ハクトとクリスが魔力供給をやった翌日、クリスが元気になったと言う連絡を受けて、シャーリー達がクリスの病室に向かった。

「クリス!? もう大丈夫なの!?」

 クリスの病室に入るなり、シャーリーは大きな声でクリスに訊いてきた。

「うん。もう大丈夫よ」

 クリスはベッドの上で上半身だけ身体を起こして答える。顔色もすっかり元気になっていて、もう心配はなさそうである。

「本当に心配しましたわ。でも、元気そうでなりよりですわ」

「ありがとうございます、ライチさん。ご心配をお掛けしまして」

「……クリス、本当に大丈夫なのですか?」

「ありがとう、ミント」

 クリスはミントの頭を撫でてあげると、ミントは嬉しそうに笑った。

「ハクト、その、昨日はごめん。ちょっと言い過ぎた」

 シャーリーは昨日の事をハクトに謝って頭を下げた。

「良いよ、シャーリー。むしろ謝るのは俺の方だよ。お前達に心配をかけてしまった。本当にすまなかった……」

 ハクトはみんなに向かって頭を下げる。

「よろしいのですよ、ハクト様。昔の知り合いの事でずっとお一人で悩まれているのですけど、わたくし達でよければ、力になりますわ」

「……ミントも、お兄ちゃんの為に頑張るのです」

「ハクト、あんたは私達に迷惑を掛けたくないのかも知れないけど、親友なら迷惑だと思わないわよ」

「ハクトさんは私達の為にずっと頑張ってくれていますから、今度は私達を頼ってください」

 ライチ、ミント、シャーリー、クリスがハクトの事を許してくれた。ハクトは本当にみんなに感謝している。

「みんな……本当にありがとう」

「問題はレナの件だけど、どうしていきなり魔導師を襲わなくなったのかな?」

 シャーリーは今でもレナが魔導師を襲わなくなった事に疑問を抱く。

「大丈夫だと思うよ。レナはクリスの魔力をかなり奪っていたから、しばらくは苦しむ事はないはずだ。それにあいつの狙いは俺だと思うから、さっきお前達が言っていた囮作戦の囮役は俺がやった方が良いかもしれない」

 ハクトはさっきシャーリーとライチから、レナを見つける為の囮作戦の事を聞かされていた。

「どうして分かるのですか? レナちゃんはハクトさんがお姉さんの仇だと思っているみたいですけど、一体ハクトさんとレナちゃんの間に何があったのですか?」

「……そうだな。でも、これはある意味ミントの両親の事も話さなければならない」

「……ミントのお父さんとお母さんですか?」

「そう。3年前に起きた大事故の事、この右腕をくれたレイの事も……」

 そして、ハクトは語った。3年前に起きたあの話を……

 

魔法少女の正しい学び方
第二十二話 Three Year Ago(前編) 

 

 ヴェルガ暦555年。東の国『時鷺国(ときのくに)』の首都、時環(ときのわ)のとある小学校。
「嵐山ハクト〜〜! 俺っちと決闘(デュエル)だぁぁぁ〜〜!」

 黒髪のツンツン頭に頬に絆創膏を付けている少年が校門前に立って叫んだ。登校していた小学生は何事かとそれを見ていた。

 男子の前に溜め息を吐く白髪の少年。この国では黒髪が基本であるが、この少年だけが白い髪をしている。

「毎度毎度懲りない奴だ。いつまでやるつもりだ?」

「もちろん、俺っちが勝つまでだ!」

「馬鹿馬鹿しい……」

 白髪の少年は小さく呟いた。

「しかたない。かかってこい」

「よっしゃぁ〜〜! 行くぜ……」

 黒髪の少年が拳を構えた瞬間、白髪の少年がいつの間にか間合いに入っていた。

「……魔戒神生流『炎魔の剛拳(カグツチ)!」

 白髪の少年は右手に炎の魔法を纏わせて、黒髪の少年を空高く吹き飛ばした。一発KOである。

 嵐山ハクト。小学4年生でありながら、小学生とは思えないほどの魔力を持っている。魔法の勉強も出来て優秀と言える。

 しかし、彼にはちょっとした問題があった。

 ハクトが教室に入ると、そこにいた生徒達は急に静かになった。ハクトはそんな事をお構い無しに入り、自分の席へ向かうが、机はひっくり返され、椅子は上には虫の死骸などが置かれている。ハクトは教室にいる生徒達を見ると、彼らはハクトと目線を合わせようとせず無視し続ける。

