期末試験にてハクトとライムが勝負すると言う話は、決まった翌日に中等部の校舎で噂となった。新聞部では全校舎の掲示板に一面大きく載せていた。
「クリス、本当なの? 期末の実技試験でハクトが会長と勝負するって」
通学中、シャーリーがクリスに訊いてきた。
「うん…家に帰ってきて、夕飯の時に話してくれたの」
ラズベリーの家に帰ってきて、みんなで夕飯を食べていると、ハクトが期末試験の事でライムと勝負する事になった事を話した。その事にクリスは物凄く驚いていた。
「……会長さんと戦うなんて、お兄ちゃんも無謀なのです」
「そうよね。何しろライム会長は中等部の中で最強とも言われている魔導師なのに、ハクトも無茶し過ぎよ」
ミントとシャーリーはハクトの無謀無茶だと言い続ける。初等部の頃からライムの強さを知っている3人にはハクトがどうやっても勝てるとは思えない。ましてや、実技試験で150点以上取らないと退学にされてしまうと言うのにだ。
「それで、肝心のハクトはどうしてるのよ?」
「……お兄ちゃん、今日は重役出席なのですか?」
シャーリーとミントは、ここにいないハクトについてクリスに訊いてきた。そう、今日はクリス1人だけやって来た事に少し疑問を持っていた2人はクリスに訊ねていたのだ。
「えっと……ハクトさん、試験が始まるまで学校を休むみたいです」
苦笑いしながらクリスは答えた。
「はあ!? 期末まで2週間もあるのよ!? それ全部休むつもりなの!?」
「うん、そうみたい。休学届けはとっくに出してきたから、あとはよろしくと。あとハクトさんからみんなにこれを渡してほしいって」
クリスはずっと持っていた紙袋の中から一冊のノートをシャーリーに渡して、もう一冊別のノートをミントに渡した。
「何よ、これ?」
「ハクトさんからみんなへの課題みたいですよ。何でも自分のいない間にこの課題をやって覚えておけば筆記試験は大丈夫だって」
「ちょっと……あいつは何考えているのよ? しかもこれまだ習っていない所もあるじゃない!?」
ノートの中身を一通り見たシャーリーはまだ授業で習っていない箇所がいくつか書いてある事に驚く。
「そこは黒狐さんです。意地悪な先生はEクラスだけ試験前日の時に教える場所を多く出すつもりだから、先に覚えておいた方が良いよって。そこはお母さんも納得しているみたいですよ」
「あんたのお母さんと黒狐さんが言うと、真実味を感じるわ」
「……中間試験の時もそうだったのです」
ミントの言うとおり、中間試験の時も試験前日ぐらいに教えた場所がテストとして多く出されていた。しかもあとで調べた所、そこは他のクラスではとっくに教えている場所でもあった。だけどEクラスの生徒はみんな、その問題を覚えていて解く事が出来た。何故なら、授業が終わって教師が去った後、黒板を消そうとする生徒を授業中ずっと寝ていたハクトが目を覚まして消すのを止めてから。
「みんな〜! ここと、ここと…ここ……あとはここからここまでを全部覚えておいて! ここ絶対筆記試験に出るから!」
その一言にみんなは最初疑問に思っていたが、いざ試験当日になると本当にそこが出てきたのだ。みんな、空席になっているハクトの席を見て感謝していた。その間、ハクトは購買部の荷物をずっと運んでいた。
「今回もやっぱりそう来るのでしょうね」
「お母さんもきっとそうだろうと言っていたよ。陰険な先生はEクラスだけ酷い扱いをしているって」
「……でも、そんな企みもお兄ちゃんには効果ないみたいなのです」
どんなに陰険な先生の企みであっても、黒狐の血を引いているハクトにはまったく効果がないのだ。
「まあ、これで私達の試験は大丈夫みたいね」
「……それでお兄ちゃんは今どこにいるのですか?」
「えっと……確かクルックス山で修行するとか言っていましたね。紫子さんと一緒に」
「はあ!? 修行!?」
修行と言う言葉に、シャーリーは驚いた。
それから数日が経ち、クリス達はハクトがいるクルックス山を登っていた。そこはシャインヴェルガの南にあり、十字架の様な山になっている事から、南十字星の名前の山となったのだ。
「本当にここでハクトが修行しているの? どこの漫画やゲームの話よ」
