期末試験が始まった。期末の筆記試験は9教科あり、3教科ずつ3日間行われる。
そして3日目も最終科目のチャイムが鳴り、筆記試験は終了した。Eクラスには最後に教えてもらった所がテストに出てきて、さらに他のクラスには教えてもらってEクラスには教えていない所が試験に出てきていた。本来ならそこでかなり点数を下げられると教師連中は思っていたけど、ハクトが事前にみんなに用意してあげた試験対策ノートのおかげでみんな点数を取る事が出来た。ちなみにハクトは全科目90点以上しっかりと取っている。
筆記試験も終わって、ハクト、クリスはクルックス山にいる紫子とレナの所にやってきた。
「どうじゃった、2人とも?」
「問題ありませんでしたよ。絶対90点以上取っていますよ」
「私もハクトさんのノートのおかげで何とか出来ました」
クリスも今回の期末試験には手応えがあった。
「そうか。まあ、テストの点数なんてどうでも良いんじゃ。要はそれをしっかりと覚えておったら良いのじゃ。テストで良い点を取りたいのなら、カンニングでもすれば良いのじゃよ」
「うんうん、その通りだ」
ハクトはもっともらしいと首を縦に振った。
「あの…流石にカンニングはダメだと思いますよ。ハクトさんも納得しないで下さいよ」
クリスは一応注意をする。最近ではカンニングしただけで警察沙汰になってしまうからね。
「まあ、冗談はここまでして。ハクトよ、先程まであのライムと言う魔導騎士の強さを見させてもらったぞ」
紫子はハクト達がここに来る前、過去に行われたライムの試合のビデオを見ていた。
「それを見終わっての。わしからはっきり言わせてもらうぞ」
「な、何をですか?」
「今のお主ではあ奴に勝つ確率は……0じゃ」
紫子がはっきりとそう言った。今のハクトではライムに勝つ事など出来ない。
「それは分かっていたけど、はっきり言われてしまうと、ちょっとショックだな。でも、だからと言って今更辞めるつもりなんてありませんよ」
「当たり前じゃ。ここで降参しようなんて言うたらぶっ飛ばしていた所じゃったよ」
殺る気だったなと苦笑いしているハクト。
「そこでじゃ! お主に試練を与えようと思っておる!」
「「試練?」」
ハクトとクリスは首を傾げた。
ハクトは紫子と一緒に森の奥に向かっている。クリスはレナと一緒に小屋で休ませてもらっている。
「それで先生。一体どこに向かおうとしているのでしょうか?」
「何、クリスやレナには決して見つかってはならない場所じゃ。お主と二人っきりになれる場所じゃ」
くすくすと紫子は笑っているけど、ハクトは何か嫌な予感しかなかった。
「ですから、どこに向かおうとしているのですか?」
「滝じゃよ」
そう言うと、滝のある場所にやってきた。
「ここで何の試練をすると言うのですか……って、先生!?」
ハクトが紫子がいる方を見ると、紫子はいなくなっていた。辺りを見渡すと、紫子は滝に向かって突っ込んでいた。
「ちょっと先生!?」
ハクトは紫子の後を追って滝に突っ込むと、滝の奥に洞窟があって、ハクトはその中に入っていった。中には紫子が立っていて滝で水浸しになっている。
「こんな所に洞窟があったなんて……」
「ここならたとえ何があっても外に声が漏れる事がない。もちろん、お主の叫び声もな」
紫子は真剣な声で言った。こんな風に言う時は冗談ではなくなっている。むしろ、本気で何かさせるつもりなのだろう。
「ここでその試練と言うのをやると言うのですね」
「そうじゃ。じゃが、その前にお主には少し叱っておこうと思っての」
「……えっ? 叱るって、一体……」
ハクトはやましい事は一切隠していないはずだった。何か紫子を不機嫌にさせる行動や発言をしてしまったのか考えるが、まったくないハクトは思っている。
そんな事を考えている間に紫子がハクトに近付いて、右手を前に突き出してきてハクトの腹を掴んだ。
「お主、その右腕で魔法を喰って力を得る事が出来るそうじゃが、何じゃこの黒いのは」
