魔法学校には魔法の実技もあるけど、普通に体育の時間もある。今日はEクラスだけの体育の日である。しかし、体育教師はEクラスに教える事なんてないと言って最初の点呼を取っただけで職員室へ行ってしまった。本来ならどうしようかとみんな悩む所であるが、逆にこれは自由に遊べると言う事だと思ってみんな何をしようか話し合う。
虎之助がハクトを指差して叫んだ。背中には真っ赤な炎が燃えているみたいに見える。
「……またかよ」
ハクトは溜め息を吐くしかなかった。Eクラスだけの体育になると虎之助がハクトに勝負を挑んでくるのがいつもの日常になっている。
「別に構わないけど、今日は何をして負けようとしているのだ?」
「ちょっと待て!? 俺っちが負ける前提かよ!?」
「いや、だってそうだろう? 今までどんな勝負をしても負けているじゃない?」
「……現在5戦中、お兄ちゃんが5連勝中、タイガーが5連敗中なのです」
ミントがノートを取り出して見せる。そこにはこれまでのハクトと虎之助の勝負した事が記録されている。
「ぐぐぐ……だが、しかし! 次こそは勝つ!」
どこにそんな自信があるのかとハクトは溜め息を吐く。
「と言うわけで、ミントちゃん。お願いいたします」
「……はいなのです」
ミントはどこから出したのか、大きなサイコロを取り出した。
「……放魔『今日の体育で何が出るかな?』サイコロなのです」
ミントがサイコロを出したので、みんながミントのサイコロに視線を向ける。駄弁っていた連中もミントのサイコロで何が出るのか気になるのだ。
「……では、行くのです。そ〜れ〜! 何が出るかな? 何か出るかな?」
どこかのテレビ番組でサイコロを転がすと流れてくる音楽が聞こえて来る様な感じでミントが歌い出す。そして転がっていったサイコロが止まり出して表になった賽の目を確認するミント。
「……今日の体育は『魔球式野球』に決定なのです」
「げっ、ヤバッ……」
「よっしゃぁぁぁぁぁ〜〜!」
ハクトは嫌そうな顔をして驚き、虎之助はサッカーでゴールを決めた時の様に喜んでいる。
「まさか、野球をする事になるとは……」
ハクトは右手にグローブをはめて、左手でボールを投げる。キャッチボールの相手はクリスである。
「あの、ハクトさん。野球は苦手なのですか?」
「小学校の体育の時しかやっていないけど、あいつは違う。リトルリーグをやっていてエースで4番をやっていたんだよ」
虎之助は少年野球でかなりの成績を持っているのは、ハクトも知っている。小学校の頃は同じクラスにならなかったから虎之助の実力を知らないけど、一度少年野球の試合を見る事になったハクトは、虎之助がすごく強い選手であった事を野球の知らないハクトでも分かった。
「今回あいつを敵に回したくなかったんだけど、これは俺の負けは確定だな」
「にゃぁはははぁ〜! どうやら俺っちの実力を知る時が来た様だな、ハクトよ!」
すると、虎之助が余裕の表情でやってきた。
「おいおい、こっちは素人なのに、本気でやるつもりなのか?」
「当たり前だろう。獅子は全力で兎を狩るのと同じだぜ」
その言葉にハクトはカチンと頭に来た。
「おい、誰が兎だって?」
「ふん、今のお前など獅子に食われまいと全力で逃げる兎、脱兎の如くとはこの事だな。さぁ、獅子である俺っちに食われまい様、全力で逃げやがれ、シロウさぎゃぼへ!?」
虎之助が格好良くポーズを決めながら言っていた時、ハクトが全力でボールを虎之助の顔面にぶつけた。
「てめぇ、誰が淋しい淋しいシロウサギちゃんだ、こらぁ〜!?」
「ハクトさん、誰もそんな事言っていませんよ〜!」
クリスさん、突っ込む所はそこではないと思いますよ。
「まったく、あいつらは……たかが体育の時間だと言うのに、あそこまで熱くならなくてもいいのに」
シャーリーがミントに向かってボールを投げる。
「あら、シャーリーさん。お遊び感覚でやるおつもりですの?」
