レナが作り出した結界魔法によって閉じ込められたクリス。レナはクリスの魔法を狩ろうと、一歩一歩クリスに近付いていく。クリスは信じられない光景に身動きが取れない状態になっている。
『マスター!』
「はっ!?」
ブレイブスターの声にクリスは漸く目を覚ました。
「レナちゃん、これは一体どう言う事なの?」
「ごめんなさい、クリスちゃん。でも、私はマスターの命令で魔導師の魔力を奪わなくてはいけない」
レナは黒い刃と化した右手を構えて、クリスのいる所に一直線に跳んできた。クリスはエンジェルフェザーで空に飛んで回避した。
「スター! 杖を出して!」
『はい、マスター』
クリスはブレイブスターの杖を出して、レナに向けて魔法陣を出して、天空の魔法弾を作り出して放った。しかし、レナは驚く事なく黒い刃で魔法弾を斬っていった。
「やはり、あれはハクトさんと同じ魔法を切る事が出来る力なんですね」
「違う。正確には魔法を喰らう力です。嵐山ハクトはそんな事を言って、貴女を騙していたと言う事ですか」
「ハクトさんは騙してなんていません。ハクトさんはそんな事をする人ではありません!」
クリスはハクトが自分を騙しているなんて信じられない。いつもクリスの為に魔法を教えてくれたあのハクトが……
「それこそが奴の常套手段。奴は姉さんにもそんな風にして接してきて、最終的には姉さんの力を奪った。嵐山ハクトは人の皮を被った悪魔だ」
「そんな……ハクトさんが、レナちゃんのお姉さんを……本当なんですか?」
「プロジェクトS? 人工生命体? それじゃあ、レナちゃんも?」
レナの告白にクリスは目を見開いて驚くしかなかった。レナの一つ一つの言葉が、自分のいた世界とは全くかけ離れた言葉ばかりであるからだ。
「魔法を殺すって、どう言う事なの? そのプロジェクトSって何なんですか?」
「貴女は知る必要はない」
レナはそう言うけれど、クリスは地上に降りて武器を構えるのを止めた。
「違うの、レナちゃん。興味本意で知りたいんじゃない。レナちゃんをもっと知る為に話を聞いて知りたいの」
「クリスちゃん……」
レナは構えを解いた。
「プロジェクトS。本当の名前は『MAGIC・SLAYER・PROJECT』。この魔法世界を殺す為に5年前から計画が続いていた。しかし、3年前に起きた大事故によって計画は中止となった」
「3年前の大事故……」
ハクトやミントが関わっている3年前の大事故。まさか、それが関わっているなんてクリスは思わなかった。
「95年ぐらい前に、魔法文明が発達していき、多くの人達が魔法に興味を持つようになった。しかし、50年前に起こった大戦争がきっかけに、魔法を恨む者が現れた。彼らは魔法が人を殺すのなら、人間も魔法を殺す為の兵器を作らなくてはならないと結論に至った。たくさんの人材と研究施設、お金やスポンサーなどをかき集める為に彼らは動き出し、今から5年前にプロジェクトSが実行された」
大戦争とは今から50年前に起こった魔法大戦の事で、この人間世界の他に二つの世界が存在していた。それが神界と魔界である。神族の住む世界と魔族が住む世界、そしてその中間にあるこの人間世界を合わせて三界と呼ばれる。だが、その三界のバランスが崩れて大きな戦争になったのが魔法大戦である。そこでは多くの人が巻き込まれて死んでいった。その原因は人間が魔法を使い出した事での魔法の発達が、二つの世界とバランスが乱れてしまい、ついに一人の魔導師がかつての神王と魔王を殺した事で戦争が起こってしまったと言われている。その人物が暗黒魔法を使う暗黒魔導師である。彼は神殺しと魔王殺しの力を手に入れたが、五人の大魔導師達に封印されて戦争は終わった。
今は大丈夫なのかと言われれば大丈夫である。現在、神界にも魔界にも行けない様に人間世界はこの二つの世界を行き来出来ない様にしてある。
「でも、人工生命体って確か違法だってミントから聞いているけど……」
