プロジェクトSの研究所跡地に雨が降り続けている。
そこにたった一人だけ歩いている少年がいる。よろよろと歩き、左手で右腕を押さえている。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
少年はぼ〜と何も考えず、ただ歩いている。
「くっ……」
そして、少年は倒れる。
「どうして……どうして…こうなってしまったんだ……」
少年――嵐山ハクトだけが生き残ってしまった。研究所は跡形もなくなり、そこにいた誰もが消えてしまった。残されたのはただ一人、彼だけである。
「俺の所為だ……俺の所為で……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
仰向けになり、ハクトは涙を流しながら大きな声で叫んだ。
「うぉぉぉぉぉぉ〜〜!」
「ハ、破壊…セヨ……」
「させないよ」
「ハ…カ…イ……」
「これでしばらくは大丈夫だと思うけど……本当に疲れてくるぜ」
肩で息をし始めるハクト。魔力を相当使ってしまい、そろそろ魔力が切れようとしている。
「ハクト、本当に大丈夫なの?」
レイがハクトの傍による。
「本当にヤバいかも知れない……」
ハクトも疲れてきたのか、壁に手を付いてしまう。その時、ポチッと何かを押してしまって、ハクトとレイの足元の床がパカッと開いてしまった。
「えっ? 嘘っ!?」
「何っ!?」
ハクトとレイはそのまま下に落ちてしまった。
「お姉ちゃん達が下に落ちた……」
「そんな……」
「ここから下へは遠い……迂回しなければならない……」
すると、前からカイトの魔導師舞台が現れた。
「……研究所の実験体二体発見」
「これより……する」
所長室にいるカイトは、所長を拘束した状態で質問をしていた。そして、所長の話を聞いて、このプロジェクトSの真の目的を知る事が出来た。
「ナンセンスな話ではあるが、確かに出来る事かも知れない。政府の目的と一致している。だが、やはりこのプロジェクトは間違っている」
カイトはこの目的にやはり賛成は出来ない。そんな事をすれば、間違いなく戦争が起こってしまう。
その時、魔導師部隊が続々と所長室にやってくる。
「研究所にいる全ての研究者を拘束しました」
「……ご苦労様。間違っても死者は出していないな」
「はい。全員負傷者は多数ありましたが、死者はまだ出しておりません」
敬礼をしながら報告すると、カイトは漸く安堵の息を吐くが、ケホッケホッと咳き込んだ。
「まぁ、良いだろう。とりあえず、お仕事は終了だ。お疲れ様だ」
その言葉にカイトは目を見開いた。そして、魔導師部隊はカイトに向けて杖を構えた。
そして、床から落ちたハクトとレイは……
「いてて……だ、大丈夫か、レイ?」
「う、うん……ありがとう」
ハクトの上にレイが乗っている状態になっている。
「ここって、地下に落ちたのか?」
周りを見ると、天井は既に閉じてあって、周りの空気が少しだけ違う。
「関係者以外立ち入り禁止の区域だと思う。私も入った事がない所だよ」
レイもこの場所は見覚えがなかった。研究所には立ち入り禁止区域がいくつかあったが、レイの様な実験体は関係者扱いとなって立ち入る事が出来るはずだが、この場所はまったく見た事がなかった。
「これは……探検し甲斐がある」
「お前、今の状況分かっているのか? と言うより、さっさと降りてくれないか?」
さっきから、ハクトの上に乗っているレイは慌てて降りて、ハクトは漸く起き上がる事が出来た。
その時、何か遠くで足音が聞こえた。
「まずい、隠れないと……って、あれ? マントがない……」
いつの間にかステルスマントがなくなっていた。06との戦いの時、どこかで落としてしまったのかも知れない。
「でも、こっちには来ないみたいだよ。遠くへ行ってるよ」
足音がどんどん遠くなっていくのを聞いていたレイ。
「行ってみるか」
「そうだね」
ハクトとレイは足音が聞こえた方に向かっていった。角を隠れながら進み、顔だけ出すと、魔導師部隊が走っていた。
「父さんと一緒に来ていた魔導師部隊だ。でも、何でこんな所に?」
足を止めた魔導師が耳に付けているイヤホンマイクを耳に当てる。