「……はぁ」

 ハクトは溜め息を吐き、ひっくり返されていた机を戻して、椅子の上にある虫の死骸をゴミ箱に捨てて、雑巾で椅子を綺麗に拭いた。それをやっている間に授業のチャイムが鳴った。

 第三者からしてみれば、これは明らかにいじめである。しかし、ハクトは何も言わないし、ハクト自身困ってもいない。逆に生徒達を哀れに見ているだけである。強すぎる力と魔力の大きさにハクトに敵う者がいないから、こうして陰湿な事をしているのだけだとハクトはそう思っている。

(あいつ……平気な顔をしやがって。ちょっとは悔しがる顔をしろよな)

(やっぱり俺達とは違うんだよ。あいつはバケモノなんだから)

 そんな声がハクトに聞こえてくるが、何も言わない。何か言い返した所で、結局何も変わらないのだから、しょうがない。それに、ハクトもこんな喧嘩の為に魔法は使ってはいけないと言われているからだ。

 

「あっはっはっはぁ〜! シロウサギちゃんったら、またそんな事をされたの!?」

 嵐山の家で爆笑するハクトの母、黒狐。ハクトは今日あった事を話しただけで黒狐は笑っているのだ。子供がいじめられているのに、この人は笑っているのだ。もっとも、ハクト自身いじめではないと思っているから問題はないみたいだ。

「机をひっくり返すなんて、初歩の中の初歩の中の初歩だっつうの! 私の学生時代なんてそりゃぁ、もうとんでもない問題ばかりしてきたって」

「子供として、恥ずかしいと思うよ……あと、シロウサギって言わないでくれる」

 ハクトは黒狐の話を無視してご飯を食べる。

「あまり笑ってやるな、黒狐。ハクトだって真剣に話しているのに」

 隣に座っている白髪の男性が黒狐を嗜める。ハクトの父、嵐山カイトである。この嵐山家の大黒柱にして家事全般をしている魔法戦技教官である。たまに遠方の教導をする為、家を空ける時があるけど、家にいる時はずっと家事をやっている。今でも、夕飯を作り終えてやっと食卓に座って夕飯を食べている。

「それで、そいつらに魔法は使っていないな」

「使わないよ。面倒だし。それに先生にバレたら殺される」

 そう。ハクトはカイトと先生から無闇に魔法を使ってはならないと言われている。

「でも、長谷部のタイガーちゃんにはやってるでしょう」

「あれはあいつがやってくるからだ」

 校門前でいつも勝負してくる長谷部虎之助と言う少年。もっとも、結果はいつもハクトの圧勝である。

「ごちそうさま」

 夕飯を食べ終わったハクトは茶碗を片付けて、リビングのソファーに掛けてある上のジャージを掴む。

「あれ? もう練習に行くの?」

「先生が旅から帰ってくるまで、自主練習は欠かすなと言われているんでね」

 そう言って、ハクトは玄関で靴を穿いて外に出て行った。時刻は夜になっていると言うのに、ハクトは毎日魔法と格闘術の練習をしている。

「残念だね。せっかくハクトに良い物をあげようと思ったのに。今日届いているから、帰ったら渡してあげようか」

「……黒狐。あれはまだハクトに渡さないでくれるか」

「え、何で? せっかくハクトの為に作ってあげたマジカル・ドライブでしょう。シロウサギちゃん、ずっと楽しみにしているはずだよ」

 ハクトも小学4年生になったから、そろそろ自分専用のマジカル・ドライブを用意しておいた方が良いと思って、黒狐は知り合いのエンジニアに頼んでいたのだ。そして、それが漸く完成してここに届いているのだ。

「今のあいつには渡せない。あいつは何でも一人で強くなろうとしている。それではダメだ。自分の弱さをまだ知らないあいつにドライブを持たせると、あいつは成長しない」

「厳しいね、カイト君は」

「親が優秀であるのも、ある意味あいつのプレッシャーになっているのかも知れない。だから、あいつが本当に自分の強さと弱さを知るまでは渡すな」

「……分かった。戦技教導官の言う事ですからね」

 黒狐とカイトは微笑みながらハクトの成長を見守っている。

 