人工生命体は人から作られた生命体。錬金術師の中ではホムンクルスと呼ばれる事もあるけど、魔導師の中ではそっちで呼ばれている。しかし、それはあまりにも暴走を引き起こす事が多かったりするので、世界政府が人工生命体の製造を禁止している。
「プロジェクトSは世界政府も了承していた事だから、人工生命体の製造を黙認してくれていたみたいなの。それに人工生命体なら、実験で失敗しても人が死ぬ事がないから問題ないという事で計画は進めていったみたい」
「そんな……」
世界政府も公認していたなんてクリスは驚くしかなかった。
「だけど、人工生命体には大きな問題が起きてしまった。それは人間にしか持っていない魔力がないの」
「魔力が無いって?」
「人工生命体は作り物。だから、人間の中にある魔力を持っていない。だから、人の魔力を喰らって、魔力を奪うしかないの」
「ちょっと待って。魔力を奪うって、どう言う事なの? その力は魔法を斬る力じゃあないの?」
ハクトからその様に聞いていたクリス。
「……嵐山ハクトは貴女に真実を教えていなかったみたいね。この力は相手の魔力を喰う力であって、決して斬る為ではない。そして、その魔力を喰わなければ、自らの魔力を喰われてしまうのよ」
「自分の魔力も喰われる……それじゃあ、ハクトさんも……」
「姉さんの腕を付けている以上、嵐山ハクトも自らの魔力を喰われる。だから、あいつも相手の魔力を喰わなければならないのさ」
「でも、ハクトさんは人の魔力を……あっ」
「どうやら嵐山ハクトは相手の魔力を喰った事があるみたいね。あいつも自分の魔力を喰われ続けてしまったら、もう魔導師として生きる事が出来なくなるからな。魔力を喰われ続ける苦しみを知っているから、あいつは人の魔力を喰らわざるを得ないのさ」
「ハクトさんが……」
にわかに信じられない話である。ハクトがそんな苦しみをしていると言うのに、それをクリスに全く話していなかった。だけど、それはハクトがクリス達を心配させたくない事である。
「それでも……それでもハクトさんは、人を傷付ける為にその力は使わないと思う」
「どうして、あいつの事を信じられるの? クリスちゃんもあいつに騙されているのよ。貴女の力を奪おうとしているのかも知れないのよ!?」
クリスが笑顔でハクトの事を信じている事に、レナは信じられなかった。何故、そこまでハクトの事を信じられるのか理解出来なかった。
「私の知るハクトさんは私達の様な魔法少女に手を差し伸べてくれた優しい人なんです。決して見捨てようとせず、自分の持っている全てを私達に教えてくれる人なんです。不思議ですよね。私とハクトさんは出会ってまだ1ヶ月も経っていないのに、ハクトさんの事を最後まで信じられると思うの」
クリスがこうして魔法少女として成長してきたのは、ハクトが教えてくれたから。だからクリスは、ハクトを否定される事を否定する。
「確かにハクトさんは、レナちゃんと同じ力を使って、人の魔法を喰らった事があります。でもそれは、その人を救う為に使ったのです。その人の暗黒の力を消す為に、ハクトさんは力を使ったのです。ハクトさんがいなかったら、きっと救う事が出来なかったかも知れなかったのです」
「あいつが……そんな事を……」
「レナちゃんはどうなの? レナちゃんはプロジェクトSの為に、魔導師の魔法を殺しているの?」
クリスの問いに、レナは首を横に振る。
「それは違う。プロジェクトSは既に中止になっている。3年前の大事故で研究所は全て破壊されてしまい、そこにいた人達は全員死んだから」
「それじゃあ、どうしてレナちゃんは今でも魔導師を襲っているの? 自分が生きる為に?」
「それもある。でも、マスターの命令でもある」
「マスター? レナちゃんの命の恩人さんがそんな事を言ったの?」
レナは首を縦に振る。
「マスターが言っていた。お前が生きる為には相手の魔力を喰うしか方法はないと。だから、私は王都に住む魔導師の魔力を喰っている。だから、貴女と戦って魔力を喰わせてもらう」