「「っ!?」」
抹殺と言う言葉を聞いて、ハクトとレイは驚いた。
「まさか……殺すと言うのか。ここにいる人達全員を……」
ハクトの身体が震えだした。自分の父親がそんな事をするとは思えなかった。
「マスターの命により、これより『最終指令』を開始する。装備を殺傷設定に変更。拘束していた者も全員抹殺しろと言う命令だ。今から集められていた研究員達を抹殺せよ。また、実験体も見つけ次第、抹殺せよ。これは協会本部マスターからの命令である。協会本部の魔導師の誇りに掛けて実行せよ」
魔導師はイヤホンマイクから他の魔導師に伝達し終わると、装備を構えて歩き出した。だが、ハクトとレイはその場から動けなくなっている。
そして、遠くから誰かの悲鳴が聞こえた。助けを求める声、泣きながら逃げ惑う者の声、それらを無慈悲に抹殺していっている。
「何で……何でなんだよ、父さん……」
ハクトはカイトに怒りを覚える。自分がもっとも憧れていた人がこんな事をするなんて思いたくもなかった。
「ハクト……っ!?」
レイは何かに気付いてハクトの手を掴んで走り出した。そしてその後、ハクト達がいた場所に弾痕が残った。レイは魔導師の魔力に気付いて、自分達が見つかって相手は容赦なく殺そうとしていたのだと分かって、先に動いたのだ。
「しっかりして、ハクト! カイトさんがそんな事をするなんて思わないでしょう。貴方のお父さんでしょう!?」
「……そうだよな。ごめん……」
ハクトもカイトを信じたい。だが、心に少しだけ闇の心が芽生えている事にハクトは気付いていなかった。
「いたぞ!」
前から魔導師部隊が三人出てきて、ハクトとレイに向けて杖を構えて魔法弾を放った。殺傷能力に設定されているため、当たれば命を落としてしまう事もある。ハクトはシールド魔法を使って防御して、レイは魔導殺しを使って魔法弾を斬った。
「そんなのに、やられてたまるか!」
「ハクト、無茶したらダメだよ」
ハクトの魔力は限界に近づいているのにあんなに魔力を消費したら、いつか尽きてしまう。実際、ハクトは砲撃魔法を使った後、身体に力が入らなくなって膝が折れる。
「ハクト、お願い。今は私を頼って。私がハクトを守ってみせるから」
「レイ……」
ハクトはレイを見上げる。すると、後ろから魔導師が魔法弾を放ってきた。レイは黒い刃で魔法弾を斬って、魔導師に向かっていく。魔導師は乱雑に魔法弾を放ってくるが、レイは全て斬って、魔導師の身体を貫いて、魔力を喰い出した。魔導師は魔力が無くなり気を失った。
(私は、ハクトを守る為ならバケモノになっても良い。絶対にハクトを守ってみせる)
レイは固く決意をして、魔導師達を倒していった。もともと魔導師との戦闘訓練はレイが一番多くやっているので、近接戦闘系、斬撃系、遠距離砲撃系の魔導師の特性を熟知しているので、対策はバッチリである。そして、倒れた魔導師の魔力を喰って、自分の力とする。
そして、ここにいた魔導師部隊を一人で全員倒した。
「レイ……お前、凄いな」
ハクトは素直にそんな感想が出た。
「……私も、出来ればもう二度とやりたくなかった。こんな誰かを傷付ける様な魔法なんて、使いたくもなかった。でも、誰かを守る為に使うのなら、私はバケモノになっても良いかな?」
レイは微笑んでハクトを見る。その表情にハクトはドキッとして顔が熱くなってきた。
「さぁ、早くレナ達と合流して脱出しよう」
「そうだな。だけどこの様子だと、外は既に包囲して出ようとしている人を狙っているかも知れないな」
「大丈夫だよ。ここにはシェルターがあって、そこから脱出出来るよ」
レイの知っている立ち入り禁止区域に、上層部の人がすぐに脱出出来る様なシェルターが設置されていて、そこはどんな強力な魔法でも防ぐ事が出来る。
「よし、そこに行ってみよう」
ハクトとレイはシェルターがある場所に向かう。
「はぁ…はぁ…はぁ……ちくしょう……」
「どうしたのだ、我が息子よ。何故父である僕に歯向かうのだ。ああ、そうか。反抗期と言うものだね」