するとシャーリーの隣でライチがくすっと笑う。
「ハクト様、わたくしとチームを組みません?」
ライチがハクトに声を掛ける。それを見たシャーリーがカチンと来た。
「ちょっと待ちなさいよ!? 何勝手に決めているのよ!?」
「あら、お遊び感覚でやるのでしたら、別にわたくしがハクト様と組んでも良いのですわよね?」
「そんな勝手な事をしないでよね」
「あの〜……2人とも〜……」
ハクトはシャーリーとライチの言い合いにほとほと呆れてしまう。すると、2人の間に黒いボックスが現れた。
「な、何ですの?」
「ミント? これはあんたの仕業なの?」
こんな事をするのは錬金術師であるミントしかいない。
「……はいなのです。放魔『どっちのチームなのDEATH?』なのです」
「また何かのテレビ番組みたいな奴だな。と言うより、これ引いたら死ぬのか?」
「……大丈夫なのです。これは2人1組となって赤の玉か白の玉を引くのです。それでチーム分けになるのです。不正など全く起きないちゃんとしたくじ引きなのです。試しにお兄ちゃんとタイガーが引いてみてなのです」
「あぁ、分かった」
「了解だぜ」
ハクトと虎之助がボックスに手を入れる。中が見えないで、お互い手で玉がどこにあるのか探している。
『……リア充、爆ぜろ!』
「うわっ!?」
すると、ボックスが急に喋り出した。それに驚いたハクトはボックスから手を出した。
「おい、ミント!? このボックス喋ったぞ!?」
「……はい、そのボックスは手に入れた人に対して反応するのです。何を喋るのかは分かりませんが、中々面白いのですよ」
「それって、何かメリットあるのか?」
「……さぁ?」
ミントは首を傾げるしかしなかった。放魔は術者のイメージした武器や道具を出す事が出来るけど、その分メリットとデメリットがある。さっきのサイコロも今回は魔球式野球と出たけど、最悪の場合クラス全員で殺しあうバトルロワイアルなどもあるのだ。
「……とりあえず、お兄ちゃん、もう一回引くのです」
「……あ、あぁ」
ハクトはどうも気が進まないけど、もう一度ボックスに手を入れる。
『……けっ、男に興味はねえよ』
「……蹴って良いか?」
「……ダメなのです」
ハクトは怒りを抑えて中にある玉を取った。同じく虎之助も玉を取るとそこには黒い玉が出てきた。
「ミント、黒いのが出てきたぞ」
「……全員が玉を取るまでは分からないのです。全員が取ったら黒い玉が白と赤に変わるのです」
「やりますわね。流石ミントさんですわね。ちゃんと考えてらっしゃいますわね」
「こういうのミントは得意だからね。色んな謎かけするのは。次は私が引きますね」
クリスがボックスの中に手を入れる。するとボックスが何か悶えている。
『おぉ…良い…良いよ……気持ち良いよ……』
「何悶えているんだよ、この変態ボックスは!?」
ハクトはボックスを蹴る。
「……お兄ちゃん、蹴ったらダメなのです」
「悪い。クリスに悶えているのを見て、ついむかついた」
「あはは……とりあえず取るね」
『おぉ〜…イっちゃうぜ!』
「やかましいわ!」
ボックスを叩くハクト。クリスはその間にボックスから黒い玉を取り出した。
「……さぁ、みんなも早く引くのですよ」
ミントが次々と生徒にボックスを引かせる。
『お嬢様、テクニシャンだぜ』
「何と如何わしい方ですの!?」
『ツンデレちゃんの手、暖かいぜ』
「誰がツンデレよ!?」
『はぁ…はぁ……よ、幼女萌え……』
「作った奴にまで欲情をしているんじゃねえよ!」
ミントにまで欲情するボックスを叩く。
そして漸く全員黒い玉を引くとそれぞれ白と赤の玉に変化した。白チームにはハクト、シャーリー、ミント含めて15人、赤チームは虎之助、ライチ、クリス含めて16人となった。
「にゅっふっふっ、やはりお前とは決着をつけないといけないみたいだな」
「その様だな……こっちも負けないけど」
