魔法学校のグラウンドに作られたリングにハクトが漸く現れた。
「嵐山ハクト選手がついに現れた。大胆な登場に誰もが驚いています!」
実況席のスフレはハクトが来た事に興奮している。あのまま試合放棄で終了する事を実況者として許せない事であったので、ハクトにやってきてくれて本当に喜んでいる。
「まったく……お前は派手に登場するのが大好きだな。普通に登場する気はないのか?」
「ありませんね。こんな風に登場するのは嫌いじゃないのでね。それに、やっぱり母さんの血を引いているのでしょうかね。派手な登場するのも悪くないってね」
ハクトは自分は黒狐と違ってこんなバカな登場をするのを嫌っていたけど、いざやってしまうと嬉しくなってしまっている。やはり黒狐の子供である。
「さて嵐山選手が登場した事に騒然としていますけど、これで漸く試合が始められますね」
「はい。嵐山君は私も期待している魔導師ですからね。試合放棄で退学するなんて困り者ですしね。この試合は大いに盛り上がるでしょうね」
「では、ここで二人の試合を判定してくれるジャッジの方を紹介します」
ジャッジってとハクトは首を傾げた。すると、某プロレスアニメの音楽が流れ出した。
「その勝負! 合意と見て、よろしいですねぇぇぇぇ〜〜!」
中等部校舎屋上からあの男の声が響いてきた。プシューと煙が出てそこから白黒の縦縞模様の上着に赤いズボンを穿いた男が姿を現した。そして顔にはタイガーマスクを被っている。
「とぉぉ〜〜!」
タイガーマスクのジャッジマンは屋上が飛び降りた。クルクルと回転してリングに下りようとした……が。
「ぐわぇっ!?」
見事に頭から落ちてしまった。しばらく頭に刺さった状態であったが、ゆっくりと身体が倒れていって動かなくなった。
「俺より派手な登場しやがって、あのバカ……」
ハクト、そう言う問題じゃないと思いますよ。
「タイガーリボーン!」
漸くタイガーマスクのジャッジマンは起き上がった。頭に大きなたんこぶが出来ているが問題はないみたいだ。
「おい、虎之助。何やっているんだよ?」
とりあえず、ハクトはジャッジマンもとい虎之助に声を掛ける。
「NO、NO! 私は長谷部虎之助君と言うクールキッドではないぜ。私は大親友虎之助君に頼まれてやってきたさすらいのジャッジマン、その名もミスタぁぁぁぁぁぁ〜〜タイガーマン!」
シャキーンと変身ヒーローみたいなポーズを取る虎之助もといミスタータイガーマン。
「もうちょっと捻れよ……バレバレじゃないか」
ハクトは額に手を置いて首を横に振る。
「あいつ、放送部辞めて仮装部にでも入ったのかしら」
「……お祭り好きなのです」
観客席にいるシャーリーとミントは苦笑いしている。
「おい、もう一つに言って良いか?」
「おぉ、何だね、嵐山君?」
「お前そのマスク、リアルすぎて逆に怖いのだけど」
そう、ミスタータイガーマンのマスクは本物の虎の顔をしている。よく馬の被り物が本物の様に作ってあるのがある様に、この虎のマスクも本物の様に作ってある。
「マスクだと? 私はマスクなど被ってなんかないぞ。これは本物の虎の首を装着しているのだ」
「はぁ!? 装着だと!? どんな身体してるんだよ!? だいたいお前、自分の首はどこにやった!?」
「何を言っているんだ、君は? これが私の本物の首だが」
「顔を近付けて来るな! キモ怖いって! 特殊メイクにも程があるだろう!」
なまじリアルすぎるのでハクトも身体が震えてミスタータイガーマンと距離を取ろうとする。
「何を言っているんだ、君は? これは私の本物の首だ。ちゃんと確認したまえ」
「だから! こっちに来るな!」
ミスタータイガーマンがハクトに近付こうとすると、ハクトは渾身のアッパーで吹き飛ばした。
「にょわ〜〜〜!」
キラーンと星となった。
「ただいま」
一行で帰ってきた。最高記録を達成した。
「はぁ…はぁ…はぁ……こいつの相手が一番疲れるわ」
もうどうでもいいやとハクトは息を整える。
「さあ、今日はお二人のジャッジをする私ミスタータイガーマンが、これよりこの試合のルールを説明しようと思う。観客の皆さんも耳とお尻の穴をほじくってよく聞くがばしゃぁ〜!」
ミスタータイガーマンの背後にドロップキックを喰らわせるハクト。
「おい、虎之助の親友。あんまり下品な事を言うと退場させるぞ」
「……すんません。もうしません……」
「今の俺だったからこの程度で済んだだろうけど、会長だったら串刺しにされていたぞ」
その通りである。既にライムは数本の剣を出していた。ハクトが攻撃しなかったら、ライムがミスタータイガーマンを串刺しにしていただろう。
