ヴェルガ暦555年。
ハクトは小学校の教室で頬杖をつきながら授業を受けている。しかし、今日はまったくと言って授業を聞いていない。
少し前にレイがハクトに襲い掛かってきた事を考えている。あの時のレイは別人の様に感じた。
(あいつ……まだ寝てるのかな?)
あれからレイは起きる気配がなかった。仕方なくハクトは学校に行く事にしたけど、今もレイが寝ているのか心配になっている。さっさと授業を終わらして帰りたいと思っている。
「ハクトぉぉぉぉぉぉ〜〜! どこにいますかぁぁぁぁぁ〜〜!?」
すると、外から大声が聞こえた。それにより、教室は慌しくなった。そしてハクト本人は開いた口が塞がらない状態になって固まっている。
「あ……あいつは……」
ぎぎぎと人形の様に首を窓の外に向ける。ハクトの席は窓際の一番後ろであるから窓を向いても誰も気付かない。さらに、教室の窓は校門が見える場所だから、校門に誰かがいるのはすぐに分かる。
校門の所には銀色の長髪に後ろに緑色の白い水玉模様のリボンで結ってあり、右眼が赤い瞳に左眼が青い瞳をしていて、白いのフリル付ブラウスに赤いリボンを付けて、青のロングスカートを穿いて、茶色のブーツを履いている一人の少女――レイがいた。
(あのバカ……こう言う時は無視をして帰ってもらうしかない)
ハクトはそう考えてレイが叫んでいるが無視を決める。
レイは何度もハクトを呼び続けるがが、まったく返事を返さない事に首を傾げる。
「よし、こうなったら黒狐さんに教えてもらった魔法の言葉を使って、ポポポポ〜ンとハクトを見つけてやります!」
レイはここに来る前に黒狐からハクトを呼ぶ為の魔法の言葉を教えてもらっている。一度深呼吸をして大きく息を吸い込んで準備完了する。
「シロウサギちゃ〜〜ん! 出ておいでぇぇぇぇ〜〜!」
レイが魔法の言葉を大声で叫んだ瞬間、がらっと教室の窓が開いてハクトは窓から飛び降りる(注ハクトの教室は3階です)。そして地面着地してそのまま真っ直ぐレイのいる校門に向かって物凄い勢いで走ってきた。
「シロウサギちゃんって、言うなぁぁ!」
ハクトはそう叫んで、どこから出したのか分からないハリセンでレイの頭を叩いた。叩かれたレイは頭を押さえる。
「きゅ〜……痛いよ、ハクト……」
「お前な……ただでさえその髪と瞳の色だけでも目立つって言うのに、さらに目立つ様な事をしてんじゃねぇよ!」
「だって……目を覚ましたらハクトがいなかったんだもん。淋しかった……」
ウルウルと泣きそうな顔をするレイ。確かに置いていってしまった事に関してハクトはちょっと気にしていた。レイが目を覚ますまで学校には行かない事にしたかったのだけど、カイトと黒狐に却下されて仕方なく学校に行く事にしたのだ。だけど、レイが目を覚ましてハクトがいなかった事に淋しくて、ここまで来たのだと思うと、ハクトは少し嬉しくて頬を少し赤く染まる。
「それに、それに……ハクトがいないと、ご飯が食べられないのです!」
「………はい?」
ハクトの目が点になった。まさかここまで来たのは、ご飯が食べたかったからだと言う事かとハクトは思った瞬間、レイのお腹の虫が鳴りだした。
「……父さんと母さんはどうしてる?」
「カイトさんはきょうかいほんぶと言う所に行ってしまって、黒狐さんはお友達と電話中」
レイが目を覚ました時には、カイトは協会本部に行ってしまっていて、お昼は一応作ってくれていたのでそれを食べたけど、やはりここまで来るのに満腹度が消費して腹ペコ状態になったのだ。ちなみに黒狐が電話しているのはカリムの所である。
「あぁ〜、大声出したから、余計にお腹が……」
「〜〜〜〜っ!」
ハクトは拳を握り締めて、今すぐにでもレイを殴りたくなってきた。しかし、殴った所で何かが変わる訳がないのでとりあえずハクトのとった選択肢は……
「大人しくここで待っていろ。学校が終わったら買い物してご飯作ってやるから」
カイトが協会本部に行っていると言う事は、今日は家には帰ってこないと言う事になる。そう言う時はハクトが夕飯を作る事になっている。黒狐に作らせたら、核兵器を作るかも知れない。
「本当!?」