 嵐山の家から少し離れた公園で、ハクトは魔法と格闘術の練習をしてから1時間ぐらい経っている。息を吐き、汗を拭うハクト。

「まだだ……まだ、こんなのじゃあ、強くなった気がしない」

 ハクトはもう一度拳を構えて、魔戒神生流と言う魔法と格闘術を合わせた魔法拳法をする。

(バケモノの癖に)

「くっ!」

 今日言われたバケモノと言う言葉を思い出して、ハクトは嫌な顔をする。魔法も格闘術も強いけど、まだ10歳の少年である。精神的なダメージはやっぱり隠す事が出来ない。クラスのみんなからバケモノ呼ばわりされて忌み嫌われているハクトに居場所は全く無い。虎之助と言う少年が、唯一ハクトに話しかけてくれる相手である。そのおかげでハクトは少しばかり精神が安定しているのだ。もし虎之助がいなかったら、既に精神が崩壊して魔法を使っていたのかも知れない。

 いや、実際にそれは起こしてしまっている。小学一年生の時から優秀だったハクトは上級生にいじめられて、ついに怒りが爆発して、魔法で上級生に怪我を負わせてしまい、カイトに怒られてしまった。それから先生の所で魔戒神生流を覚えさせられて、人を傷付けるなと言われてきた。しかし、一度問題を起こしてしまった少年に誰が話しかけられるか。そしてハクトは学校内でバケモノと言うレッテルを貼られてしまった。

「自分が弱いからって、あんな陰湿な事ばっかり。むかつく……」

 クラスの連中に怒りを覚えるハクト。そんな時だった。

「んっ?」

 ハクトは上から何かが落ちてくるのを直感で感じて、上を見上げると、黒い影が落ちてくる。夜だからあまり見えないけど、確かに何かが落ちてくる。ハクトに向かって。

「へっ?」

 咄嗟の事でハクトは何も出来ずにただ呆然と突っ立ていたので、それにぶつかった。頭になにか固い物がぶつかってそのまま後ろに倒れていった。

「いたぁ……何だ、一体……」

 額がひりひりと痛いけど、その前にハクトの上に何かが乗っていて、ハクトはそれを確認する為に起き上がろうとする。

「きゅ〜……」

「……女の子?」

 ハクトの上に乗っているのは、銀色の髪をしたハクトと同い年ぐらいの少女である。少し汚れている絹のローブに裸足の状態、手は両方とも包帯を巻いている。

「う、うぅ〜……」

 少女はハクトの上から全く退こうとしない。

「おい、しっかりしろ」

 仕方なくハクトから少女に声を掛ける。これじゃあ身動きすら取れないから少女に退いてもらわないといけないからだ。

「…お……お腹……空きました……」

 少女が呟いた瞬間、お腹の鳴る音が聞こえた。

「ぜ、贅沢は言いませんが……どうか私に……200gステーキを食べさせて下さい……」

「それは贅沢だ!」

 ハクトは少女の額にでこピンをする。

「う〜……痛いよ……」

「とりあえず、まずはここを退いてくれるか」

「お、お腹空いた……」

「もう一発やられたいのか?」

 少女は漸くハクトの上から退いてくれた。起き上がって少女を見ると、ハクトは少女の瞳を見て少し驚く。右眼は青い瞳をしているが、左眼は赤い瞳をしている。異色虹彩と言うものである。

「お前は一体……んっ?」

 すると、ここに誰かが来ると感じたハクトは少女の手を掴んで物の影に隠れた。

 そして少しすると、二人の黒服にサングラスをかけた男達がやってきた。二人はキョロキョロと公園内を見渡している。

「いたか?」

「いや、ここではないみたいだ」

 二人はどうやら誰かを探しているみたいだ。もしかたらとハクトは少女の方を見る。奴らが探しているのはこの子なのかと思った。

「んっ……あ、あの……むう!?」

 少女が声を出そうとしたので、ハクトは右手で口を押さえる。

「静かにしてないと見つかるだろう」

 ハクトはバレたのかも知れないと黒服の男達を見る。しかし、黒服の男達はこっちに気付く事無く去っていった。

「行ったみたいだな……んっ?」

 ハクトは何かに気付く。左手で少女の身体を触るが、こんなに柔らかいものだったかと考える。そして、ハクトは今の状況を確認する。

 少女の背中にハクトが抱く感じで隠れて、声を出しそうだった少女の口を右手で押さえていた。そして左手は力強く少女の……胸を触っていた。

「え、あれ?」

 ハクトはまさかと思って口を押さえていた右手を離した瞬間、がぶっと少女はハクトの右手を齧った。そしてハクトは悲鳴を上げた。

 