「いててて……な、何の事ですか……あう、いててて〜!」
腹に力強く握り締めてくる紫子に激痛を受けるハクト。
「とぼけるでないぞ。お主、暗黒魔法を喰っただろう。わしにそれを悟られまいとしたおったみたいじゃったけど無駄じゃ。わしには暗黒魔法を使う魔導師の気配を察知する事が出来るのじゃ。じゃから、わしに隠し事をしていたと言う事じゃな、ハクトよ。それにわしは暗黒魔法が大嫌いなんじゃ。そんな物を使おうとしておったのなら、わしは斬るぞ」
「痛いです、先生。それにあの時はこうでもしないとライチを助ける事が出来なかったんですよ。仕方がなかったのですよ! あがはっ!?」
「言い訳無用じゃ、ハクト」
紫子が掴んでいた右手を離してあげると、ハクトはお腹を押さえる。
「ハクト、さっき言った事は嘘ではない。今の状態では勝負に勝つ事は出来ない。わしの予想だと、お主は魔力切れを起こしてしまい敗北する。魔導殺しと暗黒魔法を背負っているお主ではすぐに魔力が切れてしまうからの」
紫子の言葉にハクトは納得する。ハクトの身体にはレイと言う魔導殺しに、ライチの時に喰ったダークローズガーデンと言う暗黒魔法が入っている。それによってハクトの魔力はすぐに切れてしまうかも知れない。ハクトも自分の事は誰よりも解っている。
「そこでお主の為にわしが一肌脱ごうと思っておるのじゃ」
「……あの、先生。そう言いながら何着物を脱ごうとしているのですか? そう言う意味ではないですよね!?」
紫子が着物の帯を外して脱ごうとしていたので、ハクトは止めた。
「むっ……ちょっとした冗談じゃったのに。やはり若い娘の肌の方が良かったのかの。わしだって、この通りピチピチの若い女子なのに」
「……よく言いますよ。今年で確かひゃ…あがっ!?」
ハクトが紫子の歳を言おうとした瞬間、地面にうつ伏せになってめり込んだ。紫子は右手を前に突き出して重力魔法を使っているみたいだ。
「何じゃ、ハクトよ。わしの本当の年齢を忘れてしもうたのか? ほれ、ちゃんと言うのじゃ」
「……え、永遠の10歳です……せ、先生は……永遠の魔法少女でございます……」
「うむ、よく言った。特別に頭を撫でてやるぞ」
紫子は上機嫌になってハクトの頭を撫でてあげる。ハクトはとってあまり嬉しくない。重力をかなり重くされているので身動きが取れず、顔を上げるだけでもかなり体力を使っている。
「あの……そろそろ解いてもらえないでしょうか?」
「何を言っておるのじゃ? これから試練を受けてもらうのじゃから」
すると、紫子が短刀を取り出してハクトの上着を破いていった。
「え? あ、あの……先生? な、何をするのですか?」
「簡単な事だ。ちょっと痛い思いをして死んでもらうのじゃから」
「えっ、死ぬ!? 死んでもらうってどう言うこと!? やっぱり、さっきのまだ怒っているのですか?」
「いいや、そうではない。お主の背中に魔法陣を刻み込んで魔力を増強させてやるのじゃ。痛いけどね」
「いやいや! そんなので背中を刻まれたら痛いと言うレベルじゃないだろう!?」
「安心しろ。お主がどんなに悲鳴を上げても、この滝の音で完全に外には聞こえないから、思い切り泣き叫んでも良いのじゃぞ」
安心なんか出来るかとハクトは思っているけど、背中に何か金属みたいな感触が触れたのでゾッとしだしてきた。
「……やはりお主も嫌がるか。わしもそうじゃったからの」
すると紫子が左手で魔法陣を出してハクトの身体に何かの施した。するとハクトは何か違和感を感じた。何か人として絶対に必要な事である。
(何だ、先生は何をしたのだ。そう言えば、さっきから地面に倒れているのに、地面の冷たさが伝わってこないま、まさか……)
ハクトは紫子を見ると、既にハクトの背中に何かを刻んでいる作業をしている。だが、短刀で切られている感触も痛みも伝わってこない。
「どうやら気付いたようじゃの。ちょっとの間だけ、お主の触覚と痛覚を消してやったのじゃ。これならお主も痛みなく暴れる事はないじゃろう」
