数分前。
ハクトとメフィレスが戦いを始めて数分が経った。
(何だ、これは……)
メフィレスは驚きの表情をするが、すぐにハクトに吹っ飛ばされた。
「まだだ!」
吹っ飛ばされたメフィレスを追って、ハクトはさらに追撃の蹴りを喰らわせる。
「な、何だ……ぐはっ!」
メフィレスはハクトの攻撃を受け続けている。
「す、凄い……」
「ハクト様が一方的に……」
シャーリーとライチはミントを看てあげている。
「くっ……喰らえ! シャドークロー!」
メフィレスが影の爪を出してハクトに攻撃するが、ハクトは攻撃を避け続けてカウンター攻撃をする。カウンターを受けたメフィレスは壁にぶつかる。
「はぁ…はぁ…はぁ……どうだ……」
ハクトは肩で息をして、倒れているメフィレスを睨みつける。
「……ふふふ……ふはははははぁ〜!」
倒れていたメフィレスは突然笑い出した。
メフィレスはゆっくりと起き上がる。
「嵐山カイトの息子ではあるが、まったく経験がありませんね。我々魔族との戦い方を」
「何だと……」
「貴様の父親嵐山カイトは魔族との戦い方を知っていたみたいだけど、お前にはそれを知らないみたいだな」
メフィレスはニヤニヤと笑いながらハクトを見ている。
「我々魔族は貴様の攻撃などまったく通用しないのさ。何故なら魔族の身体はアストラル体で出来ているからだ」
アストラル体は、肉体とはまた別の身体みたいな物である。魔族の身体はそれで出来ているのが多い。メフィレスはハクトの攻撃を受け続けていたが、ダメージ的にはまったく効いていなかったのだ。
「効いていないのか……」
「貴様の攻撃だけではない。並みの魔法も私には効かない」
メフィレスは笑いながら言った。
「……確かに、アストラル体である魔族には、俺の攻撃は効かないのは知っていたけど。まさか、ここまで攻撃してもダメージを与えられないとは……」
ハクトは魔族との戦いに経験はないけど、話だけは聞いていた。しかし、話を聞いていただけで実際に魔族と戦った事はない。
(だが、魔族に対抗出来るとしたら、魔戒神生流しかないけど……)
ハクトは左手を強く握り締める。3年前の大事故から右腕を失ったハクトには魔戒神生流を全力で使う事が出来なくなってしまっているのだ。
「さて、では私も本気で相手しましょうか。シャドーロック」
メフィレスは自分の影を伸ばして、ハクトの影をくっつけた。すると、ハクトは身体を動かす事が出来中区なった。
「影は、このように扱えるのさ。シャドークロー!」
メフィレスは影の爪を出して、身動きが取れないハクトを引き裂いた。ハクトは魔導服に防御力を上げて耐えたけど、メフィレスは動けないハクトに攻撃し続ける。ハクトはメフィレスの攻撃を受け続けているが、何とか反撃のチャンスを待っている。
「どうした? お前の父親はもっと手強かったぞ。協会連中に傷を負いながらも必死に戦っていたぞ」
「っ!? 父さんがどうした!?」
ハクトの目が変わった。今まで防御に徹していたが、防御を止めてメフィレスが攻撃する為にハクトに近付いてくる所に拳をぶつけた。ダメージを受けていないけど、吹き飛ばされて、くっついていた影が外れた。
「訊かせてもらうぞ、メフィレス。3年前、お前と父さんに何があった。答えろ!」
ハクトは左手を前に突き出して魔法陣を出した。
「ふはははははぁ〜! 怒りと憎しみは魔導の道を踏み外す事になるぞ」
メフィレスは笑い出し、両手を前に出して魔法陣を出した。
「その心が、闇へと堕ちるのさ、嵐山ハクト。シャドーバースト!」
「ソニックバースト!」
「嵐山カイトの事が知りたいのか? あいつの最後を知りたいのですか?」
メフィレスはニヤニヤと笑っている。その表情にハクトはさらに怒りだし、ソニックバーストの魔力を上げた。その瞬間、ハクトの足元に何か掴まれた。ハクトは下を見ると、影の手がハクトの足を掴んでいた。
「油断大敵ですよ」
メフィレスは掴んだハクトの足を影で包み込んで身動きを取れない様にした。
「こんなもの!」
「おっと。それをしたらダメですよ。彼女達がどうなっても良いのですか?」
メフィレスはハクトにそう言ってシャーリー達の方を見せると、シャーリーとライチがミントを庇う様に抱き合いながら、いつ影の剣が来るのか恐怖に怯えている。ハクトは今になって、とんでもないミスをしていた。父親の事を訊く為に、メフィレスにばから気を取られていたので、シャーリー達の事を忘れてしまっていたのだ。
「くすくすくす……分かっていますね。貴方がそれを使って影を消そうとしましたら、彼女達は串刺しですよ」
メフィレスはこれ以上にないぐらい嬉しそうに言った。ハクトはシャーリー達を見る。
「ハクト……私達の事は構わない! だから、そいつをぶっ飛ばして!」
シャーリーがハクトに向かって叫んだ。自分達のせいでハクトが何も出来なくなるのが嫌だから、ハクトをそう言ったのだ。
「……くっ」
「ほ〜、もう諦めるのか?」
「あいつらには絶対に手を出すな……」
「……良いだろう」
メフィレスはシャーリー達に向けていた影の剣を消した。
「シャドーナックル!」
メフィレスは影の拳をハクトの腹にぶつけた。ハクトは何の抵抗もなく、メフィレスの拳を喰らった。
「ふははははぁ〜! 仲間を庇うその心、見事なり!」
メフィレスは次々と影の拳をハクトにぶつけていく。
「は、ハクト様……」
ライチはハクトの所に向かおうとする。
「来るなぁ!」
ハクトが叫んだ。それに驚いたライチは止まった。
「お前達は……早く……逃げろ……」
メフィレスの攻撃を受け続けていたハクトは、ついに膝を着いた。
(シャーリー達が逃げ切れるまで、俺がこいつを押さえないと……)
ハクトは自分の身体で時間を稼ぐしかなかった。
(シャーリー、ミント、ライチ。とにかく、お前達は早く逃げろ)
(ハクト、あんたはどうするのよ!?)