「こう言う山が一番修行にピッタリなんだよって、ハクトさんも言っていたから間違いないよ」
「……シャーリーはお兄ちゃんに会いたくないのですか?」
「べ、別に私はそんな事を言ってるんじゃないの!? ちょっと、あんた達!? 聞きなさいよ!?」
顔を真っ赤にしたシャーリーを無視するクリスとミント。
「……それでお兄ちゃんはどこにいるのですの?」
「多分すぐ見つかると思うよ。だって……」
クリスが何か言おうとした瞬間、山の向こうからドカーンと言う爆発音が聞こえて煙が立ち始めた。
「あんな大きな爆発音なんて、紫子さんとハクトさんが何かやっている以外ありませんから」
「あんたも、だんだん常識に囚われなくなってきたわね」
近頃クリスがあんな爆発音がしたって平気になってきている。まあ、嵐山家のボケ&ツッコミを何度も見ていたら常識に囚われなくなってくるだろう。
「あ、でも……これは気を付けた方が良いかも知れないね」
クリスが急に立ち止まった。
「え、何が……ぐおっ!?」
立ち止まったクリスを追い抜いて先に進んでしまったシャーリーが、急に地面に倒れてしまった。
「な、何よ、これ……身体が重いわ……」
「やっぱり、紫子さんの結界が張ってあって、何十倍の重力を重くしているみたいだね」
「先に言いなさいよ!」
シャーリーは何とか身体を起こした。
「クリスは平気なの? こんな重い結界の中で普通に動いているみたいだけど……」
「えっ? 確かに重いけど倒れるぐらいまでではないよ」
クリスも紫子の結界に入っても平気な顔して動いている。流石にずっと紫子のリストバンドを付けていると、自然に魔力を制御する事が出来る様になったのだ。
「ほら、2人とも。早く行くよ」
クリスが楽々と山を登っていく中、シャーリーとミントはゆっくりと登っていく。そんな中、もう1人山を登っている者もいる。
「それで……何であんたがここに来ているのよ、ライチ?」
シャーリーが後ろを振り向くと、そこにはシャーリーやミントと同じ様に重さに苦しんでいるライチが歩いていた。
「べ、別に……わ、わたくしは……お、おお、お姉様の為に……て、偵察……ですわ……」
はぁ…はぁ…と息を乱しながら、ゆっくりと歩いているライチ。
「……無理してはダメなのですよ」
「む、無理なんて…してませんわ……こ、このぐらいの重量なんて……」
「ライチさん、無理してはいけませんよ」
クリスがライチの手を掴んだ。
「一緒に歩いてあげますので、ほら」
「あ、ありがとうですわ……」
ライチは少し頬を赤くなって、クリスに引っ張られる。
「う、羨ましい……」
「……ミントが繋いであげるのです」
ミントがシャーリーの手を繋いだ。シャーリーは苦笑いしながらありがとうと言った。本当はクリスに握られたかったけど、ミントの好意を無駄にしたくなかった。
こうして、何故か手を繋ぎながら山を登っていく4人。すると、大きな広場に出て一つの小屋が見えた。その近くで斧を振り下ろして薪を割っているメイド姿のレナがいた。
「レナちゃん!」
「あ、クリスちゃん、みんな」
クリスが声を掛けると、レナはクリス達がいる方を一度向いてから、また薪を割る作業に戻った。この広場も紫子の結界の中だと言うのにレナはもう斧を振るのに何の躊躇いもない
「すっかりここに慣れた感じだね」
レナもここに来て初日は身体を動かす事が精一杯だったけど、ハクトや紫子と一緒にここで住んでからはだいぶ身体が動ける様になった。
「それでレナちゃん。ハクトさんは?」
レナが滝がある場所までみんなを案内すると、ドバーンと水の音が大きく聞こえた。大きな滝があって、川が流れている所にハクトと紫子がいた。ハクトはエルの魔導服を着ていて、紫子はいつもの桜柄を着物を着ている。
「はぁぁぁぁ〜〜!」
ハクトが大きく跳んで紫子に接近する。紫子は目を閉じたまま動かない。そしてハクトの左の拳を飛んでくるけど紫子は目を閉じたままハクトの攻撃を躱した。それからもハクトの攻撃を次々と躱し続ける。
「あれがハクトの先生なの? あんな場所でハクトの攻撃を避け続けるなんて」
「……それだけではないのです。お兄ちゃんの攻撃をあの円から一歩も外に出てないのです」
