「ふ〜……食った、食った……」
とあるオープンカフェでケーキを食べ終えたシャーリーは、フォークを皿に乗せながら言った。
「本当に美味しかったね、ここのケーキ」
クリスはケーキを食べ終わって、ミルクティーを飲む。
「……とっても美味しかったのです」
ミントは口元に付いているクリームを拭いて、ニコニコと笑う。
三人は魔法学校の近くにあるオープンカフェでケーキを食べていた。ハクトがジン先生の手伝いをさせられた事で、各自自主トレをする様に言われたけど、やはり女の子としては魔法の練習の前に甘い物を食べたくなって来たので立ち寄ったのだ。もちろん、そんなにたくさんのケーキを食べた訳ではない。ちゃんと一個と決めている。クリスはイチゴのショートケーキ、シャーリーは少し苦い紅茶シフォンケーキ、ミントはクリームたっぷりのチョコレートケーキをそれぞれ食べて、食べ比べなどをしていたから問題はないだろう……多分。
「それにしてもハクトさん、結構時間が経っていますよね」
腕時計で時間を確認するクリス。学校が終わって少し時間が掛かっているが、まだハクトから終わったと言うメールが来ていない所を見ると、まだジン先生のお仕事が終わっていないのかも知れないと思った。
「だったら、教授の研究所に行ってみる?」
シャーリーがクリスに言った。
「……お兄ちゃんが困っているかも知れないのです。一緒にお手伝いに行きませんか?」
「う〜ん、でもハクトさんって意外と頑固な所がありますから、『良いよ、良いよ。こんなの俺一人で大丈夫だから待っててくれる』とか言うかも知れないよ」
確かにハクトは自分の不始末を手伝わされる事をあまり好まない。だからハクトは今も一人でお仕事をしているのだ。
「それを言ったら、私がライチと喧嘩しようとしたのが原因なんだから、私にも責任の一つはあると思うんだ。だからさ、一緒に行こうよ」
「……ミントもきっと追い返されても手伝うのです」
シャーリーとミントはもう行く気満々でいる。クリスは少し考えてから漸く決めた。
「うん、いつも練習を見てもらっているのだから、これぐらいの事はしないといけないよね。よし、行こう!」
クリスもやっぱり待っているだけは嫌だった。自分が困っている時には必ずハクトが助けてくれているのだから、自分もハクトが困っているのに何もしないなんて我慢出来なかった。
クリス達はお会計を済ませて、魔法学校に向かった。
「……あれ?」
魔法学校に向かっていたクリス達だったが、クリスは歩いていた足を止めた。それは目の前で一人の少女はぽつんと傍にある木を見上げて立っていたからだ。青い髪を右側だけ白のリボンで結って、瞳は右眼しか見えないけど赤い瞳をしている。服装は黒いマントを羽織って、両手には黒の指貫グローブを付けていて、茶色のブーツを履いている。背丈はクリスと同じぐらいである。
「どうしたの、クリス? あの子、知り合い?」
シャーリーはクリスが止まっている事に気付いて振り向き、クリスの視線の先にいる少女を見て言った。
「ううん、知らない子だけど……」
自分もどうしてあの少女を見て歩を止めてしまったのかよく分からなかったけど、どうしても少女の事が気になってしまった。
(何だろう……少しだけハクトさんと同じ感じがしたけど……)
いつものクリスだったら、これは気のせいだと思って歩く所だったが、気になってしまってその少女の傍まで来てしまった。
「あの、どうしたのですか?」
クリスが声を掛けると少女はゆっくりとクリスの方を見た。少女の顔を見てクリスは少しだけ驚いた。先程は少女の横顔しか見えなかったから、右眼は赤い瞳だったけど、左眼は緑色の瞳をしている。異色虹彩と言う奴である。
少女はクリスを少し見てから、また木を見上げる。クリスも少女に倣って木を見上げると、そこの一本の枝に、白い猫が身体を震わせている。どうやら木に登ったのは良いけど降りられなくなってしまったらしい。
「あれは貴女の猫なの?」
「……違うけど、ずっと震えている」
ボソリと少女が言った。
「確かに登ったまでは良いけど、怖くて降りられなくなっているみたいだね」
「……でも、あの枝だとすぐに折れてしまうかも知れないのです」
シャーリーとミントも見上げて猫の位置を確認する。手を伸ばしても届かない位置にいるため、木を登って使えるか、猫が自力で降りてくるのを待つしかない。
