シャインヴェルガ城にて、ミルフィーユ皇女は窓の外を眺めていた。前回、皇女の命を狙った奴らが現れた事で皇女の脱走を阻止する為に警備も強化されている。
「はぁ…つまらないなあ……」
何度目かの溜め息を吐くミルフィーユ皇女。こうして窓の外を眺めて町を見ているけど、一つしかない窓では一箇所しか見る事が出来ない。
「いつも同じ景色だけではつまらないよ」
部屋の外には警備兵が二人いて、ミルフィーユ皇女が出られない様にしている。だから部屋から出るには警備兵に声を掛けなければならない。だが、たとえどんな理由があっても姫を部屋の外に出してはならないと言われている。だから唯一部屋から脱出するにはこの窓からであるが、四階ぐらいの高さがあるので流石の皇女もここから飛び降りる事は出来ない。
ちなみにミルフィーユ皇女のお供をしている妖精アロエは皇女の為にお菓子と紅茶を用意する為に厨房にいる。
「……あら?」
すると、ミルフィーユ皇女の耳に何か聞こえた。もう一度窓から外に顔を出して耳を澄ませる。音属性の魔法を使うミルフィーユ皇女はこうして耳を澄ませる事でどんなに遠い声でも聞く事が出来るのだ。目を閉じて先程の声を聞こうとする。
「……ミスタぁぁぁぁ〜〜タイガーマン!」
そんな声が聞こえた。
「まあ! この声は、あの人の声ですね」
ミルフィーユ皇女は今の声を思い出した。先日皇女を誘拐しようとした奴らを倒した長谷部虎之助の声である。ミルフィーユ皇女は部屋にあるオペラグラスを使って声をした方を確認する。音の方向は魔法学校があるアリエスの町から聞こえた。ミルフィーユ皇女は魔法学校を見るとそこではまるでお祭りでもしているのではないかと言うぐらいの賑やかな事が起きている。そしてリングには虎の顔をした男が何やら不思議な踊りをしている。声の主はおそらくあいつである。
「……あれ? あれは……」
するとミルフィーユ皇女はリングにいる白髪の少年を見つけた。
「あの人、お兄様にそっくりですね」
そう。ミルフィーユ皇女の兄ハウト皇子と顔も髪も似ている。そう言えば、前にゾフィーが調べていた東の国から来た白髪の魔導師。
「名前は……嵐山ハクト。そうです、黒狐さんのお子さんの」
目をキラキラと輝かせるミルフィーユ皇女。そして頭の中でこの状況からどうやって散歩もとい脱走しようかと計画する。外にいる警備兵に詩魔法を唱えてもすぐに他の警備兵に見つかってしまう。ならば、やはり脱出する場所はこの窓からである。だがどうやって四階の高さから飛び降りるか。
「やはり、やるしかないですね。それにもうすぐアロエも戻ってくるかも知れないですし」
ミルフィーユ皇女は一度咳払いをして、あ〜あ〜と喉の調子を確認してから大きく息を吸い込んだ。
「♪〜〜〜」
ミルフィーユ皇女は歌い出した。その歌声は部屋の外にいる警備兵にも聞こえた。まさかと思って鍵を空けてドアを開くとミルフィーユ皇女が詩魔法を唱えていたのだ。
「皇女様!? 何をなさっているのですか!?」
警備兵が皇女に声を掛けるが、振り返ったミルフィーユ皇女はにっこりと笑った。どうやら詩魔法は唱え終わっているが、部屋の中には何もなく窓の外にもない。
「それでは、私ミルフィーユ・シャインヴェルガ皇女。町の様子を見て参ります。シーユーアゲイン! ハバナイスデイ!」
ミルフィーユ皇女はウィンクしてから窓の外に飛び降りた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
警備兵達はミルフィーユ皇女が本当にここから飛び降りるとは思わなかったので驚いた。そして急いで窓に顔を出して下を覗くと、下から何かが上に向かってきたので警備兵達は驚いて腰を抜かした。窓の外にはミルフィーユ皇女を背に乗せた身体が蒼く羽が氷で出来ているの竜が飛んでいる。
