玄武の間にてライチとヒョウガの戦いでは……
「くっ……」
ライチの身体の所々が凍り付いていて、寒さで身体が震えている。
「おや、まだ始まったばかりですよ。どうしました。もう降参ですか?」
ヒョウガの方は全く疲れも傷もない状態である。二人の戦いが始まって数十分経つが、ライチの方が圧倒的に劣勢状態である。
「ま、まだまだ……ですわ……」
ライチはスカーレットローズを一振りすると、地面から植物が次々と成長して花が咲いていく。
「その攻撃は僕には効きませんよ」
ヒョウガが指をパチンと鳴らした瞬間、ライチが咲かせた花達が一瞬で凍らされてしまった。ライチが何度も植物魔法を使おうとも、ヒョウガの氷魔法によって凍りつかれてしまっているのだ。
「さあ、次はどんな魔法を使うのですか?」
ヒョウガは自分から攻撃をしてこない。ライチが魔法を使ってこない限り、ヒョウガも攻撃してこないのだ。もしかすると、ヒョウガの魔法はカウンター系の魔法なのかも知れないとライチは考える。だが、このまま膠着していても寒さでこっちの体力を奪われてしまう。ならば、ライチはひたすら攻撃をするしかなかった。
「…行きますわよ、スカーレットローズ」
『了解です、お嬢様』
ライチとスカーレットローズは息を合わせて剣先をヒョウガに向ける。
「ローズニードル!」
ライチはスカーレットローズの剣先に魔法陣を出すと、薔薇の棘を飛ばした。
「ほお、植物を召喚するだけでなく、その剣からも攻撃出来るのですね。しかし……」
ヒョウガは避ける事をせず、ただ静かに指をパチンと鳴らした。すると、ヒョウガに当たる前に薔薇の棘は凍りついて空中に止まってしまった。
「この程度で、僕のアイスロードに挑むとは少々軽く見られていますね」
「……なるほど。やはり貴方の魔法はカウンター魔法ですわね。こちらの攻撃が来ると瞬時に発動して相手の魔法を凍りつかせるのですわね」
ライチは今のヒョウガの行動で考えていたカウンター魔法であると確信した。すると、ヒョウガはくすくすと笑い出した。
「さて、それはどうでしょうか? 僕が指を鳴らしたら、今度は貴女の身体を凍りつかせてあげますよ」
「残念ですけど、それは出来ませんわ。貴方のその指を鳴らす動作はフェイク。指を鳴らした瞬間に魔法が発動したのではないかと思わせる行動で、実際はわたくしが魔法を使った瞬間に発動出来る魔法を隠す為にわざと指を鳴らしていただけですわよね。その証拠に、先程のわたくしのローズニードルを凍らせた時に指を鳴らした時の魔法の発動に、今までやった時とは1.7秒速く発動していましたわ。これでは誤差だと言われても信じられませんですわ」
ライチがローズニードルを放ったのは、この為である。今まで植物の種を蒔いてスカーレットローズの力で植物を成長させてからの植物魔法を使っていた事で、瞬時に発動するローズニードルにヒョウガの指を鳴らす動作が遅れたのだ。
「大した観察力ですね。そこまで見ていたなんて」
「そして対策も出来ましたわ。ここから反撃させてもらいますわ」
ライチはスカーレットローズを構える。
ヒョウガはまさかアイスロードの能力を見抜かれるとは思わなかった。
(対策が出来たと言う事は、恐らく次に彼女がしてくる攻撃は唯一つ……)
「行きますわよ!」
ライチはスカーレットローズを構えてヒョウガに向かって走り出した。何の魔力も使わず肉弾戦で勝負しようとしている。
(やはりそう来ましたか。身体強化の魔法などを使ってもアイスロードが発動すると思って何もしないまま向かってきますか。ですが、それで何とか出来ると思ったら、大間違いですよ)
ヒョウガは向かってくるライチに向かって氷の魔法弾を放つ。ライチはスカーレットローズで氷の魔法弾を斬っていき道を作っていく。そしてヒョウガとの間合いに入った。
「貰いましたわ! はぁぁぁぁ〜〜!」
ライチが大きく振り下ろした。しかし、ガキンと何か鉄に当てた音が部屋中に鳴り響いた。
「残念ですけど、その程度の攻撃では僕の身体を傷付ける事は出来ませんよ」
「なっ!?」
何とヒョウガは右腕だけでライチのスカーレットローズを受け止めている。傷一つ付けずダメージも全く受けていない。
「そうそう、言い忘れていました。僕は四神獣の牙の中でもっとも防御力に長けている魔導師なんですよ。ですから、これぐらいの攻撃でしたら受け止める事なんて簡単に出来ますよ」
そしてヒョウガは空いている左手から魔法陣を出した。
「アイシクルガスト!」
氷のつぶてをライチに向けて放った。ライチは直撃して吹き飛ばされてしまった。地面に倒れて何とか起き上がるけど、口からは白い息を吐き、身体の震えが止まらなくなってしまっている。
