保健室でシャーリーがベッドで眠っている。保健の先生はいないので、今はハクトがベッドの傍に座っている。
「ハクトさん、シャーリーの様子はどうですか?」
クリスが保健室に入ってきて、ハクトに訊いてきた。
「あぁ、まだ眠っている。だいぶ息も整ってきた所だ」
さっきまで息が荒かったシャーリーだったが、保健の先生が飲ませた薬のおかげで落ち着いてきて、今はクークーと寝ている。
「ミントとライチは?」
「ミントはお師匠様から錬金術のお手伝い、ライチさんはライム会長に呼び出されていました。ですので、お2人とも先に帰ってしまいました。シャーリーの事、かなり心配していましたけど、ハクトさんに任せますと言っていました」
「そうか……」
ハクトはシャーリーのへ顔を見る。まだ少し苦しそうな表情をする時があり、ハクトは握っている拳を強く握る。
「俺の所為だ……俺があいつをちゃんと見ておけば……」
「ハクトさんの所為ではないですよ。自分をどうか責めないで下さい」
クリスはハクトの拳に手を置いて安心させる。そして、何か決心が付いた様に真剣な表情でハクトを見つめる。
「ハクトさん、お願いがあるのです」
「お願い? 何だ?」
「……その、ええっと……しゃ、シャーリーに魔力供給をしてあげて下さい!」
クリスの大胆な発言にハクトは目を見開いて驚いた。
「え、えぇぇぇぇぇ〜〜!?」
保健室でハクトが叫ぶと、クリスがし〜と人差し指を口に当てて静かにして下さいと言った。そして、2人はシャーリーが寝ているベッドから少し離れた場所で話し合う。
「シャーリーは魔力切れであんなに苦しんでいるのですよね、でしたら、ハクトさんが魔力を供給してあげてほしいのです。そしたら、シャーリーもすぐに元気になるのではないでしょうか?」
確かにクリスの言うとおりである。魔力切れを起こして倒れている魔導師に治療と言う形で行う儀式が魔力供給である。ただ、そのやりかたが問題である。それは異性同士による抱擁、つまり抱き合う事でハクトの魔力をシャーリーに分けてあげると言う事だ。だが、その行為が問題なのだ。本来なら性行為をするのがベストであるが、ハクトはそんな事が出来ず、もう一つの方法である手と手と握り合い抱き締めあう事で魔力の気を通すと言うやり方をする事になった。
前に病院でクリスと初めてやった時、ハクトはあんな恥ずかしい事は二度としたくないと思っていた。
「で、でも、それって本当に良いのか? 何だか、色んな女の子とヤッてしまう最低男に見えてしまうのだけど」
「ですが、ハクトさんのお父さんも黒狐さんとお母さんとヤッていたと聞いています。ですから、大丈夫ですよ」
「何が大丈夫なのかはさておき……お前は良いのか? その、俺が他の女の子と、その、抱き合う事に、ちょっとは抵抗はないのか?」
ハクトは少し頬を赤く染めてクリスに問う。目の前にいるのは最初に魔力供給をしたクリスである。だから、初めて抱き合った男が他の女の子と抱き合う事に嫉妬しているのではないかとハクトは思って訊いたのだ。
「確かに、少し妬いています。ですが、シャーリーは友達だから早く治ってほしいのです。早く治す方法を知っているのに教えてあげないなんてずるいと思うのです」
クリスも少し頬を赤くなっている。ハクトとシャーリーが、自分と同じ様に抱き合っている姿を想像して恥ずかしくなっているのだ。
「ハクトさん、きっとこれからも魔力切れで苦しんでいる人が出てくるかも知れないのです。だから、その時はもう迷わずに魔力供給をしてあげてほしいのです。もちろん、そうならない様に私達も頑張りますけど、万が一苦しんでいたらお願いしたいのです」
「クリス……分かった。お前がそう言うのなら、俺も覚悟を決めるよ。ありがとうな、クリス」
「いいえ。シャーリーの事、よろしくお願いします」
深々と頭を下げるクリス。そして、あとはハクトに全部任せて、クリスは保健室を出て行った。扉の閉めて廊下を歩くクリスだが、目から涙が零れてきた。