「でも先生。何と言いますか、少し気持ち悪いのですけど」
「何、作業が終わったらすぐに解いてやるさ」
そう言って紫子は作業を続ける。ハクトは何だかどうする事も出来ずに不安になっていく。
そして、数分が経って漸く紫子の作業が終わったみたいで、紫子は短刀を亜空間に返した。
「それで、俺はいつになったら起き上がれるのだ」
「心配するな。すぐに起き上がらせてやるさ……痛みと感触も戻してからな」
紫子はパチンと指を鳴らして、ハクトに掛けていた術を解いてあげた。
「っ!? ぐぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
するとハクトはまるで背中から深く斬られた様な痛みを感じ始めて、起き上がる事が出来ない。
「無理じゃよ。今刻んだ魔法陣には一生残る様に刻んでおいたのじゃ。その痛みは魔法陣の力がお前の身体を苦しめておるのじゃ。身体が魔法陣の力に耐える事が出来れば、痛みは自然と消えていく」
紫子はハクトを置いて洞窟から出ようとする。
「良いか、ハクトよ。明日の試合までに、その魔法陣の力を超えるのじゃ。そうすればその魔法陣は、お主に大きな力となってくれる」
「ぐっ…ううっ……あぁぁ!」
ハクトは魔法陣の痛みに苦しみ、地面を引っ掻いている。
「……わしもそうじゃったよ、ハクトよ」
紫子は背中を向けて着物を脱いで背中を見せてあげる。ハクトは紫子の背中に刻まれている魔法陣を見た。円形の四重になっていて、中は六亡星になっていて、その中心には砂時計に無限の記号みたいなのが刻まれている。
「これは魔戒神生流の使い手として、その魔法陣は刻まなければならない試練じゃ。わしも最初師から刻まれた時は絶叫を続けていて、いつ死んでもおかしくなかった。じゃから、お主も魔戒神生流を極めたいのなら、その魔法陣を刻んでおかなければならないのじゃ」
紫子は着物を着直して出て行こうとする。
「ま、待って下さい……先生に訊きたい事があったのです……ぐっ、良いでしょうか?」
ハクトは紫子を引き止めた。紫子は立ち止まり、ハクトの方を振り向いて見下ろした
「何じゃ? 用ならここから出てからにしろ」
「うっ……はぁ…はぁ……そう言うわけにはいきません……先生は気まぐれですから……また旅に出るつもりでしょう……俺にこんな事をしておいて最後まで見届けるつもりはないみたいですからね……」
「……分かっておるみたいじゃな。それで、わしに何を訊きたいのじゃ?」
紫子は傍にある岩に乗って、煙管を咥えて一服する。
ハクトがそう言うと、紫子はぴくりと身体を動かした。その間、ハクトは何とか両腕で身体を起こして仰向けに倒れた。ハクトの周りには大量の血が水溜りになっている。
「……3年前、俺はある男に天魔神滅陣を使ったのですけど、そいつが言っていたのです。あの魔法は魔神ラグナローグの魔法であると……魔戒神生流は魔を倒す為の神術。それが魔神の魔法であると言う事は……あるんですよね。魔族ではなくて神族をも殺せる技も……」
ハクトは3年前に会った魔導殺しNO00との会話を思い出す。彼は天魔神滅陣が魔神ラグナローグの力を使った魔法である事を知っていた。それからハクトは魔戒神生流には何かもう一つの秘密があるのではないかと思ったのだ。
「……確かにあるぞ。神を殺す魔戒神生流裏秘伝。二代目が初代を殺す為に作った技で、以来わしの師まで受け継がれていたみたいじゃが、師はその力の恐ろしさを知り、わしには天魔神滅陣しか教えず、その秘伝書を封印しておったのじゃ」
「そんな……初代を殺す為にそんなものを……」
「まあ、その二代目も三代目に殺されてしまったみたいじゃが、わしは師を殺していないぞ。師は病死じゃったが、葬儀の時に裏秘伝書が何者かに盗まれてしまったのじゃ」
紫子は滝を見て思い出す。
『良いか、紫子。あの裏秘伝は決して誰にも伝えてはならない。あれは危険なものだ……』
紫子の師はそう言って深い眠りについた。