「ごちそうさまでした! 美味しいご飯、ありがとうございました!」

 嵐山家の食卓で、少女はかなりのご飯を食べ終わり、手を合わせてご馳走様を言った。

「どんだけ食べるんだよ、お前は……うちの食材が全滅したんじゃないか?」

 少女に噛まれた右手に巻いていた包帯を外すハクト。

「うふふ……ハクトもやるわね。女の子の胸を鷲掴みするなんてね」

 ニヤニヤと黒狐は笑っている。

「あ、あれはワザとじゃないって! しかも鷲掴みはしてねえって!」

 ハクトはとりあえずカイトと黒狐に少女の事を話してあげていた。あの後、右手を噛まれながら自分の家に帰ってきたハクトは、この今にもハクトの右手を噛み千切るかも知れない少女にご飯を食べさせてやった。そしてその間に事情を説明したのだ。

「さてと、食事も済んだ事だし、改めて訊くけど、お前は一体何者なんだ?」

 ハクトは最初に訊こうとした事を言った。

「……そうだね。まずは助けていただいた事にお礼を言わなければなりませんね。どうも、ありがとうございました」

 少女は頭を下げる。

「私はあるプロジェクトによって作られた人工生命体です。ですので、名前はありません」

「人工生命体?」

 ハクトは聞きなれない言葉を聞いて首を傾げる。

「錬金術のホムンクルスと同じで、人によって作られた存在だ。ただ、短命の上に魔力を持つ事が出来ないから、世界政府によって製造禁止とされていたが」

 カイトがハクトの為に説明してくれた。しかし、昔ならともかく今は世界政府が人工生命体の製造を禁止しているはずだと彼は言った。

「いいえ。このプロジェクトは政府公認でやっているプロジェクトですので、違法ではありません」

「何だよ、それは。そのプロジェクトって一体何なんだ?」

「……それは言えません。皆さんを巻き込みたくないのです」

 少女は困った表情でハクトの質問を拒否した。

「まぁ、良いんじゃないの。女の子には秘密の一つや二つは持っているのだから。それ以上追求してあげたらダメだよ。でも、何か名前みたいなのはないの?」

 黒狐が少女の頭を撫でながら訊いた。

「名前ではないのですけど、01(ゼロワン)と言うコードネームがあります」

 少女は小さくそう言った。

「コードネームか……カッコいいわね」

「母さん……こいつは嫌みたいだぞ」

 少女は少ししゅんと落ち込んでいる。やはりコードネームよりも名前の方が良いのかもしれない。

「そうね。ハクト、この娘に名前を付けてあげたら?」

「俺が? う〜ん、そうだな……」

 ハクトは少女の顔を見て、名前を考える。

「0と1だから、レイってどうかな?」

 ハクトは考えた末に辿り着いた答えがそれであった。

「うわぁ〜、ハクトのネーミングセンスって最悪……」

「ぶっ飛ばされたいのか?」

 ハクトは拳を握り締めて、黒狐を殴ろうとする。

「レイ……私の名前……」

 少女はハクトに付けられた名前をブツブツと呟いた。そしてニッコリと笑った。

「良いかも知れない……」

「気に入ったみたいだな。それじゃあ、君は今日からレイと呼ばせてもらうよ」

 カイトがレイの前にチョコレートケーキを用意してあげた。

「食後のデザートは如何ですか、レイちゃん」

「いただきま〜す!」

 レイは嬉しそうにチョコレートケーキを食べる。ハクトにしてみれば、あれだけご飯を食べておきながらまだ食べるのかと見ているだけで胸焼けがしてきた。

「それじゃあ、ハクト。君の部屋にレイちゃんを置いてあげてくれるか」

「はい!? どうしてですか、父さん!?」

 黒狐から言われるかもしれない事をカイトに言われて驚くハクト。

「お前がレイちゃんをここに連れてきたのだろう。ならば、お前が責任を持って面倒をみてやれ。これも修行の一環だと思え」

 正論を言われて、何も言い返せないハクトは仕方なく了承した。

 