「どうしてそんなに怒るのだ。君達はもともと僕の中にある七つの感情から生まれた存在であろう。それを我が親友ヴァニラ・J・ウィリアムとチョコ・J・ウィリアムの力で君達ホムンクルスが完成した。だから君達の心を僕に返してもらうだけではないか。今、僕の中には憤怒と怠惰と強欲の感情が入っている。あとは君の傲慢、娘達の暴食、色欲、嫉妬を手に入れなければならないんだ」
「こ、この……バケモノが!」
「がはっ!?」
「では、頂こうか。君の存在を……」
ハクトとレイはシェルターに向かった途中で大きなドアを開くと、地下とは思えないほどの広い部屋に出た。色々な機械が周りに置かれていて、中心には何もないのに大きな扉だけがそこに立っていた。扉には鎖で厳重に閉められている状態である。
「こ、これって……」
異世界に繋がっている扉。その先には神の世界か悪魔の世界か、また別の世界か分からない異界の門である。
「何でこれがこんな所にあるんだ……まさか、レイ達を作って魔力を喰わせていたのって、これを開ける為なのか?」
扉を開くには鍵が必要であるが、それは魔力でも考えられる。魔力をたくさん持っている者を生贄にして、これを開ける事が出来るのかも知れない。
「そんな……私はその為に作られたの……博士」
今、レイの中には先程の魔導師の魔力がある。それを使って、これを開ける事が出来るかも知れないのだ。現に扉は何かに反応しているのか、どんと開こうとしている。
「ここは離れた方が良いかも知れない。危険過ぎる」
ハクトもここはレイにとっても危険な場所であると理解して、この部屋から出ようとする。その時、ハクトは何かに気付いて、レイを押した。その瞬間、ハクトの右腕が肩から切り落とされた。
「は、ハクトぉぉ!?」
レイはハクトに向かう。右腕を切り落とされた痛みで苦しむハクト。
「おやおや、ゴミ屑が邪魔するなんてね」
ハクト達が入ってきたドアから誰かが入ってきた。黒い短髪に赤い瞳と青い瞳をした男性がいた。その男性を見て、レイは驚いた。
しかし、レイのとは違い、七つに分かれていて、既に四つが埋め込まれている。
「まさか、みんな…貴方に?」
「そうだよ。父である僕の中にいるよ。あとは娘達だけなんだ。結局04と07は見つけられなかったけど、先に君に会えて良かったよ。何ていたって、僕が一番愛した娘だからね」
「わ、私の父は貴方なんかじゃない。ウィリアム博士が私やレナのお父さんよ」
「あぁ、ヴァニラ・J・ウィリアムか……彼らなら僕が殺した」
「えっ!?」
レイは目を見開いた。
00はヴァニラとチョコと会って、三人の所在を教えてもらおうとしたが、二人は全く答えようとしなかったので、影の刃で二人の心臓を貫いたのだ。
「そこにいるうるさいゴミ屑も殺した方が良いかな。ゆっくり君と話が出来ないみたいだし」
「ハクトは殺させない! 私がハクトを守る!」
「……これは驚いた。暴食である君が守る? そのゴミ屑の魔力を独り占めするつもりかな? ダメだよ、そいつの魔力は親である僕にも食べさせてくれないと」
「そんな事はさせない……ハクトは、私の大切な人だから」
「なん、だと……?」
「僕以外の奴には渡さない! 君は父である僕の物だ!」
00の黒い獣が口を開けて、レイに襲い掛かってくる。レイは黒い刃で受け止めるが、数が多すぎてとても防ぎきれない。そして、一匹の体当たりを喰らって倒れてしまう。
「君は僕と一つになるのだ……」
背後からレイを丸呑みに出切るぐらい大きな竜の姿をした影が口を開けている。レイは起き上がろうとするが、ダメージが大きくて動けない。
レイは目を閉じて叫んだ瞬間、影の竜がレイを飲み込もうとする。
「なっ!? この、ゴミ屑が!?」
「はぁ…はぁ…はぁ……お前なんか、レイは渡さない……」
右腕を失って、そこから血がかなり出ているのに、ハクトは立ち上がっている。
「お前が、レイの父親だと……お前のものだと……ふざけるな。お前の様な奴に、レイは絶対に渡さない!」
ハクトは痛みで今にも倒れそうであるが、決して倒れない。目の前にいるレイの敵をぶちのめすまでは、絶対に倒れない。
「……死ね、ゴミ屑が! 死ね死ね死ね死ね死死死死死死死!」
「バカな!? 魔法は僕には通じないはず!?」
「魔法を、俺達魔導師をなめるなぁぁ!」