そして葬儀が終わって間もない時に、師の家が燃えていた。火事が収まり中を確かめると封印されていた裏秘伝書がなくなっていたのだ。
そんな事を思い出すなんて、紫子はもう歳だなと思った。
「その裏秘伝書がどこの誰に盗られたのかは分からぬが、どうせあれは強力な封印術で固めておるから、決して開ける事は出来ぬはずじゃ」
「……そうですか」
ハクトの声がだんだん小さくなっていっている。
「ハクトよ。別に犯人を捜す必要はないのじゃ。たとえ裏秘伝を使ってくる奴がいようとも、お主は負ける事はない。このわしが育ててきたのじゃ。それに天魔神滅陣もちゃんとした使い方をすれば問題はないのじゃ。zyが、お主がした事は決して忘れるんじゃないぞ」
そう言って紫子は今度こそ外に出て行った。あとに残されたハクトは必死に痛みを堪えている。
小屋の外で待っていたクリスは戻ってきた紫子を見つけた。
「紫子さん、ハクトさんは?」
「……あいつは試練を受けておる。決してあいつの邪魔をするでないぞ」
「そ、そうですか……」
クリスは紫子にハクトが何かの試練を受けているのか訊く事が出来なかった。今の紫子は何も訊くなと言う感じがしたのだ。
「お主ら、山を下りるぞ」
「えっ? でも、ハクトさんを待ちませんと」
「あいつならちゃんと帰ってくる。わしらはあいつを信じて待ってやるのじゃ」
紫子はそのまま帰ろうとする。クリスとレナは何だかちょっと複雑な気持ちであるが、紫子に言われた以上、家に戻るしかないみたいだ。
ラズベリーの家では黒狐はだらけていた。リビングのソファーで横になってテレビを見ている。
「まったく、黒狐は。ちゃんとしてくれないかしら」
洗い物を終わったカリムはお茶を淹れている。
「別に良いじゃない。母様がいない時ぐらい私を自由にしてくれても」
「自由と言うより、怠け者に退化ね」
カリムはお茶を飲むと何かを察知した。
「黒狐、そんな姿を紫子さんに見られたらどうするのよ」
「へん。母様は娘の私に色々とするドSだけど、山に入ってしまったら猿やゴリラの様に野生児になってしまうからしばらく帰ってこないって。そればかりか、このまま旅に出てほしいものね。そうすれば、私はもうフリーダムになれるよ!」
「そうかそうか……お主はフリーダムよりもヘブンの方が似合っておるぞ」
「っ!?」
今黒狐に言葉を返してきた声に、黒狐ビクッと身体を震わした。そして、顔をブリキ人形の様に動かして見上げていると、ニッコリと笑っている紫子がいた。
「それとも、ゴー・トゥー・ヘル?」
紫子は親指を下に立てていると、黒狐はダッシュで逃げようとするが、紫子のドロップキックを喰らった。
「はぁ……我が娘ながら情けない。ちょっとわしがいないだけ、でこんなにだらけおって……黒狐、お主にもわしの修行を受けてもらおうかの」
「い、いいえ! め、めめめ、滅相もございません! は、母様の為にソファーを暖めていたのですよ!」
黒狐は汗をだらだらと流しながら言い訳をする。カリムが察知したのは紫子が帰って来た事だ。
「た、ただいま。お母さん」
「ただいま戻りました」
クリスとレナがリビングに顔を出した。
「お帰りなさい、クリス、レナちゃん。紫子さんもお帰りなさい。今お茶を淹れてあげますね」
「おぉ、すまぬな、カリムよ。さて、逃げるでないぞ、黒狐よ」
黒狐が忍び足でリビングから逃げようとしていたが、紫子に気付かれてしまった。
「べ、別に私は逃げていた訳ではありませんでございますよ。我が愛しの息子を迎えに行ってあげようかなと思っていただけですから」
「ふん、心にもない虚言を。それにハクトはまだ帰ってこないぞ。あれは相当時間が掛かると思うからの。放っておいても大丈夫じゃ」
紫子はカリムが淹れてくれたお茶を飲む。そんな紫子を見ても、クリスはまだ不安でいた。
「本当にハクトさんは大丈夫なのでしょうか?」
「心配するでないと言ったはずじゃ。ハクトを信じてやれ」
「は、はい……」
クリスは小さく頷いた。
