「きゅ〜……こ、降参です……」
ナイトメア・シャドーの中でハクトは目を回して倒れていた。そして白旗を振っている。
「何だ、もう降参か。早いな」
「あ、あのですね……一度も勝った事のない父さんに勝てるわけないでしょう。そして魔法を使おうとしたらレイに邪魔されるし、俺に勝てる要素が一つもないじゃないか……」
カイトとレイの能力からハクトにハ勝てる要素なんて何一つない。ただ、ハクトが二人と戦いたいから戦っていたので、勝てる負けるの事では絶対負けるに決まっていた。
「そうだ。父さん、一つ訊きたい事があったんだ。3年前、魔術協会が研究所の人達を一掃した事について教えてほしいのです」
ハクトは3年前に起きたあの大事故の前に起きた惨劇の真実を知りたいのだ。
「……あぁ、あれか。俺もあれには驚いた。協会連中が勝手にやった事だったと思うが、世界政府が絡んでいたのかも知れない」
「世界政府が? どうして?」
「あいつらは何かと裏で何かを企んでいる連中が多すぎるからだ。特に天魔十二将の称号を持っている奴は何人か企んでいる奴がいるからな」
「そんな……」
ハクトは倒れながらも驚きの色が隠せなかった。
「そうですよね。所長も何だか世界政府の誰かと連絡しているのを何度も聞いた事があるし。あそこは魔物の巣窟だと博士も言っていたからね」
レイも研究所を歩いている時によく所長がどこかと連絡している所を聞いた事がある。誰と話していたのかは分からないけど、アクセス履歴を見ると世界政府に掛けていたのだ。
「世界政府は曲者揃いが揃っている。お前も世界政府がいる聖地ヴァレスに行く事になったら気を付ける事だ」
ヴァレスはシャインヴェルガから北にある山岳地帯で囲まれた聖地である。そこには昔神界の扉が封印されていて、神がそこからやってくる事があったから聖地と呼ばれているのだ。
「ときにハクト。お前何故魔戒神生流を使わなかった。あの人に修行してもらっていたのではなかったのか?」
「いや〜……右腕が変わってから魔術回路が少し変わっていてね。魔戒神生流を使うのに制限がかかってしまっているんですよ。炎魔の剛拳や天照神の加護、雷神の鉄拳は精々一回ぐらいしか使えないし、奥義である天魔神滅陣は使えない。と言うより、使いたくないんだ。あれは全てを破壊してしまう魔神ラグナローグの魔法。3年前の悲劇を起こしてしまって、レイや父さんを死なせてしまった魔法だ。だから、もう……」
ハクトが魔戒神生流を使わないのは、魔力の流れである魔術回路が変わってしまっているので、魔戒神生流に使う魔力が大幅に使う事が分かったハクトはそれぞれの技に制限を自ら掛けているのだ。大技は一回しか使わない事を決めて、奥義は一切使わない事にしているのだ。いや、ハクトは奥義であるあの魔法を使うのを恐れているのだ。あの大失敗を実感して生半可な状態で使ってしまったら、またしてもあの悲劇を起こしてしまうかもしれないのだ。
「……お前、それをあの人に言ったのか?」
「……言ったら俺はここにはいませんよ。今頃土の中で永眠しているかも知れないのですから……」
ガタガタブルブルとハクトは恐怖で身体を震わせている。ハクトに魔戒神生流を教えた先生と言う人物は、人間と譬えては駄目だ。あれはバケモノ以外の何者でもない。もしもハクトの魔術回路の変化や3年前の大事故の事を話したら、ニッコリ笑いながら葬儀の準備をしようとする。
「そ、そんなに怖いの?」
「あの人を怒らせたら、魔神ラグナローグより怖いかも知れない……」
ハクトの先生に比べたら、ハクトなんてまだまだ人間もとい動物扱いされてもおかしくない。
「だがハクト。魔法を恐れてはならないのは知っているだろう。魔法に失敗は付き物だろう。一度の失敗で諦めてはならない。失敗した原因を徹底的に調べて、もう一度チャレンジすれば良い」
「……それはそうかも知れないけど。また失敗したら、今度はこの王都が……」
「お前は魔法を使う時、何を思い浮かべる?」
「えっ?」
カイトがハクトを立たせると質問してきた。
「魔法とは心の中にあるイメージをそのまま具現化させる奇跡の技だ。それが明るい物であれば光になり暗い物になれば闇となる。お前が魔法を恐れているのは、自転車で一度転んでしまったから、もう二度と自転車に乗らないのと同じだ。お前は一度失敗した魔法は二度と使わないと言うのはそう言う子供の考え方なんだ」
