魔法学校の職員室で少し緊迫した雰囲気となっている。
「ローンウルフ先生! この職員室ではタバコは吸ってはいけないと何度言ったら解るのデス!?」
金髪に青い瞳、紫のスーツを着て鼻と口の間に金色のひげを引っ張っている50代の男性がタバコを吸っているジンに怒鳴っている。ジンは自分の机に足を乗せながらタバコを吸っている。
「……俺の勝手だろう。学年主任さん」
怒鳴られているのにまったく反省の色を出していないジン。学年主任の先生はそんなジンの態度にイライラしている。
「あのデスね。あなたの様な先生がいつまでもここにいられると思ったら、大間違いなのデス。それにこの間の騒動であなたが何者なのか知っているのデス」
「あ、そう……気付くのが遅いんだよ……」
「即刻あなたをクビにするのデス。ついでに1年Eクラスの連中全員を退学させマス! よろしいデスね?」
1年Eクラスを退学にする事にジンはぴくっと反応する。
「おい、待ちな。何故あいつらを退学にする?」
「あんな連中など我が校に必要ありまセン。成績の悪いダメダメ魔導師など、いてもいなくても変わりありまセン。よって、彼らを退学させる事になりまシタ」
学年主任は笑い続ける。しかし、その時ジンが思い切り机を足で叩き付けた。
「ちょっと待て。あんた、この前の中間試験の平均点をちゃんと見たのか?」
「そんなの見るまでもありまセン。Eクラスなど所詮おちこぼれの溜まり場デス。成績など見る価値などありまセン」
「ほぉ……それじゃあ、見せてやるよ」
ジンは指先で円を描いてその中を指で操作していくと、先週行われた中間試験のクラス平均点一覧と言うのが出てきた。そこには以下の表となっている。
クラス
|
筆記試験平均点
(100点満点)
|
実技試験平均点
(200点満点)
|
総合平均点 |
Aクラス | 89.1点 | 180.9点 | 135.0点 |
Bクラス | 80.5点 | 176.3点 | 128.4点 |
Cクラス | 69.0点 | 170.8点 | 119.9点 |
Dクラス | 75.4点 | 170.0点 | 122.7点 |
Eクラス | 82.7点 | 185.5点 | 134.1点 |
ジンに見せてもらった成績表を見て、学年主任は驚いた。
「なっ、何故Eクラスがこんな点数を取っているのデスか!? さては不正を行ったのデスね!?」
「そんなバカな事をする奴なんているわけないだろう。ちなみにこの平均点数は筆記試験全科目0点を取っている生徒も含めての点数だ。もしもあいつがちゃんと試験を受けていたら、間違いなくクラス順位で1位を取っていたに違いない」
「全科目0点デスと? それはどう言う事デショウか?」
「そいつは筆記試験を受けていなかっただけだ。ちょっとしたトラブルでそいつは試験を受ける事が出来なくなってしまったのだ。この件は校長も了承している。明日の再試験を受けさせるつもりだから、問題はない」
「校長も甘い人デス。そんな奴は即刻退学なのデス」
「ま、まさかデス……その全科目0点を取った生徒は……」
「嵐山ハクトだ。ちなみに、どうしてそうなったかについてだが……」
魔法学校中間試験当日。この日はみんな早くに教室へ向かわないといけない。何しろ筆記試験1科目目が8時から始まるので、普段ギリギリの連中は急がないといけない。もちろんそれは電車通学をしているハクトとクリスも同じである。早めの電車に乗って、急いでいた。シャーリーとミントと合流して急いで学校に向かっていったが、そこで問題が起きた。
「みんな、悪い。俺はここに残る。だから、お前達は早く教室へ行くんだ」
「そんな、ハクトさん!? ハクトさんを置いて行くなんて出来ません。私もここに残ります」
「……ミントも残るのです」
「そうよ、ハクト。私も手伝うよ。みんなでやったらきっと……」
「ダメだ! お前達まで試験に出られなくなったら、今まで勉強してきた意味がなくなるだろう。それに俺達が0点を取ったら、いくらジン先生でも俺達の事をよく思っていない教師連中から庇う事が出来なくなる。ならば、俺1人がその汚名を被ってやる。だから、ここは俺に任せて、みんなは行くんだ!」
「ハクト……それはどう考えても死亡フラグだよ!?」
「大丈夫だ。死亡フラグも立て続ければ生存フラグになる!」
「いやいや、0点を取ると分かっている時点で死亡フラグじゃない!」
「それもそうか……って、言っている場合じゃないだろう! とにかく、お前達は早く行け!」
「……分かったのです。行こう、クリス、シャーリー」