深夜、自室で寝ていたクリスは何かに反応して目を覚ました。
「……やっぱり気になります」
「ごめんね、ブレイブスター。ちょっとだけ手伝ってくれる?」
『マスターがそう望むのでしたら』
ブレイブスターがそう言うと、クリスの背中にエンジェルフェザーを出してあげた。そしてクリスは部屋の窓から外に飛び出していった。
(やっぱり、ハクトさんが心配です。それに何だか嫌な予感がします)
クリスは自分の胸を掴んで苦しみを感じる。首を横に振って頭の中から嫌な予感を消そうとする。そんな事をしながらクリスはクルックス山に向かった。
クルックス山を飛び回ってハクトを探すがどこにもいない。クリスはハクトの名前を叫ぶが返ってくる言葉が来ない。
そしてクリスは滝の所で一回着陸してエンジェルフェザーを解除した。
「ハクトさん……どこなの?」
クリスは泣きそうになったけど、右腕で涙を拭った。今ここで泣いても何も解決しない。そんな事をしているのならハクトを探さないと思っている。
「……っ! ……〜っ!」
すると、何か叫び声が滝の音と一緒にクリスの耳に入ってきた。クリスは耳を澄ませてもう一度聞こうとする。すると、やはり滝の方から人の声が聞こえた。
「この声……ハクトさんの声だ!」
クリスは滝の方に向かっていった。大きく流れている滝を調べると、滝の奥に洞窟みたいなのが見えてきた。クリスは迂回して横から滝の奥にある洞窟に入っていった。
「こんな所に洞窟があるなんて……」
こんな暗い洞窟、夜なら絶対に見つける事は出来なかったが、ここから声がしたのは間違いないみたいだ。クリスは奥に進んでいく。だが、奥に進んでいくと全く明かりがなく真っ暗になっていく。
「こう言う時は光の魔法を……ライトボール!」
クリスは光を出す魔法を唱えるとクリスの手にサッカーボールぐらいの光の球が現れて明かりを照らしてくれた。これで暗い所も少しは見える様になった。
「……ぐっ! ああっ!」
すると、奥でハクトの苦しそうな声が聞こえてきた。クリスは急いでそこに向かうと、そこにはハクトが横なって倒れていた。周りにはハクトの血痕が所々に残っていて、周りの岩に拳をぶつけていたのか、拳の痕が残っている。
「ハクトさん!? どうしたのですか!?」
クリスはハクトのそばに行こうとする。しかし、ハクトは左手を前に突き出して来るなと言った。
「悪い、クリス……邪魔はしないでくれ……ぐっ!」
ハクトは苦しみだして洞窟の壁を左の拳でぶつける。少しでも痛みと抵抗する為に別の場所を傷めようとしているのだ。
「ダメです、ハクトさん! それよりも治療をしないと!」
「でも、このままじゃあ、ハクトさんが死んでしまいますよ」
「死なないさ……こんな暗い洞穴の中で死ぬ訳にはいかないさ……」
ハクトは背中を壁につけて座り込む。
「俺の事は心配するな……だから、お前は家に戻っていろ……」
はぁ…はぁ……と息をするハクト。今まで何回も苦しみだして何度も失神しかけていたのだ。普通の人間ならもう限界であるが、ハクトはまだ弱音一つ言っていない。
クリスはハクトの痛々しい姿を見て目を逸らしてしまう。これ以上、ハクトの苦しんでいる姿を見たくなかった。
「どうして、そこまでしないといけないのですか? ハクトさんは自分の身体を壊し過ぎです」
「……クリス。俺は負ける訳にはいかないんだ……Eクラスの希望と言われているからには、お前達の前では決して負ける訳にはいかないんだ。みんなの期待を裏切る訳にもいかないし、何より先生にこれ以上怒られたくないんでね。それに、お前の泣く姿なんて見たくないんだ」
「……えっ?」
クリスは自分の目から涙がまた零れている事に気付いて右腕で拭う。
「だから、強くならないといけないんだ。みんなの為にも、自分の為にも……」
「ハクトさん……」
クリスは決心してハクトの傍に座る。そして、ハクトの右手にそっと自分の手を置いた。
「でしたら、私もハクトさんのそばにいます。ハクトさんの苦しみを私が何とかしてみせます」
