帝都デュアルドラグロード。いつも黒い雲が覆っていて、日の光もあまり当たらない国で、あまり評判の良くない国である。裕福に暮らしている者と貧しく暮らしている者とでは天と地の差もあり、犯罪率も多くあまり国として成り立っていない。
そんな中でお城みたいな場所がデュアルドラグロードの魔法学校である。あまり良くない魔導師達が集って力こそが全てだと弱肉強食の学校である。その頂点に立っているのがサイガ・アイリッシュと四神獣の牙と呼ばれているフーガ、エンガ、ライガ、ヒョウガの四人である。
そしてある一室にて魔水晶でシャインヴェルガの様子を見ているゼーガ・アイリッシュがいる。
「ふふふ……どうやらシャインヴェルガの王族は皇女誘拐に混乱しているみたいですね。あの大賢者ゾフィーがいなくなれば、ただの王冠を被った老人ですね」
ゼーガは魔水晶でシャインヴェルガ城の様子を見ていた。アルタイル皇帝陛下は頭を抱えて、これからの事を騎士団と話し合っている。その中にゾフィー・シルフィードがいないのは大きな収穫であった。あの大賢者を相手にするのは少し骨が折れそうな事であったけど、丁度ゾフィーは別の国に行っているみたいで、脅威がなくなっているのだ。
「さて、魔法学校の方は……」
魔水晶を操って魔法学校の映像が映った。職員室では教師達が色々話し合っていて、デュアルドラグロードの魔法学校と戦争をしに行くのかどうか決めているみたいだ。ホークアイ教官などは売られた喧嘩を買うべきだと主張しているが、学年主任は皇女の命が大事だと言ってこのままデュアルドラグロードの出方を待つべきだと主張している。そんな中、ジンと校長の姿がない。
「やれやれだ。かつて私が学んだ学校の姿とは思えない腑抜けぶりですね。これでは歯ごたえがありませんね」
「アイリッシュ先生、失礼します」
すると1人の男が部屋に入ってきた。
「どうしましたか?」
「……やはりここに来ますか。私の予想通りです」
ゼーガはニヤリと笑った。
「ご報告ありがとうございます。貴方もすぐにあれでここから離れて下さい」
「はい!」
そう言って男は部屋から立ち去っていきました。
ゼーガが大笑いすると、魔法学校が大きく揺れた。どうやら、黒狐が魔法学校に到着したみたいである。
ゼーガが広間にやってくると、そこには扉をぶち壊して入ってきた黒狐がいた。今までの黒狐は違って完全にぶち切れている様な感じで、魔力を身体から放出していてゼーガを睨み付けていた。
「これはこれは。お久し振りですね。桜崎……いいえ、今は嵐山黒狐さんでしたね」
「……黙れ」
黒狐は右手を前に突き出して握り締めると、ゼーガの近くにあった壁が粉砕した。黒狐は破壊魔法で壁をぶっ壊したみたいだ。
「相変わらず貴女はそうやって脅しますね。昔の野蛮のままだ」
「御託は良いのよ。さっさと皇女様を返してもらうわよ。それにクリスちゃんもね」
「……何の事ですか?」
「とぼけていると、首を飛ばすわよ。私には視えていたのよ」
黒狐がここに来たのは、左目の未来眼でクリスが皇女様と一緒に誘拐されている所が視えたのだ。だから黒狐は急いでメディア山脈を飛び越えてここにやって来たのだ。
「そんなに彼女が大事ですか? 貴女の娘ではないのに」
「友人の子供は、私にとっても我が子なのよ。それにハクトにもとんでもない奴をぶつけてくれたわね。まさか母様の師が残していた魔戒神生流裏秘伝を盗んでいたなんてね。アイリッシュ家はいつから盗賊紛いな事をして来たのかしら?」
「あれはある場所で手に入れて息子のサイガに教えてあげたのさ。お前達野蛮なお前達に復讐する為に。何故私がそんな事をするのか、解っている筈でしょう? 貴様が私にしたあの出来事を……私は一日たりとも忘れはしなかった! 貴様の様な奴に優秀であるこの私に恥を掻かせた事を!」
ゼーガは叫ぶ。あの日から彼の全てが変わってしまったのだ。
