「はぁ…はぁ…はぁ……ふ、二人とも…大丈夫か……」
「はぁ…はぁ…はぁ……は、はい…な、何とか……」
「はぁ…はぁ…はぁ……ま、まだ…機動出来ます……」
ハクト、クリス、レナは息を絶え絶えながら手を膝に乗せて立っている。身体からは汗がかなり出てきていて、いつ脱水症状が起きてもおかしくない状況である。
しかし、そんな中、煙管を咥えて一服する紫子はニヤリと笑って言った。
「まだまだじゃ。ほれ、あと3周残っておるぞ。さっさと走らぬか」
「なっ!? ちょっと…待って下さい……さっきも…あと3周と…言ってません…でしたか……?」
「うん? そうじゃったかの? 悪りぃ、歳の所為か記憶力が欠けておっての。なっはっはっはっは〜! と言うわけじゃ。あと3周走ってこい!」
(えぇ〜〜〜〜!? またですかぁ〜〜!?)
ハクト達は絶句する。ちなみにあと3周と言ったのは、これで4回目となっている。
もはや虫の息に近いハクト達は座り込んで飲み物を飲んでいる。
「本当……死ぬかと思った……」
「は、はい……あの後、2回も3週走らされてしまいましたね……」
クリスの言うとおり紫子は、ハクト達に2回3周走らせたのだ。もはや、これだけでハクト達は体力の限界が来ている。
「何じゃ、もうばてたのか?」
「あ、当たり前ですよ……こんな重たい空間で修行だなんて……どこかの戦闘民族ですか……」
場所はいつもの公園で紫子が結界を作ってシュミレーションを用意してくれているが、問題はこの空間の重力が普通の20倍重く設定されているので、ハクト達は全身に重い鉛を付けている状態で走っていたのだ。
「この程度などまだまだじゃろう。それに……」
紫子は近くの木を蹴ると、木の葉がひらひらと落ちていく。
「重くしているのは、お主達の魔力だけであって、植物達にまで影響を与えておらぬ。そんな事していたら、こいつらの成長に影響が出てしまうからの」
紫子の重力魔法は対象物の重さを変える事が出来るので、ハクトやクリスの魔力に枷をはめる様な事も出来るのだ。
「でも、それならどうしてレナにまで重くさせているんですか? 魔力を重くしたら魔導殺しであるレナにはかなりきつい状態だと思いますよ」
「心配無用じゃ。あの子には先ほどわしの魔力を籠めたアメジストの指輪を渡しておいたから、それを指に嵌めておくとわしの魔力を分ける事が出来るので、レナの魔力切れは起こらないじゃろう」
レナの左薬指にアメジストの指輪がはめられている。それを見たハクトは紫子にじと〜と目を細める。
「先生、あれはどう言う事ですか?」
「わしは何も言っておらぬぞ。好きな指にはめておけと言ったら、すぐ薬指にはめよったわ。まぁ、こまけぇことは良いのじゃ。それとも何か、お主がレナに魔力供給するのか。お主も男じゃの」
「なっ!? 何を言うのですか!?」
頬を真っ赤に染めて慌てるハクト。
「ほれ、休憩終了じゃ。さっさと立ちやがれ」
紫子に言われて、三人は立ち上がった。
「さて、まず修行する前にお主達にはこれをはめてもらうぞ」
紫子が黒いリストバンドをハクト達に渡していった。ハクト達はとりあえず両腕にリストバンドをはめると、急に身体が重くなった。
「ぐっ、また重いリストバンドですか!?」
「いいや、魔力を制御する為のリストバンドじゃ。少しずつ魔力を抑えていけば分かるじゃろう」
ハクトは目を閉じて何も考えず手を動かすと軽くなった。どうやら魔力を上手く制御しないと重くなる仕組みになっているみたいだ。
「これはまた難しいやり方だな。魔導師は身体を動かす事でも魔力を使うのに、それらも制御されるとなるとさっきのランニングと同じじゃないか」
「あぁ、そうじゃ。さっきのが身体の筋肉を強化させる為の練習で、これからは魔力を強化していく練習に変えるからじゃ。ちなみにそのリストバンドは外すでないぞ。お風呂の時と寝る時以外はずっと付けておく様に。身体と魔力を回復出来る時間はその二つの時だけじゃ」
「あの……学校でもずっと付けておかないといけないのですか?」
すると、クリスは重そうな手を挙げる。まだ魔力の制御が出来ていないみたいだ。
「そうじゃが、何か問題でもあるのか?」
「い、いいえ……学校の授業中で倒れるかも知れませんので」
「何じゃ、そんな事か。それなら問題はないじゃろう。むしろ学校の授業なんてこんな簡単な物なのかと思えるぐらいわしが鍛えてやるのじゃ」