(俺が出来るだけ時間を稼ぐから、お前達はこの結界から脱出しろ。いいな?)
(出来る訳ないでしょう! あんた、それって死亡フラグが立っているじゃない!? だったら、私達だって)
(ダメだ! お前達じゃあ、あいつには勝てない。勝機のない勝負は決してするな……)
ハクトは立ち上がろうとするが、メフィレスのシャドーナックルで吹き飛ばされる。
「ぐはっ!」
仰向けに倒れてハクトは気を失いそうになる。
(マズい……流石に喰らい過ぎたか……)
ハクトは何とか立ち上がろうとする。
「もうそろそろトドメと行こうか……ナイトメア・シャドー」
メフィレスは影を使ってハクトの周りに影を囲んでハクトを包んでいった。
(何をさせる気だ……)
気が遠くなっていってハクトは逃げる事も出来ない。このまま、メフィレスの魔法に閉じ込められてしまう。
『ハクトさん……ハクトさん……』
すると、ハクトの頭にクリスの声が聞こえた。
『ハクトさん? どうしたのですか、ハクトさん?』
(……クリスか?)
『ハクトさん、大丈夫ですか?』
(……そうか……俺……レナは……)
『レナちゃんは大丈夫だよ。私が何とかしています』
(……良かった。それだけ聞ければ十分だ……)
どうやら、向こうも戦いが増しているみたいだ。だが、クリスがレナを何とかしてくれているみたいで本当に良かったとハクトは思った。
すると、ハクトの周りの影が包み込もうとしている。
『ハクトさん、頑張って下さい。私はハクトさんを信じています。ですから……』
(……あぁ、お前が無事で何よりだ。レナを頼むぞ)
ハクトは少し笑った。
(……じゃあな)
そしてハクトは影の中に包み込まれた。
ハクトを包み込んだ影のドームの外に、メフィレスは笑っている。
「他愛もない……これがあの男の息子だったとは……さて……」
メフィレスは目を閉じて影の目を使う。あらゆる物の影からその場所の風景を見る事が出来る。そして、クリスとレナの戦っている場所が見えた。
「……何をやっているのでしょうかね」
メフィレスはクリス達がいる場所に向かって飛んでいった。
影の中に閉じ込められたハクトは立ち上がった。
「くっ……ここは……」
ハクトは周りを見渡すが、影でまったく周りが見えない。
「一体これはどんな魔法なんだ……」
メフィレスが使ったナイトメア・シャドーがどんな魔法なのか、ハクトは全く知らない。
「駄目か……だとしたら……」
「それじゃあ……んっ?」
すると、何か人の気配を感じた。ハクトは後ろを振り返る。
「……嘘…だろう……」
「……久し振りだね、ハクト」
そこにはハクトが決して忘れない顔である。
「……れ、レイ……」
「ハクト……まさかこんな形で会えるなんて、思わなかったよ」
「……そんなバカな……これは幻影なのか?」
「そうだね…これはハクトが作り上げた幻影…でも……」
「この中での痛みは本当だよ」
「俺が作った幻か……ナイトメアとは言えてるよ。俺にとって、一番の悪夢だよ。お前と戦うなんて……」
「彼女だけではないぞ」
ハクトの後ろから槍が飛んできた。
「父さん……」
ハクトは後ろを振り返ると、ハクトの父カイトが槍を持ってやってきた。
「……この中では君がもっとも戦いたくない相手を作り出して戦わせる魔法だ。魔族が人間を苦しめるもっとも効率の良い魔法だろう」
「……そうだね。父さんとレイと戦うなんて、俺には出来ないぜ」
ハクトの身体が震えている。だが、少しだけ笑っている。
「だが、それは昔の話だ……」
「今は二人と戦う事が、こんなにも嬉しい事はないよ。だから、せっかくの機会だ。楽しもうじゃないか、父さん、レイ」
ハクトは嬉しそうに左腕のエルを起動させる。
「あははははぁ〜! お前らしい考えだな」
「ハクト、変わってないね」
「いや、変わったよ、レイ。レナとも漸く再会する事が出来た。あいつは俺の友達が何とかしてくれる」
「……レナか。あの子は元気……でもなさそうね……所長に大事な物を壊されてしまったみたいね……」
「メフィレスか……奴はかなりの曲者だ。そして俺達もお前の幻とは言え、あいつの魔法でここにいる」
「そうだったね。ここで殺されるか、大事な人を消すか……それじゃあ、始めようか、父さん、レイ」
ハクトはさっきまで和んでいた表情から真剣な表情に変わった。レイもカイトも同じである。
ハクトとレイ、カイトの影の中での戦いが今始まろうとしている。
(続く)