桜崎紫子……黒髪に左右に赤いリボンをつけて、黒い瞳をしている。服装は桜の花びらが模様となっている黒い着物を着ている。黒狐の母親でハクトの祖母になるけど、背は120センチぐらいで、顔はしわしわではないので、知らない人から見たら、着物を着た女の子にしか見えない。ただ、子供ではない所は手に持っている煙管だけである。ちなみに年齢は訊かない方が良い。
「黒狐、お茶はまだかの」
「イエス、母様!」
黒狐がせっせと台所へ行き、お茶の準備をする。桜崎紫子は持っている煙管を咥えて煙を吐く。
「久し振りで何よりじゃの、我が娘と孫も。なあ、ハクトよ」
紫子はハクトを見ている。ハクトは正座させられているが、身体が震えている。恐怖ではなく身体が重くて何とか維持しようとしているのだ。
「え、えぇ……先生も、お、お元気そうで、な、何より、です……」
「……プラス10キロ」
「ぐはっ! な、何で……?」
紫子がそう言って煙管を下にひょいっと下げると、ハクトの身体がさらに重くなって身体を床につけてしまう。
「気まぐれじゃ。ほれほれ、さっさと身体を起こさんか」
「ぐふっ……な、中身が出る……」
ハクトは必死で起き上がろうとする。
物質の重量を変えたり引力斥力を操ったりする。だから今ハクトの周りの重力を重くしてハクトの身体を苦しめているのだ。普通の人ならすでにギブアップしているが、修行していた頃からずっとこんな事をされてきたハクトには何とか耐えられる重さである。
「うんうん、元気そうで何よりじゃ。わしも嬉しいぞ。なっはっはっはっはっ!」
紫子は大笑いするが、ハクトと黒狐は地獄だと涙を流している。
「あ、あの……黒狐さんのお母さんですよね」
「おお、そうじゃ。黒狐の母で桜崎紫子じゃ。いつもわしの娘と孫が世話になっておるの」
紫子がクリスに向かって挨拶する。
「ええと、その……ハクトさんのおばむぐっ!?」
クリスがとんでもない事を言いそうになったので、ハクトと黒狐がクリスの口を押さえた。
(良いか、よく聞け、クリス。今お前が言おうとしていた言葉は絶対に言うな。お前も俺と一緒に重い身体にされてしまうぞ)
(わ、分かりました……)
クリスはこくこくと首を縦に振る。しかし、ハクトと黒狐がびくっと身体を震え上がって、ゆっくりと首を振り返ると……
「何じゃ? わしの顔に何かつ・い・て・る・の・か?」
笑顔でお茶を飲もうとしている紫子であるが、背中に黒いオーラが出ている。ハクトと黒狐はふるふると首を横に振る。
「と、時に……先生。今日は一体、どうしてこちらに来られたのですか?」
「いやなに、お主らが随分と暴れていたみたいじゃの。この新聞に大きく載っておったぞ」
紫子が新聞を見せる。そこには前にあった魔導師襲撃事件の事やある町の研究所が炎上と言う記事で、嵐山ハクトと黒狐の事が書かれている。しかしその記事には二人の事を悪く書いてあるのだ.
「……あ、あの〜……まさかと思いますが、その新聞を書いた新聞社を壊してきたんじゃないでしょうね」
ハクトは恐る恐る紫子に訊いた。この人も子供達に悪い事をすれば世界を壊す事をしてしまう危険人物である事はハクトも分かっている。
「何を言う? わしがそんな事をすると思っておるのか。心外じゃの」
「そ、そうですか……(良かった……少しは自重してくれていたのか)」
ハクトは安堵する。
「ちょっち、その新聞社の周りに地殻変動を起こして倒壊させただけじゃ。これなら証拠も残らないじゃろう」
「だぁぁぁ〜〜! やっぱりしていたのかぁぁ〜〜!? 母さんと言い、先生と言い、どうしてそうも町や建物を壊していくんだよ!」
「ぐはっ!」
ぐさっと、レナの言葉がハクトの胸に突き刺さった。
「ハクトさんも、いずれああなってしまうのでしょうか……」
「ならん! 俺は絶対にならないから!」
ハクトは言い切った。
「それで、先生はそれだけの理由でわざわざここまで来られたのですか?」
「そんな訳なかろう。お主、魔族に1回負けたそうじゃの」
「あ……」
ハクトはヤバいと思った。確かにメフィレスに一度負けた事があるハクトは冷や汗が出てくる。
「そこで、ちょっと買い物をしてきてほしいのじゃ」
「えっ? な、何を買ってこいと言うのですか?」
「ここからちょっと先に葬儀屋があるから、そこで自分が気に入った棺桶を買ってくるがよい」