「ぐっ、このゴミ屑がぁぁぁ!」
00は右手を黒い刃に変えて瞬間移動してハクトの背後に回った。しかし、ハクトはさらに00の後ろに回った。背後を取られて00は驚いて後ろを振り返った瞬間、ハクトにまたしても顔面を殴られた。
「バカな・・・…何故、この僕が……こんな魔導師のゴミ屑に!」
「傲慢な感情が現れているぞ。なるほど、レイ達の悪い癖はお前から来ていたのか。だが、これで終わらせてやるよ」
ハクトはさらに魔法を発動させる為に呪文を唱えだした。
「我は魔を破滅し、神を生かし、天に登らせる一途の光となる。時空を超えて、ここに全ての終焉なる闇を光と化せ。魂の導きに従い、全ての物をここに喰らい尽くせ!」
ハクトが呪文を唱えていくと、部屋全体が震えだす。機械は壊れていき、影の魔物を消滅していく。
「な、その魔法は!?」
「我が前に現れし愚かな心を持つ物に、今ここで消え去る事を誓わせよ!」
ハクトの呪文詠唱は完了した。
ハクトは魔法を発動させた瞬間、ハクトの足元に張ってあった白い魔法陣が空中に浮かび出して、黒い魔法陣に変わった。
「えっ?」
ハクトは何かおかしいと気付いた。この魔法は発動した瞬間、全ての悪を消滅させる究極魔法である。だが、こんな風になるなどなかった。
「ふふふ……あはははははははぁぁぁ〜〜!」
「な、何っ!?」
魔神ラグナローグと言う言葉にハクト、レイは驚いた。知らない者などいる訳がない。魔人ラグナローグは大昔に現れた破滅と終焉の魔神。そいつは一度この世界に現れて世界の90%を破壊したのだ。
「ば、バカな……そんな事が……」
「お前が使った、その魔法は元々魔神ラグナローグの魔法だ。それに共鳴したのだろう。それに、お前の心に僅かだが闇を感じた。魔法に対する僅かな曇りが生じていたのさ」
魔導師部隊の抹殺指令を聞いてから、ハクトの中に闇の心が芽生えていたのだ。それが魔法を失敗させてしまったのだ。
「っ!? あれが、魔神ラグナローグ」
目玉だけでも蛇に睨まれた蛙の様に身体が動けなくなったレイ。
「グォォォォォォォォォ〜〜!」
魔神ラグナローグが雄叫びを上げた。それだけで突風が起きてハクト達を吹き飛ばそうとする。
「これでこの魔法世界は完結した。そして、新たな世界の始まりだ!」
「そうか……良いだろう! さぁ、僕を贄にしてこの世界より現れるが良い! そうだ、僕が、僕が!」
その光景にハクトもレイも言葉を失う。
そして、ハクトが発動した天魔神滅陣が暴走し始めた。研究所を中心に巨大な魔法陣が現れて大爆発した。外で待機していた魔導師部隊もいきなり起こった大爆発に巻き込まれてしまい、さらに近隣の町や村までその大爆発に飲み込まれてしまった。
その大爆発は時鷺国の約10%を破壊して、巻き込まれた人々の数は数十万人を超えている。
「はっ!」
そして、黒狐はその光景は左眼で見えてしまい、腰が抜けて手を床に着いた。
「カイト君……ハクト……」
黒狐は涙を流して、泣き出した。やはり、自分の見た未来は変わらなかった。そして変える事が出来なかった自分の無力さに後悔した。
「バカな……こんな事が……」
そして協会本部でも、その光景を見ていたマスターは想像出来なかった終焉に驚愕した。
「まさか、紀藤様はこうなると……」
『まさか……それよりも、貴方にはこんな事になった責任を取ってもらうとするか』
「ど、どう言う事ですか!?」
すると、マスターの部屋に何人かの役人と警察が入ってきて、マスターを取り押さえた。
「紀藤様!? 紀藤様ぁぁぁぁぁ〜〜!」
連れて行かれたマスターがいなくなった部屋で、紀藤は歯軋りする。
『嵐山め……余計な事をしやがって……』
これは紀藤の計画には想定されていなかった事であったので、彼はそれを邪魔したに違いない嵐山カイトを怨み出した。
『邪魔はさせない……次の計画を考えなければ……』
そう言って、通信を切った。
研究所は大爆発の所為で跡形も無くなくなってしまった。人の死体さえも、大爆発の炎で骨ごと溶かしてしまったらしい。
雨がポツンポツンと降り出した。それにより、炎は少しずつ消えていった。