かつてシャインヴェルガの魔法学校で天才魔導師として人気だったゼーガ。ゼーガの後ろには彼を慕う生徒達で何人かがついてきていた。女子もゼーガの姿に頬を赤く染めたりしていた。
しかし、そんなある日。彼はいつもの様にEクラスの生徒をいじめていた。Eクラスの生徒は泣きじゃくっていたけど、誰も救いの手を伸ばしてくれない。ゼーガに逆らったら何をされるか分からないからだと、誰も見て見ぬフリをしている。
その時、遠くから何かが物凄い速さでEクラスの背後からこっちへ向かっている所だった。
「うおぉぉぉぉ〜〜! どけぇぇぇぇぇぇ〜〜!」
それは箒に跨って猛スピードで突っ込んでくる桜崎黒狐だった。そして、黒狐の突進がゼーガに見事激突してゼーガを吹き飛ばしたのだ。
「着地成功! オール10点!」
それに引き換え黒狐は箒から飛び降りて、両手を挙げてポーズを取っていた。
「ちょっと黒狐!? どこに行ったのよ!?」
遠くからカリムの怒鳴り声が聞こえた。
「カリム〜! カイトく〜ん! こっちだよ!」
黒狐がカリムとカイトがいる方に大きな声で叫ぶ。黒狐の後ろではゼーガが漸く立ち上がった。
「あ、いたいた。おい、黒狐、廊下を箒で飛んだらダメだってジン先生に言われただろう」
「そうよ。この間もそれで壁をぶち抜いたでしょう」
カイトとカリムが黒狐に見つけて注意する。
「ちょっとドライブの調子を見たかっただけだもん。ほら、来なさい」
黒狐が落ちている箒に向かって右手を広げると、箒が独りでに浮かびだして黒狐の許にやってくる。
「だからって、廊下でやる事はないだろう。グラウンドでやれよ。あれ? 何の騒ぎだ?」
するとカイトとカリムは黒狐の後ろで何か騒いでいるのに気付いた。
「き、貴様……今私にぶつかっただろう? この田舎から来た魔導師が」
ゼーガが黒狐を睨み付ける。
「あれ、どうしたの、君? どこかケガでもしたの?」
黒狐はEクラスの生徒に声を掛けていて、ゼーガの事は完全に無視している。
「え、ええと……」
「ああ! 言わなくて良いわよ。どうせどっかの自分が一番偉いなどと寝言をほざいている世間知らずの大バカ野郎に何かされたのね」
「おい、言いたい放題言うなよ」
カイトが溜め息を吐きながら黒狐に突っ込む。
「ほへっ? 別に私、嘘は言ってないでしょう。本当の事じゃん。黒狐ちゃん、嘘吐かない」
黒狐はそう言って大笑いする。カイトとカリムはやれやれと首を横に振って溜め息を吐くしかなかった。そしてゼーガは最早堪忍袋の緒が切れ掛かっていた。
「貴様……この私を誰だと思っているんだ?」
「魔法学校の生徒Aさん!」
黒狐は胸を張って即答する。
「黒狐。それはちょっと酷いわよ。アイリッシュさんよ。Aクラスのゼーガ・アイリッシュ」
「せめて名前ぐらい言ってやれよ」
「いや〜、ひょっとしたら私もカイト君みたいに記憶喪失になっているのかも知れないね。どうでもいい奴の名前なんてすぐに忘れてしまうのよ」
「それってただ、お前が覚えないだけだろう。学年主任さんの名前も覚えないのだから」
「Aクラスの有名人の名前なんて覚えるのが面倒だもん」
あはははと笑っている黒狐。
「ふん、所詮Eクラスの田舎魔導師だね。まあ、野蛮な東の国なんて我々の足元にも届かないぐらい魔導レベルが低い国ですからね。そんな奴がここにいても無駄な時間を過ごすだけなのに」
皮肉を言うゼーガに黒狐はぴくっと身体が反応する。
「田舎魔導師の猿に向かって怒る事もないね。それに東の国は一度滅んだ……」
「ああっと! 手が滑ったぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
黒狐がそう叫んでから持っていた箒をゼーガに向けて思い切り投げ飛ばした。プロ野球選手もビックリの豪速球でゼーガのお腹に箒がぶつかって吹き飛ばした。
誰もが時間が止まったかの様に驚いている。その中で黒狐は小さくガッツポーズをしていた。
「……って、おい! 何してるんだよ、黒狐!?」