 ハクトの部屋にあるベッドの傍に布団が置かれてある。どうやら、既に用意はされていたみたいだ。

「ベッドは使って良いよ。俺は布団で寝かせてもらうから」

「えっ? 良いのですか?」

「気にするなって。父さんの言うとおり、俺が面倒を見ないといけないからな。これぐらいの事しか出来ないけど……」

「いいえ。ありがとうございます、ハクト」

 レイはキョロキョロとハクトの部屋を見渡す。整頓されている本棚や机の上には小学校の教科書等が置いてある。

「珍しいのか、この部屋?」

 レイが部屋を見ているのを見て、ハクトは訊いてみた。

「私の部屋はいつも真っ白な部屋だったから、本とかそう言うのって見た事がないのです」

 レイは本棚にある魔導書を開いて読む。

「こんな本とか見た事がありません。ハクトはこういう本を読んでいるの」

「魔導師を目指しているから、魔導書等はよく読んでいるよ」

「……そうか。ハクトは魔導師なんだよね」

「んっ? レイは魔導師が嫌いなの?」

 何だかレイの様子がおかしかったので、魔導師が嫌いなのか訊いてしまった。

「そんな事はないけど、人工生命体は魔力がないから、魔導師を目指そうにも出来ないのですよ。それに、魔導師は私にとって……だから」

「えっ? 今、何か言った?」

「ううん、何でもない。もう眠くなってきちゃったから、寝るね」

 魔導書を本棚に戻すと、ベッドの中に入って横になる。

「あぁ、お休み……」

 ハクトは電気を消して布団の中に入る。

 

 それから少し時間が経ってから、ハクトは不意に目が覚めた。身体の上に誰かが乗っている感じがしたの目を開けた。

「……レイ?」

 暗くてよく見えないけど、ハクトの上にレイが乗っていて、右手が刃の様になっている。

「……ハクト……頂戴……貴方の魔力を……食べさせて……」

「なっ!?」

 ハクトは危険だと察知して、巴投げの要領でレイを投げ飛ばした。レイはそのまま窓ガラスを割って外に飛ばされた。

「ヤバっ、父さんに怒られるかも……それは良いか」

 ハクトは割れた窓ガラスから外に出て庭に行くと、レイが起き上がる所だった。目が両方とも眼球まで赤くなっていて、頬には赤い線の模様が浮かんでいる。そして、右手が黒い刃の様になっている。

「レイ、一体どうしちまったんだ?」

「……魔導師、発見……クッ、ダメ……魔力ヲ…喰ラウ……」

 レイは頭を押さえながら呟く。その言葉はハクトにも聞こえていた。

「悪い、レイ。少し荒っぽいやり方をさせてもらうよ」

 ハクトは右手を前に突き出して魔法陣を出すと、そこから鎖が現れてレイを縛ろうとする。しかし、その鎖がレイを縛ろうとした瞬間、レイが右手の刃で鎖を斬ると、鎖は一気に消滅した。

「嘘? 魔法を斬られた……いや、違う。もっと別な何かをされた様な……」

 魔法を斬られたのなら、その鎖の部分だけが消滅するはずなのに、今のは魔法陣ごと消滅してしまっている。明らかに魔法そのものを消されてしまっている。

「……ふっ、面白い」

 ハクトはニヤッと笑い、拳が震える。魔法大会ジュニアトーナメントで3連覇した事があるハクトだが、こんなに強い相手と戦うのは初めてである。

「良いぜ。おかげで目がすっかり覚めたぜ」

 ハクトは拳を構える。するとレイは刃を構えてハクトに向かってきた。あの刃は魔法を無力化されると解ったハクトはあれを注意して刃を躱して、カウンターの魔力を籠めた拳でレイの腹に当てた。

「んっ!?」

 すると、ハクトは瞬時にレイから離れた。そして、さっき打ち込んだ拳を見る。ぶつけたはずなのに、何か嫌な感じがしたからだ。

(今、レイに触れた瞬間、俺の魔力が吸われた様な気がした……)

 ハクトがそんな事を考えていると、レイは一瞬消えてハクトの背後に現れて刃を横に薙ぎ払う。ハクトはしゃがんで躱して、右足を上げて蹴り上げる。レイは刃で蹴りを受け止めた。すると、ハクトの魔力が刃に奪われだした。

「やはり……それか!」

 ハクトは右手で魔法弾を放った。レイは蹴りを受け止めていたので防御出来ずに直撃した。

「……魔力吸収(メンタルスキュラー)