誰もいなくなったその場所に、一人だけいた。それはこの原因を作ってしまったハクトであった。仰向けに倒れて身体を動かす事が出来ない。
(俺の所為だ……俺の所為で、こんな事に……)
ハクトは自分の未熟さと少しでも魔法を疑ってしまった事を後悔している。カイトから魔法を信じる心が大切だとあれほど言われてきたのに、00に怒り出して我を見失ってしまい、結果こんな事になってしまった。
(ここで俺も死ぬのか……そうだな……俺はここで……)
ハクトの生きる気力を失いだして、このまま目を閉じていこうとした時、誰かの足音が聞こえてきた。
「ハクト……見つけた」
レイであった。彼女も身体がボロボロの状態であったけど、いつもの笑顔でハクトを見ていた。ハクトは声を出せず、ただレイを見ている。
(レイ……無事で良かった。これで安心して眠れる……永遠に……)
ハクトは眠りにつこうとした時、レイの手がハクトの胸を触る。そして、二人を中心に魔法陣が現れた。その事にハクトは驚いた。人工生命体は魔法が使えないはずであった。
その時、あの帰り道でレイが言っていた事を思い出した。
『私達人工生命体は魔法が使えないけど、魔導殺しを使って相手の魔法や魔力を喰ったら、その魔導師の魔法を使う事が出来るの。ただし、魔力を持っていない私達が魔法を使うと言う事は、命を使うのと同じだから魔法を使うなんて事は出来ないの』
『もし使ってしまったら、どうなるんだ?』
『う〜ん、そうだね……博士が言うには多分消滅するって言っていたね。誰もやらないから分からないけどね』
その事を思い出したハクトはレイのしようとしている事を止めようとする。
(や、止めてくれ、レイ! そんな事をしたら、お前は!)
「大丈夫だよ。私が救ってあげるから。だから、私の分まで生きてね……ハクト」
レイは涙を流しているが、魔法を発動した。光に包まれて、気が付いたらハクトの右腕が治っているのだ。
「こ、これは……違う。俺の腕じゃない……」
ハクトは自分と肌と右腕の肌が明らかに違っているのが分かり、さらに手の甲には黒いマジックドライブのコアが埋め込まれている。
「まさか……レイ!」
ハクトは起き上がって周りを見ると、レイが横で倒れていた。右腕は完全に無くなっていて、今にも消えそうな感じであった。ハクトはレイを抱き起こして、レイの名前を叫び続けた。
「レイ!? おい、しっかりしろ、レイ!?」
「……は…く・・・と……」
レイはゆっくりと目を開けてハクトを見る。
「……良かった。私、初めて魔法が使えた……」
「何で…何でそんな事をしたんだ!? どうして俺の為に!?」
ハクトの目から涙を零れる。
「……大好きだから……貴方の事が好きだから……救いたかった……ハクトがいてくれたおかげで…私はやっと人間になれたんだ……」
「レイ……消えるな!? 俺もお前を救ってやる!」
ハクトは魔法を使おうとするが、レイが首を横に振った。
「ごめんね……私はもう消えてしまう……だから、無駄な事はしないで……」
「無駄じゃない! 絶対に助けるから!」
「……ありがとう……私……本当にハクトと出会えて、良かったと思ってるよ……もっと貴方とお話したかった、もっと動物と触れ合いたかった…もっと美味しい物を食べたかった……そして、もっとハクトの事を好きになりたかった……」
すると、レイの足元から砂に変わっていって消えようとしている。
「ハクト……生きて……私の分まで……そして…………お願いね」
「あぁ……分かった……」
「……ハクト……大好き……」
レイは笑顔でそう言って、砂となって消えてしまった。後は何も残っていない。ハクトは抱いていたレイの温もりを忘れない為に身体を抱き締めながら泣いた。
「……レイ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
雨が降る天に向かって、ハクトは叫んだ。
「姉さん……死んだの……」
遠くでレイが消滅したのを見ていたレナは呆然としていた。ハクトの右腕を見ると、それはレイの腕である事に気付いた。
「あいつが……姉さんを……殺した……」