「魔導服には耐寒耐熱の能力がありますけど、ここまで寒い状況になれば耐寒能力があっても身体が寒さで震えてくるはずですよ。そして寒さで魔法の詠唱もしにくくなり魔法も使えなくなってくる。最早絶望的ですね。まあ、たとえ魔法が使えたとしても僕のアイスロードによって氷漬けにされてしまいますけどね。どうします、猛降参しますか?」
「はぁ…はぁ……冗談を…言わないでほしいですわね……わたくしは…負けるわけにはいきませんの……それに…言ったはずですわよね……対策は出来ていると!」
ライチがスカーレットローズを一振りすると、ライチの周りに植物が生えてきた。それを見たヒョウガは首を横に振って溜め息を吐く。
「やれやれ、またですか。もう指を鳴らす動作もいりませんね。それのどこが対策……っ!?」
その時ヒョウガの手足と身体に植物の蔓が巻きついてきた。
「ば、バカな!? いつの間に僕の周りにも植物の種を!? あそこからどうやって蒔いたんだ!?」
「あら、気付きませんでした。わたくし、一度貴方に近付いたじゃないですか」
「ま、まさか……さっきの攻撃は僕の周りに種を蒔く為のフェイクだったのか!?」
その通りである。ライチは間合いから離れてしまっている状態でどうやって相手に植物の種を蒔くかを考えて、あえてヒョウガに突っ込んで行ったのだ。そしてヒョウガがライチの攻撃をシールド魔法か何かで防いでいる間に植物の種を蒔いてから間合いから離れて植物魔法を使おうとしたのだ。ヒョウガが右腕だけでスカーレットローズを受け止めた事や反撃の氷魔法を使ってきた事で若干の変更もあったけど、何とかヒョウガに気付かれずに彼の周りに植物の種を蒔いたのだ。
「そして、自ら仕掛けた魔法によって、自分の首を絞める事になりますわ」
ライチがそう言った瞬間、ヒョウガが部屋全体に仕掛けたアイスロードが発動して、ヒョウガに蒔きついていた植物が凍り付いてしまい、ヒョウガの身体をさらに締め上げた。
「ぐ、ぐはっ! で、ですが……このぐらいの攻撃で僕に勝てるとでも思ったか!」
ヒョウガは力尽くで凍った植物を壊した。すると、凍った植物から何かの粉が出てきて、ヒョウガはそれを吸い込んでしまった。
「な、何だ……か、身体が……」
膝を着いて身体を動かそうとするが、全く言う事を聞いてくれない。まるで身体が痺れたかのように。
ライチがヒョウガに近付く。
「……トドメを刺すつもりか……」
「いいえ、その様な事はしませんわ。ただ、それだけを壊しておきますわ」
ライチはスカーレットローズを鞭に変えると、ヒョウガの胸に付けている魔水晶を狙って攻撃する。その行動にヒョウガの何かが切れた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ〜〜!」
ヒョウガの怒号が部屋全体に響き、周りの温度が一気に下がりだした。ライチはヒョウガの怒号に吹き飛ばされる。そして、痺れていた身体を無理矢理起こした。
「僕達をなめているのか、ライチ・シュナイザー。君がそんな事で決着を着けようとするとは思いませんでしたよ。前の君なら、僕の首を切り落とすぐらいの事はしていたはずだ。それに今思えば、痺れ粉で僕の動きを封じた事も納得いかない。毒の粉で相手を苦しめる事や眠り粉で僕を眠らせてから魔水晶を壊す事も。なのに、君がした事は痺れ粉だ。どう言う事だ!? 僕に情けをかけているとでも言いたいのか!?」
「……確かに持っていますわよ。毒で相手を苦しめる『ポイズンパウダー』と、相手を眠らせる『スリープパウダー』を出す植物の種を。ですが、わたくしはこの種を使いませんわ。最早そんな事をする理由がありませんから」
「ありえない。かつての貴女の事は聞いていた。Aクラスの女王として力で頂点を取っていた貴女は、どんな手段を使っても勝つ事が貴女のはずではなかったのですか!?」
「結構わたくしの事を調べているのですわね。ですが、過去のわたくしばかり調べても何もなりませんわよ。あの頃のわたくしは周りを全く見なかった愚かな魔導師でしたわ。誇れる事ではありませんでしたの。ですけど、ハクト様やクリスさん、ミントさんにレナさん、悔しいですけどシャーリーさんにも感謝していますの。今のわたくしこそがシャインヴェルガの魔導師として、目指すべき魔導師なのですよ」
ライチはスカーレットローズを構える。
「……温くなりましたね、ライチ・シュナイザー」
ヒョウガは何かを考えていると、彼の足元に黒い魔法陣が現れた。
「もう良いでしょう、今ここで貴女を倒してあげますよ」
ヒョウガの身体がどんどん変化していく。四足になっていき背中に甲羅が現れて、お尻に蛇が生えてきた。
「これは変身魔法? ですが、何ですか、その姿は?」
ライチはヒョウガの姿に驚く。今まで見た事がない姿に変身したからだ。