「驚かせてしまい申し訳ありません。ちょっと外の空気を吸ってきますので、お父様達には心配ありませんとお伝え下さいね。それじゃあ、お願いね蒼氷竜」
ミルフィーユ皇女は乗せてもらっている蒼氷竜に声を掛けると、蒼氷竜はミルフィーユ皇女を連れていこうとする。
『お待ちください、姫様!』
すると、ミルフィーユ皇女の前にアロエがやってきた。
『またそうやってドラゴンを使って脱出しようとするなんて。一体今度は何するつもりなんですか!?』
「アロエもそんなに怒らないで下さい。ちゃんと帰ってきますから」
『信用出来ません! どうしても行くつもりでしたら、このアロエの屍を超えてからにして下さい!』
アロエは両手を広げて行かせない様にする。いくらミルフィーユ皇女でも友達のアロエを躊躇いもなく攻撃するとは……
「アイスブレス」
ミルフィーユ皇女はニッコリ笑って何の躊躇いもなく蒼氷竜に命令すると、蒼氷竜は大きく息を吸い込んでから氷の息吹を吐いた。
『姫様ぁぁぁぁぁ〜〜!』
アロエはアイスブレスを喰らって氷漬けになって落ちていった。
「安らかに、アロエ。それじゃあ行きましょうか」
ミルフィーユ皇女はそのまま蒼氷竜に乗っていざ魔法学校へ向かった。友達にも容赦ねえ……
魔法学校のグラウンドに設置されているリングにて、ハクトとライチの勝負は続いていた。
「よし、完全だぜ!」
漸く首が元に戻ったミスタータイガーマン。
「お前な。邪魔しに来たのなら退場させるぞ」
ハクトはミスタータイガーマンに詰め寄る。ミスタータイガーマンのおかげで試合は一時中断してくれたけど、奴のおかげで試合のムードはぶち壊しである。
「ハクト君よ。そんな事をしている場合かね。今、君逆転されているのだぞ。魔力ゲージをよく見たまえ」
「えっ、嘘!?」
ハクトは自分の魔力ゲージを確認すると、198から187%まで下がっているが、ライムは190から194%に上がっている。
「何で会長の魔力ゲージは回復してんだ!?」
「これは実技試験だぜ、ハクト君よ。魔法を使ったり防御をした時に評価された場合、得点が上がる為、魔力ゲージも回復するんだぜ。そんな事も分からなかったのですかね、君は。ププッ!」
「お前の所為で下がったんだろうが!」
ハクトが渾身の左ストレートをミスタータイガーマンにぶつけた。ミスタータイガーマンはクルクルと回転しなが飛ばされた。すると、ハクトの魔力ゲージが3%上がった。
「あれ? 何で回復したんだ?」
ハクトは何故今の攻撃で回復したのか首を傾げた。
「嵐山君の良いツッコミが評価された為、点数が加算されました」
「うむ、今のツッコミは中々の物でしたね」
実況席にいるスフレと解説のホークアイ教官がグッジョブと親指を立てている。
「今ので得点が加算されるのって、ちょっと複雑なんですけど……」
ハクトは苦笑いしながら溜め息を吐く。
「それでは試合再開!」
スフレがゴングを鳴らして、止まっていた時間が動き出した。そしてライム周りに浮いていたフェアリーダンスが動き出した。ハクトはフェアリーダンスを避け続ける。しかし、先程の円を描く様な避け方をせず、普通に避けている。
「先程の避け方をしないのか。それでは点数を稼げないぞ」
「同じ避け方をしても点数を稼げないでしょう。だからこっちもこっちを使わせてもらう」
ハクトは左手に装着していたエルを外した。
「ほぉ、それがライチが言っていた魔法を喰らう力と言う奴か。ではお手並み拝見といこうか」
ライムはフェアリーダンスの剣達をハクトの周りに飛ばしていつでも攻撃出来る様にする。
