ラズベリー家の庭にてレナは紫子に剣の稽古をつけてもらっている。
「はぁ!」
「甘いぞ、レナ」
紫子は持っている黒刀でレナの攻撃を全て防いだ。
「くっ、ならば!」
レナは高速移動で紫子の背後に回り、首筋に刃を向ける。
「暗殺術としてはあまり良くないやり方じゃ」
紫子は後ろに振り向かないまま刀だけを後ろにやってレナの攻撃を防いだ。驚くレナに紫子は剣圧でレナを吹き飛ばした。
「筋は良いし、自己流とは言え良い剣捌きじゃ。魔戒神生流剣術を教えれば良い魔剣士になれるじゃろうな」
紫子は倒れたレナに刀を突きつける。
「……降参です、先生」
「うむ、負けを認める事は決して恥ではないぞ。この状況でまだやり合う様なら、わしはお前の首を飛ばしていた所じゃ」
紫子は刀を鞘に納めて亜空間に戻した。紫子の刀は元々亜空間に置いてあって、いつでも取り出す事が出来る。
「とりあえず、休憩にしておくか。あとはハクトとクリスが帰ってきたら、また特訓じゃ」
「はい……ありがとう…ございます……」
レナはとうとう仰向けになって倒れた。お昼ご飯を食べてから4時間以上ずっと紫子と剣の稽古をし続けていた。
「黒狐、お茶の準備をしてくれるかの」
紫子がリビングにいる黒狐に言った。
「は、はい。ただいま持ってきます、母様」
「大至急じゃ。それにしても、中々良い格好であるぞ、黒狐」
紫子がニヤニヤと黒狐に向かって笑っている。黒狐は今、黒と白のメイド服を着せられているのだ。
「く、屈辱だ……でも、母様には勝てないよ……」
黒狐は涙を流しながらお茶の準備をする。
「いつまでも不健康な生活をしていたから、こんな事になったのでしょう。自業自得じゃない」
カリムが黒狐にぐさっと痛い所を突く様に言った。いつもの様に惰眠していたのを紫子に見つかってしまい、説教された後、メイド服を強制的に着せられてしまったのだ。
「あぁ、何と言う事だ。私は最早翼の折れたエンジェル。足に鉄球を付けられた囚人の如く働かされると言う事なのね。これぞまさに嫁姑戦争なのか!?」
「いやいや、姑と言うのは夫の母方の事であって、紫子さんはあんたの母親でしょう。どちらかと言うと母娘戦争じゃないの」
「『あ〜ら、黒狐さん? ここの窓にまだ埃が残っているでざます。ちゃんとして下さいね』とか『このお味噌汁、ちょっと塩が多過ぎですわ。やり直しなさい!』などと言われ続けるに違いない」
「人の話を聞きなさい。あと紫子さんが『ざます』とか言わないでしょう」
カリムの言葉が届いていないのか、黒狐はまだああだこうだと妄想し続けている。
「う〜……母様なんて、母様なんて嫌いだぁぁ〜!」
ついに黒狐はとんでもない事を言ってしまった。
「黒狐……わしの事が何だと?」
後ろに紫子がいるの気付かずに叫んでしまった黒狐は、紫子の言葉にぎくっと身体が震えた。ぎぎぎとブリキ人形の様に首を動かして後ろを振り返ると、そこには紫子がいた。
「あ…いや…その……」
顔から汗がだらだらと出てくる。
「さてと、ハクト君とクリスが帰ってくる前に夕飯の支度を終わらせないとね。レナちゃん、手伝ってくれるかしら?」
「はい、カリムさん」
レナはカリムと一緒に台所へ向かう。
「ちょっと!? 私を見捨てないでよ! 助けて、マイベストフレンド!」
黒狐は大親友に助けを求めるが、返ってきたのは大親友の笑顔と……
「骨は拾って粉上にして、エアーズロックの頂上からばら撒いてあげるから」
その言葉だけである。
「こんの裏切り者ぉぉぉぉ〜〜!」
「黒狐……お主はずっとわしの事をそんな風に思っておったのか?」
怒りに満ちた紫子の声に、黒狐は身体をびくびくする。
「あ、あうあうあうあう……」
もはや言い訳の言葉の出てこず、あうあうとしか言えなくなった黒狐。これはもうデッドエンド確定かも知れないと黒狐は覚悟を決めた。その時だった……
「……ひっく」
紫子の目から一筋の涙が零れた。
「びえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん! 娘に嫌われたぁぁぁぁぁ〜〜! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
大きな声で泣き出した紫子に、この場にいた全員が固まってしまった。
「えっ? ちょっ!?」
最初に復活した黒狐は頭がまだ混乱している。まさかあの紫子がこんなにも泣き喚くなんて、娘である黒狐でも考えられない光景である。しかしそれは黒狐も同じ。息子であるハクトに嫌いと言われて大泣きするのだから、親も親なら子供も子供である。
「「泣〜かした〜、泣〜かした〜」」
テーブルの下でカリムとレナが黒狐に向かって言っている。傍から見たら大人である黒狐が子供である紫子を泣かせたみたいに見えるのだから。実際は紫子の方が大人ですけど……
「そこ!? 見てないで何とかしなさいよ!? あと、どうして二人とも安全第一の黄色いヘルメットを被ってテーブルの下に避難しているのよ!?」
「黒狐、気付いてないの? さっきからガタガタガタガタと大きく揺れているのよ」
カリムの言うとおりである。さっきからラズベリーの家が大きく揺れているのだ。食器や家具などがガタガタガタガタと音を立てながら今にも落ちそうになっている。
「先生を中心に震度3以上の地震が発生しています。恐らく重力魔法が不安定に発動していまして、大地が轟いているのでしょう」
レナが目を使って分析結果を報告する。
「うわぁぁぁぁぁぁん! 娘に嫌われるぐらいなら、こんな世界ぶっ壊してやる〜〜!」
「うわぁ〜! ちょっと待った、母様!? 娘に嫌われたぐらいで世界を壊そうとしないで下さい。他の人なら冗談で済まされそうかも知れないですけど、母様なら本当に実現可能なんですから!」
(お前が言うな!)