「ハクトさんとは別のチームになってしまった。ちょっと残念……」
「ちょっと!? 私とハクトが同じチームなの!?」
「納得出来ませんわ。やり直しを要求しますわ」
「……それは却下なのです」
それぞれ言いたい事を言い終えて、チームに分かれる。15人の白チーム、16人の赤チームから9人の選抜メンバー決めなければならない。
「時にミントよ。審判はどうするんだ?」
本来審判をするはずの先生がいないので、審判をどうするのかミントに訊くハクト。
「……心配なしなのです。すでに用意はしているのです」
ミントがホームベースの方を指すと、そこには審判の格好をした土人形『ゴーレム』が立っている。
「なるほど、用意周到だな。ちゃんと判定してくれるのかどうかは微妙だな」
「……大丈夫なのです。ちゃんと贔屓無しでやってくれるのですよ。さぁ、まもなくプレイボールなのです」
ミントの号令で、ハクトとシャーリーは守備に向かう。
Eクラスが体育をしている様子をベンチに座ってアイスを食べながら見ている黒狐とレナがいた。お仕事もなく暇だったので、レナを連れて学校に遊びに来たのだ。
「あの黒狐さん。魔球式野球とは何でしょうか?」
「うん、そうか。レナちゃん、野球は知っているでしょう?」
「はい、よく黒狐さんが泡麦茶を飲みながらテレビで応援しているスポーツですよね」
家で黒狐は泡麦茶を飲みながらプロ野球観戦をしていて、レナも隣で見ている時がある。カリムは家事で忙しいし、ハクトとクリスは学校の課題や夜のトレーニングなどしているので、黒狐に付き合ってあげられるのはレナだけである。
「うんうん。あれは普通の野球だけど、魔導師専用の野球があるの。それが魔球式野球って言うのよ。基本ルールは普通の野球と同じ。ただ違うのは、ボールとバットね」
「何か違うのですか?」
「ちょっと待ってね。持ってくるから」
黒狐は一瞬で姿を消して、バットとボールを持ってまた一瞬で姿を現した。ハクトはマウンドにいるシャーリーと話していたし、クリスはライチと虎之助と打順について話を聞いていたので、黒狐がボールとバットを盗っていく姿を見る事はなかった。ミントは気付いていたみたいだけど、あえて黙っておく事にした。
「はい、持ってきたよ」
「大丈夫よ。たくさんあるのだから、1個や1本無くなった所で問題無しよ。それで、これが魔球式用のボールとバットだけど、これにはね、魔力を籠める事で威力を増大にする事が出来るのよ」
「威力を増大?」
「つまり、ボールに魔力を籠めて投げると、スピードも上がるし、変化球もかなりキレが出るって事、そしてバットは芯で捉えたら、女の子でもホームランを打つ事が出来るのよ」
試しに黒狐がボールをひょいと上に投げてバットを構える。そしてバットに魔力を籠めて真上に向かって打つと、ボールは物凄い勢いで上に飛んでいった。そしてしばらくしてボールがやっと落ちてきて、黒狐はキャッチをする。レナは驚いて拍手をする。
「ざっとこんなものね。少ししか魔力を籠めなかったけど、本気でやったら大気圏を超える事だって出来るわよ」
今のでも黒狐は100分の1程度しか魔力を使っていないのだ。フルパワーでやったら本当にボールは宇宙旅行するかも知れない。
「それじゃあ、魔力が高い魔導師が有利という事になるのですね」
「う〜ん、ところがそうでもないのよ。あまり魔力を籠めすぎると、後半で魔力切れを起こしてしまうかも知れないからね。だからピッチャーをやる子は、魔力のコントロールが出来る子にしないといけないのよ」
「ハクトがキャッチャーね。妥当なバッテリーだけど、大丈夫なのかしら?」
これは少し不安になる黒狐。
マウンドでハクトはシャーリーにまさに黒狐が言っていた事について話していた。
「分かっていると思うけど、最初から全力で投げていたら後半ばてるからな。ちゃんと自分の魔力をコントロールするのだぞ」