雷が鳴り響き、レナはハクトに殺意を覚える。今すぐにでもハクトを殺そうとしようとするが、レナも身体がボロボロになっていて、まともに動く事が出来ない。
04はレナを守る為に、あの大爆発を右手に埋め込まれている黒いマジック・ドライブのコアを使って守ったのだ。彼女のマジック・ドライブは粉々に砕け散り、力を使い果たして、彼女は眠る様に息を引き取った。
「必ず……殺してやる……いつか……」
白い天井が、ハクトが目を覚まして最初に見た物であった。顔だけを動かして周りを見ると、白いカーテンに白い壁ばかりである。そして、ピッピッと何かの電子音が聞こえる。
「ここは……」
「どうやら気が付いたみたいんだね」
すると、白衣を着た黒髪の六十代ぐらい男が、ハクトの顔を覗き込んできた。
「……俺は生きているのですか?」
「ここで起きたのなら、生きているのだろう……たまたま僕が有休で、この国に来ていたから君は助かったんだ」
「病院の先生じゃないのですか?」
「医者だよ。王都シャインヴェルガでは、ちょっと名の知れた医者だがな」
医者はハクトの右手を触る。
「この右手は君のではないね。ここから僅かばかりだが暗黒魔法の力が流れている。君の魔力を少しずつ奪っていっている。これではいつか君の魔力を完全になくなってしまうだろう」
「……それでも構いません……俺はもう魔導師にはなれません」
ハクトは自分が起こしてしまったあれをまだ忘れられない。自分の所為でたくさんの人が死んだのだと思うと、もう自分は魔導師として続ける事が出来ない。
「……諦めるのは勝手だけど、勝手に死ぬ事は僕が許さないから。それにこの腕をくれた子が悲しむと思うぞ」
「っ!?」
ハクトはレイの言葉を思い出す。自分の分まで生きてほしいと言うのが彼女の願いである。それを思い出してハクトは泣き出した。
「確かにこの腕は危険なのかもしれない。だが、少しばかり何とかする方法はある」
「……本当に何とかなるのですか?」
「君が立ち上がれるのならば、僕は協力しよう。僕にとって君の様な患者を必ず救うのが戦いであるからね」
医者はそう言ってハクトから離れると、新聞紙を渡してきた。
「そこの一面に載っている大事故。君がその原因なんだろう」
新聞の写真には大きなクレーターみたいなのが出来ていて、研究所や近隣の町や村にいた人達は全員死亡していると書かれている。実験体であったレイなどの名前は無かったが、嵐山カイト、ヴァニラ・J・ウィリアム、チョコ・J・ウィリアムの名前は載ってあった。そして、その中には嵐山ハクトと自分の名前があった。どうやら、自分は死んでいる事になっているのだとハクトは思った。
「世界政府は時鷺国の魔術協会本部を解散させて、別の場所に移転するみたいだ。教会本部マスターを処刑して、君も死亡している事になっている。恐らくあの大事故の生き残りがいては困る事があるのだろう」
「何の事かね?」
「……なるほどね。だが調査団の話だと、そんなものはなかった。恐らく消えたのかも知れないが、またいずれ何処かで現れるのかも知れない。この事は誰には言ってはいけないよ」
「はい……信じてもらえないと思いますので」
「では僕はこれで失礼するよ」
医者がハクトの病室から出ようとする。
「待って下さい。あの、貴方の名前を聞いていないのですけど」
「……ドクターで良いよ。何分、僕も自分の名前を表に出す訳にはいかないのでね」
ドクターはそう言って出て行った。一人残ったハクトは右手を見る。
「レイ……俺は生きて良いんだよな」
ハクトは右手をそっと胸に当てる。だが、その時自分の魔力が喰われる感触を感じて少し苦しんだ。
「こ……これが……レイがいつも苦しんでいた事か……ずっと、こんな苦しみを耐えていたのか……」
ハクトは苦しみを我慢する。
「生きるよ。お前がくれた命を無駄にはしない。必ず約束は果たす」
ハクトはもう迷わない。自分が犯した罪を認めて、レイの約束を果たす為に生き続ける。
それから二年と半年が経ち、12月の時鷺国。
小学校の校門で長谷部虎之助がハクトの前に立ち憚っている。もうすぐ寒くなってくると言うのに、未だに半袖短パンの格好していて、見ていて寒く感じた。
「懲りないな……別に良いけど、今日は早めに終わらせてもらうよ」