 レイがそう言うと黒い刃をハクトに向けると、ハクトの魔力が黒い刃に吸収されていく。ハクトは魔力を奪われ身体がよろける。

「……くっ! その刃、魔力を奪うのか……なら……」

 ハクトは拳を構えて足元に三角型の魔法陣を張って身体を強化させる。

魔戒神生流『空牙』!」

 ハクトは一瞬でレイの間合いに入り渾身のストレートをレイにぶつける。レイはハクトの空牙を喰らって地面に倒れた。

「はぁ…はぁ…はぁ……レイ?」

 肩で息を吐き、汗を拭うハクト。すると、レイは起き上がって構える。しかし、がくっと身体が崩れて倒れた。起き上がる様子がないのでハクトはレイに抱き起こす。レイの頬に赤い線の模様は消えていてグッタリしている。

「おい、レイ。大丈夫か?」

 ハクトが声を掛けると、ぐ〜とレイのお腹が鳴った。

「お、お腹……空きました……」

「今、何時だと思っているんだ!?」

 午前3時です。

 

 時鷺国、時環のある研究所。

「それで、NO01(ナンバーゼロワン)を見失ったと言うのですか?」

 白い髪をオールバックにして、少し皺がある白衣を着た男性が、モニターに映っているレイを探していた黒服の男達に訊いた。

『も、申し訳ありません! センサーが途中で反応しなくなりましたので……』

「う〜? そんな言い訳など聞きたくもありませんね。とりあえず、ポチッとな」

 白衣の男性は机の上にあるボタンを押すと、彼らの足元の床が抜けて、彼らは落ちていった。そして、断末魔の声が響いて、床は元に戻った。

「しか〜し、貴方と言う者が彼女の脱走を手伝うとは、どう言う了見ですか〜? ウィリアム博士?」

「脱走ではない。少し外が空気を吸わせてあげただけだ」

 茶髪の長髪を後ろで括って、眼鏡を掛けている白衣の男性――ヴァニラ・(ジュラート)・ウィリアムはそう言った。

「そ〜れを脱走と言わずに、な〜んだと言うのですか!?」

 椅子から立ち上がって、クルクルと回転する白衣の男性はこの研究所の所長である。

「我々は世界政府のめぇ〜により、このプロジェクトSを実行させたのです。そしてその第一号である彼女を外に出すなど、い〜〜〜ったい、何を考えているのですか!?」

「別に問題はないと思いますよ。お腹が空けば帰ってくるだろう」

 ヴァニラはそう言って所長室を出ようとする。

「それとも、俺も殺しますか? そうなったらこのプロジェクトは凍結する事になりますよ」

「貴方の人工生命体の製造技術はパーフェクトですからね。貴方は不問と致しましょう。ただし、二度目はないと思って下さい」

「心得ておきます……」

 ヴァニラは所長室を出ると、残された所長は椅子に座る。

『きひひ……あんな失敗作なんて放っておきなって』

 すると、所長室から少年の声が響いた。声はするけど、姿が見えない。

02(ゼロツー)ですか?」

『所長さんよ。何でしたら、ボクが探してきてあげますよ。他の奴らも失敗作が脱走した事に、ちょっとムカッと来てるみたいですけど。きひひ……』

「ほぉ〜? まぁ、良いでしょう。実験のデータが取れそうですから、少し連れ戻してくれますか?」

『きひひ……時に所長さん。右腕だけを持ってきて良いんだよね? 他はもう必要ないでしょう?』

 ニヤニヤと笑いながら02(ゼロツー)は所長の答えを待つ。

「………お好きにどうぞ」

 所長がそう答えると、02(ゼロツー)の気配が消えた。もう外に出て行ったみたいだ。

 

 所長室を出て廊下を歩いているヴァニラの前に、一人の女性が部屋から出てきた。長髪のライトグリーンに灰色の瞳をして、ミントが大人になった様な女性である。彼女はミントの母親、チョコ・J・ウィリアムである。錬金術師としてここに入所している。

「……所長に怒られたのですか?」

「まぁな。01(ゼロワン)をちょっと外に出しただけでこれだ」

「……きっと帰ってくるのですよ。あの子はミントに似て、ネコの様に帰ってくるのですから」

 チョコはクスクスと笑う。自分の娘と同じ様にチョコはレイを可愛がっている。

「そうだな。たまには帰ってあげないと、ミントがかわいそうだ」

「……ミントは良い子なのですよ。お師匠様の所でちゃんとお留守番をしているはずです」

 プロジェクトSに参加してから、ヴァニラとチョコはミントを錬金術師のお師匠様の所に預けている。

「それで、07(ゼロセブン)はどうだ? 異常はなかったか?」
 先程チョコがいた部屋は、魔導殺し(マジックスレイヤー)の中で最後に作られた07(ゼロセブン)の部屋である。