「あ、あれ? どうして涙が……それに、胸も苦しいよ……」
ちくりと何かが胸に刺さったかの様に痛みを感じるクリス。それが何か分からないまま保健室から離れていく。
「う、う〜ん……あれ、ここは?」
しばらくすると、シャーリーがゆっくりと目を開けた。
「気が付いたみたいだな、シャーリー」
シャーリーは声がした方に首を向けると、そこにはハクトが座っていた。
「……あれ、私…どうして……ここは?」
「ここは保健室。そして、お前は体育の時間、魔力が切れてしまって倒れてしまったんだ」
「……あぁ、そうだったかも知れない」
シャーリーは体育の時間、最後に投げたボールに魔力全て籠めて投げてしまった。だから、魔力切れを起こして意識が飛んでしまい倒れてしまったのだ。
「そう言えば、試合はどうなったの?」
「勝ったさ。お前のおかげだよ」
ハクトが嬉しそうに最後の攻防を話してあげると、シャーリーも嬉しそうに笑う。
「……何か、私だけマヌケみたいな感じね」
「そんな事ないさ。お前のピッチングがなかったらどうなっていたのか分からないさ。お前はよく頑張ったよ」
「……ありがとう、ハクト……ケホッ、ケホッ!」
シャーリーが急に苦しみながら咳き込んだ。
「大丈夫か、シャーリー!?」
「……だ、大丈夫……私は…大丈夫だから……」
シャーリーは苦しそうなだが何とか笑顔を作ろうとしている。ハクトは覚悟を決めた。
「シャーリー、少し話がある。魔力切れを治す方法があるんだ」
「……それ、本当なの?」
「あぁ。ただし、これはかなり勇気がいるやり方なんだ。それでも聞くか?」
「……良いわよ。話して」
シャーリーは覚悟を決めてハクトを見つめる。
「……良いか、よく聞くんだぞ。魔力切れを治す方法は、相手に魔力を供給してもらいと言う事なんだ。ただ、そのやり方が難しくて…その、ええと……だ、抱き合う事なんだ……」
最後の方、ハクトは頬を赤くして顔を背けながら言った。シャーリーは最初理解出来なかったけど、ハクトの様子を見て想像が出来てしまい、シャーリーは顔を真っ赤になっていく。
「だ、だだだ、抱き合うって……えぇ、それって…成人指定行きなの?」
「いや、ギリギリと言う所だろうか。その、お互い身体を抱き締めあって、手を握り合って、そこから俺の魔力の気をお前の中に入れるって感じだから、その、行為ではないと思う」
「……本当にそれだけ?」
「あ、ああ……それだけだ」
ハクトにとってはそれだけでも恥ずかしい行為であるが、それでシャーリーを元気にする事が出来るのならやるしかない。シャーリーはかなり悩んでいる。
(そ、それって、つまり、ハクトとするって事? それで熱が治るのならしてほしいけど……クリスに悪い様な気がする)
シャーリーは親友のクリスがハクトに好意を寄せている事を知っている。だから、クリスを裏切る様な事はしたくないと思っている。
「あ、あのさ……この事は…その…クリスも知っているの?」
「えっ……ああ、知っているよ。と言うより、1回したからな……病院で」
「……あんたね。この女たらしが。しかも病院って勇気あるわね」
「ぐっ……確かに……」
本当の事であるのでハクトは自分が女たらしであるのを自覚している。しかも病院と言う公共施設でやっていたのでかなり恥ずかしい事をしていたのだ。
「……クリスはどうなの?」
「あいつからもシャーリーをお願いしますと言われている」
「……そうなんだ。あんたはどうなの?」
「俺はお前を助けたいさ。目の前で苦しんでいる女の子を見捨てるなんて出来ないさ」
ハクトはもう二度と苦しんでいる女の子を見捨てたくない。助けられるのならどんな事をしてでも助ける。
「……本当にそんな事を言われたら断れないじゃないの」
シャーリーは身体を起こそうとする。
「おい、大丈夫なのか?」
「少しなら平気よ。ハクト、お願いす…る…わ……」