「……スター。魔力解放、砲撃準備をお願い」
クリスはブレイブスターに指示を出して、杖を前に突き出して構える。
『よろしいのですか? 彼女に魔法は効きませんが』
「良いの。レナちゃんに魔力を与えてあげるだけだから。それなら、問題ないでしょう」
『……了解しました、マスターがそう仰るのでしたら』
ブレイブスターも渋々了承すると、エンジェルフェザーの羽根が広げてクリスの周りに四つの小さな魔法陣が現れて、真ん中に大きな魔法陣が現れる。
「正気なの、クリスちゃん? 私に魔力を与えるって?」
クリスとブレイブスターの会話を聞いていたレナは驚いた。自ら魔力を与えようとしているクリスの行動に疑問を持ってしまう。
「だって、友達が苦しむ姿は見たくないから。ハクトさんだって、きっとこうすると思います」
ハクトは『魔法は人を幸せにする奇跡の力だ。その力で苦しんでいる人を救ってあげる事も魔法少女や魔導師のお仕事なんだ』と言っていた。クリスもそれを信じたい。
呪文詠唱を完了させたクリスは、レナに照準を合わせる。
「星よ、我に力を与えよ! シューティングスターバースト!」
クリスがシューティングスターバーストを放った。四つの小さな魔法陣と真ん中の大きな魔法陣から真っ白に輝くレーザーが真っ直ぐ放たれる。
「……っ!?」
しかし、レナの身体がドクンと鼓動が鳴り、シューティングスターバーストを避けてクリスに接近してきた。
「れ、レナちゃん!?」
『マスター、危険です!』
エンジェルフェザーの羽根を広げて空を飛んで、レナの攻撃を躱した。
「どうしたの、レナちゃん?」
クリスは下にいるレナを見ると、彼女の目付きが変わっている。眼球が真っ赤に充血していて、頬には赤い線みたいな模様が浮き上がっている。
「……クリス・ラズベリー……魔導レベルE……属性ハ天空魔法……」
レナは機械の様な喋り方をしている。彼女の目は機械の様に動き、クリスのデータが表示されている。
「コレヨリ、任務ヲ開始シマス」
レナがそう言うと、クリスのいる所まで跳んできた。クリスは咄嗟にシールド魔法を使って防ごうとするが、彼女の右手の黒い刃はそれを諸共せずに破壊した。
(そうだ。レナちゃんの右手はハクトさんと同じ魔法が通じないのだった。シールド魔法で防御が出来ない)
レナが再度攻撃してきて、クリスは杖で防御する。幸い武器は破壊されず、魔力も奪われないけれど、レナの攻撃スピードが速い為、防戦一方である。
(何て速さなの。ついていくのがやっとです……)
レナの攻撃を杖で受け続けるクリス。すると、杖にヒビが入りだした。レナの攻撃にフレームが耐えられなくなってきたみたいだ。
「このままじゃあ、スターが……くっ」
クリスは羽根を広げて、エンジェルフェザーの力を上げてスピードを速くして後ろに回避する。レナはそれを追いかけるが、クリスの方が速いので、どんどん差が広がっていく。
「……追跡不能……システム変換……」
追いかけていたレナが立ち止まると、黒い刃を前に突き出して構える。クリスはレナが何か仕掛けてくるかもしれないと思い立ち止まる。
すると、レナの黒い刃の前に黒い魔法陣が現れた。
「……消滅セヨ……エクスティンクション」
レナがそう言うと、黒い魔法陣から巨大な光線がクリスに向かって真っ直ぐ放たれた。クリスは危険と察知して上に高く飛んで回避した。エクスティンクションの軌道上は完全に消滅していっている。
「こ、こんな……事って……」
クリスは消滅した所を見て驚愕する。そこは大きく抉られてしまい、止まっている時間とはいえ、そこにいた人達も身体がボロボロになっている。だが、それに苦しむ人達はいなかった。この灰色の世界では時が止まっている為、その時に起きた事は一切知らないのだ。ほんの少しだけ、ちくっと何かに刺された程度ぐらいである。しかし、結界内にいるクリスには現実と同じダメージとなっている。つまり、ここでクリスが倒れてしまって結界が消えると、いつの間にかクリスが倒れていると言う事になっている。これが魔導師襲撃事件で被害者が倒れているのに目撃者がいないと言う事になっているのだ。