「そっちが妖精の舞なら、こっちも東洋の舞で勝負してやるよ」
ハクトは右手を挙げて構える。
ハクトはその言うと向かってきた魔法剣達を次々と魔導殺しNO01で切りつける。魔導殺しNO01に切られた魔法剣は次々と消えていった。まるでそれは東国の舞踊に見える。
「こ、これは何と言う事でしょうか? 嵐山君の右手が黒い刃に変わり、ライムちゃんのフェアリーダンスを次々と斬っていってます。それに嵐山君の周りに桜の花弁が舞っている」
「いや〜、これは美しいですね」
スフレとホークアイ教官だけでなく、観客席の生徒達もハクトの踊りに魅了している。
「これはなかなか……」
ライムもハクトの踊りに見惚れている。すると、ハクトの魔力ゲージがどんどん上がっていく。
「これで最後だ!」
ハクトは最後の魔法剣を切る。これでらいむのフェアリーダンスは完全に消滅した。
「ふむ、その魔導殺しの力、試させてもらったぞ。想像していたより驚いたよ。だが、今のでそいつの攻略を見つける事が出来た」
ライムは狙い通りと言った感じで笑う。
「だと思いましたよ。まるでこいつの力を見たいと言った感じでしたからね。だからこっちも出し惜しみなんてしないで見せてあげたのですよ」
ハクトもライムがフェアリーダンスを使って、エルではなくて魔導殺しNO01を使わせようとしていたと気付いていた。だからハクトはあえて相手の挑発に乗ってあげて魔導殺しNO01を使ってあげて、その力を見せてあげたのだ。しかも魔戒神生流を使ってまでやったのだ。
「それと、1本俺の額に当てようとしていましたよね。当たったらどうするんですか?」
「再び、私が何か?」
ハクトの後ろにいたミスタータイガーマンがにゅっと出てきた。見事に頭の真上に命中していた。
「って、お前は何喰らっているんだよ!」
ハクトはミスタータイガーマンの頭に刺さっている剣をさらに押し込む様に殴った。すると、ミスタータイガーマンの顎から剣先が出てきた。普通頭蓋骨でそこまで刺さらないですよね。
「にょわ〜〜! 何て事しやがるんだ!」
「あ、悪い。手が滑った」
ハクトは全然誠意のない謝りをする。すると、ミスタータイガーマンは胡坐をかいた。
「では、この剣を抜くが良い。選ばれし者はこの剣を抜いた時、王の力を与えてやろう」
「アーサー王伝説かっ!?」
ハクトは刺さっている剣を思い切り抜いてしまった。その為、ミスタータイガーマンの頭から血の噴水が噴き出した。
「おお〜、見事な血の雨が降り注いでいるぜ」
「バカ! 早く血を止めやがれ! つい思い切り抜いてしまったじゃないか!」
ミスタータイガーマンの所為でまた試合がストップしてしまった。
「ふ〜、ギリギリセーフだったぜ」
「いやいや、完全にアウトだろう! 血の噴水なんて客に見せられるものか!」
「おい、嵐山。早く試合を再開しないか。お前達の漫才は見ておきたいけど、それは後にしてくれないか?」
ライムがそう言ってきた。それもそうだとハクトはライムと向き合う。
「もう邪魔するんじゃねえぞ」
「当たり前だ。私は公正なジャッジをするジャッジマン。その名も……って、聞いて下さいよ!」
ミスタータイガーマンが何か言っていたけど、ハクトは無視をして行ってしまった。
「では、お前が漫才をしている間に、こっちはお前の魔導殺し対策を取らせてもらったよ」
ライムは一本を剣を取り出して構えた。何も変わらない魔法剣である。一体、あれに何を仕掛けたのかハクトは考える。だが、ライムがすぐにやってきた。ハクトは魔導殺しNO01で迎え撃とうとする。
『ハクト! あれには魔力が全く感じない! 魔導殺しで受け止めないで!』