シャーリーが前に倒れそうになるが、ハクトが抱き締めて受け止めた。
「大丈夫か? あとは俺に任せろ」
「う、うん……」
ハクトはシャーリーの背後に腰掛ける。
「シャーリー、これで良いのか?」
「う、うん……」
シャーリーは正面からハクトの顔を見たくないので、背中から抱き締めてほしいと言う事でシャーリーの後ろにハクトがいて、シャーリーはベッドの上で座っている。
「それじゃあ、抱き締めるよ」
ハクトはシャーリーに言うとシャーリーは首を縦に振る。そしてハクトはそっとシャーリーの身体を抱き締めた。体操服のままだと恥ずかしいと言う事で、制服に着替え直しているが、やはりいざ抱き締められるとシャーリーの顔は真っ赤になる。
「固くなるなって。もう少し柔らかくなって、身体を全部俺に預けて」
「う、うん……」
シャーリーは身体の力を抜いてハクトに体重を掛ける。シャーリーの髪がハクトの鼻にかかり、シャーリーの匂いが来る。
(凄く良い匂いがする……やっぱり女の子なんだよな……)
(あわわ……私、ハクトに抱き締められているんだ。どうしよう…私、汗掻いていたから、臭っているのかな……?)
シャーリーはちらっとハクトに振り返るとハクトと見つめ合ってしまう。シャーリーは顔を真っ赤にしてまた正面を向き直す。
「あ、あのさ……早くしてくれるかな。恥ずかしいのだけど」
「え、ああ……」
ハクトはシャーリーに言われて、シャーリーの手を握り締める。その時、シャーリーはビクッと身体が動く。
(な、何? ハクトに握られただけで、身体が熱くなってくる……でも、この熱さ、さっきまでの高熱とは違う……何と言うか、温かい)
シャーリーは安心した様にハクトにもたれかかる。ハクトは少し驚くがシャーリーが落ち着いてくれている様でほっとして握っている手を強くする。
「今度は額を当てないといけないけど、この態勢だとな……」
後ろから抱き締めてしまうと、額と額を当てる事が出来ない。どうしようかとハクトは考えた結果、シャーリーの後頭部に額を当てる。
「ひゃっ!? は、ハクト!?」
後頭部にハクトの額が当たった事にシャーリーは驚く。
(ハクトの吐息が首にかかっている……何だか恥ずかしいよ……)
目を閉じて耐えているシャーリーであるが、ハクトは少しにやっとする。
「これはどうだ……」
ハクトはシャーリーの耳元に息を吹きかける。
「ぴゃっ!?」
シャーリーは驚いてから、振り返ってハクトを睨みつける。
「ちょっと!? 真面目にやりなさいよね!」
「悪い悪い……まさかそんな可愛い悲鳴を上げるとは思わなくて……あがっ!?」
すると、シャーリーがハクトに向かってヘッドバットを喰らわせた。シャーリーの頭がハクトの鼻にぶつけた。
「あんたね……ふざけないでくれる」
「わ、悪い……今のは効いた……」
「……ご、ごめん。今のはかなり痛かったよね……」
まさかそこまで痛がっているなんて思わなかったので素直に謝るシャーリー。
「いや…俺も悪かったから良いよ……ごめんなさい」
鼻を押さえながらハクトは許してあげる。先に悪ふざけをしてしまったのは自分なのだからこっちも謝っておく。
「二度とあんな悪ふざけはしないでね」
「了解……」
とりあえず、もう一度ハクトはシャーリーを抱き締めてあげる。シャーリーもさっきまでの固さもなくなりハクトに身体を委ねている。
「シャーリー、そろそろ始めるよ」
「うん……優しくしてね」
二人の気持ちが一つになり、ハクトはシャーリーに魔力を通す道を作り出して魔力を送り込もうとする。
「うっ、んん……くっ」
シャーリーは少し身体を固くしてしまう。ハクトはもっと強くシャーリーを抱き締めてあげる。
「ああん! う、うう……は、ハクト……そんなに強くしないで……」
「あ、ああ、もう少しゆっくりするね」
ハクトはゆっくりと魔力を送り込む。シャーリーは身体を震え出して耐えている。