レイが目をキラキラさせる。もしも動物の尻尾が付いていたなら振っていただろう。
「だから俺が来るまで絶対ここから離れるんじゃないぞ。知らない人にホイホイとついて行かない様に。良いな?」
レイの事だから食べ物を使えば必ずついて行きそうな予感がしたハクトは、とりあえずレイに待っている様に言った。
「うん! ハクト、待ってるね!」
手を大きく振ってハクトを見送るレイ。ハクトはまた何か言われるかも知れないなと思いながら、溜め息を吐きながら教室に戻っていった。
時環の少し離れた場所に森に囲まれた一つの白い洋館が建っている。中ではマントを羽織った魔導師達が色々な話をしていたり依頼が書いてあるボードを見て仕事を探している人もいる。ここは時鷺国の魔術協会本部である。
そこにカイトはマスターがいる部屋にいた。マスターは黒いフード付のマントを羽織っていて、白と黒の仮面を付けている。
「プロジェクトSか……やはり政府は我々を敵対している所もあったと言う事か」
「そうなります。こちらで預かっている少女がその実験体の一人だと思われます」
マスターは腕を組んで難しそうな声を出す。まさか、その様な人工生命体が完成していたとは思っても見なかった。
「マスター、自分はこれがただの実験だけとは思えません。何か大きな異変が起こるかも知れないのです」
「……その研究所の場所は特定出来ているのか?」
「ウィリアム博士の話だと、何重もの結界魔法で位置を特定する事が出来ませんが、内部から結界魔法を崩す事が出来れば何とかなるかも知れません」
カイトは部屋の壁に魔法陣を出して、地図を表示させる。森に囲まれている魔術協会本部の南西に向かった所に丸い点が出ている。
「ここがそのポイントだと思いますが、まだ確定ではない為、もう少し情報が必要になってくると思われます」
「嵐山カイト、引き続きウィリアムから情報を貰い報告してくれるか?」
「了解しました」
敬礼をしてカイトは部屋を出ようとする。
「ときに嵐山カイト、君が保護したその娘はどんな子だった?」
マスターは真剣な声でカイトに訊いてきた。
「……どこにでもいる、普通の女の子でした。喜んだり怒ったり泣いたり楽しんだりと、人工生命体とは思えないほどの感情がありました。うちの息子が助けたくなる気持ちも解る様な気がします」
カイトは嬉しそうにそう答えた。
「遅いな……まだかな……」
レイは校門前でずっとハクトを待っていた。本日の授業は終了していて下校していく生徒が続々と外に出て行く。しかし、肝心のハクトがまだ出てこない。
「お腹空いたな……」
何度目かのお腹の鳴る音が鳴った。途中ハクトがパンを持ってきてくれて、それで食いつないだけど、やっぱりお腹が満腹にはならず、すぐに空腹になってしまう。
「……んっ?」
すると、レイの前で何人かの男子がレイを囲んだ。
「あの、何か御用ですか?」
レイは首を傾げてニッコリと笑う。
「お前、あのバケモノの仲間か?」
男子がニヤニヤと笑いながらレイに訊いてきた。レイは何を言われているのかよく分からず、キョトンとしている。
「バケモノの仲間なら、何しても良いよな」
すると男子達はレイの顔の横に魔法弾を放った。レイは左手で疼いている右手の甲を握り締めて、何かに苦しむ表情をしている。
「……だ、ダメです……私の前で、魔法は使わないで下さい……」
震える声でレイは小さく言った。しかし、男子達はそんな事をまったく聞かずに、レイの足を拘束系魔法で縛った。
「あのバケモノの仲間なら、こいつもバケモノだよね」
「何しても良いんだよな。こんな事をしてもなぁ!」
魔法弾がレイにお腹に当たる。痛みで苦しむレイに次々と魔法弾をぶつける。
「バケモノがこんな所に来てんじゃねぇよ! さっさと自分のねぐらへ帰れ!」
「あバケモノと一緒に帰れ!」
「「帰れ! 帰れ! 帰れ!」」
男子達はレイに次々と魔法弾を当てていく。ドクン、ドクンとレイの中の何かが目覚めかけている。青い瞳が赤くなり始めて、右手が黒い刃に変わろうとする。
しかし、その時、大地が揺れた。震度6強並みの大地震が揺れ、みんな地震に耐えようとしている。
「お前ら……何をしているんだ?」
