の言葉を聞いて、空を飛んだ。襲撃者がいるであろう結界の中に……
ハクトが航空術を使って襲撃者の所に向かったのを見送るジン先生は自分の研究所に戻ってタバコに火を点けて一服していると、机に置いてある電話機が鳴りだした。
「はい、もしもし……」
『お久しぶりですね、ローンウルフ教授』
電話の声が聞こえた瞬間、ジン先生は目を見開いた。少し軽い口調の男性の声である。
「貴様……どこから電話を掛けている」
『はてさて、どこから掛けているのでしょうかね。それにしても貴方ともあろう人が人助けをしているなど、今日は雨でも降るのでしょうかね』
相手を小馬鹿にする様な笑いをする。
「見ていたのか?」
『当然です。貴方の周りを監視しているのですから』
この研究所の周りを見渡すと何かゴソゴソと動く物がいる。恐らく相手の使い魔か何かだろう。ジン先生はそれを気にせずに電話を続ける。
「俺に何の用だ?」
『なに、ちょっとした世間話ですよ。既にお聞きかも知れませんが、王都で起こっている魔導師襲撃事件は私が起こしているのです』
「いきなり犯行声明とは……今度は何を企んでいる」
『企むなどとんでもない。それに襲撃しているのは、かのプロジェクトの実験体ですから』
「なん……だと? バカな! あれは3年前に死んだはずだ」
それを聞いて呆然とするジン先生。
「……貴様、本気でやるつもりか?」
ジン先生の電話を握っている拳を強く握り出した。
『当然ですよ。その為のプロジェクトS、その為の魔法学校ではなくて』
「……貴様に言っておく。俺の生徒に手を出したら、地獄の業火で焼き尽くしてやるよ」
『おぉ、怖い怖い……それでこそ、我が同胞ジン・ローンウルフ。いいえ、アストラル……』
電話の声が何か言おうとした瞬間、バキッと電話を壊したジン先生。そして、吸い終わったタバコを青い炎で完全に焼き尽くした。
(続く)