「ああ! あっ、あっ、ああん! 凄い……ハクトの……温かくて、奥に入ってくる……ううん!」
ハクトの魔力がシャーリーの中に入ってくるのを感じてシャーリーは声を上げる。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
「シャーリー、大丈夫か?」
「う、うん……これが……もう少し…このままでいて……」
シャーリーは嬉しそうにハクトに微笑む。ハクトはドキッとする。
(何だろう…ハクトの魔力には、優しくて温かい感情が私の中に流れ込んでくるみたい……本当にハクトと一つになっている感じがする)
シャーリーがハクトの魔力に気持ちが良くなっていく。どんどん身体の高熱が嘘の様に無くなっていく感じがする。
「シャーリー、少し動かすぞ」
「うん、もう大丈夫よ。お願い」
ハクトは魔力をシャーリーの送っていく。
「はあ! あっ、あっ、ああん! ううん! ハクト! ハクト!」
シャーリーはハクトの名前を叫ぶ。ハクトもシャーリーの身体を強く抱き締めて魔力を送り続ける。
「シャーリー、そろそろ!」
「うん、来て! 私の中にいっぱい出して!」
シャーリーはぎゅっと握り締められた手をハクトの手を握り返した。
「あ、あ、ああ! わ、私、も、もう……」
「シャーリー!」
「ハクト!」
二人の心が一つになり、ハクトの魔力がシャーリーの中にいっぱい入っていった。
「あ、ああ、あぁぁぁぁぁ〜〜!」
大量の魔力がシャーリーの中に入っていった事で、シャーリーはびくんびくんと絶頂を起こした。
「あぁ……はぁ…入ってる……ハクト……私……」
「はぁ…はぁ……どうだ、シャーリー……身体の方はどうなった?」
「はぁ…はぁ…はぁ……うん、もう大丈夫みたい。熱の下がっていっている。身体も苦しくなってきた。これが魔力供給なんだね」
シャーリーは今まで苦しかった身体がまるで最初からなかった様に感じた。
「良かった……」
抱き締めていたハクトは自分の魔力を送り続けていたので、そろそろ限界がき始めていた。ゆっくりとシャーリーから離れて身体をベッドに倒した。
「ハクト、大丈夫なの?」
「あぁ……二回目になって気付いたけど……これって、やり終わると、かなりだるくなって来るんだよな……疲れた……」
それはそうだ。魔力を分けるのだから自分の魔力を減らすのだから。
「今度から魔力増強剤でも飲んだらどうなの?」
「……そうだな……今度からはそうするよ……」
仰向けに倒れたまま起き上がる事すら出来なくなっているハクト。これではどっちが病人なのか分からない。
「でも、本当にありがとうね、ハクト。おかげで元気になったよ」
「あぁ、それは良かった……それにしても……」
「んっ?」
「お前もあんな素直になる時があるんだな……結構気持ちよくなっていたよな」
「っ!? 忘れろ!」
どごんとハクトの鳩尾に拳をぶつけるシャーリー。会心の一撃である。
「ぐはぁ!?」
まさかの正拳付きにハクトはまともに喰らってしまった。
「バカバカバカぁぁぁ! 死ね死ね死ねぇぇ!」
「ま、待て……今のは本当に……死ぬかと思った……」
ぴくぴくと身体を痙攣させて意識が飛びそうになるハクト。シャーリーはベッドから降りて、置いてあった(クリスが持ってきてくれた)鞄を持って、ハクトを置いて保健室を慌てて出て行こうとする。
「そこで死んでとけ! バカハクト! 変態! 女たらし!」
言いたい放題言って、シャーリーは勢いよくドアを閉めた。
「そ、そこまで言うか……やっている時は少しは可愛い顔をしていたくせに……」
痛恨の一撃を喰らっているハクトはまだ身体を動かす事が出来ないまま置いていかれてしまった。
勢いよく飛び出してしまったシャーリーは廊下の壁に手を置いて後悔している。
(あぁ! バカは私の方じゃない! せっかくハクトが私の為に頑張ってくれたのに! どうして素直にお礼が言えないのよ! これじゃあ完全にツンデレキャラじゃない!)