「そんなの分かっているわよ。ハクトもちゃんと私の球を捕りなさいよ」
「あぁ、、分かっているよ」
ハクトはマウンドから離れて、ホームに座る。
『一番…ショート、ライチ・シュナイザー』
審判がそう言うと、バットを持ったライチが右打者用のバッターボックスに立つ。シャーリーはムッとした表情をしている。
「さてと、シャーリーさん。貴女の球、わたくしが軽く打たせてもらいますわよ」
余裕を見せるライチに、カチンとシャーリーは頭に来た。その時、ハクトはマズいと思った。さっきハクトが言った事をもう忘れているのかも知れない。
『プレイボール』
審判が試合開始を宣言する。シャーリーは思い切り振りかぶって投げた。しかしそれはハクトが構えている場所からかなり大きく逸れて、バックネットにぶつかった。いきなりの大暴投である。
「あら? 何ですの、そのボールは? ちゃんとストライク入れられますの?」
「な、何ですって!?」
「落ち着け、シャーリー。もう少し魔力を抑えろ」
ハクトがそう言うけど、一度頭に血が上っているシャーリーは、変に全力で投げてしまって、大暴投し続けてしまう。
『ボール…ファーボール』
ついにファーボールしてしまい、ライチはゆっくりと一塁に向かった。ハクトは審判にタイムを取って、マウンドにいるシャーリーに向かう。
「ちょっとは、頭は冷えたか?」
「……ごめん」
「ライチにライバル意識をするのは良いけど、お前の場合ちょっと制御しないといけないよ。次からは冷静になって投げろ」
「うん……」
「あと、それから……」
ハクトがシャーリーにある事を話す。投げる動作をしてシャーリーにコツを教えているのだ。
「……分かった。やってみるね」
「あぁ、お前は物覚えが早いから、すぐに会得出来るさ。とにかく、お互い頑張ろうぜ」
「えぇ、頑張りましょう」
お互い拳を軽くぶつけて、ハクトはホームに戻ってくる。二番打者が構えて、シャーリーは一塁にいるライチを警戒しながら、セットポジションからハクトに向けて投げた。それは先程のスピードと同じぐらいだが、今度はキャッチャーミットに綺麗に入った。
『ストライク』
一塁にいたライチは少し驚いた。今度はちゃんと入ったからだ。
「よし、ナイスボールだ」
ハクトはボールをシャーリーに返す。シャーリーはハクトに褒められて少し嬉しそうな表情をしている。
試合を見ている黒狐はさっきのシャーリーのボールを見て少し笑った。
「ふ〜ん、流石ハクトね」
「簡単な話、ボールを投げる時のコツを教えてあげたのよ。魔力を瞬間的に籠めて投げると言うちょっとした魔力の節約方法をね」
黒狐の話では、ピッチャーがボールを投げる時、大抵の魔導師はボールに魔力を籠めてからモーションをとって投げるだけど、シャーリーはボールに魔力を籠めないままモーションをとって、いざボールが手から放れようとした瞬間に魔力を籠めて投げたのだ。こうする事で、シャーリーのストレートはさっきの大暴投と同じぐらいのスピードを維持したままストライクゾーンに入るのだ。
「なるほど、それなら一瞬でしか魔力を使わないから、魔力の消費量は少ないですね」
「これは魔法弾を撃つ時も同じなの。ハクトはその辺りを知っているから、シャーリーちゃんに教えたのでしょうね。ただし、このやり方で一番重要なのはタイミングよ。失敗したら、大暴投をするか魔力の篭っていないスローボールになってしまって打たれてしまう。でも、シャーリーちゃんはもうコツを掴んでいるみたいね」
試合を見ると、二番打者を三振させて、続く三番打者も打ち取った所である。ライチは二番打者の時、盗塁をして二塁まで行っているので、2アウト二塁となっている。
『四番…ピッチャー、長谷部虎之助』
そしてついにこの男が現れた。虎之助は不敵な笑みを浮かべながらバッターボックスに立って構える。
「やはり来たか……」
「ハクトよ。悪いけど、まずは2点先制させてもらうぜ」