「ちょっと!? それって自ら死にに行こうとするような事じゃないですか!? 嫌ですよ、そんなの!」
なっはっはっはっと大笑いする紫子。
「まぁ、冗談はさておき」
絶対冗談じゃないだろうとハクトは思った。
「魔族との戦いになれていないと言う事であったけど、魔戒神生流の使い手に敗北は許されないのじゃよ。その辺りは分かっておるはずじゃろう」
「うっ……それは確かに言われていましたけど……」
ハクトは目を逸らす。すると、紫子がハクトの腹に手を当てると魔法陣を出した。紫子はハクトの身体にある魔術回路を徹底的に調べて、ある回路にぴくっと眉を動かした。
「……お主の中に別の魔術回路が入り込んでおるみたいじゃの。それによってお主の魔術回路が変質しておるみたいじゃな。どう言う事なのか、説明してみるが良い」
紫子に睨まれて身体が震えるハクト。
「前に教えに来た時、基礎だけで良いと抜かしおったのは、これを知られたくなかったと言う事か? わしが嘘を吐く奴が嫌いだと知っておるはずじゃろう」
「……分かりました。先生も知っていると思いますけど、一応話しておきます」
ハクトは3年前に起きた大事故の事を話して、右腕が今違う腕になっている事によって、ハクトの魔術回路が変質している事も、魔戒神生流があまり使えない事も話した。
「なるほどの。それで……お主はこのままで良いのか?」
紫子に言われて、ハクトは前々から思っていた。メフィレスと言う魔族を倒した以上、魔界の連中も何かと動き出すかも知れない。そんな時、魔戒神生流が使えないとなると戦いようがない。
「……俺にとっては、先生がここに来てくれた事を喜ぶべきなのかも知れないな」
ハクトは少しだけ笑うと、紫子に向かって土下座をする。
「先生! 俺をもう一度鍛え直して下さい! 俺はもう大切な人達を失いたくないんです! ですからもう一度俺に修行を付けさせて下さい!」
ハクトは必死で紫子に頭を下げる。
「……もとより、その為にわしはここに来たんじゃ。その曲がった根性も一緒に叩き直してくれる」
「ありがとうございます!」
ハクトは顔を上げて喜ぶ。
「それに、クリス。お主、ハクトに魔法を教わっておるそうじゃの?」
「え、は、はい。そうですけど……それが何か?」
「ちっとばかし練習メニューを見せてくれるか? あいつがわしの真似事をしているみたいじゃからの。ちゃんと出来ておるのか確認したいのじゃ」
「はい。こちらです」
クリスは通信端末からハクトが作ったクリス専用の練習メニューを紫子に見せた。紫子は真剣にそのメニューとクリスを交互に見ながら考えている。
「……ハクトよ。一つ、わしから言わせてもらおう」
「え、な、何をですか?」
ハクトはもしかして何か間違いがあったのかと思って少し恐れる。
「……見事じゃ。わしもクリスに教えようと思ったら、このぐらいの練習メニューは作るじゃろう。ちゃんとわしのやり方を見ておったそうじゃの。それに、しっかりこの子の能力を伸ばしておるみたいじゃ。完璧じゃ」
「あ、ありがとうございます!」
ここまで紫子がハクトを褒める事はなかったので、素直に喜ぶハクト。
「うんうん、クリスよ。お主は強くなれるぞ。もちろんレナもじゃ。魔導殺しと言う物は苦しい物かも知れないが、それはお主を作った者の大切な贈り物じゃ。それと一緒にお主の心も育っていくが良いぞ」
「は、はい!」
「ありがとうございます」
クリスとレナも頭を下げてお礼を言う。
「でも、良かったですよ。先生の事ですから、もしも俺の教え方が間違っていたら、先生直伝フルボッコ☆コース〜天国か地獄、どっちに行きたい編〜が待っているかも知れないですからね」
ハクトは本当にそう思っていました。それは小さい頃、一度受けた事があり本当に天国か地獄どっちに行ってしまうかも知れなかったと言う恐ろしいコースであった。
「ふん、その程度の物じゃないぞ。わし直伝フルボッコ☆コース〜地獄への片道切符のお代はお主のI・NO・CHI☆編〜をやらせようと思っておった所じゃ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ〜〜! それだけは! それだけは本当に勘弁して下さい!」