どんどんと壁を叩き出したシャーリー。少しずつ壁の耐久値が下がっていっている。このまま叩き続けてしまうと壊れてしまうかも知れない。
「はぁ〜……謝りたいけど、今ハクトの顔なんて見れないよ……」
さっきまでの光景を思い出してシャーリーの顔が真っ赤になっていく。こんな状態ではハクトの顔なんてまともに見れない。
「シャーリー、何やってるの?」
「えっ?」
シャーリーは声を掛けられてそっちに振り向くと、そこにはクリスがいた。
「く、クリス!? もしかしてずっと待っていたの!?」
「うん。ハクトさんを待っているのだけど。ほら、一緒に住んでいるのだから、私だけ先に帰るわけにはいかないからさ」
「そうなんだ……」
「その様子だと、魔力供給はちゃんとしてくれたんだね」
クリスがシャーリーの顔を覗き込む。
「え、ええ……まぁ……」
シャーリーは恥ずかしくてクリスに顔を見られたくないので、そっぽ向いた。
「良かった。シャーリーが元気になってくれて」
「……ねえ、クリス。本当に嬉しいと思っているの?」
「えっ? 何で?」
クリスはシャーリーがどうしてそんな事を訊いてきたのか解らず首を傾げる。
「その、ハクトが私と抱き合う事にあんたは何も感じないの? その、嫉妬とか……」
「……ハクトさんにも言われたよ。他の女の子と抱き合う事に抵抗はないのかって……正直に言うと今ここでシャーリーを殴りたいぐらい妬いているのかも知れないよ」
クリスがそんな事を言ったのでシャーリーは驚いたけど、クリスの顔をよく見ると目が少し腫れている。もしかしてさっきまでずっと泣いていたのではないかとシャーリーは思った。
「ごめん、クリス……私……」
「謝らないで。私も覚悟は決めていたよ。ハクトさん、優しいから、きっとこれからも苦しんでいる女の子に手を差し伸べるかも知れないから」
自分で言っておいてなんだけど、クリスはかなり苦しんでいる。さっきから胸に刺さる痛みが全く治まられない。クリスが自分の胸をぎゅっと握っているのにシャーリーは気付く。
「だったら、あんたも一歩下がらないで、前に出なさいよ。このままじゃあ、ハクトを本当に他の子にとられてしまうかも知れないのよ」
シャーリーはクリスの手を握る。
「ライチは積極的に迫っているし、ミントは兄妹の様に接している。レナなんて昔の幼馴染みたいなものよ。クリスも一緒に住んでいるからって油断しない事ね」
「しゃ、シャーリー?」
「……ハクトに抱き締められた時、すごく気持ち良かった。このまま時間が止まってほしいと思った。ハクトを私の物にしたくなった。ううん、はっきり言うわ。私は……」
シャーリーは少し間を空けて言った。
「私は、ハクトの事が好き」
「っ!?」
友達からの突然の告白にクリスは目を見開いた。
「だから、私はミントにライチ、レナにも負けない。そしてクリス、あんたにも負けたくない。あんたはどうなの!? ハクトの事、どう想っているの!?」
「わ、私は……」
クリスはシャーリーの言葉に動揺している。もしこのまま何もしなかったら、ハクトは自分の所から離れていってしまう。そう思うと胸の痛みがさらに増していった。最初にいじめられていた自分の所に現れたハクト。魔法を教えてくれるハクト。一緒に学校に向かうハクト。レナとの戦いで自分の危機に現れてくれたハクト。そして、初めて抱き締められたあの日。クリスはハクトに対して恋心が芽生え始めたのだ。
「わ、私も……ハクトさんの事が……す、好き……だと思う。だ、だから、みんなには負けたくない!」
必死に言葉をぶつけるクリスにシャーリーは少し嬉しく思った。クリスは不思議と自分の心をシャーリーにぶつけた事で、さっきまでの胸の痛みが薄くなっていった。
「それじゃあ、今日から私達は恋のライバルになるわね。覚悟しなさい、クリス。私が負けず嫌いであるのは知っているでしょう?」
