王都シャインヴェルガで発生している時が止まった世界『エンド・オブ・ザ・タイム』。灰色の世界でクリスとレナが対峙している。
それを遠くのとあるビルの屋上でその光景を見ている白衣を着た一人の男性がいた。
顎に手を乗せて考え出す男だが、すぐににやりと笑う。
「これは予想外にも上手くいくかも知れませんね。天空魔法の使い手の魔力を再び手に入れる事が出来れば、扉を開く事が出来るかも知れません。くすくす……漸くだ。漸く私の……」
男は笑いを堪えきれず大笑いする。
「……んっ?」
すると、男の立っている近くで小さな薔薇の花が現れるのが見えた。時間が止まっている結界内で植物が動く事などないのだ。
『見つけましたわ』
すると、薔薇の花からライチの声が聞こえた。
植物を使った魔法だと気付いた男。
「ミントさん!」
「……了解なのです。シャーリー、お願いなのです」
「任せなさい!」
すると、男のいる屋上に向かってシャーリーが足に魔力を籠めて高く跳びあがった。
「見つけたぁぁ!」
シャーリーは屋上にいる不審な男を発見して、いきなり右の拳を構えて大きく前に突き出して男に攻撃をする。
「ふっ」
男は自分の影を使って、シャーリーの攻撃を防いだ。
「そんなもの!」
シャーリーはさらにパワーを上げて、防御した男を吹き飛ばした。吹き飛ばされた男はそのまま屋上を囲んでいるフェンスにぶつかった。
「今のパワーは……っ!?」
すると、フェンスから蔓が男の手足を絡ませて身動きが取れなくなった。
「捕えましたわ」
すると、下からミントが錬金術で岩の階段を練成してライチと一緒に屋上まで辿り着いた。
『……お兄ちゃん、不審な男を発見したのです』
『深追いはするな、三人とも。そいつがレナのマスターとは限らない。俺がそっちに行くまで見張っていてくれ』
『分かったわ』
『クリス、俺はシャーリー達と合流する。だから、レナの方は頼んだぞ』
『分かりました。ハクトさんもみんなも気を付けてね』
『クリスもでしょう……あんたの気持ち、ちゃんと伝わったから』
『……頑張ってなのです』
『御武運を……』
ハクトは念話を切って、シャーリー達がいる場所に向かおうとする。ハクトがここから離れていくのを見て、レナはハクトを狙おうとするが、クリスが魔法弾を放って通るのを阻止した。
「言ったよね、レナちゃん。私が相手だと。余所見は禁物ですよ」
「……クリスちゃん。良いよ、クリスちゃんを倒して、あいつを殺す」
「くっ……これは、これは、中々良い魔法をお使いですね、お嬢さん達」
男はフェンスに絡まれたままシャーリー達を見ている。すると、ライチが男に向かって剣を突きつける。
「貴方には色々とお聞きしたい事がありますの? まずは貴方が何者ですの?」
「直球な質問ですね」
「貴方の様な方はあまり長く語らせると何かやらかすかも知れませんので、単刀直入に訊くのがベストですの」
「……なるほど、流石A級魔法少女と言うわけですか、ライチ・シュナイザー」
いきなり名前を呼ばれ少し顔を歪ませるライチ。
「そちらはシャーリー・キャラメルにミント・J・ウィリアムですよね。既にお嬢さん達の事は07から聞いていましたので」
「……ミント達の事は知っていたと言う事ですね。ライチの質問に答えてなのです」
ミントがライチの前に出ると、男はニヤッと笑い出した。
「……やはり君は似ているね。その顔は母親にそっくりだ」
突然の発言に三人は少し驚いた。
「あんた、ミントのお母さんを知っているの!?」
「知っているさ。3年前まではチョコ・J・ウィリアム、そしてヴァニラ・J・ウィリアムと同じ研究所で働いていたからな」
「……そう言う事ですか。貴方はお兄ちゃんが言っていた研究所の所長さんですね」
ハクトが言っていた3年前プロジェクトS研究所の所長だとミントは確信した。
「ハクト様のお父様が捕まえた方ですの……ですが、あの大事故で生き残ったのはハクト様だけではありませんでした」
「ハクト……嵐山カイトの息子か……確かにあの時の少年が生きていた事には驚きでしたよ。何しろ私の計画を潰してくれたのですから、殺して殺して殺し続けなくてはなりませんので。あの少年、失敗したとは言え、魔神ラグナローグ様の魔法を扱えると言う時点で許されぬ存在だ」
所長はハクトの名前を聞いて憎む様に呟く。
「……さてお嬢さん達、私がここまで話した以上、ここから逃げられると思っていますか」
すると、所長の影が動き出して絡めていた蔓を斬っていった。危険と察知したミントは二人を後ろに下げさせる。
「影の魔法。あんた、魔導師だったの?」
「そのと〜りです!」
所長は自分の影を操り、刃物の形を作り三人に襲い掛かった。それぞれ散り散りに飛んで躱していく三人。ミントは両手を合わせてから地面に触れて錬金術を発動させる。コンクリートの壁を作って影の魔法を防御する。
『……ライチ、シャーリー、お兄ちゃんが来るまで逃がしていけないのです。ここで食い止めるのです』
『分かりましたわ』
『分かったわ』
所長が魔導師襲撃事件の黒幕と言う事も考えられる以上、ここで逃がす訳にはいかないとミントは考えて錬金術を使って屋上をドーム上に囲った。
「ほぉ、私を逃がさない為の籠と言う所ですか。しかし、それが逆に君達の鳥篭になってしまう事に気付いているのですかね」
「それは一体どう言う事よ?」