「ごほん、さてお二人とも。ルールを説明する。まずこのリングは試合開始と共に強力な結界で囲むため、どんな魔法も外に漏れる事はないぜ。だから好きなだけ魔法をぶっ放しても良いぜ」
このリングはかなり大きく、角には柱が立っていてそれらがこのリングに結界を作る為に物である。この柱も簡単に壊れる事はない。
「そして、二人には魔力ゲージを200%に設定してある。このゲージがそのまま実技試験の得点となる。つまり嵐山君はこのゲージが150%になってしまったら、どうなるのかお解かりですか?」
「つまり150点以下になるから、俺は条件を満たせなかった為、この学校を退学しなければならないと言う事か……」
ハクトの視界左上に魔力ゲージが表示されて、そこに200%と表示されている。
「なお、制限時間だが本来は5分でやるけど、今回は10分に延ばしてもらった。出し惜しみなく戦いたまえ」
「10分か……それでも短いな」
「本来の魔法勝負はラウンド制になっているから5分と決めている。だが今回は1本勝負だから、時間を延ばしてくれただけでもありがたいと思え、嵐山」
「そうですね。その10分間で俺はどうやって会長を倒すのか考えないといけないからね」
ハクトは肩を回しながら言った。その言葉にライムを応援する人達が大笑いした。ライムに勝つなんて無理だって思っているのだろう。
「私を倒すか…いい度胸しているじゃないか」
「それぐらいの気合を入れておかないと負けるからな。本気で倒す気でいますので会長も俺の魔力ゲージを0にするぐらいの気合は入れて下さいね」
「そうか。実技試験である以上、多少は得点を残しておいてやろうと思っていたけど…変更だ。お前のライフを0にしてやるぞ」
「そうこなくっちゃ!」
早くもハクトのライムの視線上に火花が散っている。いつ試合を開始してもおかしくない状態である。
「なお、この私に当ててしまった場合、減点しますのでご注意して下さいね、二人とも。私は公正なジャッジマンだからな」
「え〜? 当てたらダメなのか?」
「ブロード部長。このジャッジマンが邪魔であった時、当てても良いのか?」
ライムが実況席にいるスフレに訊いた。
「そうですね。わざと当てなければオッケーです」
「にゃわ〜〜!? それはないぜよ!」
聞いてないよと言うみたいに驚くミスタータイガーマン。
「そうか。なら手が滑ったと言ったらわざとじゃないよね」
「ふむ、では当ててしまった場合、手が滑ったと言っておけば問題ないみたいだな」
「はい! それでお願いします!」
「をいっ!?」
当人の許可なく話が進んでいっている。周りもそれに同意するかの様に歓声を上げている。
「さあ、ミスタータイガーマン。骨は拾ってあげるから、試合を始めて下さい」
「皆さん、酷いですね。それでは嵐山ハクト選手VSライム・シュナイザー選手、制限時間10分間の1本勝負、レディ〜〜〜……ファイ、ファイファイファイファイ……」
「おい!? 何だ、そのエコーみたいに音声しやがって!? 文章だけの話だと分かり辛いんだぞ!?」
ハクトがついミスタータイガーマンにツッコミを入れてしまったので、出遅れてしまった。カーンとゴングが鳴った瞬間、ライムは魔法剣を構えてハクトに向かってきた。
「余所見とは余裕だな」
「しまった!」
ライムは魔法剣を振り下ろしてハクトを斬った。しかし、ハクトは何とか右手でシールド魔法を使って防御した。
「油断大敵だぞ、嵐山。あのジャッジマンのボケにいちいちツッコミを入れていたら隙が出来てしまうぞ」
「ご忠告ありがとうございます。お礼に言い返してあげますよ。油断大敵ってね」
「何っ!?」
「行くぜ! ソニックバースト!」
ハクトは左腕を突き出して真空波の砲撃を放った。至近距離だった為、ライムは防ぐ事が出来ず吹き飛ばされた。何とかリングに背中をぶつけない様に着地する事が出来たけど、今の攻撃は大きくダメージを受けている。
「こ、これはいきなりの大技だ! ゴングが鳴った瞬間、隙を作ってしまった嵐山君に速攻攻撃をしたライムちゃんであったが、嵐山君は攻撃を防御してのカウンターバーストを決めました。これはライムちゃんも予想外だったみたいです」
「二重詠唱とは、2つの魔法を同時に詠唱して作り出す高等技術で、先程嵐山君はシールド魔法を唱えた時、砲撃魔法の詠唱も一緒に唱えていたのです。並の魔導師でも成功する確率は低いのですけど、彼はそれを簡単にやってしまいましたね。やはり嵐山君は魔導師としての才能がありますね」
「なるほど。Eクラスとは思えないほどの実力者ですね。先程の攻防でライムちゃんの魔力ゲージが10%減少していますが、嵐山君も2%減少しています」