虎之助を抑える事など、今のシャーリーには出来ないと判断したハクトは、シャーリーにサインを送る。シャーリーも多少驚いたけど、1回表でいきなり点数を取られる訳にはいかないと思ってハクトの指示に従って、ボールをアウトサイドに思い切り外した。つまりとった策は敬遠である。
「てめえら!? 敬遠なんてしてるんじゃねえ!? ちゃんと勝負しろ!」
結局虎之助は敬遠でフォーボールとなり一塁へ行った。ハクトは赤チームで脅威なのはライチと虎之助の2人だけだと思い、この2人とはあまり勝負をせずに残りの打者を打ち取っていこうと思っている。
『五番…ファースト、クリス・ラズベリー』
すると、五番にクリスがやってきた。
「よろしくお願いします。ハクトさん、シャーリー」
「あんたがスタメンで来るなんて。いつもならあんたは補欠にいると思っていたけど」
「いいえ。ライチさんと虎之助さんから頼まれましたので、私も頑張ろうと思って参加しました」
「そうか。でも、私は手加減しないわよ」
「大丈夫です。私も負けませんよ」
クリスはバットを構える。本当にシャーリーのボールを打つ気満々である。その証拠にクリスはもうバットに魔力を籠めているのをハクトは察知したのだ。
(なるほどな。でも、クリス、悪いけど打ち取らせてもらうよ)
ハクトはシャーリーにサインを送ると、シャーリーも承知してセットポジションに入る。そしてボールを投げる。ボールはアウトサイド低めのストレート。クリスはバットを振る様子はなく見送った。
『ストライク』
審判はストライク判定をする。ギリギリであったが、ハクトは内心よしっと喜ぶ。
(今の一球、すぐに見送るつもりであったけど、次はどう来るか……なら、ここはインサイドの低めでストライクギリギリの場所に投げて打ち取る)
ハクトはサインを送り、シャーリーは承知する。そして、シャーリーがボールを投げようとした瞬間、クリスは打つ構えを取る。しかもインサイドに来る球を捉えられる様にバットを短めに持ち直して構えた。
(まさか、読まれた!?)
だが、もう遅い。ボールが来た瞬間、クリスはバットを振った。爽快な音が鳴り、ボールは大きく飛んでいった。誰もが驚き、ボールはホームランゾーンのコーンより奥に落ちていった。
『ホームラン。3ランホームラン』
審判が判定すると、赤チームは喜んだ。
「いやっほ〜〜! どうだ、お前ら〜!?」
ベースを周る虎之助はまるで自分が打ったかの様に大喜びをしている。
「嘘でしょう……?」
シャーリーは呆然としている。まさか今の球を完全に打たれてしまった事にかなり応えている。それはハクトも同じだ。赤チームの脅威になるのはライチと虎之助の2人だけだと思ってしまって、クリスを全く警戒してなかった。
クリスがホームベースを戻ってきた。
「お前、どうして2球目がインサイドだと分かったんだ?」
「ハクトさんなら、きっとそうしてくるだろうと読んでいたからですよ」
クリスはニッコリ笑って答えた。ハクトは少し驚いたが、すぐに左手を額に当てて笑った。
「……お前が一番敵に回したくなかったと、今思った」
クリスの、相手の行動を先に読む力が魔導師戦だけでなく、こんな所で役に立つとはハクトも思わなかった。ハクトはシャーリーのいる所に向かう。
「シャーリー、今のは俺のミスだ。クリスの力を舐めていた俺の責任だ」
「……そうね。私もクリスを舐めていたわ。あの子がまさかあんなに強くなっているなんて。これもあんたのおかげね」
「な、何だよ、いきなり?」
「っ!? な、何でもないわよ! ほら、早く次打ち取るわよ!」
「あ、あぁ……」
ハクトはホームに戻ってプレイを再開する。そして六番打者を打ち取って交代となった。
「すまない、ミント。3点も取られた」
「ごめん、ミント」
「……仕方ないのです。クリスは何をしでかすのか、ミントも予想出来ないのです」