「……あれ? レナちゃんは?」
さっきの攻撃に気を逸らしていて、レナを見失ってしまい、クリスはキョロキョロと辺りを見渡す。すると、後ろから殺気を感じて振り返ると、レナが黒い刃を振り下ろして、エンジェルフェザーの片方の羽根を斬った。それによりバランスを崩したクリスに、レナは右足で蹴ってクリスを地面に突き落とした。
地面にクレーターが出来て、その中央にクリスは仰向けになって倒れている。まだ気を失っていないが、魔力が一気に減ってしまい、エンジェルフェザーモードが消えてしまって、いつもの魔導服になってしまった。
「う、うぅ〜……」
痛みで立ち上がれないクリスに、レナはゆっくりと近付いてきた。
「れ、レナ……ちゃん……」
目を開けたクリスはレナに呼びかける。しかし、冷酷な彼女の目は全く反応せず、黒い刃をクリスの胸に突き出す。
「……くっ!」
すると、クリスが苦しみだして、彼女の胸から白い光の粒子が現れて、それがどんどんレナの黒い刃に吸い込まれていっている。クリスの魔力をレナが喰っているのだ。それにより、クリスはかなりを苦痛を受ける事になっている。
「うっ、あ、あぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
身体を動かす事が出来ないクリスは何も出来ず、ただレナに魔力を喰われ続けるしかなかった。
(こ、このままじゃあ、魔力がなくなってしまう……そうなってしまったら、私は、もう……)
魔力を完全に失ってしまったら、もう元には戻れなくなってしまう。そうなってしまったら、魔法少女ではなくなってしまう。
(そ、それだけは……嫌……せっかく、ここまで頑張ったのに……レナちゃんを助けたいのに……こんな所で、終わりたくない……)
クリスの目から涙が流れてきた。苦しみによる物ではなく、自分の弱さに泣いているのだ。
(お願い……助けて……ハクトさん!)
クリスがそう願った瞬間……
「っ!?」
レナがクリスの魔力を喰うのを止めたその時、背後にいた誰かに吹き飛ばされた。体勢が悪かったので、受身を取る事が出来ず、地面を滑っていく。
「っ! はぁ…はぁ…はぁ……」
魔力が喰われなくなったクリスは息を大きく吐き出す。そして、そこにいた誰かを見つけて、涙を流した。まさか、本当に来てくれるとは思わなかった。
「……は、ハクト……さん」
「すまなかった、待たせてしまって」
全速力でこの結界に向かっていったハクトが漸く辿り着いたが、既に遅かった。クリスがレナに魔力を喰われていたのだから。
「大丈夫……と言うレベルじゃないな。魔力が殆ど無くなっている。くそっ、俺がもっと速く来れたら……」
「でも…来てくれました……すごく、嬉しいです……」
『はい、マスター』
「魔力の方は自然に回復させるしかないけど、ここは危ないな」
ハクトはクリスを持ち上げてお姫様抱っこしてあげる。クリスも流石に恥ずかしいのか、頬が少しだけ赤くなった。ハクトもやはり頬を赤くしているが気にしない様にして、クリスを壁にもたれかけてあげる。
「ここで待っていろ。この結界から抜け出したら、すぐに病院に連れてってあげるから」
「……でも、レナちゃんを、怨まないで下さい。レナちゃんは友達だから……」
あんなに傷付けられても、クリスはレナを友達だと言う。ハクトは少しだけ微笑んでからクリスの頭を撫でてあげる。
「それがお前の良い所だ」
ハクトは撫で終わると、ゆっくりと立ち上がって、レナがいる所を振り返る。倒れていたレナはゆっくりと起き上がって、ハクトを睨みつける。
「やっと……やっと見つけた……やはり生きていたか……嵐山ハクトぉぉぉぉ〜〜!」
レナは漸く見つけた恨みの対象に向けて怒鳴った。
「あぁ、そうだな。俺もお前が死んだとばかり思っていたよ。レナ……」