カリムが心の中で突っ込む。黒狐もハクトの為なら世界を壊せるだけの実力を持っているのだから実現可能である。本当、この母娘は破壊神の生まれ変わりかとカリムは思った。
「ごめんなさいすみません、ごめんなさいすみません! 冗談です、嘘です! 黒狐は母様の事、嫌いだなんて思っていませんから!」
高速で土下座をしながら謝る黒狐。
「ひっく……本当か? 黒狐、わしの事…えっぐ…嫌いじゃないのか…?」
「そんな事ありませんよ。黒狐、母様大好きです!」
「……黒狐。わしも黒狐の事は大好きじゃぞ! 我が愛しの娘よ!」
紫子が泣き止んで、地震も収まった。テーブルの下に避難していたカリムとレナは安堵の息を吐いた。
「黒狐……」
「母様……」
「黒狐〜!」
「母様〜!」
まるで何十年ぶりに再会した親子の様に喜び合い、抱き合おうとお互い両手を広げて近付いていった。感動的な瞬間が訪れようとしたその瞬間……
「……死ね」
ドゴーンと大きな音が鳴り、黒狐の頭上から100tと書かれた錘が次々と落ちてきた。お約束破りの紫子の重力魔法『グラビティプレス』が発動したのだ。
「あぁ……やっぱ……怒って……いました…か……がくっ」
黒狐は錘に潰されていき、意識を失ってしまった。
「黒狐、安らか眠りを……」
「「南無阿弥陀仏」」
ちーんと鳴らした。
「勝手に殺すなぁぁぁぁ〜! そして和洋折衷過ぎるぞ、それはぁぁぁ〜〜!」
錘の中から嵐山黒狐が復活した。
生徒会室。校舎4階で二つの教室を使って作られた大きな教室に、生徒会長ライム・シュナイザーが書類に判子を押していっている。他の生徒会メンバーは書類を持って待っている。早く自分が持ってきた書類に判子を押してほしいと待機しているのだ。
すると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「お姉様。ハクト様を連れてきましたわ」
ドアの向こうからライチの声が聞こえた。
「そうか。入って良いぞ」
「失礼します。ほら、ハクト様」
ライチがハクトを連れて生徒会室に入ってきた。生徒会メンバーがハクトに向かって睨みつけてきた。こういう雰囲気をハクトは一番嫌っているのだ。ここにいる生徒はみんなAクラスの生徒で、ハクトの様なEクラスの東の国から来た魔導師を一番嫌っているのだ。
「お邪魔みたいですので、帰ります。では、さらば!」
ハクトはニッコリ笑って生徒会室を出ようとするが、ライチによって連れ戻されてしまった。
「お願いですので、ハクト様。わたくしが怒られてしまうので、ここにいて下さい」
「悪いけど、俺も早く帰りたいんだ。レナが心配なんだよ」
ハクトとライチが言い合いをしていると、二人の間に一本の剣が突き刺さった。
「ライチ、嵐山。私も今忙しいのだ。さっさと終わらせたいのだから静かにしていろ」
「「は、はい……」」
どうやらライムはかなり怒っているみたいだ。
生徒会メンバーも席に座って、ライムが何か言うのを待っている。
「さて嵐山。私がお前を呼び出す事になるのは、これで何度目であるか?」
「え〜と……」
ハクトは次々と指を折って数えていく。
「……何回目でしたっけ? 両手の指じゃあ数えられないぐらいだと思うのですけど」
「19回目だ。一体どれほど問題を起こせば気が済むのだ」
そう、ハクトが生徒会室に呼ばれる事は結構あるのだ。授業中ずっと寝ている事や、クラスメイトが他のクラスにいじめられていると、その生徒を問答無用でぶっ飛ばした事などで、生徒会室に何度も呼び出されているのだ。
「いじめの問題を放置するわけにはいかないのですよ。うちのクラスメイトがいじめられているのを黙っているほど俺は薄情者ではないのです。弱い者を傷付ける奴には問答無用で鉄拳制裁しろ。これ、うちの家訓でね」
「だからと言って、お前のは少しやり過ぎだ。保健室送りまでならまだしも、病院送りまでする事はないだろう。その生徒の保護者達から苦情が来ていると教師連中も言っているのだ。あまりやり過ぎると、お前退学させられるかも知れないのだぞ」