「っ!?」
ハクトは痛い所を突かれた。カイトの言うとおり、ハクトは3年前の大事故を起こしてしまった事を後悔して、あの魔法はもう使わない事を決めてしまっていたけど、それは自転車に二度と乗らないのと同じである。
「恐れるな。そして決して忘れるな。魔法とは心だと。お前はそれを教えてきたのではないのか? お前と同い年の少女達に」
「父さん、どうして?」
「はっはっは〜! 父さんは何でも知っているぞ。カリムの娘に、キャラメル流古武術の娘、ヴァニラとチョコの娘にシュナイザーのお嬢様か……我が息子ながら中々やるな」
「どどどど、どうして!?」
「あぁ……何だか久し振りな感じなんだけど……」
そして、ガブッとレイがハクトの頭に噛み付いた。
結界が壊れてしまい、周りの人達にクリス達の存在に気付きだした。
「レナちゃん、ダメぇぇぇぇ〜〜!」
「そうですわね」
ミントとライチもそれぞれ拘束系魔法を発動させる。ミントは地面に手を着けて錬金術を発動させて、地面から鉄の鎖を練成して、レナの身体を縛り、ライチは植物の蔓を使って、レナの足を縛った。
「……拘束……システム……変換……即解除……」
レナは一瞬でクリス、ミント、ライチの拘束系魔法を解除した。だが、それだけで充分だった。
「キャラメル流古武術『真空波拳』!」
シャーリーがレナとの距離が離れているのに右手を真っ直ぐ前に突き出す。すると、レナのお腹に衝撃波を喰らった様にダメージを受けて、動きが止まった。
真空波拳は真空の波動を右手で放って相手にダメージを与えるキャラメル流古武術である。シャーリーはさらに魔力を籠める事で威力を増加させているのだ。
それらを見ていた人達は一目散に逃げ出した。
「……魔導師……魔力……喰ウ……」
レナは何とか身体を動かそうとする。
(このまま、ここで戦っても周りに被害が出てしまう。もっと広くて被害を最小限に出来る場所は……あそこなら)
クリスはふとある場所を思い出して、エンジェルフェザーの羽根を広げて飛んだ。飛んでいる間、レナが自分に向く様に自分の魔力を放出しながら飛んでいった。
「……魔導師…魔力発見……」
レナはクリスの魔力に反応して飛んでいるクリスに向かって高く跳んだ。07と77を出して、クリスの羽を切ろうとするが、クリスは上手く躱した。
「ついてきて、レナちゃん!」
クリスはさらにスピードを上げて飛んでいく。レナは獣の様にクリスについていく。
(ちょっと、クリス!? あんた、どこに行くつもりなのよ!?)
『ごめん、シャーリー。あそこなら広いし、時間的に被害もあまり出ないと思うから、レナちゃんとはそこで何とかしてみる』
(……まさか、クリス。学校じゃないのですか?)
ミントはクリスがどこに向かっていったのか即検索して、一番広い場所は自分達が通っている魔法学校であるのが解った。
(た、確かに魔法学校でしたら広いグラウンドを使えば被害は出ないと思いますけど、大丈夫ですの?)
『時間的に下校時刻はとっくに過ぎています。今なら誰にも被害が出ないと思いますので…うわっ!?』
『と、とにかく、あそこなら何とか出来ます。任せてください』
クリスは念話を切って、レナから逃げる事に専念する。後ろについてきているのかを確認しながら、魔法学校に向かう。
「……ライチ。ミント達も行くのです。クリスは無茶するかも知れないのです」
「そうですわね。シャーリーさん、聞こえていまして」
(分かってるわよ。先に行ってるからね)
シャーリーは行こうとすると、影の獣が前に立ちふさがる。それは離れているミントとライチの前にも同じ影の獣が現れる。
「メフィレスの影ですわね。邪魔をする気ですわね」
ライチはスカーレットローズを構える。
「まったく……小娘どもめ」
メフィレスは影の目を使ってクリス達の動きを見ていたので、彼女達の行動を止める為に影の獣を作って邪魔をしようとしている。
「余所見をしている場合じゃないだろう」
すると目の前にいるジンは右手を前に出して青い魔法陣を出して、指をパチンと鳴らすと魔法陣から青い炎が出てきた。メフィレスは青い炎を避ける。
「おやおや、不意打ちですか? 危ない所でしたね」
「黙れ、余裕の癖に……」
指を鳴らして青い炎を出し続けるジン。メフィレスは影に沈んで回避した。
「残念でしたね」
影の中から姿を現すメフィレス。