「うん、知ってるよ。そして、私も実は嫉妬深い女の子だって今気付いた。だから負けたくない」
クリスとシャーリーは笑い合う。2人の間にあった何かがなくなり、そして何かが燃え出していた。2人の背後に真っ赤な炎が燃えている。
「さて、それじゃあ、今日は任せたよ」
シャーリーはクリスを抜いて昇降口に向かう。
「ハクトさん、保健室に置いていって良いの?」
「迎えに行きなさい。その…私の所為で今あいつ倒れちゃっているから、今日はもう顔を合わせられないのよ。でも、次からはちゃんとするから」
「うん、それじゃあ、恋のライバルさんのお言葉に甘えさせてもらうわね。あ、でも、私はこの後ハクトさんに告白しちゃうかも知れないよ」
「それはないね。あんたにそんなすぐに告白出来る様な度胸はないわ。それに私は自分からハクトに告白する気はないから」
「えっ? 何で?」
意外な事を言ってきたので、クリスは首を傾げてしまう。シャーリーの事だから、すぐにでも告白するのかも知れないと思っていた。
「だって、私の方から告白するなんて、何かハクトに…その…は、敗北感を感じてしまうのよ」
「…………えっ?」
クリスは目が点になる。ここまでツンデレキャラになっているなんて思わなかったからだ。
「何て言うのかな……私達がこんなに苦労しているのに、こっちから告白してしまうなんて、負けた感じがするじゃない。それなら、ハクトから好きだと告白してもらった方が、その、勝った様な気がしない?」
「……ぷっ」
黙っていたクリスが急に吹き出した。そしてお腹を押さえながら笑い出した。
「あ〜っはっはっはっ! 確かにそうだよね! 私もハクトさんの方から好きだと言ってもらいたいな!」
「でしょう!? やっぱりそうでしょう!?」
「うん! でも、他の3人はどうなのかな?」
笑いすぎて涙が出てきたので指で涙を拭うクリスは、他の3人を思い浮かべる。
「あの3人も何だかんだ言って、ハクトの方から言ってほしいと思っているはずよ。ライチは積極的にしているけど、告白する時はハクトから言ってほしいと思っているはずだから」
「うん、そうだね。ミントも兄妹じゃなくて1人の女の子として見てほしいと思っているから、やっぱりハクトさんから告白してほしいのかも知れないね」
「そうそう。で、レナはまだ自分の気持ちに気付いていないけど」
「うん。多分それもハクトさんに告白されたら気付くみたいな感じかな、レナちゃんは」
「「あっはっはっはっはぁ〜!」」
ここにいない3人に言いたい放題言って笑い合うクリスとシャーリー。
「だったら勝負だね。負けても恨みっこなしだよ!」
「えぇ、誰が告白されるか、勝負よ! こっちも精一杯アピールしてやるから」
「あ、それならルールを決めない。魔力供給してほしいが為に、わざと魔力切れをするのは禁止。ちゃんとした理由があってこそ魔力供給してもらうと言うのはどうかな?」
クリスの提案にシャーリーは考えて、すぐに了承した。確かに魔力切れをしたらハクトに魔力供給をしてもらえるだろうけど、あまりやりすぎるとハクトの魔力がなくなってしまう。
「そうね。もしルールを破ったら、権利放棄と言う事でどうかしら?」
「うん、良いよ。当然だもんね」
バチバチとクリスとシャーリーの間に火花が散っている。おぉ、女の戦いは怖い、怖い……
シャーリーと別れて、クリスは保健室で倒れているハクトを起こしてあげる。
「す、すまない、クリス……」
「良いって事ですよ。身体はもう大丈夫ですか?」
「あぁ、まだシャーリーに殴られた所は痛い……あいつ、本気で殴ったからな」
お腹を押さえながらハクトはクリスと一緒に学校を出る。
「ハクトさんがいけないのだと思います」
「そうか? あれはもうツンデレの域を超えているだろう」
「だからこそですよ。あんな風に言いましたらシャーリーだって怒りますよ。ハクトさんはもう少し女の子の気持ちを理解する事ですね」