「僕達四神獣の牙はゼーガ先生から教わった神獣に変身する魔法があるのだ。この姿になった時、今まで以上に力が湧いてくるのですよ。もはや牙の抜けた貴女では、この姿になった僕に勝つ事は出来ません」
「本当にそう思っているのですか? 今のわたくしは昔以上に強くなっています」
「面白いですよ。では、覚悟するが良い!」
ヒョウガは口から氷の息吹を吐き出した。ライチは植物を使って上に回避する。しかし、ヒョウガのアイスロードの効果で、植物が凍り付いてしまう。
(まずは、あの魔法をどうにかしませんと、魔法が使えにくくなってしまいます。相手は図体が大きくなった分、動きが遅くなっております)
ライチは地面に種を蒔いていき、相手がその上にやってきた瞬間発動する様にする。
「先程と同じ攻撃が僕に通じるとでも思っているのか」
ヒョウガは前足を叩き出すと、辺り一面が氷となった。
「っ!?」
ライチはジャンプして地面から離れる。すると、ヒョウガの尻尾の蛇がライチの腕に噛み付いてきた。
「つっ! この!」
ライチはスカーレットローズで蛇の頭を切り落とす。しかし、切り落とした所から再び蛇の頭が復活する。
「どうしました!? まだまだこんな物で終わらせませんよ!」
ヒョウガは足元に魔法陣を出すと、上空に巨大な氷塊を出した。
「アイスクラッシュ!」
氷塊が壊れて空から無数の氷のつぶてが落ちてきた。ライチは氷のつぶてを避け続ける。
「スカーレットローズ!」
ライチはスカーレットローズを鞭に変えて、氷のつぶてを壊していく。
「……全てを凍てつく姿に変えろ」
ヒョウガが何かの呪文を唱えていた事に気付いたライチだがもう遅かった。
ヒョウガの呪文が発動した瞬間、部屋全体に凍てつく冷気が辺りを包み込んだ。そして視界が晴れると、ライチの身体が殆ど氷漬けにされている。
「はぁ…はぁ…くっ……」
身体でさっき以上に震えているライチ。立つ事も出来ず片膝を着いた。
「ほお、まだ完全に凍らなかったのですね。これは珍しいですね。あの魔法に耐える魔導師なんてそんなにいないのですけどね」
「はぁ…はぁ…ふっ……それでしたら、大した事がありませんですわね。その魔法に耐えられる魔導師なんてシャインヴェルガの魔法学校に一杯いらっしゃいますわよ」
ライチは少しだけ笑う。それが気に入らなかったのか、ヒョウガは尻尾の蛇でライチを薙ぎ払った。
「ぐっ!」
地面に倒れるライチ。
「気に入りませんね。我らデュアルドラグロードこそ最強の魔導師達が集っている国なのだ。それをたかだか魔法の歴史が長いだけのシャインヴェルガなんかに負けているはずがないのですよ!」
ヒョウガは前足を大きく振り上げてライチを踏み潰そうとする。ライチは何とか身体を動かしてヒョウガの踏み付けを回避する。
「貴女は何故、そこまで戦おうとする。この状況で貴女に勝つ確率なんて0に等しい。何故抗うのですか!? 答えろ、ライチ・シュナイザー!」
ヒョウガは氷の息吹を吐き出す。ライチはスカーレットローズを地面に刺して耐える。
(わたくしは、負けるわけにはいかないのです。ハクト様にここを任せられて、クリスさんを助ける為にも、皆さんの仲間である以上、ここで負けるわけにはいきませんの)
ライチは必死でヒョウガの攻撃を耐えている。
「スカーレットローズ、わたくしの為に力を貸してください」
『それがお嬢様の為なら、このスカーレットローズ、どこまでもお供いたします』
「その通りですわ!」
ライチは地面に刺していたスカーレットローズを抜いて、剣を縦にして構えて目を閉じて呪文を唱える。
「永遠に咲き誇る我が庭園よ。庭園を脅かす邪な者に咲かせよ、一輪の白き薔薇を……」
「どんな魔法を使おうとも、僕のアイスロードがある限り、瞬時に凍らされると分かっていながら、あえて魔法を使うか。愚かな事を……」
「愚かかどうか、その目で見ておく事ですわ。今まで貴方のフィールドで戦ってきたのですから、今度はわたくしのフィールドで戦ってもらいますわよ」
ライチはスカーレットを天に向けて上げる。
ライチが魔法を発動すると、青き空に白い雲、地面には見渡す限りの白い薔薇が咲き出した。
「な、何だ!? 何が起きている!? 結界魔法に結界魔法を使ったと言うのですか。いや、これはただの結界魔法ではない。自分の中にある深層心理を具現化させた高等魔法。まさか、これは固有結界!?」
「その通りですわ。これがわたくしのフィールド。そしてわたくしの始まりの魔法」
ライチの身体を凍らせていた氷が溶け出して、ライチの体力が回復していく。
「こんな、こんな事が出来る魔導師がいると言うのか?」
「出来ますわよ。この植物に愛された薔薇の魔法少女ライチ・シュナイザーならね。では、ここからが本当の反撃ですわよ」
ライチは右手だけでスカーレットローズの剣先をヒョウガに向けて微笑む。
(続く)