「つまり、こういう事ですよ」
所長は影を大きく広げて屋上全体の地面を黒く染めた。
「これは……」
「私の影からはもう逃げる事が出来ないぞ」
所長の影で一杯になった地面から影の手がうねうねと数本現れる。
「き、気持ち悪い……」
「こんな魔力、人間とは思えない魔力ですわ」
「お嬢さん達は一つ誤解していますね。私は元々人間ではありません。お嬢さんの身近にいる者と同じ種族ですよ」
すると、所長の身体が変わっていく。白衣から黒い衣に変わり顔は骸骨みたいな仮面を被り、背中には黒い羽が生えている。
「そのお姿……魔族ですか?」
「そのと〜りです! 我が名はメフィレス。魔界より現れました魔族です」
悪魔や魔王が住む世界、魔界。その世界に住む住民を魔族と呼ばれる。人間とは桁違いの力を持ち、黒き魔法を扱う種族である。
メフィレスは影で作った黒い手をミント、シャーリー、ライチに向かわせた。
「こんなもの!」
シャーリーは向かってくる影の手を次々と殴っていく。
「無駄ですよ。この手は何度でも再生する」
メフィレスは次々と影の手を作り出す。
「そうはさせませんわ」
ライチは懐から植物の種を取り出して地面にばら撒いた。すると、影の手が黒い植物に変わっていった。
「魔の植物か、面白い種を持っていますね」
ライチが使った植物の種は魔力を養分に成長する種を地面に蒔いたのだ。地面にはメフィレスの影が広がっているから、そこから魔力を養分にして植物が成長したのだ。
「……放魔」
ミントは放魔を使って双剣を創りだし、影の手を斬っていく。
「ほぉ……中々やるではないか」
メフィレスはミント達の実力を見て感心している。
だが、影の手は何度斬っても蘇る。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
シャーリーとライチは背中合わせで構える。
「もうお疲れですの、シャーリーさん。わたくしが貴女の代わりに戦いますわよ」
「冗談……あんたの方こそ、お疲れ状態じゃないの」
こんな状況でもシャーリーとライチは笑い合っている。
「ミント!?」
シャーリーはミントが影の手に囲まれているのが見えた。そして、一斉にミントに襲い掛かってきた。
「……放魔」
ミントは双剣を大剣に練成して回転切りをして影の手を斬っていった。
「錬金術師として優秀だね。君の両親と同じだよ」
メフィレスは自分の身体を影の中に入っていった。
「ミントさん、後ろ!」
ライチが叫んだ瞬間、ミントの後ろからメフィレスが影から現れてミントの腕を掴んだ。
「ミント!?」
シャーリーがミントを助ける為にメフィレスに突っ込もうとするが、ミントが捕まっているから足を止めてしまう。その躊躇いの所為でシャーリーの足が影の手に掴まれてしまって動けなくなった。
「シャーリーさん!?」
ライチはシャーリーの足元にいる影の手を剣で斬る。
「ごめん、ライチ。でも、ミントが」
「分かっておりますわ」
ライチは剣をメフィレスに向かって構える。
「ミントさんを返していただきますわ」
メフィレスはミントの腕を強く握る。ミントは痛がる。
「……レナはクリスが何とかしてくれるのです。お兄ちゃんがきっと助けてくれるのです」
「随分と期待しているのだな……だったら……」
メフィレスは影の手をミントの身体を縛っていく。
「ミント!?」
「ミントさん!?」
シャーリーとライチがミントを助けようとするが、影から魔獣の形をしたのが行く手を妨げる。
「くっ……邪魔しないで」
「退きなさい!」
ライチとシャーリーは影の魔獣を倒していくが、ミントはどんどん苦しんでいく。
「くそっ! ミントが!?」
「……お、お兄ちゃん」
ミントはもう限界に近い。
だが、その時ドーム状になっていた天井に穴が開いた。
「喰らえぇぇ〜!」
ハクトは01で地面に広がっているメフィレスの影を刺した。すると、地面に広がっていた影が一気に消えた。ミントを縛っていた影も消えた。
「ハクト!?」
「ハクト様!?」
影の魔獣もさっきので消えたので、シャーリーとライチの前に敵はいなくなった。
「嵐山ハクト……」
メフィレスはハクトが現れた事に驚いている。
「ミント、頭を下げろ!」
ハクトはメフィレスに向かって魔法弾を放った。ミントはハクトに言われて頭を下げる。メフィレスははくとの魔法弾に驚いてミントを離して避けた。その隙にハクトはミントを助けた。
「……お兄ちゃん」
「大丈夫か、ミント?」
「……ありがとう、お兄ちゃん」
「みんな、よく頑張った。あとは俺に任せろ。それに、あいつは俺に用があるみたいだから」
ハクトはメフィレスの方を見ると、今まで余裕の表情をしていた彼がハクトには怒りの表情をしている。
「嵐山ハクト……嵐山カイトの息子……とうとう現れたか」
「あんたの顔は忘れないぞ。3年前のあの研究所の所長さんだったな」
「えぇ、そうですよ。私も君と嵐山カイトの事は忘れなかったよ」
「あの天空の魔法少女を一人にするなんて人が悪いな」
「俺はあいつを信じている。だからクリスは負けない。そして、俺もお前には負けないよ。お前を倒してレナを取り返す」
左の拳を握り締めるハクト。
「面白い。人間のお前が魔族である私に勝てると言うのか」
「勝つさ。もう二度とあんな悲劇は起こさせない」
ハクトとメフィレス。二人の戦いが始まろうとしている。
(続く)