ミントの言うとおり、紫子は左足を軸にして右足で円を描いている様にハクトの攻撃を避け続けている。ハクトも紫子を一歩でも動かそうと魔法弾を放ったりしているけど全部躱していく。
「どうじゃ、ハクト。何か解ったかの?」
ハクトの攻撃が止んだのを感じて紫子が目を開けた。
「はぁ…はぁ…はぁ……こんなに攻撃しても一発と当たらないとなると、少し自信を失くしますよ」
「のれんに腕押し、柳に風……力で押そうとしても、わしには流されてしまうと言う事じゃ」
紫子は川に流れている木の葉を見る。
「魔法の流れを観察し読む。魔戒神生流の流れもちゃんと読む必要があるのじゃ」
「魔法の流れを読む……」
「……ふっ」
すると紫子が川に拳にぶつける。水柱が上がり紫子は両方の拳を水柱にぶつけていくと水の弾幕がハクトに襲い掛かってきた。
「っ!?」
ハクトはその弾幕をよく見て避け続ける。しかし、さっきの紫子とは違って川で動き回ってしまっている為、川に足が取られてしまい、水の弾幕を受け続けて倒れてしまうハクト。
「まだまだじゃの……ちゃんと魔法の流れをよく見る事じゃ」
「いつつ……冷てぇ……」
川で倒れたので魔導服が濡れてしまったハクト。
「ハクトさ〜ん! 大丈夫ですか〜!?」
クリスが大きい声でハクトに声を掛ける。ハクトと紫子はクリス達の方を向いた。
「みんな……」
「なっ!? べ、別に、あいつらは!?」
頬を真っ赤にして否定しようとするハクトの顔面に、紫子は拳を寸止めする。
「男がそんな変に否定すると飛ぶぞ」
「す、すみませんでした……」
今の本気で顔面に一発喰らわせる気満々であった紫子であったが、クリス達の手前ハクトの顔をぐしゃりとさせる訳にいかなかったので、寸止めにしてくれたのだ。
「そこの3人とは初対面じゃの。この愚孫が世話になっておるの。わしは桜崎紫子と申す。よろしくの」
紫子が川から上がってきてシャーリー、ミント、ライチに挨拶する。
「ど、どうも。シャーリー・キャラメルです」
「ライチ・シュナイザーですわ」
「……ミント・J・ウィリアムなのです。よろしくお願いしますなのです」
「うむ、これからもハクトの事はよろしくじゃ。ほれ、ハクト!? いつまで倒れておるのじゃ!? さっさと上がってこいや!?」
紫子は今も川にいるハクトに飛び蹴りを喰らわせた。
「ぐはっ!?」
まったく予想してなかったので、テクニカルヒットしたハクトは川の中で仰向けに倒れた。
「は、ハクトさん!? 大丈夫!?」
クリスが目を回しているハクトの所に向かって肩を揺する。
「あ、ああ……いつもの事だから……先生は何かするといつも飛び蹴りが跳んで来るからね。分かっているけど、いつ跳んで来るのか分からないんだよね」
ハクトもこのクルックス山で山篭りをしている間、一体どれだけ紫子の飛び蹴りを喰らい続けてきたのか。最悪の場合、本当に何時間も気絶をしていた時もあった。ハクトも飛び蹴りが来るのを待ち構えている時は来ないけど、油断すると跳んで来る。
「ハ〜ク〜ト〜!?」
紫子がニコニコ笑っている。
「いつまでそこでいるかの? さっさと上がってこい」
「は、はい……」
身体を起こして川から上がるハクト。
「さて、まだまだやる事は多いぞ、ハクト。次はレナと一緒に来るが良い」
「そうじゃ。お前とレナの融合した力を見せてもらおうと思っての」
紫子はハクトとレナを見てニヤリと笑う。
「……良いでしょう。レナ、やるぞ」
ハクトは覚悟を決めた。
レナはハクトの腕を掴む。
ハクトは魔導殺しを2つ起動させる。魔導服は白のコートから黒に変化して、ハクトの右眼だけが青に変色、頬に赤い線が浮き出し、右手は手首から先まで黒い大剣となった。
『ハクト、いつでもオッケーだよ』
レイとレナの声がハクトに聞こえる。
「先生、こっちはいつでも大丈夫です」
「……なるほど。なかなか良い姿じゃ。ではわしも少し楽しませてもらおうかの」
そう言って紫子は右手を空に挙げると魔法陣が現れて一本の刀を現れて鞘を抜いた。
「ふっふっふっ……我が刀が血に飢えておるぞ……」
「怖い事を言わないで下さいよ。では、行きます!」
(続く)