いち早く正気に戻ったカイトが黒狐の胸倉を掴んだ。
「いや〜、めんごめんご。ちょっと手が滑ったのよ」
「手が滑ったと宣言してから投げただろう。何考えているんだよ!?」
「じゃあ、ちょっと私の周りにうるさいハエが飛んでいたから、箒でぶっ飛ばそうと思っていたら手が滑っちゃったって言う事でどうかな?」
「じゃあって何だよ、じゃあって!? しかもどうかなって、俺に訊くな!」
「あの二人とも……周りの皆さん、すごく怒っているのですけど……」
カリムの言葉に、カイトと黒狐は周りのみんなの様子を見ると、こっちを睨んでいた。それはそうだ。自分達の尊敬しているゼーガをあんな風にぶっ飛ばしたのだから。
「き、貴様……あとでどうなるか分かっているでしょうね……私に楯突いた事を後悔させてあげますよ」
ゼーガが黒狐を睨み付ける。
「……良いわよ。あんたちょっとムカつくから、喧嘩売ってあげるわよ。表出なさい。勝負してあげるわよ」
「ちょっと黒狐!? 大丈夫なの!? 相手はA級魔導師よ」
カリムはゼーガの実力を知っている。前にEクラスの生徒が勝負を挑んだが、ボロ負けしてしまった事があった。それ以来、ゼーガに勝負を挑もうとする魔導師はいなくなってしまったのだ。
「そんなの関係ないね。こんな三流魔導師に私が負けるわけないじゃない」
「言ってくれますね。良いでしょう、今すぐに後悔させてあげますよ」
こうして黒狐とゼーガの勝負が始まった。
グラウンドで黒狐とゼーガが対峙する。ゼーガの周りには彼を慕う生徒でいっぱいだが、黒狐の周りにはカイトとカリムしかいない。
「私と勝負出来る事を光栄に思いなさい。本来なら貴女の様な田舎魔導師に、このアイリッシュ家の魔導師である私と勝負出来るなんて、人生に一度しかないかも知れない事です。存分にぶつかってきて、自分の愚かさを思い知りなさい」
ゼーガがニヤニヤと笑って話している。しかし、相手の黒狐は……
「ふぁ〜……んっ、何か言った?」
欠伸をして全く聞いていなかった。その態度にゼーガは笑いから怒りに変わった。
「すぐに終わらせてあげますよ。所詮東の国の魔導師。レベルの低い魔法しか使えない癖に良い気になっているんじゃないぞ」
「……蛙の分際でよく喋るわね」
「蛙だと? 私のどこが蛙だと言うのですか?」
「全てよ。良いわ」
すると黒狐は左手で三本の指を立たせて前に突き出す。
「何のサインですか?」
「あんたに3回の攻撃を許してあげる。本当なら一撃でぶっ飛ばしてあげようと思ったけど、あんたに3回だけ攻撃のチャンスを与えてあげるのよ。母様が言っていたのよ。強者は弱者に機会を与えてあげなければならないってね」
「私が弱者だと? 自惚れるのも大概にしろ!」
ゼーガが呪文を詠唱すると、彼の頭上に巨大な火の玉が現れた。
「あれはサンライズフレア!? 炎属性最強の魔法をあんな短時間で詠唱し終わるなんて!」
カリムが驚くのも無理はない。サンライズフレアは炎属性の中で最大の攻撃力を持つ最上級魔法である。それを意図も簡単に出来るのだから驚くのは当然である。
「くたばれぇ〜!」
ゼーガがサンライズフレアを投げた。巨大な火の玉が黒狐に向かってくる。
「……この程度か。ほれ!」
黒狐は右手を前に突き出して握り締めると、サンライズフレアの動きが止まり、破裂して消滅していった。
「な、何っ!?」
ゼーガは一体黒狐が何をしたのか理解出来ず驚いている。
「最上級魔法と呼ばれていたサインライズフレアでも、術者が三流じゃあ、この程度だよね。母様のだったらもっと速くて威力もあるわよ。さて、あと2回ね。次は何をするのかしら?」
黒狐は左手の人差し指をくるくると回して余裕を見せている。
「くっ……ふざけるなぁぁぁ〜〜!」
ゼーガは叫んで呪文を唱えると、風と雷が交じり合い出した。
「ほお〜、次は風属性と雷属性の合体魔法って所かしら?」
「田舎の魔導師風情が! くたばれぇぇぇぇ〜〜!」
ゼーガは合体魔法を放つ。