ハクトは久し振りに会った少女を見つめる。レナは歯を噛み締める。
「お前が私をレナと呼ぶな。姉さんを殺して、その右腕を奪った奴が……」
「お前を殺して、その腕を切り落とす」
「そんな事をしても、あいつは帰ってこないが、それでお前の気がすむのなら……いいぜ、相手になってやるよ」
「来い、レナ」
「行くわよ!」
「はぁっ!」
本来なら魔法を喰らう力を持っている魔導殺しだが、同じ力が反発し合い、力が発揮しないのだ。ハクトもそれを理解している為、01で戦っている。自分の魔力を犠牲にして……
「は……ハクトさん……レナちゃん……」
壁にもたれているクリスがハクトとレナの戦いを見ている。
「はぁ…はぁ……」
ハクトとレナは肩で息をしている。
「嵐山ハクト…何故姉さんを殺した……」
「……確かに殺したのかも知れない。それについて否定はしない。お前が俺を憎むのなら憎んでも構わない。だけど、お前が王都で魔導師を襲っているなんてあまり考えたくなかったさ」
「それは私がこいつに喰われない様にする為にやっているだけだ。人間が食事を取るのと同じだ。私はお前と違って魔力が無いのだから、こいつに喰われる苦しみなど解らないでしょう」
「いや、充分に苦しませてもらっているさ。俺もこいつに魔力を喰われているのだから、魔導師としての寿命を徐々に縮んでいっている。もって3年だと言われているしね」
ジン先生から言われていたハクトはあっさりと言った。
「何だと? お前は姉さんの力で魔法を喰っているのではないのか?」
「誰に言われたのかは知らないけど、こいつの力を手に入れても、俺は人の魔力を喰っていない。自分の魔力を喰わせているのだから」
「……そんな、お前も私と同じ苦しみを味わっているのに、どうして人の魔力を喰わないんだ。クリスちゃんだって、お前の獲物じゃないのか」
「違う。クリスは俺の大事な人だ。クリスの魔法はクリスだけの物だ。お前でも、俺でもそれを奪おうとする権利はない」
「……えっ? 大事な……」
ハクトははっきりとそう言った事を、クリスは聞いていた。
「レナ、お前がやっている事は、あいつが悲しむ。だから……」
「……うるさい」
レナは俯きボソッと呟いた。
「…うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさ〜い!」
レナは怒鳴り出してハクトに攻撃する。ハクトはレナの攻撃を防御する。
「くっ、レナ! いい加減にしやがれ!」
ハクトはレナの攻撃を防御しながら説得する。
「お前が全部悪いんだ! お前の所為であの大事故が起きてしまったんだ! どうして姉さんを殺したんだ!? どうして!?」
レナは涙を流しながら、ハクトに攻撃する。
「返せ! 私の姉さんを返して!」
「くっ!」
ハクトはレナの攻撃を受けながら反撃のチャンスを待っている。レナのスピードはとても速くて目で追うのがやっとである。だけど、攻撃してくるのが右手だけである以上、必ず隙が生じる。ハクトはそのチャンスが来るまでレナの攻撃を受け続ける。
そしてレナが右手で大振りすると、ハクトはタックルをしてレナのバランスを崩した。そして、ハクトは左手でクリスを殴ろうとした。
しかし、その瞬間、ハクトの右肩に何かが貫いた。
「ぐっ!」
痛みに苦しむハクトが見たのは、レナの左手が右手と同じ刃に変わっていた。しかし、黒い刃ではなくて白い刃である。
「そ、それは……一体……」
ハクトが苦しみながらレナに問うが、レナはそのまま肩を貫いている刃を抉っていく。
「ぐっ……うぉぉぉぉぉぉ〜〜!」
このままだと肩を切り落とされてしまいと思ったハクトは、全身の力を籠めて、左手でレナの顔面を殴った。その反動で貫かれた刃が抜けた。レナは地面に仰向けに倒れる。すぐに起き上がるが、身体に力が入らず、倒れそうになる。
だが、殴ったハクトにも大きなダメージを受けている。右肩から血が噴出している。
傷口が塞がっていき、元に戻るはずだが、ハクトはまだ苦しんでいる。まるで中から苦しめられているみたいだ。