校舎からハクトがやってきた。ハクトの身体から魔力がかなり放出してこっちに近付いている。そこからでもハクトが完全にブチ切れている事が分かる。ハクトもレイを泣かせている奴らを絶対に許さないから、今でも魔法で叩きのめす気でいる。
男子達は今のあいつとやりあえる事なんて出来る訳がないので一目散に逃げていった。だが、ハクトは右手を前に突き出して魔法陣を出して、魔法弾を放とうとした。だが、レイが苦しむ声が聞こえたので、魔法弾を放つを止めてレイの許に向かった。
「おい、レイ。大丈夫か?」
レイは胸を掴んで苦しんでいる。そして、ポケットの中を探って、カプセルを一つ掴んで口の中に入れて飲み込んだ。しばらくして苦しんでいたレイが息を吐いて落ち着いた。
「もう大丈夫だよ、ハクト。ありがとうね」
「それは良いけど、本当に大丈夫なのか?」
「うん、これはしょうがない事だから。さっきの薬を飲んだから、しばらくは大丈夫だと思う」
「薬? さっき飲んだあれが?」
「……人工生命体と言うのもあるけど、この右手に埋め込められているこれの所為なんです」
レイは右手の甲に埋め込められている黒いドライブコアを見せる。
「魔法を喰らう……それじゃあ、昨夜のあれは」
ハクトは前にレイと戦った時に感じた魔法を奪われる感覚を思い出す。
「あれは俺の魔力を喰っていたのか?」
「うん、私達魔導殺しは、人の魔力を喰わないと生きていけないの。でないと禁断症状が起きて、暴走状態になる。危ない所だったよ。もう少し遅かったら……」
ハクトが来てくれたからレイは何とか理性を保つ事が出来たけど、あと少し遅かったら完全に某添え羽状体となって彼らの魔力を喰っていただろう。
「ごめんね、ハクト……でも、私は本当のバケモノなの。魔導師を殺す為に作られた実験体。01と言うのも最初に作られたからそうなっているの」
レイは微笑みながら話すが、ハクトから見れば今にも泣き出しそうな哀しそうな表情をしている。
「……レイ。ちょっと来いよ」
ハクトはレイの右手を掴んで学校の裏手に案内してあげる。そこには動物を飼う為の小屋が建っている。
「ここは…ハクト、勝手に開けて良いの?」
ハクトが小屋の鍵を魔法で開ける。元々鍵は魔法で掛けてあったみたいで、ハクトは簡単に開けたのだ。
「ほら、来いよ、レイ」
ハクトに言われるまま小屋の中に入ると、そこには白いウサギが6羽いた。ウサギ達はハクトが来たのが分かったみたいに足元にやってくる。ハクトはしゃがんでウサギ達の頭を撫でてあげる。
「よしよし、可愛いな……」
ハクトはウサギ達の頭を撫でるを楽しんでいる。
「ハクトって、ウサギが好きなの?」
「それはもちろん好きだよ。癒されると言うか、何と言うか……」
「だって……シロウサギと言われたら怒っていたよね? 私は叩かれたよね?」
「それは自分が言われているとなると腹が立つけど、こいつらには何の罪もないじゃないか〜」
最高の笑顔でウサギ達を可愛がるハクトを見て、レイは笑い出した。ハクトにこんな意外な事があるなんて知らなかった。
ハクトは1羽のウサギを抱くと、レイに渡す。
「ほら、レイを触ってみろよ」
「えっ? でも、怖がらない?」
「大丈夫だって。ほら」
レイは少し迷いながら恐る恐るハクトが抱いているウサギに触る。ウサギは怯える様子もなく、レイに頭を撫でられる。
「……フワフワして、温かい」
レイは初めて動物に触れて、少し戸惑っていたが、ウサギの頭を撫でるのが楽しくなってきた。すると、レイの足元にウサギ達がすりすりとしてくる。
「気に入られたみたいだな」
ハクトは抱いていたウサギをレイに渡そうとする。レイはゆっくりとウサギを抱く。ウサギは暴れる事なく、レイに身体を預けている。レイは嬉しくなった。
「なっ、レイ。お前はバケモノなんかじゃないだろう。バケモノなら、こうして動物と遊ぶのを楽しむ訳ないだろう」
「ハクト……ありがとう」
レイがあのまま自分をバケモノだと思わせない為に、ハクトはここに連れてきたのだ。その結果、レイはウサギ達を見て笑顔になった。