「甘いね……あ、甘いと言ったらチョコレートパフェ食べたいな……よっと!」
すると黒狐はまた右手を前に突き出して握り締めた。そしてさっきのサンライズフレアと同じ様に風属性と雷属性の合体魔法も破裂する様に消滅していった。
「ば、バカな……私の魔法が……貴様、一体何をしたんだ!?」
「教えてあげないよ、じゃん! さあ、残り1回となりました。貴方の最大魔法で私を倒せるだろうか!?」
「黒狐、あんたそれは悪役のセリフよ」
カリムが突っ込む。
「ほらほら、早く来なさいよ。来ないなら、もうこっちのターンになるわよ」
黒狐は左手をくるくると回しているだけで何していない。
ゼーガは呪文を詠唱する。すると黒狐の周りに魔法陣が現れて、黒狐の足元から氷漬けにしようとしている。
「ふ〜ん、永久凍結魔法エターナルフローズンね。面白い魔法を使うじゃない」
「貴様を永遠に凍らせてやる。この私を侮辱した者は皆こうなるのだ!」
「……なるほど。今の言葉が聞きたかったわ! ふんっ!」
黒狐は右手に何か丸い物が出てくると、それを握り締めた。そして、エターナルフローズンの魔法陣がパリンとガラスが割れる様に壊れてしまい消滅した。魔法陣が消滅した事で、凍っていた黒狐の足も元に戻った。
「わ、私の永久凍結魔法が……」
「いや〜、最近うちのクラスの子が氷漬けにされると言う事件が学校内で起こっていたからね。これは絶対に妖怪雪女の仕業ではないかと思っていたけど、まさか正体がこんな奴だったとはね……ガッカリだ」
黒狐は溜め息を吐いて本当に残念そうにしている。実は黒狐はこの魔法学校にある七不思議の一つ雪女について調べていたのだ。学校の生徒が氷漬けにあって、犯人を言おうとしたらまたしても氷漬けにされると言う怪奇現象を調べていたけど、それが永久凍結魔法だと分かって、本当に残念がっている。黒狐は絶対妖怪雪女がいるに違いないと根気良く探し回っていたのだ。
「でも、うちのクラスに迷惑を掛ける三流魔導師にはきっちり責任を取ってもらおうかしら。これで貴方の攻撃は終わった。これよりずっと私のターンだ!」
黒狐が左手の人差し指を天に向かって指すと、上空に巨大な魔法陣が出現する。
「ちょっと黒狐!? あれってまさか!?」
「ギャラルホルン!? 術者の魔力を絶大アップさせる魔力増強魔法だと!? いつの間にそんな術式を作っていたんだよ!?」
カリムとカイトは驚く。ギャラルホルンとはカイトの言うとおり術者の魔力を絶大にアップさせる魔力増強魔法である。しかし、そんな事をしなくても黒狐の魔力はこの頃から魔法学校一の魔力が高いと言われていた。
「さあて、力が湧いてきたわよ。それじゃあ、私のターン! 紅の瞳を持ちし王の魂よ。黄昏に寄り添い、日と月が重なり合う時、我はここに汝と誓う。我らの前に立ちはだかりし全ての愚者に、滅びの詩を唱え、全てを滅びへと与えよ!」
黒狐は嬉々と呪文を唱えている。黒狐は両手を挙げると真紅と黒い炎の玉が作り出していく。その呪文を聞いていたカリムは開いた口が塞がなかった。
「バカ黒狐! そんな事したら、学校が崩壊するでしょう!」
「大丈夫! あとで私が直すから! 行くよぉ〜〜!」
「全員ここから離れろぉぉぉぉ〜〜!」
カイトがそう叫ぶと周りの人は逃げ出す。
黒狐が真紅邪王炎滅破を放ち、大爆発が起きた。しかもギャラルホルンの効果で魔力がさらに上がっているので、その威力は原子爆弾並となっている。
爆煙が晴れると、グラウンドは巨大なクレーターとなっている。その端でゼーガは腰を抜かし恐怖で身体が震えている。
「ちっ、外したか……」
「アホか!」
バシッとカイトが黒狐の頭を叩いた。
「痛い! 何で叩かれるのよ!?」
「この状況を見て、何とも思わないのか!?」
「てめえの辞書には反省と言う文字はないのか!? どうするんだよ、この大きな穴が出来たグラウンドは!?」
「う〜ん……」
黒狐は顎に手を置いて考える。そして何か閃いたみたいに手を叩いた。