「そうね。ここで言い合いをしても仕方ないわ。行きましょう、クリス」
シャーリーがクリスの手を掴んで引っ張っていく。
「……ハクトさん、待っています! 必ず来てくれるって信じてます!」
「心配するな。筆記試験は無理でも実技試験には必ず間に合ってみせる。グッドラック」
ハクトは振り向かず、右手の親指を立ててクリス達にエールを送る。
「ハクトさ〜〜ん!」
引っ張られるクリスは涙を流して叫ぶ。そして1人残ったハクトは両腕に力を籠める。
「それじゃあ、行くぜぇぇ!」
気合を入れてハクトは向かった。
「はぁ…はぁ…はぁ……これで、最後っと!」
ハクトは持っていた荷物を降ろして、額の汗を拭う。
「いやぁ、ありがとうね」
「悪いね、大事な試験の日だと言うのに、生徒に手伝わせてしまって。これ飲んでくれたまえ」
ハクトの仕事を見ていた老夫婦がお茶を用意してくれた。
「いえいえ、いつも購買を利用していますので」
ハクトは貰ったお茶を飲む。ハクトが今いるのは学食の購買部である。
「それに困っている購買のおじいちゃんとおばあちゃんを放っておいて試験に行くなんて俺には出来ません」
ハクトが試験を放棄して行った事は、学校の近くで購買の商品を運んでいた車のタイヤがパンクして、途方に暮れていた購買のおじいちゃんとおばあちゃんを見つけて助けに行ったのだ。しかも、運転していたおじいちゃんが腰を痛めたので、購買部まで背負って運んであげて、購買の荷物もハクト1人で運んだのだ。試験当日は学食もお休みなので、午後の実技試験の為にお昼は購買部で昼食を買いに来る生徒がいるので、たくさん用意されているのだ。
「でももう筆記試験も終わる時間じゃのう」
時計を確認すると12時45分。五科目目の試験がもうすぐ終わろうとしている。
「……仕方ない。今回の筆記試験は諦めるか」
今から行っても仕方ないと諦めたハクトであった。
「……と言う事があったんだ」
ジンは説明を終える。
「その嵐山ハクトを退学にすれば、母親の黒狐が間違いなく暴れると思うぞ。それにあいつは1回そんな理由で暴れた事があっただろう。あいつが学生時代、1人の生徒が理不尽な理由で退学になったと聞いて、この中等部の校舎を3分の2も破壊しやがった事を忘れてはいないだろう?」
「ぐぉぉ〜〜……止めるのデス。あいつの事は言うなのデス」
学年主任は頭を押さえる。学年主任は黒狐の事をかなり嫌っている。ちなみに壊した黒狐本人が壊れた校舎を元に戻した事も有名である。
「まぁ、嵐山ハクトには俺から注意はしておく。だから、大目に見てくれよ。お互い、命は失いたくないだろう」
学年主任の肩を叩くジンは職員室を出て行こうとする。
「ふん、あなたも立場を考えるのデス。魔族風情が……」
「……今のは聞き流しておくよ」
ジンは職員室のドアを閉める。
夜、ジンは一軒のバー『クーフェン』で酒を飲んでいる。
「今日はちょっとご機嫌斜めだね。ジンちゃん」
すると、カウンターで茶色の髪に青い瞳をして白いバレリーナの服を着ている人がジンに声をかける。
「やはりあんたの目には誤魔化せられないか、ママさん」
「当たり前でしょう。何年付き合っていると思っているのよ」
この人はこのバーの店主であるヴァーム・クーフェン。ちなみにママさんとジンは言ったが性別は男である。そう言わないと怒るからである。
「また学校でいじめられたのかしら?」
「生徒を庇うのは大変な仕事だ」
ジンは酒を飲む。すると、誰かがお店に入ってきた。黒い髪に所々白髪が見えて、黄色の瞳をして黒のスーツを着ている50代ぐらいの男性が入ってきた。
「よっ、ジン、久しぶりだな」
「……お前がここに来るなんて珍しいな、カルバドス」
カルバドス・シトラス。元魔法学校の教師をしていて、ジンの親友でもある。ここで2人がよく一緒に飲みあっている。彼は今、王都にある普通の学校で教師を続けている。
「ママさんからお前がちょっと落ち込んでいると聞いたから、来てあげたんだ」
「ごめんなさいね、カルバドスちゃん。でも、ジンちゃんがどうも元気がなかったからね」
「迷惑をかけたな、カルバドス、ママさん。飲んでいくか? 奢ってやるよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせて飲むとするか。ママさん、いつもの頼むぜ」
「はい、只今」
ヴァームがカルバドスにお酒を用意してあげる。
「本当に元気がないみたいだな。なら、そんなお前に良い物を見せてやるよ」