しばらくウサギ達と遊んだハクトとレイは小屋の鍵を魔法で掛けて、学校を出た。途中、買い物をする為にスーパーに寄って、買い物を済ませた。
「もぐもぐ……美味しい!」
レイはスーパーで買ったタイヤキの5個目を食べている。
「お前な、夕飯も食えなくなるぞ……」
「大丈夫! 夕飯も全部食べてみせるから!」
それは喜んで良いのか分からないハクトは苦笑いするしかなかった。
「もぐもぐ……んっ!?」
すると、レイは何かに反応した瞬間、周りの風景が灰色となった。通行人も車も、飛んでいるカラスも、ハクトとレイ以外の全部が止まっている。まるで時が止まった様な世界である。
「これは…結界?」
レイは自分達が使う魔法が発動されたと言う事は、この近くに彼らがいると言う事である。
周りから少年の声が聞こえた。周りを見渡すが、姿が見えない。
『お前を連れ戻しに来たんだよ。勝手に外を出やがって、他の奴らも怒ってたぞ』
「ちゃんと博士から外出許可を貰っています。だから問題はないはずですよ」
『所長の許可は貰ってねえだろう。まぁ、良いさ。どのみち帰ってこないと思ったから、お前のその右腕だけでも持って帰るさ。きひひひ……』
02はレイの背後から現れて、右手の黒い刃でレイの胸を貫こうとした。しかし、その時、ハクトの蹴りが黒い刃とぶつかった。驚く02にハクトはさらに回し蹴りで02の身体を吹き飛ばした。
赤いぼさぼさした髪にレイと同じ赤と青の瞳をしたハクトより年下の少年だが、彼の右手はレイと同じ黒い刃となっている。
「な、何だ、お前は!? 何故ボクが後ろから現れるのが分かった!?」
「……勘」
ハクトはただそれだけを言った。
「きひひ……面白い奴だ……」
「今までの魔導師とは段違いだぜ。こういう奴と戦いたかったぜ。だが、今はボクの相手は姉さんだけだから。あとで相手になってもらうぜ」
「ハクトの魔力は渡さない。貴方は私が倒す」
「ハクトは少し下がっていて。あいつは私がご指名みたいだから」
「あぁ、お前がそうしたいのなら、俺はこっちを相手してやるぜ!」
ハクトはそう言って右手の人差し指に魔法弾を籠めて草陰に向かって放った。すると、そこにから黒い刃がハクトの魔法弾を斬って顔を出してきた。紺色の目が見えないぐらいの長い髪をした少女だった。
まさかの相手にレイは驚いた。前に会った時はあまり表に出ようとせず、常にチョコ・J・ウィリアムの背中に隠れていた。
「珍しい奴がこっちに来てるみたいだな。きひひ……何しに来たんだ?」
「……任務。魔導師の魔力を喰わせてもらう」
「こういう奴と戦うのはあまり好きじゃないんだけど、相手はやる気みたいだし、ちょっと相手してやるか」
ハクトは向かってくる04の攻撃を躱す。04は黒い刃で黙々とハクトに攻撃するが、ハクトは全て躱していく。動きが単調であるから避けるのは容易いのだ。
ハクトは魔力を使わず、拳と足で04に攻撃する。魔力を使えば、それだけ相手に魔法を喰われてしまう。それだけは避ける必要があった。
一方、レイと02の方も戦いが始まっていた。お互いの黒い刃がぶつかり合っている。02は加速してレイの周りを周りだしてレイを翻弄させる。
「きひひ! どうした01!? その程度じゃないだろう!」
「……消えよ、魔導師」
04はハクトの動きを観察して攻撃してくる。黒い刃は身体を斬る事がないから切り傷は出来ないけど、そこから魔力を喰っていくので、ハクトの動きが鈍ってしまう。
「魔力をこれ以上喰われると、魔力切れを起こしてしまうかもな……さて、どうしたものか……」
ハクトは04の攻撃を受けながら考える。右手の黒い刃だけの攻撃であるけど、動きを読まれている以上躱す事が出来なくなっている。かと言ってシールド魔法など攻撃を防ぐ事も出来ない。
「となると、身体強化魔法で防御と言いたいけど、それもさっきからやっているが全く効果がない……だが、漸く目が慣れてきた。そして、奴らの癖も……」
ハクトは動きを止めると04は瞬時に消えて、ハクトの背後に回った。死角を取り、これでトドメと渾身の一撃を入れようとする04.しかし、その瞬間04の顔面にハクトの裏拳が入った。ハクトは後ろを振り向かずに裏拳をしてきた事に戸惑う04.