ハクトが頭を抱えて叫んだ。これも小さい頃、一度受けた事があり意識を失って閻魔大王に会った様な気がすると言うもっとも恐ろしいコースであった。
「ハクトさん!? 大丈夫ですか!?」
「……訊かない方が良いぞ。きっと気持ち悪くなるかも知れないから」
ハクトはもうあんな拷問みたいな事は二度とされたくなかった。
「何じゃ? そんなにやりたいのなら、やらせてやっても良いぞ」
「結構ですからぁぁ〜〜! もう止めてぇぇぇ〜〜!」
ハクトはいやいやいやと首を思い切り横に振っている。
「ハクトさんがこんなに嫌がるなんて……気にならない、レナちゃん?」
「ちょっと、そこのお二人さん? 一体何の話をしているのですか?」
「「いいえ、別に。ねえ?」」
クリスとレナはにっこり笑い合う。ハクトは何だかバカにされた気分で二人を睨みつける。
「ハクト、明日から鍛えてやるから」
「んっ? あの、明日から学校があるのですけど? まさか、休めとか言うつもりですか?」
「いいや、そこまではせぬ。朝と夕方だけにしてやる。じゃが、かなりきつくしてやるからの」
「……それは分かりました。覚悟は決めておきます」
ハクトはそこまでしないとみんなを守れないと考えている。だから、紫子の修行がきつくてもやってやると覚悟を決める。
「さて、話はここまでにしようか。わしは休むとしよう」
その言葉に、ハクトと黒狐は紫子を見る。
「あ、あの、母様? ひょっとして、ここに泊まるのですか? よろしければ、高級旅館などをご用意致しますけど」
「そ、そうですよ、先生! 長い旅の疲れが残っているはずですよね。でしたら、温泉にでも入ってゆっくりと身体を休めて下さい」
黒狐とハクトがそう言うと、紫子が二人を見る。
「ほぉ〜……わしがここにおる事に、何かも・ん・だ・い・で・も?」
紫子が言った瞬間、身体から魔力が放出してきた。その巨大な魔力にここにいる全員身体を震え出した。
「な、何ですか? この魔力は……」
「魔力数値が異常です。こんな魔力は初めてです」
クリスとレナがお互い抱き合いながら恐怖に身体を震えている。そんな中、ハクトと黒狐はお互い目を見てアイコンタクトをする。
(今すぐ部屋の用意をするわよ)
(イエッサー!)
嵐山母子のアイコンタクト終了。
「「これより、母様(先生)のお部屋をご用意いたします!」」
ハクトと黒狐は急いでリビングを出て行った。それを見送った紫子は魔力の放出を止める。
「なっはっはっはっ! あやつらはちょっと脅すだけで面白いの」
紫子も本気でやったわけではない。ちょっとあの二人を脅す為に魔力を放出していただけである。本気でやったらこの家が崩壊するかも知れない。
「お、驚きました……」
クリスとレナは腰が抜けた様にぺたんと座り込んだ。
「クリス、レナ。すまなかったの。お主達にまで怖がらせてしまったの」
「い、いいえ……あ、あの、紫子さん、お願いがあるのです」
「うん? 何じゃ?」
「私もハクトさんと一緒に修行させて下さい!」
クリスが頭を下げて紫子にお願いする。
「私もお願いします、先生!」
レナも頭を下げてお願いする。紫子は二人を見て、煙管を振り回す。
「先に言っておくけど、わしの修行は厳しいぞ。ついてこれなかったら、そのまま置いていくからの」
紫子は二人にそう言って、先程と同じ様に身体から魔力を放出する。しかし、今度は二人とも恐怖で身体は震えず、下げていた頭を上げると、そこには決意を固めた二人の真剣な表情が出ていた。
「「頑張ります!」」
二人の決意に紫子は魔力の放出を止めた。
「よかろう、お主達も鍛えてやる。わしはハクトみたいに優しくはないからな」
「「はい!」」
クリスとレナは喜んで返事をする。
「……良い子達じゃの。ハクトにはもったいない娘達じゃ」
紫子は小さくそう呟いた。
「紫子さん、お夕飯が出来ました」
すると、さっきまでずっと夕飯を作っていたカリムが支度を終えて現れた。すると、紫子が匂いを嗅いで気付いた。
「このスパイシーな匂いは……カレーじゃなぁぁ!?」
きゅぴーんと言う音が鳴るぐらいの勢いでカリムを見る紫子。
「黒狐から大好物だと聞いていましたので、一杯食べて下さいね」
「わ〜い! いただきま〜す!」
紫子はぴょんぴょんと跳ねながら食卓へ向かう。
(こ、子供だ……)
クリスとレナはそう思った……
(続く)