 部屋と言っても、真っ白の部屋にバイオ液の中に入れられているだけである。まだ製造してから少ししか経っていない。

「……特に問題はないのです。01(ゼロワン)が外に遊びに行っていると言ったら、ちょっと笑っていたのです」

 チョコはさっきまで話していた事を思い出して笑う。

「……01(ゼロワン)の方は大丈夫なのですか?」

「問題ないよ。さっき嵐山から連絡があって、無事保護したと言っていた。あいつらの所なら問題なしだ」

「……クロちゃんとカイちゃんがですか。良かったのです。他には何か言っていましたのですか?」

「……引き続き、調査は頼むと。このプロジェクトSは何か真の目的があるって」

 ヴァニラが真剣な表情で言うと、チョコも笑顔から真剣になった。

「……魔法世界を殺す……本当にそれだけなのでしょうか?」

「分からない。だから協会本部も俺達や嵐山に依頼してきたのだろう。マスターも慎重な方だからね。世界政府が公認しているとはいえ、人工生命体を作るなど間違っている」

「……クロちゃんの言った未来だと、(ゲート)が開くと言っていたのです」

「それが神界なのか、魔界なのか、もしくは別の世界かもしれない。いずれにしても、証拠を押さえて、このプロジェクトを止めなければならない」

 ヴァニラはチョコと一緒に廊下を歩く。

 

 プロジェクトSの真の目的を知る為に調査するヴァニラとチョコ。嵐山家で保護されているレイを連れ戻そうとする02。そして、レイの面倒を見る事になったハクト。

 これがもうすぐ起ころうとしている大事故の序章である。

 

(続く)

 
 

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ハクト「はじめまして。この度は『魔法少女の正しい学び方』を読んでいただき、誠にありがとうございます」
クリス「皆さんに喜んでいただけましたら幸いです」
シャーリー「お疲れ様ね」
ミント「……お疲れ様です」
ライチ「皆様、本当にお疲れ様でしたわ」
ハクト「さて、ここからは過去話になります」
クリス「三年前に起きた大事故の話ですね。ちゃんと出来るのでしょうか?」
ミント「……プロットは完成しているのですから、多分大丈夫だと思うのです」
シャーリー「途中で挫折しないでほしいけどね」
ライチ「時にハクト様、小学校の頃はいじめにあっていたのですの?」
ハクト「世間的にはいじめなのだろうけど、俺自身いじめではないと思っていたから、いじめじゃないだろう。ああ言うのは弱者の考え方だ」
クリス「でも、バケモノと言うなんてヒドイです」
ミント「……許さないのです」
ハクト「怒ってくれるのは良いけど、別に気にしてないから良いって」
シャーリー「それで、レイと言う子の胸はどんだけ柔らかかったのかな?」
ハクト「指をポキポキと鳴らすな……あれはレイに噛まれたから分からなかったんだ」
ライチ「しかもレイさんと言うの子、すごく大食いキャラですわね」
ミント「……大食いキャラ、主人公に噛み付く、重要キャラ、どう考えても禁書……」
ハクト「そ、それ以上は言ったらダメだ!!」
クリス「ミントのお父さんとお母さん、それにハクトさんのお父さんや黒狐さんって、知り合いなんでしょうか? ミントのお父さんとお母さんがプロジェクトSにいたのは、潜入捜査の為みたいですけど」
シャーリー「黒狐さん達も一枚噛んでいるみたいよね。そして姿を見せなかった02って奴、ハクト達の前に現れるみたいね」
ライチ「それはまた次回と言う事になりますわね。今回が前編ですから、次は後編になるのでしょうか?」
ハクト「いや、中編になると思う。結構長い話になると思うからね」
ミント「……前編、中編、後編、完結編の四話になるかも知れないのです」
クリス「そうならない様に頑張ってほしいですね……」
ミント「……お兄ちゃん。もう時間」
ハクト「そうだな。それじゃあ、今回はここまで」
クリス「これからも『魔法少女の正しい学び方』を応援して下さい」
ライチ「では、また次回お会い致しましょう」
シャーリー「それじゃあ、みんな」
ミント「……バイバイ」
 
 
 
 
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