「ライム会長。俺は間違った事をしているとは思っていません。この学校の下らない力関係は一度ぶっ壊してやり直すべきだと思います。クラスによって力の優劣を付けられて悲しむ魔導師がたくさんいるのだから。特に自分達は選ばれた優等生であると思い込んでいるここの連中を見ていると吐き気がするぐらいですよ」
ハクトのその言葉に生徒会メンバーはハクトを睨みつけた。
「貴様!? 俺達をバカにしているのか!?」
「東の田舎魔導師がいい気になっているんじゃねえぞ、てめぇ!?」
「ふざけるんじゃねえぞ、殺すぞ!」
生徒会メンバーがハクトに喰いかかってきた。
「おお、上等だぜ! かかってこいよ、お前ら!」
ハクトも売ってきた喧嘩を買ってきた。生徒会メンバーといざ勝負をしようとした時、ハクトの周りに吸う本の剣が突き刺さった。
「嵐山、頼むからこれ以上生徒会の者達と争わないでくれ。それに私が問題にしているのは、この前の中間試験の事だ。教師連中はお前の全教科0点にかなり怒っていたぞ」
「そうですか? でも、再試験で全教科100点満点を取ったじゃないですか。どこに問題があるのですか?」
「大有りだ。教師連中はEクラスが好成績を取っているが面白くないみたいだ。さらにお前の0点が大きく問題となっている」
「じゃあ、どうしろと言うのですか?」
「……そこでだ。次の期末でお前が筆記試験で全教科90点以上を取れば、退学を免除すると言うのはどうだ。そして実技試験で150点以下になったら、同じく退学にするという事になる。これならどうだ?」
ライチからとんでもない提案を出されたハクト。
「お、お姉様!? そんなのわたくしでも難しいですわ。期末の筆記試験は中間試験より何倍も難しくなっていると聞いていますし、それに実技試験で150点以下で退学だなんて無理ですわ」
ライチの言うとおり、期末試験は中間試験よりはるかに難しい試験である。それを全教科90点以上を取る事などAクラスであっても難しい事である。
「……良いですよ、その提案。受けてあげますよ」
だが、ハクトはあっさりと決めた。
「は、ハクト様!? 考え直して下さい!」
「考え直すも何も、会長が言っているのだから、これは教師連中から言われた事だと思うぞ。それに、ここでこの提案を呑まなかったら、今度は何をしでかすか分からないからな」
ハクトはライチとは違って冷静である。
「流石だ、嵐山。だが、私もそう簡単には行かないと思うぞ。特に実技試験は」
「んっ? それってどう言う意味ですか?」
「ああ、先に言っておこう。実技試験でお前の相手をするのは……この私になったみたいだ」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇ〜〜!? お、お姉様がハクト様と!?」
ライチも驚くが、ハクトも少し驚いている。まさか生徒会長であるライムと勝負する事が出来るのだから。
「どうした? やはり怖気ついて怖くなったのか?」
ハクトの身体が震えているのが誰でも分かる。生徒会メンバーはそれが恐怖だと思ってニヤニヤと笑っている。あの嵐山ハクトが生徒会長であるライムにボロボロに負けるのではないかと考えているのだ。
しかし、ハクトの心の中で何かが燃え出してきた。そして、それが顔にも出てきたのかにやっと笑って、殺気突き刺さっている一本の剣を抜いた。
「面白いじゃないか。こんなにも早く会長と戦えるなんて思わなかったですよ。ぜひお願いします。俺と勝負して下さい!」
剣先をライムに向けてハクトは言った。
「……良いだろう。私もお前と早く戦いたかったと思っていた。正々堂々真剣勝負と行こうではないか」
ライムとハクトの背中に真っ赤な炎が燃え出した。
期末の実技試験で、嵐山ハクトとライム・シュナイザーと言うある意味中学生最強の魔導師の戦いが始まるのかも知れないのだった。
(続く)