「そ、そうですか……ぐっ、重いです……」
挙げていた手をがくっと下ろした。
「身体の力を抜く様に自分の魔力を空にする様なイメージを作るのじゃ。そしたらゆっくりと身体を動かしてみるのじゃ」
「魔力を空にする様に……」
クリスは目を閉じて自分の魔力をどんどん消していく。すると、さっきまで重かった身体が軽くなっていった。
「これは本当に難しいですね」
「難しくてもやるのじゃ。これをする事で魔力の消費量を減少させて節約する事が出来る。さらに魔力強化にもなるのじゃ。お主らはまだまだ成長していくのだから、魔力強化を重視していくつもりじゃ。さてそれでは特訓開始じゃ」
パチンと指を鳴らした紫子の周りに魔法弾が何百個もいきなり現れた。
「ええと……紫子さん、これは一体……」
「わしの魔法弾を全て避け続けるが良い! では、行くぞ!」
紫子が右手を上に挙げて、思い切り振り下ろすと全ての魔法弾がハクト達に襲い掛かってきた。
「くっ! おっと! ぐっ、身体が!? ぐはっ!」
ハクトは魔法弾を避け続けていたけど、身体が急に重くなって次々と魔法弾に当たっていく。
「ハクトさん!? きゃっ!?」
クリスはハクトが倒れるのを見てしまい、目の前に来た魔法弾を喰らってしまう。ダメージはそんなに高くないけど、何十個も連続で当たってしまうと、クリスも膝が折れて倒れてしまう。
「くっ、なっ!? ぐっ!」
レナも魔法弾を避け続けていたが、リストバンドから身体が重くなる感じがして動きが鈍くなってしまい魔法弾を喰らっていった。
「まだまだじゃ! ほれ、第二派、発射!」
紫子はさらに何百個の魔法弾を放った。
「ぐわぁ〜!」
「きゃぁ〜!」
「うわぁ〜!」
ハクト、クリス、レナはもう避ける力も残っていなく次々と魔法弾を喰らっていって、最初にクリスが倒れて、次にレナが倒れて、最後にハクトも倒れてしまった。
「お主ら、まだまだおねんねの時間には早過ぎるぞ。ほれほれ、さっさと立たぬか!?」
紫子が怒鳴ると、ハクト達はゆっくりと立ち上がろうとする。
「こ、これは、本当にきついです……」
「確かにその通りです。このリストバントを付けている事で魔力を制御させられて、無理に魔力を使うと身体が重くなってしまう。これではあの魔法弾を全て避け続ける事なんて出来ません」
「いや、二人とも。一応言っておくけど、これでもイージーモードだよ。二人の事を考えて簡単な特訓をしてくれているんだぞ」
「こ、これでイージーですか? 私にとってはルナティック並みの弾幕でしたよ」
「だから、早く立ち上がらないと、次はノーマルモードが来るぞ」
「もう遅いぞ。タイムオーバーじゃ。これよりノーマルモード開始じゃ!」
そう言った紫子は拳を地面に思い切り殴ると、落ちていた木の葉や小枝が宙に舞い出した。
「ああ、そうだよ。ちなみにハードは岩石や鉄筋コンクリートの様な硬い物を避けて、ルナティックは先生の魔戒神生流を避け続けなければならないのさ」
ハクトの言葉にクリスとレナは唖然とする。まさに地獄である。ハクトや黒狐が紫子に苦手意識を持つ理由が分かってきた様な気がするクリスとレナ。
「さあお主ら、次を避けてみやがれ!」
紫子がにやりと笑い、宙に舞っている木の葉や小枝をハクト達に向けて放った。
学校のチャイムが鳴り、本日の授業はこれにて終了となった。
「それでこんな傷だらけになったと言うわけなの」
シャーリーが机に突っ伏しているクリスに事情を聞いていた。クリスの身体はまだその時の傷が残っていて、今ミントに治癒魔法を掛けてもらっている。
「しかし、あんたの家族って本当に凄い人達ね。黒狐さんもそうだけど、あんたの先生も偉人じゃない」
シャーリーがもう1人突っ伏している相手の方に振り向く。ハクトは包帯や絆創膏などがいっぱい貼られている。
「第三者から見たら、そう見えるだろうけど。実際は超が付くぐらいのドSなんだよ、先生は」
「……ごめんなのです、お兄ちゃん。クリスの傷を治すのに精一杯なのです」
「いや、ミント。とりあえずクリスの傷を完全に治してやってくれ。女の子の身体が傷だらけと言うのはちょっとかわいそうだから」
「……分かったのです」
ミントはクリスに治癒魔法を掛けていく。