「よし、じゃあこうしよう。宇宙からの攻撃だと言えば、みんな納得してくれるでしょう」
どうだと黒狐は目をキラキラしながらカイトを見ている。
「……カリム、手錠の用意を」
「はい」
カリムはどこから持ってきたのか、鋼の手錠を黒狐の両手にはめた。
「あの〜? カイト君、カリムさん、これは一体何でしょうか?」
「言い訳は生徒指導室にいるカルバドス先生に言う事だな。それじゃあ、連れて行くぞ」
「ええ、今度はじっくり先生にお説教されなさい、黒狐」
カイトとカリムはそのまま黒狐を連行する。
「い、嫌だぁぁ〜〜! これは私の所為じゃないの! 宇宙人の仕業なの!」
ずるずるとカイトとカリムに引き摺られる黒狐は宇宙人が世界征服をしに来たんだと叫び続ける。そんな中、ゼーガはただ動く事が出来なかった。
そしてそれからゼーガの人気は落ちていった。Eクラスのしかも東の国の魔導師に負けた事が学校内に噂され、彼は自暴自棄になり、中等部を卒業後、高等部に入る事はせず姿をくらましてしまったのだ。アイリッシュ家もそこから一気に落ちてしまい最早存在すら忘れられてしまったのだ。
そして今、ゼーガはデュアルドラグロードの魔法学校の教師となり、こうして復讐を果たそうとしている。
「あれから私は、貴様に復讐する為に闇の中を彷徨い続けたのだ。全ては貴様の所為だ。貴様の所為でシャインベルガがこうなってしまったのさ」
「それが何よ? 私に復讐するのは勝手よ。好きにしなさい。でもね、それを自分の子供に復讐の種を蒔いて、私の息子を苦しめるのは許せないわ。昔の様にぶっ飛ばしてもあげるわよ」
黒狐は持っている箒を構える。
「やれやれだ。昔の私とは違うのですよ。そもそも、これを見たまえ」
ゼーガは自分の左胸に付けているバッチを黒狐に見せる。円形に十字架が刻まれているバッチは黒狐も付けている。
「本来ならもっと早く手に入れていた大魔導師の称号を持つ者が付けられるバッチ。しかし、貴女の所為でこれを手に入れるのに随分と時間が掛かりました。黒き大魔女である貴女は協会の者達を脅して手に入れたのでしょうけど、私は違います。私は協会の皆様に認められて大魔導師になったのです」
「別に脅してなんていないわ。くれって言ったら、喜んで渡してくれたわよ」
大魔導師と大魔女の称号を手に入れる事はそんなに簡単な事ではない。
世界魔術協会から優秀な成績を残して、人々の為に魔導の道を尽くしているのかを判断されて始めてバッチを手に入れられるのだ。黒狐は色々問題を起こしてはいるけど、その分人助けなどをしているので、協会の上層部が黒狐に大魔女の称号を与えてあげたのだ。ただその時黒狐が『そのバッチ、格好良いね。くれない?』と言って貰ったのだ。
「それで子供達が守れると言うのなら、大人は喜んで戦争してあげるわよ。ただし、私達の完全勝利でね」
「貴様の意志などどうでも良いのですよ。しかし、シャインヴェルガの王族も魔法学校の教師も私に歯向かう事なんて出来ないのですよ。私には皇女と言う人質がいるのですから」
「……壊れなさい!」
黒狐は右手を前に突き出して握り締めた。
「ぐはっ!」
ゼーガは胸を掴んで苦しみだして血反吐を吐いた。
「き、貴様……私の心臓を壊したのか……」
「私を怒らしたんだ。この程度で終わっただけ楽だと思いなさい」
「ぐっ……」
ゼーガは苦しみだして、そのまま前に倒れてしまった。
「さてクリスちゃんと皇女様を探さないと……」
黒狐は二人を探そうとすると、黒狐は倒れているゼーガを見て少しだけ驚いた。
「ふふふ……何かしましたか?」
ゼーガが何事もなく起き上がった。
「……おかしいわね。本気で殺すつもりで心臓を握り締めたのに」
黒狐はゼーガの身体をチェックする。すると、ゼーガの身体が少しだけ透けたのが見えた。
「なるほど。思念体だったのか。道理で上から目線で私を見ていたと言う事だったのね」