スフレの実況どおり、ライムの魔力ゲージは190%に減って、ハクトは198%に減っている。
「やるな。そっくり言い返されたみたいだ」
膝を折っていたライムは立ち上がった。
「勝負はまだまだですよ」
「そうだな。開始したばかりだ。存分にお前の力を見てみたいさ」
ライムは両手を広げると背後に魔法陣が現れてライムの周りに魔法剣が次々と姿を現していく。
「そんな、お姉様。もうあの魔法を使うつもりですの?」
リングの外で見ていたライチが、姉がもうあの魔法を使う事に驚いている。
「舞え、剣達よ! 剣舞『フェアリーダンス』!」
ライムが剣属性魔法を発動すると、ライムの周りにあった魔法剣がリングを飛び回りだして、何本かがハクトに向かってきた。ハクトはかろうじて避けるが、いつまで保つのか分からない。
「ライムちゃんがいきなり必殺魔法を唱えました! 剣達の飛んでいる姿がまるで妖精の様に待っている所からフェアリーダンスと名付けられた魔法。これを潜り向けた魔導師は今までいなかった。果たして嵐山君はこのピンチをどう切り向けるのでしょうか!?」
ハクトの周りにライムの魔法剣が飛び回り、ハクトは避け続ける。
「……なるほどな」
ハクトは少しだけ笑った。そしてフェアリーダンスの剣をだんだん余裕に避け始めてきた。
「これは一体どう言う事でしょうか? ライムちゃんのフェアリーダンスが嵐山君にまったく当たっていない。こんな事が今まであったのでしょうか?」
「凄いですね、彼。あの魔法剣の軌道を完全に把握していますね。それに彼はあの円からまったく動いていないみたいですよ」
ベルモット教官の言うとおり、ハクトはさっきから右足を軸にして左足で円を描く様に避け続けている。紫子がやったあれをもうハクトは習得していた。
「ほぉ、では、ここなら!」
ライムは一本の剣をハクトの右足に向かって放った。
「甘い!」
ハクトは回転の力を使って、左足で魔法剣を蹴り飛ばした。
「その攻撃、当たったら痛いじゃないですか!?」
「私が何か?」
ハクトの背後から身体中に剣が刺さりまくっているミスタータイガーマンがいた。
「お前は全部当たってるんじゃねえよ…って、危なっ!?」
ついツッコミをしてしまった所為でバランスを崩してしまった。そして、一本の剣がミスタータイガーマンの股間に刺さった。
「にゃわぁぁぁ〜〜!」
すると、ミスタータイガーマンの首が吹っ飛んだ。
「お前の身体は一体どうなっているんだ!? 今度は黒ひげ危機一髪か!?」
「違うぜよ。これはタイガー危機一髪とでも言ってくれたまえ。文字通り危機一髪だったぜ」
「全然回避してないだろう!? 首飛んでいったじゃないか!? あと、どこから声を出しているんだ!?」
ミスタータイガーマンは身体だけ動いている。ある意味キモ怖い。
「あんなB級ホラー映画に出てくる首なしの奴、何とかしないといけないわね……ミント? 何やっているの?」
観客席にいるシャーリーの横でミントは放魔を唱えている。
「……ミスタータイガーマン、新しい顔なのです」
「あんた何変なの作っているのよ!? どこかの菓子パンマンみたいな事してるんじゃないわよ!」
シャーリーがツッコミを入れている間、ミントは首のないミスタータイガーマンに向かって新しい顔を投げつけた。新しい顔は首のないミスタータイガーマンの首に見事はまって、クルクルと回転している。
「元気100万倍! ミスタータイガーマン、復活だぜ!」
回転していた首が止まって決めポーズを取るミスタータイガーマン。しかし、観客席から悲鳴があがりだした。
「逆だっ! 首が逆になっているぞ! 背中の方に顔が来てるじゃないか! 止めるなら、ちゃんと止めやがれ! そんなキモ怖い姿でポーズを取るんじゃねえ!」
その通り。ミスタータイガーマンの首は逆になっていて、顔が背中の方を向いている。つまり、首と身体が反対になっていると言う事である。
「にゃわ〜! しまったぜ! 道理で腕が反対に動くと思ったぜ。てっきり私は物凄く身体が柔らかくなって、サーカス団にでも入れるんじゃないかと一瞬思ってしまったぜ!」
「良いから、さっさと元の身体に戻れ! 試合のムードをぶち壊しやがって、このシリアスブレイカー!」
ああ、ハクトとライムとの中等部最強の魔導師が決まるかも知れないこの試合のムードをぶち壊すシリアスブレイカー、虎之助もといミスタータイガーマン。
果たしてハクトは己の胃を痛めなく試合を進められるのでしょうか。
「よし、これで大丈夫だ!」
「てめえ! 今度は上下逆さまにしてるんじゃねえ!」
…………本当にこの試合、大丈夫なのか?
(続く)