監督役をしているミントもクリスのホームランには驚いていた。
「とりあえず、あの調子乗りを何とかしないと」
ハクトがマウンドにいる虎之助を見る。虎之助は大きく振りかぶってボールを投げると、シャーリーよりノビのあるボールがキャッチャーミットに入った。しかも奴はカーブも投げる事が出来るみたいで、かなりキレがある。
「そうね。3点も取られている以上、あいつから3点以上取らないと」
「……だとしたら、燃えている闘志を水で消してあげなければならないのです」
ミントはいつもの笑顔で言うと、ハクトはニヤリと笑う。
「そうだな。だとしたら、あのバカを叩きのめす」
ハクトはみんなに虎之助攻略作戦を説明する。
「と、虎之助さん……」
「ふ、不覚だぜ……」
4回裏、ついに白チームが4点目を取り、大逆転した。
「や、やったぁ〜! 逆転よ!」
白チームは大喜びする。あの虎之助からついに4点目を取る事が出来たのだから。
「……お兄ちゃんの作戦通りなのです」
「流石ハクトね。でも、これって反則じゃないの?」
「言うな。これも勝利の為だ」
「……えっへん! ミント、頑張ったのです」
そして、打席には白チームの女子が、またしても虎之助のボールを打った。二塁にいたランナーが一気にホームまで戻って、5点目を入れた。打った女子は喜んでいる。頭に猫耳、お尻に尻尾を付けている状態で……
ハクトの作戦は虎之助を陥れるお色気作戦。まず打順をハクト以外全員女子にする。そしてこの暑い外でも着ていた上のジャージを脱いでもらって、白の体操服と紺のブルマだけになってもらって、さらにミントの放魔で出した猫耳、猫尻尾、首輪に鈴と言う三大神器をつけてもらって打席に立ってもらったのだ。
「不覚だぜ……体操服に猫三大神器を装備させてくるとは。暑い中で白の体操服は汗で中が見えそうで見えない状況になり、さらに猫セットフル装備と来た……俺っちがこんな卑劣な罠に引っ掛かってしまうとは」
「いや、虎之助さん。卑劣な罠と言いましても、『た、体操服にブルマ、そして猫セットフル装備だと!? こ、これは萌えるぜ!』と言って、完全にはまっていましたよね」
「あと、『あと少し、もう少しで見える、俺っちには見えるぜ』と仰いまして、わざとゆるい球を投げていらっしゃいましたよね」
クリスとライチの痛いツッコミに、ぐさっと突き刺さる虎之助。とりあえず、次の打者を打ち取って3アウトチェンジとなった。
そして5回の表となる。もうすぐ授業も終わる頃である為、これが最終回となる。しかし、ここで異変が起きる。今まで好投し続けてきたシャーリーの球が落ちてきて、打たれ続けてしまう。シャーリーは息を乱して汗を手で拭う。1点取られてしまい、5対4と1点差となった。ハクトはマウンドのシャーリーの所に向かった。
「シャーリー、大丈夫か?」
「……へ、平気よ……」
「しかし……この状況であいつの打順が回ってきやがった」
ハクトはバッターボックスに立っている奴を見る。2アウト満塁にして虎之助の打順、絶体絶命である。
「無茶はするなよ」
「分かっているわよ……絶対抑えてみせるわよ……」
最早魔力の限界が来ているシャーリーを交代させるべきだとハクトはミントを見るけど、この状況を押さえられるピッチャーがいない以上、シャーリーに頑張ってもらうしかないとミントは首を横に振る。ハクトも仕方ないとホームに戻る。
「作戦タイムは終わったか?」
「あぁ、ここでお前を倒して俺達が勝つ。それだけだ」
ハクトは座って、キャッチャーミットを構える。ここはもう全てシャーリーに任せるのでサインは一切送らない。シャーリーは1回深呼吸をして、セットポジションに入って第1球を投げる。
「甘いぜ!」
虎之助はタイミングよくバットを振った。しかし、ボールは急に曲がって虎之助のバットは空を切った。
「な、何っ!? 今のは俺っちのカーブだと!?」
自分で投げた事のある変化球に驚く虎之助。