「当然ですよ。貴女と一戦を交えるとこの国を滅ぼされてしまうからね。私もこの国の者として滅ぼす訳にはいきませんからね」
「ふん、そんなプライドなんてないでしょう。この国をゴミ扱いしていたあんたが……」
「……そうでしたね。それと言っておきますけど、ここにはあの少女と皇女はいませんから」
「どう言う事? ここにいないって?」
黒狐はあまりの魔力の気配を察知するが、この中には誰もいないのが分かった。
「どうだ。何もなくてここに来た事が全くの無駄だった事に、絶望する気分は」
ゼーガはこれ以上にないぐらい嬉しそうな顔をしている。
「ふん、やってくれたわね。だったら、ここをぶっ壊して、すぐにあんたの居場所を見つけてやるよ」
「ふふふ、それはどうでしょうね」
すると、学校の壁が何か透ける様に見えてきた。もしかすると、ここも偽者だったのかも知れない。
「なるほど……学校は既にここから離れていると言うわけね。本当卑怯な事には頭が回るみたいね」
「賢い頭だと言ってもらいたいですね。それに私にはまだやらなければならないことが、たくさんあるのですから貴女の相手をしている暇はないのですよ」
「私がこのまま何もしないと思っているのかしら? 今からあんたのいる所に向かってぶち壊しに行ってあげるわ」
黒狐は持っている箒を投げる。
「無駄ですよ。既に貴女は私の罠に掛かっているのですから」
ゼーガがニヤリと笑うと、部屋どころか魔法学校全体に巨大な魔法陣が出現する。
「これは……まさか!? 永久凍結魔法エターナルフローズン!?」
黒狐はゼーガの魔法に覚えがある。かつて永久凍結魔法を使ってEクラスの生徒を氷漬けにさせたと言う事件を起こしていた事があったのだ。
「だが、この程度の魔法なんて……あ、あれ?」
黒狐は右手を握り締めて、この魔法を壊そうとしたがまったく壊れなかった。そればかりか右手を動かすことが出来なっていた。
「な、何……魔法が使えない……永久凍結魔法にこんな効果はなかったはず……」
「言ったはずですよ。私はもう昔の貴女に敗北した私ではないのですよ」
ゼーガが笑っているけど、様子がおかしかった。黒狐は何かに気付く。
「どうしたのよ、あんた。その目に……」
黒狐はゼーガの左目を見ると何か黒い紋章が浮かび上がっていた。
「くくくく……分かりますか? 私は力を手に入れたのですよ」
「あ、あんた……本当に地の底まで落ちていたみたいね……母様が知ったら抹殺している所よ。まあ、私も今物凄くぶっ飛ばしてやりたいからね。ただでさえ私は協会でそう言うのを探し回っているのだから」
黒狐は無理矢理にでもこの永久凍結魔法を壊そうとする。
「暗黒魔法に手を出したんだ。その報いは真紅邪王炎滅破でぶっ飛ばしてあげるわよ」
「それが出来ればの話ですよ。私が完成した永久凍結暗黒魔法エターナルダークネスフローズン。魔法を一切使えなくなり、相手を確実に凍らせる最強の魔法ですよ。貴女はここでシャインヴェルガが私に敗北する姿を見ておくが良い」
ゼーガは姿を消した。ただ1人残された黒狐の足元から凍っていく。
「くっ……本当に何も出来ないか……やってくれるわね……まあ、この程度の魔法なら外からの攻撃で破壊できるでしょうけど……」
黒狐の身体は腰まで凍り付いていく。黒狐は持っている箒を最後の力で転送させる。
黒狐の身体がついに首まで凍り付いてしまった。
「まあ……信じているわよ、ハクト……あんたはカイト君の意志と母様の願いを受け継いだ私の子供だもん……絶対に負けない……それに……貴方が勝利する未来は……もう視えているのだから……」
黒狐は安心する様に笑みを浮かべて、ついに完全に凍り付いてしまった。
「ご報告致します。黒き大魔女は帝都にて完全に凍結封印されました」
「そうですか。漸くあの女は封印されましたか。まあ、この私でなければあの女を封印すると言う仕事も出来ませんからね」
自室にてお酒を飲んでいるゼーガ。勝利の美酒と言う物であろう。