ハクトは鞄を上に投げ飛ばして、虎之助に接近して間合いを取った。
左手に雷の魔法を纏った拳を虎之助の顔面にぶつけて、虎之助を星にしてあげた。そして、キランと星にした後、上に放っていた鞄をキャッチする。それを見ていた野次馬がパチパチと拍手する。
「まだまだ弱いな。冬休みが終わるまで修行してこいよ」
そう言って、ハクトは終業式を終えた学校を後にした。
家に帰ってきたハクトは早速遠出用の旅行鞄に色々入れていく準備をする。
「あら、ハクト? もう行っちゃうの? せめて夕食作ってから行ってくれない」
ハクトの部屋に黒狐がやってきた。
「悪いけど、俺も早く行かないといけないんだ。先生が4年ぶりに旅から帰ってきたのだから、もう一度修行をつけてもらわないといけないからね」
そう、ハクトが早く帰ってきたのは4年ぶりにこっちに帰ってきた魔法の先生に、会いに行く為である。
「早めに行っても良いけど、その分ボコボコにされるんじゃない?」
黒狐にそう言われると、ハクトはピタッと止まり、ガタガタブルブルと身体を震わせた。
「死ぬかな……俺、死んじゃうかな?」
「大丈夫でしょう。何だかんだ言ってハクトは生きて帰ってきてるでしょう。まぁ、そろそろ葬儀屋さんに予約の電話をした方が良いかも知れないね」
「……そうならない様に帰ってきます。俺が帰ってくるまで外食か友達の所で食べる様に、間違っても自分で作るなんて事はしないでね。俺が帰ってきた時に、家がダンボールの家になってほしくないからな」
「失礼ね! 黒狐ちゃんは日々進化しているのよ! 中華料理は得意なんだからね」
「……お湯を沸かすのに、一体どれだけの月日を流れていったのやら」
「酷い! 息子が、息子がぁぁぁぁ〜〜!」
黒狐はゴロゴロと床を転がる。
「それじゃあ、行ってきます……」
ハクトはそれを無視して家を出て行った。
「もう、ハクトたら……お母さんのボケをちゃんとツッコミを入れてから行ってほしかったね……シロウサギちゃん」
ボソッと黒狐が言った瞬間、ぎぎぎと玄関のドアが開き出してハクトが満面な笑みでハリセンを持っている。
「シロウサギちゃんって、言うなぁぁぁぁぁ〜〜!」
渾身の一発を黒狐にお見舞いする。黒狐の頭に星がキラキラと浮かんでいる。
「今度言ったら、市役所に行って親子の縁を切るからな」
「そ、それだけはご勘弁を! ハクトがいなくなったら、黒狐ちゃん淋しくなっちゃうじゃない!? お願いだからここに帰ってきてね。ハクト!」
涙を流しながら黒狐はハクトにしがみついてきた。
「分かったから、抱き付くな!」
鬱陶しそうに黒狐を引き離すハクト。そして、漸く外に出て先生の待つ場所に向かった。
「さとて、さっさと行こうか、エル」
ハクトは左腕に付けている腕輪――エーテル・マテリアライズに声を掛ける。そして、通信端末に返事が来た。
『しっかりと修行しましょう。マスター』
ハクトとエルは去年黒狐から貰って契約を結んだ。
「もっと強くなるんだ。もっと強く……」
走りながらハクトはもっと強くなる事を決意する。
そして家に残った黒狐はお菓子を食べながら、パソコンに向かっている。協会がなくなってから、遠方の協会から、お仕事を貰ってそれをメールで報告書を送っている。カイトが亡くなってからかなり経つけど、黒狐も漸くいつもの調子に戻ってきている。当初、カイトの死にかなりショックを受けていて立ち直れない所まで行っていた。
『黒狐、ハクトは無事だ。だから、お前があいつを見守ってくれないか』
黒狐の前にカイトが現れて、そう言い残して消えていった。
「カイト君は……本当に昔からそうだったね」
お菓子を食べながら仕事をする黒狐。その時、黒狐は左眼から何かが見えた。
「……そんな……終わりじゃないの……ううん……」
黒狐が見たのは王都シャインヴェルガでハクトがクリスと出会い、王都の魔法学校に通うハクト、魔導大会でハクトが魔導殺しを使う所、レナとの再会、そして王都の上空に現れる巨大な扉。それらが見えた。
「……なるほどね……となると、もう私も逃げる訳にはいかないね」
黒狐は一旦仕事を止めて、電話機を使ってある所に電話する。
