それを見ている黒狐とカリムは難しい顔をしている。
「あれはやっぱり……」
黒狐は右手を前に突き出して、拳を握り締めて破壊しようとするが壊す事が出来ない。あれは決して破壊する事が出来ない物である。
「黒狐、そんな事をしても無駄でしょう。止めなさい」
「くっ……」
黒狐は諦めて手を下ろした。
「とにかく、ここにいても仕方ないわ。クリス達がいる所まで行ってみましょう」
カリムはクリスの事が心配で急いでクリスの所に向かいたいと思っている。
「そうだね。とりあえず、魔法学校にいると思うから、そっちに行こう……と?」
すると、黒狐達の前に鎧を着た人達が次々とやってきた。手には杖を持っていて、黒狐達を囲む様に並んだ。
「あちゃ〜……漸くお城の兵士達が来ましたか」
黒狐は手を顔に当てて溜め息を吐く。彼らはシャインヴェルガ城で働いている魔導兵士である。
「嵐山黒狐、カリム・ラズベリー、ジン・ローンウルフ、お前達三人の身柄を拘束する」
兵士達は黒狐達に向かって杖を構える。
「ちょちょちょっ!? 何で私達が捕まらないといけないの!?」
「最近魔法研究所をいくつか壊している疑いがあり、貴方達を城に連行する事に大賢者様に言われているのです」
「大賢者様……」
「あの方か……逆らえないな」
「……分かったよ」
黒狐、カリム、ジンは魔導兵士達にシャインヴェルガ城まで連行されてしまった。
「あれは……」
ハクトには見覚えがあった。3年前、あのプロジェクトSの研究所で見た扉。大きさはあれより大きいけど、邪悪な気と恐怖による身体の震えがハクトをあの悪夢を蘇らせる。
メフィレスは右手を大きく天に向かって挙げると、そこから大きく白い玉が出てきた。これはレナが今まで溜めてきた魔導師の魔力である。それがどんどん大きくなっていく。
「来てます、来てますよ! 我が主が3年前から練ってきた計画が、漸く最終フェイズへ移行されてきました! この世の全てを滅ぼす事が出来る魔族の破壊神とも呼ぶべき魔神ラグナローグ様がこの世界に降臨されるのです!」
「その魔力の塊をあの扉に向かわせなければ良いのだろう!」
「無駄ですよ、嵐山ハクト。もう止まる事は出来ませんよ」
向かってくるハクトにメフィレスは影の魔法弾を放って、ハクトに近付かせない様にする。ハクトは01を使って魔法弾を斬っていくけど、立ち止まってしまってこれ以上進む事が出来ない。
「さぁ、そこで見ておきなさい。この魔法世界の終焉を、その目で!」
メフィレスは持っていたレナの魔力の塊を今まさに扉に向かって放った。魔力の塊はゆっくりと宙に浮かんでいる魔神ラグナローグの扉に一直線に向かっていった。誰もがもうダメだと思った。
その時、扉の近くで出ていた月にシルエットが出来ている。二人の人の形をして、背中に翼の様な物が映っていた。メフィレスは驚き、ハクトは笑みを浮かべる。
「頼むぜ、クリス、レナ!」
「はい!」「うん!」
レナの身体を掴んで空に飛んだクリスは真っ直ぐ魔力の塊に向かっていった。スピードではクリスのほうが早く、レナは07を起動して右手を黒い刃を出した。
「返してもらうよ。私の魔力を!」
レナは07で魔力の塊に向かって思い切り振り落とした。ぶつかり合いをして、魔力の塊はレナの07にどんどん吸収されていく。
「ば、バカな!? あれほどの魔力を喰らっていると言うのか!?」
ハクトがメフィレスに向かって01でメフィレスの身体を貫いた。01は魔族であっても身体にダメージを与えられないけど、相手の魔力を喰らう事が出来る。
「き、貴様……」