「それから、サイガ様と四神獣の牙も魔法学校に到着したもようです」
「ご苦労様。では、これよりシャインヴェルガには消えてもらいましょう。私が作り上げたデュアルドラグロードの新たな力に平伏すのです! ふふふ…あははははははぁ〜〜!」
ゼーガは大笑いする。
そして一方、シャインヴェルガの魔法学校では……
「御身体の方は大丈夫ですか、校長先生?」
校長室にてジン先生がマーカス校長の体調を気遣う。
「ああ……わしも歳だな。あの程度の合体魔法を防ぐのにかなりの魔力を使ってしまった」
「少し休んで下さい……んっ?」
すると校長室に通信の着信音が流れる。ジン先生は一度マーカス校長の方を見ると、校長は首を縦に振るのを確認してから、机にある電話を取った。すると、校長室の壁に映像が映し出されて、相手はシャインヴェルガ城のアルタイル皇帝陛下であった。
『すまなかったな、マーカス。私の娘が迷惑を掛けてしまって』
アルタイル皇帝陛下も今回の事で娘のミルフィーユ皇女が関わってしまい申し訳ない様子だった。
「とんでもございません、皇帝陛下。我々も皇女をお守り出来ず申し訳ありませんでした」
『いいや、良いのだ。ミルフィーユも今日魔法学校の催しを見に行きたがっていただけだ。その途中で奴らに襲われてしまったのなら、こちらのミスである。それに君の所の生徒が1人連れて行かれているのだろう』
「はい。クリス・ラズベリーと言う1年Eクラスの魔法少女です」
『ラズベリー……そうか、あの聖剣使いカリム・ラズベリーの娘さんか。それは本当に申し訳ない事をしてしまった』
「良いのです。皇女と一緒に連れて行かれておるのなら、まだご無事であると言う事でしょう」
「皇帝陛下、デュアルドラグロードとはやはり戦争をする事になったのですか?」
ジン先生が割り込んでくる。
『いや、ミルフィーユを人質にされてしまっている以上、こちらから攻めるわけにはいかない。奴らの出方を見なければならない。国の者達には避難する様に兵士達には伝えておいた。魔法学校にいる生徒達の避難は問題ないか?』
「その辺りは問題ありません。既に地下シェルターにて避難してあります」
シャインヴェルガには万が一戦争などが起こった場合、すぐに避難出来る様に地下シェルターがいくつも存在している。そこはどんな兵器でも壊れる事もなく、保存食もたくさん用意されていて、何日も過ごせる様になっている。
「陛下、1つお聞きしたい事があるのですけど。奴らはどうやってこの国にやってきたのでしょうか? 飛んでやって来た訳でもなさそうですけど、他に何か考えられそうな事はありますか」
ジン先生はデュアルドラグロードの動きがあまりにも速過ぎる事に疑問を抱いていた。メディア山脈を挟んでいるシャインヴェルガとデュアルドラグロードだが、デュアルドラグロードがどうやってシャインヴェルガに潜入していたのかジン先生は考えていた。
『確かにそうだな。門にいた兵士からは彼らが侵入したと言う事は知らなかったみたいだし、まるで突然国にやって来た様な感じだった』
「一体奴らはどうやって……んっ?」
するとジン先生が外から何かが落ちてくるのが見えた。
「あれは……蒼氷竜!?」
グラウンドに落ちてきたのは、傷だらけの蒼氷竜だった。
『まさか、ミルフィーユが可愛がっていた蒼氷竜では!?』
アルタイル皇帝陛下もミルフィーユ皇女がよく蒼氷竜と遊んでいる事が知っていた。
「ローンウルフ君、急いであの蒼氷竜のケガを治してやれ」
「はい!」
ジン先生は窓から飛び降りて着地する(校長室は三階にある)。そして急いでグラウンドで苦しんでいるソ漂流の所にやってくる。
「おい、しっかりしろ! 今医療班を呼んでやるから」
ジン先生は通信端末で治癒魔法を使える教師に来てもらう様に連絡する。しかし、その時、グラウンドが影で暗くなった。ジン先生は何事かと思って空を見上げると……
「な、何だと!?」
ジン先生が見た物とは何か……
(続く)