「……やっぱりね。これで終わりだ」
ハクトは振り返った時、右手に炎の魔法を纏わせる。
カグツチを放ったハクトの拳は04の鳩尾に入って吹き飛ばした。地面に仰向けに倒れて動けなくなった04。
「……な、何故……私の攻撃が……」
「お前達の癖、トドメや渾身の攻撃の時、必ず相手の死角に瞬時に移動する。暗殺者特有の技なのかもしれないけど、死角から来ると解っていたら、それは死角じゃないんだよ」
レイの時や02の時も、背後からの攻撃をしてきたのを知っていたハクトは、04も必ず背後からの攻撃をしてくると考えていた。だから相手が消えた時から後ろを警戒していたハクトは攻撃した瞬間裏拳をしたのだ。
「今度からはそれを注意しておく事だな。死角からの攻撃は確かに良いかも知れないけど、俺には通用しないよ」
ハクトは04に近付いて、倒れている彼女に手を差し伸べる。
「……何故、敵に手を出す? 私は、お前を……」
「勝負が終わったのだから、敵も味方もないだろう。だったら手を差し出したって良いだろう」
04はゆっくりとハクトの手を掴んだので、ハクトは起こしてあげる。その時04の顔が見えた。幼い少女の顔で瞳の色は左眼が緑色で右眼は薄い紫色をしている。
「……結構可愛いじゃん、顔を隠さない方が良いかも知れないよ」
「……えっ?」
「ハ〜ク〜ト〜!」
「っ!?」
すると、ハクトは何か殺意的な視線を感じて振り返ると、レイがギロッと睨んでいる。
「おい、レイ!? こっちを見ている場合か!? 自分に敵に集中しろよ!」
「きひひ! その通りだぜ! 貰ったぁぁぁぁ〜〜!」
レイはハクトの方を睨んでいたので、背後の02に気付いていない。背後を取って一撃を決めようとした02だった。
しかし、その瞬間レイは02の右肩を、自分の黒い刃から槍に変えて突き刺した。吊るされた02を地面に叩き落した。
「それは魔導師や人間だった場合でしょう。私達の身体はエーテルナノの力もあるから、魔導殺しの攻撃は通じるの博士から聞いてなかったの?」
エーテルナノとは魔力で構成された結晶みたいなもので、それを使ってレイ達は動いている。そこに魔導殺しで喰った魔力を送り込んでいる。レイ達にとっては心臓みたいな役割を持っている。その魔力の結晶で動いている人工生命体だから魔導殺しも通じるのだ。
レイは黒い槍を元に戻して、真っ先にハクトの所に向かった。
「ちょっと待て! お前は何を言っているんだ!?」
「がぶっ!」
ハクトがレイに指を指したので、レイはその指を大きく口を開けて噛みついた。
「いったぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
噛み付かれて痛がるハクト。
「き、きひひ……なんて奴らだ……」
すると、灰色の世界に色が付いて時が動き出した。どうやら、結界を解いてくれたみたいだ。
「う〜ん、そうだよね……そろそろ帰った方が良いかも知れないね。貴方達も私を連れ戻さなかった事で処分されるかも知れないからね」
レイは噛み付いていたハクトから離れる。
「それじゃあ、ハクト。私は研究所に帰るね。カイトさんと黒狐さんにはごめんなさいって言っておいてくれるかな」
「だけど大丈夫なのか? 勝手に抜け出したって事は怒られるんじゃないのか?」
「大丈夫だって、博士は優しいし。それに、そろそろ戻らないと薬もなくなってきたからね。貰ってこないと」
レイは少し胸を掴んで苦しむ。やはり、さっきのは自分の魔力をかなり使っていたみたいだ。
「それじゃあ、またね、ハクト」
「……ああ、またな。またうちに来いよ」
ハクトは拳に力を入れて我慢する。レイをこのまま帰してはならないと思っているが、それではレイをさらに苦しめてしまう。なら、一度研究所には帰してあげないといけない。