「クリス……ありがとう……」
クリスはハクトの肩に自分の首を乗せる。
(何だろう……クリスがそばにいてくれると……身体の痛みが……消えていく……)
ハクトはさっきまでの痛みや苦しみがなくなり、そのまま目を閉じていった。
(ハクトさん……もう一人で何かしようとしないで……私がそばにいますから……)
クリスはそのまま眠気がやってきてそのままぐっすりと眠っていった。
ハクトとクリスがぐっすりと眠っている所に誰かがやってきた。
「まったく、いくら夏だからと言っても、こんな所で寝ておったら風邪を引くぞ、お主ら……」
紫子は眠っている二人を見て溜め息を吐く。手には旅行鞄を持っている。
「まあ、魔法陣もいつも間にかハクトを選んだおるみたいだから問題はないみたいじゃな」
紫子はまさかハクトがこんなにも早く魔法陣に慣れてしまった事を喜んでいる。紫子の時はこれに慣れるのにかなり時間が掛かっていた。
「……やはり、ハクトにはあるのじゃな。それにクリス、わしと同じ天空の力を持つ少女。ハクトよ、彼女をしっかりと守るのじゃぞ。その子はきっとお主には必要な子じゃから」
紫子はハクトとクリスの頭を撫でてから洞窟を後にする。
滝を出ると、黒狐が欠伸をして待っていた。
「母様、たまにはハクトとクリスちゃんの顔を見に帰ってきて下さいね」
「当たり前じゃ。ハクトにはまだまだ教えていない事は一杯あるのじゃ。それにあいつには最後の奥義を教えてあげなければならないのじゃ」
「それを教えたら、母様は……」
黒狐の目から涙が零れる。
「泣くでない、黒狐。ハクトにもしもの事があったらしっかり守ってやるのじゃぞ」
「分かっていますよ、母様。何があっても、ハクトは私が守るから」
黒狐の言葉に安心して、紫子は右の人差し指で魔法陣を作り出して、懐に入れていた黄金の鍵を取り出した。
「それじゃあ、わしは行ってくるぞ」
「はい、行ってらっしゃい、母様」
そして日は昇りだして、魔法学校期末実技試験がやってきた。中等部のグラウンドには何故か大きなリングや観客席などが設置されていた。
「何だか、お祭りみたいね、これは……」
シャーリーがグラウンドの変貌に苦笑いしている。
「中間試験の時は何にもしなかったのに、期末試験ではこんな事をするなんて聞いてないわよ」
「……仕方ないのですよ。何と言ったって、今日は中等部にとってとても面白いイベントがあるのです」
ミントは屋台で買ってきたホットドックを食べる。グラウンド周りにはいつの間にか屋台が設置されていて食べ物を飲み物を売っている。最早文化祭レベルである。
「それは面白い対戦カードがあって見たい気持ちはあるけど、ここまでする事なのかしら?」
「……会長とお兄ちゃんのカードなんて、お兄ちゃんがAクラスに行かないと決して出来ない事だったのです。それに上の連中はお兄ちゃんを叩き潰す気でいるのですよ」
ミントは観客席見ると、ライムを応援する生徒が多くいる。その中には『田舎の魔導師なんてくたばれ!』『最下級負けろ!』など、相手を中傷するプラカードなどが掲げられている。
「あら、お二人だけですの?」
シャーリーとミントの所にライチがやってきた。
「何よ、あんたは今日こっちじゃないでしょう? 早くお姉ちゃんの所に行ってあげなさいよ」
「相変わらずですわね。それよりもハクト様はまだ来ていないのですか? 試験の時には挨拶は出来ませんので、今の内に挨拶しておこうと思いまして」
「……お兄ちゃんならまだ来ていないのです。クリスとも連絡が取れないのです」
ミントは通信端末でハクトとクリスに連絡しているが、一向に繋がらない。ミント達は知らないけど、ハクトとクリスはクルックス山の洞窟にいて通信端末を持っていない。たとえ持っていたとしても圏外になるので連絡は取れないのだ。
「大丈夫でしょうか? もうすぐ試験が始まると言うのに……まさか、お姉様の力に恐れをなさって……」