「シャーリーは物覚えが早いって知っているだろう」
「ま、まさか……この短期間で覚えたと言うのか」
「お前がほいほいとカーブを投げていたからな。それを見ていたシャーリーはコツを掴んで投げられる事が出来たのだ」
虎之助のピッチングをずっと見ていたシャーリーは、ついにカーブを取得したのだ。
「……認めるぜ。お前達の強さを……だが、しかし、最後に笑うのはこの俺っちだぜ!」
冷め切っていた虎之助の闘志に再び火が点いた。これはマズいとハクトは思った。だが、もう敬遠が出来ない以上、ハクトはここで虎之助を抑えるしかないとミットを構える。しかし2球、3球と大きく外れてしまい、1ストライク2ボールとなった。そして第4球目で虎之助はバットを振ってボールを打った。しかし、ボールは後ろに飛んでファールフライになろうとしていたが、ハクトは急いでそのボールを取ろうとする。シャーリーが限界である以上、ここで終わらせると思い、ボールを追いかけるハクトは落ちていくボールをダイビングで取ろうとするがあと少し届かボールは地面に落ちた。
『ファール』
「くそっ! あと少しだったのに!」
審判の判定にハクトは悔しがる。
「ハクト……」
ハクトが真剣にボールを取ろうとした所をシャーリーは見ていた。もう限界だと思っていた自分の身体に何かが目覚める。シャーリーはハクトが投げてきたボールをキャッチする。
(……この1球に全てを賭ける!)
シャーリーは自分の残り少ない魔力を全て籠める。そして、思い切り投げた。
「貰ったぜ!」
絶好のチャンスボールだと思って、バットを振る虎之助。やられたと思ったハクト。投げたボールが真っ赤に燃え出した。
「何っ!? まさか!?」
「魔法!?」
2人は驚くがもう遅い。ボールはバットに当たるが、バットがへし折れてしまった。そのままボールはゆっくりと上に飛んでシャーリーの上に飛んでいった。
「か、勝った……」
だが、フライを取ろうとしたシャーリーがバタリと倒れた。
「シャーリー!?」
ハクトはダッシュでマウンドに向かう。このままボールが落ちたら、同点になってしまう。だから、このボールだけは絶対に落とすわけにはいかないとハクトは跳んだ。砂埃が起きて、ボールの行方が分からない。三塁にいたランナーはホームベースを踏んでいる。ハクトがもしも落としていたら同点となる。審判の判定が出る。
『アウト。ゲームセット』
審判の判定が決まった。ハクトはダイビングキャッチをして倒れているが、ボールはハクトのキャッチャーミットにしっかり入っている。
「NO〜! 俺っちがまさかのノーヒットですか!?」
虎之助はまさか自分の得意分野である野球で負けてしまい、頭を押さえて叫ぶ。
「……完敗ですわ。ハクト様にもシャーリーさんにも」
「そうですね。シャーリーも凄く良かったです」
クリスとライチも今回の負けを認める。
「……やったぞ、シャーリー。俺達の勝ちだ」
起き上がって、ハクトは倒れているシャーリーの身体を揺するが、全く反応がない。
「おい、シャーリー? シャーリー、しっかりしろ!」
ハクトはまさかと思って、倒れているシャーリーを抱き起こす。シャーリーは息をしているが、身体が物凄く熱くなっている。
(やはり魔力がなくなって高熱を出している。しかも、前のクリスと同じぐらいかなり危険なレベルだ)
前にクリスがレナから魔力を奪われて、魔力切れによる高熱を出したのと同じでシャーリーも魔力切れによる高熱を出している。
「ミント、担架だ! クリス、ライチはすぐに保健室に連絡して!」
「……分かったのです!」
「分かった!」
「分かりましたわ!」
ミントは放魔で担架を出して、クリスとライチは保健室に向かった。ミントが担架を持ってきて、シャーリーを乗せる。
「俺っちも手伝うぜ」
「頼む」
ハクトと虎之助は担架を持ってシャーリーを運ぶ。緊迫する中、授業終了のチャイムが鳴った。
(続く)