すると、車道に黒い車がやってきて、レイ達は後部座席に入る。
「ハクト! 絶対、また来るから! 絶対!」
窓を開けてレイはハクトに向かって叫んだ。そして車は発車して行ってしまった。
「あぁ、俺も……」
一人残されたハクトは小さくそう呟いた。
嵐山の家では黒狐がお菓子を食べてデスクワークをしている。ハクトが帰ってくるのが遅い為、夕飯を食べる前にお菓子を食べるしかなかった。
すると、ガチャッと玄関が開く音が聞こえた。黒狐は自分の部屋から顔を出すとそこには意外な人が帰ってきた。帰ってきたのはカイトである。
「カイト君!? 協会本部に行ってたんじゃないの?」
「俺のドライブを取りに戻ってきただけだ。またすぐに出る。ハクトは?」
「まだ帰ってこないのよ。レイちゃんも戻ってこないし」
お菓子を食べながら黒狐は言った。すると、黒狐はもしかしたらと目を見開いた。
「まさかハクトとレイちゃん、二人だけでお食事に行って、ホテルへGOしてるのかも」
「どんな妄想をしているんだ、お前は……あいつらはまだ小学生だろう」
「いや、分からないわ。最近はまっている小学生美少女ゲームは結構面白いからね……ハクトも夜な夜なレイちゃんにあんな事やこんな事をするつもりじゃあ……」
「……お前、仕事サボって、そんな事をしていたのか」
あっと黒狐はしまったと言う表情をする。デスクワーク(美少女ゲームをプレイ)をしていたのだ。
「子供達には絶対にやらせるなよ。あと、仕事もちゃんとしておけ。かなり溜めていると聞いているぞ」
「は、は〜い……」
カイトの怒りに黒狐は縮こまって反省する。
カイトは部屋に行って、机に置いてあった赤い水晶玉を持って、紐を腕に括りつける。
「もしかして、レイちゃんの研究所が分かったの?」
支度するカイトを手伝う黒狐はカイトに訊いた。
「あぁ、今からその研究所に隊と一緒に向かう。協会本部でも、あの研究所をいつまでも残しておく必要はないからな。早めに決着おつけなくてはならない。レイちゃんの為にもね」
「任せて! レイちゃんを養子にする用意は出来ているからね!」
こう言う時に限って、黒狐の行動は速過ぎる。既に養子縁組の準備を整えている。いつでもレイを自分達の子供にする気でいる。
「相変わらずだな。もしかして、その左目でレイちゃんを養子にするのが見えたのか?」
「ううん、そんなのなくても私はするつもりだっ……た……えっ?」
すると、黒狐はピタリと動きが止まった。
「どうした、黒狐?」
「あ、ああ……な、何これ……? 何で……どうして……?」
黒狐は身体を震わせて、左目を押さえて腰が抜けていく。
カイトは黒狐の肩を掴んで黒狐に訊く。しかし、黒狐は何も答えようとしない。ずっと身体を震わせて、挙句の果てには涙を流して泣き出した。
「何で……こんな未来が見えてしまうの……こんなのが見たくて、手に入れたんじゃないのに……どうして……」
「黒狐!」
カイトが大きな声で黒狐の名前を言うと、黒狐はビクッと身体を震え上がってカイトの顔を見る。
「約束だろう? お前のそれが発動して何かが見えた時、必ず俺に言う事……」
「でも……カイト君には言いたくないよ……」
「黒狐、俺はどんな未来が待っていても受け入れる。だから、言ってくれ」
カイトは微笑みながら黒狐に言った。その優しさが逆に黒狐は泣き出してしまう。黒狐がここまで泣くなんて今までなかった。だから余程嫌な未来が見えてしまったのだとカイトは思った。
「……見えてしまったの」
漸く黒狐が話してくれた。
「カイト君……貴方が…死ぬ未来が……」
黒狐の言葉にカイトは驚いた。
(続く)