「……もしもし、カリム。お久し振り、ちょっと相談したい事があるのだけど……」
黒狐のパソコンの傍には、王都シャインヴェルガの魔法学校のパンフレットが置いてある。
そして、ハクトが小学校最後の3学期の始業式から帰ってきた時、黒狐から重大発表を聞かされた。
「おい、母さんよ。今、何て言った?」
「おやおや、聞こえなかったのかな。では、大きな声でもう一度発表します! コホン、あ〜、あ〜……シャインヴェルガに行きたいかぁぁぁ!」
黒狐はクラッカーを鳴らして大きな声で叫んだ。耳を押さえていたハクトは黒狐の言っている意味がまだ理解出来なかった。
「どう言う意味なのか説明してくれ」
「何度も行っているでしょう。シャインヴェルガよ、シャインヴェルガ。知っているでしょう」
「それは知っているよ。王都シャインヴェルガは……」
王都シャインヴェルガは大陸随一の中立国。そこでは優秀な魔導師が集っているのはハクトも知っている。
「……まさか、今度の春休み、そこに行くとか言うんじゃないだろうな」
「………………半分、正解!」
間を空けてから黒狐は言って拍手をする。
「半分って何だよ!?」
「正解は、春休みではなく、春休み以降、シャインヴェルガに引っ越す事でした。パチパチパチ!」
黒狐の言葉に、ハクトは開いた口が塞がらない。そして、テーブルを強く叩いた。
「ふざけるな! 何でわざわざここから遠い王都まで行かないといけないんだよ!? しかも、引っ越し!? 学校はどうするんだよ!?」
「その辺りは心配なし。既に向こうの魔法学校に編入手続きをしてもらっているから。ほら、前にハクトに渡したプリントあったでしょう。あれ、編入試験だったの」
「…………はい?」
そう言えば、先生の所から帰ってきてからすぐに黒狐から、いきなりテストをやってみないかと言われて、かなり難題の問題用紙を貰って試験をしたけど、まさかあれは遠方にいる人の為に作られた編入試験だったなんて知らなかった。
「なんとハクトは見事合格しましたの。あそこはかなり優秀な魔法学校でね。ここでやるより、きっとハクトの為になると思うの」
「別に俺はここの魔法学校でも良いと思っていたのに……」
「大丈夫よ。私とカイト君が昔通っていた魔法学校だから、カイト君の様な魔導師を目指すのなら、きっとそこで勉強した方が良いかも知れないよ」
「父さんが通っていた……」
ハクトはカイトが通っていた魔法学校と聞くと静かになった。
「ハクトがあの大事故で、自分の記憶が曖昧になっているのは知っている。だけど、ここで勉強してカイト君の様な魔導師になれるとお母さんは信じているの」
ハクトは黒狐にはまだ真実を話していない。あんな事になった事を黒狐に話しても意味がないからだ。もっとも、黒狐は未来眼で知っているけど、その事はハクトも知らない。
「頑張ってね、ハクト……カイト君もきっとそう言うと思うよ」
「……分かったよ。行けば良いんだろう……」
何だか黒狐の手の平で踊らされているけど、今更この人に逆らう事なんて出来ない。
「じゃあ、一人で頑張ってね」
「んっ? ちょっと待て。母さんは行かないのか?」
「えっ? 黒狐ちゃんにも学校を通わせたいの!? う〜ん、制服似合うかな?」
「そう言う意味で言ったんじゃねえよ。あと制服は似合わないから」
ががーんと黒狐はショックを受ける。
「何で、一人で行かないといけないんだよと訊いているんだ。ちゃんと答えろ」
「だって、私はこっちでまだ仕事を残しているしね。大丈夫よ。ホームステイ場所はもう交渉し終わっているから、ここに行けばきっと迎えてくれるって」
黒狐はハクトに地図を用意してあげる。
「はぁ……何だか、物凄く嫌な予感がするな……」
ハクトは溜め息交じりで自分の部屋に向かう。
そして部屋に向かっていったハクトを見送る黒狐。
「……計画通り」
ニヤリと笑った……
仕事なんて向こうでも出来るのにわざわざここに残るなんてしない。だが、黒狐は嘘を吐いた。何故なら、今からある仕事を終わらせるつもりである。
「絶対に仇は取るからね。カイト君……」
黒狐はそっと家を出る。
そして、舞台は王都シャインヴェルガへ……
(続く)