「あんた、ハクトが逃げる訳ないでしょう。あいつは絶対に来るわよ。ハクトは受けた勝負を決して逃げたりしないわ」
「……お兄ちゃんに惚れたシャーリーが言っているのです。間違いないのですよ」
「なっ!? ミント、変な事を言わないでよね!」
シャーリーが顔を真っ赤にしてミントの首を腕で巻きつけて頭をグリグリとする。ミントはじたばたと暴れて逃れようとする。
「それでしたらよろしいですけど。では、わたくしはお姉様の所に戻りますので、ハクト様にお会いしましたら、頑張って下さいとお伝え下さいね」
そう言って、ライチはその場を離れた。
そして時間がどんどん過ぎていく。観客席も満員になろうとしている。
「皆さん、おはようございます。本日は中等部期末実技試験の日です。その中でのメインイベント、中等部生徒会長ライム・シュナイザーVSEクラスのホープ嵐山ハクトの試合が始まろうとしています。実況は私、放送部部長スフレ・ブロードでお送りします。解説には実技担当教師ベルモット・ホークアイ先生にお越しいただきました」
「どうも、皆さん。おはようございます」
実況席に座っているスフレの横に魔法実技担当のベルモット・ホークアイ教官がニコニコ顔で座っている。
「さて、ホークアイ教官は今回の対戦する二人をどう思われますか?」
「そうですね。シュナイザーさんの実力は誰もが認める力を持っています。しかし、あの嵐山君も負けてはいませんよ。授業もそれなりにやっていますし、すぐにでもAクラス行きは間違いないでしょうね」
「はい、ありがとうございます。ではここで選手の入場です。まずは生徒会長ライム・シュナイザーのご登場です!」
スフレの実況により、中等部校舎からライムが出てきた。右手には魔法剣を持って、全身白銀の鎧を装着している。
「あれがライムちゃんのマジカル・ドライブ『ナイト・オブ・キングダム』の魔導服姿。相変わらず凛々しく、そして神々しい姿。観客の皆さん、写メを撮るのはダメですからね」
スフレが言っても、観客席の生徒は通信端末で写真を撮り続けている。
「お姉様、いきなりその姿だなんて」
ライムの隣でライチが呟いた。今までライムが最初から鎧を着けた状態で戦う事はなかった。魔法剣だけで倒す事が多く、よほどの理由がなければ鎧を装着する事はなかった。
「何、相手はあの嵐山だ。ときに彼はもう来ているのか?」
「それが、まだ来ていないみたいですの」
相手側を見るとまだ誰も来ていない。ライチもまだハクトが学校に来たと言う連絡を受けていない。
「何、いつでも私は待っているさ」
「そうも行きませんよ、お姉様……他の皆さんはもう……」
周りを見るとハクトが来ていない事を知って、ハクトを中傷する言葉が出始めてきた。
「皆さん、相手を中傷する発言は謹んで下さい。嵐山ハクト選手はまだこちらに来ておりませんが、ライムちゃん、大丈夫でしょうか?」
「私は構わんぞ。いつでも待って……んっ?」
すると、リングにカウント30が出て来て、時間が減り始めた。
「30秒までと言う事か……教師連中の仕業か」
「お姉様、このままだと、ハクト様はどうなるのでしょうか?」
「試合放棄となってあいつは退学になる。私はこんな形で終わらせたくないけどな……」
時間がどんどん減っていき、ついに10カウントまで来た。
「ハクト……」
「……お兄ちゃん」
観客席にいるシャーリーとミントは不安になってきた。
すると次の瞬間、空からキラーンと光が出て何かがリングに向かってきて爆発した。爆煙の中、ライムはふっと笑った。
「派手な登場の仕方だな、嵐山ハクト」
「悪い悪い、ちょっと寝過ごしてしまってな。だが、何とか間に合っただろう」
煙が晴れて視界が見える様になった。そして、リングのカウントが1で止まっていて、そこに魔導服姿のハクトが立っていた。
「面白い奴だ。では、そろそろ始めるとしようか」
「ああ、勝負です、ライム会長!」
ハクトは拳を構えて、ライムは魔法剣を構える。二人の戦いが今始まる。
(続く)