メフィレスはハクトの身体を蹴り飛ばして、貫かれた身体を抜いた。ハクトは蹴られる前に後ろに跳んだので、そんなにダメージを受けなかった。そして、そんな事をしている間にレナが全ての魔力を07に喰わせた。
「どうやら、お前の計画はまたしても失敗したみたいだな」
「くっ、嵐山ハクト……貴様だけは、貴様だけではない。07やあの小娘達も絶対に許さない。私の、我が主の計画をここまでしやがって……」
「この世界を壊そうとしたお前が言うな。さぁ、どうする?」
「……くすくす。それで全て終わったと思ったのでしょうか?」
さっきまでうろたえていたはずのメフィレスは、急にニヤリと笑った。
『マスター、奴は何か仕出かすつもりです。追い詰められた魔族が一番厄介なのです』
「そうだな。気を引き締めてやるぞ」
ハクトは01とエルを構える。
「嵐山ハクト。何も私は07が持ってきた魔力だけで扉を開けようとは思っていなかったよ。07の魔力でどうにか出来るのでしたら、それで良かったと思ったのですけど」
「どう言う事だ?」
「扉を開く為に魔力を使うのに、あの様な道具なんて必要なかったのですよ」
すると、メフィレスは足元に魔法陣を出すと、自分の身体をどんどん消えていった。そして、黒い炎の形をした魔力の塊に変化した。
「なっ!? そんな事をしたら、お前は消滅するんだぞ!」
『我が主の為に、私はここで消えても構わないのさ!』
そう言って、メフィレスはそのまま空にある魔神ラグナローグの扉へ向かっていった。そして、メフィレスの魂が扉にぶつかり、メフィレスの魂は消えてしまった。
そして、扉の動き出して開き出した。空を飛んでいるクリスはその中を見てしまった。そこには巨大な目がこっちを見てきて、クリスは恐怖で身体が固まってしまった。
「クリス! いったんこっちに戻ってこい!」
地上にいるハクトがクリスに戻ってくる様に叫んだ。クリスはレナと一緒に戻ってきた。
「……お兄ちゃん、あれが」
「あぁ、間違いない。魔神ラグナローグだ」
3年前と同じ恐怖がハクトに襲い掛かってきている。
「ハクト、どうするの? あれ、何とか閉じる事は出来ないの?」
「分からない。あの時は俺の魔法の暴走で研究所全てが無くなってしまったから」
3年前はハクトの魔法の暴走で消滅したけど、また3年前みたいな事が起きてしまったら、王都が滅びてしまう。
ハクトはクリスを見る。もしも、ここで失敗してしまったら、クリス達も消してしまう。
その時、レナが急に膝を着いた。
「どうしたんだ、レナ?」
「私の所為だ。私が来なければ、こんな事には……」
レナは自分を責める様に頭を抱える。メフィレスと一緒に魔導師を狩りに王都に来なかったら、こんな事にはならなかったとレナは涙を流して私の所為だと呟く。
「レナ、これはお前の所為なんかじゃないよ。メフィレスはお前の復讐心を利用していただけだ。だから、お前が自分を責めないでくれ」
ハクトはレナと同じ視線になる様に膝を折って肩に手を置く。
「……嵐山ハクト」
「それに、そんな事を言うのなら、この3年間、お前を一人ぼっちにさせてしまった俺の責任だ。だから、あれは俺が片付けてくる」
「ハクトさん!?」
「ハクト様、あれをどうにか出来る方法があるのと言うのですか?」
「あぁ……だが、これはある意味、俺の存在そのものを使うかも知れないんだ」
ハクトは『天魔神滅陣』を使う覚悟を決めた。3年前とは違い、今度はハクトの魔力全てを使い、扉ごと破壊する。しかし、それはハクトの身体も消えるかも知れないのだ。