「しかし、ハクトが頬に絆創膏を付けているなんて、虎之助と一緒だね」
「失礼な事を言わないでくれる。あの虎之助と一緒にしないでくれ」
ハクトはすぐに頬に貼っていた絆創膏を剥がした。
「ぶはっくしょん! ちきしょうめべらぼ〜まもの〜!」
放送室にて虎之助が物凄い勢いでくしゃみをする虎之助。
「ちょっと!? いきなり何するのよ!?」
近くにいたマドレーヌがびっくりする。
「いや〜、めんご、めんご。多分俺っちの噂をしている奴がいるのだろう。ふっ、モテる男は辛いぜ」
「そんな人いるわけ……って、あぁぁぁぁ〜〜! せっかくの原稿があんたの鼻水でべちゃべちゃになっちゃったじゃない! このバカぁぁぁ〜〜!」
マドレーヌがスカーフを使って大きな拳を作り、虎之助を殴ろうとする。
「ふっ、甘いぜ」
虎之助はマドレーヌのパンチを避ける。
「このバカバカバカバカバカぁぁぁぁ〜〜!」
マドレーヌが高速の連続パンチを繰り出す。
「にゃあはははは〜〜! 見える、俺っちには見えているぞ!」
虎之助は軽々とマドレーヌの攻撃を避け続ける。
「きゃあっ!?」
すると、虎之助の背中にエクレールがぶつかった。
「あっ、いや、すまねえ、エクレール。これはその……」
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜! 男ぉぉぉぉぉぉ〜〜!」
エクレールが光速の連続パンチを繰り出す。
「にょべっ!? にょわっ!? み、見えない……俺っちでも見えないぜ…がはっ!?」
虎之助は次々とエクレールの攻撃を喰らい続ける。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
エクレールの渾身の拳で虎之助は吹き飛ばされた。そして、マドレーヌが開けた窓の外に飛んでいって、空の彼方に消えていった。
「た〜まや〜!」
スフレがコーヒーを飲みながら空に消えた虎之助に向かって言った。
ミントに傷を治してもらっているハクトは窓の外から見える空を見上げていると、何か変なのが見えた。
『グッバイ、ハクト。そしてあとは頼んだぜ、アライグマ』
きらーんと歯を光らせた虎之助の姿が空に見えた。
「何か、空の向こうで虎之助が見えた様な気がするのだけど」
「……気のせいなのです」
「ですよね!」
「はい、これで終了なのです」
治癒魔法を終えたミントのおかげで、ハクトは漸く元気になった。
「本当にありがとうな、ミント」
「……どういたしましてなのです。お兄ちゃん、お礼に頭を撫で撫でしてほしいのです」
「ああ、良いよ。よく頑張った」
ハクトはミントの頭を撫で撫でする。ミントは嬉しそうに喜ぶ。
「だが、帰ったらまた大怪我するんだよね」
「それを言わないで下さい、ハクトさん。でも、私達からお願いしたいのですから、ちゃんとしないといけないですよね」
クリスも何とか傷を治してもらって元気になっている。
「まあ、レナは今も先生に特訓してもらっているのだろうけど、早く帰ってあげないとあいつ、今頃バテているのかも知れない」
「そうですね。今日はもう早く帰りましょう」
ハクトとクリスは鞄を持ってマントを羽織って帰ろうとする。
「あ、ハクト様!? 待って下さいまし!」
すると、何処かに行っていたライチが教室に戻ってきた。
「どうしたんだ、ライチ?」
「申し訳ありませんですけど、わたくしと一緒に来てほしいのです」
ライチがハクトの手を掴んで引っ張りながら走っていく。
「ちょ、ちょっと待て、ライチ!? 一体どこに連れて行く気なんだ!?」
「生徒会室ですわ! お姉様がハクト様にお呼びなんですの!」
「せ、生徒会室!? 悪い、逃げる!」
ハクトはライチの手を振り解いて逃げようとする。
「スカーレットローズ、ハクト様を逃がさない様に」
ライチがスカーレットローズを起動させると、ハクトの周りに植物の蔓がハクトの身体を拘束する。
「い、嫌だぁぁぁぁ〜〜! 絶対あの事だろう!」
「分かっておられるのでしたら、大人しく生徒会室に来て下さい! このままだとハクト様、本当に危ないのですのよ」
「い、いやぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
ずるずると引き摺られていくハクトの叫びが学校中に響いた。
(続く)