「……?」
何かさっきまでのクリスとは違う様な感じするとハクトは思った。何かに吹っ切れた様なそんな感じがする。
「なぁ、クリス? シャーリーと何かあったのか?」
「さあね? 女の子だけの秘密ですよ」
クリスは人差し指を口に当ててウィンクをする。
「やっぱり怒っているのか?」
「怒っていませんって言っているじゃないですか。何度言ったら分かるのですか?」
クリスはぷいっとそっぽ向く。どうもさっきからクリスがハクトに対して怒っている様にハクトは見えてしまうが、別にクリスも怒っているわけではない。
「う〜ん……なぁ、クリス。明後日の休みなんだけど、2人でどこか遊びに行かないか?」
「……えっ?」
急にハクトに誘われてドキッとするクリス。
シャーリーは自分の家に帰ってきて、そうそうに自分のベッドにうつぶせになって倒れる。
「はぁ……私、すごい事を言ったんだよね……」
今思えば、まるで漫画やゲームの様な展開であるとシャーリーは思っている。あんな友達と好きな男の子と三角関係に自分が入っているなんて思わなかった。
「でも、もう逃げるわけにはいかないよね……でも、私って……どうしても素直になれないんだよね」
シャーリーだって好きでツンデレになっているわけではない。ただ、ハクトの顔を見ると素直になれなくなってあんな言い方になってしまうのだ。
「問題はハクトが誰の事が好きかなんだよね。でも、それを訊くのは負けだよね」
はぁ〜と溜め息を吐くシャーリー。
「こうなったら、恋愛ゲームをやって、ちょっとは勉強してみるか」
シャーリーは携帯ゲームを取り出してやり始める。それで勉強になるのかどうかは微妙である。
そんな様子をこっそりと見ている人物が2人。
「ねぇねぇ、聞いた、リリー?」
「もちろんだよ、エリー」
キャラメル双子姉妹のエリーとリリーがくすくすと笑いながらシャーリーの部屋から離れる。
「あのお姉ちゃんが何だか恋する乙女みたいになっているよ」
「うんうん、お姉ちゃん恋する乙女だね、あれは」
エリーとリリーはにやにやとシャーリーの様子を観察する。シャーリーは恋愛ゲームに集中していて周りの気配に気付いていない。もしかしたら、今のシャーリーなら間近で覗き込んでいても気付かれないのではないだろうか。だが、そんな冒険をしない双子姉妹は自分達の部屋に戻っていった。
「どう思う、リリー?」
「エリーと同じだよ。相手は絶対ハクトさんだよね」
「うんうん、ハクトさん、格好良いもんね」
「そうだよね。どこかのヘタレお兄ちゃんとは大違いだよね」
「そうそう……ハクトさんが私達のお兄様になってくれたら良いのにね。いっそ交換してもらいたいよね」
うんうんと双子姉妹は頷き合う。哀れ、マーク……
「どうする、エリー?」
「決まっているじゃない、リリー。私達がお姉ちゃんの恋のキューピットになりましょう」
「うんうん、そうだね! 私達でお姉ちゃんの恋を実らせましょう!」
「そして、ハクトさんを私達のお兄様にしよう!」
「おお!? つまりそれってお姉ちゃんとハクトさんを見事ゴールインさせるんだね」
双子姉妹の頭の中では、ハクトとシャーリーが新郎新婦の格好をして教会で結婚式をする姿を想像する。その2人の間に、双子姉妹が恋のキューピットの格好をして2人を祝福している姿を想像して、ぼ〜と頬を赤く染めてうっとりしている。
「いいね、お姉ちゃんのウェンディングドレス姿……ハクトさんの白のタキシードも格好良さそう……」
「うんうん。そしてお姉ちゃんがブーケを投げる姿もまた良いかも」
妄想し続ける双子姉妹。
「そうと決まれば、早速作戦会議だよ、リリー!」
「うん、エリー! 絶対にお姉ちゃんを幸せにしてみせよう!」
「「えいえいお〜!」」
本人達の知らない所で何かが動き出す。はてさて、この双子姉妹が今後どんな展開を作り出すのか。
(続く)