「マスターだと? プロジェクトSに関わっていた研究者は全員死んだはずだ。今のマスターは誰なんだ? それに、そいつは確かに実体を……」
レナは右手の黒い刃と左手の白い刃をクロスさせる。
「は、ハクトさん……」
クリスはハクトがピンチになったと思い、ゆっくりと立ち上がる。身体を休めたおかげで魔力を少しずつ回復する事が出来た。
「何とかしないと……でも、どうしたら……」
クリスはブレイブスターの杖を使って、ゆっくりとハクトのいる所に近付こうとする。
『マスター。彼女をこの場から退ける方法があります』
「方法って……?」
『この結界を破壊するのです。彼女は結界の中でなければ人を襲う事が出来ないはずです。破壊すれば、彼女は立ち去るかも知れません』
「た、確かにそうかも知れないけど……」
「だったら、私がやるしかないと言うわけだね」
『いいえ。ここはハクト様に連絡した方が良いと思います。マスターはまだ魔力が戻っていません』
「レナちゃんの相手をしながらだと失敗する可能性があるし、一度失敗したらレナちゃんも警戒するかも知れない。だから、この一発に賭ける!」
「お願い、スター。エンジェルフェザーシステムを起動させて、シューティングスターバーストで結界魔法を破壊する」
『……分かりました。私はマスターのパートナーです。私はマスターを信じます』
「……ありがとう、スター」
クリスがブレイブスターに感謝すると、エンジェルフェザーが起動して背中から白い羽根が現れた。
「クリスちゃん!?」
「クリス!? 何をする気だ!?」
レナとハクトはクリスの白い羽根に気付いて振り返った。
『ハクトさん、レナちゃん、ごめんなさい! 今からこの結界を破壊しようと思います』
そして、四つの小さな魔法陣と真ん中に大きな魔法陣が現れて呪文詠唱する。
「よせ、クリス! お前の魔力が尽きてしまう!」
「行くよ、スター! シューティングスター……」
クリスがシューティングスターバーストを放とうとした、その時だった。
突然クリスの胸に紫色の魔法陣がぶつかってきた。それにより、クリスはパクパクと口を開けるだけで喋れなくなってしまった。
「クリス!?」
(こ、声が、出なくなった……でも!)
呪文詠唱が出来なくなり、シューティングスターバーストは不発に終わるのかと思ったが、クリスはそのまま魔力を杖に注いだ。
(スター!)
『シューティングスターバースト』
ブレイブスターが発動させて、四つの魔法陣と真ん中の魔法陣から真っ白に輝くレーザーが放たれた。上空に飛ぶそれは途中で結界にぶつかり、そこからヒビが出来て、最終的に貫通させた。そして、貫通した所からガラスが割れる音がして結界が破壊された。
「私の結界魔法が……くっ!」
レナは結界が消えていくのを感じて、フードを被って立ち去ろうとする。
「嵐山ハクト。お前だけは魔力を喰らうだけではすまない。姉さんの腕を必ず取り返す!」
レナはハクトにそう言うと、空高く飛び上がって何処かに去っていった。ハクトはそれを追う事はせず、クリスの方を見る。
「クリス!?」
ハクトはクリスが地面に倒れる前に抱いてあげた。
「クリス、しっかりしろ! クリス!?」
「はぁ…はぁ…はぁ……は、ハクト……さん……」
息が乱れて、頬が真っ赤な状態のクリス。ハクトはクリスの額に手を当てるとかなり熱くなっている。
「魔力が切れかけている……」
結界魔法が完全に消えて、周りの景色が動き出した。クリスを抱き上げているハクトを見て、何やら騒ぎだした。
「待っていろ、クリス。急いで病院に連れて行くから!」
ハクトはクリスを抱っこさせて、そのまま病院がある所まで走っていった。
「あれが……天空魔法の力か……」
その様子をビルの屋上から見ていた一人の男がいた。赤いローブを着て黒いマントを羽織っている白髪の男性である。30代ぐらいの長身で、右手には杖を持っている。
果たして、この男は何者なのか?
(続く)