「大丈夫! 私に任せて!」
クリスはニッコリと笑って安心させる。
「よし、ブレイブスター。エンジェルフェザーモード、リリース」
『イエス、マスター』
最近エンジェルフェザーモードで練習してきたので、だいぶ飛び方が分かってきて、今ではちゃんと飛べる様になったのだ。
「魔法……」
少女がクリスの羽根を見て、目を見開いた。
「それじゃあ、行きますか」
クリスは羽根を広げて、ゆっくりと空を飛ぶ。そして、猫がいる場所で止まって、ゆっくりと猫に近付く。
「ほ〜ら、猫ちゃん。もう何も怖くないからね〜」
手を伸ばして猫の身体を掴もうとする。
「ねぇ、ミント……ひょっとしたら、間違ったかも知れないね」
「……うん、そうだね。だって、クリスは……」
シャーリーとミントがお互い溜め息を吐いた瞬間。
「にゃぁぁぁぁぁ〜〜!」
クリスの悲鳴が聞こえた。何故なら、助けようとした猫に指を噛まれているのだから。
「クリス、猫は結構好きなのに、いつも指を噛まれるんだよね」
「……片思いのままなのです」
クリスはよく町で見かける猫を見つけては撫でようとしたり捕まえようとしたりするけど、100%猫に手を噛まれてしまう。それでも必死で頭を撫でたり抱き締めたりしているから、ある意味すごい所である。
クリスはゆっくりと降りてくる。猫に指を噛まれたまま……
「お疲れ様、そしてドンマイ!」
降りてきたクリスにシャーリーはグッドと親指を立てる。
「う〜……どうして、いつもこうなのかな?」
「……ほら、クリス。猫をその子に渡して、治療してあげるから」
「うん……はい」
クリスは指を噛まれたまま、猫を少女に渡そうとする。少女はどうしたら良いのか分からず、目をキョロキョロしている。
「ごめんなさい……持ってくれないと、痛いです」
クリスも少女を安心させると為に笑っているけど、猫の噛まれても痛いのを我慢しているが、そろそろ限界が来ているみたいだ。少女はゆっくりと猫を抱き締めようと手を伸ばすと、猫はクリスの指を噛むのを止めて、少女の方に跳んだ。少女は跳んできた猫をしっかりと抱き締めてあげた。
「あら、結構なついているね。誰かさんと違って……」
「シャーリー、それ私の事?」
「……よしよし、ちゃんと治療してあげるのです」
「あの……ありがとう。その、大丈夫ですか?」
少女はゆっくりとクリス達にお礼を言って、クリスに怪我の事を訊いた。
「うん、もう大丈夫よ。私はクリス・ラズベリーって言います。貴女は?」
「私は……」
少女は少し顔を俯く。言いたくないのか、それとも言えない何かがあるのか。
「……レナ…です」
小さな声で少女――レナはそう言った。
「レナちゃんって言うの? 可愛い名前だね」
「……可愛い? 私の名前が、可愛いのですか?」
レナは自分の名前が可愛いと言われて少しだけ驚いている。
「うん、凄く可愛いと思うよ。ねぇ、シャーリー、ミント」
「そうだね。私はシャーリー・キャラメルよ。よろしくね」
「……ミント・J・ウィリアムと申します。よろしくなのです」
シャーリーとミントも自己紹介する。
「レナちゃんは魔法少女なの?」
クリスがレナに訊ねると、レナはふるふると首を横に振る。
「私は魔法少女じゃない」
「じゃあ、学校は普通の学校に通っているの?」
ふるふると首を横に振る。
「学校は通っていない。この町に来たのは、マスターのお仕事を手伝っているだけ」
「へぇ、お仕事のお手伝いか。レナちゃん、偉いね」
「そんな事ない。マスターは私にとって命の恩人だから。これぐらいの事をしないと、私はまた一人ぼっちになる」
「一人ぼっち……大丈夫だよ。だって、私達がいるじゃない。私達はレナちゃんのお友達だよ」
クリスの言葉にレナは少し驚く。
「友達……私と?」
「そうだよ。もうこんなに仲良くなれたのだから、友達だよ」
クリスが右手を前に出して握手を求める。レナは握手をして良いのか分からず、手を前に出そうか迷っている。クリスがニコッと笑ってあげると、レナは少しだけ頬を赤く染めてゆっくりと手を出そうとする。
しかし、その時だった。がぶっと、レナが抱いていた猫がクリスの手を噛んだ。
「いったぁぁぁぁ〜〜!」
噛まれた手を振って猫を離そうとするクリスだが、猫はしっかりと噛み付いていて、まるでスッポンの様に離そうとしない。その分、噛まれた痛みがクリスにやってくる。
「クリス……せっかく良い事、言ったのに」