しかし、ハクトはもうそんな事で怖がる事はない。クリスやレナ、シャーリーにミントにライチなど、守りたい者を守る事が出来ると言うのなら、ハクトはこの命を使っても問題ないと思っている。
「あんた、まさか命を賭けるとか言わないでよね」
すると、シャーリーがハクトの胸倉を掴んだ。ハクトはシャーリーが自分の考えを読んだ事に驚いた。
「勝手な事をしないでよね。あんたがいなくなったら、私達はどうしたら良いのよ。誰が私達に魔法を教えてくれるのよ。そんな事をされても、誰も喜ぶ訳ないわよ」
「シャーリー、どうして、分かったんだ?」
「あんたのその顔よ。何もかも悟りきったその表情をする時、あんたは絶対に一人で解決しようとする顔なのよ。私だけじゃないわよ。みんな気付いているわよ」
ハクトはクリス達を見ると、ライチもミントも、そしてクリスも怒っている表情をしている。
「ハクト様、わたくし達がそんなに頼りないのですか?」
「……ミントは、お兄ちゃんがいなくなったら、きっと後悔するのです。あの時、お兄ちゃんを助けられなかったミントを許せなくて、もう笑えなくなってしまうのです」
「ハクトさんが、私達の為に一人で何もかも背負わないで下さい。私達は少しでもハクトさんの手助けをしたいのです」
「みんな……」
『まったく、本当に良い子達を置いておこうしないでよね』
すると、ハクトの右手にあるレイが声を出してきた。
『ハクト、私は貴方に生きてほしいからこうして貴方と一緒にいる事を決めたのよ。だから、そう簡単に命を投げ出さないで』
「……あぁ、そうだったな。レイ」
その時、ハクトはレナを見る。
「レイ、レナにはもうあの事について話したんだよな?」
『うん、多分ウィリアム博士はその為に用意してくれたんだと思うよ。レナちゃん、分かっているね』
「……うん。私も嵐山ハクトなら良いよ」
レナは立ち上がって、ハクトの傍にやってハクトの顔を見上げる。
「っ!?」
レナは力を使って町全体に結界『END・OF・THE・TIME』を張った。時が止まった世界で衝撃波が来て魔法学校は半壊してしまった。
「くっ、みんな、大丈夫か!?」
「は、はい」
「助かったわ、ミント」
「……問題ないのです」
ミントが瞬時に錬金術を使って、地面で巨大な壁を作ってクリス達を守ったのだ。
「レナ、大丈夫か?」
ハクトは吹き飛ばされそうになっていたレナをしっかり押さえてあげていた。
「うん、ありがとう」
レナは頬を少し赤く染めている。
「あれがラグナローグ」
左右に二つの角を生やし、赤い目をした怪物がハクト達を見下ろしている。
「ハクト……」
「大丈夫だ。レナ」
ハクトはレナの右手を自分の右手で握る。
「何があっても、これからはいつまでも一緒だよ」
「……うん」
レナは微笑んで身体の力を抜いた。
「それじゃあ、始めるとするか」
「はい」
ハクトとレナの中心に黒の魔法陣が現れた。そしてレナはハクトと向き合い目を瞑った。
レナは自分の右手の甲にある魔導殺しを、ハクトの魔導殺しを合わせた。二つのドライブが共鳴し合い、レナの身体がハクトの右腕に取り込まれていく。
ハクトは魔導殺しを起動させる。着ていた魔導服は白のコートから黒に変化して、ハクトの右眼だけが青に変色、頬に赤い線が浮き出し、右手は手首から先まで黒い大剣となった。
レナの声がハクトの頭の中から聞こえた。
レイの声もハクトの頭の中から聞こえた。ハクトは大剣を振り回す。
「うん、問題なしだ。二人とも」
ハクトの動きもいつもより速く、そして力も今まで以上に出す事が出来る。それに、いつもは魔導殺しを使う時に来る魔力を喰われる苦しみがまったく来ない。
(続く)