レイがハクトに叫んだ。ハクトはしまったと思ったが、時既に遅くライムの剣を魔導殺しNO01で受け止めようとしていた。しかし、魔導殺しNO01はライムの剣を受け止めず擦り剥けてしまい、ハクトはライムの剣をまともに喰らってしまった。ハクトは一瞬で後退するが、ハクトの魔導服が一部破れてしまった。
「くそ……ただの鉄の剣で来るなんて……」
「私もまさかここまで思い通りになるとは思わなかったよ。何の魔力を持っていない武器での攻撃には、それはまったく効果を出せないみたいだな」
魔導殺しは本来魔導師の魔力を喰らう為に作られた武器。だから本来斬る事が出来る実体を斬る事が出来ない。魔法剣を斬る事が出来たのは、魔法剣自体が魔力の塊であるので魔導殺しで斬る事が出来た。しかし、今ライムが使っている剣はただの鉄の剣。魔力がないので魔導殺しは反応しないので擦り剥けてしまったのだ。紫子との修行の時はずっと紫子が魔法剣を使っていたが、ライムは魔力のない剣も亜空間に隠していたのだ。
「悪い、レイ。お前の言葉がなかったら負けていたかも知れなかった」
『気にしないで、ハクト。私の力が及ばなかっただけだよ。実態を傷付けない様にすれば、魔力を多く喰らう事が出来ると博士が言っていたから、人体や魔力を持たない武器には反応しない様にしていたの』
「ああ、斬れない物を斬るのが魔導殺しだ。逆に考えると斬れる物は斬れないと言う事だもんな。だからあの時も驚いたんだよね。レナが実体を斬る魔導殺しを持っていた事に」
レナと再会して戦った時、レナの左手には魔導殺しNO77と言う実体も斬る事が出来る魔導殺しを取り付けられていた。ハクトもあれで右肩を切り落とされる所だった。そして今はハクトとレナが合体する魔導殺しNO107も実体を斬る事が出来る様になっている。
「まずったな。今ので点数がかなり落とされてしまった」
ハクトは魔力ゲージを見るといっきに160%まで落ちている。さっきの攻撃もそうだったけど、魔導殺しNO01を使っていると魔力を減りが一気に速くなってしまうので。すぐに魔力切れを起こしてしまう。
「さあ、どうしたんだ嵐山。もう終わりか? 頼りの魔導殺しも攻略された。お前に残っている物はもうないのか?」
ライムは剣を構える。このまま魔導殺しからエルに変えても剣術を使うライムに勝つ事が出来ない。だから魔導殺しをそのまま使うしかないけど、魔力のないただの剣では防ぐ事が出来ない。
「……となると、もうとっておきを使うしかないか。時間もあと6分しかないからね」
ハクトは両腕を広げると。すると、ハクトの左腕に白い魔法陣が、右腕には黒い魔法陣が現れる。それぞれの魔法陣が近付いて1つの魔法陣になろうとする。
「バカな!?」
観客席にいたジン先生が驚いた。
「これは凄い……彼はそんな事まで出来るなんて」
「ホークアイ教官。あれは一体なんでしょうか?」
スフレはハクトが何をしようとしているのか理解出来ずホークアイ教官に解説してもらう。
「見ていたら分かりますよ。もっとも、あれはドライブを2つ持っていないと出来ない特別な起動方法ですけど」
ホークアイ教官はニッコリ笑う。
「それじゃあ行きますよ。左の魔法陣にはエーテル・マテリアライズ。右の魔法陣には魔導殺しNO01.2つの魔法陣を1つにして起動せよ。シンクロドライブ、リミッターリリース!」
魔法陣が1つになり眩しく輝いた。そして光が止むとそこには右手に魔導殺しNO01の黒い刃をした剣を持って両腕には白いガントレットを装備している。
「シンクロドライブ。エーテルスレイヤー。さあ、こっから本番だぜ」
ハクトは黒い剣を持って構える。試合は面白くなってきた。
(続く)