「魔狼王様、そんな人の姿をしてないで本気でやって下さいよ」
「こんな人だかりの中で本来の姿になれるか。それにそうなったら、お前など一撃で喉笛を噛み切ってやるよ」
目をギロッと睨みつけるジンは左手を前に出すと、メフィレスの周りに赤い魔法陣が四つ囲む様に出現した。
「これは……」
「フォトンブレイズ!」
左手の指を鳴らすと、四つに魔法陣に囲まれたメフィレスを中心に大爆発が起きた。それによりメフィレスは爆発のダメージを受ける。
「ぐっ……何と言う大爆発……それに被害を最小限にしているなど、貴方らしくないですね」
ジンが放ったフォトンブレイズは空間座標を演算してその座標に爆弾を設置して周りに被害が出ないように四つの魔法陣で防御させる魔法である。本来の爆発なら、今いる場所にいる人達にかなりの被害が出てしまうのだ。
「悪いけど、これが俺のやり方だ」
タバコに火を点けて一服するジン。
そしてナイトメア・シャドーの中にいるハクトの身体が噛み付かれた痕で一杯である。
「ひ、酷い目に遭った……」
「ハクト、私と言う者がいながら、女の子達と一緒にあんな事やこんな事して」
「あんな事やこんな事って、一体何の事なんだよ!?」
「クリスちゃんと同居して、ミントちゃんからはお兄ちゃんと呼ばれて、ライチさんやシャーリーさんからは何かツンデレみたいな事をしてるじゃないの」
「ちょっと待て! 何でそれを知っているんだよ!? 父さんもレイもどうして今の俺の状況を知っているんだよ!?」
何だかハクトはどうもおかしいと思い出してきた。カイトもレイもどう言うわけか、ハクトの状況を知っているみたいだ。
「そんなの、私はずっとハクトと一緒にいるからに決まってるじゃない」
「……何?」
ハクトはレイの言っている事に少し驚く。
「それだよ」
レイはハクトの01を指差す。
「魔導殺しもマジカル・ドライブなのだから意思を持っているは知っているでしょう。私は3年前のあの日、ハクトに私の魂とマジカル・ドライブを託してあげたの。だから、その01には私の心が入っているのよ」
「そうなのか……あまり喋らない奴だと思っていたけど、それはお前が入っていたのか?」
「そうだよ。ウィリアム博士が私達を死なせない為に、人工生命体を作る時にシステムを入れてくれたの。もちろんレナちゃんの07にもレナちゃんの意思が入れてあるの」
「だったら、さっさとここから出て、クリス達に連絡するか」
ハクトは01を起動させて、このナイトメア・シャドーから脱出しようとする。
「悪いけど、それが出来ないのだよ。俺達がいる限り」
「うん、ごめんね、ハクト」
すると、カイトとレイがそれぞれマジカル・ドライブを起動させた。
「……悪いな、父さん、レイ。二人とこうして話が出来ただけ俺はあいつに感謝するが、レナが危険である以上、助けに行かないといけないんだ。だから、出て行きますね」
ハクトは01を空に向かって突き出す。すると、黒い刃の剣先から力を溜めていく。
「まさか!?」
「それじゃあ、行くぜ! エクスティンクション!」
ハクトは01から黒い魔法陣を出して、エクスティンクションを放った。黒い巨大な光線がナイトメア・シャドーの天井を貫いた。するとカチカチと天井にひびが入りだした。
「これでよしっと……」
「あちゃ〜……やられちゃったか」
「抜け目がないな、ハクト。まぁ、強くなったと思ってここで終わりにしようか」
カイトとレイはドライブを解除する。そして身体が消えようとしていた。
「それじゃあ、父さん、レイ。会えて嬉しかったよ」
「大丈夫だよ、ハクト。私はずっと貴方の傍にいるのだから、貴方を守ってあげられる。それにね、魔導殺しにはもう一つ隠された秘密があるんだよ。それはきっとハクトとレナちゃんなら出来るかも知れない。だから、レナちゃんをお願いね」
「あぁ、分かってるよ、レイ。父さんも、母さんは相変わらず元気だから心配しないで」
「あいつが元気でいてくれているのなら、何も心配はない……ただ、あいつには一つには言っておいてほしい事があるんだが、良いか?」
カイトはハクトにある事を伝える。それを聞いたハクトは目を見開いて驚きを隠せなかった。
そして、ナイトメア・シャドーが破壊されて、カイトとレイは消滅した。外に出られたハクトはクリス達がいる魔法学校に向かっていった。
(続く)