「……猫の所為で台無しなのです」
シャーリーはハンカチを目に当てて泣いている演技をして、ミントはいつものスマイルをしている。お二人とも、とりあえず見てないで助けてあげなさいよ……
「ダメ、クリスちゃんを噛んだらダメ」
レナが猫にそう言うと、パッと離してくれた。結局ミントに治してもらったのは、意味なかったみたいだ。
「あ、そうよ! クリス、早く学校に戻るわよ! あいつが待ってるかも知れないのだから」
「……お兄ちゃんが待っているのです」
「あ、そうだった……でも、レナちゃんを一人にさせて良いのかな? 紹介してあげたいのだけど」
クリスはハクトにもレナを紹介してあげたいと考えているけど、レナを置いてハクトを連れてきて良いのか迷ってしまう。レナがマスターと呼んでいる人の仕事に行ってしまうかも知れないから、そうなったら紹介する事が出来なくなってしまう。
「レナちゃん、今はお仕事のお手伝いはしていないの?」
「うん、マスターから連絡が来るまでは自由にしていて良いって言われているから、今はまだ大丈夫だよ。でも、いつ連絡が来るのかは分からない」
「そうなんだ。うわぁ〜、どうしようか……」
クリスが悩んでいる所、シャーリーが一回溜め息を吐いた。クリスの他人を気遣うその性格にはほとほと呆れているのだ。
「だったら、こうしましょう。クリス、あんたはここに残りなさい。私とミントであいつを呼んできてあげるわ。それで、レナがマスターのお仕事に行ったのなら、すぐに報告したら良いんじゃない。これなら、あんたも安心するでしょう」
「あぁ、なるほど……」
シャーリーの提案にクリスは納得した。確かにこれなら行き違いにならなくてすむかも知れない。
「じゃあ、シャーリー、ミント。よろしくお願いします」
「分かったわよ。任せておきなさい」
「……すぐにお兄ちゃんを連れてくるから」
シャーリーとミントは先に魔法学校に行って、ハクトを迎えに行く事にした。クリスは二人に手を振っている。
「ごめんね、レナちゃん。もうちょっとだけ、待っていてくれるかな?」
「うん、良いよ。その人、クリスのお友達なの?」
「そうだよ。私達に魔法を教えてくれている優しい人なんだよ。私達、最初は魔法の使い方を知らなかったけど、その人のおかげで、強くなれたの」
「……そうなんだ。魔法少女になれているんだ」
レナは少しだけ俯く。
「うん、これもハクトさんのおかげなんですけど……」
クリスが言ったハクトと言う名前が出た事にレナは目を見開いた。
「ハクト……?」
「えっ? ハクトさんを知っているの? 嵐山ハクトさん、東の国から来た魔法少年で私達に魔法を並ばせてもらっている人なの」
クリスがハクトの説明をしている間、レナの身体が震えている。抱いている猫も何か反応して、にゃ〜と鳴きだした。
「あいつが……生きていた……死んだと聞かされていたけど……やっぱり……」
「れ、レナちゃん? どうしたの? やっぱりハクトさんの事、知っているの?」
クリスはレナがぶつぶつと何かを呟いているのを見て、レナの肩を掴む。
「あいつは……嵐山ハクトは……私の姉を殺した奴だ」
「…………えっ?」
あのハクトが人を殺した。その事にクリスは呆然とする。そして、レナの目は完全に怒りに満ちている。
「私の姉を殺した……嵐山ハクト……絶対に殺してやるぅぅぅ〜!」
レナが大きな声で怒鳴った瞬間、レナの足元から黒い魔法陣が出現する。クリスはその衝撃に少し後ろに吹き飛ばされるが、何とか持ち直した。
「れ、レナちゃん……えっ?」
クリスが目を開けると空が真っ黒になっていて、建物も人も灰色の姿となっている。さらに、車道で走っている車も歩道を歩いている人も完全に止まっている。まるで時が止まった世界になっているのだ。
「これは……結界魔法? でも、レナちゃんは魔法少女じゃなかったよね」
「……私は魔法を狩る者」
レナは猫を地面に置くと、右手のグローブを外した。それを見たクリスは驚いた。レナの右手の甲にはハクトと同じ黒いマジカル・ドライブのコアが埋め込まれている。
レナが黒いマジカル・ドライブそう言うと、レナの右手がハクトと同じ黒い剣に変わった。
「さぁ、狩りの時間です」
レナは構えてクリスがいる所に向かって歩き出す。呆然とするクリスは身動きが取れなくなっている。
クリスは一体どうなってしまうのか?
(続く)