カルバドスが懐から何かを取り出そうとしている。ジンは少し嫌そうな顔をする。出す物が何かとっくに気付いているからだ。そして、カルバドスが1枚の写真を見せる。そこには7歳くらいの少女が自転車に乗っている写真である。
「漸く自転車に乗れる様になった孫娘のシェリーちゃんだ! どうだ、可愛いだろう!?」
写真を見せ付けるカルバドスにジンは顔を押さえる。こうやっていつも孫娘の写真を見せるのだ。超親バカである。
「あら、可愛いわね。娘さんのイブキちゃんが小さい時と同じだね」
「だろう、だろう? 娘の写真もあるよ」
カルバドスはもう1枚の写真を出す。そこには孫娘と一緒に写っているカルバドスの娘であるイブキ・アプリコットである。
「そのお前がよくイブキの結婚を認めたな。結婚式では思い切り泣いていたけど」
イブキの結婚式でカルバドスはうわんうわんと泣いていた。式場が浸水するぐらいである。
「それは娘を嫁になんて出したくなかったさ。でも、イブキが決めた事だし、俺もそろそろ子離れをしないといけないと思ったのさ」
「嘘付け! 未だに一緒に住んでいるくせに。その為に2世帯住宅にリフォームしただろう!」
ジンは娘と離れたくない為に家をリフォームしたカルバドスにツッコミを入れる。
「まったく……まぁ、おかげで元気になったよ」
「そうか。やっとお前らしくなったな。そう言えば、噂で聞いたけど、お前またクラスの担任をしているって。あれほど嫌がっていたお前がどう言う風の吹き回しだ?」
「校長に頼まれたし、黒狐やカリムの子供がいるんだ。俺じゃないと押さえられないと思ったのだろう」
「……へぇ〜、カリムの方は知っていたけど、あのクロクロに子供がいるなんて知らなかったな」
「知らなかったのか? お前なら知っていると思っていたけどな。ある意味、お前は父親みたいにあいつを可愛がっていたじゃないか」
「そうだな。よく生徒からもクロクロとは親子に見えると言われていたな」
魔法学校でよくカルバドスが黒狐の面倒を見ていた。
『だから、私の事をクロクロとか言わないでよ!』
『そうは言っても、お前は犬みたいな奴だからな。クロクロと呼ばせてもらうよ』
そう言ってカルバドスは黒狐の頭を撫でる。黒狐も恥ずかしそうに撫でられるが、もしも尻尾があったらフリフリと振っていただろう。そんな風景をよく見るので、カリムやカイトも2人が親子の様に見ていたのだ。
「ある意味ではお前の親バカが、あいつにもうつってしまっているのだぞ。あいつもかなりの親バカで、子供の為なら容赦なく世界を壊す母親だからな」
「なるほどね。良い母親になっているじゃないか。なら、今度久し振りに会いに行くか」
「そうしてやれ。孫娘と一緒に連れてきたら、あいつも喜ぶだろう」
「しかし……クロクロやラズベリーが母親になるなんて、俺達ももう年寄りだな。お前を見ていると俺だけが年を取っているみたいじゃないか」
「それは仕方ないだろう。魔族の寿命は500年ぐらいだ。まだ100年も経っていない俺はまだまだガキみたいなものだ」
魔族や神族の寿命はかなり長くて、最高で1000年は生きられる。
「魔族と言うのがバレてしまったのか?」
「あぁ、前の事件でな」
「そうか……そうなるとこれからが大変になるんじゃないのか。あの学校の教師連中は頭の固い連中ばかりだ。お前を失脚させる奴などいくらでもいるだろう」
カルバドスは酒を飲む干して店を出て行く。
「まぁ、何かあったらいつでも相談に来い」
「……悪いな。孫娘と遊ぶ時間を削ってまで俺に付き合ってくれて」
「当然だろう。俺達は学生時代からのダチじゃないか」
店のドアを開けて出て行くカルバドス。しかし、そこで一度止まった。
「ダチとして言わせてもらうぞ。たとえ些細な事でもお前の為に力になってくれる奴は居るんだ。クロクロやラズベリーもお前の味方だ。だから、もうあいつらを信頼して力を貸してもらえ。特にクロクロはお前の事をかなり気にしているのだからな」
「あいつに言ったら、何を仕出かすのか分からん」
「だったら、もう少し仲間を作っておけ。それからもう一つ、一番俺が言いたかった事がある。心して聞くが良い」
「?」
ジンはドアを閉めようとするカルバドスに振り向いた。ニヤリと笑って、彼は言った。
「一刻も早く……嫁さん探せよ!」
カルバドスがドアを閉めた瞬間、プチンとジンの堪忍袋の緒が切れた。
「余計なお世話だぁぁぁぁ!」
ジンはドアに向かって、全力の爆発魔法を放った。
「あぁ〜!? 私の、私の店がぁぁぁ〜〜!」
ヴァームのお店が爆発している外で、カルバドスはニヤッとしながら全力で走り去っていった。
ジン・ローンウルフ。年齢は50代後半であるが、未だに独身中である。
(続く)